内観療法の若干の理論的考察とその実際 --福祉心理学の立 …briefly,...

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125 内観療法の若干の理論的考察とその実際 --福祉心理学の立場より-- 岡 田   明 Akira OKADA 福祉心理学科(Department of Social Work and PsychologyTheoretical Discussion of Naikan Therapy and it’s Practice From the Standpoint of Psychology of Social Welfare ― Akira OKADA In this paper the writer aims to perform the some theoretical observations of Naikan therapy and describe the practice. Briefly, Naikan is a particular kind of meditation based on a fixed method of self- observation and self-reflection. So the instructions and themes for meditation or reflection are very important. The Naikan client is asked to look at himself in his relationships with other people from the following three perspectives : a. Recollect and examine your memories on the care and kindness that you have received from a particular person. b.Recollect and examine your memories on what you have done for that person in return.c.Recollect and examine inconveniences, troubles, and worries you have caused that person.These three perspectives can be named, for the sake of convenience.What you’ve received,”“What you’ve returned,”“difficulties you’ve caused. As you enter into Naikan meditation, you will find it useful to avoid excuses, rationalizations, or angry words about others, you will notice that the counselor will tend to be passive and to simply listen to what you describe to him. Following this introductory sessions, however, the counselor will require more of you. He will lead you with the expectation that you will faithfully follow his instructions. Mr. Yoshimoto used to give his clients auch instructions asExamine yourself severely like a prosecuting attorney cross examining the accused.

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内観療法の若干の理論的考察とその実際--福祉心理学の立場より--

岡 田   明*

*Akira OKADA 福祉心理学科(Department of Social Work and Psychology)

Theoretical Discussion of Naikan Therapy and it’s Practice― From the Standpoint of Psychology of Social Welfare ―

Akira OKADA

In this paper the writer aims to perform the some theoretical observations of Naikan

therapy and describe the practice.

Briefly, Naikan is a particular kind of meditation based on a fixed method of self-

observation and self-reflection. So the instructions and themes for meditation or reflection are

very important.

The Naikan client is asked to look at himself in his relationships with other people from

the following three perspectives :

a.“Recollect and examine your memories on the care and kindness that you have

received from a particular person.

b.“Recollect and examine your memories on what you have done for that person in

return.”c.“Recollect and examine inconveniences, troubles, and worries you have caused that

person.”These three perspectives can be named, for the sake of convenience.“What you’ve

received,”“What you’ve returned,”“difficulties you’ve caused”.As you enter into Naikan meditation, you will find it useful to avoid excuses,

rationalizations, or angry words about others, you will notice that the counselor will tend to be

passive and to simply listen to what you describe to him. Following this introductory

sessions, however, the counselor will require more of you. He will lead you with the

expectation that you will faithfully follow his instructions. Mr. Yoshimoto used to give his

clients auch instructions as“Examine yourself severely like a prosecuting attorney cross

examining the accused.”

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東京成徳大学研究紀要 第 6号(1999)

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1.はじめに

わが国で開発されたほとんど唯一の心理療法である内観法と精神分析などを分析し、双方を対比さ

せながら、福祉心理学への双方の貢献をさぐろうとした(文献13による)。

ここで福祉心理学について考察しておこう。老人を現実の対象にしての治療的指導は福祉心理学の

重要な領域なのである。

福祉心理学はまず、(1)老人、(2)障害者、(3)母子家庭における母子など、社会的に弱い立

場にある、いわゆる“社会的弱者”を対象にし、彼らが施設、病院、学校、家庭などの場で、それぞ

れどのような感情、人間関係、思考などの行動や認知を行うかを分析することを課題とする。

その上で現実をふまえつつ、どのようにして“社会的弱者”と言われる人たちの精神的健康を増進

し、しあわせ感をもたせるかを科学的に明らかにすることを目的として生まれた、新しいにんげん科

学である。

“社会的弱者”の運動性、運動性、社会性ならびに認知性を十分に検討し、あわせてそれらがどの

ような場で行われるかを分析する。これらはいわば独立変数である。それらにより、従属変数として

の幸福感が発生する機序を問題にする、という意味では、一種の“関係学”であるとも言えよう。

そして、実態の分析にとどまらず、幸福感の増進のための治療的ないしは指導的な操作も行う。そ

うした意味では、しあわせのための心理学であり、幸福のための科学であるとも言える。

幸福はすぐれて心の問題である。物や金や施設だけの問題ではない。

真の自己概念や真の大自然感をもたせ積極的な構えをもち、幸福感をもって生活するには、どのよ

うな“社会的弱者”に、どのような状況を提供すればよいかを、科学的に探求する人間科学であると

も言えよう。

このことについて、白石大介は次のように述べている。

「福祉心理学という概念は一般的にはないが、社会福祉の分野において、対人サービスや問題解決

などの過程で心理学が基礎科学または隣接科学の一つとして果たす役割は大きい。」

ここでも福祉心理学が新しい科学だということが理解されよう。老人など中心にあつかっている福

祉心理学の立場から内観法にアプローチする。

2.内観法について

内観の過程は4つにまとめられる(文献3による)。それは、1)内観への導入、2)内観の進展、

3)内観への抵抗と解消、4)洞察と情動体験の出現である。

その中で、自己探索への抵抗には次のようなものがある。1)雑念・想起困難、足腰の痛さ・厚さ

寒さ・疲労、3)日常的刺激遮断による被拘禁感・不安・孤独感・欲求不満・退屈、4)内観的思考

様式への反発、5)被害者意識・他者への依存・不信・攻撃、6)指導者への依存・不信・攻撃、7)

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自己探求への恐怖・自己改革の苦痛である。

また、内観による中核的な洞察と情動体験は次のようである。つまり、洞察には、1)自分の自己

中心性、2)他者の愛情、3)問題や症状に応じた洞察があり、情動体験には、1)罪悪感・謝罪

感・赦された体験、2)被愛感・感謝・自他融合感、3)自己発見・他者発見の喜び、自己受容・他

者受容による安らぎ、5)成就感・解放感がこれに属する。

次に、内観の挫折要因としては次のものがあげられる。1)動機づけの弱さ、2)ラポールの欠如、

3)精神的未熟さ、低い欲求不満耐性、5)高い不満である。

最後に、内観による変化には次のものが期待される。1)自己反省の体得、2)自己像・他者像の

改革、3)共感性の向上、4)情緒の安定、5)自己統制力の向上、6)意欲の向上、7)自己の確

立、8)問題解決や症状の軽減である。

3.「『音楽』の分析」について

三島由紀夫の「音楽」(1995)が精神分析の理論によいと言われているので「音楽」をとり上げた。

「音楽」によると、精神分析の行われる場所は次のとおりである。

私の診療所の3つの分析室は、厳密な防音装置を施した密室であって、患者が余計な刺激によって

自然な連想を妨げられないように、花瓶ひとつ、額画ひとつ置かれていないが、そのかわり、待合室

にはなるたけ快適な気分をもたせ、窓もひろびろととり、安楽椅子や壁の色との調和も考え、マガジ

ン・ラックには東西のグラフ雑誌をそろえ、花瓶の花も絶やさぬようにしている。

また、精神分析の仕方は次のとおりである。

分析室の椅子はゆったりして座り心地がよく、3段に調節ができて、ほとんど仰向けに寝た角度に

までなるが、私は麗子の背をほぼ45度の角度に横たえ、何もない灰色の壁と天井へ直面させた。私は

その椅子の枕もとの位置に、小さい椅子にかけて座っているから、麗子の目からは私の姿は見えない

わけである。

「いいですか」と私は、重厚な、人に信頼感を与える声-この声質に私は多少自信を持っている-

で語りはじめた。「あなたの頭に浮かぶことをそのまま話してほしいのですが、つぎのような考えは

完全に捨てると約束してください。1)こんなことを話すのはつまらない。2)こんなことは当面の

病気とは関係がない。3)こんなことを話しちゃ恥ずかしい。4)こんなこと言うのはとっても不愉

快だ。5)こんなことを言って先生をおこらせやしないかしら。いいですか。この5つをすっかり念

頭からぬぐい去ってください」

精神分析のやり方はおおむね以上のようである。

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4.内観法と精神分析の比較

次に、内観法と精神分析の比較をすると以下のようになろう。

共通点は、過去の体験を内省する点にある。

相違点は次のようになろう。

精神分析は、1)1週間に1度、または4~5日分析する、2)個人内の自由な連想や探索、3)

アンビバレントな感情の自由な表現、4)無意識の重視、5)防衛機制解明(代償、昇華、同一化、

合理化、抑圧、退行、白昼夢)、6)エディプス・コンプレックスやエレクトラ・コンプレックスの

重視、7)宿泊せず、8)不安傾向の強いものにも分析の適用可能、9)教示「1時間どうぞ自由に

話してください。あなたの思っていることを何でもよいのですよ。夢物語みたいなものでも、どんな

つまらないことでもよろしいですから、どうぞ自由におっしゃってください」

一方内観法は、1)7日間の集中内観、2)母などに対する特定の精神的態度をとらせる、3)懺

悔と愛の交互作用の重視、4)求道的(宗教的)、5)宿泊をする(集中内観)、6)短時間で乞うか

のあることか多い、7)不安傾向の強いものは不可、8)記憶の想起を求める、それの不可能なもの

は適用ができない、9)倫理的評価を求める。

内観法による福祉心理学への貢献は、老人、障害者、福祉対象者などへの適用により明らかにされ

つつある。

5.読書療法と内観法の比較

ここでは、読書療法と内観法を考察し、相互の異同などを分析することにより、読書療法への内観

法の貢献などを考察する。

ここでは、文献による理論的研究の方法をとる。

1)読書療法について

読書に熱中するときには、内容を理解するばかりでなく、感情が動き、態度が変容されることもあ

る。その場合は読み手のもっとも深い部分が関与している(文献10による)。

読書は、他の人間の行動におけるように、読み手のパーソナリティと読書材の関数である。読みは

作品に読み手の感情を投影させたり、また内容を読み手が取り入れ、読書内容と同一化することが多

い。この機構により読み手に新しい世界がひらけ、自我と読書の理解の相互作用で新しい人格が創造

される契機がここにある。

読みにはまた、カタルシス、つまり心の浄化作用が働く。これが読書療法の治療的基礎となる。読

みはまた、読み手に洞察を働かせ、望ましい行動の指針を与えるのである。

これらすべては読書療法の基本的原理となる。つまり、読書は個人的適応を増進させる手段となる。

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読書の機能にはまた、同一かとカタルシスの働きがあり、読み手は作中人物と同一化し、それに対

して自己の感情をぶちまけて心を洗ったりする。洞察の働きもある。

ウサギとカメの話を読んでも、相手をバカにしてはいけないという洞察を得て、対人関係の調整に

役立つことがあろう。

読書療法は、これらの機能に依存しながら、問題児などに適書を与え、読み手と読書材との心理的

相互作用による精神治療を行うものである。つまり、読みながら主人公と同一化し、カタルシスの働

きで緊張を解消し、洞察の作用で望ましい行動様式を獲得させるのである。

山本晴雄の研究(1969)によれば、「天国にいるおとうさま」をよむにともない、交通遺児の悲痛

なる感情に強く共感し、同情し交通事故の悲惨さを心から痛感するに至った。その結果、運転態度の

基盤がスピード運転に伴う爽快さを求める欲求から、万一事故を起こした場合の被害者の悲しみを重

視する心構え、交通事故を避けようとする欲求に転換し、その結果として安全運転をするようになっ

た。

2)内観法について

三木善彦(1992)によると、内観の主な機能は、精神的に健康な人には自己啓発を、精神的に不健

康な人には心理療法を行う点にあると述べる。

内観法の実施方法は次のようである。

1)状況設定:①場所;静かな場所、

②身体状況;楽な姿勢で座る、

③時間;朝6時~夜9時、一週間、

④作業;内観のテーマにそって自己に沈潜する

2)内観のテーマ:母・父・配偶者など重要な人物に対する自分を①世話になったこと、②して返

したこと、③迷惑をかけたこと、を年代順に区切り、相手の立場に立って、具体的

な事実を調べる。

3)指導者との面接:

①場所;研修者の部屋

②位置;対面

③時間;1~2時間毎に3~5分、1日8回

また、内観の過程は4つにまとめられる。

それは、1)内観への導入、2)内観の進展、3)内観への抵抗とその解消、4)洞察と情動体験

の出現である。

3)内観法と読書療法の異同について

両法における相違点は、読書療法では、1)図書を利用すること、2)図書と本人の対決が中心で

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ある一方、内観法では、1)図書は利用せず、2)両接者とクライエントの対決となる点である。

また、両法における類似点は次のようである。

1)非指示的ないしは来談者中心

2)洞察の重視(内観法では母などへの洞察が行われ、読書療法では把握した意味への洞察が行わ

れる)

3)同一化の重視(一方は本と本人であるが、他方は本人と父母などとの同一化である)

4)カタルシスの重視

6.歎異抄と内観法

1)はじめに

内観法の心理療法としての重要なテーマは3つある。父、母など自分にとって大切な人に対して、

①お世話になったこと、②お返ししたこと、③ご迷惑をかけたこと、の3つである。

ここではまず、③のご迷惑をかけたことが歎異抄のどこに対応するかを検討し、同時にその意義を

考察するものである。

内観法の創始者、吉本伊信は親鸞に傾倒していたという証言は筆者は令夫人より得ている。

そこで、初めに内観法と歎異抄との関連を追及してみようと思う。

次に内観法創始者である吉本伊信の年譜について述べておく(文献6による)。

・大正5年5月25日:誕生

概史:父・吉本伊八つ、母・ユキエのもと、4人兄弟の3男として、奈良県大和郡山市にて出生。

父母は肥料商を営む浄土真宗の篤信家であった。

国内の歴史:大正4年1月 対華21ヶ条要求

・昭和4年4月:14歳

概史:奈良県立郡山中学校入学。中学校時代、中谷史峰に書道を学ぶ(伊信〈イシン〉という呼び

名は書家の号であり、本名は伊信〈イイノブ〉、晩年は伊信〈イシン〉で通す)。

国内の歴史:昭和4年10月 世界恐慌

・昭和4年5月23日:14歳

概史:結婚式を挙げる

・昭和13年2月:23歳

概史:駒谷締信のもと内観普及に挺身していることが父親に知られ、大阪日本橋から大和郡山へ連

れ戻される。

長女信子誕生(その後3男1女に恵まれ、5児の父となる)。

国内の歴史:昭和13年4月 国家総動員法公布

・昭和32年4月20日:42歳

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概史:歌手島倉千代子に懇望し、奈良少刑にて講演会を開き司会をつとめる。

以後、58年3月19日まで6回講演あり、これにより、少年たちは内観に強い関心を示す。

内観道場を「内観教育研究所」と改称。この頃より毎年春秋2回、約1ヶ月にわたる全国各

地への講演旅行を行う。

各界への波及:奈良少刑で本格的に内観教育を採用

国内の歴史:昭和32年8月 国産ロケット1号発射成功

・昭和35年:45歳

概史:紺綬褒章を授与される。

各界への波及:内観法が全国の矯正界に広く導入される。

国内の歴史:昭和35年1月 安保闘争本格化

昭和35年6月 河上丈太郎刺傷

昭和35年7月25日:45歳

概史:NHK第2放送「内心の記録」に出演

・昭和41年:51歳

概史:長野県大町にて、夏季内観実習を開催。

以後47年まで続ける。

各界への波及:日本応用心理学界相談部会にて、内観法を取り上げる。

国内の歴史:昭和41年 航空機事故相次ぐ。

・昭和42年5月29日:52歳

概史:NHK第1放送「人生読本」に3日連続10分ずつ出演

・昭和43年:53歳

概史:①世話になったこと、②して返したこと、③迷惑をかけたことの内観3原則確立

国内の歴史:昭和43年3月 全国で大学紛争激化

・昭和56年3月1日:66歳

概史:NHK教育テレビ「宗教の時間」に「自己を見つめる」と出して出演。

各界への波及:石井光、オーストラリア仏教会にて内観研修会開催

6月 第4回内観学会(東京)

・昭和57年4月11日:67歳

概史:NHK教育テレビ「心の時代」に、「苦しみ、悩みを越える新しい自己の開発」というテー

マで出演

各界への波及:6月 第5回内観学会(鹿児島)。内観学会を「日本内観学会」と改称。

国内の歴史:昭和57年6月 東北新幹線開業

57年11月上越新幹線開業

・昭和58年5月:68歳

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概史:「内観への招待」(朱鷺書房)出版。

各界への波及:第6回日本内観学会(仙台)。米D.K.レイノルズ刊、「 Naikan Psychotherapy 」

出版。

国内の歴史:昭和58年10月 ロッキード事件で田中元首相に有罪判決

このように吉本伊信は父母より幼くして仏教(浄土真宗)の影響を受けている。親鸞に傾倒し、浄

土真宗の熱心な信者であった。一週間も不眠のうちに、内観法に精通した。

2)歎異抄の一部について

いままでに、吉本伊信と親鸞の関係を考察している。そこで、ここでは親鸞の歎異抄をとりあげ、

内観法との関係を追求する。

ここに関係する歎異抄(1975)の一部を記すことにする。

「彌陀の誓願不思議にたすけられまいらせて、往生をばとぐるなりと信じて、念仏まうさんとお

もひたつこころのをこるとき、すなわち摂取不捨の利益にあけしめたまふなり。彌陀の本願には、

老少前夫句のひとをえらばれず、ただ信心を要とすとしるべし。そのゆへは、罪悪深重、煩悩熾

盛の衆生をたすけんがための願にてまします。

しかれば本願を信ぜんには、他の善も要にあらず、念仏にまさるべき善なきゆへに。

悪をもおそるべからず、彌陀の本願をさまたぐるほどの悪なきがゆへにと、云々。」

わたくしは、ここに述べられている親鸞の罪悪深重の思想が内観法の「ご迷惑をかけたこと」に対

応していると考える。

7.内観導入へのThree Instructionsと歎異抄

内観法の心理療法としての重要なテーマは3つある。父、母など、自分にとって大切な人に対して、

①お世話になったこと、②お返ししたこと、③ご迷惑をかけたこと、の3つである。

Instruction の②は念仏をとなえることでお返しすると考える。Instruction の③は先に示したとおり

である。Instruction の①つまり“お世話になったこと”は仏の愛を感ずることで十分であろう。

8.内観導入期の分析

1)はじめに

ここでは内観導入期の心理分析をおこなう。筆者の内省報告である。

2)方  法

平成6年6月。

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内観療法の若干の理論的考察とその実際

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被験者は筆者。

場所:富山県立山中腹にある研修センター。

小1~小3について、母親についての内観を実施した。

部屋は十畳・4階に設けられた場所。

筆者は押入の中で内観した。面接者は、内観学会の指導者。教示は次のようである。「小1~3につ

いて、母親についてお世話になったこと、お返ししたこと、ご迷惑をおかけしたことについて内観し

て下さい。」

3)内観の具体的な内省報告

1.荷物がなくなっていないか。

2.両接者は腰が低くて感じがよい。

3.家の火の用心や戸締まりは大丈夫か。

4.家内の病気がなおるように。

5.立山駅にはタクシーもなく困ったこと。

6.ホテルはとても親切であった。

7.初日の部屋はツインの大部屋でよかったが2日目は8人部屋で困った。

8.ゆったりして来た。

9.座っている上がフトンでちょっと気になる。

10.他の3人の内省報告の声が気になる。

11.押入の天井が気になる。

12.うるさい。

13.大学の仕事のことが気になる。

14.筆者がかぜでねているとき、徹夜で看病してくれた母の姿がうかんできた。

15.たまごの料理、かえるの料理、イナゴの料理を思い出した。

16.ずいぶんかわいがられていた自分を思い出した。

17.帰りの道順が気になる。

18.子どものことが気になる。

19.母の愛情を思い出した。

20.やっと終わったが、2時間は長くなかった。

20の statement の中では、『雑念』か多く16がそれである。Instruction にそった statement はわずか

4つであった。また、それらの4つの statement は、後の方に集中している。いろいろな雑念がとり

はらわれてから、それらは表出されるものと思われる。

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4)考  察

性格の類型と内観導入期の情緒の安定性には、かなり高い関連があるように思われる。

面接者は人をみて対応することが必要であろう。情緒不安定な人にはあまり刺激を与えないこと、

また面接者はクライエントを受け入れるゆったりとした態度が必要であろう。一方、内観者は自分の

性格を知って感情の不安定さを克服する訓練が必要のように思われる。すぐに状況に適応できる心的

体制をつくるようにすべきなのである。神経質で内向性の高いものは内観の導入がスムーズではない

であろう。

9.一老婦人の内観分析

はじめに

一老婦人の集中内観のテープによる内省報告を分析し、内観の理解を深めようとしたのがこの稿の

目的である。

ここでは、クライエントの内面の葛藤から集中内観が行われ、その効果が報告される。

面接にあたってはある内観所長があたったが、氏ならびに本人から本報告の許可を得ている。ここ

に記して感謝の意を表したい。

1)クライエントと内面の葛藤について

クライエントは東京都府中市に住んでいる。クライエントはT。Tが初めてカウンセラーKに会っ

たのは、1990年6月24日。カウンセラーは、大勢の中から、なぜかKカウンセラーにふれあった。K

は、クライエントの心が危ないことを、見抜かれていたとクライエントは言う。Tは母の強い勧めで

18歳で結婚。19で出産。3人の子どもに恵まれた。主人が温厚で仕事熱心、母とも一緒に住んでいた。

M株式会社で働いて本当に、人がうらやむほどでもあった。にも、かかわらず、自分の選んだ結婚で

ないことにこだわり、ことごとく母を恨んだ末、新築したばかりの家を子ども3人を連れて、飛び出

した。2度目の結婚は、Tが40歳の時。主人が25歳、自分で選んで、望んだ人であったが、前の夫の

子どもが、21歳、19歳、17歳と主人との年齢差があまり離れておらず、そのことでいさかいが絶えな

かった。その、苦しみから逃れるために、スペイン舞踊、フラメンコにのめり込んでいった。新しい

主人との間に、男の子が2人いるが、その当時、中学1年と、小学校4年生の子を主人に押しつけて

スペインのセビージャに1ヶ月滞在など、よく家を空けた。下の息子が小学校5年から登校拒否をし

始めた。Tが、自分を省みることをせず、主人が悪い、学校が悪い、社会が悪いと思い続けた。それ

に加え、益々夫婦仲が悪くなって、最悪の状態になった。毎日、毎日、離婚ばかり考えて暮らすよう

になった。ある日、些細なことから、いつものように口論になり、主人の暴力で投げ飛ばされ、背骨

を折り、救急車で入院、1ヶ月仰向けに寝たきり。退院しても、どうしても主人の所へは帰りたくな

かった。夜中にバイトしている大学生と、不登校の息子を気にかけながら、友達や娘の家を、転々と

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内観療法の若干の理論的考察とその実際

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していた。その最中、前の夫の息子が、フランス語の通訳をしているが、アルジェリアから帰国して

きた。度々の外国暮らしで神経をすり減らしたのか、精神不安になっていた。Tは、息子のことが心

配で、やもたてもたまらず、気が付いたら、Kカウンセラーに、電話をかけていた。息子のこと、ケ

ガのこと、話をすると、Kは「息子さんも、大変だけれど、お母様の方がもっと大変じゃありません

か、今すぐいらっしゃい」と言われて、飛んで行った。Kのお宅の応接間で、しばらくの間、話をし

て、夕方、帰ろうとした。雨が、ポツポツ、降って、Tは、その時、首の下から腰までコルセットを

付けて、ソロソロ歩く状態であった。人込みと段差が、とても怖かった。ひとまず、喫茶店にでも入

って、ラッシュ時をやり過ごそうと、玄関に、手をかけている後ろから、Kが「お泊りになりません

か」と、声をかけてくれた。

2)内観体験

Tにとって、内観研修所は駆け込み寺であった。1週間程内観の指導を受けて、Tは間違いだらけ

の人生を送ってきたことに非指示的に気がついた。夫に対して、母に対して、前の夫に対して、子ど

もに対して、全く迷惑のかけ通し、そのことに気がつかずに、周囲を批判ばかりしていた自分の姿が

見えてきた。Tは1人の人間として欠けた所がたくさんあることに気がついた。Tは夫とのケンカか

ら入院、退院後嫁いだ娘達の家を転々としていた自分を内観し、夫と共に家に残してきた、大学生と、

不登校の2人の息子達が、どんなに不安でさみしい思いで生活しているだろうと思い、今さらのよう

に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。号泣した。そして、あんなに嫌っていた夫と子どもの待つ

家へ帰っていった。

3)内観の効果

内観を体験して、しばらく穏やかに、家族と、暮らしていた。子どもと一緒に暮らせる、こんなに

安らいだ気持ちで生活するのは、何十年ぶりだろうと、感謝の日々であった。そんなある日、小学校

5年生から6年間、不登校していた16歳の息子が、のんびりと「俺、学校へ行ってみようかなア」と

言って、自転車を引っぱり出して出かけた。友達に都立定時制高校の受験手続きを聞きに行ったのだ。

自分1人で中学に行き、内申書を、作ってもらい、町の医者に健康診断をしてもらい、郵便局で受験

料を振り込んで、独力で、入学の、手続きを完了。それから、3年経ったが、昼間働き、職場のうけ

も良く、夜も休まず勤労学生をやっている。休まないのはサッカーが楽しいからだと本人は言ってい

るが、担任の先生は、「お前成績がいいから大学に行ってみろよ」と推薦されている。Tは、夢のよ

うな気持ちになった。Tは「あなたが6年間学校に行かないで、非常に悲しい思いをした。またやめ

たら、まだ、悲しい思いをしている、自分を縛られたくないでしょ。何でもあなたが決めて、あなた

が自分の力でやってね。あなたなら絶対やれるよ。だから月謝は出さない」。授業料7,800円、給食費

2,400円、運転免許もローンを組んで取得した。母親が、内観しただけで、こんなに息子が変わるのだ

と、本当に嬉しい。昨年、春休みには、本人が内観した。内観後の感想は、「こりゃア、やったもん勝

Page 12: 内観療法の若干の理論的考察とその実際 --福祉心理学の立 …Briefly, Naikan is a particular kind of meditation based on a fixed method of self-observation

東京成徳大学研究紀要 第 6号(1999)

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ちよ。挫折してもよオ、内観やった方が一生見たら得だ、得なんじゃないか」と、ケロッとして言っ

ていた。精神不安の長男や孫の非行でさんざん悩んでいた長女が、次々内観して、明るく変わってい

った。長女や母親が内観することによって、中学から非行に走っていた孫が、金髪やシンナーから立

ち直り、18歳になり、農協の真面目な青年とめぐり合うことができた。ひ孫も近いのではないかと思

う。

Tが内観したことによって子ども達はもちろん、孫、ひ孫の幸せにつながっていくのだと思う。内

観がTの人生の岐路、別れ道だったと思われる。自身を反省し強情深い自分は、すんなりと、内観に

は、絶対に入っていなかったと思っている。内観に入るきっかけ、Kカウンセラーとの出会いから、

夫婦ゲンカで骨を、折ったこと、息子の精神不安、「お泊りになりませんか」と、声をかるくかけて

下さったKのタイミングなどに、運命を感じると言う。内観法の子どもへの影響は家族のきずなの立

証であり、それはまた内観療法のすばらしさを示すものでもあろう。

〈和文参考ならびに引用文献〉

1 金子大栄「歎異抄」岩波書店 1975

2 楠正三「心の探検 内観法」日本内観学会 1983

3 三木善彦「内観療法」-自己理解と自己改革への方法- ヘルス研究所 1992

4 三木善彦「内観療法入門」 創元社 1993

5 三島由紀夫 音楽 新潮社 pp.36-41 1995年版

6 日本内観学会「吉本伊信の生涯」pp.81-89 朱鷺書房 1989

7 岡田明「読書教育の心理」共同出版 1966

8 岡田明「言語教育の心理」新光閣 1968

9 岡田明「にんげんの心理と論理」学芸図書 1975

10 岡田明「最新読書の心理学」日本文化科学社 1975

11 岡田明「いかに耐えてやり抜くか」学芸図書 1991

12 岡田明「新・いかに耐えてやり抜くか」学芸図書 1993

13 岡田明「福祉心理学入門」(改訂版)学芸図書 1997

14 山本晴彦「非行少年に対する純粋読書療法の事例」読書科学,14, pp.20-26 1969

15 柳田鶴声「愛の心理療法:内観」いなほ書房

16 吉本伊信「内観への招待」朱鷺書房 1980

〈欧文参考ならびに引用文献〉

1 Murase T. : Naikan Therapy ; Working Paper, Culture and Mental Health Program, SSRI, University ofHawaii, pp.31-41 1971.

2 Sato K. : Personality Change through Naikan and Zen, Psychologia-An International Journal of Psychologyin the Orient, Vol.8, No. 1, pp.51-60 1965.

3 Takeuchi K. : On Naikan Method, Psycologia, Vol. 8, No. 1, pp.3-7 1965.

謝辞:本稿をまとめるにあたり、東京内観研修所長 北村育子氏に多大の援助をいただいた。記して謝意を

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