人道に対する罪における 行為主体の「組織」要件に …111...

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109 人道に対する罪における 行為主体の「組織」要件について 政策要素と非国家主体をめぐる論点を中心に 千住 貞保 (オステン研究会 4 年) Ⅰ はじめに Ⅱ 人道に対する罪の生成過程と歴史的沿革 1 ニュルンベルク・東京裁判以前 2 ニュルンベルク・東京裁判 3 冷戦期 4 二つのアド・ホック法廷 5 ローマ会議 6 小 括 Ⅲ ローマ規程に関する見解の対立 1 ローマ規程上の「組織」要件をめぐる解釈 2 ケニアの事態の検討 3 論点の整理 4 小 括 Ⅳ おわりに Ⅰ はじめに 人道に対する罪は「国際社会全体の関心事である最も重大な犯罪」として、国 際刑事裁判所(以下、ICCが管轄権を行使しうる四つある中核犯罪 1のうちの一 つである。第二次世界大戦後の戦後処理として開廷されたニュルンベルク・東京 の両軍事裁判で初めて文民の基本的な人権に対する大規模な国家による侵害を処

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Page 1: 人道に対する罪における 行為主体の「組織」要件に …111 うように解釈することは困難である。また同規定において、国家と組織とを区別

109

人道に対する罪における 行為主体の「組織」要件について

―政策要素と非国家主体をめぐる論点を中心に―

千住 貞保 (オステン研究会 4 年)

Ⅰ はじめにⅡ 人道に対する罪の生成過程と歴史的沿革

1 ニュルンベルク・東京裁判以前2 ニュルンベルク・東京裁判3 冷戦期4 二つのアド・ホック法廷5 ローマ会議6 小 括

Ⅲ ローマ規程に関する見解の対立1 ローマ規程上の「組織」要件をめぐる解釈2 ケニアの事態の検討3 論点の整理4 小 括

Ⅳ おわりに

Ⅰ はじめに

人道に対する罪は「国際社会全体の関心事である最も重大な犯罪」として、国

際刑事裁判所(以下、ICC)が管轄権を行使しうる四つある中核犯罪1)のうちの一

つである。第二次世界大戦後の戦後処理として開廷されたニュルンベルク・東京

の両軍事裁判で初めて文民の基本的な人権に対する大規模な国家による侵害を処

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罰するために生成されたこの犯罪概念は、その後、旧ユーゴ国際刑事裁判所(以

下、ICTY)及びルワンダ国際刑事裁判所(以下、ICTR)という二つのアド・ホッ

ク法廷の規程を経て、国際刑事裁判所規程(以下、ローマ規程)第 7条に「人道

に対する犯罪」2)として1998年に初めて条約において実定化された3)。

ローマ規程第 7条第 1項において、人道に対する罪は「文民たる住民に対する

攻撃であって広範又は組織的なものの一部として行う」行為と定義されている。

また同項では、犯罪を構成する個々の行為として、11の類型を定め、さらにその

定義については、 2項以下の定義条項でより詳細に規定している。ローマ規程第

7条第 2項(a)によると、人道に対する罪は文民たる住民に対する広範又は組

織的なものの一部として行う攻撃であり、その攻撃とは「国若しくは組織の政策

に従い又は当該政策を推進するため」に行われるものでなければならないとされ

ていることから、一定のいわゆる「政策要素」を含むものでなければならないと

解されている。

政策要素に関しては、文言からも確認できるように、政策が国家のみならず組

織のものであってもよいという特徴がある。これは ICTY、ICTRの判例におい

て人道に対する罪が成立する上で必要とされる政策要素が国家によるものに限定

されなかったことによるとされている4)。国家以外の組織による政策で足りると

した同判例の影響を受け、国連国際法委員会(以下、ILC)の1996年法典草案(人

類の安全と平和に対する罪)においても、「政府若しくはあらゆる組織又は集団に

よって」扇動、指示されたと規定されたように、ローマ規程第 7条はこれまでの

判例を反映し条文化したものであると考えられる。さらに、近年では ISIL5)など

のテロ組織やアフリカ諸国で実効的な権力を握る武装集団をはじめとする非国家

主体が非人道的行為を行っていることを受けて、人道に対する罪はいかなる「組

織」の政策に基づく行為であれば成立するのかが問題となっている。

この問題については、歴史的に人道に対する罪はそもそも「国家」の政策に基

づく犯罪であるため、ここでいう「組織」とは国家の「機関」や国家に帰属する

主体を指すという見解がある6)。しかしながら、これまでの ICTY、ICTR判決が、

「一定の領域に事実上権限又はその領域内を自由に移動しうる軍隊」7)や「ある領

域に事実上の権威を有する組織体」8)と判示してきており、また、初期の ICC予

審裁判部の決定によれば、「特定の領域を支配する人の集団」又は「文民たる住

民に対する広範又は組織的な攻撃を遂行する能力を持つ組織」であれば、政策を

作成することができるとしている9)。以上のことからも、組織を国家と同一に扱

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うように解釈することは困難である。また同規定において、国家と組織とを区別

して併記した以上、組織は国家以外の非国家主体であると捉えることが自然であ

ろう。

では、人道に対する罪は、どの程度の非国家主体の政策に基づく行為であれば

成立するのか。すなわち、「組織」にはいかなる要件が必要であろうか。組織を

めぐっては、2008年のケニアにおける事態を扱った ICC予審裁判部の決定にお

いても争われており、広範又は組織的な攻撃を文民に対して行う能力を有する複

数人による一時的でない組織であれば要件を充足するとしたトレンダフィロワ判

事をはじめとする多数説と、組織の要件を「国家類似」な主体に限定したカウル

判事(故人)の少数説とが対立した10)。このような見解の相違は、前者がアフリ

カ諸国において「国家類似」とはいえない非国家主体が国家の攻撃に相当する規

模の攻撃を行う犯罪の現状を考慮し、後者が伝統的な国家犯罪を重視しているこ

とによるとされている11)。また、この相違はそれぞれの ICCの機能に対する捉

え方の違いによるものであり、前者が ICCを最も重大な犯罪を行った者の処罰

を通じて「人道」という国際的な法益を保護することを目的とした機関であると

捉えていることに対し、後者は ICCが国家の刑事管轄権を補完するものであり、

限られた事件しか扱えないということに留意していることによる12)。

いずれの見解も条文から解釈する上で適当であることに違いないが、「組織」

という構成要件が未だに定まっていない曖昧な文言がケニアの事態における対立

を引き起こしたことは疑いがない。この曖昧さを理由に、ローマ規程の改正や新

たに人道に対する罪の条約化を主張する学説すらも存在する13)。しかしながら、

結論を先取りするようであるが、私見ではローマ規程に至るまでの人道に対する

罪の発展過程を振り返ると、人道に対する罪が成立する上で想定された組織は、

「国家類似」な主体に限定する必要はなく、広範又は組織的な攻撃を文民に対し

て行う能力を有する複数人による一時的でない組織であれば、いかなる主体も含

まれると考えられる。本稿は、2008年のケニアにおける事態の予審裁判部の決定

に従い、同決定に付属されたカウル判事のいわゆる少数説が「組織」を「国家類

似」な主体に限定するのに対して、広範又は組織的な攻撃を行う能力を有する、

いかなる「組織」をもが含まれることを肯認する立場から論ずるものである。

本稿では、まず「組織」文言が人道に対する罪のローマ規程に加えられた歴史

的経緯を振り返る(Ⅱ)。次に、ローマ規程上の「組織」要件を巡り対立したケ

ニアの事件を検討し(Ⅲ)、最後に総括(Ⅳ)することとする。

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Ⅱ 人道に対する罪の生成過程と歴史的沿革

ローマ規程上において、人道に対する罪は世界の平和、安全及び福祉を脅かす、

国際社会全体の関心事である最も重大な犯罪である四つの中核犯罪のうちの一つ

として規定されている。人道に対する罪の歴史は第二次世界大戦後のニュルンベ

ルク条例まで遡るが、ローマ規程上の人道に対する罪とではその性質も内容も異

なる。

本章では、ローマ規程に至るまでの歴史的経緯を段階ごとに振り返ることで、

人道に対する罪がどのように発展し、その内容がいかに変化したかを確認するこ

とで、「組織」文言が加えられた経緯を理解する。

1 ニュルンベルク・東京裁判以前

( 1) 概 説

「人道に対する罪」という用語が初めて登場したのは、第一次世界大戦時トル

コ政府による領内の少数民族であったアルメニア系住民の虐殺に対して出された

1915年のフランス・イギリス・ロシア共同宣言においてであった。同宣言におい

て、「トルコ政府の構成員すべてが虐殺の実行者とともに人道及び文明に対する

犯罪(crimes against humanity and civilization)に関して責任を負う」とされた14)。

それまでは紛争時における傷病者の保護や捕虜の扱いといった「人道」概念が、

交戦国が従うべき義務として存在するに過ぎなかった15)。同宣言は相手国に対し

てだけでなく、自国の領土において自国民に対して行った虐殺に関しても国際的

な刑事責任を負うとした点で画期的であった16)。

大戦終結後の1919年パリ平和予備会議においては、同宣言を参考に「戦争開始

者責任及び戦争の法規慣例の違反に関する刑罰執行委員会」が報告書を提出し

た17)。戦時中の戦争犯罪を検討した同報告書18)においては、敗戦国ドイツと同盟

国であったトルコ政府によるアルメニア系住民の虐殺、迫害、強制移送に関わる

ものも含まれていた。その上で「戦争の法規慣例又は人道の法に対する犯罪に関

して罪を負う、敵国に属するすべての者は、国家元首を含め彼らの地位がいかに

高いものであれ、その地位に区別なく、刑事訴追の対象となる」と結論付けた19)。

同報告書では、戦争の法規慣例の違反とは異なる「人道の法に対する犯罪行為」

(offences against laws of humanity)という犯罪類型の存在が確認されることになっ

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たが、「人道の法」という概念の曖昧さが疑問視20)され、最終的に条約において

規定されることはなく、またトルコ政府の責任者が追及されることはなかった21)。

( 2) 小 括

このように、人道に対する罪は武力紛争との関連性をもつ犯罪として構想され

たのであり、それまでのマルテンス条項のような交戦国が従うべき義務を明記し

た「人道の法」とは別に、自国領内の自国住民に対する虐殺等の非人道的な「国

家による」犯罪を前提としたものであった。なお政策要素が要求されることはな

かった。

2 ニュルンベルク・東京裁判

( 1) 概 説

人道に対する罪が法的拘束力のある文章として初めて22)定義されたのは、第

二次世界大戦後の1945年にアメリカ・イギリス・フランス・ソ連の 4か国が締結

した「欧米枢軸諸国の主要戦争犯罪人を訴追処罰するためのロンドン協定」付属

の国際軍事裁判所条例(以下、ニュルンベルク条例)においてである23)。ニュルン

ベルク条例第 6条において、平和に対する罪、通例の戦争犯罪とともに裁判所の

管轄権が及ぶ犯罪として、人道に対する罪は次のように規定された。

ニュルンベルク条例 第 6条

「戦前又は戦時中に文民たる住民に対して行われた殺人、絶滅させる行為、

奴隷化すること、追放及びそのほかの非人道的な行為、若しくは政治的、人

種的又は宗教的理由に基づく迫害であって、犯罪の行われた国の国内法に違

反すると否とにかかわらず、本裁判所の管轄に属するいずれかの犯罪の遂行

として、又はこれに関連して行われたもの。」24)

人道に対する罪が新たな犯罪類型として同規程に登場したのは、既存の戦争犯

罪に該当しない自国民に対する人種的・宗教的所属を理由とする迫害・殲滅行為

を訴追するためであった25)。それまではなかった敵国の一般住民、すなわち枢軸

国領域において連合国国籍をもたない者に対して行われた、ホロコーストに代表

される大規模かつ重大な迫害を行った行為者に対して、「人道」という国際的な

法益を保護することを目的に、被害者の国籍による区別なく訴追されるべきであ

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るという要求に基づいたものであった26)。

同条文からすれば、人道に対する罪は「戦前」、すなわち武力紛争に関連しな

い平時においても成立すると解しうる。しかし、また同時に他の犯罪との関連性

が必要なことから、人道に対する罪が成立するには武力紛争との関連性が必要で

あるとされた27)。

人道に対する罪と武力紛争とを関連付けるこうした文言が付された理由として

は、他国の国家主権、すなわち不干渉原則への配慮があったことが挙げられる。

というのも、連合国の間に人道に対する罪が国際法の犯罪としての性質を有する

かについて意見の相違が存在したからである。フランスはドイツによるユダヤ人

殲滅は国際法上の犯罪であり、それ故に、国際社会による合同の人道的干渉が認

められるとの立場をとったのに対し、アメリカは第二次世界大戦開始以前からド

イツの国内立法によって合法的に遂行されていたユダヤ人の迫害等の非人道行為

は本来ドイツの国内問題であるから、国際法上の犯罪として追及するためには侵

略犯罪の遂行と関連付ける以外に可罰性を付与しえないとの立場であった28)。

結局、アメリカの主張が採用されるが、19世紀の法実証主義の下では、他国の

国内問題への干渉は違法とされており、ある国の国内で自国民に対する大規模か

つ重大な残虐行為が行われていたとしても、それが国内問題である限りは、他国

が異議を唱えることはできなかった。武力紛争との関連性が必要とされたのは、

そうした残虐行為に侵略戦争という国際的関心事項との関連性が認められるので

あれば、他国がそれを処罰するための措置をとったとしても国家主権の侵害に当

たらないと考えられたからである29)。

同様の戦後処理として連続して起こった極東国際軍事裁判は、1946年に連合国

最高司令部が発した一般命令第 1号「極東国際軍事裁判所設立に関する連合国最

高司令官特別宣言」及び同時に公布された「極東国際軍事裁判所条例」によって

設立された30)。同条第 5条(ハ)には、ナチス犯罪を想定したニュルンベルク条

例を、東京裁判でも審議できるよう文言を変更し人道に対する罪が規定された。

極東国際軍事裁判所条例 第 5条(ハ)人道に対する罪

「即ち、戦前又は戦時中為されたる殺人、殲滅、奴隷的虐使、追放その他の

非人道的行為、若しくは犯行地の国内法違反たる否とを問はず、本裁判所の

管轄に属する犯罪の遂行として又はこれに関連して為されたる政治的又は人

種的理由に基づく迫害行為。」31)

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一般に、「人道に対する罪」の本質的な構成要件は非人道的な行為が「文民た

る住民に対して行われた」ところにあるにも拘わらず、人道に対する罪を戦闘員

への非人道的な行為にも適用するため、この構成要件を削除した上で、本来、戦

争犯罪のカテゴリーで処理できる問題について、同じ「人道に対する罪」の名の

下に日本の被告人を審議した32)。「人道に対する罪」により有罪とされた主要戦

争犯罪人はもとより皆無であった33)。

人道に対する罪の本質である「国家による文民たる住民に対して行われた犯

罪」が、極東国際軍事裁判では「文民たる住民に対して行われた」という本質的

な構成要件を取り除いたため、通例の戦争犯罪との区別が困難な犯罪類型になっ

てしまった34)。

( 2) 小 括

両裁判において共通の課題となったのは、伝統的な国際法が他の国家との戦争

における法を定めていたのに対して、国家がその市民に対する犯罪については想

定していなかったことであった。

ニュルンベルク裁判では、「人道」という国際的な法益を保護することを目的

に、武力紛争と結びつけることで国際的関心事項として「人道に対する罪」が新

たな国際犯罪類型として登場した。その結果、枢軸国政府によって連合国領域に

おいて又は連合国国民に対して行われた殺人・虐殺という残虐行為が通例の戦争

犯罪により訴追しうるように、枢軸国領域において連合国国籍をもたない者に対

して行われた同様の行為も国籍によって区別されることなく訴追された。また、

ニュルンベルク条例は具体的な政策要素を要求しないが、ニュルンベルク裁判が

ナチスによるユダヤ人や差別された少数の人々に対する迫害を想定したもので

あったため常識として入れられていなかっただけである。しかし、同時期の東京

裁判ではニュルンベルク裁判の趣旨を無視して、「人道に対する罪」の本質的な

構成要件である保護法益の「文民たる住民に対して行われた」の文言が削除され

たため、通例の戦争犯罪との区別が困難であった。

3 冷戦期

( 1) 概 説

第二次世界大戦後、ニュルンベルク裁判で初めて形成された犯罪概念である人

道に対する罪は、国連総会と ILCの場で審議され、明確化され目覚ましい発展

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116 法律学研究56号(2016)

を遂げることになる35)。

まず、ILCは1950年にニュルンベルク諸原則36)を確認し、同原則Ⅵ(c)にお

いて人道に対する罪を次のように規定した。

ニュルンベルク条例によって認められた国際法の原則Ⅵ(c)

「文民に対して行われた殺人、殲滅、奴隷化、強制移送その他の非人道的行為、

又は政治的、人種的若しくは宗教的理由による迫害。ただし、これらの行為

がいずれかの平和に対する犯罪又は戦争犯罪の遂行中に又はそれらと関連し

て実行された場合に限る。」37)

同規定においては、「戦前又は戦時中の」という文言が第二次世界大戦という

特定の戦争を示すものであるとして削除されたものの、人道に対する罪と他の犯

罪との関連性は残されたままであった。結局、この規定はニュルンベルク条例と

ほぼ一致したもの38)であり、武力紛争との関連性が要件とされていたため平時

においては認められなかった。

次に、ILCは1947年の国連総会決議177に基づいて、「人類の平和及び安全に対

する犯罪行為の法典」の作業作成に取り掛かり、1954年に侵略犯罪、集団殺害犯

罪なども含む同法典草案を採択した。同法典草案第 2条において人道に対する罪

は次のように規定されている。

1954年草案 第 2条

「国家機関による、若しくは当該機関(the authorities of a State or by private

individuals)に扇動され又は黙認された私人による社会的、政治的、人種的、

宗教的又は文化的理由に基づく、文民たる住民に対する殺人、絶滅させる行

為、奴隷化すること、追放又は迫害といった非人道的行為。」39)

同規定は、人道に対する罪の射程を拡大するために定義されたものであり、管

理理事会法律10号の流れを受けて武力紛争や他の犯罪との関連性が削除されたと

ころに新たな展開がみられる40)。ただし、武力紛争との関連性を削除する代わり

に、国家機関又は当該機関と一定の関連性をもつ私人による行為であることが要

件として規定されることになった41)。

1968年国連総会においては「戦争犯罪及び人道に対する罪に対する時効不適用

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に関する条約」が採択された。同条第 1条(b)において、人道に対する罪が戦

時又は平時にも行われうることが規定され、人道に対する罪が武力紛争との関連

性なく行われるものであるとの認識が形成された42)。

その後、ILCは約40年にも及ぶ停止期間を経て「人類の平和及び安全に対する

犯罪の法典」の作成作業を再開し、1991年には暫定的な草案を作成した。当暫定

草案第21条は人道に対する罪に相当する犯罪を規定している。ただし、同条はこ

れまで使用されてきた「人道に対する罪」に代えて、「組織的又は大規模な人権

の違反」(Systematic or Mass Violations of Human Rights)を表題に用いた。同規定は、

ILCが近年における人権法の展開を考慮して、人道に対する罪を人権の侵害と置

き換えることによって、これまで問題となってきた武力紛争との関連性を回避し、

非人道的な行為が「組織的又は大規模」に行われたことを文脈的表現としている

ところに特徴があるといえる43)。さらに、国家機関のみならず犯罪集団に属する

個人までもが「人類の平和及び安全に対する犯罪」を行いうると解しうる文言と

なっている44)。

( 2) 小 括

人道に対する罪はニュルンベルク裁判以降、国際連合、具体的には国連総会と

ILCの場で審議され、目覚ましい発展を遂げたが、特にこの時期において武力紛

争との関連性が不要となり平時においても認められるようになったが、代わりに

国家機関若しくは当該機関と一定の関連性が求められるようになった。また ILC

は国家機関のみならず犯罪集団にさえも人道に対する罪が成立するよう、新たに

「組織的又は大規模」という文脈的表現を導入したが、人道に対する罪を人権と

いう構造に織り込もうとした1991年の暫定的な草案は不自然であり、人権の侵害

行為それ自体を国際法上の犯罪として捉えることには問題があるという指摘もあ

る45)。

4 二つのアド・ホック法廷

( 1) 概 説

ILCの作業と並行して、1990年代の民族紛争において国際人道法の重大な違反

を行った者を訴追するため、安全保障理事会の決議に基づき ICTY、ICTRが設

置された46)。これらの裁判所規程では人道に対する罪を訴追するため、それぞれ

規定を設けており、これらによって人道に対する罪の概念がより明確になったと

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118 法律学研究56号(2016)

考えられる47)。

ICTY規程 第 5条

「国際裁判所は、武力紛争(国際的な性質のものであるかないかを問わない。)に

おいて文民に対して直接行われた次の犯罪について責任を有する者を訴追す

る権限を有する。」48)

ICTR規程 第 3条

「ルワンダ国際裁判所は、国民的、政治的、民族的、人種的又は宗教的理由

に基づく文民たる住民に対する攻撃であっても広範又は組織的なものの一

部として行われた次の犯罪について責任を有する者を訴追する権限を有す

る。」49)

これらの規定に共通するのは、人道に対する罪が「文民たる住民」に対して行

われたものであり、迫害を含むいくつかの非人道的な行為から構成されていると

ころである。相違点としては、ICTY規程では「武力紛争において行われた」犯

罪であることが要件とされているのに対し、ICTR規程では「国民的、政治的、

民族的、人種的又は宗教的理由に基づく」、「広範又は組織的な」攻撃の一部を構

成する犯罪であることが要件とされている点にあるが、こうした相違は裁判所の

管轄権上の制度を示したものに過ぎないとされる50)。

ニュルンベルク条例と同様に、ICTY規程においては明白な政策要素が人道に

対する罪が成立する上では、必要とされていなかった。しかしながら、人道に対

する罪と政策との関連性についての言及がなされた初期の判決からも明らかなよ

うに、国際慣習法上必要とされていたとみることができる51)。ILCの1996年草案

において、国家又は組織の扇動や指示といった政策要素に類する規定が置かれる

と、1997年 Tadić事件で ICTY上訴審判決は国家以外の政策要素を具備しうる構

造ある秩序を有する「組織」の存在を認めた52)。これに対し、2002年 Kunarac他

事件で ICTY上訴審判決が、攻撃の立証には政策又は計画の存在は不要であり、

これらは国際慣習法上、人道に対する罪の法的要件ではないとした53)。ローマ規

程にも反する同判決は、その後の ICTY、ICTRの判決に大きな影響を与え、政

策要素は犯罪の構成要件ではないとの実行が集積されてきた54)。しかしながら、

同判決は、人道に対する罪による訴追を拡大しようという政策的考慮に基づくも

のであり、その法的根拠は脆弱なものであると批判されている55)。

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( 2) 小 括

二つのアド・ホック法廷では、人道に対する罪が成立する上では国家若しくは

組織の政策要素が国際慣習法上必要であることが初期の判決から確認されたが、

2002年の Kunarac他事件における ICTY上訴審判決以降政策要素は犯罪の構成要

件ではないとされた。しかしながら、政策要素を不要とした同判決は人道に対す

る罪による訴追を拡大しようとした政策的考慮に基づくものであり、その法的根

拠は脆弱であると批判されている。むしろ政策要素を有しうる国家以外の「組織」

の存在を認めた1997年の Tadić事件での ICTY上訴審判決の国際刑事法上の意義

は大きい。

5 ローマ会議

( 1) 概 説

以上のような人道に対する罪の展開を踏まえて、ILCは1996年に「人類の平和

及び安全に対する犯罪の法典草案」を採択した56)。同法典草案第18条においては、

人道に対する罪を次のように規定する。

1996年法典草案 第18条

「人道に対する罪とは、組織的方法又は大規模に行われ、かつ政府若しくは

あらゆる組織又は集団によって扇動又は指示されるところの次のいずれかの

行為をいう。」57)

同規定においては、人道に対する罪が自律的な犯罪と考えられることから、武

力紛争や他の犯罪との関連性は要件とされず、それに代わって二つの要件が提示

されている。すなわち、1991年の暫定草案において言及された「組織的又は大規

模に」行われたことと「政府若しくはあらゆる組織又は集団によって扇動され又

は指示され」たことである58)。この規定の注釈によれば、第一の要件における「組

織的方法」とは「無秩序に行われた行為を排除する」ために「事前の計画又は政

策に従って行われたこと」を指し、「大規模に」とは「犠牲者の多数性」を指す

ものであるとされている59)。また、第二の要件は、この犯罪が単独の個人による

ものではなく、政府又は何らかの集団の関与によって行われなければならないこ

とを指すものであるとされている60)。

1998年のローマ会議において、これらの集大成として採択されたローマ規程第

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120 法律学研究56号(2016)

7条は、ICTY、ICTR及び ILCの1996年法典草案の影響を受けつつ、人道に対す

る罪を次のように規定する。

ローマ規程 第 7条

「 1 この規定の適用上、『人道に対する罪』とは、文民たる住民に対する攻

撃であって広範又は組織的なもの一部として、そのような攻撃であると認識

しつつ行う次のいずれかの行為をいう。(中略)

2(a)『文民たる住民に対する攻撃』とは、そのような攻撃を行うとの国家

若しくは組織の政策に従い又は当該政策を推進するため、文民たる住民に対

して 1に掲げる行為を多重的に行うことを含む一連の行為をいう。」61)

自律的な犯罪となった人道に対する罪は、武力紛争や他の犯罪との関連性を求

めない代わりに、ローマ規程上において、文脈的要件の一つとして「文民たる住

民に対する広範又は組織的な攻撃の一部として」行われた行為であることと規定

した。なお、ここでいう攻撃とは、「国家若しくは組織の政策に従い又は当該政

策を推進するため」(政策要素)に行われることが必要とされている。これらの文

言が文脈的要件として加えられた理由は、無秩序に行われた行為や単独犯による

行為を排除し、人道に対する罪の射程を拡大し過ぎないためであると考えられる。

( 2) 小 括

ローマ規程第 7条は、人道に対する罪の集大成として、二つのアド・ホック法

廷及び ILCの法典草案の影響を受けつつ採択された。同規定の文脈的要件とし

て政策要素が挙げられるが、「国家若しくは組織」と明記したのは、無秩序に行

われた行為や単独犯による行為を排除し、人道に対する罪の射程範囲が拡大し過

ぎないためであった。

6 小 括

ここまで人道に対する罪の形成過程を概観してきたが、同犯罪が国際社会全体

の関心事でもある犯罪となっているということについては、国家間に共通認識が

あるといえよう。こうした状況のなか、ローマ規程はこれまでの展開を反映しつ

つ、新たな法定立を行ったものであると考えられる62)。

マルテンス条項にはじまる「人道の法」に起源をもつ人道に対する罪は、国家

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121

による自国民への犯罪、すなわち国家による文民たる住民に対する攻撃を訴追す

るための法的課題に直面した。ニュルンベルク条例における人道に対する罪は、

武力紛争や、侵略犯罪と戦争犯罪といった他の犯罪と同罪を結びつけることに

よって国際的関心事項として、本来はドイツ国内の問題であるホロコーストをは

じめとする重大な迫害を行った責任者を訴追することに成功し、国際刑事法発展

のための重要な先例を開いた。冷戦期には、武力紛争との関連性要件を外す努力

が為され平時においても人道に対する罪が成立するとされたが、また同時に国家

との関連性が求められることとなった。二つのアド・ホック法廷では、国家以外

の政策要素を有しうる組織の存在を認定し、人道に対する罪の射程範囲を拡大し

た。

以上の経緯を踏まえて、新たに規定されたローマ規程は人道に対する罪の文脈

的要件として、「文民たる住民に対する広範又は組織的な攻撃」として行われた

行為であるとした。また、ここでいう「攻撃」とは「国家若しくは組織の政策に

従い又は当該政策を推進するため」に行われる必要があると定めることによって、

同規定は政策要素を規定している。「組織」とは国家以外の政策要素を有しうる

主体であるが、ローマ規程上に同文言が明記されたのは、無秩序に行われた組織

的行為と同様に、単独行為を排除することで、人道に対する罪の射程範囲が拡大

し過ぎないようにするためである。

Ⅲ ローマ規程に関する見解の対立

前章で確認した通り、ローマ規程における人道に対する罪は、国家による文民

たる住民に対する攻撃を訴追するために「人道の法」が発展し形成されたもので

あったが、武力紛争との関連性を排除し、同罪を構成する主体を国家以外の組織

にも認めることで、保護法益63)である「人道」をより広範に保護するため初め

て条文化されたものである。逆説的であるが、同様に「国家若しくは組織」とい

う文言は人道に対する罪の成立要件が広くなり過ぎないための措置でもある。

それでは、「組織」の構成要件は何であろうか。すなわち、人道に対する罪が

成立する上では、どの範囲までが組織として認められるのか。また、「組織」の

構成要件を巡っては、ケニアの事態においても ICCで争いになっている。すな

わち、「組織」をいわゆる「国家類似」の主体に限定するかどうかの議論である。

本章では、まずローマ規程上の「組織」文言をウィーン条約法条約に基づき一

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122 法律学研究56号(2016)

般的に解釈する( 1)。次に「組織」の要件を巡って対立が起こったケニアの事

態を検討し( 2)、多数説と少数説が争った論点を整理し( 3)、最後に小括する

( 4)こととする。

1 ローマ規程上の「組織」要件をめぐる解釈

ウィーン条約法条約第31条第 1項によると「条約は、文脈によりかつその趣旨

及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味に従い、誠実に解釈するものと

する。」とある。よって、同規定を解釈する方法としては、まず「組織」という

用語の通常の意味を確認する( 1)。次に文脈を理解し( 2)、条文全体の趣旨及

び目的( 3)に照らして考える必要がある。

( 1) 用語の通常の意味

「攻撃」の法的定義を定めたローマ規程第 7条第 2項(a)には、「国家若しく

は組織の政策」とある。ここでは単なる計画性を指すだけでなく、国家と組織の

政策要素について触れている。政策要素の主体は具体的なものではなく、国家や

組織が挙げられている。「国家」はここでは機能的な意味で解釈されるが、世界

の194の国だけでなく、特定の地域を実効的に支配し政治を行っている非国家主

体も含まれるとされる64)。文法面からすると、「若しくは」(or)という単語によっ

て「国家」と「組織」が対等に扱われており、「組織」が併記されている以上、「国

家」に当たらない非国家主体が想定されているはずである65)。「組織」という表

現が曖昧であるということについて争いはないが、ここでの意味は、「複数人が

構成するもの」と解釈することができる。この通常の意味からは、二つの要件を

導き出すことができる。

まず「組織」は複数人によるものでなければならないが、ある一定程度の人数

を要すると考えられる。なぜならば、もしほんの数人で構わないのであれば、「グ

ループ」や「集団」といった単語を「組織」の代わりに用いることができるから

である66)。しかしながら、それはまた同時に最低人数を設定するものではない67)。

次に組織の目的に沿った行動をとることや、組織に貢献する行動を取ることが

できる構造が組織の内部に存在する必要がある68)。すなわち一時的な共通の利益

のために集まった集団や、ある状況で突然出現した人の集まりは組織ではない。

「組織」という単語からはこれ以上の理解を深めることはできないが、以上よ

り上記二つの要件は必須である。

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123

以上から、仮の定義としては、通常の意味から解釈すると「組織」とは、目的

のある行動を取ることができ、その行動を組織に貢献することができる一時的で

ない複数人によるものである。単独によるものや何人かの集まりであるだけでは、

目的をもたない場合や、特定の状況で突然生じたグループと同様、「組織」には

該当しえない。

( 2) 文脈に基づく解釈

次に条約全体を通した文脈的な要件を考える。

ローマ規程第 7条第 1項は人道に対する罪を「文民たる住民に対する広範また

は組織的な攻撃」であると定義する。よって「組織」は「広範又は組織的な攻撃」

を起こすことができる集団である必要がある。また同規程第 7条第 2項(a)の

「組織」の定義がなければ、文民たる住民に対する広範又は組織的な攻撃は、個人、

小さなグループ、若しくは突然生じた人の集まりによって引き起こされた場合で

あっても認められ、人道に対する罪が成立すると解釈できてしまう69)。

他の中核犯罪であるジェノサイド罪や戦争犯罪の定義との比較も、ローマ規程

における「組織」を解釈する上でも役に立つ70)。

同規程第 6条によると、ジェノサイド罪は特定の集団を破壊する行為主体を国

家や国家に類似する組織に特別に限定してはいない。ジェノサイド罪で重視され

ている判断基準は、行為者ではなく当該存在を破壊されかねない被害を受ける集

団だからである。同規程第 8条に定められる戦争犯罪も紛争における行為主体を

国家若しくは国家に類似するものに限定していない。同条第 2項(f)は「組織

的な武装集団」(organized armed groups)としてしか表現していない。また ICC

の予審部は紛争における集団が領域を支配している必要はないとした71)。集団の

内部構成に関することは証明価値以外にはなかった。重点が置かれたのは集団が

どのように構成されたかではなく、紛争を長期化させることができる武力を有し

ているかどうかである72)。

また同規程第22条第 2項によると「犯罪の定義については、厳格に解釈するも

のとし、類推によって拡大してはならない。曖昧な場合には、その定義について

は、捜査され、訴追され、又は有罪の判決を受ける者に有利に解釈する」とある。

しかしながら、これは法廷が常に最も厳格な解釈をしなければならないというわ

けではない。なぜならばそのような理解でいくと可能な解釈を評価することを全

て排除することに繋がり、それは厳格な解釈の意味するところとは全く異なるか

Page 16: 人道に対する罪における 行為主体の「組織」要件に …111 うように解釈することは困難である。また同規定において、国家と組織とを区別

124 法律学研究56号(2016)

らである73)。

( 3) 趣旨と目的に基づく解釈

ローマ規程の趣旨と目的は、その前文にもあるように「重大な犯罪が世界の平

和、安全及び福祉を脅かすことを認識し」、「国際社会全体の関心事である最も重

大な犯罪が処罰されずに済まされてはならない」ことを理由に ICCを設立した

ことにあると解されている。

国際社会全体の関心事である理由は、このような重大な犯罪が世界の平和、安

全及び福祉を脅かすからであるとされる。よって ICCの管轄権に人道に対する

罪があることから、ローマ規程第 7条第 1項が満たされれば、世界の平和、安全

及び福祉を脅かす行為が現に実行されていることが確認される。すなわち条文に

規定されるいずれかの行為が、文民たる住民に対する攻撃であって広範又は組織

的なものの一部として、そのような攻撃であると認識しつつ行われた場合、同条

に規定される行為は、どれもが根本的な人権に対する侵害という意味で共通して

いるとされる。

文脈的要件である「攻撃」、「組織的」と「広範的」は意味で重なる部分もある

が、基本的に三つの意味があるとされる。まず最も基本的な人権に対する侵害が

行われたということ、次に全ての行為が一つになりうる組織的なつながりがある

ということ、最後に犯罪が全体としてその規模が大きいということである74)。

政策要素がなければ人道に対する罪とは、集中的に組織的にかつ大規模に起こ

り、世界の平和、安全及び福祉を脅かす基本的な人権に対する侵害である。また

「組織」の文言を限定的に解釈することは、これらを満たす上で十分ではないと

判断された場合においてのみでなければならない75)。

2 ケニアの事態の検討

( 1) 概 要

当事態は、2007年12月ケニアの国政選挙後の事態を扱ったものである。同年12

月30日、接戦で緊迫した大統領選挙はケニア選挙委員会の宣言によると現職の

Party of Unity(PNU)のMwai Kibaki前大統領が Orange Democratic Movement

(ODM)の Raila Odinga氏を抑えて再選出された。ICCの検察局によると、同宣

言が契機となりケニアにある八つの地域のうち六つの地域での暴動に繋がったと

される76)。その結果、1000人以上の死者を出し、1000件ものレイプが確認され、

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125

少なくとも3000から4000もの重傷被害が確認されている77)。広範に及んだ略奪や

暴徒と化した一部の住民による意味のない破壊は約350000人が自宅を離れざるを

得ない状況に繋がったとされる78)。ほとんどの事件が2007年12月29日と2008年 1

月28日の二度にわたる時期に発生し、主流の攻撃も応報的な攻撃のどちらも青年

の集団により起こされたが、彼らはいずれも与党政党と繋がりのある者たちで

あったとされる79)。その集団の性質をどう判断するにせよ、何らかの地域支配を

しておらず、非国際武力紛争において最低限の組織構造を有していなかったため、

国家に類似する組織とは言い難かった80)。

しかしながら、検察局は人道に対する罪に該当する行為が発生した十分な証拠

が確認できるとして、ローマ規程第15条第 3項に基づき第二予審裁判部に「2007

年から2008年の選挙後暴動におけるケニアの事件」として捜査を開始することを

要請した81)。予審裁判部では、大多数の判事は、選挙後の暴動を引き起こした集

団的主体はたとえ国家類似な組織でないとしても、ローマ規程第 7条第 2項が成

立するのを妨げないとした。カウル判事はこれに反対し、「組織」は国家類似の

主体に限定されるべきであるとする少数意見を同決定に併記した。

( 2) 多数説

(a) 決定

決定は、組織の定義を広く解釈した。第一段落によると、

「国家類似の組織のみが妥当するという主張も存在するが、予審部は該当する

組織の見分け方は組織が基本的な人道に対して侵害を及ぼすことができる能力が

あるかどうかで判断するべきであるとした」82)。

これに続けて、

「予審部は、集団が組織に該当するかどうかはその都度の事件によるべきもの

であると考える。この判断をする上では、例えば以下に挙げる要素を判断基準と

しても構わない。①集団が責任ある指導の下にあり、ヒエラルキー構造がしっか

りとしているか、②広範又は組織的な攻撃を文民に対して繰り広げる能力を有し

ているか、③国家の領域の一部において支配を及ぼしているかどうか、④集団が

文民に対して犯罪行為を行うことが初期の目的であるか、⑤集団がはっきりと文

民に対して攻撃を行う意思があるか、⑥集団がより大きな集団の一部であり、そ

の集団が前述の判断基準を満たす場合。注意しなければならないのは、これらの

判断基準はいずれも予審部が判決を出す上で考慮するかもしれないが、法的に絶

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126 法律学研究56号(2016)

対的な構成要件ではないということである」83)。

以上から、予審部の決定としては「主流政党や当時の警察組織との関係性を有

する地元のリーダー、社会人や政治家を含む様々な集団はローマ規程第 7条第 2

項(a)における組織を充足する」とした84)。

(b) 多数説の根拠

多数説を支える根拠としては、以下の三つの理由が挙げられる。

まず、条文に「国家」又は「組織」とある以上、非国家主体を排除しているこ

とはないということである85)。前述したように、条文において「国家」と「組織」

が対等に扱われている以上、組織は国家以外の非国家主体であるという考えであ

る。

次に1991年の ILCでも犯罪組織や集団が含まれる可能性があるという議論が

あったこと86)。前章でも確認したように、1991年の ILCではそのような議論があ

り、ローマ規程もその趣旨を受け継いでいるのではないかという考えである。

最後に国際刑事法の究極の目的は、最も重大な犯罪を行った者の処罰を通じて

人道という国際的な法益を保護することにあるということである87)。前章で人道

に対する罪の歴史的経緯を確認したことからも明らかなように、同犯罪は「人道」

という国際的な保護法益を守るために「人道の法」から発展し、最終的にローマ

規程において自律的な犯罪として規定された。「人道」という保護法益を守る上

では、人道に対する罪が単独犯や無秩序な集団によるものでなければ「組織」の

射程範囲を広く認めるべきであるという考えである。

( 3) 少数説

(a) 少数意見

カウル判事の少数意見は予審部の決定とは違った観点から「組織」の範囲を解

釈している。カウル判事が「強く疑いもなく(strongly and unequivocally condemns)」

ケニアにおける選挙後の暴動を犯罪として断定しているにも拘わらず、同決定に

おいて問題とした法的問題点は「ローマ規程第 7条における人道に対する罪と国

内で裁く犯罪との分別」である88)。

少数説によると、

「『組織』とは国家に類似するものでなければならない。それは以下の特徴を有

するものを指す。①集団によるもの、②ある特定の目的に基づき設立されたもの、

③一時的でないもの、④責任ある指導下のもとある一定のヒエラルキー構造を有

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127

し、何らかの政策要素を有するもの、⑤構成要員と政策を共有しているもの、⑥

文民に対して広範な攻撃を行う能力と手段を有しているもの」89)。

以上から、故カウル判事が考える「組織」の定義がうかがえる。また、多数説

が考慮すべき要素として挙げた地域支配は要件としていない。

(b) 少数説の根拠

少数説を支える根拠としては、以下の三つの理由が挙げられる。

まず規程上の文言によるものである90)。ローマ規程第 7条第 2項( 1)におい

ては単に「組織」だけでなく、「国家」も併記されている。組織が国家の後に併

記されることから、組織は国家を一種の「理想形」としてとらえているのではな

いかという考えである。

また同規程第22条の厳格解釈の規定によるものである91)。同条 2項には「犯罪

の定義については、厳格に解釈するものとし、類推によって拡大してはならない。

曖昧な場合には、その定義については、捜査され、訴追され、又は有罪の判決を

受ける者に有利に解釈する」とあるが、曖昧な表現であることに争いがない「組

織」文言を国家類似の主体として限定解釈することが、同条の意味するところな

のではないかという考えである。

次に歴史的経緯によるものである92)。人道に対する罪は、国家犯罪に始まり、

広範又は組織的な攻撃を行いうる組織犯罪へとその射程範囲が発展した経緯があ

る。そしてそれは国家に類似する組織が人道に対する罪においての脅威になりう

るのであって、国家犯罪が理想形であるとする考えである。

最後に ICCの基本原則によるものである93)。ICCはあくまでも各国の国内刑

事司法制度を補完するものであるという補完性の原則がある。ローマ規程の前文

と第 1条において、その役割が強調されるように国内問題は国家で解決すべき問

題であるとする考えである。そして国家や国家類似の組織のみが、国家の管轄権

が及ばない主体であると考えられるので「組織」は国家類似の組織のみに限定さ

れるべきであるとした。

3 論点の整理

前節でケニアの事態を検討したが、多数説と少数説とを比較すると大きく三つ

の論点がそこには存在することがわかる。すなわち( 1)文言上の論点、( 2)

歴史的論点、( 3)ICCの機能的論点が挙げられる。本節では各論点を検討する。

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128 法律学研究56号(2016)

( 1) 文言上の論点

ローマ規程第 7条第 2項(a)において「国家又は組織」の解釈をめぐっての

対立である。

多数説は、「国家又は組織」を「国家」と「組織」が対等な扱いを受けている

ことに着目し、「組織」は共通の目的を有する一時的でない、複数人によるもの

であれば、「国家」以外の非国家主体も認められるとした。これに対して少数説は、

「組織」を非国家主体と認めながらも、「組織」は「国家」と併記される以上、「国

家」を一種の理想形として見做していると考え、「組織」を「国家類似」な主体

に限定すべきであるとした。

しかしながら、ローマ規程には「組織」や「政策要素」の解釈を限定する根拠

が存在しない。「国家」と「組織」が「又は」という単語で並立しているからといっ

て、「組織」が「国家」の要素を引き継ぐ必要はないと考えられる。

( 2) 歴史的論点

人道に対する罪の歴史的発展経緯に着目した対立である。

少数説は、人道に対する罪が国家犯罪に始まったものであり、広範又は組織的

な攻撃を行いうる組織に訴追の射程範囲を拡大したものの、国家犯罪が理想であ

り、組織も結局は国家に類似する組織だけが脅威であるとした。

しかしながら少数説は説得力に欠ける。もし脅威の潜在性が判断基準であるの

であれば、脅威の潜在性を有するすべての組織が含まれるべきである94)。その場

合、国家類似な組織主体ではないという理由で、広範若しくは組織的な攻撃を文

民に対して行うことができる組織すらも排除されることは説明ができない。

少数説が、国家類似性を組織に求めるのは、すなわち効果的な力の作用は常に

明白な内部的構造や指令系統が設立されている必要があると考えるからである95)。

これはヨーロッパで行われた犯罪には当てはまるが、他の政治的、文化的背景が

異なる地域には当てはまらない。アフリカの選挙後に起こる巨大な暴動はその最

たる例である。暴動は国際社会全体の利益に影響を及ぼしうる。例えばケニアの

事態においても何百人もの死者を出し、何千人もが強制的に移住させられた結果、

隣国の政治的安定を脅かす事態にも発展しているからである。もし暴力が政治的

団体(例えば政党や武装支援団体)に帰属させられるのであれば、人道に対する罪

の文脈的要件は充足される。

多数説は人道に対する罪が、「人道」という国際的な法益を保護するために新

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129

たに形成された犯罪類型であることに着目し、広範又は組織的な攻撃を行いうる

組織であれば要件を充足するとした。1991年の ILCでも犯罪組織や集団が含ま

れる可能性があるという議論があったことからも、ローマ規程上の「組織」は国

際慣習法の結晶化であると見做すことができる。

( 3) ICCの機能的論点

ICCの二つの異なる目的から生じた対立である。

これは、多数説が ICCを最も重大な犯罪を行った者の処罰を通じて「人道」

という国際的な法益を保護することを目的とした機関であると捉えていることに

対し、少数説は ICCが国家の刑事管轄権を補完するものであり、限られた事件

しか扱えないということに留意していることによる。

少数説は、補完性の原則は国家の刑事管轄権を補完することを目的とし、国家

司法レベルでは扱うことができない国家若しくは国家類似組織が刑事訴追された

場合のみ ICCは刑事管轄権を及ぼすことができるとした。しかしながら、ロー

マ規程第17条第 1項(a)(b)の但し書きに「当該国にその捜査又は訴追を真に

行う意思又は能力がない場合」、「その決定が当該国に訴追を真に行う意思又は能

力がないことに起因する場合は」この限りではない、とあるように国家レベルの

効果的な刑事訴追を期待することが難しい場合も存在する。政党と関係を有し、

裁判が行われる気配がなかったケニアの事態はその最たる例である。

4 小 括

ローマ規程第 7条第 2項(a)における「組織」とは、通常の意味からすると

複数人の集まりであり、一時的ではなく、組織の目標に向けて活動ができ、組織

に活動を通じて貢献ができるものである。

組織が「国家類似」な主体でなければならないという主張は適当ではない。

条文には「組織」や「政策要素」の解釈を限定する根拠が存在しない。「国家」

と「組織」が「又は」という単語で並立しているからといって、「組織」が「国家」

の要素を引き継ぐ必要はない。

また人道に対する罪は、脅威になりうる国家による犯罪を理想としており、そ

れ故に組織も国家類似な主体である必要があるという考えは誤りである。脅威を

根拠とするのであれば、それは広範又は組織的な攻撃を行う能力を有するいかな

る組織をもが含まれるべきであり、国家類似な組織に限定されないはずである。

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130 法律学研究56号(2016)

組織の内部構成にしっかりとした構造を求める国家中心的解釈は、かつてのヨー

ロッパで行われた国家犯罪を想定してのものであったが、文化的、政治的背景の

異なるアフリカにおける犯罪はこれに該当しない。

補完性の原則に基づき、ICCが扱う犯罪は国家司法レベルを超えた国家犯罪や

国家類似な組織によって起こされた犯罪に限定すべきという主張も適当ではない。

当該国に訴追・捜査を行う能力・意思がなく、効果的な国家レベルの刑事訴追が

期待できない場合が存在するからである。

以上より、ローマ規程における「組織」とは、国家類似な主体に限定されず、

複数人の集まりであり、一時的ではなく、組織の目標に向けて活動ができ、組織

に活動を通じて貢献ができ、広範又は組織的な攻撃を行う能力を有するいかなる

組織をも指す。

Ⅳ おわりに

人道に対する罪は「人道」という国際的な法益を保護するために発展した先の

大戦後に形成された比較的新しい犯罪類型である。この国際的な保護法益を守る

ために、訴追の対象となりうる行為主体の射程を拡大した歴史が、ローマ規程に

至るまでの発展プロセスからうかがわれる。ニュルンベルク裁判では、武力紛争

と結びつけられることで国際的関心事項として扱われたが、戦後平時においても

成立するよう新しく国家との関連性が要件となった。二つのアド・ホック法廷を

通じて政策要素を具備しうる「国家」以外の「組織」の存在が確認され、その判

例が結晶化し「国家又は組織」と規定するローマ規程に至った。よってローマ規

程における「組織」文言は、人道に対する罪の訴追射程範囲に未だ含まれていな

い広範又は組織的な攻撃を行える個人を単純に排除するだけである。

しかし、ローマ規程における「組織」の定義の曖昧さがケニアの事例を扱った

ICC予審裁判部での決定とカウル判事の少数意見との対立に繋がった。ヨーロッ

パにおける伝統的な国家による犯罪を想定して生成された人道に対する罪は、政

治的・文化的背景が異なるアフリカ諸国において「国家類似」とすらもいえない

非国家主体が行う犯罪の現状に直面することになったのである。

先述のように、「組織」という概念を文理解釈すると、「組織」とは複数人の集

まりであり、一時的ではなく、組織の目標に向けて活動ができ、組織に活動を通

じて貢献ができるものである。またケニアの事例における論点を整理すると、組

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131

織を「国家類似」な主体に限定する必要はないといえる。

以上より、人道に対する罪が成立する上で想定された組織は、「国家類似」な

主体に限定する必要はなく、広範又は組織的な攻撃を文民に対して行う能力を有

する複数人による一時的でない、組織の目標に向けて活動ができ、組織に活動を

通じて貢献ができる組織であれば、いかなる主体をもが含まれる。

1) ローマ規程第 5条には ICCが管轄権を行使しうる最も重大な国際社会全体の関心事である中核犯罪として、人道に対する罪のほかにジェノサイド罪、戦争犯罪、侵略犯罪を列挙している。

2) 政府(外務省)による公定訳である「国際刑事裁判所に関するローマ規程(国際刑事裁判所規程)」における表記は、「人道に対する犯罪」であるが、本稿では、東京裁判以来定着している「人道に対する罪」を用いる。

3) 中核犯罪のうちジェノサイド罪(ジェノサイド条約)と戦争犯罪(ジュネーヴ諸条約等)に対する条約は存在するが、人道に対する罪を独自に規定する条約は存在しない。

4) ICTY1997年 5月 7日予審裁判部決定 (Tadić., IT-94-1-T), paras. 654-655.

5) Islamic State in Iraq and the Levant.通称「イスラム国」。6) M.Cherif Bassiouni, Crimes Against Humanity: Historical Evolution and

Contemporary Application (Cambridge University Press, 2011), pp. 454-455.

7) ICTY, supra note 4, para. 654.

8) ICTY2000年 1月14日予審裁判部決定 (Kupreskic et al, IT-95-16), para. 552.

9) ICC2008年 9月30日予審裁判部決定 (Katanga et al, ICC-01/04-01/07), para. 396;

ICC2009年 6月15日予審裁判部決定 (Bemba, ICC-01/05-01/08), para. 81.

10) ICC2010年 3月31日予審裁判部決定 (Situation in Kenya, ICC-01/09)、ローマ規程第15条に基づき ICC予審裁判部がケニアにおける事態の捜査開始の権限を与える決定をした。

11) Charles C. Jalloh, What Makes A Crime Against Humanity A Crime Against

Humanity, American University of International Law Review, Vol. 28 (2013), pp. 416-417.

12) ICC2011年 3月15日予審裁判部少数意見 (Situation in Kenya, ICC-01/09-01/11),

para. 10; Leila N.Sadat, Crimes Against Humanity in the Modern Age, American

Journal of International Law, Vol. 107 (2013), p. 369.

13) ローマ規程の改正については例えば Jalloh, supra note 11, pp. 435.人道に対する罪の条約化は Crimes Against Humanity Initiative, Facts about the Crimes Against

Humanity Initiative, Crimes Against Humanity Initiative -A rule of law project of the

Whitney R. Har ris World Law Institute(http://law.wustl .edu/har ris/

crimesagainsthumanity/?page_id=1301)2016年 2月23日閲覧。

Page 24: 人道に対する罪における 行為主体の「組織」要件に …111 うように解釈することは困難である。また同規定において、国家と組織とを区別

132 法律学研究56号(2016)

14) 坂本一也「人道に対する犯罪」村瀬信也・洪恵子[編]『国際刑事裁判所―最も重大な国際犯罪を裁く―』東信堂(2008年)105頁。

15) 1889年のハーグ陸戦法規慣例条約前文のいわゆるマルテンス条項は、こうした法的概念を国際条約に規定した。

16) ただし、同宣言後に実効的な措置が取られなかったことからすると、この文言は法的責任を追及するということよりも政治的問題を解決する手段として認識されていたに過ぎないのではないかとも考えられる。

17) 正式名称:The Commission on the Responsibility of the Authors of the War and

on the Enforcement of Penalties.

18) 戦争の法規慣例の違反に該当する犯罪として32項目を挙げた。19) ‘Commission on the Responsibility of the Authors of the War and on Enforcement

of Penalties, Report Presented to the Preliminary Peace Conference(Mar. 29, 1919)’,

American Journal of International Law, Vol. 14 (1920), p. 117.

20) アメリカ代表は同報告書を留保した。21) 藤田久一『戦争犯罪とは何か』岩波書店(1995年)32-38頁。22) 沿革は1942年対ナチス 9か国ロンドン亡命政府による「セント・ジェームズ宣言」に由来する。

23) 正式名称:Charter of the International Military Tribunals.

24) 邦訳は坂本・前掲注14)105-106頁。25) 小長谷和高『序説国際刑事裁判所独裁指導者に対する人道の審き』(第 2版)尚学社(2007年)40頁。

26) 坂本・前掲注14)106頁。27) 同上。28) 小長谷・前掲注25)40頁。29) 同上。30) 正式名称:International Military Tribunal for the Far East.

31) 現代語訳は田中則夫・薬師寺公夫・坂元茂樹[編]『ベーシック条約集』東信堂(2014年)813頁。

32) 小長谷・前掲注25)47頁。33) 結局、東京裁判では、実際にも、検察側は人道に対する罪の訴因に基づく公訴を行わず、「殺人」と題する訴因の中で「人道に対する罪」を主張したが、裁判所は判決において、「人道に対する罪」をいずれの戦争犯罪人にも適用しなかった。

34) 東京裁判における人道に対する罪の構成要件に対する問題点の指摘は、フィリップ・オステン「東京裁判における犯罪構成要件の再訪」法学研究82( 1)(2009

年)321頁を参照。35) 坂本・前掲注14)108頁。36) 正式名称:Principles of the Nuremberg Tribunal.

37) 邦訳は田中他[編]・前掲注31)815頁。

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38) 第二次世界大戦時における戦争犯罪を裁いた国際軍事裁判で採用された原則を確認することを目的とした ILCに求められた作業の性質上、やむを得なかった。

39) 邦訳は坂本・前掲注14)109頁。一部改変。40) Kai Ambos & Steffen Wirth, The Current Law of Crimes against Humanity: An

Analysis of UNTAET Regulation 15/2000, Criminal Law Forum, Vol. 13 (2002), p. 7.

41) Beth V. Schaack, The Definition of Crimes Against Humanity: Resolving the

Incoherence, Columbia Journal of Transnational Law, Vol. 37 (1999), pp. 821-822.

42) 坂本・前掲注14)110頁。43) Report of the International Law Commission on its forty-third session, Yearbook of

the International Law Commission, 1991, Vol. II (2), p. 103.

44) Ibid.

45) Yoram Dinstein, Crimes Against Humanity After Tadic, Leiden Journal of

International Law, Vol. 13 (2002), p. 377.

46) 国連憲章第 7章に基づき、ICTY安保理決議第827号(1993年 5月25日採択)、ICTR安保理決議第955号(1994年11月 8日採択)によりそれぞれ設立。

47) 坂本・前掲注14)110頁。48) 邦訳は田中他[編]・前掲注31)818頁。49) 邦訳は坂本・前掲注14)111頁。50) すなわち安保理が「平和に対する脅威」であると認定した状況。坂本・前掲注

14)111頁。51) Jalloh, supra note 11, p. 396.

52) 前掲注 4)。53) ICTY2002年 6月12日 Kunarac Decision.

54) 坂本・前掲注14)125頁。55) Jalloh, supra note 11, pp. 397-402.

56) 正式名称:Draft code of crimes against the peace and security of mankind.

57) 邦訳は坂本・前掲注14)112頁。58) 坂本・前掲注14)112頁。59) 同上。60) 同上。61) 邦訳は政府(外務省)による公定訳(http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/

treaty/treaty166_1.html)最終閲覧2016年 2月23日。62) 坂本・前掲注14)114頁。63) 人道に対する罪の保護法益については立ち入って議論しないこととするが、基本的な人権、特に生命・健康・自由・尊厳への侵害が文民に対して広範または組織的な攻撃の一部として行われた場合に、国際的な法益に対する脅威が認められ他の中核犯罪と同列に扱われるとされる。詳しくは Gerhard Werle, Principles of

International Criminal Law 2nd Edition (T.M.C. Asser Press,2014), p. 333.

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64) Werle, supra note 63, pp. 342-343.

65) Claus Kress, On the Outer Limits of Crimes Against Humanity: The Concept of

Organization within the Policy Requirement: Some Reflections on the March 2010

ICC Kenya Decision, Leiden Journal of International Law, 23 (2010), p. 1156.

66) Gerhard Werle and Boris Burghardt., Do Crimes Against Humanity Require the

Participation of a State or a ‘State-Like’ Organization?, Journal of International

Criminal Justice, 10 (2012), p. 1155.

67) Werle and Burghardt, supra note 66, p. 1155.

68) Ibid.

69) Werle and Burghardt, supra note 66, p. 1157.

70) Werle and Burghardt, supra note 66, pp. 1157-1158.

71) ICC2012年 3月14日予審裁判部決定 (Lubanga Dyilo., ICC-01/04-01/06-2842),

para. 536.

72) 同上。73) Werle and Burghardt, supra note 66, pp. 1158-1159.

74) Werle and Burghardt, supra note 66, pp. 1160-1161.

75) Ibid.

76) Kress, supra note 65, p. 856.

77) ICC検察局2009年12月26日捜査発表 (Kenya, ICC-01/09), para. 56.

78) ICC, supra note 77, paras. 67, 68.

79) ICC, supra note 77, paras. 72, 73, 74, 75, 80.

80) Kress, supra note 65, p. 856.

81) ICC, supra note 77, Introduction.

82) ICC2010年 3月31日予審裁判部決定 (Kenya.,ICC-01/09,31), para. 90.

83) ICC, supra note 82, para. 93.

84) ICC, supra note 82, para. 117.

85) ICC, supra note 82, para. 92.

86) ICC, supra note 82, para. 91.

87) Kress, supra note 65, p. 859.

88) ICC, supra note 12, para. 6.

89) ICC, supra note 12, para. 51.

90) Kress, supra note 65, p. 863.

91) Ibid.

92) Kress, supra note 65, pp. 863-866.

93) ICC, supra note 12, para. 10.

94) Werle and Burghardt, supra note 66, pp. 1161-1163.

95) Werle, supra note 63, p. 345.