development of maruti suzuki cng/lpg bifuel vehicle in india

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(16) 1. 緒言 インドでは 2000 年以降,環境保護のため天然ガス (CNG) タクシー及びバスが普及してきており,また低コスト燃料 といった観点から乗用車においても CNG および LPG 車が 普及してきている. スズキのインドにおける自動車生産子会社であるマルチ スズキでは,これまでミキサータイプのキットを取り付け CNG および LPG 車を販売してきていたが,2010 8 に独自開発のインジェクションシステムを備えたバイフュ エル CNG 5 機種を発表し,優れた燃料コストと環境性 能,走行性能,安全性が調和した CNG 車をインド市場に 投入した.また 2011 2 月には共通のシステムによる LPG 車もラインナップに加えバリエーションの充実を図っ てきている.今回インドにおける CNG および LPG 車を取 り巻く状況と,スズキとマルチスズキにて共同開発した CNGLPG 車に搭載しているバイフュエルシステム,エン ジン出力および排気ガス性能などについて紹介する. 2. インドの CNG 車普及状況 1 に世界の CNG 車の普及台数状況を,図 2 CNG の普及率を示す.インドはパキスタン,イラン,アルゼン チン,ブラジルに次いで世界で 5 番目の普及台数であり, * Corresponding author. E-mail: [email protected] 日本燃焼学会誌 第 54 168 号(2012 年)76-81 Journal of the Combustion Society of Japan Vol.54 No.168 (2012) 76-81 ■特集/FEATURE―負荷変動・燃料性状変動・環境規制に応えるための燃焼機関燃料供給装置とその制御/ Fuel Supply and Control System of Combustion Engine for Load Change, Flex Fuel and Environment Regulation インド マルチスズキ CNG/LPG Bifuel 車の開発 Development of Maruti Suzuki CNG/LPG Bifuel Vehicle in India 田中 将秀 * TANAKA, Masahide* スズキ () 432-8611 浜松市南区高塚町 300 Suzuki Motor Corp. 300 Takatsuka-Cho, Minami-Ku, Hamamatsu City, 432-8611 Japan Abstract : Maruti Suzuki developed CNG /LPG Bifuel vehicle that has cost effective, good performance, high reliability system with sophisticate multi-point gas injection technologies. Optimized engine setting show comparable engine power in CNG and LPG operation compared with petrol operation. Using with same emission system with base petrol vehicle, BS4 emission standard was achieved in each fuel operation by adjusting dedicated ECU software. Key Words : Alternative fuel, Natural gas, Liquefied petroleum gas, Bifuel, India 1 世界の CNG 車普及状況 2 世界の CNG 車普及率

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Page 1: Development of Maruti Suzuki CNG/LPG Bifuel Vehicle in India

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1. 緒言

 インドでは 2000 年以降,環境保護のため天然ガス (CNG) タクシー及びバスが普及してきており,また低コスト燃料といった観点から乗用車においても CNG および LPG 車が普及してきている. スズキのインドにおける自動車生産子会社であるマルチスズキでは,これまでミキサータイプのキットを取り付けた CNG および LPG 車を販売してきていたが,2010 年 8 月に独自開発のインジェクションシステムを備えたバイフュエル CNG 車 5 機種を発表し,優れた燃料コストと環境性能,走行性能,安全性が調和した CNG 車をインド市場に投入した.また 2011 年 2 月には共通のシステムによる LPG 車もラインナップに加えバリエーションの充実を図ってきている.今回インドにおける CNG および LPG 車を取り巻く状況と,スズキとマルチスズキにて共同開発した CNG/LPG 車に搭載しているバイフュエルシステム,エンジン出力および排気ガス性能などについて紹介する.

2. インドの CNG 車普及状況

 図 1 に世界の CNG 車の普及台数状況を,図 2 に CNG 車の普及率を示す.インドはパキスタン,イラン,アルゼンチン,ブラジルに次いで世界で 5 番目の普及台数であり,

* Corresponding author. E-mail: [email protected]

日本燃焼学会誌 第 54巻 168号(2012年)76-81 Journal of the Combustion Society of JapanVol.54 No.168 (2012) 76-81

■特集/FEATURE■

―負荷変動・燃料性状変動・環境規制に応えるための燃焼機関燃料供給装置とその制御/ Fuel Supply and Control System of Combustion Engine for Load Change, Flex Fuel and Environment Regulation ―

インド マルチスズキ CNG/LPG Bifuel 車の開発Development of Maruti Suzuki CNG/LPG Bifuel Vehicle in India

田中 将秀*

TANAKA, Masahide*

スズキ (株) 〒432-8611 浜松市南区高塚町 300Suzuki Motor Corp. 300 Takatsuka-Cho, Minami-Ku, Hamamatsu City, 432-8611 Japan

Abstract : Maruti Suzuki developed CNG /LPG Bifuel vehicle that has cost effective, good performance, high reliability system with sophisticate multi-point gas injection technologies. Optimized engine setting show comparable engine power in CNG and LPG operation compared with petrol operation. Using with same emission system with base petrol vehicle, BS4 emission standard was achieved in each fuel operation by adjusting dedicated ECU software.

Key Words : Alternative fuel, Natural gas, Liquefied petroleum gas, Bifuel, India

図 1 世界の CNG 車普及状況

図 2 世界の CNG 車普及率

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田中将秀,インド マルチスズキ CNG/LPG Bifuel 車の開発

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2010 年の集計値では 108 万台となっている.しかしながら,普及率としては 17 位であり低位となっている.ここで普及率とは全車両に対する CNG 車の割合を示す. 図 3 はインドにおける近年の CNG 車の普及台数推移を示す.4 年間で約 3 倍と着実に台数が増加してきており,経済発展に伴う自動車保有台数の増加と共に今後の CNG 車普及拡大のポテンシャルを持っていると考えている. 図 4 にインドの CNG 車の構成比を示す.半数強がオートリキシャと呼ばれる 3 輪タクシーで 4 割が乗用車,残りの 1 割がバス,商用車などである.

3. インドの CNG 充てんインフラ整備状況

 現在インドでは図 5 に示すように西部のムンバイから北部のデリー周辺を結ぶエリアに天然ガスのパイプラインが発達している.図 5 中の点線及び破線で示すように今後南部及び東部方面へのパイプラインの伸長が計画されている. CNG の充てんスタンドもパイプラインの敷設されているエリアに広がっており,およそ 600 の CNG スタンドが 20 都市,40 ほどの町に普及している (図 6).今後のパイプラインの延長と共にインド東部ならびに南部の地域での CNG スタンドの普及が見込まれる. 表 1 にインド各州の CNG スタンドの普及割合を示す.最も普及しているデリーでは全スタンドのうちの 1/3 ほども CNG スタンドがある.次いでムンバイを中心とした西部のマハーラーシュトラ州とその北隣にあるグジャラート州で CNG スタンドが普及している.残りの CNG スタンドのある 5 州ではまだ普及率が 1 % にも達していない.

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図 3 インドの CNG 車増加 (2006→2010)

図 4 インドの CNG 車の構成比 (出典:EAI)

図 5 インドの天然ガスパイプライン

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日本燃焼学会誌 第 54巻 168号(2012年)

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4. インドの CNG/LPG 車事情

 CNG 車の普及台数の多い他国同様,インドの CNG 車もアフターマーケットで装着されるいわゆるレトロフィット車が大多数を占めている.ガソリン車を CNG 車に改造する理由は CNG のランニングコストが安いためである. インドでは図 7 に示す様にガソリン,LPG,軽油,CNG の順に走行距離あたりの燃料費が安くなっている.メーカー生産 OEM 車がインドのようなレトロフィット車が普及している国で受け入れられるには市販のキットと価格競争力を持たなければならない.市販のレトロフィット用 CNG キットはディーラー装着のものも含めて多くがガスミキサータイプの燃料システムを用いている.ミキサーシステムは,価格が安い反面年々強化されてゆく排ガス規制に対応してゆくには限度がある.このため,市販のキットにおいても最近はインジェクションタイプのものも徐々に増えてきている.

5. マルチスズキの CNG/LPG バイフュエル車開発

5.1. 機種及び販売エリア 2011 年 8 月にマルチスズキは最新の環境性能と優れた走行性能及び安全性を持ち,なおかつ市販のキットと価格競争力のあるインジェクションシステム,i-GPI (インテリジェント ガス ポートインジェクション) CNG 車を開発しインド市場に投入した.また翌年 2011 年 2 月には CNG 車と共通の基本システムを用いた LPG 車を投入した. 現在マルチスズキではインド国内に 5 機種の CNG 車 (図 8) と 3 機種の LPG 車を販売している.CNG 車の販売は CNG スタンドの普及が進んだ都市部に限定しているが,LPG 車は LPG スタンドがインド国内に広く分布しているため,広範囲で販売されている.いずれもガソリンと CNG/LPG を併用するバイフュエル車である.マルチスズキの CNG/LPG 車の優位性は最先端のガスインジェクションシステムを採用しながらレトロフィット改造費用並みの価格を達成している点にあるといえる.

5.2. バイフュエルシステム CNG システムはベースとなるガソリン車のレイアウト段階から CNG 部品のレイアウトを考慮して設計しているため,改造キットなどに較べ最適レイアウトをすることが

図 6 インドの主な CNG スタンド普及都市

表 1 インド各州の CNG スタンド普及割合 (出典:MOPNG Websites)

図 7 インドにおける燃料別ランニングコスト比較 (マルチスズキまとめ)

図 8 マルチスズキ バイフュエル CNG 車

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田中将秀,インド マルチスズキ CNG/LPG Bifuel 車の開発

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可能となっている (図 9).エンジンへ燃料混合気を導入するインテークマニホールドには各気筒へ噴射ガスを導入するためのノズルを備えた専用品を設け,ガス燃料配管及びガスインジェクタなどのレイアウトも組付け性はもちろん衝突安全性も考慮したレイアウトとなっている. 今回,新たに開発した CNG システムは,システム全体

をコントロールするためスズキ/マルチで自社開発した専用のガスコントローラ (ECU) を使用している (図 9, 10, 11).このガスコントローラとベースエンジンコントローラを相互に協調し,インドの CNG 性状 (表 2) に合わせた最適な CNG 噴射量,点火時期ならびに主止弁などの補機部品の制御,燃料切替も含めた CNG エンジンの制御を行なっている. LPG システムの基本構成は CNG と共通であり,燃料タンク,燃料残量センサ,インジェクタ噴射圧の違いなどからくる設定の違いに対して制御上の修正が加えられているが,ガス噴射にかかわる制御は共通となっている. 表 2 に示されたインドの CNG の性状については日本で都市ガスとして供給されている 13A に対し,エタン,ブタン,プロパンなどのカーボン数の多い炭化水素が少ないことと,CO2 などの不燃ガス分が多いことから発熱量が約 1 割低くなっており,結果的にガスの噴射量比で 7 % ほどの増量が必要になってくる.

5.3. バイフュエル化に伴うガソリン車とのその他の差異 CNG 化に伴うその他の特徴として,エンジンにおいてはバルブ及びバルブシート材質などをベースのガソリンエンジンから変更し耐久性を確保している.サスペンションは CNG シリンダ搭載による重量アップならびに重量バランス変化に対応しチューニングを行なっている.車体についても CNG シリンダ搭載に伴う重量アップと衝突安全性を確保するため補強板を追加するなどベースガソリン車から改良を加えた専用設計としている.さらにガスを充てんするレセプタクルは給油リッド内のガソリン給油口の隣に配置し利便性を確保している.

5.4. 生産上の特徴 マルチスズキの CNG/LPG 車は工場での生産においてはガソリン車と同一の生産ラインで組立てを行っている.また生産ライン工程中で燃料高圧配管のリークチェックを行い,その後完成車検査工程にて車両トータルで最終的な

図 9 バイフュエル CNG システムレイアウト

図 10 バイフュエル CNG システム図

図 11 バイフュエル LPG システム図

表 2 インドの代表的 CNG 性状 (vol%)

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日本燃焼学会誌 第 54巻 168号(2012年)

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リークチェックを行っている.加えてシステム動作ならびに排ガスチェックを自動検査機器で行い,ガソリン車と同一の高い製造品質を確保しており,OEM 生産のメリットとなっている.

6. ガスインジェクタ搭載位置による性能への影響

 バイフュエル車ではガソリンとガス各々の燃料を個別にエンジンに供給する必要がある.特にポート噴射の場合,ガソリンインジェクタの取付位置はポート内へのガソリン噴霧の壁面付着を低減するために優先的にインテークポートに近い位置にレイアウトする必要がある.その結果,ガスインジェクタはガソリンインジェクタ周辺部品とのクリアランスを確保するためインテークポートから離れた位置にレイアウトせざるを得なくなる.幸いにしてガスの場合は液体燃料のように壁面付着などの影響はないため噴射ノズルの方向に自由度は持てるが,インテークポート及びインテークマニフォールドへの導入長が長くなるとレスポンスの悪化などを招く恐れがある. 今回ガスインジェクタのレイアウト検討をする際にガスインジェクタとインテークマニフォールドを繋ぐガスホース長 (図 12) のエンジン性能に与える影響を調査した結果があるため紹介する. 表 3 の①~⑤は各気筒のガスインジェクタとインテーク

マニフォールドのガスノズル間のホース長,5 種類の組合せを示す. 加速時の空燃比挙動,ドライバビリティ,ガソリン⇔CNG 間で燃料を切り替えるときのフィーリング,始動性について比較したところ,ホース長が長い場合と各気筒のホース長の差が大きい時に始動性が悪化する傾向が見られた. この結果から,可能な範囲でホース長の気筒間差を小さくすることとホース長を短くすることが有効であること,特に②と③,④と⑤の比較から気筒間差を小さくすることがより有利であることが分かった.

7. ガス燃料エンジン性能

 ガソリンエンジンに対しガス燃料エンジンでは充てん効率が低下するため一般に出力が低下してしまう.特に CNG はガス比重が小さいために充てん効率低下が大きく,結果出力低下量が大きくなる.それに対し LPG はガス比重が大きいため出力低下量は CNG に比べ小さい.また一方でガス燃料はガソリンに対しオクタン価が高く,特に低回転域での耐ノック性に優れるため,低回転域の出力低下量は高回転に較べ相対的に小さくなる. 大雑把に見てガソリン,LPG,CNG 各燃料使用時の出力はガソリン≧LPG>CNG の様になっている. 図 13 はマルチスズキの代表機種であるワゴン R (1000 cc, DOHC, ε = 10.0) の各燃料仕様での出力比較を示す. 各燃料毎に空燃比,点火時期などを最適化してガス燃料化に伴う出力低下を最小限にとどめ,ガソリンエンジンと遜色の無い走行性能を確保している. 表 4 にワゴン R におけるガソリン,LPG,CNG での

図 12 ガスインジェクタ搭載レイアウト例

表 3 ホース長違いによるエンジン性能への影響

図 13 ガソリン/CNG/LPG 出力性能比較 (ワゴン R)

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田中将秀,インド マルチスズキ CNG/LPG Bifuel 車の開発

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CO2 排出量比較を示す.ガソリン使用時に対し LPG 及び CNG 使用時は各々約 10%,20% の CO2 排出量の低減が可能となりガス燃料エンジンの環境性能の優位性を示している. 表 5 にワゴン R におけるガソリン,LPG,CNG で排気ガス排出性能について比較した結果を示す.いずれの燃料

でも欧州の Euro4 規制に相当するインドの BS4 規制に対応してクリーンな排ガス性能を達成している.しかしながら 3 元触媒を用いた同一の浄化システムを用いた時に,燃料種により排気ガスの排出傾向に差が見られる.排出ガス量については燃料噴射量などのチューニングの仕方によっても CO, HC, NOx の各排ガス成分の排出傾向が変わってしまうため単純比較は難しいが,傾向としては LPG, CNG は NOx がガソリンよりも多い傾向であり,CNG は HC が多い傾向であるが CO は少ない傾向であるといえる.メタンの反応性が LPG 及びガソリン中に含まれる他の炭化水素よりも相対的に低いことがこのような結果になると考察する.

8. 結言

 CNG は国内で都市ガスの 13A,12A,6A,5C などのガスの種類があるように,海外でも地域によっては CNG の主成分であるメタンの含有量がまちまちで,CO2,N2 などの不燃ガス分,発熱量に差異があり,エンジン供給ガス量の適合に困難なケースもあると聞きます.今回インドは比較的安定した性状の CNG が流通していたため,インド向けバイフュエル車の開発途上で燃料性状による問題はありませんでしたが,今後新たな市場に CNG 車を展開する機会があればガス性状の違いに注意が必要と感じています.

表 4 燃料別 CO2 排出量比較 (ワゴン R)

表 5 燃料別 排気ガス排出量比較 (ワゴン R)