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フィリピンの投資環境
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主要産業の動向と FTAの影響
フィリピンの主要産業
名目 GDP で見たフィリピンの産業構成比(2016 年)は、第 1 次産業が 9.7%、第 2 次産業が
30.8%、第 3 次産業が 59.5%である。名目 GDP が拡大している中、2006 年比において第 1 次産業
と第 2 次産業が構成比を落とし、第 3 次産業が構成比を伸ばした。
本項では、フィリピンにおける主要産業として GDP に占める割合が大きい電子機器製造等の電
子産業と BPO 産業に加えて、自動車産業を取り上げる。
図表 22-1 フィリピンの産業別 GDP の構成比(名目)(再掲)
(金額:100 万ペソ)
名目 GDP 構成比
2006 2016 (年率) 2006 2016 (差分)
全体 6,271,157 14,480,720 8.7% 100.0% 100.0%
1.農業、狩猟、林業および漁業 775,688 1,397,615 6.1% 12.4% 9.7% -2.7%
a. 農林 640,340 1,212,818 6.6% 10.2% 8.4% -1.8%
b. 漁業 135,348 184,796 3.2% 2.2% 1.3% -0.9%
2. 産業部門 2,100,382 4,464,453 7.8% 33.5% 30.8% -2.7%
a. 鉱業 76,548 114,317 4.1% 1.2% 0.8% -0.4%
b. 製造業 1,481,322 2,844,927 6.7% 23.6% 19.6% -4.0%
c. 建設業 308,212 1,049,671 13.0% 4.9% 7.2% 2.3%
d. 公益業 234,300 455,538 6.9% 3.7% 3.1% -0.6%
3.サービス部門 3,395,087 8,618,652 9.8% 54.1% 59.5% 5.4%
a. 輸送・倉庫・通信 476,866 913,100 6.7% 7.6% 6.3% -1.3%
b. 自動車・オートバイ、個人 および家庭用品の貿易と修理
1,053,202 2,643,389 9.6% 16.8% 18.3% 1.5%
c. 金融 396,866 1,164,718 11.4% 6.3% 8.0% 1.7%
d. 不動産 631,048 1,898,897 11.6% 10.1% 13.1% 3.1%
e. 行政・防衛 260,217 575,693 8.3% 4.1% 4.0% -0.2%
f. その他 576,888 1,422,855 9.4% 9.2% 9.8% 0.6%
(出所)PSA より作成
電子産業
電子産業はフィリピンにおける輸出トップの基幹産業であり、生産額のほぼすべてが輸出向け
である。歴史的に見て電子産業成長の原動力となったのは外資の投資であり、1970 年代にテキサ
ス・インスツルメンツやインテル、フィリップスといった欧米の半導体メーカーがフィリピンに
進出し始め、80 年代半ば以降には日本電産コパル、矢崎総業、共立、旭硝子、ローム、クラリオ
ンと日系企業による進出が続いた。90 年代になると東芝、日立、富士通、NEC の HDD トップメー
カー4 社がフィリピンでの生産を開始した。
第 22 章 主要産業の動向と FTA の影響
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図表 22-2 は 2006 年から 2016 年の輸出額の全体に占める電子関連製品の割合の推移である。
金融危機の影響により、2010 年、2011 年には電子関連部品の輸出額が大幅に減少したものの、
2012 年以降に再び増加し、2015 年には金融危機以前の水準にまで回復している。
図表 22-2 輸出総額と電子関連製品の輸出額
(注) 電子関連製品の値は、事務用機器・コンピュータと電気機器を合算している
(出所)UNCTAD STAT より作成
2017 年の電子産業における日系企業の動きとしては、セイコーエプソンがフィリピンの製造子
会社に新工場を増設した。2017 年までの総投資額は 1 億 4 千万ドルを超え、新工場でインクジェッ
トプリンターやプロジェクターを増産する予定である。
BPO産業
フィリピンではビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)が成長している産業として注目
されている。政府は 2000 年代初頭から BPO を主要産業と掲げ、投資優遇制度を設けるなど積極
的な誘致施策に取り組んできており、BPO は外貨獲得源として重要視されている。2013 年におけ
る売上規模は約 153 億ドルであった。BPO 産業が盛んな国は他にインドがあるが、インドは人材
の確保、米国顧客に向けた米国的な人間性の教育等がネックとなっており、成長が鈍化している。
その点、フィリピンは高等教育を終えた多くの人材が英語を運用することができ、長年の関係か
ら米国文化との親和性も高い。
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10,000
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2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016
(100万ドル)
(年)
電子関連製品 他の輸出品目
フィリピンの投資環境
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以上の理由から、フィリピンの BPO 業界におけるコンタクトセンターは世界的なプレゼンスが
あり、特に米国企業を多く顧客に持つ。ただし、近年のテロやドゥテルテ大統領の対アメリカ政
策などの影響を投資家が嫌気したことによる投資の減少等により 2018 年度の BPO 産業は成長が
鈍化し、GDP の下振れ要因になるとクレディスイスは予測している。長期的目線では、IBPAP(Information Technology and Business Process Association of the Philippines)の代表は、2022 年まで
にフィリピンの世界における BPO のシェアを 15.5%に増やすことを目指すとしている。
図表 22-3 IT/BPO サービスのセクター別売上
(注)コンタクトセンターとは、電話、FAX、メール等の対応を実施する組織を示す。
(出所)Central Bank of the Philippines より作成
自動車産業
四輪
2017 年時点において、フィリピンはタイやインドネシア等の近隣自動車産業の集積で遅れを
とっているが、フィリピンにおける自動車製造業の歴史自体は古い。1973 年に制定された
Progressive Car Manufacturing Program により、フィリピン国内の自動車生産は開始された。以降、
欧米系メーカー、日系メーカー、韓国系メーカーによるフィリピン進出が進んできた。日比経済
協定の恩恵もあり、マニラ市内で多くの日本ブランドの車が走っている。
フィリピンにおける四輪自動車製造業の現状は ASEAN の中でも大きく遅れをとっていること
が、図表 22-4 のフィリピンにおける自動車の販売と生産の推移からわかる。2009 年から 2012 年
まではおおむね販売台数と生産台数の差は一定であったが、2013 年以降は右肩上がりで増加する
販売と比較すると生産台数は伸び悩んでいる。また、図表 22-5 は自動車の輸出・輸入の推移であ
る。第 3 章で前述した通り、フィリピンは増加する自動車の需要を輸入で賄っており、国内生産
は伸び悩んでいる。
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2,000
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2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013
(100万ドル)
(年)
コンタクトセンター ソフトウェア開発
第 22 章 主要産業の動向と FTA の影響
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図表 22-4 フィリピンの四輪自動車生産及び販売の推移
(出所)ASEAN AUTOMOTIVE FEDERATION より作成
図表 22-5 自動車・バイクの輸出入の推移(再掲)
(出所)UNCTAD Stat より作成
また、自動車製造業の育成を梃子入れするべく、2015 年にフィリピン政府は包括的自動車産業
再生プログラム(Comprehensive Automotive Resurgence Program, CARS Program)を発表した。これ
は、フィリピン国内で生産される新規モデルを対象とした金銭的インセンティブであり、固定投
資及び生産数量に対する 2 種類のインセンティブからなる。申請に際し満たさなければならない
評価項目は、当該モデルの競争力の実績、車体及びプラスチック成型部品への投資、BOI が設定
する計画台数(ただし、6 年間で 20 万台を下回ってはならない)、投資による雇用、部品などの裾
野産業、消費者幸福度の向上、長期的な業界の発展と競争力向上、BOI が定める環境基準が明記
0
50,000
100,000
150,000
200,000
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350,000
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2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016
(台数)
(年)
販売 生産
-8,000
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-2,000
0
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6,000
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2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 (年)
(100万ドル)
輸出 輸入 純輸出
フィリピンの投資環境
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されている(ただし、評価項目は上記に限らない)。適用事例としては、2016 年 7 月にトヨタの
VIOS は当該プログラムによる補助金交付が承認された。
2016 年のフィリピンの 1 人あたり GDP は 2,927 ドルである。アジア諸国の過去の経験則に従う
と、一国の 1 人あたり GDP が 3,000 ドルから 5,000 ドルの範囲に入ると、その国の乗用車普及率
が急伸する傾向がある(図表 22-6)。例えば、フィリピンよりも所得水準の向上が先行する中国や
タイでも同様に、1 人あたり GDP が 3,000 ドルを越えた頃から乗用車普及が加速した。ただし、
フィリピンは格差が大きいため、一人あたり GDP2,927 ドルをもって単純に他国と同様に乗用車
普及率が急伸する目前と断定することはできない。それでも、生産が伸び悩む中で輸入が増加し
ている事実やフィリピン政府が自動車製造業に寄せる期待等を鑑みると、自動車産業の成長ポテ
ンシャルは拡大していくものと考えられる。
図表 22-6 所得水準と乗用車普及率
(出所)IMF、各種資料より作成(数値は西暦下 2 桁)
二輪
フィリピンにおける二輪車産業は四輪車産業に比べると裾野産業の集積が成功している。
その成り立ちは日本企業からの直接投資に始まり、ローカル企業が参画したことにより急速
な成長を見せた。また、フィリピンの中流階級の多くが二輪車の効率性、コストパフォーマ
ンスの良さに魅力を感じ、レジャー等の個人使用からビジネス用途と幅広く普及が進んだこ
とも二輪車産業成長の要因の一つである。フィリピンの旺盛な二輪需要に対して日本の各
メーカーが生産及び販売を行っている他、台湾メーカーの Kymco もフィリピン国内で事業を
行っている。また、中国メーカーも近年存在感を増してきている。
0%
5%
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100 1,000 10,000 100,000
(乗用車普及率)
1人あたりGDP(ドル)
日本
タイ
韓国
マレーシア
フィリピン
インドネシア
中国
3,000 5,000
72
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89
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05
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15
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第 22 章 主要産業の動向と FTA の影響
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二輪車は四輪車と同じく右肩上がりの販売増加を見せている。さらには生産が伸び悩む四
輪と比べて上述のようにローカルの裾野産業が追従していること、また外国直接投資が旺盛
なこともあり生産も順調な伸びを見せている。図表 22-7 はフィリピンの二輪車生産と販売の
推移であり、生産が落ち込んだ 2012 年以外は生産台数と販売台数に相関関係が見られる。
図表 22-7 フィリピンの二輪車生産および販売の推移
(出所)ASEAN AUTOMOTIVE FEDERATION より作成
また、2012 年以降のフィリピンの二輪車の生産・販売は 2012 年の販売を除き前年比増加
を継続的に達成してきた。更には、2015 年から販売が減少に転じたインドネシアを尻目に
2016 年に生産・販売ともに前年比 3 割超の増加を達成したことは特筆すべき点である(ボ
リュームの観点からはインドネシアが依然として多く、2016 年はフィリピンの 6 倍程度の販
売台数であった)。
図表 22-8 ASEAN 各国の二輪車の生産台数・販売台数 生産台数
2012 前年比 2013 前年比 2014 前年比 2015 前年比 2016 前年比
フィリピン 588,292 23% 729,480 24% 755,184 4% 795,840 5% 1,040,626 31%
インドネシア 7,079,721 -12% 7,780,295 10% 7,926,104 2% 5,698,637 -28% データなし データなし
マレーシア 543,088 9% 549,244 1% 439,907 -20% 382,218 -13% 395,938 4%
タイ 2,606,161 28% 2,218,625 -15% 1,842,708 -17% 1,807,325 -2% 1,820,358 1%
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2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016
(台数)
(年)
販売 生産
フィリピンの投資環境
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販売台数
2012 前年比 2013 前年比 2014 前年比 2015 前年比 2016 前年比
フィリピン 702,599 -17% 752,835 7% 790,245 5% 850,509 8% 1,140,338 34%
インドネシア 7,141,586 -20% 7,771,014 9% 7,908,941 2% 6,708,384 -15% 6,215,350 -7%
マレーシア 537,753 4% 546,719 2% 442,749 -19% 380,802 -14% 396,343 4%
シンガポール 9,923 23% 11,650 17% 8,145 -30% 7,459 -8% 8,336 12%
タイ 2,130,067 6% 2,004,498 -6% 1,701,535 -15% 1,639,090 -4% 1,738,231 6%
(出所)ASEAN AUTOMOTIVE FEDERATION より作成
FTA、EPAの進捗状況
フィリピンは ASEAN 加盟国として、ASEAN 域内の FTA 及び域外の国や地域との FTA を締結
している。さらには、フィリピン国としての二国間 FTA を締結している。
2017 年 12 月現在、包括的な 2 国間 FTA をフィリピンと締結しているのは日本だけである。日
本フィリピン経済連携協定 (JPEPA)は対象が財、サービス、投資、自然人の移動、知的財産権、
税関手続き、政府調達、事業環境に及ぶ。フィリピンから日本への輸出については、食品、衣料・
繊維、家具、金属、鉱物、機械、電子機器、自動車部品や化学品などが FTA の対象となっている。
他に当該 FTAには、フィリピン人の介護福祉士や看護師の日本への受け入れが盛り込まれている。
2 国間ベースの FTA に関して、他に注視すべき国として米国が挙げられる。米国とフィリピン
は FTA の前段階となる貿易投資枠組み協定(TIFA)を 1989 年に締結していたが、その進展の足
取りは重く、2010 年になってようやく四半期に一度の定期的会合を持ち、経済関係強化を図るこ
とで一致したのみであった。しかし、2017 年 11 月 ASEAN サミットにおいて、ドゥテルテ大統領
とトランプ米大統領が会談した際、主たる議題は貿易の自由化であり、トランプ米大統領は JPEPAにより日本からフィリピンへの自動車の輸入に関税がかかっていないことに言及した上で、米国
からの輸入車には関税がかけられていると指摘した。また、ソン・キム駐フィリピン米大使(2016年 11 月就任)が米国側はフィリピンに対して FTA を開放していく用意があると言及した。2017年まで進展が見られなかった米比の FTA だが、今後の動向は注目に値する。
ASEAN 域内の FTA である AFTA は、CEPT(Common Effective Preferential Tariff, 共通有効特恵
関税)と呼ばれる枠組みで推進されている。具体的には、CEPT 対象品目リストの関税を引き下げ
ることを目的としており、2017 年 12 月現在、ASEAN-6(フィリピン、ブルネイ、インドネシア、
シンガポール、マレーシア、タイ)では CEPT 対象品目リストの 99%で関税を 0~5%まで下げて
おり、ミャンマー、ベトナム、ラオス、カンボジアにおいては同リストの 80%の品目で関税を引
き下げている。
図表 22-9 はフィリピンの発行済み FTA 一覧である。日比間で 2 国間 FTA を結んでいるほかは
すべて ASEAN としての締結である。包括的な二国間 FTA 締結先は日本のみであるが、ASEAN と
しては主要な国と FTA を発行しており、貿易に際しては比較検討することが望ましい。
第 22 章 主要産業の動向と FTA の影響
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図表 22-9 フィリピンの発行済み FTA の一覧 枠組 対象国・地域 名称 発効年月
フィリピン 日本 日本・フィリピン経済連携協定(JPEPA) 2008 年 12 月
ASEAN
日本 日本・ASEAN 包括的経済連携協定(AJCEP) 2008 年 12 月
アジア・大洋州 ASEAN 物品貿易協定(ATIGA) (旧:ASEAN 自由貿易地域(AFTA)形成のための共通効果特恵
関税(CEPT)協定) 1993 年 1 月
アジア・大洋州 中国・ASEAN 自由貿易協定(ACFTA) 2005 年 7 月
アジア・大洋州 韓国・ASEAN 自由貿易協定 2007 年 6 月
アジア・大洋州 ASEAN・インド包括的経済協力枠組み協定 2010 年 1 月
アジア・大洋州 ASEAN・豪州・ニュージーランド自由貿易協定 2010 年 1 月
地域横断 途上国間貿易交渉関連プロトコル(PTN) 1973 年 2 月
地域横断 途上国間貿易特恵関税制度(GSTP) 1989 年 4 月
(出所)ジェトロ「世界と日本の FTA 一覧(2016 年 12 月作成)」より作成