食品成分β–カロテンがヒト単球系免疫細胞に及ぼす影響の解析14...

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14 食品成分β–カロテンがヒト単球系免疫細胞に及ぼす影響の解析 徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部・准教授 山西 倫太郎 ■ 目 的 ヒトの単球系培養細胞 THP⊖1 に対するβ カロテンの影響を検討解析した。この ⓘⓝ ⓥⓘⓣⓡⓞ 実験によ り、ヒト(個体)の免疫系に対してβ カロテンが及ぼす酸化・抗酸化面での影響、ひいては免疫機能へ の影響について推測する材料を得ることが、本研究の目的とするところである。 ■ 方 法 THP⊖1 細胞は、5牛胎児血清入り RPMI ⊖1640 培地(ペニシリン・ストレプトマイシン含有)で、 CO25%・空気 95%の下、37℃で継代培養した。マクロファージへの分化誘導には、100 μ M phorbol 12⊖myristate 13⊖acetate を添加した培地で 48 時間培養した。β カロテンはテトラヒドロフランに溶解 させた後、培地に加え、この培地を用いて細胞を培養した後、各種の分析を行った。それらの分析方 法を以下に示す。 細胞に蓄積したβ カロテン量は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)において波長 450nm での吸 光度により測定した。細胞中のチオバルビツール酸反応性物質(TBARS)は、蛍光分光光度計により励 起波長 515nm ・蛍光波長 553nm で測定した。細胞に含まれる総グルタチオン量は、グルタチオンレダ クターゼと 5,5ʼジチオビス(2⊖ニトロ安息香酸)を用いるリサイクリング法を用いて 412nm での吸光 度により測定した。グルタミン酸システインリガーゼ(GCL)の mRNA 量は、特異的プライマーを用い real⊖time RT⊖PCR 法により定量した。細胞内の抗酸化性は、細胞内でジクロロフィルオレシンアセテート(DCFH⊖DA)から生じた DCF 量を、励起波長 485nm ・蛍光波長 538nm を用いて測定するこ とにより、相対的に評価した。 ■ 結果および考察 培地中のβ カロテン濃度を増加させると、細胞から抽出されるβ カロテン量も多くなることから、 β カロテンは、培地と細胞との濃度勾配に相依存して、THP⊖1 細胞に蓄積することが明らかとなっ た。また、細胞の TBARS 量も培地中のβ カロテン濃度と正の相関を示した。これは、THP⊖1 細胞に 蓄積したβ カロテン and/or 膜脂質の一部が、酸化されることを示しており、酸化される量がβ カロ テン蓄積量に依存していることを意味している。さらに、細胞中のグルタチオン量も同様に、培地中 のβ カロテン濃度と正の相関を示した。これは、グルタチオン合成の律速酵素である GCL が抗酸化 応答として誘導されたため、生じたものと考えられる。実際、GCL を構成する二つのサブユニットの mRNA 量がβ カロテンとのインキュベート後に増加した。一方、細胞内のレドックス状態の指標であ DCF 量は、β カロテン濃度と逆相関性を示した。このことは、β カロテンの存在に起因する細胞 GSH の増加が、真に細胞内の抗酸化に寄与していることを示している。細胞内には、種々のレドッ クス感受性因子が存在しており、β カロテンがそれらの因子の機能性に影響を及ぼす可能性が示され たわけである。マウスにおいては、抗原呈示細胞内の GSH 量が、その細胞機能に影響するという報告 がいくつかある。本研究により、ヒトのマクロファージ培養細胞に対して、β カロテンが抗酸化性を 高める効果を発揮することが明らかとなった。このことは、ヒト個体においても、β カロテンが免疫 系の機能保持または亢進に寄与する可能性を示している。 ■ 結 語 β カロテンがヒトマクロファージ培養細胞 THP⊖1 細胞に抗酸化影響を及ぼすことを明らかにした ことにより、抗原呈示細胞機能などのヒトの免疫機能に対してβ カロテンが影響を及ぼす可能性を示 唆した。

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食品成分β–カロテンがヒト単球系免疫細胞に及ぼす影響の解析

徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部・准教授 山西 倫太郎

■ 目 的ヒトの単球系培養細胞 THP⊖1 に対するβ⊖カロテンの影響を検討解析した。この ⓘⓝ ⓥⓘⓣⓡⓞ 実験によ

り、ヒト(個体)の免疫系に対してβ⊖カロテンが及ぼす酸化・抗酸化面での影響、ひいては免疫機能への影響について推測する材料を得ることが、本研究の目的とするところである。

■ 方 法THP⊖1 細胞は、5% 牛胎児血清入り RPMI⊖1640 培地(ペニシリン・ストレプトマイシン含有)で、

CO25%・空気 95%の下、37℃で継代培養した。マクロファージへの分化誘導には、100μM phorbol 12⊖myristate 13⊖acetate を添加した培地で 48 時間培養した。β⊖カロテンはテトラヒドロフランに溶解させた後、培地に加え、この培地を用いて細胞を培養した後、各種の分析を行った。それらの分析方法を以下に示す。

細胞に蓄積したβ⊖カロテン量は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)において波長 450nm での吸光度により測定した。細胞中のチオバルビツール酸反応性物質(TBARS)は、蛍光分光光度計により励起波長 515nm・蛍光波長 553nm で測定した。細胞に含まれる総グルタチオン量は、グルタチオンレダクターゼと 5,5ʼ⊖ジチオビス(2⊖ニトロ安息香酸)を用いるリサイクリング法を用いて 412nm での吸光度により測定した。グルタミン酸システインリガーゼ(GCL)の mRNA 量は、特異的プライマーを用いた real⊖time RT⊖PCR 法により定量した。細胞内の抗酸化性は、細胞内でジクロロフィルオレシン⊖ジアセテート(DCFH⊖DA)から生じた DCF 量を、励起波長 485nm・蛍光波長 538nm を用いて測定することにより、相対的に評価した。

■ 結果および考察培地中のβ⊖カロテン濃度を増加させると、細胞から抽出されるβ⊖カロテン量も多くなることから、

β⊖カロテンは、培地と細胞との濃度勾配に相依存して、THP⊖1 細胞に蓄積することが明らかとなった。また、細胞の TBARS 量も培地中のβ⊖カロテン濃度と正の相関を示した。これは、THP⊖1 細胞に蓄積したβ⊖カロテンand/or 膜脂質の一部が、酸化されることを示しており、酸化される量がβ⊖カロテン蓄積量に依存していることを意味している。さらに、細胞中のグルタチオン量も同様に、培地中のβ⊖カロテン濃度と正の相関を示した。これは、グルタチオン合成の律速酵素である GCL が抗酸化応答として誘導されたため、生じたものと考えられる。実際、GCL を構成する二つのサブユニットのmRNA 量がβ⊖カロテンとのインキュベート後に増加した。一方、細胞内のレドックス状態の指標である DCF 量は、β⊖カロテン濃度と逆相関性を示した。このことは、β⊖カロテンの存在に起因する細胞内 GSH の増加が、真に細胞内の抗酸化に寄与していることを示している。細胞内には、種々のレドックス感受性因子が存在しており、β⊖カロテンがそれらの因子の機能性に影響を及ぼす可能性が示されたわけである。マウスにおいては、抗原呈示細胞内の GSH 量が、その細胞機能に影響するという報告がいくつかある。本研究により、ヒトのマクロファージ培養細胞に対して、β⊖カロテンが抗酸化性を高める効果を発揮することが明らかとなった。このことは、ヒト個体においても、β⊖カロテンが免疫系の機能保持または亢進に寄与する可能性を示している。

■ 結 語β⊖カロテンがヒトマクロファージ培養細胞 THP⊖1 細胞に抗酸化影響を及ぼすことを明らかにした

ことにより、抗原呈示細胞機能などのヒトの免疫機能に対してβ⊖カロテンが影響を及ぼす可能性を示唆した。