髙 杏...1.研究方法...

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ヒダカ 髙 杏 キョウコ 略 歴 1992年 10月 ニューヨーク大学教育学部 卒業 1995 年 3月 東京芸術大学大学院 美術研究科修士課程 修了 1998 年 7月 王立芸術大学大学院 修士課程 修了 2001 年 3月 東京芸術大学大学院 美術研究科博士課程 修了 2005 年 4 月~現在 多摩美術大学 非常勤講師 日本とアメリカにおける菓子の広告グラフィック・パッケージデザインに 使われる色彩の比較調査 A Comparative Survey on Color in Graphic and Package Design of Sweets in the US and Japan This study compares the color schemes and design of packages of sweets in the US and Japan from the viewpoint of the cultural history of color. To visualize this comparison, color charts representing typical Japanese and American sweets packages are presented. The central aim of the comparison is to clarify cultural differences in color that characterize appetizing sweets, between the US and Japan. The study investigates whether there are perceptible differences in the color scheme of the package design in the US and Japan, and if any, how different are they in the three color attributes of hue, value, and chroma. The research method was as follows: I purchased a total of 120 items, 20 items each of hard candy, chocolate, and chewing gum sold nationally, both in the US and Japan in 2013-14. Using the colorimeter for color management, I measured the color scheme of these packages and listed the data in the form of color charts. These data are significant in revealing the fundamental cultural differences in the package design in these nations, a valuable insight for the field of international marketing and graphic/package design. Generally, there is a strong tendency for Japanese sweets packages to use a warm and light color scheme, whereas American ones apply a vivid multicolor scheme. Japanese sweets manufacturers produce various novelty items that promote seasonal and regional marketing, whereas American mass-produced sweets and its coloring are generally aimed at children and their dreams. Therefore, the color scheme of and the images on packages of US sweets resemble American comics. 1

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日ヒ ダ カ

髙 杏キョウコ

子 略 歴1992年 10月 ニューヨーク大学教育学部 卒業1995年 3月 東京芸術大学大学院

美術研究科修士課程 修了1998年 7月 王立芸術大学大学院

修士課程 修了2001年 3月 東京芸術大学大学院

美術研究科博士課程 修了2005年 4月~現在

多摩美術大学 非常勤講師

日本とアメリカにおける菓子の広告グラフィック・パッケージデザインに使われる色彩の比較調査

A Comparative Survey on Color in Graphic and Package Design of Sweets in the US and Japan

This study compares the color schemes and design of packages of sweets in the US and Japan from the viewpoint of the cultural history of color. To visualize this comparison, color charts representing typical Japanese and American sweets packages are presented. The central aim of the comparison is to clarify cultural differences in color that characterize appetizing sweets, between the US and Japan. The study investigates whether there are perceptible differences in the color scheme of the package design in the US and Japan, and if any, how different are they in the three color attributes of hue, value, and chroma.

The research method was as follows: I purchased a total of 120 items, 20 items each of hard candy, chocolate, and chewing gum sold nationally, both in the US and Japan in 2013-14. Using the colorimeter for color management, I measured the color scheme of these packages and listed the data in the form of color charts. These data are significant in revealing the fundamental cultural differences in the package design in these nations, a valuable insight for the field of international marketing and graphic/package design.

Generally, there is a strong tendency for Japanese sweets packages to use a warm and light color scheme, whereas American ones apply a vivid multicolor scheme. Japanese sweets manufacturers produce various novelty items that promote seasonal and regional marketing, whereas American mass-produced sweets and its coloring are generally aimed at children and their dreams. Therefore, the color scheme of and the images on packages of US sweets resemble American comics.

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はじめに

 本稿では、色彩文化史の観点から、日本とアメリカで市販されている菓子(甘味類)のパッケージデザインの色彩の傾向を比較し、「日本の菓子らしい包装のカラーチャート」と「アメリカの菓子らしい包装のカラーチャート」を作成して分析する1 。研究目的は、日本とアメリカでおいしそうな菓子をイメージさせる色彩の文化的特徴を明確にすることである。日本とアメリカにおける菓子のコミュニケーションや包装に使われる色彩の色相差を調査した。 本調査に至った動機は、次のことから由来している。乳幼児期に日常目にする色彩は、人間の色彩感覚を著しく左右する、という杉田(産業技術総研)による研究報告 2 がある。色彩感覚の生来性や発達は、いまだ明確な結論がないが、菓子のように、人間が幼少期から親しんでいる色彩は、色彩文化を形成する根源ではないだろうか、という仮説を立てた。 本比較調査の結果は、日本とアメリカの菓子のパッケージデザインの文化的な独自性を見出し、今後、日本独自の菓子を海外で広めるマーケティング上、より効果的な広告やパッケージのデザイン戦略を練るために寄与できると期待できる。 先行研究としてビレンの色彩と消費心理の数々の論考がある3 。奥田(広島女学院大)・川染(香川県明善短大)達4が、食品の色彩と味覚について研究論文を発表している。千々岩(武蔵野美大)5は、広告の色彩嗜好分析について発表している。また、和菓子の包装の色彩に特化した資料としては、「京都の和菓子店における包装紙の色彩に関する研究」6 がある。NHK「白熱教室」で知られるアイエンガー(コロンビア大)は、色名と選択研究 7 の視点から、消費者向けにどのような色彩を選択してデザインするかに着目している。 本稿での調査は、カラーチャートを作成、これらの配色比率を比較して、日本とアメリカの色彩文化的傾向を論じることに留まっている。そのため、色相に重点を置いている。

 

   

1 本稿は次の論文を加筆したもので、特に指標の分類細目が編集されている。日髙 論文「日本とアメリカにおける菓子のパッケージデザインに使われる配色の比較」多摩美術大学研究紀要、2015

2 杉田「乳幼児期の視覚体験がその後の色彩感覚に決定的な影響を与える」日本生理学雜誌 66(11), p. 357, 2004 杉田は、サルと単色光を使った実験と研究発表で知られている。

3 “Color & Human Response”など、フェイバー・ビレンは多くの著書を残した。

4 奥田、田坂、由井、川染 報文「食品の色彩と味覚の関係―日本の20歳代の場合―」日本調理科学会誌 Vol.35 No.1、p. 2-9、2002

5 千々岩「色彩嗜好の国際比較」日本色彩学会誌 Supplement 21, p. 20-21, 日本色彩学会、1997

6 板垣、奥田、資料「京都の和菓子店における包装紙の色彩に関する研究」同志社女子大学生活科学45, p. 60-63, 2011

7 アイエンガー「選択の科学」p. 176-202、2010

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1. 研究方法

 研究方法は、2013 年から2014 年にかけてアメリカと日本において、全国規模で販売されている甘味菓子類(キャンディ、チョコレート、ガムの分類カテゴリー)を各20個ずつ、合計120個を購入した。日本でもアメリカでも、コンビニやスーパーで販売されている競合商品の種類は、大規模店を除くと、18 種類~30 種類が平均であった。それぞれのパッケージデザインに使われる色彩を測色機器で測定、その結果、見出された代表的な色彩の傾向をカラーチャート(色票)で示す。 日本のパッケージのサンプルは、2013 年 6月~ 2014 年 2月にかけ、都内と神奈川県のコンビニ(100ローソン)、スーパーマーケット(イオン)、菓子店(おかしのまちおか)で菓子を購入した。アメリカのパッケージのサンプルとして、2013 年 5 月と2014 年 4 月にアメリカ・ニュージャージー州チェリーヒルのスーパーマーケット(Wegman’s 及び ACME)、ニューヨーク州 JFK 空港のコンビニエンスストア(Hudson News)で菓子を購入した。 これらのパッケージをデジタル画像にし、X-rite 社製カラーモンキー8で測色、カラーチャート化した。日本とアメリカの菓子パッケージのカラーチャートの代表色 5 色の配色を分析した。20 種類の菓子の代表色 5 色を抽出し、合計 100 色のコマでチャートを作成した。この手順を踏まえて、100 色のコマをマンセル10色相(赤・橙・黄・黄緑・緑・青緑・青・青紫・紫・赤紫)と無彩色(無彩色:白色~灰色~黒色)に分類し、日本とアメリカの各キャンディ、チョコレート、ガムに高頻度で使われる色彩を一覧表にした。

(図1~6) 日本とアメリカの各フレーバー比較のために、菓子を細目(例:果物味、ナッツ味など)に分類して表にした。(表1~3) 日本において、アメリカを意識したデザインがされた例外として、沖縄で製造、販売されているブルーシールキャンディのパッケージデザインを挙げる。(図7) また、販売時のディスプレイ状態を示すために購入したスーパーやコンビニの陳列棚を撮影した。

(図8・9) 総括として、日本とアメリカの菓子に使われる最も特徴的な色彩を配列して、その色彩のマンセル値とRGB値を一覧表にして検討した。(図10、及び表4~6)文化的特徴の例として、アメリカン・コミックスと本調査結果を比較した。(図11・12)

2. 配色の傾向

2.1 キャンディ 図 1に見られるように、日本のキャンディのパッケージには、赤色~黄色の暖色系と灰色の使用が突出して多く、特に、赤色が多く使われている。そして、緑色~紫色の使用が少ない。灰色がかった色が多く使われていることが、日本のキャンディのパッケージ全般に、明るく柔らかい色の印象を与えていると考えられる。日本のキャンディのパッケージは、中明度・中彩度のものが多い。 

   

8 カラーモンキー(Color Munki)は、エックスライト社とパントン社のカラーマネジメント用測色器とソフトウェア。

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 図 2に示したアメリカのキャンディのパッケージは、暖色系の適用が多いことは日本と共通している。だが、日本と比べて大きく異なる点が2つあり、第一に特筆すべきは、灰色の使用が全くない点、第二に緑色の使用が非常に多い点である。この灰色を全く使わない傾向が、アメリカのキャンディのパッケージを色とりどり、鮮やかに見せる結果を生んでいる。アメリカのキャンディのパッケージは、低明度・高彩度のものが多い。また、アメリカのキャンディに関してはメインの地色・ロゴ・画像には無彩色があまり使われていない。 次に表 1のフレーバー比較だが、日本独自な傾向として柑橘類味とミルク味が多かった。そして梅、ごま、大根、黒砂糖のような日本独特のフレーバーが見られた。アメリカでは、フルーツミックス味、りんご味、キャラメル、ミント、シナモン味が多い。

(図1 日本のキャンディ) (図2 アメリカのキャンディ)

(表1 キャンディのフレーバー比較)

日本 アメリカ個 フレーバー 個 フレーバー

果物 9 柑橘・梅・パイン・ブルーベリー・キウィ

7 フルーツミックス・チェリー・りんご

飲料・ミルク 7 ミルク・コーヒー・紅茶 1 コーヒーキャラメルヌガー 0 7 キャラメル・チョコレート

ミント・シナモン 0 5 ミント・シナモン

その他 4 ごま・大根・黒砂糖 0

合計 20 20

2.2 チョコレート 図 3 の日本のチョコレートのパッケージで頻度の多い色相は、赤色、茶色(低明度・低彩度の橙色と赤紫色)、黒色、高明度な灰色であり、フォントには金色が多用されている。これら4 色は、日本のチョコレートのイメージカラーのように使われている。 日本のチョコレートは、黒色は苦みを連想させやすく、赤色は甘みを連想させやすい。その中間として、

国種類

無彩色

白色~灰色~黒色

赤紫色

紫色

青紫色

青色

青緑色

緑色

黄緑色

黄色

橙色

赤色

無彩色

白色~灰色~黒色

赤紫色

紫色

青紫色

青色

青緑色

緑色

黄緑色

黄色

橙色

赤色

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赤色に黒色を混ぜた茶色がある。赤いパッケージにはミルクチョコレートの甘さを表現・消費者に想起させようという意図が感じられる。例えば、グリコのポッキーやロッテのガーナミルクチョコレート9 のような定番商品も、やはり赤色のパッケージである。そして、カカオ風味が強くなるにつれ、茶色から黒色へとテーマ色が変化している。 これに反し、図4のアメリカのチョコレートのパッケージで頻度の多い色相は、茶色、明度の低い灰色、黄緑色、青色である。ハーシーのチョコレートは茶色に銀灰色の文字という配色である。現代のハーシーのコーポレートカラーは、赤紫色に近い茶色と中明度の灰色で、日本でのチョコレートの茶色の色相と異なる。ミルキーウェイやリーズのように、板チョコレートではない、アメリカで伝統的なスナックチョコレートも、オレンジ色や緑色という日本のチョコレートでは見られない色相が使われている。 表2のフレーバー比較では、日本の場合はナッツ入りチョコレートはアーモンドがほとんどであり、アメリカの場合はピーナツバター・キャラメル入りが多く見られた。日本ではいちご味チョコレートがあるが、アメリカの場合はオレンジ味のチョコレートがあった。

(図3 日本のチョコレート) (図4 アメリカのチョコレート)

(表2 チョコレートのフレーバー比較)

日本 アメリカ個 フレーバー 個 フレーバー

板チョコ 9 ミルク・いちご 8 塩・オレンジ・ミルクナッツ 2 アーモンド 4 ピーナツバター・ピーナツキャラメル 0 4 キャラメルクッキークランチ 9 クッキー 3 クッキーその他 0 1 M&M

合計 20 20

無彩色

白色~灰色~黒色

赤紫色

紫色

青紫色

青色

青緑色

緑色

黄緑色

黄色

橙色

赤色

無彩色

白色~灰色~黒色

赤紫色

紫色

青紫色

青色

青緑色

緑色

黄緑色

黄色

橙色

赤色

国種類

 

   

9 日経デザイン編「パッケージデザインの教科書」日経BP社、p. 184-189、2012

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2.3 ガム 日本とアメリカ共に、ガムのパッケージの色相は、黄緑色~青紫色、銀色(灰色)が多く使われている。これらは清涼感の強いメントール風味を示す色相と考えられる。反対に、全般的に使われる頻度が少ない色相は橙色、茶色である。 図5の日本のガムで、突出して頻度の高い色相は、銀色(灰色)であった。日本のガムのパッケージには、色相数が少なく、メタリックな色彩を使った無機質で現代的な雰囲気の演出が見られる。最近の日本のガムに見られる傾向で、鋭い刺激を示すために黒色もよく使われる。日本人が持つ緑色に対するイメージで「身体に良さそう」というものがある。ロッテのキシリトールガムは、シュガーレスで歯の健康を意識している。日本独自のフレーバーとして、梅風味のガムがあり、熟した梅を連想させる赤色になっている。 特徴的なものは、アメリカの方が日本よりも青緑色への嗜好が高いことである。明度の点では、日本のガムは高明度~中明度が多い。アメリカの菓子のパッケージには、低明度のものが多い。図 6のアメリカのガムには、橙色を使う場合が日本よりも多い。 表3にあるように、両国ともミント(メントール)味フレーバーが主流である。しかしアメリカでは、シナモン、スイカやフルーツミックス味のように、日本では売られていないフレーバーがあり、パッケージの色相は日本ではない色相が見られた。また、日本も梅味ガムが独自フレーバーとして販売されていた。

(図5 日本のガム) (図6 アメリカのガム)

(表3 ガムのフレーバー比較)

日本 アメリカ個 フレーバー 個 フレーバー

ミント 14 ミント・菊花エキス 11 ミント・ミントチョコレート果物 6 レモン・ブルーベリー・梅 4 スイカ・フルーツミックスシナモン 0 2 シナモンその他 0 3 バブルガム

合計 20 20

無彩色

白色~灰色~黒色

赤紫色

紫色

青紫色

青色

青緑色

緑色

黄緑色

黄色

橙色

赤色

無彩色

白色~灰色~黒色

赤紫色

紫色

青紫色

青色

青緑色

緑色

黄緑色

黄色

橙色

赤色

国種類

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3. パッケージと菓子の青色について

 川染達は、一般に青い食品は食欲を減退させる傾向があることを、ビレンの報告と比較して指摘した 10 。多摩美術大学グラフィックデザイン学科の学生のレポートの文章中にも、青色を食欲減退色と見なす表現 11 があった。食欲と青色の関連の研究報告が、このような固定観念を食品メーカーのクリエイティブスタッフに植え付けてきた可能性がある。そのためか、日本の食品のパッケージには赤などの暖色系色の多用が今回の調査でも確認できる。しかしアメリカでは、「青色」と「蛍光色」は、自然界にはあまり存在しない食べ物の色にも関わらず、パッケージや食品 12 に多用されていることが本調査で判った。 また、図 7に参考として挙げる、沖縄のブルーシールキャンディのパッケージに見るブルーハワイのような青色は、アメリカ的食文化を連想させ、日本で普通に販売されているキャンディと一線を画している。沖縄は1972年の返還まで、アメリカ統治の元にあり、アメリカの食文化が日本本土よりも浸透している点も要因になっている。

4. 販売時のディスプレイとプロモーション

 配色は消費者の直感に訴える。パッケージの独自性は、陳列棚上の比較という限られた場所と時間内で判断され、ウィニペグ大学のサティエンドラ・シング博士は、人間は、90秒程度見ただけで、購入意思決定していると研究報告した 13 。ゆえに、販売時のディスプレイ、すなわち照明状態や競合商品との配置の面で、配色とデザインに影響を及ぼす有意な要素である。 国によって、店内の室内灯が異なる。図 8のような日本の菓子の陳列場所は蛍光灯照明が圧倒多数であり、照度が高い。そのような環境下では、高明度・低彩度・暖色系(赤色~黄色)のパッケージが多い。そして、図 9にあるアメリカのスーパーマーケット、ドラッグストアなど、菓子の陳列場所は、全体的に照明の照度が薄暗く、蛍光灯と白熱灯の両方が使われている。このような場合、菓子のパッケージは

(図7 沖縄のブルーシールキャンディ)

 

   

10 奥田、田坂、由井、川染 論文「食品の色彩と味覚の関係―日本の20歳代の場合―」日本調理科学会誌 Vol.35 No.1、p. 3、2002

11 梁歩実(グラフィックデザイン学科1年)、色彩計画論課題レポート「OREOのパッケージについて」2014、多摩美術大学美術学部、p.1

12 人工着色された食品に含まれる青色 1 号は、ブリリアントブルー FCFといい、FAO/WHO 合同食品添加物専門化委員会 (JECFA) の毒性試験では、発がん性は確認されていない。そのため、日本やヨーロッパ、アメリカなど多くの国で利用されている。

13 Singh, "Impact of Color on Marketing", Management Decision, Vol. 44 Issue 6, pp.783-789, 2006

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彩度が高い方が誘目性を高める。 本調査では、季節・地域限定商品は、あえてサンプルには入れなかったが、定番のデザインを基本に、色彩で変化を付けた商品が多い。チョコレートは別段、キャンディ・ガムと比べて、安価なチロルチョコから、ヨーロッパ系のゴディバ、リンツ、ギラルデリのような高級路線、季節限定や地域限定商品まで広範囲な商品がある。 日本の商品で、「大人の」と銘打った商品で、定番商品よりも明度・彩度を下げたデザインが見られる。黒をメインに使った配色は、大人のイメージを強く打ち出す。大人の雰囲気を出すために、他に使っている色も商品と似た明度の低い紫色を使うなど、統一性も考えた配色がされている。

(図8 日本のディスプレイ) (図9 アメリカのディスプレイ)

5. 考 察

5.1 日本とアメリカの菓子パッケージの代表的な色と文化背景 この章では、調査結果の代表的な色彩を比較し、日本とアメリカの菓子パッケージの文化的特徴について考察する。図は、パッケージに使われる色彩で、代表的なものを1位から5位まで配列した。左列が日本のキャンディ・チョコレート・ガムで、右列がアメリカのものである。これら3分野を比較し、色相の乖離が顕著だったのは、チョコレートであった。日本のチョコレートの場合、多用されている色相は、赤色・茶色・黒色・金色である。アメリカのチョコレートでは、黄色や青色のように、日本のチョコレートのパッケージではほとんど使わない色が使われている。

日本のキャンディパッケージの代表色1   2   3   4   5

アメリカのキャンディパッケージの代表色1   2   3   4   5

日本のチョコレートパッケージの代表色1   2   3   4   5

アメリカのチョコレートパッケージの代表色1   2   3   4   5

日本のガムパッケージの代表色1   2   3   4   5

アメリカのガムパッケージの代表色1   2   3   4   5

(図10 パッケージに使われる代表的な色)

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(表4 キャンディ代表色のマンセル値(色相・明度・彩度)とRGB値の比較)

日本 マンセル値 RGB値 アメリカ マンセル値 RGB値1 6.6R 4/11 179: 57: 44 1 7.6R 4/12 195: 67: 452 4.9Y 6/7 187: 158: 66 2 1.9G 4/6 72: 134: 823 3.5YR 5/9 213: 122: 57 3 9.2R 4/10 197: 83: 464 N 8.0 207: 205: 199 4 4Y 7/9 234: 187: 655 1GY 6/7 153: 161: 60 5 1.2B 6/5 88: 161: 176

(表5 チョコレート代表色のマンセル値(色相・明度・彩度)とRGB値の比較)

日本 マンセル値 RGB値 アメリカ マンセル値 RGB値1 6.2R 4/11 180: 57: 50 1 N7.0 180: 181: 1592 8.6YR 5/5 173: 130: 72 2 0.2GY 6/7 164: 163: 593 6.7R 1/3 72: 35: 29 3 1YR 1/1 49: 38: 324 N8.0 207: 199: 195 4 7.6PB 3/8 65: 81: 1425 N1.0 32: 28: 24 5 7.3YR 4/5 137: 96: 47

(表6 ガム代表色のマンセル値(色相・明度・彩度)とRGB値の比較)

日本 マンセル値 RGB値 アメリカ マンセル値 RGB値1 5.1GY 7/1 176: 181: 168 1 9.2G 4/3 82: 129: 1172 1.7PB 3/4 66: 96: 124 2 8GY 3/4 69: 98: 503 9.2GY 5/8 78: 140: 59 3 1.3P 2/2 56: 54: 744 3.3R 3/7 128 50: 40 4 7.9RP 5/9 188: 93: 1365 9GY 3/4 61: 92: 49 5 1.2GY 7/1 183: 185: 169

 日本のキャンディのパッケージの場合、味覚を想起させるための果物・抹茶の写真・イラスト画像を載せていた。その結果、果物の皮の色や抹茶の色が、そのままパッケージとして使われやすい色として反映されている。日本人は、自然素材そのものの色・かたち、あり方を尊んできた。この感性が日本人の生活に浸透し、食品に自然らしさと素材らしさを求め、四季の移ろいを着物等の色彩で表す平安朝の<かさねの色目>のように、潜在的に菓子にも季節感の反映14を求めている。和菓子や生菓子に限らず、スーパーマーケットに並ぶ菓子パッケージにも類した感覚が垣間見える。 さらに、日本古来の日常食文化は、調味料やダシなど地味な色彩が多く、着色料を全体的に使う食品は少ない。アクセントとなる彩り<差し色>として、鮮やかな赤色(例えば紅ショウガ)や緑色(寿司や刺身のバラン)を少々使う配色が定番である。日本には、このような配色の暗黙の法則が存在するように見える。 また日本の場合、ロングセラー定番商品と、季節や地域限定の商品との間では、配色の自由度の幅が異なり、季節や地域限定の方が、より暫時性を強調した配色を行っている。 アメリカのパッケージデザインは、全般的に彩度が高く、明度が低い。デザインの章で指摘したように、アメリカのキャンディの方が、中身のキャンディ画像をデザインに入れたものが多い。すると、果汁やクリームなどが凝縮されたような色彩、合成着色料の色彩などが、デザインに使われるようになっている。アメリカにも季節限定商品はあるが、パッケージデザインにおける季節感は、クリスマス・イースター・ハロウィン 

   

14 板垣、奥田、資料「京都の和菓子店における包装紙の色彩に関する研究」p.63、2011

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などの歳時にまつわる色彩 15 から基づく場合がほとんどである。アメリカの地域限定マーケティングにおいては、大規模メーカーが地域限定商品を作るようなケースは全く見られず、ハワイのマカデミアナッツチョコレートのような土産品が一般的である。推論に過ぎないが、アメリカの広大な国土・多様な気候と多人種社会で、全国範囲で販売する大量生産品に対して、高度に細分化した限定商品マーケティングすることが、コスト的に見合わないのではないだろうか。

5.2 アメリカン・コミックスと菓子パッケージ アメリカのスーパーマーケットやコンビニエンスストアで販売されている菓子は、概ね子供向けで、パッケージや菓子自体に夢の世界を与えるような姿勢が見られる。ミネソタ大学疫学学科のストーリーが行った食品と広告の関係の研究報告 16 では、アメリカの子供向け菓子のマーケティングにおいて、菓子ブランドを認知させるために、おもちゃや漫画のキャラクターをパッケージに使う傾向を指摘している。特にM&M 、ケロッグシリアル、オレオクッキーなどが、このマーケティング手法を顕著に使っている17 。子供がおもちゃや漫画を生活の一部とするのと同じ感覚で、菓子のパッケージの色彩は受け止められている。 アメリカン・コミックスの配色は、アメリカの菓子の色彩と似ている18 。図 11に示したスーパーマンの絵に使われている青色や緑色、赤色が、アメリカのキャンディに使われている色相に類似している。アメリカでは、コミックスやディズニーのキャラクターの色彩をそのまま菓子パッケージに印刷している。 パッケージの色彩のように、中身の菓子にも合成着色料を多用して、日本人には非現実とも映る鮮やかな配色をしているのである。日本でも、合成着色料と合成甘味料を明らかに使っている菓子類に、駄菓子やかき氷がある。さらに、菓子のおまけのように、おもちゃやゲーム感覚で購入されるものも多い。人気アニメのキャラクターが載った菓子パッケージは、日本でも頻繁に見られる。

(図11 アメリカン・コミックス スーパーマン) (図12 2013年のM&Mプレッツェル味のパッケージ)“Superman : Silver Age Dailies Vol. 1 : 1959-1961” by Jerry Siegel, Curt Swan, Wayne Boring, and Stan Kaye, the Library of American Comics, 2013, Superman TM and © DC Comics, Inc.

 

   

15クリスマスの赤・緑色、イースターの黄・ピンク色、ハロウィンのオレンジ色など。

16 Mary Story, Simone French “Food Advertising and Marketing Directed at Children and Adolescents in the US”, International Journal of Behavioral Nutrition and Physical Activity 2004, 1:3

17 同上

18 斉藤小夏(映像演劇学科 4 年)、色彩論課題レポート「アメリカのお菓子的色彩」多摩美術大学造形表現学部、2013、p.1

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結 論

 キャンディ、チョコレート、ガム。これらは全て外来であるが、日本の消費者に受け入れられるように、日本独自の味覚フレーバー、例えば梅、いちごミルク、黒砂糖、ごまなどを開発してきた。それらを表象するパッケージが、日本独特のデザイン・配色傾向を生み出していることが観察できた。 アメリカでは、日本製品ではあまり見かけないピーナツバター入りや、甘味料のみのバブルガム味、シナモン味ガム、キャラメルヌガーチョコレートが定番商品として売られている。これらの伝統的な菓子のパッケージは、日本と異なる配色傾向が見出せた。 日本でもアメリカでも、メーカーやデザイナーの考えた配色・デザインが、消費者によって選択・淘汰され続け、さらに新商品が多く開発されている。この循環で定番ロングセラー商品として長年残る商品は、各国の色彩感覚を代表するものと云えよう。 日本では、定番ロングセラー商品の菓子は、暖色系の色相、高明度が多用され、季節感や地域性を重視した菓子のパッケージでバリエーションが多く見られる。アメリカでは、子供へのマーケティングやアメリカン・コミックスが、菓子のパッケージに影響している。 菓子のパッケージデザインは、いろいろな国が互いに影響を与え合いながら、現在の状態になっている。将来も食生活の変化、新製品の登場、文化交流によって、日本やアメリカのパッケージの色彩・人々の色彩感覚は、変化してゆく可能性がある。 食品の色は、習慣・動植物の種類、着色料の添加によって多彩になり、パッケージや広告はこの多彩な色彩の表象である。人類は、これらの表象を日常目に触れることで、多様な色彩文化を築き上げているのである。 また後日の課題として、より詳細な明度・彩度の傾向とフレーバーの分析、メーカーのブランド戦略の検討、アメリカ以外の国・文化圏で販売されている菓子との比較をする必要が残されている。

謝 辞

 本研究に際して、アサヒグループ学術振興財団からの研究助成を賜ったことを、厚く御礼申し上げます。

参考文献

Mary Story, Simone French “Food Advertising and Marketing Directed at Children and Adolescents in the US”, International Journal of Behavioral Nutrition and Physical Activity 2004, 1:3Satyendra Singh, "Impact of Color on Marketing", Management Decision, Vol. 44 Issue 6, pp.783-789, 2006

シーナ・アイエンガー「選択の科学」文藝春秋、2010

奥田弘枝、田坂美央、由井明子、川染節江 報文「食品の色彩と味覚の関係―日本の20 歳代の場合―」日本調理科学会誌 Vol.35 No.1、p. 2-9、2002

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日経デザイン編「パッケージデザインの教科書」日経BP社、2012

日髙杏子 論文「日本とアメリカにおける菓子のパッケージデザインに使われる配色の比較」多摩美術大学研究紀要、2015

板垣あゆみ、奥田紫乃、資料「京都の和菓子店における包装紙の色彩に関する研究」同志社女子大学生活科学45巻 , 同志社女子大学生活科学会、p. 60-63、2011

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