老年看護学におけるコミュニケーション演習の効果...

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33 茨城県立医療大学紀要  第 23 巻 A   S   V   P   I   Volume 23 連絡先:長澤ゆかり 茨城県立医療大学保健医療学部看護学科 〒 00-0394 茨城県稲敷郡阿見町阿見 4669-2 電 話:029-840-2222 FAX:029-840-2322 E-mail:[email protected] 要旨 【目的】シミュレーションゲームを活用したコミュニケーション演習が,通所高齢者とのコミュニケーションにど う反映されたか明らかにする。 【対象】茨城県立医療大学看護学科 2 年生 55 名の自記式質問紙。 【方法】基礎実習 1 か月後に①コミュニケーション演習前調査②コミュニケーション演習③高齢者通所施設実習④ コミュニケーション演習・高齢者通所施設実習後調査を実施。コミュニケーション演習は,構音障害のある高齢 者と看護師の会話場面をグループ協議により進めた。コミュニケーションの工夫の平均値を演習前後で対応させ 比較分析した。 【結果】 「あいづちをうつ」「生活史を理解する」「ゆっくり話す」「笑顔」「低い声で話す」「自分の思いを言葉に出す」 で演習前より演習・実習後の方が工夫していた。 【結語】学生は,コミュニケーション演習での学びにより通所高齢者とお互いが安心して意思疎通が図れるよう工 夫できたと考えられた。 キーワード : コミュニケーション演習 , コミュニケーション,老年看護学,通所高齢者 1) 茨城県立医療大学保健医療学部看護学科 2) 天使大学看護栄養学部看護学科 3) 了徳寺大学健康科学部看護学科 長澤ゆかり 1) ,安川揚子 1) ,中村摩紀 1) ,髙橋順子 2) ,眞鍋知子 3) ,田中裕子 2) 老年看護学におけるコミュニケーション演習の効果 -通所高齢者とのコミュニケーションに焦点をあてて- 報 告 老年看護学におけるコミュニケーション演習の効果 1.はじめに 近年,核家族化や地域のつながりの希薄化などの 影響で,若い世代と高齢者世代の交流する機会が減 少している。看護学生も日常生活の中で高齢者と触 れ合いながらその特徴を掴み,コミュニケーション を工夫できる能力を身に着ける機会が少ないと考え られる。筆者らは本学で看護学生を指導するにあた り,年々学生のコミュニケーション能力が低下して いるように感じている。それは,対象が高齢者に限っ たことではないが,特に高齢者とのコミュニケー ションの場合は,加齢によって変化する身体的精神 的な特徴に合わせた対応が必要である。また,学生 から「高齢の方と何を話していいのかわからない」 という声を多く聞く。時代背景も価値観も異なる高 齢者との関わりにおいては,話題づくりのコツをつ かめない学生もいるのではないかと考えた。また, コミュニケーションをとるのを躊躇する者もいるた め,実習では事前に話題提供する内容を考えておく ことを課題としている。 斎藤ら 1) によると,コミュニケーションに関す る大学看護学部 1 年生の自己評価では,「基本的マ ナー」や「聴く」ことは「おおむねできる」が, 「話す」 スキルは「どうにかできる」との結果であった。ま

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Page 1: 老年看護学におけるコミュニケーション演習の効果 …...老年看護学におけるコミュニケーション演習の効果 35 4)コミュニケーション演習の概要:

33

茨城県立医療大学紀要  第 23 巻A   S   V   P   I   Volume 23

連絡先:長澤ゆかり 茨城県立医療大学保健医療学部看護学科    〒 00-0394 茨城県稲敷郡阿見町阿見 4669-2電 話:029-840-2222 FAX:029-840-2322 E-mail:[email protected]

要旨【目的】シミュレーションゲームを活用したコミュニケーション演習が,通所高齢者とのコミュニケーションにど

う反映されたか明らかにする。【対象】茨城県立医療大学看護学科 2 年生 55 名の自記式質問紙。【方法】基礎実習 1 か月後に①コミュニケーション演習前調査②コミュニケーション演習③高齢者通所施設実習④

コミュニケーション演習・高齢者通所施設実習後調査を実施。コミュニケーション演習は,構音障害のある高齢者と看護師の会話場面をグループ協議により進めた。コミュニケーションの工夫の平均値を演習前後で対応させ比較分析した。

【結果】「あいづちをうつ」「生活史を理解する」「ゆっくり話す」「笑顔」「低い声で話す」「自分の思いを言葉に出す」で演習前より演習・実習後の方が工夫していた。

【結語】学生は,コミュニケーション演習での学びにより通所高齢者とお互いが安心して意思疎通が図れるよう工夫できたと考えられた。

  キーワード :コミュニケーション演習 , コミュニケーション,老年看護学,通所高齢者

1)茨城県立医療大学保健医療学部看護学科2)天使大学看護栄養学部看護学科3)了徳寺大学健康科学部看護学科

長澤ゆかり1),安川揚子1),中村摩紀1),髙橋順子2),眞鍋知子3),田中裕子2)

老年看護学におけるコミュニケーション演習の効果-通所高齢者とのコミュニケーションに焦点をあてて-

報 告

老年看護学におけるコミュニケーション演習の効果

1.はじめに

 近年,核家族化や地域のつながりの希薄化などの影響で,若い世代と高齢者世代の交流する機会が減少している。看護学生も日常生活の中で高齢者と触れ合いながらその特徴を掴み,コミュニケーションを工夫できる能力を身に着ける機会が少ないと考えられる。筆者らは本学で看護学生を指導するにあたり,年々学生のコミュニケーション能力が低下しているように感じている。それは,対象が高齢者に限ったことではないが,特に高齢者とのコミュニケーションの場合は,加齢によって変化する身体的精神

的な特徴に合わせた対応が必要である。また,学生から「高齢の方と何を話していいのかわからない」という声を多く聞く。時代背景も価値観も異なる高齢者との関わりにおいては,話題づくりのコツをつかめない学生もいるのではないかと考えた。また,コミュニケーションをとるのを躊躇する者もいるため,実習では事前に話題提供する内容を考えておくことを課題としている。 斎藤ら1)によると,コミュニケーションに関する大学看護学部 1 年生の自己評価では,「基本的マナー」や「聴く」ことは「おおむねできる」が,「話す」スキルは「どうにかできる」との結果であった。ま

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茨城県立医療大学紀要 第23巻34

た,他大学看護学科の1~4年生を対象としたコミュニケーションおよび行動の傾向の調査2)では,約 4割が「コミュニケーションが苦手」と報告されており,本学の状況と類似している。 本学では,老年看護学において,対象者を理解し信頼関係を構築するために,その生活背景を知ることが特に重要であると講義や演習の中で繰り返し教授している。そのため,対象者とコミュニケーションを取りながら情報を得たり,信頼関係を築いたりするための技術を身に付けることができるよう,高齢者擬似体験の演習や,高齢者の特徴を踏まえたコミュニケーションについて DVD 教材などを使ったグループワークを行うなど,模索しながら指導してきた。 髙橋ら 3)は,対象者の背景を捉え,思いを推し量り,看護者として発する言葉を熟考させる目的で演習方法を開発している。その実践によりコミュニケーション理解の深化が促進された事等が明らかになっている。しかし,それらの学びは実習後の効果検討によって初めて意義があると考えられるが,髙橋らの研究では演習後のみの効果検討にとどまっている。そこで,本研究では,髙橋ら 3)の方策を取り入れ,学生の実習における高齢者とのコミュニケーションに対する考え方の変化や技術の向上を目指して演習を行ったので報告する。

2.目的

 老年看護学概論と同時期に開講される高齢者通所施設実習(以下,実習)前に行なう,シミュレーションゲームを活用したコミュニケーション演習(以下,演習)が,実習で接する通所施設を利用する高齢者

(以下,通所高齢者)とのコミュニケーションにどう反映されたかを明らかにすることを目的とした。

3.方法

1)対象:茨城県立医療大学看護学科 2 年生 55 名の自己記入式質問紙。2)調査期間:201X 年 10 月から 11 月。3)調査方法:初めて対象者を受持ち,看護過程を展開する基礎実習が終了した 1 か月後に,①演習前調査,②演習,③実習,④演習・実習後調査,の順で調査を行った。実習は,介護保険のデイサービス,または,デイケアに通所して来る高齢者のうち,比較的健康度の高い通所高齢者とコミュニケーションを取りながら,通所高齢者の特徴や日常生活への工夫,看護職の役割を学ぶ内容で,実習時間は約 3 時間である。

表 1 コミュニケーション演習の概要

<演習目的> グループワーク演習を通し、コミュニケーション障害を持つ高齢者との関わりを 主体的に学習することにより、必要な知識・技術を理解することができる。<学習目標> 1.コミュニケーション障害を持つ高齢者の状況を理解する。 2.グループワークを通し、座学での知識を実践的に考えることができる。 3.グループワークを通し、コミュニケーション障害を持つ高齢者の援助方法を考察する。 4.グループワークでの結論を紙面にし、発表する事ができる。 5.グループワークに主体的に参加し相互の学びを深めることができる。 6.各グループの発表を通して学びを共有し、発展させることができる。<方法> 図1 1事例を読む。 2A~Cの看護師の対応を選択 ( 封筒 ) し、 そのカードの番号が記載された封筒を選ぶ。 3封筒の中の対象者の反応を見る。看護師の対応を選ぶ。そのカードに記載されている  番号の封筒をあける。これを繰り返す。その言葉や状況に対する看護師の反応や言葉を  グループで考える。

Page 3: 老年看護学におけるコミュニケーション演習の効果 …...老年看護学におけるコミュニケーション演習の効果 35 4)コミュニケーション演習の概要:

35老年看護学におけるコミュニケーション演習の効果

4)コミュニケーション演習の概要:  髙橋ら 3)考案の演習を著者の承諾を得て使用した(表1)。設定は,病院に入院している脳梗塞後の右半身麻痺と構音障害のある 70 歳代の男性と,リハビリテーションのために車いすへの移乗を実施しに病室を訪れた看護師との会話の場面であった。 構音障害のある高齢者と会話する看護師の発言カードを,学生のグループ協議により選択し会話を進める(図 1)。学生が主体的に学習することにより,高齢者とのコミュニケーションについて必要な知識・技術を理解することができることを目的とした。5)調査内容:桝本ら 4)の考案した高齢者とのコミュニケーションの工夫等の 19 項目を著者の承諾を得て使用した。19 項目は,「あいづちをうつ」,「ゆっくり話す」,「笑顔」,「体に触れる」,「生活史を理解する」,「頑張りを認める」などである(表 2)。 19 項目について,得点が高いほど工夫したことを示す「非常にあてはまる(5 点)」~「全くあてはまらない(1 点)」の 5 件法にて調査した。

6)データ分析(1)分析方法 1:学生が演習前に経験している基礎実習での学習が,どのように学生に影響しているかを明らかにすることが必要であると考えた。そこで,演習前の調査を使用し,基礎実習での受持ち対象者の年齢の 2 群(75 歳未満,75 歳以上)と,演習前のコミュニケーションの工夫等の 19 項目の回答の

「あてはまる群:非常にあてはまる・あてはまる」,「あてはまらない群:どちらとも言えない・あまりあてはまらない・全くあてはまらない」の 2 群について,カイ二乗検定および Fisher の直接法を実施(有意水準 5%)し,特徴を見た。

(2)分析方法 2:演習前と演習・実習後の調査ですべてに回答のあったものを分析対象とし,単純集計を行った。さらに,演習前と演習・実習後で同じ学生のコミュニケーションの工夫の平均値が比較できるように,対応のある変数の Wilcoxon 検定を実施した(有意水準 5%)。

図 1 コミュニケーション演習の封筒の中身とカード(抜粋)

Page 4: 老年看護学におけるコミュニケーション演習の効果 …...老年看護学におけるコミュニケーション演習の効果 35 4)コミュニケーション演習の概要:

茨城県立医療大学紀要 第23巻36

表2 基礎実習受持ち対象者年齢2群(75歳未満,75歳以上)と高齢者とのコミュニケーションの工夫

基礎実習受持対象者年齢別

75歳未満 75歳以上 p 値

n=33 n=22

コミュニケーション項目 度数 (%) 度数 (%) 度数 (%)

あいづちをうつ あてはまる 48 ( 88.9 ) 27 (56.3) 21 (43.8) 0.043* a

あてはまらない 6 ( 11.1 ) 6 (100.0) 0 ( 0.0)

見守る あてはまる 32 ( 59.3 ) 17 (53.1) 15 (46.9) 0.147

あてはまらない 22 ( 40.7 ) 16 (72.7) 6 (27.3)

頑張りを認める あてはまる 33 ( 61.1 ) 17 (51.5) 16 (48.5) 0.07

あてはまらない 21 ( 38.9 ) 16 (76.2) 5 (23.8)

相手の気遣いを感じ取る あてはまる 40 ( 74.1 ) 24 (60.0) 16 (40.0) 0.777

あてはまらない 14 ( 25.9 ) 9 (64.3) 5 (35.7)

生活史を理解する あてはまる 29 ( 53.7 ) 16 (55.2) 13 (44.8) 0.335

あてはまらない 25 ( 46.3 ) 17 (68.0) 8 (32.0)

ゆっくり話す あてはまる 38 ( 70.4 ) 24 (63.2) 14 (36.8) 0.634

あてはまらない 16 ( 29.6 ) 9 (56.3) 7 (43.8)

笑顔 あてはまる 52 ( 96.3 ) 31 (59.6) 21 (40.4) 0.369

あてはまらない 2 ( 3.7 ) 2 (100.0) 0 ( 0.0)

低い声で話す あてはまる 4 ( 7.4 ) 1 (25.0) 3 (75.0) 0.174 a

あてはまらない 48 ( 88.9 ) 30 (62.5) 18 (37.5)

自分の思いを言葉に出す あてはまる 30 ( 55.6 ) 17 (56.7) 13 (43.3) 0.454

あてはまらない 24 ( 44.4 ) 16 (66.7) 8 (33.3)

文字にして伝える あてはまる 6 ( 11.1 ) 4 (66.7) 2 (33.3) 0.569 a

あてはまらない 48 ( 88.9 ) 29 (60.4) 19 (39.6)

体に触れる あてはまる 15 ( 27.8 ) 9 (60.0) 6 (40.0) 0.917

あてはまらない 39 ( 72.2 ) 24 (61.5) 15 (38.5)

言葉遣いに気をつける あてはまる 46 ( 85.2 ) 28 (60.9) 18 (39.1) 0.626 a

あてはまらない 8 ( 14.8 ) 5 (62.5) 3 (37.5)

はっきり話す あてはまる 45 ( 83.3 ) 27 (60.0) 18 (40.0) 0.508 a

あてはまらない 9 ( 16.7 ) 6 (66.7) 3 (33.3)

分かりやすい言葉で伝える あてはまる 37 ( 68.5 ) 21 (56.8) 16 (43.2) 0.333

あてはまらない 17 ( 31.5 ) 12 (70.6) 5 (29.4)

信頼関係を築く あてはまる 39 ( 72.2 ) 22 (56.4) 17 (43.6) 0.204 a

あてはまらない 15 ( 27.8 ) 11 (73.3) 4 (26.7)

表情を読み取る あてはまる 48 ( 88.9 ) 30 (62.5) 18 (37.5) 0.431 a

あてはまらない 6 ( 11.1 ) 3 (50.0) 3 (50.0)

黙って話を聞く あてはまる 23 ( 42.6 ) 13 (56.5) 10 (43.5) 0.551

あてはまらない 31 ( 57.4 ) 20 (64.5) 11 (35.5)

家族の話をする あてはまる 44 ( 81.5 ) 26 (59.1) 18 (40.9) 0.397 a

あてはまらない 10 ( 18.5 ) 7 (70.0) 3 (30.0)

あてはまる 31 ( 57.4 ) 18 (58.1) 13 (41.9) 0.594

あてはまらない 23 ( 42.6 ) 15 (65.2) 8 (34.8)

p<0.05* Fisherの直接法a

  N=54

相手が何について言おうとしているのか明らかにする

表 2 基礎実習受け持ち対象者年齢 2 群 (75 歳未満,75 歳以上 ) と高齢者とのコミュニケーションの工夫

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37老年看護学におけるコミュニケーション演習の効果

7)倫理的配慮:演習前後の調査結果を研究として利用する旨説明し,調査への参加は自由意思であり,成績には一切反映されない旨説明した。また,参加しない場合でも,その後に不利益を被ることはないと説明した。各調査に研究協力への可否欄を設けて選択させた。演習前後の比較のため調査用紙に学籍番号の記載欄を設けたが,分析の際には個人が特定されることのないようにナンバリングしなおして取り扱い,その旨説明した。茨城県立医療大学倫理委員会(№ 719)で承認を得た。

4.結果

 研究協力が得られたのは,演習前 54 件 (98.2% ),演習・実習後 53 件(96.4%)で,そのうち演習前と演習・実習後調査両方の全調査項目に回答していたのは 52 件(94.5%)であった。1)分析方法 1 の結果:学生の演習前のコミュニケーションの状況 まず,学生の演習前のコミュニケーションの状況を明らかにするため,演習前で回答のあった 54 件について,基礎実習の受持ち対象者 75 歳未満群,75 歳以上群と演習前のコミュニーションの工夫 2群の分析を行った。 基礎実習の受持ち対象者の年齢は,75 歳未満 33件(61.1%),75 歳以上 21 件(38.9%)であった。 演習前調査全体でコミュニケーションの工夫であてはまる群が多かった上位 5 位までを見ると,「笑顔」52 件(96.3%),「表情を読み取る」と「あいづちをうつ」が同数で 48 件(88.9%),「言葉遣いに気をつける」46 件(85.2%),「はっきり話す」45 件

(83.3%)であった。 一方,あてはまらない群が多かった項目は,「低い声で話す」,「文字にして伝える」が同数で 48 件

(88.9%),「体に触れる」39 件(72.2%)であった。 基礎実習受持ち対象者が 75 歳未満群では,「あいづちをうつ」で「あてはまらない」に有意に差があり(表2),75 歳以上群で演習前は「あいづちをうつ」ことに気を配っていた。2)分析方法 2 の結果:演習によるコミュニケーションへの影響 演習前と演習・実習後調査両方の全調査項目に回

答していた 52 件についてコミュニケーションでの工夫の 19 項目毎の平均値で上位 5 位までを見ると,演習前では,「笑顔」,「あいづちをうつ」がともに4.35,「はっきり話す」4.21,「言葉遣いに気をつける」,

「表情を読み取る」がともに 4.19 であった。演習・実習後では,「あいづちをうつ」4.69,「笑顔」4.63,

「ゆっくり話す」4.38,「はっきり話す」4.35,「言葉遣いに気をつける」4.31 であった。 一方,下位の 3 位は,演習前,演習・実習後いずれも,「低い声で話す」前 2.32,後 2.67,「文字にして伝える」前 2.46,後 2.69,「体に触れる」前 2.81,後 3.00 であった。 演習前と演習・実習後の同じ学生の対応のある変数の検定の結果では,「生活史を理解する」,「ゆっくり話す」,「笑顔」,「低い声で話す」,「あいづちをうつ」,「自分の思いを言葉に出す」の 6 項目で演習・実習後の方が,演習前より工夫をしていた(表 3)。

表3 高齢者のコミュニケーションで工夫したこと N=52

p値

平均値 平均値

生活史を理解する 3.48 ( 0.83 ) 3.96 ( 0.69 ) 0.002

ゆっくり話す 4.00 ( 0.91 ) 4.38 ( 0.57 ) 0.003

笑顔 4.35 ( 0.56 ) 4.63 ( 0.49 ) 0.004

低い声で話す 2.32 ( 0.89 ) 2.67 ( 0.86 ) 0.007

あいづちをうつ 4.35 ( 0.74 ) 4.69 ( 0.51 ) 0.012

自分の思いを言葉に出す 3.48 ( 0.80 ) 3.85 ( 0.78 ) 0.014

文字にして伝える 2.46 ( 1.00 ) 2.69 ( 0.92 ) 0.078

体に触れる 2.81 ( 0.95 ) 3.00 ( 0.93 ) 0.125  

相手の気遣いを感じ取る 3.90 ( 0.72 ) 4.06 ( 0.78 ) 0.168

言葉遣いに気をつける 4.19 ( 0.74 ) 4.31 ( 0.67 ) 0.180

はっきり話す 4.21 ( 0.72 ) 4.35 ( 0.65 ) 0.183

分かりやすい言葉で伝える 3.92 ( 0.81 ) 3.83 ( 0.76 ) 0.342

信頼関係を築く 3.90 ( 0.82 ) 3.85 ( 0.64 ) 0.586

表情を読み取る 4.19 ( 0.63 ) 4.25 ( 0.74 ) 0.641

黙って話を聞く 3.23 ( 1.00 ) 3.29 ( 1.02 ) 0.721

家族の話をする 4.06 ( 0.78 ) 4.00 ( 0.74 ) 0.768

相手が何について言おうとしているのか明らかにする

3.67 ( 0.73 ) 3.63 ( 0.77 ) 0.784

見守る 3.65 ( 1.01 ) 3.67 ( 0.73 ) 0.946

頑張りを認める 3.58 ( 0.78 ) 3.60 ( 0.85 ) 1.000

p <0.05*  p <0.01**

項目演習前 演習・実習後

(標準偏差) (標準偏差)

**

**

**

**

*

*

表3 高齢者とのコミュニケーションで工夫したこと

Page 6: 老年看護学におけるコミュニケーション演習の効果 …...老年看護学におけるコミュニケーション演習の効果 35 4)コミュニケーション演習の概要:

茨城県立医療大学紀要 第23巻38

のではなく,グループ内でディスカッションしながら検討し,その過程を全体に発表して共有したことによる効果もあったと考えられる。阿部ら 6)の研究においても方法は異なるものの,グループでコミュニケーショントレーニングを行ったことが学習効果を高めているとしている。本研究においても,個人で選択する発言を考えさせるのではなく,グループ協議を行い,さらに全体で発表して検討過程を共有したことが,より演習の効果を高めたと考えられた。

6.研究の限界

 今回,研究対象者の学生は,演習後に高齢者通所施設実習を行い,そのあとで演習・実習後調査を行った。それは,演習の学びを通所高齢者とのコミュニケーションの実践でどういかしたかを確認するためであった。しかし,3 時間という短い時間の実習であっても,実習の中で実際に学びながら工夫する場合もあり,この演習のみの効果がどの程度であったかを評価することができていない可能性も考えられる。そのため,今後も実習の前にコミュニケーション演習を実施して演習前後の調査によってその効果をみたり,今回対象となった学生の経過を追ってその変化をみたりしていくことで,演習の効果を確認していきたい。

謝辞

 研究に協力していただいた,茨城県立医療大学看護学科 2 年生のみなさんに感謝いたします。

文献

1)齋藤孝子,中原るり子,櫻井美奈他.基礎看護学実習Ⅰに向けたリフレクションツールを活用したコミュニケーション演習の効果.共立女子大学看護学雑誌.2016,3,49-61.

2)佐藤美幸,柿並洋子.A 大学看護学生のコミュニケーションおよび行動の傾向.宇部フロン

5.考察

1)学生が通所高齢者とのコミュニケーションで工夫したこと 基礎実習で 75 歳以上の後期高齢者を受持った学生は,演習を行う前からすでにコミュニケーションをとる相手に自分自身の話を聴く姿勢を「あいづちをうつ」ことで示そうとしていた。後期高齢者は,高齢者に特徴的な身体的,精神的変化が顕著に表れる可能性が高く,コミュニケーションを取る際にも対象者が前期高齢者の場合よりさらに工夫が必要であると考えられる。基礎実習で受持った対象者が,後期高齢者であった学生は,その経験から高齢者に伝わりやすいように話を聞く姿勢を示すことを学んでいる様子が推察された。 また,演習を行う前に,すでにコミュニケーション技術や対象の捉え方などを講義の中で学び,その後の基礎実習の経験から,基礎的なコミュニケーション技術を知識として身に着けている状況であった。そこに,今回の演習・実習をとおした学びが加わったと考えることができる。 その中で学生は,通所高齢者を理解するためにこれまでの生活史を知ることが重要であると気付き,自分の思いを伝えながら話を聞くことを心掛けていた。また,学生は通所高齢者が安心してコミュニケーションが取れるように笑顔で接し,低い声でゆっくり話をするように心がけていた。さらに,聞き手として相手の話を理解しようとしていると感じられるように,演習前から工夫をしていたあいづちをうつことや自分が感じた思いを伝える工夫をしていた。 一方,体に触れるなどの非言語的コミュニケーションを行った学生が少なかったのは,通所高齢者の言語的コミュニケーション力が高かった可能性が考えられるが,先行研究5)でも看護学生の非言語的コミュニケーションに着目しにくい傾向が指摘されており,今後の教授内容を検討する一助としたい。2)演習におけるグループディスカッションの効果 学生は,基礎実習での経験に加え,演習での学びによって,今回の実習の中で通所高齢者とお互いが安心して意思の疎通が図れるよう工夫をしながらコミュニケーションをとることができたと考えられた。また,演習・実習後に変化した考え方や行動は,演習において個人のみで看護師の発言の選択をする

Page 7: 老年看護学におけるコミュニケーション演習の効果 …...老年看護学におけるコミュニケーション演習の効果 35 4)コミュニケーション演習の概要:

39老年看護学におけるコミュニケーション演習の効果

ティア大学看護学ジャーナル.2014,7(1),15-19.

3)髙橋順子,山本道代,眞鍋知子.老年看護学におけるコミュニケーション演習の効果―シミュレーションゲーム導入による学生の学び―.札幌保健医療大学紀要.2014,1,3-15.

4)桝本朋子,須田厚子,田邊美津子.老年看護学実習での高齢者とのコミュニケーションにおける教育課題.川崎医療短期大学紀要.2007,

The Effect of Communication Exercise in Gerontological Nursing– Focus on Communication with Elderly day service guests –

Yukari Nagasawa 1), Yoko Yasukawa 1), Maki Nakamura 1),Yoriko Takahashi 2), Tomoko Manabe 3), Yuko Tanaka 2)

        1) Department of Nursing,Ibaraki Prefectural University of Health Sciences

        2) Department of Nursing, Tenshi College

        3) The Faculty of Health Sciences, Ryotokuji University

Abstract

Purpose: To clarify how communication exercises using simulation games were reflected in practical training of nursing students and their communication with elderly users of day care services.Subjects: A self-reported questionnaire was administered to 55 university nursing students in their second year.Methods: One month after basic training, the researchers conducted (1) pre-communication exercise survey, (2) communication exercise, (3) elderly day care practical training, and (4) post-communication exercise survey. The exercise involved a group discussion of a scene involving a conversation between an elderly with language disorder and a nurse. We compared the mean values of communication ideas before and after the exercise.Results: Suggestions such as "give responses," "understanding life history," "speaking slowly," "smiling face," "speaking in a low voice," and “expressing my own thoughts” were devised by nursing students through the exercise. Conclusion: Students were able to devise ways to communicate with the elderly of day care centers using reliable communication methods.

  Key words: communication exercise, communication, gerontological nursing, elderly day service guests

27,19-24.5)平澤園子.看護基礎教育の看護場面における学

生のコミュニケーションスキルに関する研究.岐阜保健短期大学紀要.2012,1,49-59.

6)阿部智美.ソーシャルスキルトレーニングの技法を用いた看護学生のコミュニケーショントレーニングの学習効果 - 課題提供者とグループメンバーとの比較.北日本看護学会誌.2015,17(2),39-47.