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東レリサーチセンター The TRC News No.113(Jul.2011)・17

[特集]SiC半導体(2)SiCエピ膜内の結晶欠陥評価

1.はじめに

 SiCデバイスの実用量産化を実現するためには、結晶欠陥フリーの基板やエピタキシャル膜(エピ膜)が理想である。市販基板に含まれる結晶欠陥の中でも、貫通穴を伴ってc軸方向に伝播するマイクロパイプ欠陥1)については、エピタキシー技術の発展によってほぼ存在しないレベルにまで到達している。しかし、上記以外の基板から引き継いだ結晶欠陥や、新たにエピ膜内で発生した結晶欠陥が、現在でも多種多様に存在している。これらの結晶欠陥はデバイス特性に影響を与えることが知られており、高性能なSiCデバイスを実現する上で大きな障害の一つとなっている。これらエピ膜内に存在する結晶欠陥を低減させるためには、その生成メカニズムを理解する必要がある。生成メカニズムを解明するためには、透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope: TEM)を用いた結晶欠陥の形態観察が、有効な評価項目の一つである。以下ではTEMの原理について簡単に触れ、TEMを用いた分析事例について紹介する。 また、TEMのみでは結晶欠陥位置などの特定は困難であるため、PL(Photoluminescence)イメージング法な

どを併用した分析事例についても紹介する。

2.電子顕微鏡

 光学顕微鏡では確認できないナノレベルに達するような極微小領域を観察することができる装置として、TEMがある。対象とするサンプルを、電子線が透過するレベルまで薄膜化し(一般的には100nm以下)、その薄膜の投影図としてイメージを取得する方法である。薄膜化の方法には、従来から用いられてきた機械研磨にイオンミリング法と呼ばれる数kVに加速したArイオンによるスパッタリングを組み合わせた方法と、FIB(Focused Ion Beam)法と呼ばれる数十kVに加速したGaイオンを用いた方法がある。結晶欠陥を明瞭に観察するためには、非常に薄く清浄な薄膜試料が必要であるため、イオンミリング法を用いるのが一般的であるが、FIB法においても、近年は低加速加工の進歩などにより、品質の良い薄膜試料の作製が可能となってきている。そのため、イオンミリング法では困難である特定欠陥部のサンプリングなどでは、FIB法を用いる事例も多くなってきている。 TEM像はその結像原理でいくつかに分類される。 TEM像について原理をまとめたものを図1に示す。上段には結像方法を示し、下段には参考例としてHfO2膜の平面TEM像を示す。(TEM像の右上に電子回折パターンを示す。なお、赤丸は対物絞りの位置である) 最も一般的なTEM像は、(a)明視野像(Bright Field

[特集]SiC半導体

(2)SiCエピ膜内の結晶欠陥評価形態科学研究部 迫 秀樹

図1 TEM像の結像種類

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Image)であり、像中の白黒のコントラストは主に回折コントラスト(Diffraction Contrast)によって形成される。この回折コントラストは、主に結晶方位(例:入射電子線に対してブラッグ条件を満たす領域が像中で黒く表示される)、結晶性(例:非晶質領域では回折が生じないため、黒白のコントラストが生じない)によって形成される。その他にもMass-Thickness(質量厚さ)コントラストと呼ばれるものがあり、例えば原子番号の大きい元素が含まれている領域は、軽元素のみで構成されている領域よりも一般的に黒く表示される。また、結晶構造を評価する上で重要なTEM像は、(b)多波干渉像(格子像)や(c)暗視野像(Dark Field Image)である。多波干渉像は、透過波と回折波を用いて結像させた干渉像であり、回折パターンから得られる結晶構造についての情報と、透過波から得られる形態情報を併せ持っている。暗視野像は、基本的には対物絞りで選択した回折スポットに寄与する領域を明転させた像であり、結晶欠陥(転位など)の解析を行うことに適した観察手法である。

3.SiCエピ膜中の結晶欠陥(転位)のTEM観察

 熱酸化膜が形成されたSiCエピ基板の表面からの光学顕微鏡像を図2(左)に示す。表面には線状に並んだピットが確認されている。この線状に分布するピットにおいて、図中の白線で示す位置で断面TEM観察を行った(図中の白矢印は観察方向[11-20])。結果を図2(右)に示す。SiCエピ膜内には、100~150nm程度の線状結晶欠陥(以後転位)が、基板側から表面側に断続的に確認される。この観察結果においては、これらの転位は、単独で存在しているような印象を受ける。 さらに、この転位の分布を詳細に調査するため、上記の領域近傍において、90度回転させた方位から断面TEM観察を実施した。図3(左)に観察位置(図中の白線がサンプリング位置、白矢印が観察方向[1-100])、図3(右)に断面TEM観察結果を示す。 この観察結果より、SiCエピ膜内では、基板側から表面側にかけて2方向の伝播を交互に繰り返す転位が確認される。前者(図2)の方位で確認された転位は、上下に伝播するものを部分的に観察したものと推察される。このようにエピ膜内の転位は、複数方向に伝播するものも多い。今回紹介した2方向からの観察や、平面観察なども併用することで、より詳細な転位の分布を調べる事が可能である。

4.暗視野像を用いた結晶欠陥(転位)の解析

 前述のTEM観察で確認された転位は、結晶格子にずれを生じている領域に相当する。このずれ方向を把握する

事は、転位の種類やその発生メカニズムを理解する上で重要な項目の一つである。そこで、この転位がどのような方向のずれを持っているかについて、TEMを用いて評価を行った。 まずは、この評価方法について簡単に説明する。結晶格子のずれを示すベクトル(バーガースベクトル)をbとする。系統反射条件(ある方向の逆格子ベクトルだけを励起するように観察試料を傾斜させた条件)の逆格子ベクトルをg*とする。これら2つのベクトルが直交する条件では、転位のコントラストが消失するという原理を利用して評価を行っている(詳細については、専門書2︶

参照)。 実際に評価を行った例を以下に紹介する。図4(左)に示した断面TEM像中の①、②で示す転位に注目する。 まずは、g*=1-100の系統反射条件で暗視野像の取得を行った。図5にその結果を示す。転位は線状の白色コントラストで確認されており、明視野像と比較すると転位位置などが明瞭になっている。ただし、この条件におい

図2  (左)試料表面からの光学顕微鏡像、(右)断面TEM像([11-20]晶帯軸入射)

図3  (左)試料表面からの光学顕微鏡像、(右)TEM像([1-100]晶帯軸入射)

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ては、①、②の転位コントラストの消失は確認されない。 次に、g*=0004の系統反射条件で暗視野像の取得を行なった。図6にその結果を示す。①、②の転位コントラストが消失している様子が確認される。つまり、これらの転位が[0004]方向と垂直な方向に結晶がずれている((0004)面内にバーガースベクトルを持っている)ことが判別できる。また、転位線とバーガースベクトルの方向が垂直であることから、今回評価を行なった転位が刃状転位であると推察される。

5. PLイメージング法を併用したSiCエピ膜内の結晶欠陥評価

 SiCエピタキシャル膜内の結晶欠陥をTEMで評価する場合、試料表面から結晶欠陥位置を高精度で特定することが重要となる。結晶欠陥の位置特定方法としては、KOHエッチングなどでエッチピットを作製して位置特定する方法や、X線トポグラフ3,4)で評価する方法などがある。今回はPLイメージング法と呼ばれる手法を用いて位置特定を行い、結晶欠陥評価を行った結果を紹介する。 まず、PLイメージング法とは、試料全体に紫外励起光(310~330nm)を照射し、フィルタ分光により特定波長領域の発光のみを取り出し、欠陥分布の2次元像を得る手法である。基板全面(cmオーダー)から特定微小領域(μmオーダー)まで絞り込んで欠陥位置特定を行えるため、単体測定だけでなくTEM観察のサンプリング位置を特定する手法としても有効である4)。 3インチ4H-SiCウェハにPLイメージング法を用いた測定結果を図₇に示す。欠陥部分は暗部として観測されている。ウェハ全体像中にAで示した領域を拡大した像を図7(b)に示す。この領域においては三角形状の結晶欠陥が多数観測されている。図8にPLイメージング法で確認された三角形状の結晶欠陥の拡大像を示す。(図8(c)のイメージは、図7(b)のイメージを反時計回りに90度回転させて拡大している) 図8(d)に示される断面TEM像は高分解能PL像(図8(c))内赤線で示す位置をサンプリングし、[11-20]方向から観察した結果である。TEM像より、最表面から4.8μm程度の深さに線状の結晶欠陥が確認される。 図9にこの結晶欠陥端部の高分解TEM像(格子像)を示す。今回評価に用いたエピタキシャル膜は4H-SiC構造を有しているが、積層欠陥部ではポリタイプの異なる構造が確認されており、格子像より8H-SiC構造であると考えられる。 以上より、PL像で確認された三角形状結晶欠陥は、8H-SiC構造の積層欠陥を含む結晶欠陥であると推察される。

図4  (左)明視野像、(右)観察領域から取得した電子回折パターン

図5  (左)暗視野像:g*=1-100、(右)観察領域から取得した電子回折パターン

図6  (左)暗視野像:g*=0004、(右)観察領域から取得した電子回折パターン

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6.まとめ

 ここでは、SiCエピ膜中の結晶欠陥評価を中心に、電子顕微鏡評価技術を紹介した。複数の撮影手法を駆使することで、結晶欠陥種の同定を行うことができ、PLイメージング法などを併用する事により、表面形態からその位置を確認できない結晶欠陥などを評価することも可能である。 この他にもTEM周辺技術にはEDXやEELSなど組成分析や電子状態評価を行う技術もある。また、最新の電子顕微鏡技術では、干渉像ではなく原子を直接観察する撮影技法もあり、結晶欠陥評価技術のさらなる進歩が期待される。

7.参考文献

1) N.Ohtani, M.Katsuno, T.Fujimoto, T.Aigo, and H.Yashiro, J. Cryst. Growth, 226(2001)254.

₂) 坂 公恭:材料学シリーズ 結晶電子顕微鏡学,内田老鶴圃.

3) H.Tsuchida, I.Kamata, and M.Nagano, J. Cryst. Growth. 310(2008)757.

4) S.Izumi, H.Tsuchida, I.Kamata, and T.Tawara, Appl. Phys. Lett. 86, 202108(2005).

■迫 秀樹(さこ ひでき) 形態科学研究部 形態科学第 1研究室 専門:㈱東レリサーチセンターにて TEMに従事 趣味:菓子作り、スキューバダイビング

図7 PL像(λ>325nm)

図8 高分解能PL像および、断面TEM像

図9 積層欠陥端部の高分解能TEM像


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