放送研究リポート 公開イベントがもたらす,教育コンテンツ …2020/04/01...
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86 APRIL 2020
公開イベントがもたらす,教育コンテンツに対する共有体験〜 2020年(第47回)「日本賞」に向けて〜
メディア研究部 渡辺誓司
「日本賞」とは
2020年4月1日,教育コンテンツの国際コンクール,第47回「日本賞」のエントリーの受け付けが始まった。「日本賞」は,世界の教育番組の向上を図り,国際的な理解と協力を深めるためにNHKが1965年に創設した,放送番組をはじめ,映画やビデオ,ウェブサイト,ゲームソフト,アプリケーションソフトなどの教育コンテンツ全般を対象とする唯一のコンクールである。2019年(第46回)コンクール(11月1 〜 8日,東京・NHK放送センターなど3会場で開催)には,54の国と地域から288のエントリーがあり,グランプリ「日本賞」は,文化の相克を背景に自己を模索する少年を描いたドキュメンタリー
『アフリカのブッダ』(南アフリカ・スウェーデン)
が獲得した。コンクール期間中に審査と並行して開催され
てきたのが,教育コンテンツをテーマとする各種イベントである。当初より,放送・制作関係者や教育関係者,研究者を対象に,専門家の記念講演やシンポジウム,セミナー,ワークショップなどが催され,交流や研
けんさん
鑽,意見交換の場として活発に利用されてきたが,近年は,コンクールの関係者だけでなく一般参加が可能な公開イベントに変わりつつある。そこでこのリポートでは,「日本賞」における公開イベントの持つ意味について考える。
2019年「日本賞」の公開イベント
2019年のコンクール期間中に開催されたイベントは12プログラム(表)で,すべて一般公開された。最終審査に残った作品の上映会をはじめ,ウェブサイトやゲームソフトなどを対象とする「デジタルメディア部門」と,予算や機材などの制作条件が十分でない国や地域のテレビ教育番組の企画の実現化を支援する「番組企
画部門」は,コンテンツ制作者や企画提案者による最終審査のプレゼンテーションと審査委員との質疑応答の様子を公開した。番組関係者などを交えて,作品を見ながら会場の参加者と議論するセッションも行われ,どのイベントも,事前に「日本賞」のウェブサイトから申し込むと,入場無料,先着順で誰でも参加することができた。
2019年のイベント参加者は延べ691人ですべてのイベントが満席になり,これまでにない
表 2019年(第46回)「日本賞」コンクールで開催されたイベント☆部門別の作品上映会および作品紹介
11月5日 幼児向け部門(0 〜 6歳の未就学児対象の教育コンテンツ)デジタルメディア部門(デジタルメディアを利用した教育コンテンツ)
11月6日2018年「番組企画部門」で最優秀賞を獲得し,番組化された
『命〜自殺を止めるために』(メキシコ)の完成披露上映会児童向け部門(6 〜 12歳の初等教育課程の子ども対象の教育コンテンツ)
11月7日 青少年向け部門(12 〜 18歳の青少年対象の教育コンテンツ)一般向け部門(18歳以上の大人の学びに役立つコンテンツ)
☆公開プレゼンテーションおよび審査委員との質疑応答11月5日 デジタルメディア部門11月6日 番組企画部門
☆セッション
11月5日 PBS Kids×NHKこども番組『パワー・オブ・キャラクター』子どもを引き付けるコンテンツの発信を続ける米・PBSの制作者を交えたクロストーク
11月6日セッション“SDGs”フォーカスメディアはSDGs(持続可能な開発目標)に対して何ができるのか,参加者と考えるセッション“ダイバーシティー”フォーカス障害者やLGBTの問題と社会の多様性,共生社会の実現について,作品とともに考える
11月7日イタリア賞セッション イタリア賞×日本賞1948 年創設の国際番組コンクール「イタリア賞」の最新受賞作品から,世界のコンテンツの潮流に触れる
〈放送研究リポート〉
87APRIL 2020
盛況だった。その理由の1つに,イベントの主会場を,JR渋谷駅に程近い複合施設に置いたことが考えられる。付近は人通りが多く,街を歩く人が立ち寄る例もみられた。一般参加の公開イベントの展開という点で効果的だったようだ。
参加者の顔ぶれは,会社員や自営業者,フリーランス,学生などさまざまだった。年代も10代から70代までと幅広く,例えば若い参加者からは次のような感想が寄せられた。
会場の参加者が同じ作品を視聴して考える
最近の「日本賞」には,障害者やLGBT(レズビアン,ゲイ,バイセクシャル,トランスジェンダー)などの問題に焦点をあてた作品もエントリーされており,「セッション“ダイバーシティー”フォーカス」(11月6日開催)では,社会の多様性とメディアの役割について考えた。就職活動に挑む障害者を描いた『わたしたちのシューカツ大作戦』(オーストラリア・2018年一般向け部門で最優秀賞)と,LGBTと家族の問題を少女の視点で捉えた『レインボーファミリー』(ドイ
ツ・2019年児童向け部門で優秀賞)の2本のドキュメンタリー作品が上映されたが,注目されるのは,参加者が,作品の視聴や議論を会場全体で共有した体験を評価していることである。
登壇者の1人で,スポーツとLGBTに関する情報発信を進めるプライドハウス東京の代表・松中権氏は,上映した作品について,主人公に感情移入しその疑似体験をできることが強みだと指摘したが,加えて,会場全体で視聴したことが主人公に対する共感の輪を生み,参加者の発言を促し,障害者やLGBTの問題を深く考える議論につながったのだろう。
この事例から思い起こされるのは,NHK学校放送番組を利用した,小学校の授業風景である。子どもたちは教室のテレビの画面を見つめ,番組が終わると口々に感想が飛び出す。番組からの気づきや感動が教室内で共有され,授業が深まっていく。同様に「日本賞」のイベントでも,作品に対する共有体験を育む機会を提供することは有効であることがわかる。
2020年(第47回)「日本賞」は,10月30日〜11月6日に開催される。世界から多くの教育コンテンツがエントリーされるとともに,期間中の公開イベントが,最新の優れた教育コンテンツに触れる格好の機会となり,作品の視聴や議論を共有する場として,教育コンテンツに関心のある多くの人が集うことを期待したい。
(わたなべ せいじ)
・多様な意見を聞くことができ,とても勉強になった。会場からの発言も加わり,議論が深まった。 (高校生)
・登壇者の話と経験が興味深く,質疑応答で会場が一体になったのがよかった。 (大学生)
・作品を見ていて,会場全体が笑顔になっていくのが印象的だった。笑顔が伝染していくようで,みんなで作品を見るというスタイルが広がると,もっと深く届くのではないだろうか。
(会社員40代)・作品を見て議論をできるのがよかった。話が深
まった感じが強い。 (会社員40代)
セッション“ダイバーシティー”フォーカスの様子
※第47回「日本賞」のエントリーの受け付けの 開始は、2020年5月7日に変更になりました。