タイ裾野産業の発展とこれから€¦ · タイは早くから自動車産業...

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No.143 タイ裾野産業の発展とこれから 日 系 製 造 業がタイへ進 出する理 由の一つとして、裾 野 産 業の発 達が挙げられる。タイは早くから自 動 車 産 業 を中心とした産業集積を図り、裾野産業の発展に取り組んできた。2 0 0 8年からは裾野産業協会連合会( A . S . I . A ) を発 足して、関 連 中 小 企 業 団 体が一 体となった活 動に取り組んでいる。技 術の高 度 化、生 産 効 率の改 善 等 課 題もあるが、タイは A S E A N の部 品 供 給 拠 点として、確 固たる地 位を築こうとしている。 困難な状況下でも増加する進出日系企業 反政府デモに揺れるタイ。昨年から続く現政権に対す る抗議活動は長期化の様相を呈し、出口の見えない膠着 状態が続いている。2008年の空港占拠では多くの外国 人が足止めされ、2010年の衝突では多数の死傷者が出 た。政治的対立だけではない。2011年には未曾有の大 洪水が発生し、産業界にも甚大な被害をもたらした。 このような状況にもかかわらず、政情不安や災害を 理由にタイから離れた日系企業はわずかで、2014年2 月に発表された「第2回タイ進出企業の実態調査」(帝国 データバンク)では、2011年11月から2014年1月末迄 の間、日本企業の進出数は3,133社から3,924社となり、 業種別トップの製造業構成比が55.4%から56%へさら (表 1) タイ投資委員会(B O I)への申請件数と金額 2009 2010 2011 2012 2013 合 計 件 数 266 364 560 872 562 2,624 金 額 単位:百万バーツ 77,380 (約2,515億円) 104,443 (約3,394億円) 193,843 (約6,300億円) 373,985 (約1兆2,155億円) 282,848 (約9,193億円) 1,032,499 (約3兆3,556億円) ※出典:タイ投資委員会(BOI) バンコク事務所 川越 信一郎 に上昇したとの調査結果が示された。 また、製造業を中心とした日本企業によるタイ投資委 員会(B OI)への投資認可申請数は、2009年から2013年 の5年間で2,600件を越え、金額ベースでは約1兆325 億バーツ、日本円で3兆円を超えるに至った。 タイに製造業が進出する理由の一つとして、裾野産業 が発達していることが挙げられる。人件費の高騰など雇 用環境を取り巻くマイナス要因はあるものの、自動車を 中心に長年培ってきた産業集積の厚さは魅力的で、東南 アジアの中でも金型、プレス、射出成型、鋳造など幅広 い分野の裾野産業が発達するタイは、親日であることも 手伝って進出が進出を呼ぶ好循環を生み、製造拠点とし ての機能をさらに高める結果となっている。 こうしたことから当事務所への相談においても、タイ 18 BUSINESS SUPPORT FUKUOKA 2014.4

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Page 1: タイ裾野産業の発展とこれから€¦ · タイは早くから自動車産業 を中心とした産業集積を図り、裾野産業の発展に取り組んできた。2008年からは裾野産業協会連合会(a.s.i.a)

No.143

タイ裾野産業の発展とこれから

 日系製造業がタイへ進出する理由の一つとして、裾野産業の発達が挙げられる。タイは早くから自動車産業を中心とした産業集積を図り、裾野産業の発展に取り組んできた。2008年からは裾野産業協会連合会(A.S . I .A)を発足して、関連中小企業団体が一体となった活動に取り組んでいる。技術の高度化、生産効率の改善等課題もあるが、タイはASEANの部品供給拠点として、確固たる地位を築こうとしている。

困難な状況下でも増加する進出日系企業1

 反政府デモに揺れるタイ。昨年から続く現政権に対す

る抗議活動は長期化の様相を呈し、出口の見えない膠着

状態が続いている。2008年の空港占拠では多くの外国

人が足止めされ、2010年の衝突では多数の死傷者が出

た。政治的対立だけではない。2011年には未曾有の大

洪水が発生し、産業界にも甚大な被害をもたらした。

 このような状況にもかかわらず、政情不安や災害を

理由にタイから離れた日系企業はわずかで、2014年2

月に発表された「第2回タイ進出企業の実態調査」(帝国

データバンク)では、2011年11月から2014年1月末迄

の間、日本企業の進出数は3,133社から3,924社となり、

業種別トップの製造業構成比が55.4%から56%へさら

(表1) タイ投資委員会(BOI)への申請件数と金額

2009 2010 2011 2012 2013 合 計

件 数 266 364 560 872 562 2,624

金 額単位:百万バーツ

77,380(約2,515億円)

104,443(約3,394億円)

193,843(約6,300億円)

373,985(約1兆2,155億円)

282,848(約9,193億円)

1,032,499(約3兆3,556億円)

� ※出典:タイ投資委員会(BOI)

バンコク事務所川越 信一郎

に上昇したとの調査結果が示された。

 また、製造業を中心とした日本企業によるタイ投資委

員会(BOI)への投資認可申請数は、2009年から2013年

の5年間で2,600件を越え、金額ベースでは約1兆325

億バーツ、日本円で3兆円を超えるに至った。

 タイに製造業が進出する理由の一つとして、裾野産業

が発達していることが挙げられる。人件費の高騰など雇

用環境を取り巻くマイナス要因はあるものの、自動車を

中心に長年培ってきた産業集積の厚さは魅力的で、東南

アジアの中でも金型、プレス、射出成型、鋳造など幅広

い分野の裾野産業が発達するタイは、親日であることも

手伝って進出が進出を呼ぶ好循環を生み、製造拠点とし

ての機能をさらに高める結果となっている。

 こうしたことから当事務所への相談においても、タイ

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(表2) 〈年代別 主な政策と動き〉

1950年代�・外資導入本格化� ・�産業投資法制定、投資委員会(BOI)

設置

1960年代�・輸入関税の優遇� ・日系自動車メーカーの進出

1970年代�・国産部品の調達義務化� ・完成車の輸入禁止

1980年代�・プラザ合意後、日系企業の進出増加� ・�金属加工・機械工業開発研究所(MIDI)

設置�  �※�1996年裾野産業開発部(BSID)

へ改編

1990年代�・市場開放、自由化政策へ方針を転換� ・�部品関税引き下げ、優遇制度を設け

輸出促進

2000年代�・�人材育成、関連団体の組織化を本格化� ・裾野産業協会連合会(A.S. I .A)発足

への進出あるいは部品調達できる現地企業調査の相談が

多く寄せられている。今回のレポートでは、これまでタ

イ政府が行ってきた取組みや発展の過程を踏まえて、タ

イ裾野産業の現状と今後の展開を見ていきたい。

投資奨励と国内産業の育成2

 タイに裾野産業が広がった背景には、国策としての取

組がある。タイ政府は、1954年に投資委員会(BOI)を

設置すると、1962年に産業投資奨励法を改正し、国内

産業育成のため、輸入代替産業育成策として自動車組立

(ノックダウン方式)に対する輸入関税の優遇、技術者ビ

ザ枠の拡大といった恩典を与え、外国企業の進出を促し

ていった。日本からも日産、トヨタ、いすゞなどの主要

メーカーがこの時期に進出し、自動車の組立生産を開始

した。その後1969年に優遇措置が打ち切られ、1970年

代に入ると、今度は完成乗用車の輸入禁止や部品関税の

引き上げを行い、国内産業の強化を急速に進めていっ

た。

 その結果、現地調達を図るべく系列部品メーカーの進

出が必要に迫られるとともに、現地企業との取引、人材

育成、技術力の向上も自ずと拡大していくこととなっ

た。こうした動きは1980年代に入っても続き、タイ政

府はエンジンの国産化政策など、次々と手を打つこと

で、一層の国内強化策を進めていった。また、日本企

業にとっては、1985年のプラザ合意後の円高によって、

タイへの進出に拍車がかかることとなった。1988年に

はタイ工業省裾野産業開発部(BSID)の前身となる金属

加工・機械工業開発研究所(MIDI)が設置され、中小企

業に対する技術支援策を図っていくこととなる。

 1990年代に入ると市場の拡大とともに、自動車産業

においては部品輸入関税の引き下げなど、保護策から一

転して、一部自由化へと政策を転換。市場を開放し、投

資奨励法を改正することで新たな設備投資を呼び込んで

いった。政策転換は、高い経済成長率を生み、自動車の

みならず電気、電子部品等、日本の中小企業の進出も後

押しすることとなった。

 しかし、1997年に発生した通貨危機では経済的にも

大きな打撃を受けた。さらには、2000年代に入ると自

由貿易協定(FTA)の発効により自由化がさらに進んだ

ため、外資を積極的に取り入れながらも、自国の技術力

と国際競争力をつけていくために、人材と地場企業の育

成、さらには組織化、連携を強化していくこととなっ

た。

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裾野産業協会連合会(A.S.I.A)の発足3

 2008年、裾野産業の横断的なつながりを図るために、

中小企業主体の産業クラスターとなる裾野産業協会連合

会(A.S . I .A)が発足した。現在、下請振興協会、機械協

会など12の団体が参画し、各団体に属する計12,000を

超えるタイの中小企業を抱えている。政府機関のサポー

トは、工業省をはじめ、エネルギー省、科学技術省が

行っている。

 それまでは、各々の協会ごとに技術支援や人材育成等

を行っていたが、2000年代後半に入ると、より高度な

技術やスピードが求められるようになり、それぞれの持

つ技術力や人材、あるいは計画といったことを有機的に

結びつけた戦略が最も重要となってきた。そのため、同

連合会が発足し、タイ中小企業が一体となった活動を行

える体制が構築された。

 有機的連携の事例としては、電車の製造にあたって、

鋳造部品やつり革、電子制御を行うソフトウェアに至る

まで、さまざまな製品を使用する場合に、A.S . I .Aを窓

口にして、組合せ、コスト、納期を含めた総合的な提案

が出来るようになり、単独では時間がかかっていた分野

に効率よく参入していくことができるようになった。

 ウィロート連合会長は、「タイは、自動車を中心に裾

野産業が発達してきた。しかし、自動車分野はもはや競

合も多く、価格競争も激しくなっている。やがて市場も

成熟、頭打ちになってくるであろう。そのため、将来を

見据えると有機的な結びつきを強化し、医薬関連品、航

空機といった高度な技術を要する分野にも目を向けて、

タイを拠点とする新たな産業づくりを目指していきた

い」と、今後の意気込みを含めて語ってくれた。

ものづくりの現場と課題4

 一方で、上述のウィロート連合会長は、「医薬関連

品、航空機産業向けの事業に必要とされるライセンス

やクリーンルームの設備等、タイにはまだまだ不足し

ているものがあることから、投資委員会(BOI)とも連

携して日本企業からの投資も受けながら、日本に学び、

育っていかなければならない。そして、高度化を進めな

がら、ベトナム、インドネシア、ミャンマーといった

ASEAN諸国への輸出を伸ばし、部品供給拠点の地位

を確固たるものとしていかなければならない」との認識

を示した。言い換えると、高度な技術や管理を要する部

品は、まだまだ日系企業に頼っているのが現状である。

 また、今年2月に、タイ鋳物協会のメンバーとして福

岡を訪問した、ユニファンドリー社は、「福岡県の中小

企業経営者交流プログラムに参加して学んだことは、生

産効率の改善が大切であること。福岡の訪問企業では、

限られたスペースで一人の作業者が複数台の機器を操作

していたことが大変印象的であった。タイでは、きつい

(表3) 裾野産業協会連合会(A.S. I .A)ALLIANCE FOR SUPPORTING INDUSTRIES ASSOCIATION

(構成) ・下請振興協会� ・有害物質ロジスティクス協会� ・機械協会� ・プラスチック工業協会 ・金型工業会� ・物流生産協会� ・ソフトウェア産業協会� ・合成協会 ・鋳物協会� ・空調貿易商協会� ・組み込みシステム協会� ・中小企業家協会

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仕事に労働力が集まりにくくなっており、更なる生産効

率の向上を図らなければ、ASEAN市場向けの輸出拠

点としての優位性はないと感じている」と現状を話して

くれた。

 エネルギー資源、機械設備、材料を輸入に依存してい

るタイでは、コスト高につながりやすく、さらには労働

賃金も上がるなど、ASEAN諸国へ展開するにあたっ

て、価格競争が厳しさを増している。そうした状況を打

破するために、日本企業との連携による生産効率の向上

などを期待する声は益々高まっている。

タイを拠点にASEANへ5

 タイ企業にとって日本企業は、取引が決まるまでは時

間がかかるが、一度取引が始まると関係も長続きすると

歓迎されている。日本から学ぶことも多く、特に新しい

スタイルやモデルが次々と生まれてくることは、とても

魅力的に感じているようである。

 前出の裾野産業協会連合会(A.S . I .A)のウィロート

会長は、「タイを拠点にASEANへ。この言葉を合言葉

に、技術を持った福岡の企業には、タイへの投資や技

術連携を考えてもらいたい。毎年5月には「SUBCON�

Tha i l and」という裾野産業の大展示会もあるので参加

してほしい。とにかく、ASEANを考えるのであれば、

まずはタイに来てほしい」と締めくくってくれた。

 タイは政情が不安定となるなど、難しい状況にあるの

も事実であるが、今後も自動車関連産業をはじめとし

て、ASEANのハブとしての成長が期待される国であ

り、日本からの進出、連携の筆頭格であることは言うま

でもない。

 ※ 為替レート 1バーツ=3.25円

ユニファンドリー社は敷地面積16,000㎡、従業員200名を抱える鋳造企業。

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海外事務所設置状況についてのお知らせ 本県では、中華人民共和国(上海・香港)、米国(サンフランシスコ)、タイ(バンコク)に県独自の海外事務所を設置しています。また、欧州および韓国においては、現地在住のコンサルタント等に業務を委託しています。各海外事務所および現地コンサルタント等は県内中小企業の皆さんの国際業務の支援をいたします。活用につきましては、お気軽にご相談・ご利用ください。

連絡先福岡県商工部商工政策課(担当:山田・前田)TEL(092)643-3434 FAX(092)643-3417公益財団法人福岡県中小企業振興センター(担当:前田)TEL(092)622-6680 FAX(092)624-3300