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1 チーム医療における薬剤師介入の有用性に関する臨床研究 岡山大学大学院 医歯薬学総合研究科 創薬生命科学専攻 医療薬学講座 臨床薬学分野 大西 順子

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チーム医療における薬剤師介入の有用性に関する臨床研究

岡山大学大学院 医歯薬学総合研究科 創薬生命科学専攻

医療薬学講座 臨床薬学分野

大西 順子

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2

目次

序 章 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3

第1章 血液透析患者への薬剤師積極的介入

緒 言 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6

1 . 1 方 法 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 7

1 . 2 結 果 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15

考 察 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・18

第2章 慢性腎臓病に伴う骨・ミネラル代謝異常患者における薬剤師介入

の臨床的意義

緒 言 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・19

はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・22

2.1 対象患者および方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・23

2.2 統 計 処 理 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・23

2.3 結 果 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24

考 察 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・29

第3章 腎性貧血における薬剤師の介入の臨床的意義

緒 言 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・32

はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・33

3.1 方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・34

3.2 統 計 処 理 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・35

3.3. 結 果 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・35

考 察 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・38

総括および結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・41

参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・43

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序章

近年の医療の高度化、多様化に伴って、薬剤師の職能も大きく変化してい

る。調剤業務に加えて、病棟、手術室、集中治療室、がん化学療法、感染症

などを中 心に医療チームの一 員として活 動する薬剤師も多くなってきた。そし

て、このチーム医 療 の中 で薬 剤 師 の業 務 は薬 物 治 療 の専 門 スタッフとして専

門 知 識 を活 用 し、処 方 設 計 に参 画 することによって医 薬 品 の適 正 使 用 に貢

献する役割を果たしている。医薬品の適正使用とは、まず的確な診断に基づ

き、患 者 個 々の症 状 に応 じて最 適 な薬 剤 投 与 設 計 (剤 形 、用 法 、用 量 )がな

され調 剤 されることである。また、患 者 に対 しては薬 剤 について十 分 な理 解 が

されるように説明を行った上で、服用中の薬効ならびに副作用をモニターする

ことである。これらの情 報 が次 の薬 剤 投 与 設 計 にフィードバックされることにな

る(1)。また、新規作用機序を持つ医薬品(分子標的治療薬等)の登場に伴

い、薬 剤 師 は患 者 の安 全 対 策 、特 に副 作 用 および薬 害 を防 止 することに責

任を持たなければならない。併せて医薬品に関わる医療事故防止の観点から

も、チーム医療の中で、薬剤師業務はますます重要になり、その果たすべき役

割 は極 めて大きい。薬 剤 師 の最も重 要 な役 割 は、患 者 個 々の薬 物 治 療 を有

効かつ安全に提供することである。つまり、薬剤師の職務は、 医師、 看護師

等他の医療従事者と連携して、チーム医療に積極的に参画し、 医薬品の適

正使用を実践することである(2)。

このように、チーム医療の機運も年々高まり、薬剤師に寄せられる期待も膨

らむ中 、日 本 病 院 薬 剤 師 会 では薬 物 療 法 への積 極 的 な関 与 や病 棟 活 動 の

推 進 等 、薬 剤 師 業 務 の向 上 に取 り組 んでおり、今 後 、薬 剤 師 の医 療 チーム

への参画、さらにフィジカルアセスメントの普及などを推し進め、薬剤師が医療

安全の担い手となるような活動を進める意向である。2010 年 4 月 30 日付の厚

生 労 働 省 医 政 局 長 通 知 では、「医 療 の質 の向 上 及 び医 療 安 全 の確 保 の観

点 から、チーム医療 において薬 剤 の専 門 家 である薬剤 師 が主 体 的 に薬 物 療

法に参 加 することが非 常に有 益である」と明記されている(3)。薬剤 師 が専 門

性を活かし、患者の病態・自覚所見・他覚所見・服薬状況・患者背景等の情

報収集・薬物治療の検討・処方提案・薬物治療の評価等に積極的に介入し、

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医師を含め他職種とコミュニケーションを円滑にし、情報共有し患者に最適な

医 療 を提 供 することが重 要 である。それには、患 者 を含 めたチーム連 携 が必

要で、そのチームにおいて薬剤師は薬物治療に関して中心的な役割をし、各

医療チーム員の橋渡し役を担うことが重要であると考える。

一方、近年世界的に慢性腎臓病(chronic kidney disease:CKD)患

者の増加が指摘されており、CKD のために末期腎不全に進行し腎代替

療法を要する患者の増加が知られている(4)。日本透析医学会の統計調

査によると 2012 年 12 月 21 日現在、我が国の慢性透析患者数は 309,946

人となり、この数は前年より 5,090 人の増加である。血液透析導入患

者 の原 疾 患 の第 一 位 は糖 尿 病 性 腎 症 で 44.1%(前 年 の割 合 より 0.2%減

少)、第二位が慢性糸球体腎炎で 19.4%(0.8%減少)、腎硬化症が 12.3%

(0.5%増加)、不明が 11.2%(0.3%増加)であった(5)。

腎 機 能 の低 下 は脳 血 管 障 害 の発 症 、冠 動 脈 疾 患 、心 筋 梗 塞 、心 不 全 、

脳 血 管 障 害 による死 亡 、入 院 などのリスクを高 めることが明 らかとなっている。

しかし、慢 性 腎 不 全 患 者 に対 する現 在 の血 液 浄 化 療 法 は、質 的 にも量 的 に

も健常な腎機能には遠く及ばず、常にこれらの危険にさらされている状況にあ

る。したがって、慢 性 腎 不 全 患 者 の予 後 改 善 のためには、より適 切 な血 液 浄

化療法を提供することが必要である。血液浄化療法つまり血液透析治療とは、

患者に 2 本のカニューレを挿入し、血液を体外へ導出して限外濾過と溶質除

去を行う。残腎機能によるが、基本的に週に 3 回(月・水・金または火・木・土)

の通院が必要である。毎分 100~250ml という大きな血流量を得るため、維持

透析患者では動脈と静脈を体表近くで交通させた内シャントを作成し、ここに

カニューレを穿刺する。シャントのない患者や緊急時には透析専用のアクセス

カテーテルを右 内 頸 静 脈 または鼡 径 静 脈 に挿 入 して血 液 透 析 を行 う。一 般

的には毎回 4~5 時間の透析をする必要がある。また、生体腎では週 168 時

間かけておこなわれる体内浄化を、血液浄化療法では極短時間に行うため、

急激な電解質変化と蓄積した尿毒症性物質の急激な減少により不均衡症候

群を生ずることもあり、多職種によるチームでの関与が重要な治療の一つであ

る。

血 液 透 析 療 法 は主 に病 院 で実 施 されるため、病 院 薬 剤 師 は透 析 患 者 の

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病 態 を把 握 することが可 能 である。つまり、薬 剤 師 が透 析 患 者 へのチーム医

療 に積 極 的 に介 入 し、薬 物 療 法 の専 門 的 立 場 から患 者 のあらゆるデータを

把握して患者に適 した薬物療法を選 択し、医師と協議し、医療に貢 献するこ

とが医療の質的向上および医療安全の確保の面からも重要である。その薬剤

師の関わりにより、適切な医療の実施により透析患者の各種合併症を減少さ

せ、患者の QOL を向上させる効果が得られると考えられる。

著者は、チームにおける薬剤師が患者の病態・自覚所見・他覚所見・服薬

状 況 ・患 者 背 景 等 の情 報 収 集 ・薬物 治 療の検 討 ・処 方 提 案 ・薬 物 治 療 の評

価 等 、積 極 的 に介 入 することの臨 床 的 意 義 を明 らかにすることを目 的 に、透

析患者への薬剤師の介入について後ろ向きの観察研究を行った。さらに、血

液 透 析 治 療 において、チーム医 療 の中 で積 極 的 な薬 剤 師 の介 入 が薬 物 治

療に及ぼす影響について検討した。

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第 1 章 血液透析患者への薬剤師積極的介入

緒言

臨床において薬物治療で重要なことは、生理機能低下、臨床症状、そして

患 者 の個 別 性 を考 慮 し薬 物 を選 択 することである。加 えて起 こりやすい有 害

症 状 を把 握 し、有 用 性 と有 害 性 の有 無 を評 価 する必 要 がある。服 薬 アドヒア

ランス、日常生活動作(Activities of Daily Living:ADL)、嚥下機能、療養環

境 を含 めた総 合 的 な投 与 設 計 が必 要 である。そのために薬 剤 師 が職 能 を発

揮する必要がある(6)。

透 析 患 者 は慢 性 腎 臓 病 に伴 う骨 ・ミネラル代 謝 異 常 や腎 性 貧 血 、高 血 圧

等合併症のため複数の疾患に罹患していることが多く、その治療のため多剤

投 与 が一 般 的 である。医 師 は血 液 検 査 値 を基 に薬 剤 追 加 や用 量 変 更 等 の

治療方針を検討しているが、医師に課せられた負担は大きいのが現状である。

そのため、薬剤師はあらゆる患者データを確認し、医師とともに治療に介入す

べきである。また、薬 剤 師 が患 者 側 に立 ち、服 薬 の忘れやすい時 間 帯 はない

か、飲みにくい剤型はないか、副作用はないか等、患者のベッドサイドで聴くこ

とにより、服 薬 アドヒアランスや治 療 効 果 の向 上 にアプローチするという、医 師

とは異 なった視 点 からの取 り組 みも重 要 である。そして医 師 とともに症 状 を把

握し、医師と一緒に治療を検討することが重要である(7)。

水島協同病院(当院)では、これまで外来透析回診は医師と看護師のみで

行っていた。しかし、2008 年 4 月からは薬剤師が医師の回診に同行し、医師

の診 療 と同 時 に患 者 の血 液 検 査 結 果 、病 態 、患 者 との会 話 の中 から、薬 剤

の適正使用や副作用防止、服薬アドヒアランスの向上を目的に積極的・継続

的に介入している。「透析回診」は医師・薬剤師・看護師とのチーム回診のた

め、臨床上の検討事項や問題点の対策協議をその場で行うことができる。患

者 もその場 で治 療 に参 加 することが可 能 となっている。つまり、その場 で薬 剤

師 が医 師 と協 議 し治 療 に介 入 することで、患 者 の治 療 効 果 が向 上 し、さらに

副作用が軽減することが期待される。

しかし、情報共有はできるが治療方針の統一は難しく、また薬剤師のスキル

も一定ではない。そのため、医療従事者が各種疾患の治療を行っていく上で

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の一定の手順を示し、治療方針を画一化することも重要である。そのため、治

療アルゴリズムの作成は医療従事者が標準的な治療を行っていく上で極めて

重要である。これまで治療の標準化を目的に多くの疾患で治療ガイドラインの

作成が行われている。これを受け、各医療施設では施設に適応した治療アル

ゴリズムの作 成 を行 っている。しかしながら、透 析 治 療 においては、エリスロポ

エチン製 剤 による貧 血 治 療 や活 性 型 ビタミン D 製 剤 、カルシミメティックス

(calcimimetics)、新しいリン吸着薬等による慢性腎臓病に伴う骨・ミネラル代

謝異常症の治療等の治療アルゴリズムが作成されていないのが現状で、報告

論文も少ない。当院でも回診後の患者の検査値の変化に対して医師の治療

方 針 が個 々に相 違 があり、選 択 薬 剤 への理 解 も様 々であった。また、薬 剤 師

においても「日本透析医学会ガイドライン」を周知することは難しく、検査値異

常 と医 師 への処 方 提 案 について薬 剤 師 個 々に透 析 治 療 への介 入 の違 いが

あった。

本章では、如何にチーム医 療の一環として薬剤師が透析回診にて患者の

病 態 ・自 覚 所 見 ・他 覚 所 見 ・服 薬 状 況 ・患 者 背 景 等 の情 報 収 集 ・薬 物 治 療

の検 討 ・処 方 提 案 ・薬 物 治 療 の評 価 等 積 極 的 に外 来 透 析 チームに介 入 し、

処方提案、患者指導を行ったかを検討した。また、個々の薬剤師および医師

を含めた透析スタッフが同様な治療介入をおこなうためのアルゴリズムの作成

を行った(8)。さらに、アルゴリズム作成前後の臨床データを比較検討した。

1.1. 方法

2008年 4 月から水島協同病院にて血液透析を受けている患者を対象とし

た。全血液透析患者を 3 グループに分けた(表 1)。さらに、各グループを 2 群

に分け 6 群とした。薬剤師は1ヵ月間で 1 群あたり1回、計 6 日間、透析回診

に同行した。1回の透析回診では薬剤師1名あたり平均約 30 名程度の患者

を担当した。透析回診前、回診中、回診後の薬剤師の業務内容について検

討を行った。

また、「日 本 透 析 医 学 会 ガイドライン」(9-11)に基 づき、「透 析 患 者 貧 血 ア

ルゴリズム」(図 1)、「透 析 患 者 の貧 血 治 療 フローチャート」(図 2)、「血 清 リン

値と血清補正カルシウム値治療管理アルゴリズム」(図3)、「二次性副甲状腺

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機能亢進症治療アルゴリズム」(図4)を作成した。

表 1 透析患者の担当グループ分け

①火・木・土 午前透析患者・入院透析患者

②月・水・金 午前透析患者

③夜間透析患者

図1 透析患者貧血アルゴリズム

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図2 透析患者の貧血治療フローチャート

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炭酸ランタン増減  250mg 3錠/日 ⇔ 250mg 6錠/日 ⇔ 250mg 9錠/日 胃腸障害に留意250mg 9錠まで

・ビタミンD減量または中止・P吸着剤増量・食事指導(P制限)・コンプライアンス確認・食事と服用時間の聴取

炭酸Ca増減

セベラマー増減

ビタミンD増減

 1g(500mg2錠) ⇔ 1.5g(500mg3錠) ⇔ 2g(500mg4錠) ⇔ 3g(500mg6錠)         高Ca値に留意3gまで

 0.25μg 1錠/日 ⇔ 0.25μg 2錠/日 ⇔ 0.25μg 3錠/日 ⇔ 1μg 1錠/日

 250mg 3錠/日 ⇔ 250mg 6錠/日 ⇔ 250mg 9錠/日 ⇔ 250mg 12錠/日         ⇔  ⇔  ⇔  ⇔  ⇔ 便秘に留意250mg 20錠まで

Alb・Ca・Pチェック

血清Alb値<4.0g/dLの患者のみ補正カルシウム算出

=(4-Alb値)+血清Ca値

炭酸カルシウム ↑ビタミンD↑

低  ←         血清リン値         →   高

8

10

現行の治療続行PTHの適正化

低←

 補正カルシウム →

炭酸カルシウム ↓ビタミンD↓

セベラマー ↓

炭酸カルシウム↓ビタミンD↓

セベラマー ↑

炭酸カルシウム ↓ビタミンD↓

セベラマー ↑炭酸ランタン↑

3.5 6

炭酸カルシウム↑ビタミンD↑

 等 価

500mg

750mg

250mg

炭酸CaでPのコントロールができないとき

にビタミンD減量

食事摂取量栄養状態の評価

高Caの要因を探る

炭酸カルシウム ↑ビタミンD↓

セベラマー ↑炭酸ランタン↑

炭酸カルシウム ↓セベラマー ↓

炭酸カルシウム ↑(ビタミンD↓)

図3 血清リン値・補正カルシウム値治療管理アルゴリズム

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 Whole-PTHでは目標値35~100pg/ml

シナカルセト(レグパラ®)使用投与中のビタミンD製剤中止Ca非含有P吸着剤の検討

併用療法

マキサカルシトール:カルシトリオール=7~8μg:1μgマサカルシトール(オキサロール®)は半減期が短いため週3回投与

カルシトリオール(ロカルトロール®)は週1~3回ロカルトロール®0.5μg<オキサロール®5μ<ロカルトロール®1μ<オキサロール®10μ

ファレカルシトリオール(ホーネル®)0.15μgファレカルシトール(ホーネル®)0.3μg

カルシトリオール(ロカルトロール®)開始/増量マサカルシトール(オキサロール®)開始/増量

Ca.≧9.5mg/dL Ca.<9.5mg/dL

60~180 pg/ml

int-PTHチェック

180pg/ml≦

i-PTH 

薬物療法で管理目標の実現を目指す

血清P補正Ca濃度の管理目標値

血清P濃度 3.5~6.0 mg/dL

血清補正Ca濃度 8.4~10.0 mg/dL

図4 二次性副甲状腺機能亢進症治療アルゴリズム

薬 剤 師 は回 診 の前 日 までに各 患 者 の薬 歴 と血 液 検 査 の主 要 項 目 につい

て調 査 を行 い、前 月 値 との比 較 、正 常 値 との乖 離 の程 度 、影 響 を及 ぼす内

服薬、注射薬との照合を行い、「回診チェックリスト」を作成した(図5)。

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今月 前月 協議事項(疑義・処方提案)

ネスプ® ・ エポジン® フェジン®

薬剤名

TDM結果

ワーファリン®   有  無

Alb

HANP

BNP

CTR

糖尿病薬

透析前血圧

透析中血圧

透析後血圧

体重増加

P

intPTH

HbA1c

Gl-Ab

炭酸Ca®・フォスブロック®・ホスレノール®

レグパラ®・ロカルトロール®・オキサロール®

補正Ca (4-Alb)+血清Ca

ALP

ビタミンD〔       〕

栄養剤

アーガメート®・カリメート®

PT-INR

K

現在使用薬剤と使用量

回診チェックリスト(     月)

Hb

Fe

フェリチン

TSAT

PLT

・補正カルシウムを計算・補正カルシウム値、P値、

intPTH値を 評価し、現在投与されている薬剤を確認

・服薬コンプライアンス確認・投与薬剤による低・高カル

シウムなどの副作用の発現の有無を確認

・前月と比較し投与薬剤をア

Hb値を前月と比較、現在のEPO製剤の使用量をアルゴリズムによって評価

ワーファリン®投与量の評価

食事摂取量の評価栄養士との連携

・前月との比較・低血糖の有無確認・投与薬剤の評価・インスリン施行法の確認・食事摂取量の評価・栄養士との連携

・透析前後血圧比較・家庭血圧値の確認・投与薬剤の評価(降圧剤・昇圧剤)・DWの評価

・投与量の評価・副作用チェック

図5 回診チェックリスト

また、透 析 回 診 中 には、患 者 の臨 床 検 査 値 の異 常 値 とその原 因 となる要

因および処方内容等を医師と確認および協議した。さらに、患者へ検査値の

異常値の要因となる薬剤の服薬コンプライアンス、食事内容等および生活習

慣の聴き取りをおこない医師、栄養士と協議した。一方、患者の訴えを医師と

同時に聴取し、その中で処方追加および変更提案を行い、治療薬物モニタリ

ング(Therapeutic Drug Monitoring:TDM)等の検査項目の追加提案を行っ

た。そして、医 師 と治 療 方 針 を決 定 し、処 方 入 力 補 助 を行 った。患 者 へは処

方 決 定 、処 方 変 更 等 の服 薬 指 導 を行 った。場 合 によっては医 師 とともに、合

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併 症 の早 期 発 見 、患 者 の訴 えに対 する処 方 提 案 、使 用 薬 剤 の有 効 性 の評

価、副作用の早期発見のため足背動脈の触診、肺音の聴診を行った。回診

終了後に回診患者の多職種カンファレンスを行った。

回 診 終 了 後 、患 者 のカルテへ薬 剤 指 導 等 情 報 の記 載 を行 い、他 職 種 へ

の情報提供を行った。さらに、担当薬剤師は医療安全の観点から、他の薬剤

部スタッフにも調剤時に薬剤の変更が確認できるように「透析患者ワークシー

ト」を作 成 した(図 6)。また、「透 析 患 者 ワークシート」を用 いて定 期 処 方 の指

示変更や薬物治療の継続を調剤前に確認した。

さらに、2010 年、2011 年、2012 年において、貧血の臨床指標である目標

ヘモグロビン値を評価した。基準値は 10.0〜11.5 g/dL として、その達成率を

比較検討した。また、骨・ミネラル代謝異常症の治療の臨床指標としては 腎

不全患者においてカルシウム・リン積値が高値の症例では、血管石灰化が促

進されることが示されている。そこで、補正 カルシウム・リン積 値 は血管 石 灰化

を避けるため 55 未満を目標とされている(12)。そのため、補正カルシウム・リン

積値の目標値を 55 未満と定め、その達成率を比較検討した。

薬剤師の透析外来患者への薬剤師業務の要約を図7に示す。

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図6 薬剤部内における透析患者ワークシート例(情報共有ツール)

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図7 薬剤師の「透析回診」同行業務フローチャート

1.2. 結果

貧 血 に関 しては赤 血 球 造 血 刺 激 因 子 製 剤 (erythropoiesis stimulating

agent :ESA) 療法の目標へヘモグロビン値は 10.0〜11.5 g/dL とし、またヘ

モグロビン値 が 12 g/dL を超える場合は減量・休薬を提案した。さらに、鉄

補 充 療 法 において、トランスフェリン飽 和 度 (transferrin saturation:TSAT)

が 20%以下、血清フェリチン濃度 60 ng/mL 以下を指標とし、鉄補充療法の

開 始 検 討 を行 った。鉄 剤 は医 師 ・看 護 師 ・薬 剤 師 にて検 討 し、最 大 で週 1

回 3 ヵ月間ないしは透析毎に 13 回、透析終了時に、透析回路返血側よりゆ

っくりと投与することとした。また、赤血球造血刺激因子製剤療法低反応性が

疑 われる場 合 は、まず鉄 の評 価 、鉄 欠 乏 の有 無 を確 認 しアルゴリズムに従 い

処方提案した。

骨 ・ミネラル代 謝 異 常 症 治 療 に関 しては、原 則 として血 清 リン濃 度 が高 い

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場合は十分な透析量の確保およびリン制限の食事指導を基本とし、血清リン

濃度が低い場合は食事摂取量を含めた栄養状態の評価を行った。リン・カル

シウム・副甲状腺ホルモン(parathyroid hormone:PTH)の順に優先して薬剤

を選 択 し調 整 した。高 リン血 症 の場 合 はリン吸 着 薬 の開 始 、増 量 を考 慮 し、

場合によっては活性型ビタミン D 製剤の減量・中止を医師と検討した。また、

リン吸 着 薬 の服 用 については、確 実 に服 用 されているか(服 薬 コンプライアン

ス)を確認した。塩酸セベラマーは食直前、炭酸カルシウム・炭酸ランタンは食

直 後 の服 用 コンプライアンスを確 認 した。炭 酸 ランタンチュアブル錠 について

は噛み砕くということの徹底、高齢などで噛むことが困難な場合は細粒剤を処

方提案した。血清リン濃度が低い場合は、リン吸着薬の減量・中止を提案し、

場合によっては活性型ビタミン D 製剤の開始・増量を処方提案した。血清カ

ルシウム濃度が高い場合は、活性型ビタミン D 製剤や炭酸カルシウムの減量・

中止を提案し、PTH 高値を伴う場合にはシナカルセト塩酸塩の開始・増量を

提案した。血清カルシウム濃度が低い場合には、活性型ビタミン D 製剤や炭

酸 カルシウムの開 始 ・増 量 、シナカルセト塩 酸 塩 を投 与 している場 合 には減

量・中止を検討した。また、シナカルセト服用後 4〜8 時間で PTH 濃度が最

低になり、カルシウム濃度が 8〜12 時間で最低になることを勘案して評価する

ことが望ましいとされている。そのため、夕食後の服用を当院では推奨すること

とした。PTH が高値で、リン値もしくはカルシウム値が正常もしくは高値の場合

にはシナカルセト投 与 を、リン値 もしくはカルシウム値 が正 常 もしくは低 値 であ

る場合には活性型ビタミン D の投与を提案した(9)。

これらの点 より、薬 剤 師 が積 極 的 に介 入 するためのツールとして当 院 独 自

の「透析患者貧血アルゴリズム」(図 1)を 2011 年6月に作成した。また、「血清

リン値・補正カルシウム値治療管理アルゴリズム」(図 3)「二次性副甲状腺機

能亢進症治療アルゴリズム」(図 4)を 2012 年 5 月に作成した。目標ヘモグロ

ビン値への達成率に関しては、日本透析医学会が発表した 2012 年慢性透

析患者に対する集計では 2010 年では 34.5%、2012 年では 34.2%であった。

当院におけるアルゴリズム作成後の目標ヘモグロビン値への達成率は 40%以

上に達していることがわかった(図 8)。つまり、当院でのアルゴリズムの活用達

成効果が明らかとなった。また、補正カルシウム・リン積値への達成率も 65%

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17

以上に達していることがわかった(図 9)。つまり、これらの取り組みにより、透析

患者の合併症予防へ貢献している可能性が明らかとなった。

図 8 目標ヘモグロビン値(10.0〜11.5 g/dL)への達成率

図 9 補正カルシウム・リン積の目標値(55.0 未満)への達成率

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考察

薬剤師は透析患者への薬物治療に対して、その病態を理解し、専門的立

場から介入する必要がある。これまで、透析外来では医師が一度に多数の診

療 を行 う必 要 があり、問 題 点 の偏 りや漏 れを生 じやすい。さらに、診 療 日 と採

血結果の時間差により医師からの医療指示に遅れが生じやすかった。その他、

高リン血症が「サイレントキラー」といわれるように患者からの症状の訴えがない

ことより、検 査 値 異 常 が見 逃 される症 例 が散 見 された。さらに、検査 値 異 常 が

一 時 的 か経 時 的 か確 認 しにくい症 例 も認 められた。また、薬 剤 に対 する副 作

用確認、対応も難しい現状があった。これらの状況は医師の業務負担が大き

いことが最 も重 要 な問 題 と考 えられた。しかし、チーム医 療 の一 環 として薬 剤

師 が透 析 回 診 にて患 者 の病 態 ・自 覚 所 見 ・他 覚 所 見 ・服 薬 状 況 ・患 者 背 景

等の情報収集・薬物治療の検討・処方提案・薬物治療の評価等について積

極的に外来透析チームに介入し、処方提案、患者指導を行うことは医師の業

務 軽 減 となり、その結 果 患 者 の治 療 が適 正 に行 われると考 えられた。さらに、

薬 剤 師 が介 入 することで医 薬 品 の適 正 使 用 、副 作 用 の早 期 発 見 につながり

患者の病態改善に寄与することが明らかとなった。

平成 22 年 4 月 30 日付の厚生労働省医政局長通知では、「薬剤の種類、

投 与 量 、投 与 方 法 、投 与 期 間 等 の変 更 や検 査 のオーダについて、医 師 ・薬

剤師等により事前に作成・合意されたプロトコールに基づき、専門的知見の活

用を通じて、医師等と協働して実施すること、薬剤選択、投与量、投与方法、

投与期間等について、医師に対し、積極的に処方を提案すること」と明記され

ている(3)。さらに、臨 床 の場 において複 数 の薬 剤 師 が介 入 するためには薬

物治療・介入手順の標準化を図ることも重要である。そこで、当院独自のアル

ゴリズムを作 成することにより治療・看 護ケアの標準化や根拠に基づく医 療の

実 施 、チーム医 療 の推 進 や安 全 面 においても医 療 水 準 の向 上 が得 られたと

考えられた。つまり、この透析治療アルゴリズムを用いることは薬剤師個々の考

え方によらない統一の提案が容易となり、職種間での共通認識を得ることによ

り、血液透析治療の適正化、標準化が可能となった。

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第2章 慢性腎臓病に伴う骨・ミネラル代謝異常患者における薬剤師介入

の臨床的意義

緒言

腎臓は生体のリンやカルシウムなど生体のミネラル調節システムの

中で、そのバランスを保持する重要な役割を担っている。

慢性腎臓病で生ずるミネラル代謝異常は、骨や副甲状腺の異常のみ

ならず、血管の石灰化等を介して、生命予後に大きな影響を与える。

血清リン濃度は、主に尿中へのリン排泄によりコントロールされるが、

腎機能が低下した慢性腎臓病患者や透析患者ではリンの排泄が不十分

となり、高リン血症が起こり易い。この高リン血症の持続は、血管石

灰化を介し心血管疾患を引き起こし、患者の生命予後を著しく低下さ

せる。こうした背景から、慢性腎臓病に伴う骨・ミネラル代謝異常症

という概念が提唱され、各ガイドラインに過剰なカルシウム負荷を回

避し、リンをコントロールすることが明記されている (13, 14)。日本

透析医学会の慢性腎臓病に伴う骨・ミネラル代謝異常の診療ガイドラ

インでは血清リン値の管理目標値は 3.5 ~6.0 mg/dL とされているが、

透析のみでは十分にリンを除去できないケースも多い。その場合には

リンの摂取制限が必須となるが、過度な蛋白摂取の制限は栄養障害を

引き起こすことが指摘されている(9)。そのため、リン吸着剤が必要と

なる症例も多い。また、透析患者において低アルブミン血症の割合が

高いわが国では、総カルシウム値を用いると生理活性を反映するイオ

ン化カルシウム に比べて低値となることから、血清アルブミン濃度で

補正する必要がある。そして血清カルシウム 濃度の評価にあたり、同

時に血清アルブミン 濃度を測定して、Payne の式で血清補正カルシウ

ム値を計算することが妥当であるとされている(15)(図 10)。ガイド

図 10 Payne の補正式

Ca:血清カルシウム; Alb:血清アルブミン

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ラインでの血清補正カルシウムの管理目標値は 8.4~10.0 mg/dl とさ

れ、血清リン濃度、血清カルシウム濃度を適正にコントロールした場

合、PTH 濃度のみをコントロールするより予後がよいことが示されて

いる。そのため、管理目標を血清リン>血清補正カルシウム>PTH の

順に優先することを推奨すると明記されている(表 2)。つまり、生命

予後を重視したコントロール目標数値設定となっている。さらに、血

清リン値、血清補正カルシウム値の管理を優先した上で、血清 PTH 値

を管理目標値内に保つよう活性型ビタミン D 製剤(ファレカルシトリ

オール、カルシトリオール、マサカルシトール)もしくはシナカルセ

ト塩酸塩の投与を調整することが望ましいとされている。これまで、

透析患者での血清補正カルシウム値、血清リン値の高低により、9 個

のボックスを設定し、それぞれのボックスでの治療指針が提示されて

表 2 血清リン、補正カルシウム濃度管理目標と治療指針 ステートメント

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いる(図 11)。これは、二次性副甲状腺機能亢進症に対する治療とし

ても明記されている。しかし、これら指標となる検査値はさまざまな

因子の修飾を受けて値が変動する。さらに、薬剤の服薬タイミングは

薬物血中濃度に影響する。そのため、検査結果の評価にあたりミネラ

ル代謝に影響する採血時間や服薬コンプライアンスを確認する必要が

ある。つまり、検査結果から病態の評価や治療方針を決定する場合に

は、測定誤差や測定結果に影響するさまざまな因子に起因した変動を

考慮すべきであり、薬剤師の専門的介入が重要となってくる。

「血液透析療法」は病院で治療を受けるため、病院薬剤師は透析患者の

病態を把握することが可能である。つまり、薬剤師が透析患者へのチーム医

療に積極的に介入し、薬物療法の専門的立場から患者のあらゆるデータを

把握して患者に適した薬物療法を選択し、医師と協議し、医療に貢献するこ

とが医療の質的向上および医療安全の確保の面からも重要である。その薬剤

図 11 リン、カルシウムの治療管理法 『9 分割図』

P:リン; Ca:カルシウム

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師の積極的な介入が、適切な医療の実施を実現し透析患者の各種合併症

を減少させ、患者の生活の質(quality of life:QOL)を向上させる効果が得ら

れると考えられる。

そこで、本 章 では、透 析 患 者 に対 する薬 剤 師 の積 極 的 な介 入 の有 用 性 を

明 らかにすることを目 的 とし、調 査 研 究 を実 施 した。本 研 究 デザインは、後 ろ

向きの調 査研究とし、薬剤師介入前後における患者の病態改善の指標を臨

床検査値として検討を行った。具体的には、骨・ミネラル代謝異常の指標とし

て血清リン値および血清補正カルシウム値、血中インタクト PTH(intact-PTH)

値 に着 目 し、薬 剤 師 のチーム介 入 前 後 の臨 床 検 査 値 の推 移 を比 較 すること

により薬 剤 師 の積 極 的 な介 入 が病 態 の改 善 に寄 与 しているかについて検 討

を行った。

はじめに

生理的状態においては、副甲状腺、骨および腎臓の連携によるカルシウム

保 持 システムが存 在 している。細 胞 外 カルシウム濃 度 が低 下 し、副 甲 状 腺 の

カルシウム感知受容体でこれを感知すると、PTH が分必される。PTH は骨に

作用してカルシウム放出を促し、腎に作用してカルシウム保持を促進する。同

時に、骨より放出されたリンと重炭酸イオンを腎から体外へと排出する。さらに、

PTH により腎臓でのビタミン D の活性化が促進され、産生された活性型ビタミ

ン D は腸管へ作用しカルシウムの吸収を促進する。一方、細胞外カルシウム

濃度が正常に回復した場合は、カルシウムイオンと活性型ヒタミン D による副

甲状腺へのネガティブフィードバックが働き、副甲状腺からの PTH 分泌も正常

になる。このシステムにより長 期 的 なバランスが保 たれている(13)。しかし、慢

性 腎 不 全 では、さまざまなカルシウム、リンの代 謝 異 常 をきたし、結 果 として、

PTH が上昇する。このような変化は、保存期腎不全の段階からすでに始まっ

ている。

また、透析患者の QOL を損なう副甲状腺機能亢進症は、線維性骨炎とよ

ばれる脆 弱 な骨 に変 化 させるだけではなく、血 管 の石 灰 化 から生 命 予 後 をも

脅かす重大な問題である(16)。透析患者の長期管理において、カルシウム、

リン等のミネラルバランスの管理とともに副甲状腺細胞の増殖抑制、副甲状腺

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機 能 亢 進 症 の進 展 を抑 えることが重 要 である。そのため多 種 類 の薬 剤 による

治療法が行われているが、患者側の食事をはじめとする多様な因子が治療を

複 雑 化 している。また、リン吸 着 剤 による便 秘 等 の消 化 器 系 副 作 用 による服

薬コンプライアンスの悪化、炭酸カルシウムおよび活性型ビタミン D 製剤による

高 カルシウム血 症 、シナカルセトによる嘔 気 、腹 部 膨 満 感 等 の消 化 器 の副作

用の回避に向けて、薬剤師が医師・看護師と共同で治療に携わる必要がある。

薬 剤 師 が患 者 の状 態 、検 査 データ、患 者 背 景 を理 解 し、正 確 で適 正 な情 報

を患者、医師等へ提供し処方提案、服薬指導、生活・食事指導により患者の

自己管理、アドヒアランスを向上していくことが重要である。

2.1. 対象患者および方法

2007 年 11 月から 2008 年 10 月までに水島協同病院を受診した外来血液

透析患者(75 名)を対象とした(表 3)。臨床検査値の調査は薬剤師が回診

に参画する前 6 ヵ月間(2007 年 11 月~2008 年 4 月)と介入を開始した後

6 ヵ月間(2008 年 5 月 ~ 2008 年 10 月)の1年間とした。この期間内に

おける臨床検査値 (血清リン値、血清補正カルシウム値、intact-PTH 値) を

後 ろ向 きに調 査 した。なお、血 清 リン値 および血 清 補 正 カルシウム値 の治 療

管 理 目 標 値 、治 療 指 針 、 intact-PTH 値 の管 理 目 標 については日 本 透 析

医学会の「透析患者における二次性副甲状腺機能亢進症治療ガイドライン」

および「血 清 リン・カルシウム濃 度 の管 理 指 針 」を参 考 にした。本 研 究 は水 島

協同病院倫理委員会の承認を得て実施した。

2.2. 統計処理

値はそれぞれ平均値±標準偏差で示した。統計処理は 2 群間の検定には

Mann-Whitney U 検定を用いた。危険率 5%未満(P<0.05)の場合を有意差

ありとした。

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表 3 患者背景(血清リン値低値・目標値・高値群別患者比較)

低値群 目標値群 高値群

3.4 mg/dL 以下 3.5~6.0 mg/dL 6.1 mg/dL 以上

患者数 4 名 48 名 23 名

男女比 3 名:1 名 28 名:20 名 14 名:9 名

平均年齢 60.3±16.8 歳 63.1±12.7 歳 57.2±10.1 歳

2.3. 結果

血 清 リン値 、血 清 カルシウム値 の治 療 管 理 指 針 に基 づいた症 例 数 の経 時 的

変化

日 本 透 析 医 学 会 による「透 析 患 者 における二 次 性 副 甲 状 腺 機 能 亢 進 症

ガイドライン」の血 清 リン値 およびカルシウム値 治 療 管 理 指 針 を用 いて患 者 を

9 群に分類した ( 図 12)。治療管理指針の血清リン値、血清カルシウム値の

管理目標値である 5 群の患者群の割合は、薬剤師介入前は 40%であった

が、薬 剤 師 の介 入 後 には 54%と増 加 した。血 清 リン値 高 値 群 (7群 、8群、9

群 )においてはいずれも減 少 した。また、管 理 目 標 値 からどちらも高 い値 を示

している 9 群の患者群の割合は 12%から 1%に減少した (図 13)。

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図 12 血清リン値およびカルシウム値治療管理指針を用いた患者分類

Ca:カルシウム P:リン

薬剤師介入前 薬剤師介入後

1

911 1

17 30 3

21

2

3

5

6

8

9

0 (1%) (3%)(0%)

(4%) (40%) (23%)

(1%) (14%) (12%)

1

1 10 1

9 40 6

1 6

2

3

5

6

8

9

0(8%) (1%)(0%)

(8%) (54%) (12%)

(1%) (14%) (1%)

4 7 4 7

図 13 薬剤師介入前および介入後の患者数変化

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血清リン値の経時的変化

薬剤師介入前 6 ヵ月間の血清リン値の平均値により、低値群(3.4 mg/dL

以下)、目標値群(3.5~6.0 mg/dL)、高値群(6.1 mg/dL 以上)の 3 群に分

類し血清リン値を経時的に調査した。患者背景においては各群とも対象患者

の平均年齢に違いを認めなかった(表 3)。薬剤師介入前(2008 年 3-4 月)と

薬剤師介入後(2008 年 9-10 月)を比較したところ、高値群では薬剤師の介

入後、血清リン値の有意な低下を示した。一方、目標値群と低値群では有意

な変化を認めなかった(図 14)。

図 14 血清リン値群別の血清リン値の変化

前:薬剤師介入前(2008 年 3-4 月)

後:薬剤師介入後(2008 年 9-10 月)

** : P<0.01 vs 薬剤師介入前(Mann-Whitney U 検定)

全症例における intact-PTH 値の経時的変化

薬 剤 師 介 入 直 前 の intact-PTH 値 により重 症 度 分 類 を行 った(表 4)。

intact-PTH 値の重 症度別による症例数の経時的変化を検討したところ、薬

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剤師介入直前 2008 年 3-4 月から薬剤師介入後 2008 年 9-10 月までに

intact-PTH 値の管理目標値である 180 pg/mL 以下に属する患者の割合

は 46.4%から 52.2%に増加した。一方、管理目標値を大きく上回る( >500

pg/mL )患者の割合は 20.3%から 15.9%に減少した(図 15)。また、全症例

において、 intact-PTH 値は減少し高値群 ( > 500 pg /mL ) において有意

な減少が認められた (図 16)。

表 4 薬剤師介入直前の intact-PTH 値重症度分類による患者背景

患者数

患者数 平均年齢

男性 女性

180 pg/mL 以下 32 人 19 人 13 人 61.3 ± 14.1 歳

180 - 360 pg/mL 以下 17 人 10 人 7 人 62.8 ± 10.7 歳

361-500 pg/mL 以下 6 人 3 人 3 人 69.5 ± 15.9 歳

501 pg/mL 以上 14 人 9 人 5 人 56.9 ± 10.2 歳

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図 15 全症例における intact-PTH 値重症度別による症例数の変化

(n=69)

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図 16 全症例における重症度別 intact-PTH 値の変化

前:薬剤師介入前(2008 年 3-4 月)

後:薬剤師介入後(2008 年 9-10 月)

** : P<0.01 vs 薬剤師介入前(Mann-Whitney U 検定)

考察

透析患者では腎性貧血や高カリウム血症、心血管系疾患、慢性腎臓病に

伴う骨・ミネラル代謝異常などの合併症が見られ、それらの合併症は QOL お

よび ADL を低下させることで知られている。また、合併症の適切な治療にお

いては薬 物 療 法 ・生 活 指 導 が重 要 であり、適 切 な治 療 を行 うことで QOL を

高めることができる。これらのことより、複雑な病態を持つ透析患者に対して薬

剤 師 が職 能 を発 揮 し積 極 的 に介 入 することで適 切 な薬 物 療 法 を通 じ、患 者

の QOL を向上させることができると考えられる。

一方、合併症の中でも高リン血症は無症状であることが多く、血清リン値が

コントロールされないと二 次 性 副 甲 状 腺 機 能 亢 進 症 となり、骨 の脆 弱 化 や異

所性石灰化、イライラ感、かゆみ等の症状を呈し、QOL の低下をもたらす。さ

らに、骨病変を有している患者は合併症の中でも低い QOL スコアを示す

(17)。つまり、血 清 リン値 およびカルシウム値 の管 理 および二 次 性 副 甲 状 腺

機能亢進症の予防・治療は QOL だけでなく、生命予後の観点から見ても透

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析患者において非常に重要である。

そこで本 研 究 では血 液 透 析 患 者 に対 する薬 剤 師 の積 極 的 な介 入 および

服薬指導が患者の病態改善に寄与しているかについて後ろ向きの調査研究

を用 いて臨 床 検 査 値 の変 動 を検 討 した。その方 法 として薬 剤 師 が治 療 に介

入する前(各医師が独自で看護師と回診を行っていた期間)の6ヶ月間と、薬

剤 師 が治 療 への積 極 的 な介 入 を開 始 してからの6ヶ月 間 の臨 床 検 査 値 (血

清リン値およびカルシウム値)を因 子として比 較した。なお、薬剤師はあらかじ

め患者の血液検査データを確認し、前月データとの比較や処方薬との照らし

合 わせを行 った上 で医 師 による回 診 に同 行 し、医 師 と協 議 しながら、患 者 の

病 態 ・検 査 値 ・投 薬 内 容 ・生 活 習 慣 の観 点 から最 適 な薬 物 治 療 の検 討 し、

疑 義 照 会 、処 方 提 案 および患 者 への食 事 指 導 ・服 薬 指 導 を行 った。その結

果 、薬 剤 師 の介 入 前 において血 清 リン値 が高 値 であった患 者 群 では、薬 剤

師 の介 入 後 に血 清 リン値 の低 下 が認 められた。すなわち、血 清 リン値 の管 理

が不 十 分 であったと考 えられる患 者 では薬 剤 師 による経 時 的 な血 液 検 査 デ

ータ管理、処方薬の内容確認、服薬アドヒアランスの確認等の適切な管理に

より検査値の改善が認められたと考えられる。しかしながら、本群における血清

リン値は目標値内ではないことより、さらに継続した薬剤師の介入の必要性が

考 えられた。さらに、全 症 例 における intact-PTH 値 は薬 剤 師 の介 入 により

減 少 し た 。 薬 剤 師 介 入 に よ り intact-PTH 値 は 管 理 目 標 域 内

( <180pg/mL ) に 入 る 患 者 が 増 加 し た こ と よ り 、 薬 剤 師 介 入 に よ り

intact-PTH 値 は適 切 に管 理 されることが明 らかとなった。特 に、intact-PTH

高値群 ( >500 pg/mL ) において有意な減少が見られた。

本章では、外来患者で透析治療を行っている患者を母集団として後ろ向き

に検 討 を行 った。その結 果 、薬 剤 師 介 入 によって外 来 血 液 透 析 患 者 におけ

る血清リン値、血清補正カルシウム値および intact-PTH 値は適切にコントロ

ールされ、二 次 性 副 甲 状 腺 機 能 亢 進 症 は抑 制 されている可 能 性 が考 えられ

た。つまり、本結果は薬剤師の生活指導や服薬指導によるアドヒアランスの向

上 、医 師 への患 者 の病 態 に応 じた適 切 な処 方 提 案 等 が行 われたことの結 果

であると考えられる。

しかしながら、本 研 究 では本 結 果 に影 響 を与 える要 因 として、透 析 原 因 疾

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31

患、重症度、透析歴、副甲状腺摘出 術施行の有無などを考慮していない。さ

らに、食 事 や栄 養 状 態 をはじめとする生 活 習 慣 の影 響 および運 動 量 等 の生

活 背 景 についても検 討 を行 っていない。今 後 は症 例 を増 やし、これらの要 因

について群 分 けを実 施 し詳 細 に検 討 する必 要 がある。本 研 究 における薬 剤

師介入の有用性をさらに明らかにするためには、研究デザインとして対照群、

すなわち薬 剤 師 の介 入 を行 っていない患 者 群 との比 較 が必 要 である。本 研

究 の限 界 として日 常 診 療 内 での薬 剤 師 業 務 の調 査 を実 施 したことより、倫 理

的 に薬 剤 師 の非 介 入 群 を設 定 することが困 難 であった。今 後 は、多 施 設 共

同 研 究 として、第 1章 で明 らかにした治 療 アルゴリズムに基 づき、薬 剤 師 が介

入する施設と介入しない施設との比較検討が必要である。

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32

第 3 章 腎性貧血における薬剤師介入の臨床的意義

緒言

透 析 患 者 では、腎 でのエリスロポエチン産 生 低 下 、尿 毒 症 物 質 の貯 留 によ

る造血能低下と溶血亢進ならびに、透析に伴う赤血球溶血・喪失等が原因と

なり貧 血 が頻 発 する。貧 血 がもたらす臨 床 症 状 は、息 切 れ・めまい・立 ちくら

み・易疲労感・四肢の冷感・皮膚や粘膜蒼白等の組織への酸素供給の低下

に基 づくものと、心 悸 亢 進 ・動 悸 ・頻 脈 ・心 拡 大 ・労 作 時 呼 吸 困 難 等 の代 償

機構に基づくもの、さらには消化器系、筋肉系、内分泌系、生殖系への障害

等多岐にわたり、透析患者の ADL および QOL を著しく低下させる原因とな

っている(18)。つまり、腎性貧血は透析患者の合併症の中でも最も重要な合

併症である。この腎 性貧血に対して遺 伝子組換えヒトエリスロポエチン製剤が

開発され、貧血治療に貢献している。わが国でも 1990 年に透析患者で使用

が可能となり、QOL の改善等さまざまな好影響が報告されるとともに、透析導

入時の輸血も激減し、透析導入後の生命予後にも好影響を及ぼしていること

が報告されている。しかし、その一方で目標ヘモグロビン値や併用する鉄剤の

使用基準等に関 して新たな問題が提 起されてきた。これらの問 題を解決する

ために多 くの臨 床 試 験 が各 国 で行 われ、腎 性 貧 血 に対 するガイドラインが世

界中で策定されてきた。わが国でも 2004 年に血液透析患者を対象とした「慢

性 血 液 透 析 患 者 における腎 性 貧 血 治 療 のガイドライン」が策 定 された。その

後 に発 表 された他 の腎 性 貧 血 における大 規 模 臨 床 試 験 や、それに基 づく欧

米 ガイドラインの改 訂 、わが国 独 自 の臨 床 データの蓄 積 等 により再 度 検 討 が

重 ねられ、2008 年 に「慢 性 腎 臓 病 患 者 における腎 性 貧 血 治 療 のガイドライ

ン」が発表され、腎性貧血に対するガイドラインが作成・改変された。それによ

り、目 標 ヘモグロビン値 やエリスロポエチン製 剤 投 与 、鉄 剤 投 与 方 法 の標 準

化が行われた(10)。血液透析患者の貧血治療において、薬剤師が患者の症

状 、検 査 データ、投 与 薬 剤 の効 果 、処 方 歴 を確 認 し、正 確 で適 正 な情 報 を

医 師 へ提 供 し、患 者 の様 々なデータを専 門 的 に考 察 し処 方 提 案 、協 議 する

ことにより患者の病態改善へつながると考える。そこで薬剤師が医師と協議し

貧 血 治 療 に介 入 することが、患 者 の目 標 ヘモグロビン値への達 成 ・維 持 を可

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能にするかについて検討した。

はじめに

腎 性 貧 血 治 療 では、遺 伝 子 組 換 えヒトエリスロポエチン製 剤 が血 液 透 析 患

者に対して臨床使用可能になり、腎性貧血に伴う諸症状ならびに QOL の改

善や輸血の回避に寄与したばかりでなく、心血管性疾患の発症・進展を予防

すると考えられている。天然型エリスロポエチンに近いといわれる第 1 世代の遺

伝 子 組 換 えヒトエリスロポエチン製 剤 は、比 較 的 少 量 からより細 かく投 与 量 を

コントロールできる反面、血中半減期は 6~8 時間と短く、目標ヘモグロビン値

を維持するためには頻回投与が必要になる。長時間持続型の赤血球造血刺

激因子製剤として、第 2 世代のダルベポエチンアルファが登場した。ダルベポ

エチンアルファの血中半減期は 32~48 時間と遺伝子組換えヒトエリスロポエ

チンと比較して 6~8 倍に延長したため、投与頻度は週 1 回から 2 週に 1 回と

なり、少ない投与回数で十分な貧血管理と維持が可能になった。その一方で、

ダルベポエチンアルファは投 与 回 数 が少 なく投 与 量 を調 整 し難 いために、投

与早期やヘモグロビン値の上昇速度が急峻なときへの対応が難しく、不用意

な赤血球造血刺激因子製剤の増量はヘモグロビン変動 overshoot を来す恐

れがあり、血液流動性に影響を与えて心血管イベントのリスクを高めてしまうこ

とが危惧される。また、血液透析患者の腎性貧血管理目標について、腎性貧

血 を改 善 するだけではなく、最 小 の変 動 幅 で目 標 ヘモグロビン値 を維 持 する

ことや鉄 欠 乏 対 策 として、トランスフェリン飽 和 度 と血 清 フェリチン濃 度 を考 慮

しながら慎 重 かつ適 切 な鉄 補 給 を行 うこと、そして医 療 経 済 的 に妥 当 な治 療

を行 うことが重 要 で、赤 血 球 造 血 刺 激 因 子 製 剤 の投 与 量 の増 減 と鉄 補 給 の

タイミングが重 要 なポイントになる。さらに、赤 血 球 造 血 刺 激 因 子 製 剤 と鉄 補

給の効果には赤血球造血および鉄代謝のタイムラグを考慮しながら、腎障害

に伴 うエリスロポエチン産 生 能 の低 下 以 外 の要 因 (血 液 透 析 患 者 の赤 血 球

寿 命 の短 縮 等 )も加 味 する必 要 がある(10)。また、赤 血 球 造 血 刺 激 因 子 製

剤投与中は、ヘモグロビン値の急激な上昇による頭痛を代表とする自覚症状

や高 血 圧 増 悪 への対 応 、透 析 患 者 ではバスキュラーアクセス閉 塞 等 の有 害

事 象 への配 慮 が重 要 である。そのため、可 能 な限 り突 然 の休 薬 を避 け、ヘモ

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グロビン値 の低 下 早 期 より漸 増 的 な赤 血 球 造 血 刺 激 因 子 製 剤 の増 量 を行 う

等の対応が必要である。また、鉄の状態を評価し、赤血球造血に必要十分な

鉄 を補 充 することが、エリスロポエチン療 法 時 の目 標 ヘモグロビン値 の達 成 ・

維持と赤血球造血刺激因子製剤の投与量を適正化するために重要である。

一 方 、鉄 過 剰 状 態 を回 避 することも、ウイルス性 肝 炎 の増 悪 を防 ぎ、易 感 染

性や臓器障害の回避等、副作用の観点から重要である(19)。また、場合によ

っては赤 血 球 造 血 刺 激 因 子 製 剤 抵 抗 性 に関する補 助 療 法 も検 討 が必 要 で

ある。このように、ヘモグロビン変動を起こさず最小の変動幅で目標ヘモグロビ

ン値 を維 持 するための赤 血 球 造 血 刺 激 因 子 製 剤 の選 択 、適 切 な鉄 剤 の投

与を行うためには薬剤師による薬物治療の専門的な介入が必要であり、他職

種と協働する治療やケアには高い効果が得られると考えられる。

そこで、透 析 患 者 への薬 剤 師 の介 入 を評 価 するため、透 析 患 者 の貧 血 治

療に着目した。まずは薬剤師積極的介入前後の貧血の指標である血中ヘモ

グロビン値をカルテより後ろ向きに調査を行い、その値の変化より薬剤師の介

入 の意 義 を検 討 した。さらに、薬剤 師 が参画 した透析 回 診 業 務 に介 入 してき

た3年間の患者データのヘモグロビン値についても後ろ向きに調査し、薬剤師

による積極的な外来透析患者への介入の継続的意義について検討した。

3.1 方法

2007 年 11 月から 2008 年 10 月および 2011 年 4 月までに継続して当院に

て血液透析を行っている患者を調査対象患者とし、後ろ向きに調査を行った。

2008 年 10 月までの患者は男性 48 名、女性 36 名の合計 84 名であった。

2011 年 4 月までの患者は男性 33 名、女性 28 名の合計 61 名であった。ヘ

モグロビン値 は、薬 剤 師 が積 極 的 に薬 物 療 法 への介 入 を開 始 する前 (医 師

主導の治療期間) 6 ヶ月間(2007 年 11 月~2008 年 4 月)と介入を開始して

6 ヵ月間(2008 年 5 月~10 月)および3年後(2010 年 11 月~2011 年 4 月)

の値を使用した。調査期間におけるヘモグロビン値の変化を調査した。ヘモグ

ロビン値の管理目標値は 2008 年版日本透析学会「慢性腎臓病患者におけ

る腎性貧血治療のガイドライン」を参考にした。すなわち、ヘモグロビン値が 10

g/dL 以下を低値群、10-12 g/dL を目標値群、12 g/dL 以上を高値群とした。

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なお、本研究は水島協同病院倫理委員会の承認を得て実施した。

3.2. 統計処理

値はそれぞれ平均値±標準偏差で示した。統計処理は 2 群間の検定には

Mann-Whitney U 検 定 を用 いた。 危 険 率 5%未 満 の場 合 を有 意 と判 定 し

た。

3.3. 結果

薬 剤 師 介 入 前 ではヘモグロビン低 値 群 の患 者 数 および平 均 ヘモグロビン

値 は増 加 した。高 値 群 において患 者 数 は増 加 した(表 5)。一 方 、薬 剤 師 介

入後ではヘモグロビン低値群の患者数は減少し、平均ヘモグロビン値は増加

した。高値群では患者数は減少し、平均ヘモグロビン値は減少した。それによ

り、目標値群の患者数は増加した(表 6)。

表 5 薬剤師介入前のヘモグロビン値別の患者数および平均ヘモグロビン

値の変化

薬剤師介入前 (2007 年 11 月~2008 年 4 月)

2007 年

11 月

2008 年

3 月

患者数の

変化

平均ヘモグロビン値の

変化

低値群 38 人 26 人 -12 人 0.8 g/dL 増加

目標値群 40 人 45 人 +5 人 0.2 g/dL 増加

高値群 6 人 13 人 +7 人 1.3 g/dL 減少

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表 6 薬剤師介入 6 ヵ月後のヘモグロビン値別の患者数および平均ヘモグロ

ビン値の変化

薬剤師介入後(2008 年 4 月~10 月)

2008 年

4 月

2008 年

10 月

患者数の

変化

平均ヘモグロビン値の

変化

低値群 26 人 17 人 -9 人 1.7 g/dL 増加

目標値群 45 人 61 人 +16 人 0.2 g/dL 減少

高値群 13 人 6 人 -7 人 1.0 g/dL 減少

また、ヘモグロビン値の変化においては、薬剤師介入前(医師主導の治療

期 間 )では低 値 群 患 者 において目 標 値 へ達 成 する割 合 が増 加 したが、高 値

群の治療が困難化し、目標値群に関しても高値を示す傾向があった(図 17)。

しかし、薬 剤 師 介 入 後 は介 入 直 前 のヘモグロビン値 の平 均 値 と比 較 して、

徐 々に治 療 目 標 値 へ達 成 し、目 標 値 群 も維 持 でき、高 値 群 に関 しても目 標

値 を示 す傾 向 があった。つまり、薬 剤 師 の積 極 的 介 入 後 のヘモグロビン値 は

目標値を示した(図 18)。

さらに、血液透析患者の貧血治療に薬剤師が介入後の 3 年間に 関して

調査を行った。その結果、ヘモグロビン値は薬剤師の介入直前である 2008 年

4 月の平均ヘモグロビン値と比較して有意に改善された(図 19)。

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図 17 薬剤師介入前におけるヘモグロビン値群別の変化

* : P < 0.05 vs 2007 年 11 月(Mann-Whitney U 検定)

図 18 薬剤師介入後におけるヘモグロビン値群別の変化

** : P < 0.01 vs 2008 年 4 月(Mann-Whitney U 検定)

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図 19 薬剤師介入前と 2.5 年後平均ヘモグロビン値の経時的変化

** : P < 0.01 vs 2008 年 4 月(Mann-Whitney U 検定)

考察

腎 性 貧 血 は血 液 透 析 患 者 に頻 発 する合 併 症 であり、各 臓 器 の機 能 ととも

に QOL や予後を規定する大きな要因となる。腎性貧血の成因は①腎臓にお

ける貧血の程度に応じたエリスロポエチン産生の欠如②貯留した尿毒症物質

による骨 髄 造 血 の阻 害 ③赤 血 球 膜 脆 弱 化 による赤 血 球 寿 命 の短 縮 等 多 岐

にわたる。また、透 析 患 者 は体 外 循 環 に伴 う失 血 や食 事 制 限 、アスコルビン

酸欠乏を介する消化管の鉄吸収低下等により鉄欠乏性に陥りやすい。エリス

ロポエチン製剤投与開始後の造血亢進に伴い鉄の需要が増加して鉄欠乏と

なる場 合 も多 い(20)。そのため、鉄 の評 価 と補 充 療 法 が重 要 である。一 方 、

エリスロポエチン製 剤 に対 して低 反 応 性 (抵 抗 性 )を示 す症 例 や副 作 用 の発

現 、さらに鉄 剤 の過 剰 投 与 や鉄 剤 によるアナフィラキシーショックの既 往 、鉄

剤 投 与 の禁 忌 例 への投 与 等 エリスロポエチン製 剤 および鉄 剤 投 与 には十分

の注意が必要である。そのため、「医薬品の適正使用」という観点での薬剤師

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の果す責任はおおきく、透析患者への積極的な介入が求められる。

そこで、本研究では血液透析患者に対する薬剤師の積極的な介入および

服 薬 指 導 が患 者 の病 態 に対 して如 何 なる影 響 を及 ぼすかについて、後 ろ向

きの調 査 研 究 を実 施 した。本 章 では貧 血 の指 標 をヘモグロビン値 として検 討

を行 った。その方 法 として薬 剤 師 が治 療 に介 入 する前 、すなわち医 師 だけが

検査データで貧血管理を行った期間と、薬剤師が治療への積極的な介入を

開始してから 6 ヵ月間および長期の 3 年後のヘモグロビン値を比較した。薬剤

師 が介 入 していない期 間 、すなわち医 師 主 導 で貧 血 治 療 を行 っている期 間

の低 値 群 患 者 でのヘモグロビン値 は増 加 したが、高 値 群 では有 意 な減 少 は

認 められなかった。しかし、薬 剤 師 の介 入 後 は、薬 剤 師 の介 入 直 前 のヘモグ

ロビン値の平均値と比較すると、有意に治療目標値へ達成し、目標値群も維

持でき、高値群に関しても有意に目標値を示していた。さらに、この作用は 3

年 後 も継 続 して適 正 値 に維 持 されていることが明 らかになった。すなわち、薬

剤 師 の積 極 的 介 入 後 のヘモグロビン値 の目 標 値 を示 す患 者 が増 加 した。し

かし、患者のヘモグロビン値に影響を与える要因として、エリスロポエチン製剤

の使用が考えられる。現在使用されているエリスロポエチン製剤は第 1 世代の

遺伝子組換えヒトエリスロポエチン(血中半減期 6~8 時間)、第 2 世代のダル

ベポエチンアルファ(血中半減期 32~48 時間)と第 3 世代のエポエチンベー

タペゴル(血中半減期 71~208 時間)があり、本研究期間においてエポエチン

ベータペゴルが新規に上市され、その使用によりヘモグロビン値に影響を与え

ることが考えられた。しかし、当院では本期間中、エリスロポエチン製剤の使用

は新 規 採 用 がなく同 じエリスロポエチン製 剤 にて治 療 が行 われたため、治 療

の質によるバイアスはかからなかったと考える。しかし、第2章で記述した通り、

透 析 原 因 疾 患 、重 症 度 、透 析 歴 、食 事 や栄 養 状 態 をはじめとする生 活 習 慣

の影響および運動量などの生活背景については検討を行っていない。この点

を考慮した研究を今後行う必要がある。

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図 20 ヘモグロビン値の目標値群と低値群におけるアルブミン値の変化

* : P < 0.05 vs 目標値群(Mann-Whitney U 検定)

一方、本研究においてエリスロポエチン製剤投与によってもヘモグロビン値

が目 標 値 に達 しない患 者 群 に関 してさらに検 討 を行 った。その結 果 、この低

値群ではアルブミン値が低いことが明らかとなった(図 20)。本作用については

明確な病態機序は不明であるが、栄養管理を含めた管理の必要性が考えら

れた。

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総括および結論

薬剤師は、医師・看護師をはじめ他の医療従事者と連携して、医薬品の適

正使用の実践を行い、正確かつ適正な医薬品情報の提供を行う必要がある。

そこで本研究は、医薬品適正使用のための薬剤師介入の必要性、プロトコー

ルの構築、チーム医療における薬剤師介入の有用性を透析治療に着目して

研究を行った。

第1章では薬剤師が透析回診に参画し、医師の診療と同時に患者の病態

を医 師 と協 議 し、薬 の適 正 使 用 や処 方 提 案 、副 作 用 防 止 、患 者 のアドヒアラ

ンスの把 握 を行 う等 透 析 治 療 に積 極 的 に介 入 した。そのため、「透 析 患 者 貧

血治療アルゴリズム」、「血清リン値・カルシウム値治療管理アルゴリズム」およ

び「二次性副甲状腺機能亢進症治療アルゴリズム」を作成し、積極的に薬剤

師 が介 入 することで、臨 床 指 標 となっている目 標 ヘモグロビン達 成 率 を向 上

することが明 らかになった。つまり、透 析 患 者 の貧 血 治 療 の臨 床 改 善 効 果 を

明らかにした。また、目標補正カルシウム・リン積値の達成率も向上することが

でき、透析患者の合併症予防に寄与していることが明らかになった。

第2章では、骨・ミネラル代謝異常の指標として血清リン値および血清補正

カルシウム値、血中 intact-PTH 値に着目し、薬剤師のチーム医療介入前後

の臨 床 検 査 値 の推 移 を比 較 することにより薬 剤 師 の積 極 的 な介 入 と病 態 の

改善について検討を行った。その結果、薬剤師が透析治療に積極的に介入

することで、血 清 リン値 、血 清 補 正 カルシウム値 を治 療 管 理 指 針 の管 理 目 標

値 に推 移 することができ、透 析 患 者 の骨 ・ミネラル代 謝 異 常 症 の改 善 効 果 示

すことが明 らかとなった。薬 剤 師 による経 時 的 な血 液 検 査 データ管 理 、処 方

薬の内容確認、服薬アドヒアランスの確認等の適切な管理により検査値の改

善に寄与していると考えられた。さらに、 薬剤師の介入により intact-PTH 値

は適 切 にコントロールされ、二 次 性 副 甲 状 腺 機 能 亢 進 症 は抑 制 されていると

考えられた。

第 3 章では、透析患者の貧血治療において薬剤師の積極的介入により

ヘモグロビン値 が目 標 値 に維 持 され、さらに、この作 用 は3年 後 も継 続 してい

ることが明らかになった。

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しかしながら、本 研 究 は臨 床 検 査 値 の推 移 を後 ろ向 きに検 討 したものであ

ることより、どのような薬剤師の介入が病態改善に寄与したのか明確ではない。

明 確 にしていくためには、薬 剤 師 介 入 群 と非 介 入 群 との比 較 を行 う必 要 があ

り、今後は多施設共同の研究を行う必要があると考える。

現 在 、薬 物 治 療 は多 剤 投 与 、服 用 法 ・服 用 時 間 等 の複 雑 化 、服 薬 アドヒ

アランスの悪化等の問題も多い。本研究の結果より、薬剤師が専門性を活か

し、医 師 の診 療 と同 時 に患 者 の病 態 ・自 覚 所 見 ・他 覚 所 見 を医 師 と協 議 し、

薬の適正使用や服薬状況・患者背景等の情報収集・薬物治療の検討・処方

提 案 ・薬 物 治 療 の評 価 を行 い、副 作 用 防 止 、患 者 の服 薬 アドヒアランスの把

握をすることが、患者に安全で最適な医療を提供するために重要であることを

明らかにした。

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