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    呼吸器領域の超音波診断法が発展し,他の超音波診断領域と同じように普及するまでのあゆみと今後の展望について記してみたいと思います.筆者は 1987年に呼吸器領域への超音波診断法の臨床応用を展開について,研究チームの位置づけと将来の方向付けのために過去の研究を調査したことがあります 1).先達の研究者が既に多くの課題に取り組んでいて,我々の世代の研究の多くは,機器の進歩により検証を実現出来たものや,わかりやすく提示出来るようになったもので,研究がオリジナルであったことを認識できることは,そう多くはないことを感じました.歴史的な視点や過去の文献を振り返り,そのルーツを引用して論文を書くことが,研究や臨床に携わるものとして心得ておくべきことであると当時を振り返ってあらためて考えています.

    呼吸器領域の超音波診断法の黎明期とその後の発展超音波診断法の開発当初には,呼吸器領域への

    臨床応用も試みられています.1961年の電気関係学会関西支部連合大会シンポジウム「最近における超音波の医学的応用」の三年前,1964年の日本超音波医学会設立の六年前になる1958年に林,和賀井,宮沢,小暮らは肺腫瘍へ,中谷,石原,内田らは肺結核症,結核性胸膜炎へのA-mode超音波診断法の応用について学会報告し 2,3),1959年には論文が雑誌に掲載されています 4).当時の超音波像はA-modeの画像とそのイラストレイ

    ションですが,呼吸器領域の超音波診断の端緒が開かれたと言えましょう.東北大抗酸菌研の田中はこの時期から1970年代の発展について紹介しています 5).海外では,現在の視点から見ればその結論に若干の問題が残されていますがGordonが1964年に肺塞栓・梗塞病巣の検出について報告し 6),Joynerらは1967年に胸水の診断について報告しています 7).その後,A-modeに加えてB-mode画像による

    肺胸膜疾患,縦隔腫瘍,新生児の肺の含気化の過程 8),肺循環に関する研究が行われていますが,心原性・呼吸性に移動する,含気性肺や肋骨等に囲まれた病巣の構造の詳細を診断するには画像のreal-time性も空間分解能も十分ではなく,臨床医学な有効性の認識は研究的には得られても普及には至らなかったといえましょう.呼吸器領域の章がない教科書や超音波医学の特集等も少なくありませんでした.

    1970年代後半には装置の性能が向上し,hand-held scannerにくわえて電子スキャンによる real-time 観察が可能になると,呼吸器領域への超音波診断の臨床応用の有効性が次第に明らかになり 9),系統的に検討したシリーズの論文が書かれ 10),日本超音波医学会編の著書「超音波診断」第1版・第2版 11),更に分冊「新超音波医学」12)

    などに呼吸器領域の超音波診断の章が設けられました 13-15).これらの引用文献から当時の各施設の研究の状況の詳細を知ることが出来ます.当時の呼吸器領域への超音波の応用範囲をみると,現在の適応をほぼカバーし,肺循環動態の一環として

    呼吸器領域超音波診断のあゆみ― 歴史と今後の展望 ―

    10.

    名取  博(札幌医科大学名誉教授)

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    中心静脈圧の非侵襲モニターにも応用していることがわかり 16),特に real-time CTでも観察し得ない胸水の器質化や胸水流動の動態を観察しうる超音波像の臨床的な有用性が認識されていました.現在では呼吸器の臨床では interventionalな処置時の real-time monitorとして精度の高い施術と安全確保のために,無くてはならないツールとされています 17,18).学会診断基準委員会関連の事項として肺癌の胸

    膜浸潤の診断基準が定められており 19),他に縦隔腫瘍の超音波画像パターン分類基準が定められています 20).また,学会認定専門医試験でも呼吸器領域の超音波診断の知識が評価の対象となっています.

    呼吸器領域の体腔内走査超音波診断

    1967年に田中らは気管支内および食道内に硬性内視鏡下に radial探触子を用いて気管と肺門・縦隔の超音波二次元断層像をえました.後年,田中はpersonal communicationとして,全身麻酔下の侵襲性の高い検査で普及に至らなかったと述べていますが,十年後の久永らの研究と共に体腔内走査の黎明期の研究といえます 5,21,22).我々はDiMagno23)の報告の翌年,1981 年に呼吸器領域の超音波内視鏡が商品化される前の開発に携わり 24),1982 年に経食道リニア電子スキャン超音波内視鏡による縦隔肺門の診断について報告しています 11-15,25-27).この頃から国内の数グループが呼吸器・循環器・消化器の超音波内視鏡・体腔内走査法の臨床研究を開始し,1986 年にラジアル細径プローブによる血管内からの縦隔肺門の超音波診断(IVUS)14,26,28),1997 年にはラジアル細径プローブによる経気管支超音波診断(IBUS)について報告しています 14,27,29).これらの呼吸器領域の体腔内走査システムはその後商品化へ向い,栗本らの術後試料との対比研究は臨床展開を促進しました 30,31).千葉大学の研究グループ

    のConvex探触子付き経気管支内視鏡も 2007年頃にはEndo-Bronchial USおよびTrans Bronchial Needle AspirationによるEBUS-TBNA術として臨床に導入されました.超音波内視鏡および体腔内走査超音波診断法は日常の臨床に取り入れられ,超音波医学会以上に呼吸器内視鏡学会,呼吸器学会での演題が多くなり,気管・気管支の超音波内視鏡・体腔内走査診断や観察下の処置が臨床に定着しています.

    呼吸器領域の超音波診断の展望筆者は大学を定年退職して7年になりますが,

    この間の呼吸器領域の超音波診断一般についてみると,国内関連学会ではその進歩は遅々としているかに見えます.浜崎らの胸膜病変に対するカラードプラ法の検討なども観られますが 32),他方,ヨーロッパでは G. Mathis編による「Chest Sonography」第2版等が充実した内容になっており 33),呼吸器領域の関係者の皆様にはこれを越えるものをイメージして戴きたいと思っています.まずは,最近の高分解能超音波診断機器の機能を活かし,DICOMデジタル画像に基づいて,呼吸器領域全般の超音波診断が書き換えられることを期待しています.超音波内視鏡と体腔内走査法に関しては我が国

    の進歩・普及が顕著でリンパ節内転移巣を検出できる高分解能の画像など,今後の発展に期待を持っていますが,超音波気管支内視鏡検査は侵襲性が高いので呼吸器内視鏡学会や呼吸器学会専門医が検査を担当することが望ましいと思っています.また,呼吸器領域では骨や含気性肺により画像

    の一部が欠落することが非常に多いのですが,超音波波画像で観察したい範囲が僅かでも描写できれば臨床的な診断価値があるとして用いて来ました.筆者は狭小な音響学的窓から垣間見た病変の一部分の超音波像の理解を第三者に求めるために,超音波像の周辺に断面の illustrationを書いて

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    その中に超音波像をはめ込む方法で画像を補って撮影部分と方向を一見して理解できる様なプレゼンテーションを続ける一方,CT像の断面に近い超音波像の断面を選んだ撮影も心がけて発表してきました.そのような視点からみれば,既に数社が商品化している,超音波像の任意の断面に合わせた三次元CTデータに基づく再構成CT像と超音波像のフュージョン技術は前述の理由で呼吸器領域でも有効と考えています.クラシックな超音波診断を背景に34),超音波像と胸部CT像のフュージョンの臨床的意義の検討を通り越え,呼吸器領域の多元バーチャル・リアリティに基づく知的CAD35)の次元へのアプローチに期待したいと思います.

    文献

    1) 名取博 , 中田尚志 , 五十嵐知文 , ほか . 超音波診断法の呼吸器疾患への応用. 太田保世, 諏訪邦夫, 堀江孝, ほか(編). Annual Review呼吸器1987. II. 診断. 東京, 中外医学社 ; 1987. p. 71-80.

    2) 林周一 , 和賀井敏夫 , 宮沢龍一 , ほか . 超音波による肺腫瘍診断 (追加 ). 日本外科学会雑誌 1958;59:847.

    3) 中谷朝之 , 石原啓男 , 和賀井敏夫 , ほか . 超音波による肺疾患診断 (第一報 ), 超音波の肺病巣伝播 (特に肺結核について ). 結核 1958;33:84.

    4) 石原啓男 , 林 周一 , 和賀井敏夫 , ほか . 超音波による肺疾患の診断 (第一報 ). 呼吸器診療 1959;14:47-52.

    5) 田中元直 . XIV 超音波検査法 . 金上晴夫 (編 ) 新しい検査法からみた呼吸器疾患の診断 (第2版 ). 東京都 , 克誠堂 ; 1982. p. 583-609.

    6) Gordon D. Ultrasound as a diagnostic and surgical tool. Edinburgh, E & S Livingston Ltd, 1964; p.

    1-413.

    7) Joyner CR Jr, Herman RJ, Reid JM. Reflected ultrasound in the detection and localization of

    Pleural effusion. J Am Med Assoc 1967;200:399-

    402(129-132).

    8) 村中篤 , 矢崎士朗 . 超音波による小児atelectasisの診断 . 小児外科内科 1971;3:341-8.

    9) 名取博 , 玉城繁 , 吉良枝郎 . 新しい超音波診断法 . 6胸部・呼吸器 . 臨床検査 1978;22:644-50.

    10) 名取博 , 玉城繁 , 泉三郎 , ほか . 呼吸器疾患の超音波診断法 , 1~ 12. 日本胸部臨床 1981;40:1-12.

    11) 名取博 , 五十嵐知文 . 呼吸器の超音波診断 3肺内病変. 日本超音波医学会(編). 超音波診断(第2版). 東京, 医学書院 ; 1994. p. 475-87.

    12) 名取博 , 五十嵐知文 , 中田尚志 . 8. 胸肺部領域 , アプローチ法と正常像 . 日本超音波医学会編 . 新超音波医学 第4巻 , 第 III部 体表臓器およびその他の領域 . 東京 , 医学書院 ; 2000. p. 368-75.

    13) 名取博 , 中田尚志 , 五十嵐知文 , ほか . 5. 超音波 , 血管造影 , シンチグラフィー . 井村裕夫 , 尾形悦郎 , 高久史麿 , 垂井清一郎 (編 ). 最新内科学大系63, 呼吸器疾患4, 肺癌・呼吸器腫瘍 I 肺癌 , C. 診断 . 東京 , 中山書店 , 1994; p. 97-117.

    14) 名取博 , 五十嵐知文 , 檀原高 . 呼吸器超音波医学 . 伊東紘一 , 平田経雄 (編 ). 超音波医学TEXT. 東京 , 医歯薬出版 ; 2001. p. 2-23.

    15) 名取博, 五十嵐知文, 中田尚志. 呼吸器の超音波診断. 黒川清 , 松澤佑次 , 他 (編 ). 内科学 (第2版 ), 2分冊版 I. 東京 , 文光堂 ; 2003. p. 328-35.

    16) Nator i H, Tamaki S, Kira S. Ultrasonographic evaluation of ventilatory effect on inferior vena caval

    configuration. Am Rev Respir Dis 1979;120:420-7.

    17) Izumi S, Tamaki S, Natori H, et al. Ultrasonographically guided aspiration needle biopsy in diseases of the chest.

    Am Rev Respir Dis 1982;125:460-4.

    18) Ikezoe J, Sone S, Higashihara T, et al. Sonographically guided needle biopsy for diagnosis of the thoracic

    lesions. Am J Roent 1984;143:229-34.

    19) 日本超音波医学会医用超音波診断基準に関する委員会 . 膵癌・甲状腺結節・肺癌胸膜浸潤診断基準公示のお知らせ . 超音波医学 1992;19:553-60.

    20) 日本超音波医学会用語・診断基準委員会 . 縦隔腫瘍のエコーパターン分類基準 . 超音波医学 2002;29(3):333-5.

    21) 羽根田吉司 , 田中元直 , 成富鷹穂 , ほか . 経気管・胸縦隔超音波断層法の試み . 第11回日超医論文集 1967;29-30.

    22) 久永光造 , 久永朝香 , 永田和彦 , ほか . 経食道超音波高速度断層撮影装置の開発と臨床応用 . 第32回日超医論文集 1977;43-4.

    23) DiMagno EP, Buxton JL, Regan PT, et al. The ultrasonic endoscope. Lancet 1980;1:629.

    24) 名取博 , 玉城繁 , 泉三郎 , ほか . Linear電子走査探触子を用いた肺門縦隔病変の経食道超音波内視鏡診断法 . 第39回日超医論文集 1981;55-6.

    25) Natori H, Tamaki S, Izumi S, et al. Clinical application of ultrasound endoscope using linear array transducer

    for transesophageal ultrasonography of the disease of

    the mediastinum. In: Ed Lerski A, Moley P. Ultrasound'

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    82, Pergamon Press, Oxford; 1983. p. 339-43.

    26) 名取博 , 五十嵐知文 , 鈴木明 . 肺癌における超音波診断法 . 末舛恵一 , 米山武志 (編 ). 図説臨床「癌」シリーズNo. 6 肺癌 , 第3章 診断 . 東京 , メジカルビュー社 ; 1986. p. 78-90.

    27) 名取博 , 中田尚志 , 五十嵐知文 , ほか . 肺および縦隔の画像診断法 - 超音波 . 江口研二 , 西脇裕 (編 ). 癌の画像診断 第2 巻 肺癌 , 縦隔腫瘍 . 東京 , メジカルビュー社 ; 1997. p. 74-83.

    28) Igarashi T, Natori H, Abe S, et al. Intravascular US in staging of lung cancer. Radiology 1996; 201(P):484.

    29) Nakata H, Mor i Y, Nator i H, et al . Role of intrabronchial US in the evaluation of bronchogenic

    carcinoma. Radiology 1997;205(P):677.

    30) Kur imoto N, Murayama M, Yoshioka S, et al. Asses sment of use fu lnes s o f endobronchia l

    ul trasonog raphy in deter minat ion of depth

    of t racheobronchia l tumor invas ion. Chest

    1999;115:1500–6.

    31) Miyazu Y, Miyazawa T, Kur imoto N, e t a l . Endobronchial ultrasonography in the assessment

    of centrally located early-stage lung cancer before

    photodynamic therapy. Am J Respir Crit Care Med

    2002;165:832-7.

    32) 浜崎直樹 , 鴻池義純 , 善本英一郎 , ほか . 胸膜下病変に対する超音波カラードプラパワー表示法の有用性 . 日本呼吸器学会雑誌 1999;37:14-9.

    33) Mathis G, ed. Chest Sonography. 2nd ed. New York, Springer, 2008; p. 1-242.

    34) 名取博 . 不視而不見 . 日本超音波医学会第83回学術集会特別企画「私と超音波」. 2010;113-7. http://www. jsum. or. jp/calendar/meeting/pdf/83th/

    essay%20113-117. pdf

    35) 末永康仁 , 森健策 , 名取博 , ほか . 知的CAD としてのナビゲーション診断システムの開発 , 文部科学省科学研究費補助金 特定領域研究「多次元医用画像の知的診断支援」研究成果報告書 . 2008; p. II, 166-88.

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    本邦における整形外科領域への超音波診断の応用は古く,1957年順天堂大学の和賀井,菊池らが四肢の断面を描出したことに始まり,西尾,新宮らがAモード法を用いて骨折の診断法の研究を行い,1960年代には三枝や瀬戸らが種々の診断や治療に関する論文を発表しましたが,広く普及するには至りませんでした.

    1970年代にgray scaleと電子走査法が開発されたことにより,海外ではオーストリアのGraf,米国のHarckeらが乳児股関節の診断法を相次いで発表しました.また肩関節の腱板損傷の診断にも使用され始めました.しかしながら1980年以前,本邦では一般の整形外科医に超音波の知識はほとんどなく,慣れ親しんだレントゲン像と比べまだ解像度が劣っていた超音波画像は受け入れられませんでした.学会で研究発表を行ってもほとんど無視され,質問が全くなかったり見当違いの質問がほとんどでした.「超音波で骨を見ることができるのか」とか「レントゲンをとればわかるものをどうして超音波検査をするのか」など,多くの無知・無理解による批判を受けました.このことを裏返せば,いかに整形外科医が骨しか見ていなかったかということに私は改めて気付き,超音波の研究を開始したころは機会のあるたびに「骨学」から脱却し,「レントゲンで靭帯や関節包,筋肉は見えないが超音波なら見える」と訴え続けました.当時は乳幼児の股関節の検査にもレントゲンが

    用いられていましたが,構成要素の大部分が軟骨であることが多く,レントゲン像では十分な診断

    ができませんでした.このことに疑問をもつ先輩諸兄は少なく,診断できないのはレントゲンの読影技術が未熟であるためだとされていました.私は超音波であれば乳児にも侵襲は少なく,軟骨や関節が判別できるのではないかと考え,1984年から先天性股関節脱臼に対して超音波検査が診断に有用であるかどうか試行錯誤を繰り返していました.

    1985年,当時数少ない整形外科超音波研究者であるオーストリアのGraf先生のもとで研修を受け,再現性がよく理論的にも優れたこの法を本邦に普及させようと考え,1986年にGraf先生を大阪に招聘し第1回の乳児股関節エコーセミナーを開催しました.続いて翌年第2回を開きました.この第1回と2回の参加者がこのセミナーを引き継ぎ,今年は53回目のセミナーを開催するまでに成長しました.現在その診断基準は日本超音波医学会にも取り入れられ,先天性股関節脱臼の診断には欠かすことができない方法となっています.まだ一般の整形外科医に受け入れられない頃,超音波診断の研究者からもっとわかりあえるものが集まり,討論の場を持ちたいという機運が高まってきました.当初は日本超音波医学会をそのような討論の場にしようと考え,重鎮の竹原靖明先生,横井浩先生,伊東紘一先生に相談しましたが,他科に比べて整形外科の超音波研究のレベルは低く,演題を応募しても採用されないことが懸念されました.せっかく芽生えてきた整形外科の超音波研究の芽を摘みかねないと考え,当面他科

    整形外科領域の超音波10.

    瀬本 喜啓(財団法人近江愛隣園 今津病院 院長)

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    日本超音波医学会50周年記念誌

    の先生方と討論できるようになるまでの間,整形外科医が力をつける場所として研究会を立ち上げることになりました.1989年に第一回日本整形外科超音波研究会が京都で開催され,今年は第24回の研究会が博多で行なわれます.また翌1990年には世界的にも日本と同様の状況の下に国際運動器超音波医学会(ISMUS)がフランスで開催されました.本年は第11回の会議がスロバキアで開催されます.その一方,日本超音波医学会にも積極的に演題

    を応募し,超音波の研究をしている整形外科医に声をかけて演題を出しいただくよう要請しました.徐々に演題数も増加してきましたが,1992年の第60回日本超音波学会では演題の採用が非常に制限され,整形外科から応募した演題のほとんどが採用されず(他科でも同様に採用基準は厳しかったようですが),それ以降整形外科からの演題応募は急速に減り,日本整形外科超音波研究会での討議が主体となりました.しかし,2006年には日本超音波医学会専門医に整形外科領域が

    設けられ,現在3名の専門医が誕生しています.四肢の超音波診断は保険でも認められており,関節疾患,軟部腫瘍,腱・靭帯・筋損傷,神経疾患,一部の骨折などに広く応用されており,超音波ガイド下の穿刺や注射にも用いられています.とくに乳幼児の股関節疾患では必須の検査法となり,最近では人工股関節置換術や脊椎の手術時に起こりやすい深部静脈血栓の術前・術後診断にカラードプラ法が用いられるようになっています.またリウマチ性疾患の診断基準や薬剤の効果判定にパワードプラ法が用いられるなど,学会・研究会などで血管外科や内科など他科の医師と論議することも多くなっています.日本整形外科超音波研究会に 5年間入会し,日本超音波医学会の会員となれば,専門医試験の受験資格が得られるようになりました(平成19年6月19日以降の入会者).今後はこの専門医制度を引き金に,日本超音波医学会の学術集会に再び整形外科医が多数参加し,整形外科領域の超音波がさらに普及することを期待しています.

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    日本超音波医学会

    眼科50年内外の足跡10.

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    診断法Aモード

    診断については,Mundt, Hughes(1956)による眼内腫瘍の観察に始まる.Oksala(1964)は診断法を発展させ,組織中の音速(1957)を記載,WFUMBの設立メンバーである.以後長く水浸法が標準法として用いられた.Ossoinigは標準化診断法を提唱し形状主体のBモードに関心領域の反射特性の検出という定性的側面を加えた(1966).これにはTill(1992)によるよい総説がある.計測については,岩竹松之助,石田博,山本

    由記雄による眼軸計測にはじまる(昭和34年,1959).世界的にもきわめて早く,大塚任,荒木實らの近視理論の研究や未熟児網膜症と眼球成長過程の研究に生かされた.中島章(昭和36年,1961)も早い.Lehtinen(1961) の測定はその後の白内障手術時の挿入レンズの度数予測に欠かせない方法の基礎となっている.Jansson(1961)も眼内組織中の音速測定に名を残している.のちに計測装置には角膜厚計測法(Thornton,1983)を加えて,実用化している.組織鑑別については,スペクトル解析による

    組織鑑別の手法(Kuc,1979),Coleman, Lizzi(1977,1991)は脈絡膜黒色腫の予後の推定を行いThijssen(1991)Berges(2007)がつづいている.

    脈絡膜腫瘍の発生頻度の多寡がいろいろな面で眼科での超音波応用に影響があり,日本では組織的に腫瘍を研究した人は出ていない.

    Bモード

    Baum, Greenwood(1958)に始まり光学的観察が及ばない眼内,周辺の浅在組織の観察に現在も常用の診断装置となっている.Purnell(1965), Coleman(1969)は水浸法の実用的装置を開発,微妙な眼疾患の記載に長く用いられた.Bronson(1972)の接触法はその簡易性から現在の接触法の時代をひらいた.

    生体顕微鏡法(UBM)

    Foster や Pavlin(1990)により開発された50Mhz-100MHzにおよぶ高周波数断層装置は摘出標本であるが網膜内の層序やマウス胎児の心臓構造などこれまで考えられなかった精細な断層像を視覚化した.重要な構造を表在に含む眼球構造の観察になくてはならない診断装置になっている.緑内障診断に定量化の側面を加えることになった(1994).このドプラ法(1997,2000)では秒速1㎜にみたない微細血管の血流を検出している.赤血球の凝固過程の観察(Libgot-Calle, 2008)にも応用されている.国産装置では加藤恵司(アロカ,1992),が試作機を提案,リオンの30MHzの装置は市販され前眼部の構造,表在

    菅田 安男(足立眼科クリニック)

    澤田  惇(宮崎大学医学部付属病院眼科)

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    日本超音波医学会50周年記念誌

    血管の観察に用いられた.静脈の弁の開閉,赤血球の凝集を反映した動態観察の研究に将来性のあることを示唆した(菅田安男,根本喜久郎,2004).接触法で表在血管の精細な描画ができるのでディジタル化ができればすぐれた測定機に発展できるので後継を待ちたい.ドプラ法を駆使したモデル実験で血管内の赤血球の動態を探る研究は日本に見られない.高周波ではないが北村博(1995)の臨床研究は貴重である.最近はOCTが発達し毛様体の形状まで描画と動態観察も可能になっている.両者独特の観察領域を見いだせればおもしろい.

    Doppler 法

    鈴木一三九,里村茂夫による眼圧脈波の検出(昭和33年,1958)は記念碑である.谷口裕章(昭和45年,1970)は眼動脈の血流検出を行った.臨床応用には西川憲清(平成元年,1991)の眼病変と内頚動脈狭窄の関連,中瀬佳子(平成4年,1992)の甲状腺眼症の眼窩内血流の観察,糖尿病網膜症と眼動脈血流の関連を追った藤岡佐由里(平成18年,2006)の研究がある.山田利律子には測定法に注意を促す論文(平成22年,2010)がある.

    生体影響

    摘出牛眼の水晶体混濁Zeiss(1938)に続き河本郁雄(昭和22年,1947)は摘出家兎眼の混濁をみている.生体ではBaum(1956) の量効果関係を踏まえた研究が重要先駆的な仕事である.その後も眼という繊細な構造物に対する検討がなされているが診断レベルの測定で有害事象はあがっておらず,検査法の安全性は高いと考えられている.熱作用については,Purnell(1964)は網膜剥離手術手技への応用として網脈絡膜の凝固を試みている.Coleman, Lizzi(1986)は眼内悪性黒色腫のハイパーサーミアに用いている.毛様体凝固に熱作用を応用したのはSilverman 1991 である.

    いずれも普及していない.機械的エネルギーの応用は,計測法とともに水

    晶体破砕法として現在もっとも頻繁に行われている白内障手術の主要部分を担っている(乳化吸引法,Kelman, 1969).手術手技と超音波の安全性につき林英之(1996)による論考がある.誤照射では角膜障害,虹彩の出血,萎縮をきたすことがある.基礎的な研究にはNO生成(Frangos 1996),昇温(Herman, 1999),radicals(Topaz 2001, 2002), cavitation(Topaz 2005) な ど が あ る.NCRP report No.140(2002)は総合的な成果である.

    学会国内での学会

    日本超音波医学会学術集会

    昭和50年代山本由記雄(近視,未熟児網膜症),太根節直(網膜厚測定の追試),澤田惇(標準化Aモードの導入),金子明博(諧調表示,眼内腫瘍の診断)が発表を活発におこなっている.診断装置はゼネラル,不二光機(木村陽太郎),キャノン,トプコン,トーレ,アロカ,日本電気三栄,ニデック,大和,トーメー,リオンなどと様々な仕様の製品が短期間に世に出て外国製を加えて画像の提示法は混乱していた.配列型装置も出たが機械走査のセクタースキャンに収束されて現在に至っている.眼科への基礎的支援として,伊藤健一は画像処理,伊東正安は三次元表示法,3D画像,色彩表示法,渋谷昇は網膜厚,拍動波形の検出,椎名毅は白内障の組織鑑別法を指導した.加藤恵司の高周波診断装置の試作,菅田・根本の実用的な高周波診断装置は先に触れた.

    各種委員会

    表示法指針(昭和58年,1983)についで,検査,表示法指針(平成18年,2006)が提案されている.超音波生体顕微鏡法出現後の診断法に指針がないがPavlin(1994)の隅角計測法が広く用いられている.用語は12語が眼科から提案され

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    ている.医学用語の記名法の統一を提案した(田中委員会).用語全体にカタカナ用語がきわめて多いので造語法を検討する時期ではないかと思われる.専門医試験には眼科の反応が低くこの数年受験者がないのは問題である.手術法,診断法,治療法とも超音波が頻用されているが常用の機器が 10指にあまり超音波もそのひとつということが原因であるのかもしれない.国際学会でもこの傾向がささやかれている.新しい装置が出ると活気づくのがこれまでの風潮であった.

    眼科の学会

    1976年(昭和51年)から日本臨床眼科学会グループディスカッション超音波(世話人山本由記雄),1985年(昭和60年)改称して専門別研究会 画像診断(世話人山本由記雄,菅田安男,中尾雄三)として平成19年(2007)まで続いたが超音波の演題をまとめて討論する場がなくなっている.横山実(診断法),大鳥利文(診断法),本村幸子(毛様体計測法),林英之(白内障手術の安全性),江見和夫(網膜厚計測),飯島幸男(外傷性網様体剥離),中瀬佳子(甲状腺眼症),中尾雄三,柿栖米次,能勢晴美は他の診断手段との併用につき指導的な役割を担っていた.日本眼科学会では昭和60年の第89回総会宿題報告として「眼科画像診断における諸問題」に澤田惇,太根節直が超音波について発表している.林は早くから日本眼科学会の教育コースで指導,中尾は日本臨床眼科学会のインストラクションコースで画像診断の指導を続けている.廣川富彦は海外で超音波の基礎研究を続けている.

    国際学会

    SIDUO(Societas Internationalis pro Diagnostica Ultrasonica in Ophthalmologia)国際眼科超音波診断学会は1964年(昭和39年)ベルリンの第1回以来2年ごとに開催されている.太根節直(副会長 1996-2001)は平成4年(1992

    年)第14回を東京で主催した.早期に標準Aモード診断法を日本に紹介した澤田惇は副会長(2002-2007)を務め,門下の柊山剰は数少ない標準法の継承者である.これまで本村幸子,本田孔士,直井信久,柊山剰,菅田安男がExecutive board に加わっている.WFUMB(World Federation for Ultrasound in

    Medicine and Biology) の設立は 1969年ウイーン で の SIDUOがWorld Congress of Ultrasonic Diagnosis in Medicine の背景となり,1973 年のロッテルダムの第2回大会を経てde Vliegerが委員長となり,Brown, Wagai, Oksala, Kossoff, Whiteが規約を起草し,1976年サンフランシスコでの第1回World Federation (1976)に移行した.これを主催した初代会長BaumはBモードの開発者で,超音波の脈絡膜への熱作用など多面的業績を残したひとである.このとき山本由記雄は未熟児網膜症の眼軸長計測を発表している.また,澤田 惇も眼異物の超音波診断について発表している.宮崎で開催された第2回(和賀井敏夫会長,1979,昭和54年)では澤田惇が接遇委員長をつとめた.

    結び以上,日本超音波医学会創立50周年を機会に

    我が国ならびに世界における眼科超音波学の近年の成長を概観した.我が国にも,草創期からいろいろの思いつきがあったが,研究法の確立に至る前に消えてしまったものが多いことが窺える.その原因として,臨床部門,研究部門の分化が進んだ研究形態にも理由があるかもしれない.外国では,眼科でも病院,大学に臨床工学の研究部門を持った施設が多い,我が国においても,これからはゆっくり開発を進める基礎部門の充実が必要ではないかとおもわれる.一方,今迄のうずもれた,優れたアイデアを現代の発達した技法で「温故知新」的に検討する努力をわすれてはならない.

    chapter 2 寄 稿

    各委員会- 22


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