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8 月刊糖尿病 2015/3 Vol.7 No.3 1 型糖尿病の臨床:エビデンスに基づいた診断と治療 1 膵形成は Pdx1 陽性原始腸管から Pdx1/Ptfla 共陽性内胚葉上皮細胞が発芽し,腹側・背側膵原基が形成され ることに始まる.その後,さまざまな転写因子群が織りなすネットワークや誘導シグナルの働きにより各フェー ズにおいて,前駆細胞の増殖と細胞分化の調節が繰り返され,最終的に膵臓という一個の複雑な臓器を作り上 げる.現在は,その大まかな設計図が明らかにされた段階といえよう.また,胎生期膵発生機構の解明に用い られた実験手法やコンセプトを成体マウスに応用することにより,成体組織における特定の分子の機能や組織 の恒常性維持機構の解明が進められており,その先には,成体膵の機能や病態,組織障害後の再生に関するメ カニズムの解明とその臨床応用に結びつくことが期待される. はじめに 膵発生に関する基礎研究は,器官形成を研究するひと つのモデルシステムとして多くの研究者を魅了してきたとと もに,糖尿病や癌などの病気の成因や治療に関する新知 見をもたらしうる点で,臨床医学の面からもきわめて重要 な研究課題といえる.一方,糖尿病は膵β細胞からのイ ンスリン分泌が絶対的あるいは相対的に低下することによ り,血糖値の恒常性が維持できなくなる疾患である.糖 尿病において認められるインスリン分泌の低下は,膵β細 胞機能の質の低下とともに,膵β細胞容積量の低下にも 規定されると考えられる.よって,糖尿病の根治を可能 にするためには,失われた膵β細胞機能,β細胞量を補 正することが必要となる.現在,iPS細胞や組織幹細胞 などの非β細胞を標的として,分化誘導により代替β細 胞を生み出す再生医療が注目されているが,その背景に は発生生物学の進歩を基盤とした膵β細胞の発生・分化 の仕組みの理解が近年著しく進んだことがある.本稿で は膵発生のメカニズムについてその概要を紹介する. 糖尿病領域における再生医療の現状と展望 膵芽の発生 マウスにおいて,膵原器形成は胎生 9.5 日(E9.5)頃に, 前腸の背側に内胚葉上皮細胞が外重積(evagination)す ることにより始まる.やや遅れて,胎生 10.0 日頃には前 腸の腹側にも背側膵と総胆管の原器となる腹側膵芽の出 現を認める.この時期にはevaginationが明確になるに 先立ってPdx1の発現が認められることより,Pdx1の活 性化が膵への分化への第一歩として重要と考えられる. 実際Pdx1欠損マウスではevaginationは認められるものの, その後の膵芽の発育が途絶し結果として肉眼的に膵は欠 損する 1) .このことはPdx1の機能はもっとも未熟な膵前 駆細胞の増殖・分化に必須であることを意味する.しか しながら,Pdx1は将来膵の上皮細胞になる予定領域のみ ならず,十二指腸の近位部,胃の幽門前庭部,肝外総胆 管の予定領域にも発現を認める.Pdx1発現領域をさら に限定的に膵臓に分化させているのが転写因子 Ptf1a であ る.Amylaseの転写活性化に関わることから当初,膵外 分泌に特異的に発現すると考えられた Ptf1a であるが,そ 発生の分子機構 藤谷与士夫 順天堂大学大学院 医学研究科 代謝内分泌内科学

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8 ● 月刊糖尿病 2015/3 Vol.7 No.3

1型糖尿病の臨床:エビデンスに基づいた診断と治療特 集

1 膵形成はPdx1陽性原始腸管からPdx1/Ptfla共陽性内胚葉上皮細胞が発芽し,腹側・背側膵原基が形成されることに始まる.その後,さまざまな転写因子群が織りなすネットワークや誘導シグナルの働きにより各フェー

ズにおいて,前駆細胞の増殖と細胞分化の調節が繰り返され,最終的に膵臓という一個の複雑な臓器を作り上

げる.現在は,その大まかな設計図が明らかにされた段階といえよう.また,胎生期膵発生機構の解明に用い

られた実験手法やコンセプトを成体マウスに応用することにより,成体組織における特定の分子の機能や組織

の恒常性維持機構の解明が進められており,その先には,成体膵の機能や病態,組織障害後の再生に関するメ

カニズムの解明とその臨床応用に結びつくことが期待される.

はじめに

 膵発生に関する基礎研究は,器官形成を研究するひとつのモデルシステムとして多くの研究者を魅了してきたとともに,糖尿病や癌などの病気の成因や治療に関する新知見をもたらしうる点で,臨床医学の面からもきわめて重要な研究課題といえる.一方,糖尿病は膵β細胞からのインスリン分泌が絶対的あるいは相対的に低下することにより,血糖値の恒常性が維持できなくなる疾患である.糖尿病において認められるインスリン分泌の低下は,膵β細胞機能の質の低下とともに,膵β細胞容積量の低下にも規定されると考えられる.よって,糖尿病の根治を可能にするためには,失われた膵β細胞機能,β細胞量を補正することが必要となる.現在,iPS細胞や組織幹細胞などの非β細胞を標的として,分化誘導により代替β細胞を生み出す再生医療が注目されているが,その背景には発生生物学の進歩を基盤とした膵β細胞の発生・分化の仕組みの理解が近年著しく進んだことがある.本稿では膵発生のメカニズムについてその概要を紹介する.

糖尿病領域における再生医療の現状と展望特 集

膵芽の発生

 マウスにおいて,膵原器形成は胎生9.5日(E9.5)頃に,前腸の背側に内胚葉上皮細胞が外重積(evagination)することにより始まる.やや遅れて,胎生10.0日頃には前腸の腹側にも背側膵と総胆管の原器となる腹側膵芽の出現を認める.この時期にはevaginationが明確になるに先立ってPdx1の発現が認められることより,Pdx1の活性化が膵への分化への第一歩として重要と考えられる.実際Pdx1欠損マウスではevaginationは認められるものの,その後の膵芽の発育が途絶し結果として肉眼的に膵は欠損する1).このことはPdx1の機能はもっとも未熟な膵前駆細胞の増殖・分化に必須であることを意味する.しかしながら,Pdx1は将来膵の上皮細胞になる予定領域のみならず,十二指腸の近位部,胃の幽門前庭部,肝外総胆管の予定領域にも発現を認める.Pdx1発現領域をさらに限定的に膵臓に分化させているのが転写因子Ptf1aである.Amylaseの転写活性化に関わることから当初,膵外分泌に特異的に発現すると考えられたPtf1aであるが,そ

膵発生の分子機構藤谷与士夫順天堂大学大学院 医学研究科 代謝内分泌内科学

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1 膵発生の分子機構

月刊糖尿病 2015/3 Vol.7 No.3 ● 9

Cre off Cre onPtf1aCre/+;Rosa26r

Rosa26rSTOP Lac ZloxP loxP

Lac ZloxP

Cre recombinase

図1 Ptf1acre/wt;Rosa26rを用いたgenetic lineage tracingの仕組み(文献26改変)Ptf1aを発現した細胞では,Rosa26r locusにおいてCre recombinaseによる組み替えによりLacZが発現し,それが子孫細胞に受け継がれるため,Ptf1aを発現した細胞とその子孫細胞の全てをLacZで標識して,その運命を解析することが可能である.

A B C D

図2 Ptf1acreを用いたgenetic lineage tracingの成績(文献2改変)A,B:Ptf1a-cre R26R wildtype control.C,D:Ptf1aCre/Cre R26R,Ptf1a homozygous null mutant.Ptf1a機能が正常であるとPtf1aを活性化した細胞は膵臓のすべての組織に分化する(A,B).一方,Ptf1a機能が欠失した状態では,本来膵臓に分化する予定の細胞は,十二指腸の細胞として分化する.A,C:ventral view,C,D:dorsal view.図の矢印は腹側膵芽由来の膵遺残物を示す.

膵芽の発生を調節する因子

 マウス胎生9.5日頃には膵原基が位置する前腸は三つの血管(背側で1つの動脈,腹側で2つの静脈)と接するようになるが,その位置にPdx1の発現,膵芽の形成およびインスリン遺伝子の発現を認めることをLammertらは報告している3).アフリカツメガエルの系で血管を除去しておくと,それに接する膵原基におけるインスリン発現が消失することなどから,血管内皮由来のなんらかのシグナルが膵臓の誘導に関与することを強く示唆する3).Zaretらは血管内皮細胞を欠失するflk1(VEGF受容体)欠損マウスを用いた解析により,前腸の背側に位置する動脈が背側膵芽の維持と発育に重要であることを報告した.興味深いことに,背側膵芽のPdx1陽性細胞の最初の誘導には血管内

の後,膵のすべての細胞分化に関与することが明らかとなった.すなわち,KawaguchiらのPtf1a-Creノックインマウスを用いたgenetic lineage tracing(細胞系譜追跡実験)( 図1 )によると,前腸内胚葉領域ではPtf1aは胎生10.5日においてふたつの膵芽においてのみ発現を認め,Ptf1a遺伝子を活性化した細胞はその後,外分泌,内分泌そして導管細胞を含む膵上皮由来のすべての細胞系譜へと分化することが明らかにされた( 図2 ).また,Ptf1a遺伝子を活性化して膵細胞に分化する予定であった細胞集団は,Ptf1aを不活性化すると十二指腸のcryptを含むすべての種類の細胞に分化した(図2).以上の結果から,Pdx1発現領域にPtf1aが発現することが,十二指腸の未分化幹細胞が膵の前駆細胞としての運命を獲得する上で重要であると考えられる( 図3 -A)2).

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10 ● 月刊糖尿病 2015/3 Vol.7 No.3

1型糖尿病の臨床:エビデンスに基づいた診断と治療特 集

A

Pdx1 Ptf1a

Hlxb9/Mnx1 血管内皮

背側膵の前駆細胞の増殖・分化

B前腸内胚葉Pdx1-

Pdx1+Pdx1+

Ptf1a- Ptf1a+

十二指腸前駆細胞 膵前駆細胞

肝前駆細胞

Ptf1a

外分泌前駆細胞 内分泌前駆細胞

図3 未分化内胚葉上皮の分化におけるPdx1とPtf1aの役割A:未分化内胚葉上皮において,Pdx1発現領域のうち,Ptf1aを発現した細胞が膵としての運命を獲得する.B:Hlxb9欠損マウスでは背側膵におけるPdx1の発現は完全に消失することから,Pdx1の上流にHlxb9が存在することがわかる.血管内皮由来のなんらかのシグナルが背側膵におけるPtf1aの誘導に関与する.Ptf1aとPdx1は相互に活性化しあうことにより.膵前駆細胞の増殖・分化を協調的に誘導する.

皮からのシグナルは不要であり,その後のPdx1発現の維持に血管由来シグナルが必須であることを見出している.そしてその血管由来シグナルのターゲットになっているのが背側膵芽におけるPtf1aの発現誘導であるという4).これは,背側膵芽発生におけるPtf1aの上流のシグナルの少なくとも一部が血管由来であることを提示するとともに,膵芽におけるPtf1aのPdx1発現維持における重要性を初めて示唆した重要な研究である.なお,Hlxb9/Mnx1欠損マウスにおいて背側膵芽は欠失しており,背側膵芽が形成される予定であった内胚葉上皮細胞ではPdx1の発現は消失する5).このことは,背側膵芽形成にいたる転写因子ヒエラルキーの中ではPdx1の上流にHlxb9/Mnx1が位置することを意味する(図3-B).

膵芽の発生における転写調節

 その後,図3-Bに示すようなPtf1a-Pdx1 axisを支持する知見が相次いで報告された.すなわち,膵芽期(E9.5〜 11.0)にPtf1aがArea Ⅲとよばれる領域を介してPdx1プロモーターに結合し,その結合が,Pdx1を膵芽全体に発現させるうえで重要であるという(図3).従来より,Pdx1の発現調節機構に関しては膵発生にかかわる因子のなかでも比較的解析が進んでおり,その中心的役割を演じるcis-elementとして約1kbにわたるArea Ⅰ-Ⅱ-Ⅲとよばれる,種をこえて保存された領域が同定されていた

( 図4 )6).我々はArea Ⅰ-Ⅱ-Ⅲを欠損する変異マウスを作製し,その膵器官形成,膵ラ氏島分化および血糖応答維持における重要性をin vivoにおいて明らかにした7).この領域の前半2/3をカバーする,Area Ⅰ-ⅡにLacZを連結させたレポーター遺伝子を用いてtransgenic mouseを作製すると,膵内分泌細胞においてのみLacZの発現を誘導することが可能であることより,Area Ⅰ-Ⅱ領域は内分泌細胞に特異的に発現を誘導するために重要なcis-elementであることが示された8).Gannon,Miyatsukaらは,Area Ⅲ内にPtf1a結合モチーフが存在すること,in vivoの条件においてPtf1aがこのモチーフを介してPdx1発現調節領域に結合し,このArea Ⅲ依存的にPdx1遺伝子の活性化にあずかることを示した9, 10).また,これと附合するように,Area I-Ⅱ-LacZのtransgeneでは膵芽期のPdx1発現パターンを再現できないが,これにArea Ⅲを加えたArea Ⅰ-Ⅱ-Ⅲ-LacZでは膵芽期において,内因性のPdx1発現パターンと同様,膵芽全体にLacZの発現を認めることより,膵芽期に膵芽全体に発現するPtf1aがArea Ⅲへの結合を介して,PDX1の膵芽全体における発現の維持に関与している可能性が示唆された(図3-B)9).

膵芽形成における Ptf1aとPdx1の協調作用

 さらに,Pdx1プロモーター上のPtf1a結合部位を含むArea Ⅰ-Ⅱ-Ⅲを完全欠損させたマウスにおいては,膵芽

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1 膵発生の分子機構

月刊糖尿病 2015/3 Vol.7 No.3 ● 11

A

マウス

Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ

+1

-7 kb

ATG

ヒト

Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ

+1

-9 kb

ATG

ニワトリ

Ⅳ Ⅰ Ⅲ

+1

-3 kb

ATG

ラット

Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ

+1

-7 kb

ATG

B

AreaⅣ AreaⅡ AreaⅢAreaⅠ?

FOXA1

FOXA2

PDX1

NKX2.2

HNF1α/β

FOXA2

PDX1

NKX2.2

HNF6

MAFA

PAX6

FOXA2

HNF6HNF

6

BstEⅡ-1.9 kb

PstⅠ-2.9 kb

XbaⅠ-4.6 kb

図4 Pdx遺伝子5*上流域に保存されたエンハンサー様配列(文献27改変)A:Pdx1の調節領域には,種を超えて高度に保存された配列AreaⅠ,Ⅱ,Ⅲ&Ⅳが存在し,膵発生から成体膵臓の機能維持までのPdx1のダイナミックな発現制御に関わるものと推定される.B:Pdx1の保存配列に結合が報告されている転写因子群を示す.

期におけるPdx1の発現量は顕著に低下し,それと同時に背側膵芽におけるPtf1aの発現量は顕著に低下し,腹側膵芽におけるPtf1aの発現は消失した7).これらの事実は,Pdx1とPtf1aが膵芽期においては相互に活性化しあい,未分化前腸内胚葉からの膵細胞への運命獲得とその後の膵前駆細胞のpopulation拡大に強調的に関与している可能性を示唆している(図3-B).実際これを支持する成績として,膵器官形成前のPdx1発現領域においてPtf1aを強制発現させることによりPtf1a発現領域を拡大させると,Pdx1陽性の未分化な内胚葉上皮の大部分が膵の運命を獲得することにより,通常より大きな膵臓が形成されることがXenopusの系において示された 11).さらに最近,Wrightらは胎生9.5日にSox17陽性未分化内胚葉上皮にPtf1aを一過性に発現させると,本来Pdx1の発現しない領域において内因性のPdx1発現を誘導することにより,胃前庭部,十二指腸近位部および肝外胆管を含むPdx1発現領域の外側に位置する内胚葉上皮を,外分泌と内分泌細胞のすべてを含む膵臓の組織にリプログラミングできることを示した 12).しかしながら,胎生12.5日に一過性のPtf1aを発現させた場合には外分泌組織のみを誘導しえ

た.この実験結果は未分化内胚葉上皮が膵の運命を獲得する上でPtf1aがPdx1より決定権があること,またPtf1aに反応する未分化内胚葉上皮のcompetencyが空間的時間的に調節されていることを意味している.

膵外分泌細胞と内分泌細胞のspecification

 胎生12日頃には膵の未分化上皮組織は,大きくわけて,先端に近い“tip”と根本に近い“trunk”の2つに領域化される( 図5 ・ 図6 )13).Tipの領域は最初は多分化能を有するCPA1陽性の未分化細胞集団(multipotent progenitor cells;MPC)によって形成される.胎生12.5日までに膵原器に形成されるMPCの量により膵臓の最終的なサイズが規定されるとされ 14),その前駆細胞の未分化状態を維持するうえでnotchシグナルの活性化が重要と考えられている 15).Tip領域のMPCとしての活性は1日程度の間に速やかに消失し,胎生14.5日までにはtip領域は外分泌細胞の前駆細胞集団(Pro-acinar)として変貌

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12 ● 月刊糖尿病 2015/3 Vol.7 No.3

1型糖尿病の臨床:エビデンスに基づいた診断と治療特 集

E9.5

E11E11.5 E12

E11 E12.5 E14.5

成熟膵組織

T PRU IN TK

E9

Trunk

Tip

MPC

Proacinar

time

図5 未分化内胚葉上皮からの膵組織の分化のプロセス(文献28改変)

PP

δ

α

β

EMT?Ngn3HI

Ngn3LO

非対称性分裂?

2°MPC

Time

Acinar

Trunk Tip

Islet

図6 胎生期12日以降の未分化膵上皮の tip-trunk領域化(文献28改変)

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1 膵発生の分子機構

月刊糖尿病 2015/3 Vol.7 No.3 ● 13

Acinar Duct ε δ PP α

1°MPC 2°MPC(Tip)

Bipotent progenitor(trunk)

Endocrine progenitor

Endocrine precursor

Immature β

β

Ptf1a>HIGATA4Mist1Nr5a2

HNF6HNF1βSox9Foxa2

-Pax4-Nkx2.2 Pdx1 Arx

ArxMafBBrn4

Mnx1Pdx1Ptf1a>LOSox9Nkx6.1HNF1βHNF6Foxa2GATA4GATA6

Pdx1>LOPtf1a>LOSox9>LONkx6.1HNF1β>LO

GATA4Nr5a2

Pdx1>LOSox9>HINkx6.1HNF1β>HI

HNF6Foxa2GATA6

Ngn3>HIMyt1Islet1NeuroDSnail2

Mnx1Myt1Islet1NeuroDIA1Rfx6Pax6Nkx6.1Nkx2.2Snail2

Pdx1>HIMnx1Nkx6.1NeuroDNkx2.2MafBMafAPax4Snail2>LO

Pdx1>HIMnx1Nkx6.1NeuroDNkx2.2MafAPax4Foxa1Foxa2

AcNr5a2

図7 膵芽に存在するMPC(multipotent progenitor cells)からβ細胞への分化経路と関与する転写因子群(文献28改変)

をとげる13)(図5・図6).一方,trunk領域の上皮細胞は導管と内分泌細胞のいずれにも分化可能なbipotencyを有する細胞集団を形成する 16).Trunk領域の上皮細胞は,やがてその一部の細胞がNgn3(neurogenin 3)を高発現し,内分泌前駆細胞へと運命づけられる.内分泌前駆細胞は2nd transitionの間にtrunkのtube構造からEMT(epithelial-mesenchymal transition)を起こして離脱(delamination)し,引き続いて細胞集塊を作ることにより膵島構造が形成される.Ngn3を欠損したマウスでは膵内分泌細胞が欠損すること,Ngn3を発現した細胞をlineage tracing解析を行うとその後内分泌細胞に分化することより,内分泌細胞分化においてNgn3が中心的役割を果たすことがわかる17, 18).Trunkのtube構造にとどまった残りのHNF1b+Sox9+Nkx6.1+細胞は導管細胞へと分化してゆく.このtip-trunk領域の形成および二極化にはPtf1aとNkx6.1の働きが重要とされる.すなわち,Ptf1aはtipの形成に必要であり,Nkx6.1はtrunkの形成に必要であるが,Ptf1aとNkx6.1は互いに抑制しあうことにより,tip-trunkの細胞系譜プログラムを維持していることが明らかとなっている(図6)19). Ngn3 陽性細胞は trunk 構造から離脱した後,成熟内分泌細胞すなわちα,β,δそしてPP(pancreatic polypeptide)細胞へと分化してゆく.内分泌前駆細胞が

最終的にこれらの内分泌細胞のいずれに分化してゆくかについては 図7 に示す多くの転写因子群の相互作用によって決定されることが明らかとなってきているが,その詳細については紙面の制約上,他の総説に委ねることとする.Ngn3陽性細胞がどの時点で最終的にいずれの内分泌細胞に分化するのかが決定されるのか,またその選択メカニズムについては現在でもよく分かっていない.

内分泌,外分泌細胞の維持機構と リプログラミング

 以前より膵管近位部に新生途上と思われるラ氏島構造が認められることや,膵より単離した膵管様の細胞を培養するとインスリン産生細胞への分化が誘導されることなどが多数報告されており,膵管そのもの,あるいは膵管近位部にβ細胞の供給源となりうる幹細胞が存在すると考える研究者は多かった.こうしたなかで,Meltonらのグループはlineage-tracingを応用した実験により,マウス成体の膵島におけるβ細胞数の増加は膵幹細胞からの分化ではなく,すでに存在する膵β細胞の自己複製によって起こることを提唱した20)( 図8 ).この報告はその後のいくつかの解析によって検証され,現在では成体マウスの少な

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14 ● 月刊糖尿病 2015/3 Vol.7 No.3

1型糖尿病の臨床:エビデンスに基づいた診断と治療特 集

Acinar-to-β cell

transdifferentiation↑Pdx1 ↑Ngn3 ↑MafA

Acini

Duct

PDL,STZNeogenesis

Islet

β-cell self-replication

α-to-β cellreprogramming

α-cellβ-cell

図8 膵組織はさまざまな条件下において可塑性を示す(文献28改変)

くとも定常状態においては膵β細胞は自己複製により補充されていることが主たるメカニズムであると考えられつつある.ただし,遺伝子導入や膵管結紮やSTZなどの薬剤投与時といった特殊な状況下においては,膵管や外分泌組織からのリプログラミングがおこりうることが報告されている.例えば,成体マウスの膵外分泌細胞にPdx1,Ngn3,Maf-Aをアデノウイルスベクターを用いて異所性に共発現させると,外分泌組織からβ細胞へのリプログラミングが誘導される21). また,ジフテリア毒素を用いて,ジフテリア毒素受容体をあらかじめ発現させた膵β細胞を速やかに死滅させると,α細胞を起源としてβ細胞へのリプログラミングが誘導され,マウスの血糖が正常域に回復することが報告されており22),これらの成績は患者由来の非β細胞をターゲットとしたβ細胞再生治療の可能性を示唆する(図8).

膵β細胞のidentity維持と脱分化

 糖尿病状態における膵β細胞量および機能の低下の背景として,β細胞の細胞死や増殖能の低下に加えて,β細胞の未分化細胞への脱分化現象の関与が最近注目されている( 図9 )23).Acciliらは,膵β細胞特異的にFoxO1を欠損させたマウスを複数回出産させたり,加齢させたりというメタボリックストレスを与えると高血糖が誘導されるが,この際にβ細胞数が減少し,α細胞数が増加することを観察した 24).彼らはこの際にβ細胞数が減

少する原因をlineage tracingを用いて探索したところ,β細胞死が増えているのではなく,β細胞の多くがインスリンを発現しなくなった細胞に変化していることがβ細胞数の減少に寄与していることを見出した.このインスリンを発現しなくなった元β細胞はNgn3を高発現し,多分化能を有する細胞に特徴的なL-Myc,Oct-4を発現することから,脱顆粒したβ細胞というよりは,未分化な内分泌前駆細胞である可能性が強く示唆された.Lineage tracingの結果からは,β細胞は一旦未分化な細胞に脱分化したのちに,α,δ,PPを含む分化した膵島細胞へと再分化するという25)(図9).また,RemediらのグループはATP結合能のない,変異K感受性ATPチャネル(変異KATPチャネル)を過剰発現させたマウスは,血糖値が上昇するに伴い,膵β細胞数が激減し,残存するインスリン陰性の細胞の多くがNgn3を高発現する細胞であることを観察した25).興味深いことに,このモデルにおいては,インスリン治療により血糖値を改善させると,一旦脱分化したNgn3陽性細胞をインスリン陽性細胞へと再分化させることができることが報告されている.これらの結果より,糖尿病の高血糖状態ではβ細胞は脱分化することにより,機能と量が低下している可能性がある.

おわりに

 紹介したように,遺伝子工学を駆使した発生生物学的

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1 膵発生の分子機構

月刊糖尿病 2015/3 Vol.7 No.3 ● 15

生理的状態 グルカゴン

プロインスリンインスリンソマトスタチン

正常β細胞 負荷のかかったβ細胞

病的状態(新しい説)病的状態(新しい説)

脱分化細胞 非β細胞へ再分化

病的状態(これまでの説)

機能異常のβ細胞 細胞死

図9 膵β細胞数減少のメカニズム(文献23改変)これまでは,細胞内酸化ストレスやERストレスの増加を介して,β細胞死を誘導し細胞数が減少していくことが2型糖尿病のβ細胞数低下の主要なメカ二ズムと考えられた.新しい説では,膵β細胞は代謝ストレスにより内分泌前駆細胞へと先祖帰りし,その細胞が再分化するが,主にはα細胞になることがその病態に重要という.

Profile藤谷与士夫(ふじたに よしお)1991 年 大阪大学 医学部 卒業2000 年 バンダービルト大学 医学部 細胞生物学部門 博士研究員2006 年 順天堂大学大学院 代謝内分泌学 講師2007 年 同 准教授,現在に至る

解析により膵器官形成に関する分子レベルでの理解が進んだ.多機能幹細胞による膵再生に向けては,発生現象を培養皿の上で再現することが最終的にはもっとも信頼性のある方向性と考えられる.では,どのようにして発生

現象の詳細を再現してゆくのか,また臓器を構築したのちにいかに機能を維持してゆくのかといった諸問題を今後明らかにする必要がある.

文献

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