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英語教育とキャリア教育

 はじめに 本誌に書かせていただくのは、今から 11年前のUnicorn Journal No. 38(1997)以来です。前回は、日米の若者が書いた文芸作品集 Treasures 3 の中から作品を選択し、生徒が感想文を書くことで自分の生き方を見つめるという授業実践を高校教師として行った報告でした。この実践は、米国、ロシア、マレーシア、オーストラリアの高校生と感想文を交換することで互いに生き方を見つめる取り組みに拡大しました。その後、大学に籍を移し、一貫して教師教育に携わってきました。研究対象は英語教育から離れ、生き方指導としてのキャリア教育(Career Education)やキャリア・ガイダンス&カウンセリング(Career Guidance & Counseling)となりました。 こうした移行は、高校で教科指導、生徒指導及び進路指導を行ううちに、それらの教育の根幹には生徒の生き方の問題が存在し、その問題に接近することに価値を見出したからです。また、繰り返し英語の補習を受けて模試での成績が上昇し大学に入学を果たした卒業者が、少なからず中退していく現実に直面したからでもあります。今振り返れば 11年前の実践は、こうした現実を少しでも改善しようと、自らが関ることができる英語科の授業を通して行ったキャリア教育の実践だったのかもしれません。

 キャリア教育とは キャリア教育が公に登場したのは、1999年の中央教育審議会答申「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」においてです。そこでは、キャリア教育は「望ましい職業観・勤労観及び職業に対する知識や技能を身に付けさせるとともに、自己の個性を理解し、主体的に進路を選択する能力・態度を育てる教育」と定義されました。この定義は、本来の進路指導の定義と大差はありませ

ん。しかし、進路指導が、卒業後の進学や就職に合格させることに傾注した指導となり、すべての教育活動における体系的な生き方の学習を通し主体的な選択能力を育成するという本来の姿を失ってしまったため、キャリア教育が代替語句として使用されたと考えてよいでしょう。 定義にみるキャリア教育の中心は「主体的に進路を選択する能力・態度」を育てることです。能力・態度は、もちろん知識として身につける学力も重要ですが、その学力をどのように自分のキャリアで生かすか、つまり、様々な場面で主体的に選択・決定を行なう基準となる価値観を一人ひとりに形成することに重点を置いているのです。  こうした能力・態度は、「職業観・勤労観を育む学習プログラムの枠組み(例)」(国立教育研究所、2002)(図 A。以下「枠組み(例)」)に示されています。この表は行動主義的な考えから成り立ち、様々な教育活動(各教科、特別活動、総合的な学習の時間)を通して生徒が価値観を形成する能力・態度を例示したものなのです。たとえば、海外の修学旅行で、現地で様々な人と話し、行動することで生徒は多くの価値観を形成することができますが、その機会を生かすためには「現地の人に話しかけられる」「一緒に行動できる」と下線部で示した能力が必要との考え方が背景にあるのです。 「枠組み(例)」には「人間関係形成能力」「情報活用能力」「将来設計能力」「意思決定能力」の4つの能力領域が例示されています。これらの領域を 11年前の私の実践に当てはめれば、日米の文芸作品からどれを選び(意思決定)、それらの感想文を通し米国の高校生と文通し(人間関係形成)、生き方について意見を交換し(将来設計)、それらを CAIの一環としておこなう(情報活用)となり、それぞれの能力を十二分に活用することは、結果的に、生徒の価値観を形成することにな

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早稲田大学大学院(教職研究科)教授 三村 隆男Mimura Takao

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って主体的に進路を選択することにつながる、と説明できるのではないでしょうか。 その後、キャリア教育は文部科学省に限らず、厚生労働省、経済産業省と省庁を亘った施策として取り組まれてきました。新しい学習指導要領の指針を示すべく、2008年 1月 17日、中央教育審議会において、「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について」(答申) (以下「学習指導要領の改善についての答申」)がとりまとめられました。同答申を受け、文部科学省はまず義務教育に関する学習指導要領等の改訂を行ないましたが、事実上、この答申は学習指導要領改訂の方向性を示したものと捉えられます。答申においては、脚注など含め、語句として、「進路指導 」が 5箇所、「キャリア教育 」が 13箇所使用されています。答申における語句の使用頻度を見る限り、学校教育において「進路指導 」から 「キャリア教育 」への移行は確実に始まっていると考えてよいと思います。

 キャリアが意味するもの 「キャリアを日本語に訳すとどうなるか。」との質問にはいつも閉口しています。英語教育に携わっているときから、異なる歴史や文化によって育まれた抽象的な意味をもつ単語において、他の言語の中に全く同一の語義の単語を見出すことは不可能と考えていたからです。ただし、その語句の成り立ちを示す語源に遡ることで単語の本質に触れることができます。キャリア careerは、後期ラテン語の carraria を語源とし、馬車などの車の 「通り道(轍

わだち

)」を意味しました。その後、「経歴 」や 「資格 」という意味に転じていくのです。ここで重要なことは、キャリアは本来、乗り物が通過することによって形成される轍、つまり時間軸でいえば過去にウエートをおく語義を源としたということです。 「つきたい職業について語りましょう」、「将来について考えましょう」と未来にウエートを置く傾向にある進路指導の授業のあり方に対し、キャリアの語源は再考を求めているのです。夢や将来

を考える前に、これまで自分が歩いてきた道筋、そして現在の自分を十分に把握した後に夢や将来を考える手順が必要なのです。言い換えれば、これまでの自分や現在の自分を見つめることなしに未来の自分を考えることのみに傾注していた進路指導への警鐘でもあるのです。自分を振り返り、見つめることが重要であるとの認識に立つことで、すべての生徒に将来の職業や受験する学校を決めさせなくてはならないという呪縛から解き放たれ、様々な教育活動は生き方の教育としての精彩を放つのではないでしょうか。

 英語教育とキャリア教育 キャリア教育は 1971年、米国連邦教育局の長官が、学校と社会、教育と職業、知識と労働の乖離を修正するために、発達段階に応じたキャリアの選択を行ない、生きていく準備を行なう組織的・総合的な教育として推進したことから始まります。 米国の学校教育では意見表明を含めコミュニケーション能力の育成に力を入れている、意思決定に力を入れているなど一般的に語られていますが、それは学校教育全体がいかに市民を育成していくかに重点が置かれているかの証に他なりません。米国のようにさまざまな人種・文化及び宗教が混在している社会では、主体的に進路を選択する能力・態度の育成は不可欠なのかもしれません。 「学習指導要領の改善についての答申」には、「将来子どもたちが直面するであろう様々な課題に柔軟かつたくましく対応し、社会人・職業人として自立していくためには、子どもたち一人ひとりの勤労観・職業観を育てるキャリア教育を充実する必要がある」とされており、フリーターやニートをはじめとする生き方に迷う若者の存在が指摘されているわが国においても、学校教育全体を通したキャリア教育の実践が求められてくることになります。 キャリア教育が進んだ米国の題材を直接教材とし扱うことのできる英語教育では、生き方の教育としてのさまざまな可能性が展開できると考えます。たとえば、米国の高校生が大学進学の際に受

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検する ACTや SATですが、そのウエブサイトに入ると、キャリア探索のツールがあります。ACTにあたるわが国の類似組織は大学入試センターです。ACTは NPOであり、大学入試センターは独立行政法人ですので単純に比較はできませんが、

ACTでは、高校生が自己理解を果たし、様々な職業探索を行ない、その結果大学などを選択する過程の綿密なプログラムである DISCOVERが開発されています。IOWA大学で研修中、指導教員のDavid A. Jepsen教授と ACTの本部を訪問し、

【図 A】

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ACTの研究者と話す機会に恵まれました。その方は、大学受験のためのスコアーは、それを活用する高校生に大学選択能力が身について初めて有効となる、と強調しておりました。そうした背景で作成された DISCOVERには、World-of-Work

Map(職業地図、図 B)があり、様々な職業が円の中に示されています。生徒用(student version、アドレスは http://www.act.org/wwm/student.html)のWorld-of-Work Mapには、4方向に、Working with DATA, Working with THINGS,

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Working with IDEAS, Working with PEOPLE が示されています。ここには、職業興味の東西南北に当たる、モノ、ヒト、アイディア、データと興味の方向性をもとに職業が分類されるという考え方があります。基盤研究(Underlying Research)に、640の職業に就いている約 20万人に対して行なった検査の結果とされています。人間は自分の興味で職業を選んでいます。職業を選んでいるヒトの興味の指標(興味の方向性の配合)によって同じ職業に就いている人は同じ興味傾向を示す、つまり群をなす、といった理論なのです。職業を選ぶという行為は洋の東西を問わず高校生には大変重要な課題ですので、使い方によっては英語教材としても興味深い展開ができると思います。この背景となっている理論は、わが国で 20年以上使用され、一昨年出された「職業レディネス・テスト(第 3版)」(労働政策研究・研修機構)と同じ理論です。 また、最近高校でも拡大し、実施率は 62.9%(国立教育政策研究所生徒指導研究センター、2007)に至ったインターンシップですが、アメリカの高校では様々な形式で実施されています。最も手短にインターネットで知ることができるものとしてJob Shadowがあります。これは、影のように職業人の後について回り、一日ないし半日その職業について見聞きする体験ですが、Groundhog Job Shadow Dayや Take Your Child To Workなどが全米のイベントとして簡易に検索できます。前者は米国の歳時記とも関連しており、インターンシップが一般的な専門高校や専門学科の学校の教材として活用できるのではないかと思います。 もちろん出てくる単語は教科書より難しいですが、高校生として興味深いものが多く、生き方や英語への興味も同時に拡大していくことができる教材として活用できるのではないでしょうか。

 おわりに 英語の教師であった経験を生かし、現在、日本のキャリア教育を世界に発信しています。2007年 3月に米国カリフォルニア州で開催された学会

Educating for Careers第 14回年次大会の発表で、日本の小学校におけるキャリア教育の授業のビデオ(14分)を上映しました。上映後、期せずして会場から拍手が沸いたのです。これは、わが国の小学校キャリア教育がすでにキャリア教育先進国である米国の研究者や実践者も認めるレベルに達しているとの証ではないでしょうか。 一方、示唆的な内容もあります。国際教育・職業指導学会(IAEVG)のニューズレターや、2007年 11月に米国で開催された国際キャリア発達学会(ICDC)のシンポジウムでは、環境問題とキャリア教育との関連がテーマとして挙がりました。そこでは、Green Guidance(環境を扱った仕事へのガイダンス)の促進や Green Industry(環境維持産業)への就職機会についての理解が取り上げられたのです。人間がキャリアを構築していく上で生きている環境の問題は外すことのできない重要なテーマであることは、キャリア教育のこうした視点で考えることもできるようです。 キャリア教育の視点は英語の授業を飛躍的に豊かなものにすると、24年間英語教育に携わったものとして確信しております。この記事でキャリア教育への理解を深め、キャリア教育の視点で英語教育を見直し、生徒にとってさらに興味深いものにしていただければと思います。

http://www.act.org/wwm/student.html

Working withIDEAS

Working withDATA

【図B】

WORLD-OF-WORK MAPStudent Version

Working withTHINGS

Working withPEOPLE


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