deaに基づく事業法人の合併に関する効率性分析deaを用いた銀行の合併の研究として,avkiran[7]...

11
1.はじめに DEAData Envelopment Analysis, 包絡分析法)は, 経営の効率性を分析するために広く用いられている。そ の対象は,刀根[5],刀根,上田[6]にみられるような病 院,百貨店,図書館や金融(高橋[4])など多岐にわた る。広範囲な利用は,多種類の投入と多種類の産出をも つ複数の事業体の効率性を容易に相対比較できることに よる。また,経営の効率性ばかりではなく,DEA は企 業合併における効率性を分析するためにも利用されてき た。しかしながら,DEA が用いられた企業合併の研究 の対象は,多くが大型合併で耳目を集める銀行業界(た とえば,高橋[3],Avkiran 7],CooperSeiford and Tone 8])であり,事業法人の合併を対象とした文献は 少ない。 DEA を用いた銀行の合併の研究として,Avkiran 7がある。1986 年から 1995 年のオーストラリアの銀行の データに DEA を適用して合併前後の効率性を測定した。 その結果,合併後の銀行は合併前の銀行よりも必ずしも 効率性が高くならないとしている。 また,日本の銀行の経営統合の研究としては CooperSeiford and Tone 8]がある。同研究は 1995 年から 1997 年の9つの都銀と地銀から選んだ 11 行とを用いて効率 性を測定している。3入力1出力の DEA モデルで入力 は店舗数,従業員数,資産,出力は業務純益としている。 その測定で 11 行の中から非効率な銀行を抽出し,非効 大学 18 巻1・2 pp.1-112006)〔 DEA に基づく事業法人の合併に関する効率性分析 小久保 秀俊 *, h **, *** An empirical analysis on the efficiency of the M&A among the non-financial companies based on DEA Hidetoshi KOKUBO*, Koichi MIYAZAKI**, Tomohiko TAKAHASHI*** Abstract Using DEA (Data Envelopment Analysis), the effectiveness of M&A in the financial industry has been actively examined, while the same kind of analysis on non-financial industry is scarce. In this research, we examine the effectiveness of M&A among listed non-financial companies since 1990 based on DEA. Our empirical findings are following three things. First, the analysis focusing on the expense indicates the positive relationship between the efficiency in scale and the effectiveness of M&A. Second, as regards the expense, it is indispensable for the effective M&A to curtail not only general expenses but also human resources. Third, the effectiveness of M&A is visible in the industries such as pharmaceutical, trading, shipping, while it is not in the ceramic industry. Keywords : DEA, M&A, Non-financial industry, CCR model, BCC model Received on August 11, 2005 *** こくぼ ひでとし 住商リース株式会社 財務部 101-0003 東京都千代田区一ツ橋 2-1-1 如水会ビル SUMISHO LEASE CO., LTD. *** みやざき こういち 電気通信大学 電気通信学部 182-8585 東京都調布市調布ヶ丘 1-5-1 The University of Electro-Communications. *** たかはし ともひこ ニッセイアセットマネジメント株式会社 100-0004 東京都千代田区大手町 1-8-1 KDDI 大手町ビル Nissay Asset Management Corporation.

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  • 1.はじめに

    DEA(Data Envelopment Analysis, 包絡分析法)は,

    経営の効率性を分析するために広く用いられている。そ

    の対象は,刀根[5],刀根,上田[6]にみられるような病

    院,百貨店,図書館や金融(高橋[4])など多岐にわた

    る。広範囲な利用は,多種類の投入と多種類の産出をも

    つ複数の事業体の効率性を容易に相対比較できることに

    よる。また,経営の効率性ばかりではなく,DEAは企

    業合併における効率性を分析するためにも利用されてき

    た。しかしながら,DEAが用いられた企業合併の研究

    の対象は,多くが大型合併で耳目を集める銀行業界(た

    とえば,高橋[3],Avkiran[7],Cooper,Seiford and

    Tone[8])であり,事業法人の合併を対象とした文献は

    少ない。

    DEAを用いた銀行の合併の研究として,Avkiran[7]

    がある。1986年から 1995年のオーストラリアの銀行の

    データにDEAを適用して合併前後の効率性を測定した。

    その結果,合併後の銀行は合併前の銀行よりも必ずしも

    効率性が高くならないとしている。

    また,日本の銀行の経営統合の研究としてはCooper,

    Seiford and Tone[8]がある。同研究は 1995年から 1997

    年の9つの都銀と地銀から選んだ 11行とを用いて効率

    性を測定している。3入力1出力のDEAモデルで入力

    は店舗数,従業員数,資産,出力は業務純益としている。

    その測定で 11行の中から非効率な銀行を抽出し,非効

    電気通信大学紀要 18巻1・2合併号 pp.1-11(2006)〔論文〕

    DEAに基づく事業法人の合併に関する効率性分析

    小 久 保 秀 俊 *, 宮 h 浩 一 **, 高 橋 智 彦 ***

    An empirical analysis on the efficiency of the M&Aamong the non-financial companies based on DEA

    Hidetoshi KOKUBO*, Koichi MIYAZAKI**, Tomohiko TAKAHASHI***

    Abstract

    Using DEA (Data Envelopment Analysis), the effectiveness of M&A in the financial industry has

    been actively examined, while the same kind of analysis on non-financial industry is scarce.

    In this research, we examine the effectiveness of M&A among listed non-financial companies since

    1990 based on DEA. Our empirical findings are following three things. First, the analysis focusingon the expense indicates the positive relationship between the efficiency in scale and the

    effectiveness of M&A. Second, as regards the expense, it is indispensable for the effective

    M&A to curtail not only general expenses but also human resources. Third, the effectiveness of

    M&A is visible in the industries such as pharmaceutical, trading, shipping, while it is not in the

    ceramic industry.

    Keywords : DEA, M&A, Non-financial industry, CCR model, BCC model

    Received on August 11, 2005***こくぼ ひでとし住商リース株式会社 財務部 〒101-0003 東京都千代田区一ツ橋2-1-1 如水会ビルSUMISHO LEASE CO., LTD.***みやざき こういち電気通信大学 電気通信学部 〒182-8585 東京都調布市調布ヶ丘1-5-1The University of Electro-Communications.***たかはし ともひこニッセイアセットマネジメント株式会社 〒100-0004 東京都千代田区大手町1-8-1 KDDI大手町ビルNissay Asset Management Corporation.

  • 率とされたうちの2つの銀行がもし合併したらという仮

    定のもとにBCCモデルで計算し,入力側のウエイトか

    ら合併行の効率性上昇には従業員と店舗数の削減ではな

    く,資産縮小が必要で,非効率な地銀は都市銀行の参入

    できない新分野での展開と合併など早急な資源投入を必

    要としていることを明らかにした。

    合併の分析というものは,DEA以外の方法でも過去

    さまざまな視点から行われてきた。合併効果の測定方法

    には,財務データを用いた方法と株価データを用いた方

    法がある。本稿では財務データを用いた分析を行ってい

    るので,財務データを用いて合併効果を分析した研究に

    ついて見てみると,合併によって業績が改善したと結論

    づける研究は Ikeda and Doi[9]のみであり,残りの研究

    は明確な改善や悪化は見られないと報告している(たと

    えば,小本[1])。つまり,合併は企業業績に目立った変

    化を与えていないというのが,これまでの研究のほぼ一

    致した結論となっている。この結論はわが国の合併に限

    られたものではなく,欧米でも同様の傾向がみられるよ

    うである。

    本研究は,改めて合併が経営の効率性の改善に寄与し

    ているかどうかを財務データにDEAを適用し検証を行

    うものである。先行研究と異なる点は,分析対象が事業

    会社であるということである。従来のDEAを用いた日

    本の合併の研究が,銀行業を分析対象としており,事業

    会社に関しては大型合併の事例の希少性もあり分析の対

    象としていなかった。また,事業会社の合併を財務デー

    タから分析した先行研究では,合併効果はあまり見られ

    なかったという結論が導き出されているが,その分析は

    ROE(税引き後利益/自己資本)等を用いた 1つの入力

    xの変動に対して 1つの出力 yがどのように比例的に変

    動するかといった 1入力 1出力の分析と言える。しかし,

    現実には,要因は複数考えられることから,多入力多出

    力を扱えるDEAを用いた分析が有用であると思われる。

    分析は,(1)事業法人の合併により経営の効率性が向上

    するのか?(2)合併前の規模の効率性と合併効果の有無

    との因果関係はあるのか?(3)効率性の改善には入力変

    数のうちどの項目が大きく寄与するのか?(4)事業法人

    が属する業種ごとの特徴はあるのか?に着目して行った。

    会計基準が変わりM&Aも含む事業再編が増えると見

    られている現在,こうした分析は大いに意義を持つ。

    以下の構成は次のとおりである。第2節では,DEA

    モデルと利用する入出力項目の説明,第3節では,分析

    対象及び評価の手法,第4節では実証分析として,用い

    たデータ,分析結果および考察を述べ,最終節では,ま

    とめと結語を付す。

    2.DEAモデルと利用する入出力項目

    2.1 DEAモデル事業体や企業などの意思決定主体(DMU:Decision

    Making Unit)の効率性を相対的に評価する手法として

    は DEAが有効である。経営効率を評価する代表的な指

    標としては,比率尺度が挙げられるが,比率尺度では入

    力と出力という2つの項目の比率だけに基づいた評価が

    行われることになり,その関係も比例的あるいは画一的

    である。また,入力や出力が持つそれぞれの特色や独自

    性などを反映した評価には不十分な場合がある。これに

    対し,DEAでは,ウエイト付けにある一定の条件を与

    えることにより,入出力項目の特徴や利点を踏まえ,多

    数の項目を用いて事業体毎に最も有利な評価基準で相対

    的評価ができる。

    本研究で利用するDEAのモデルは,CCR(Charnes,

    Cooper and Rhodes)モデルとBCC(Banker, Charnes and

    Cooper)モデルである。 個の事業体(DMU)に関する

    入力と出力の対を ( )とする。ここで,

    入力 ,出力 をもとにDMUJの効率性を測

    定する。CCRモデルおよびBCCモデルのD効率値をそ

    れぞれ , とする。これらは,以下の最適化問題

    の解として表すことができる。

    (CCRモデル主問題)

    ( )

    ここで, は各DMUに対するウエイト.

    (CCRモデル双対問題)

    ( )

    ここで, ,

    は,それぞれ,入力値,出力値に関するウエイト.

    uT s su u R= ( ) ∈1, ,Lv T m mv v R= ( ) ∈1, ,Lj n= 1, ,L

    max

    . .

    ;

    θ JCCR

    J

    J

    j j

    s t

    =

    =

    ≥ ≥

    u y

    v x

    u y v x

    u 0 v 0

    Τ

    Τ

    Τ Τ

    1

    λ j

    j n= 1, ,L

    min

    . .

    θ

    θ λ

    λ

    λ

    JCCR

    JCCR

    J j jj

    n

    J j jj

    n

    j

    s t x x 0

    y y 0

    − ≥

    − ≤

    =

    =

    ∑1

    1

    0

    θ JBCCθ J

    CCR

    y jsR∈x j

    mR∈j n= 1, ,Lx yj j,( )

    n

    2 小久保秀俊,宮h浩一,高橋智彦 (2006年1月)

  • (BCCモデル主問題)

    ( )

    ここで, は各DMUに対するウエイト.

    (BCCモデル双対問題)

    ( )

    ここで, ,

    は,それぞれ,入力値,出力値に関するウエイト.

    入力の削減は出力の改善より行いやすく,直接的な経

    営の効率性を見ることができるため,本論文全体を通し

    て入力指向型のCCRモデルを用いる。節1の(2)合併前

    の規模の効率性と合併効果の有無との因果関係はあるの

    か?を分析するためには,BCCモデルを利用する。

    BCCモデルを利用する理由は,合併対象企業がCCRモ

    デルでは非効率となる場合でもBCCモデルではD効率

    値が1となるケースが考えられ,この場合には容易に規

    模の効率性が増加型,一定型,減少型のいずれであるか

    を判断できるからである。つまり,合併効果の判断には

    評価が厳しいCCRモデルを利用し,合併対象企業の規

    模に関する効率性がどのようであったかについて事前に

    判断するためにBCCモデルを利用する立場をとる。

    2.2 利用する入出力項目本研究の合併効果に関する検証には,表1に示す

    Case1-1からCase1-3,及びCase2-1からCase2-3の計6

    パターンの入出力項目を利用する。Case1-1からCase1-

    3では,入力に労働者数と経費,出力に売上や将来も含

    む収益性を表すフリーキャッシュフロー(FCF)を用いた。

    経営全体の効率性を見るために,経費面に重点を置いた

    分析である。経費は,売上と経常利益の差からさらに販

    売管理費を引いた。これは,販売管理費の中に含まれる

    人件費ともう1つの入力項目である労働者数との相関の

    影響をなくすためである。またFCFは,営業利益と減

    価償却費の和とした。Case2-1からCase2-3では,入力

    に労働者数と有形固定資産,出力に売上とFCFを用い

    た。経営全体の効率性を見るために,資産面に重点を置

    いた分析である。経費面と資産面の2面から効率性の合

    併効果の有無を見ていくこととする。合併効果の検証が

    入出力項目にどの程度依存するかについての分析は,全

    体分析の結果の中で,経費もしくは有形固定資産のウエ

    イトが高い企業のみを対象にしたウエイト別分析を行う

    ことにより分析する。

    3.分析対象及び評価の手法

    3.1 分析対象分析の対象となる項目は,節 1にも示した通り,以下

    の 4つである。

    (1)合併効果の有無に関する検証。

    (2)合併前の規模の効率性と合併効果との因果関係に関

    する検証。

    (3)合併効果の入力項目に関する感応度に関する検証。

    (4)入力項目に関する業種別合併効果の検証。

    3.2 評価の手法ここでは,節 3.1の各分析対象項目に関する評価の手

    法を与える。

    分析対象項目(1)合併の前の年度と合併の後の年度に関して,業種別に

    DEA分析を行いD効率値の改善の有無を判断する。こ

    の際に,合併後にD効率値が1とはならない企業に関

    しては,その参照集合が合併前の参照集合と見比べて大

    きく異なってないことを確認したうえでD効率値の改

    善の有無を判断する。合併前後のDEA分析においては,

    合併前の企業の入出力値を(仮想的に)合計した企業

    (以降,仮想合併企業と呼ぶ)も評価対象として加える。

    これは,合併前と合併後で規模が変化して,参照集合が

    大きく変わるような効果を少しでも避けるためである。

    効率性の比較対象企業は,仮想合併企業と合併後企業で

    ある。このため,合併効果の有無に関する検証を2通り

    行うことにする。第1は,合併の直前の年度における仮

    想合併企業のD効率値と合併の直後の年度における合

    併後企業のD効率値との比較であり,第2は,合併の

    直前の年度における仮想合併企業のD効率値と合併の

    uT s su u R= ( ) ∈1, ,Lv T m mv v R= ( ) ∈1, ,L

    j n= 1, ,L

    max

    . .

    ;

    θ JBCC

    J

    J

    j j

    c

    s t

    c

    = +=+ ≤

    ≥ ≥

    u y

    v x

    u y v x

    u 0 v 0

    Τ

    Τ

    Τ Τ

    1

    λ j

    j n= 1, ,L

    min

    . .

    ;

    θ

    θ λ

    λ

    λ λ

    JBCC

    JBCC

    J j jj

    n

    J j jj

    n

    jj

    n

    j

    s t x x 0

    y y 0

    − ≥

    − ≤

    = ≥

    =

    =

    =

    1

    1

    1

    1 0

    DEAに基づく事業法人の合併に関する効率性分析 3

    Case1-1Case2-1Case1-2Case2-2Case1-3Case2-3

    表1 Case別の入出力項目

  • 直後の年度における合併後企業のD効率値との比較で

    ある。第1の比較は,仮想合併企業と他の企業との入出

    力値の年度(共に合併の直前の年度)と合併後企業と他

    の企業の年度(共に合併の直後の年度)が揃っているた

    め,年度の効果をある程度除外した相対評価となる。第

    2の比較は,仮想合併企業以外の企業は,合併後企業も

    含めて合併の直後の年度の入出力値を利用するために入

    出力値の年度は揃っておらず,仮想合併企業と合併後企

    業を絶対評価する形となる。ここでは,2通りの検証結

    果を合わせた結果に基づいて,合併効果の有無に関する

    趨勢を判断する。

    分析対象項目(2)合併の直前の年度に関してBCCモデルを利用した効

    率性分析を行う。BCCモデルによる効率性の評価は概

    して CCRモデルによる評価よりも評価が緩いため,

    CCRモデルでは D効率値が1とはならないものでも

    BCCモデルではD効率値が1となるものが多数現れる

    ことが予想される。この場合,当該合併対象企業の規模

    の効率性が,規模の収穫増加型,一定型,減少型の何れ

    であるかが容易に判断できる。そこで,CCRモデルに

    基づいて合併効果が無いと判断された合併について,そ

    の合併がそもそも規模の収穫が減少型の企業の合併であ

    ったかどうかを検証する。

    分析対象項目(3)入力項目には,労働者数,経費,有形固定資産の3種

    類がある。この分析では,合併効果を生み出すには(合

    併によりD効率値を改善させるには),上記の3種類の

    入力項目の内でどの項目の改善が必要であるか,また,

    合併に際する入力項目の削減のしやすさに関して,仮想

    入力のウエイトに着目して検証することにする。但し,

    合併後にD効率値が1となった企業に関しては,その

    ウエイトが通常一意に定まらないものであるため除外し

    て,本分析対象項目の判断には,D効率値の改善は見ら

    れたが(合併効果はあると判断されるが)D効率値が1

    とはならなかった企業の仮想入力ウエイトに基づいて行

    う。具体的には,入出力として2入力2出力型の

    Case1-3とCase2-3を取り上げ,横軸にD効率値の変化

    幅を縦軸に仮想入力1のウエイトを取った散布図に基づ

    いて合併効果の入力項目に関する感応度の傾向を読み取

    る。

    分析対象項目(4)入力項目に関する業種別合併効果をみるために

    Case1-3とCase2-3を取り上げて,横軸にCase1-3のD効

    率値を縦軸にCase2-3のD効率値を取り,散布図を描く。

    この散布図に基づいて,業種毎に,資産面の削減による

    効率化と経費面の削減による効率化のどちらに力をおい

    て進めているか,或いは,業種毎にどちらの削減の方が

    進めやすいかを検証する。

    4.実証分析

    4.1 データ分析対象としたのは,1990年以降に完全な合併を行

    った上場企業の中の 12業種 22社である。業種の分類は,

    日本経済新聞社の分類を用いている。その分類では,上

    場企業について金融業を含む 36業種に分類しており,

    そのうちの 12業種を分析対象としているので,業種の

    偏りは少ないと考えられる。また,ここで言う完全な合

    併とは,合併を行うことにより,複数社に別れていた企

    業が1社となる合併のことを指す。各DEA分析は業種

    毎に行い,DMUに対応するものとしては,存続企業

    (合併後企業)の他に比較対象企業として,仮想合併企

    業,同業種かつ事業内容が比較的近い企業を 10社程度

    とりあげた。存続企業と仮想合併企業を除いた業種毎の

    正確な比較対象企業数は,22通りあったそれぞれの合

    併に関して表2に明記した。

    少ない業種だと6社,多い業種だと 25社となり,こ

    のことが分析結果に少なからず影響を及ぼすことも考え

    られるが,類似企業との比較を優先させた。

    財務諸表のデータは,全て公表された年次事業報告書

    の単体ベースのものを用いている。単体ベースを用いた

    理由としては,連結ベースのデータの公表は 2001年か

    ら義務付けられたため,それ以前のデータを公表してい

    ない企業があるからである。

    4 小久保秀俊,宮h浩一,高橋智彦 (2006年1月)

    表2 分析対象企業

  • 4.2 分析結果と考察まず,主な分析結果をまとめ,次に,詳細な分析内容

    と考察を与えることにする。

    主な分析結果は,次の通り。

    (分析結果1)入力項目に経費を用いる場合には合併効果が確認され

    るが,入力項目に有形固定資産をとる場合には合併効果

    は確認されない。出力項目に売上を用いる場合には合併

    効果が確認されるが,出力項目にFCFをとる場合には

    合併効果は確認されない。

    (分析結果2)経費面に重点を置いた分析では,規模の利益が増加型

    の企業の合併では合併効果が現れ,規模の利益が減少型

    の企業の合併では合併効果が殆ど現れない。資産面に重

    点を置いた分析では,合併前に予想される規模の効率性

    と実現した合併効果に因果関係はみられない。出力に関

    しては,売上,FCFの何れを用いても規模の利益が増

    加型の企業の合併では合併効果が現れ,規模の利益が減

    少型の企業の合併では合併効果が見られない傾向がみら

    れる。

    (分析結果3)経費面に重点を置いた分析では,経費のみならず労働

    者数にもウエイトがある場合に合併効果が見られる傾向

    が強い。資産面に重点を置いた分析では,労働者数にウ

    エイトが大きい場合には合併効果が現れにくい。

    (分析結果4)医薬品,総合商社,海運では,合併効果が強く現れ,

    逆に,窯業では合併効果が見られない。

    上記の主な分析結果のまとめに対応する詳細な分析内

    容と考察を以下に示す。

    [分析内容と考察1]まず,表3には,節 2.2に示した6通りの入出力項目

    から,Case1-3に関するものを1例として取り上げ,分

    析結果の詳細を示した。表3の一番左の列には合併の分

    析対象となる業種と合併効果の判定結果を○,△,×の

    記号を用いて示した。○印は合併前後でD効率値に改

    善が見られたこと,△印はD効率値に変化が見られな

    いこと,×印はD効率値が低下したことをそれぞれ表

    す。また,判定結果の上段は節 3.2で示した相対評価の

    判定結果(各合併に関してD効率値の3段目と4段目

    を比較して4段目の効率値が高ければ○印)を下段は絶

    対評価の判定結果(各合併に関してD効率値の4段目

    と5段目を比較して4段目の効率値が高ければ○印)を

    示した。また,表3の中央付近には参照集合を示した。

    各合併に関して参照集合の列の三段目から五段目をみる

    と効率値が1となる場合を除くと参照集合が殆ど変わら

    ないことがわかる。このため,合併後企業の効率値が1

    とはならない場合でも効率値に改善が見られれば合併効

    果があると見做しても大きな間違いは生じない。

    節 2.2に示した他の5通りの入出力項目に関しても,

    表3と同様の分析結果から参照集合の確認を行ったうえ

    で,合併効果の判定結果の部分を取りまとめ表4に示した。経費面に重点を置いて分析結果を判断するため,表

    4におけるCase1-1からCase1-3の合計に関して相対評

    価と絶対評価の合計を見ると合併効果が見られた企業が

    延べ 73社に対して合併効果が見られなかった企業は延

    べ 57社と全体的に合併効果が伺える趨勢にある。これ

    に対して,資産面に重点を置いて分析結果を判断するた

    め,表 4におけるCase2-1からCase2-3の合計に関して

    相対評価と絶対評価の合計を見ると合併効果が見られた

    企業が延べ 64社に対して合併効果が見られなかった企

    業は延べ 61社と同程度であり,合併効果が伺えるとは

    判断しかねる結果となった。これは,合併に際して経費

    の削減の方が,有形固定資産の削減よりも進めやすいこ

    とが想定される。

    同様にして,出力項目に関する合併効果を確認する。

    出力項目に売上をとった場合の分析結果は Case1-1と

    Case1-2の合計であるが,これに関して相対評価と絶対

    評価の合計を見ると合併効果が見られた企業が延べ 52

    社に対して合併効果が見られなかった企業は延べ 36社

    と全体的に合併効果が伺える趨勢にある。これに対して,

    出力項目に FCFをとった場合の分析結果はCase1-2と

    Case2-2の合計であるが,これに関して相対評価と絶対

    評価の合計を見ると合併効果が見られた企業が延べ 40

    社に対して合併効果が見られなかった企業は延べ 45社

    と全体的に合併効果が見られない企業の方が多い結果と

    なった。これは,売上がその時点での企業体力の象徴で

    あり合併に当たって常に意識されてきたのに対して,

    FCFはその時点とその将来の収益性と余力を表し,過

    去の合併においてはこの面でのメリットがあまり意識さ

    れてこなかったことが考えられる。

    DEAに基づく事業法人の合併に関する効率性分析 5

    表4 合併効果の判定結果

  • [分析内容と考察2]分析対象(2)に対する分析結果を表5にまとめた。表

    5の左端の経費,有形固定資産,売上,FCFは,[分析

    内容と考察1]におけるCaseの集計法に対応している。

    増加は,合併前企業がBCCモデルに基づいて規模の利

    益が増加型と判断された企業が合併後どうなったかを,

    減少は,合併前企業がBCCモデルに基づいて規模の利

    益が減少型と判断された企業が合併後どうなったかを示

    す。経費面からの分析では,規模の利益が増加型と判断

    された企業の内で 28社が合併効果有りと判断され,18

    社が合併効果無と判断され,逆に,規模の利益が減少型

    と判断された企業の内で6社が合併効果有りと判断され,

    23社が合併効果無と判断された。経費面からの分析で

    は,合併前に予想される規模の効率性と実現した合併効

    果に強い正の因果関係が見て取れる。

    これに対して,資産面からの分析では,規模の利益が

    増加型と判断された企業の内で 28社が合併効果有りと

    判断され,28社が合併効果無と判断され,逆に,規模

    の利益が減少型と判断された企業の内で 10社が合併効

    果有りと判断され,8社が合併効果無と判断された。資

    産面からの分析では,合併前に予想される規模の効率性

    と実現した合併効果には,殆ど因果関係は見られなかっ

    た。この理由としては,合併前企業2社の販売先の重複

    が考えられる。つまり,合併直後には合併後企業の出力

    項目は合併前企業2社の出力項目の和よりも減少する

    (表3を参照)が,経費面の削減は出力項目の減少を上

    回る程度まで進めることができるが,資産面の削減はそ

    れ程進めることができないことを意味している。

    出力面に着目した場合には,出力項目が売上の場合に

    は,規模の利益が増加型と判断された企業の内で 19社

    が合併効果有りと判断され,13社が合併効果無と判断

    され,逆に,規模の利益が減少型と判断された企業の内

    で8社が合併効果有りと判断され,12社が合併効果無

    と判断された。また,出力項目がFCFの場合には,規

    模の利益が増加型と判断された企業の内で 19社が合併

    効果有りと判断され,16社が合併効果無と判断され,

    逆に,規模の利益が減少型と判断された企業の内で3社

    が合併効果有りと判断され,11社が合併効果無と判断

    された。このため,出力項目に関しては,売上,FCF

    の何れを採用しても,合併前に予想される規模の効率性

    と実現した合併効果に緩やかながら正の因果関係が見ら

    れた。

    [分析内容と考察3]分析対象項目1,2は経費面,資産面といった大きな

    視点からの分析であったが,ここでは,より詳細に,人

    件費(労働者数),経費,有形固定資産のどの入力項目

    の削減が合併の効率性を生むために効果的か,或いは削

    減しやすいと考えられるかについて分析する。Case1-3

    の相対評価と絶対評価,Case2-3の相対評価と絶対評価

    に関して,横軸にD効率値の変化幅を縦軸に仮想入力

    1のウエイトを取った散布図を,それぞれ,図1から図4に示した。図1と図2から,相対評価,絶対評価を問わず,合併

    効果が見られた企業では,労働者数にも相応のウエイト

    があることが見て取れる。労働者数にも相応のウエイト

    を掛けて効率性を評価した場合に他の企業と比較して効

    率的となることは労働者数の削減において他の企業より

    も優位性がみられることを意味する。つまり,経費の削

    減のみならず,労働者数の削減も少なからず進展してい

    ることが読み取れる。これは,合併に際して人件費より

    も経費の削減の方が容易ではあるが合併効果を生み出す

    6 小久保秀俊,宮h浩一,高橋智彦 (2006年1月)

    表5 規模の効率性と合併効果との因果関係

  • ためには人件費の削減にも着手する必要があることを示

    唆している。

    図3と図4からは,合併効果が生じた企業のサンプル

    が少ないために合併効果を生むための要件について踏み

    込んだ議論はできないが,合併効果が見られなかった企

    業に関しては,概ね労働者数のウエイトが1に近いこと

    が読み取れる。このため,人的資産の削減の方が有形固

    定資産の削減よりも進展しやすいが,共に出力項目の減

    少を上回るほどではなかったことが伺える。

    [分析内容と考察4]相対分析,絶対分析の双方について,横軸にCase1-3

    のD効率値の変化幅を縦軸にCase2-3のD効率値の変化

    幅を取り散布図を描いたものを,それぞれ,図5,図6

    に示した。各図において概ね,第1象限は,経費面,資

    産面ともに合併の効率性が確認された業種,第2象限は,

    資産面にのみ相応の合併の効率性が確認された業種,第

    3象限は,経費面,資産面ともに合併の効率性が確認さ

    れなかった業種,第4象限は,経費面のみに相応の合併

    の効率性が確認された業種を表す。

    まず,図5,図6から,第1象限や第3象限に属する

    合併企業の方が,第2象限や第4象限に属する合併企業

    よりも多く,合併の効率性が生じる業種では費用面,資

    産面の両方からの合併効果がみられ,逆に,合併の効率

    性が生じない業種では費用面,資産面のどちらからも合

    併効果がみられないことが伺える。

    相対分析,絶対分析を総合的に判断して,経費面,資

    産面ともに合併の効率性が確認された業種としては,医

    DEAに基づく事業法人の合併に関する効率性分析 7

    図1 労働者のウエイトと合併効果(Case1-3:相対)

    図2 労働者のウエイトと合併効果(Case1-3:絶対)

    図3 労働者のウエイトと合併効果(Case2-3:相対)

    図4 労働者のウエイトと合併効果(Case2-3:絶対)

    図5 D効率値の変化幅の散布図(相対)

    図6 D効率値の変化幅の散布図(絶対)

  • 薬品,総合商社,海運が挙げられる。資産面にのみ相応

    の合併の効率性が確認された業種としては,機械,電機

    が挙げられる。経費面,資産面ともに合併の効率性が確

    認されなかった業種には,窯業が挙げられる。経費面の

    みに相応の合併の効率性が確認された業種としては,化

    学,紙・パルプが挙げられる。

    このような結果となるのはBCCモデルの場合は合併

    による大型化が必ずしも効率値の上昇に結びつかないと

    いう分析手法の特徴の他,医薬品,総合商社などがキャ

    ッシュ・リッチな産業で出力のFCFが豊富で仮想的出

    力でもその点の影響が見られるのに対して,窯業はキャ

    ッシュ不足の産業であり,仮想的出力でもその影響が窺

    えるなど業種的特徴も影響している。また過当競争から

    再編が迫られた化学においては経費の仮想入力などから

    みた経費面の効率値への寄与など合併効果が定量的に現

    われている。

    5.まとめと結語

    本研究では,1990年以降に完全な合併を行った上場

    企業を対象として,合併による経営の効率性の改善があ

    ったかどうかをDEAモデルのCCRモデルに基づき検証

    した。合併前企業に関する規模の効率性の判断のために

    BCCモデルを利用した。事業会社の合併を財務データ

    から分析した先行研究では,合併効果はあまり見られな

    い結論となっていたが,DEA分析を利用した本研究で

    は,費用面からの分析では一定の合併効果が確認された。

    他の主な分析結果として,

    (1)経費面に重点を置いた分析では,規模の効率性と合

    併効果の間に正の因果関係が見られた。

    (2)経費面からの分析は,経費のみならず労働者数の削

    減も重要であることを示唆した。

    (3)医薬品,総合商社,海運では,合併効果が強く現れ,

    逆に,窯業では合併効果が見られない。

    等がわかった。

    合併効果を計量する方法は複数考えられることから,

    単一の指標による分析には問題があると考えられる。し

    たがって,多入力多出力を扱えるDEAを用いた分析を

    行うことは有用であると思われる。本研究のように現在

    の体力である売上と将来の収益性にもつながり合併など

    再編への余力を表すFCFを同時に出力として考慮する

    姿勢が重要になることは間違いない。今後,会計基準や

    法の改正でM&Aの容易化による連続的な業界再編が見

    込まれ,一度合併した企業が,また合併するなどの動き

    が予想される中で現在は効かないがこうした合併に関連

    する項目などの複合的要因を入出力に入れて分析してい

    くことが合併の尺度には必要となろう。

    尚,文中の分析は筆者らの属している組織の見解とは

    一切関係がなく,筆者らの個人的見解である。

    謝辞 評価のOR研究部会において,主に,刀根薫先生,上田徹先生,篠原正明先生, 山田善靖先生から懇切丁寧

    なご指導を賜りました。この場を借りて心からお礼申し

    上げます。紀要掲載に際して,査読をして下さった学内

    の匿名の先生には深く感謝致します。

    8 小久保秀俊,宮h浩一,高橋智彦 (2006年1月)

  • DEAに基づく事業法人の合併に関する効率性分析 9

    表3 分析結果(Case1-3)

  • 10 小久保秀俊,宮h浩一,高橋智彦 (2006年1月)

    表3 分析結果(Case1-3)つづき

  • 参考文献[1]小本恵照(2002)「合併によって企業業績は改善したか?-財務デ-タによるアプローチ-」,ニッセイ基礎研所報

    2002 Vol.24.[2]小久保秀俊,宮h浩一,高橋智彦(2004)「DEAに基づく

    事業法人の合併に関する効率性分析」,日本OR学会 04秋季大会予稿集,pp.306-307.

    [3]高橋智彦(2003)「巨大経営統合を考慮した銀行の効率性について」高橋一,池田昌之編『ジャフィー・ジャーナル

    2003:金融工学と資本市場の計量分析』pp.23-48.[4]高橋智彦(2000)「DEAを用いての破綻債権処理も加味した銀行の効率性の計測」,オペレーションズ・リサーチ

    2000年 11月号,pp.598-602.[5]刀根薫(1993)「経営効率性の測定と改善」,日本科技連[6]刀根薫,上田徹(2000)「経営効率評価ハンドブック」,朝

    倉書店.

    [7]Avkiran,N.K(1999), The Evidence on Efficiency Gains: TheRole of Mergers and the Benefit to the Public, Journal of

    Banking and Finace, 23, Issue 7, pp.991-1013.[8]Cooper,W.W., L.M.Seiford and K.Tone(1999), Data

    Envelopment Analysis, Kluwer Academic Publishers,

    pp.139-145.[9]Ikeda,K. and N.Doi(1983), The performances of merging

    firms in Japanese manufacturing industry: 1964-75, Journalof Industrial Economics, Vol.31. pp.257-266.

    DEAに基づく事業法人の合併に関する効率性分析 11