- 1 -
自然圧パイプライン・地下灌漑システムによる新水管理技術の開発
株式会社パディ研究所 所長 小野寺 恒雄
1.開発の背景とねらい
稲・麦・大豆を核とする水田農業で経営を安定させるためには,規模拡大と各作物の高品位安定多収,農作業時間短縮,低コスト化の追求などを図る必要がある。そして,これを実現するためには,品種改良や栽培技術の確立と共に圃場の整備によって,大型農業機械化体系を実現する上で必要な圃場の大区画化や水稲栽培時における水管理の省力・適正化,畑作時の湿害や干ばつ対策,機械化作業体系で最大のネックとなっている草刈り労力の削減などを図ることが重要である。水田畑作の最大課題は湿害対策であるが,地下水位を低下させすぎると逆に干ばつが発生することもある。従来から実施されてきた暗渠排水施設を利用した地下水位調節は,水閘の開放と閉鎖のどちらかであり,各作物が生育期別に必要とする
。 ,地下水位を設定することが困難であった そこで暗渠排水機能の維持に必要な管理と地下水位調節
並びに水稲栽培時の水管理も容易に行え,圃場の整備水準の向上に際して換地等を伴わないことなどを特徴とする地下水位調節システム「FOEAS (フォアス)を開発した。なお,本システム」は農村工学研究所と(株)パディ研究所が共同開発したものであり,特許を取得している。
2.地下水位調節システム「FOEAS」の概要
圃場に埋設した有孔管等による幹線・支線パイプ及び補助孔(弾丸暗渠等)に対して,用水を供給すると共に,田面排水機能を兼ね備えた,用排水ボックスと地下水位を調節する水位制御器等を独自のレイアウトで配置することにより,暗渠排水と地下水位調節を両立すると共に,水稲栽培時
(図における水管理の適正・省力化を実現した。1)
水位制御器の中筒
上下にスライドして 地下水位を設定
地下水位調節システム「FOEAS」の全体構成と水位制御器の構造図1
また,用水供給時の水位の適正化とかけ流し防止,水管理労力削減を目的に簡易な水位管理器を開発した 。(図2・3)従来の自動給水器は代かきや中干し後の大量取水に対応する構造であり,また,パイプラインの圧力水を制御する必要から,複雑でかつ精密な構造とならざるを得なかった。そこで,最大取水時のバルブは全開であることから,自動制御は行わず,水稲の普通期の用水補給や地下灌漑にのみ対応(給水口の口径16~25mm)する構造とすること
, ( )で 構造の単純化と低コスト化 1.5万円程度/個を図った。農工研内及び宮城県古川農試内の水稲栽培,宮城県登米市の大豆栽培(地下灌漑)において,装置の作動と効果を確認したが,予め定めた水位を確実に維持し,故障の発生もなく水管理の省力化と用水使用量の削減が図られることが明らかとなった。なお,本器は開水路地区においても利用可能であり,中山間地域の水管理の自動化にも適している。
- 2 -
水位管理器の構造図 水稲栽培時の湛水管理 FOEASの用排水ボックスへの設置状況
水位管理器の構造と設置状況図2
○地下水位が低い時は設定水位まで用水を供給する。
○降雨により地下水位が高い時は設定水位まで排水。この時用水は供給しない。
水位設定に伴う水位管理器の作動と水の移動図3
3.FOEASの特徴
。①ほ場全面の均一な地下水位維持が可能( )図4②暗渠組織を使用して地下灌漑を行う際に,用水中に含まれる泥や砂などによる管内堆積とこれに伴う暗渠機能の喪失が問題となる。用排水ボックスから幹線パイプに流入した泥・砂などは,用水
と共に水位制御器に到達する間に沈殿する。これの除去は用排水ボックスから多めの用水を流下させると共に水位制御器の中筒を外すことで容易にできる 。(図5)③従来の圃場の形状などの所有界,権利関係を変更せずに,整備水準を向上できる。
- 3 -
→
10分程度で洗浄は完了する
幹線パイプに沈殿させた泥や砂の除去状況図4
地下灌漑方式の構造及び用水浸透状況の比較図5
4.メリット
(水稲栽培時のメリット)①無代掻き移植や乾田直播が可能となり,代掻きが不要となるため濁水による公共水域の汚染が発生しない。また,代掻きを行わないと土壌が還元状態になりにくいことから,中干しが不要となり,生育期間中湛水を続けることにより冷害を回避できる。
②中干し期に落水した場合,排水路側は過乾燥,
用水路側は湿潤な状態となるが,地下灌漑によって地下水位を-20cm程度に保つことで水田全体が均一に乾く。
③中干し後に水を入れると,過乾燥状態で急激に湛水するため,稲の根は酸素不足で根腐れを起こす。そこで,間断灌漑が行われているが,これは多くの水と労力を必要とする。また,一旦過乾燥状態になった水田は畦畔亀裂やネズミ・モグラ穴等が発生し漏水も多くなり,極端に水の使用量が増加するのみならず,肥料や農薬が
- 4 -
圏外に流出して環境汚染を引き起こす恐れがある。そこで,地下灌漑によって田面下10cm程度に水位を保てば,田面には水がなくとも根に酸素を供給しながら,生育に必要な水が供給される。この場合の用水量は地下浸透量と蒸発散量のみである。
④用水不足地帯では,中干し終了以降の間断灌漑期に適正な水管理を行わなければ干ばつが発生する。2003年の実験において,中干しを行わず地下灌漑によって田面下10cm程度で稲刈りまで維持した結果,生育は順調に椎移し,かつ,コンバイン収穫に必要な地耐力が確保できた。
⑤水稲のカドミウム吸収抑制技術として出穂前後。 ,の保水管理がある 中干しを行わない水管埋は
この効果を期待できる。
⑥用水側に設置する用排水ボックスからも田面排水ができるため,排水の迅速化が図れる。
⑦水田の湛水深を予め定めた水位で自動的に調整, 。することができるため 掛け流しが防止できる
このことにより農薬・肥料の使用量削減や公共水域への流出を防止できる。
(畑作時のメリット)①湿害と旱魃を回避でき,作物の安定生産が図れる 。(図6・7・8・9)
宮城県古川市(2006.7.21)
FOEAS導入圃場の大豆図6
宮城県古川市(2006.7.21)上図隣接圃場
FOEAS未施工圃場の大豆図7
鹿児島県(2006.7.24)
水田におけるサツマイモ栽培図8
宮城県(2006.6)
水田におけるブロッコリー栽培図9
②田畑輪換によって,暗渠疎水材のモミガラは湿潤と乾燥を繰り返すため非常に腐り易くなり,極端な事例では2年間で陥没が発生している。地下灌漑によってモミガラを水に浸しておくと腐食が防止でき,暗渠機能が持続する。
③転作を続けると畦畔や下層土に亀裂が入り,水田に戻したときには水持ちが悪くなるが,地下
灌漑を行うことにより水田としての機能が持続する。
④水田を乾燥させすぎると地力が極端に低下するが,地下灌漑を行うことで地力維持が可能となる。
⑤水田において畑作物を連作すると畑雑草が繁茂
- 5 -
すると共に,病気や害虫被害,連作障害等が発, ,生するが 田畑輪換によってこれらが回避され
畑地よりも理想的な畑作が行える。
⑥用水側に設置する用排水ボックスからも排水ができることから,迅速な排水が行える。
⑦地表灌漑を行うと,畑作に必要な土壌の団粒構造を壊す恐れがあり,また,播種・定植時における種子や苗の流亡,スプリンクラー灌漑に起こりがちな飛散水滴による幼苗の物理的被害,飛散土粒子や菌の付着が発生するが,地下灌漑はこれらを回避できる。
5.コスト
コストは用排水ボックスや水位制御器,幹線パイプ,1m間隔の補助孔,特許使用料など,従来の本暗渠施工にはない工種を加えたにも拘わらず従来の一般的な暗渠排水を若干上回る程度である
。(図10・11)
補助孔の間隔図10
補助孔の配置図1110a当たりの施工価格は,田面下に岩石等がな
く施工条件が良好な場合で,圃場が30a区画では21万円,50a区画では18万円程度である。この理由は,支線パイプの田面下60cm水平施工と新たに開
発したベスト・ドレーン工法による掘削断面の縮小(9cm)によって疎水材であるモミガラ使用量が削減されたことや,従来から暗渠掘削で用いられているトレンチャー利用と比較して作業人員が
(図8人程度から4人に削減することなどがある。12)
ベスト・ドレーンの作業員配置図12
6.支線用水路のパイプライン化「自然圧パイプライン」
①土水路や老朽化したコンクリート水路では,漏水が発生して用水が末端水田まで到達しないことがある。また,幹線水路から支線水路に流入した用水が,全量利用されない場合には排水路に放流されてしまう。
②FOEASは,水源と田面との標高差が20cm以上あれば,加圧を行わなくてもパイプライン化が実現する。現況用水路の中にパイプ敷設を行うことも可能であり,このことによって農道の拡幅が図れる 。(図13)
③パイプライン化は,支線水路において必要とす, ,る量のみが 幹線水路から取水されることから
水不足の解消につながる。
④自然圧パイプラインは,揚水ポンプを必要としないため,ランニングコストの削減が図れる。
オペレータ
暗渠管担当
疎水材投入担当
疎水材持ち上げ担当
- 6 -
自然圧パイプラインの導入に伴う農道の拡幅図13
7.新暗渠工法「ベスト・ドレーン及びアーム式暗渠・弾丸暗渠形成装置」
水はけの悪い農地の排水工事では,暗渠排水が施工されており,暗渠管敷設に伴う掘削ではトレンチャーが一般的に使用されている。しかし,地中に石が多く存在する場合には掘削が困難であり,これをバックホーのバケットで掘削すれば作業効率の低下とコスト上昇が発生する。また,土と共に石も地表面に排出され,表面土と混合してしまうため,耕作に支障を与える。一方,補助暗渠の施工では,トラクタに装着する弾丸暗渠装置やサブソイラーが用いられているが,畦際の施工は困難である。また,施工済みの弾丸暗渠上をトラクタが走行せざるを得なく,弾丸を潰す恐れがあることや田面が湿潤な状態における牽引走行が困難であるなどの問題を抱えている。そこで,これらの問題を解決し,低コストでつ容易に施工できる暗渠工法を開発した。
(1)開削型暗渠形成装置(ベスト・ドレーン工法)
石がある土質や堅い土質の場合は,前処理としてアーム式ガイド掘削機で障害物を除去した後,本機によって敷設床を形成しながらパイプと疎水材を同時埋設する 。(図14・15・16)特徴としては,①石がある土質,硬い土質,軟弱土でも施工できる。②掘削幅が9cmと狭く施工できることから,モミガラが腐食した場合でも表土の陥没の危険性が
低く,モミガラ使用量も少ない。③作業員数を3~4人に半減できる。④コストはバックホー掘削の30%以上,トレンチャー掘削の10~20%ダウンできる。
アーム式ガイド掘削機図14
ベスト・ドレーン図15
- 7 -
施工時の石の移動状況図16
(2)土中溝掘削装置(畦際アタッチメント)
畦際が過湿となり農作業や栽培に支障を来している事例が多い。この要因は,隣接水田や老朽化
, ,した用水路等からの浸透水であり 対策としては明渠掘削が一般的である。しかし,明渠は常に維持管理が必要である。一方,従来のトラクタ牽引による弾丸暗渠は畦際施工が困難であった。そこで,ベスト・ドレーン機の排土板に弾丸と疎水材ホッパー,暗渠管敷設機能等を持ち,溝の形成と
(図同時にこれらの施工ができる装置を開発した。これにより,明渠掘削が不要とな17・18・19)
り,潰れ地の減少,農作業の効率と安全性が向上する。
土中溝形成装置図17
溝形成効果のイメージ図18
土中溝施工断面図19
(3)アーム式暗渠溝掘削装置
①バックホー(標準型)の作業アームに溝形成装置を取り付け,ショベル駆動用のシリンダーを用いて掘削する 。(図20)
アーム式暗渠溝掘削装置の構造図20
②溝形成部前端のラッセル部で土を切り開くようにして溝を形成し,土中に含まれる石も左右いずれかに移動させる状態となることから,溝の形成を容易に行えるとともに,土中の石を地表面に排出することがなく,耕作作業に影響を与えることがない。③軟弱で他の掘削機では車輪やクローラによって表土を練り返し,不透層を形成する恐れがある場所でも容易に施工できる 。(図21)
- 8 -
アーム式暗渠溝掘削装置による軟弱条件図21における施工状況
④トレンチャーのような複雑な機構を有していないため,保守点検も極めて容易で,作業終了後は,作業機から取り外して簡単な清掃作業を行うだけでよく,作業コストだけでなく,維持管理コストの大幅な削減が図れる 。(図22)
溝形成部図22
(4)アーム式弾丸暗渠形成装置
バックホー(0.45m クラス・標準型)のブーム3
先端に取り付けた自在弾丸暗渠装置によって,掘削長最大5mで予め設定した深さの亀裂と口径10cmの管状の間隙を形成する 。(図23)
アーム式弾丸暗渠形成装置の構造図23
従来のトラクタ牽引の弾丸暗渠施工では不可能であった,田面外から掘削を始めることが可能であり,上部水田や地区外からの湧水処理にも適している。さらに,地下灌漑で最も問題となっていた畦畔沿いや排水路沿いの最も乾燥しやすい部分への送水が簡単にできる。弾丸暗渠においても,暗渠内にモミガラのよう
, ,な疎水材を投入 充填した状態とすることにより排水性能を向上させることは可能であるが,通常の弾丸暗渠は,弾丸部よりも上方の溝幅が狭いために溝内に疎水材を投入することが極めて困難である。また,疎水材の投入作業は一般的に袋詰めされた状態のものを手作業で行っており,均一に敷き詰めることが困難なため,投入量・深さにムラが生じたり疎水材の無駄が発生していた。本装置は,弾丸暗渠内への疎水材の投入,充填を弾丸暗渠の形成と同時に,効率よくかつ均一に行うことができる 。(図24・25・26・27・28)
アーム式弾丸暗渠形成装置による弾丸暗図24渠施工状況
- 9 -
法尻からの施工状況図25
疎水材ホッパーへのモミガラ図26投入状況
弾丸暗渠施工後の田面状況図27
モミガラの有無および弾頭部のモミガラの有無を選択できる
モミガラの投入状況図28
8.中山間・傾斜地の水管理システム「水位調節型排水調節器」
長野県千曲市姨捨は棚田で「田毎の月」でも有名であり、旧泰然とした不正形な区画で水管理も田越しであるようなイメージを持つが、ここでは江戸(1746年)から明治時代初期にかけて大池用水が整備され、同時に区画整理(コンター整備)や道路整備が行われた 。(図29)
長野県千曲市姨捨の棚田図29
しかし、近年は耕作者の高齢化等で道・水路普請や草刈り等が困難となり、耕作放棄や道水路の損傷が顕在化した。そこで、1996年から道路拡幅と舗装、及び道路側溝(用水路)整備、及び一部
、 。ではあるが 新しい水管理システムが導入された本システムは傾斜地において、用水(田面水位の維持)と排水(余剰水の排除)の自動管理を行うと共に、余剰水は下流側水田の用水として反復利用するものである 。(図30)本システム導入の効果は、用排水管理の省力化以外に、排水路の暗渠化に伴う耕作面積の拡大、草刈り面積の削減、同時施工した法尻暗渠施工に
(図伴う透排水性の確保と湧水の再利用等がある。31)
- 10 -
水位調節型排水調節器の構造図30
水位調節型排水調節器の導入メリット図31
島根県江津市千田地区においても中山間地域総合整備事業で本システムが導入されており、利用者の評価は、メリットとして①水位調整の手間が掛からなくなった。②開水路の場合には土砂等が堆積するため泥上げが大変であったが、その手間が不要となった。③用水路がパイプラインとなったため、漏水が無く確実に取水できるため、無駄が少ない。④排水調節も容易になった。などが上げられた。一方、デメリットとして、ワラや草などがパイプ内に入り込み詰まるが恐れがあると評
価されたが、農工研内の試験圃場における実験では、生産物等の残渣がある場合においても詰まることなく流下することを確認した。
9.おわりに
水田水管理の省力化と適正化を目指して開発した各種技術が,これからの日本農業の発展に貢献できれば幸いである。
関連特許一覧小野寺恒雄・藤森新作・他.2005.暗渠排水装置.特許3699986
小野寺恒雄・藤森新作.2005.地下灌漑システム.特許3671373
小野寺恒雄・藤森新作.2005.地下灌漑システムにおける用水供給装置.特許3702329
小野寺恒雄・藤森新作.2006.地下灌漑用暗渠装置及びその形成方法.特許3756157
小野寺恒雄・藤森新作.2005.水位調節システム.特開2005-192524
小野寺恒雄・藤森新作.2005.逆流防止機能付き用水弁特開2005-269910
小野寺恒雄・藤森新作.2006.耕作区の水位調節システム.特開2006-81436
小野寺恒雄・藤森新作.2006.暗渠管用継手.特開2006-81436
小野寺恒雄・藤森新作.2005.自動給水栓.特願2005-139972
小野寺恒雄・藤森新作.2005.弾丸暗渠形成装置及び方法並びに通水溝形成装置.特開2005-171520
小野寺恒雄・藤森新作.2005.溝形成装置.特開2005-194828
小野寺恒雄・藤森新作.2005.弾丸暗渠形成装置及び方法並びに弾丸暗渠.特開2005-325554
小野寺恒雄・藤森新作.2006.排水暗渠の形成方法及び装置.特開2005-325554
株式会社パディ研究所 〒987-0432 宮城県登米市南方町畑岡9
tel:0220-58-3117 FAX:0220-58-4117
e-mail:[email protected]://www.kopfs.jp/paddy/index.html