女性活躍推進政策の背景としての「家族」言説の意味opac.tenri-u.ac.jp/opac/repository/metadata/4197/oys002303.pdf ·...

16
─ 47 ─ 『天理大学おやさと研究所年報』 第 23 号 2017 年 3 月 26 日発行 論文 女性活躍推進政策の背景としての「家族」言説の意味 男女共同参画の変質化プロセスはじめに 「女性活躍推進法」(2016 年 4 月に施行)によって、すべての地方公共団体と労働 者が 301 人以上の民間企業について、事業主行動計画の策定と女性の活躍に関する情 報の「公表」が義務づけられた。3段階の「えるぼし」(取り消し制度あり)取得の 有無を含めて、これら企業などの行動計画をモニターし評価していくことを通じて、 ディーセントワーク実現のために使いこなしていくという方策もあろう。しかし本稿 の趣旨は、女性活躍推進法を中心とした関連政策について、1990 年代以降の少子化 対策や家庭教育振興政策の文脈から説き起こし、「家族」言説に着目しながら男女共 同参画政策の変質化の過程を探ることにある。 女性活躍推進法(および同政策)そして家族言説に着目する理由として、男女雇用 機会均等法と労働者派遣法が成立した、「女性の分断元年」とも「女性の貧困元年」 とも言われる 1985 年の状況に、今の一連の「女性活躍推進」政策が似ているという 点が挙げられる(清末 2015b)。1979 年の女性差別撤廃条約や 1985 年の男女雇用機会 要旨 本稿の趣旨は、女性活躍推進法(2016年4月施行)を中心とした関連政策について、 1990年代以降の少子化対策や家庭教育振興政策の文脈から説き起こし、「家族」言説 に着目しながら男女共同参画政策の変質化の過程を探ることにある。まず、第1章 では、男女共同参画が 1990 年代後半以降、次第に高まる「家族主義」言説によって バックラッシュを受けていく経緯を概観し、第2章では同時期から始まった少子化 対策が家庭教育振興政策によって歪められていく様相を確認する。続く第3章では、 男女共同参画社会基本法制定(1999 年)以降の「男女共同参画基本計画」の変遷を 辿り、リプロダクティブ・ヘルス/ライツ概念とアンペイドワーク概念の行方に言 及する。第4章と第5章では、少子化対策が人口政策へ転換していく過程を整理し、 それと同時進行する女性活躍推進政策の問題点ならびに男女共同参画政策の変質化 プロセスについて、「家族」言説を手がかりに明らかにしたい。 【キーワード】女性活躍推進、家庭教育、家族、男女共同参画、少子化対策、 人口政策、リプロダクティブ・ヘルス/ライツ、憲法 24 条

Upload: others

Post on 24-Feb-2020

0 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 女性活躍推進政策の背景としての「家族」言説の意味opac.tenri-u.ac.jp/opac/repository/metadata/4197/OYS002303.pdf · る(とされる)選択的夫婦別姓や、男女の「特性」を否定する(とされる)男女共

─ 47 ─

『天理大学おやさと研究所年報』 第 23 号 2017 年 3 月 26 日発行

論文

女性活躍推進政策の背景としての「家族」言説の意味  ―男女共同参画の変質化プロセス―

                        金 子 珠 理

はじめに

 「女性活躍推進法」(2016 年 4 月に施行)によって、すべての地方公共団体と労働

者が 301 人以上の民間企業について、事業主行動計画の策定と女性の活躍に関する情

報の「公表」が義務づけられた。3段階の「えるぼし」(取り消し制度あり)取得の

有無を含めて、これら企業などの行動計画をモニターし評価していくことを通じて、

ディーセントワーク実現のために使いこなしていくという方策もあろう。しかし本稿

の趣旨は、女性活躍推進法を中心とした関連政策について、1990 年代以降の少子化

対策や家庭教育振興政策の文脈から説き起こし、「家族」言説に着目しながら男女共

同参画政策の変質化の過程を探ることにある。

 女性活躍推進法(および同政策)そして家族言説に着目する理由として、男女雇用

機会均等法と労働者派遣法が成立した、「女性の分断元年」とも「女性の貧困元年」

とも言われる 1985 年の状況に、今の一連の「女性活躍推進」政策が似ているという

点が挙げられる(清末 2015b)。1979 年の女性差別撤廃条約や 1985 年の男女雇用機会

要旨

 本稿の趣旨は、女性活躍推進法(2016 年 4 月施行)を中心とした関連政策について、

1990 年代以降の少子化対策や家庭教育振興政策の文脈から説き起こし、「家族」言説

に着目しながら男女共同参画政策の変質化の過程を探ることにある。まず、第1章

では、男女共同参画が 1990 年代後半以降、次第に高まる「家族主義」言説によって

バックラッシュを受けていく経緯を概観し、第2章では同時期から始まった少子化

対策が家庭教育振興政策によって歪められていく様相を確認する。続く第3章では、

男女共同参画社会基本法制定(1999 年)以降の「男女共同参画基本計画」の変遷を

辿り、リプロダクティブ・ヘルス/ライツ概念とアンペイドワーク概念の行方に言

及する。第4章と第5章では、少子化対策が人口政策へ転換していく過程を整理し、

それと同時進行する女性活躍推進政策の問題点ならびに男女共同参画政策の変質化

プロセスについて、「家族」言説を手がかりに明らかにしたい。

  【キーワード】女性活躍推進、家庭教育、家族、男女共同参画、少子化対策、

     人口政策、リプロダクティブ・ヘルス/ライツ、憲法 24 条

Page 2: 女性活躍推進政策の背景としての「家族」言説の意味opac.tenri-u.ac.jp/opac/repository/metadata/4197/OYS002303.pdf · る(とされる)選択的夫婦別姓や、男女の「特性」を否定する(とされる)男女共

─ 48 ─

均等法が掲げる目的とは裏腹に、1979 年の日本型福祉社会論(あるいは家庭基盤充

実政策)の下、1985 年の年金改革において主婦の年金権が確立され(第3号被保険

者制度)、結局、女性に偏った「家族的責任」と両立可能な範囲での就労形態へと、

多くの女性たちが誘導されていった、あの時代を彷彿とさせる現況だからである。「女

性活躍」と言われながら、他方において改正労働者派遣法(2015 年 10 月 1 日「労働

契約申し込みみなし制度」開始の前日、9 月 30 日に施行)の下で「派遣労働3年雇

用ルール」が成立し、残業代ゼロ法が浮上するという矛盾を抱えた中で、活躍が期待

される女性と、そうでない女性との分断が早くも露呈されているとの指摘もある(清

末 2016)。しかもこの分断された、いずれの女性に対しても、「働く」方向性の圧力

だけでなく、近年のあからさまな人口政策によって家族形成(結婚)、出産・育児、

介護等といった「家族」関連の重圧が増していると思われるからである。

1.ジェンダー・バックラッシュと男女共同参画の変質化

 上に述べた状況は、男女共同参画の「骨抜き化」あるいは「空洞化」、「変質化」と

考えられるが、その最初の著しい事例は、2000 年前後に行われたジェンダー・バッ

クラッシュであった(ジェンダーフリー・バッシング、ジェンダー・バッシングとも

言われるが、ここではジェンダー・バックラッシュとする)。

 「(男女共同参画は)21 世紀わが国の最重要課題」と前文にて宣言し 1999 年に成立

した男女共同参画社会基本法であったが、その 21 世紀に入るや否や激しいバックラッ

シュ(逆襲)の嵐に見舞われたことは記憶に新しい。バックラッシュ自体は 1990 年

代後半からすでに始まっていたが、2000 年代前半にピークを迎えたのである。バッ

クラッシュの主要な担い手の一つ、日本会議の結成は 1997 年5月であり、日本会議

国会議員懇談会も 1997 年7月に発足した。その基本的姿勢として、「家族」を解体す

る(とされる)選択的夫婦別姓や、男女の「特性」を否定する(とされる)男女共

同参画社会基本法に反対の立場をとる。2001 年9月には「日本女性の会」が発足し、

日本会議とともに選択的夫婦別姓反対署名運動を開始する。(1)

 バックラッシュの嵐は、とりわけ教育領域において顕著であった。その結果、男女

共同参画(ジェンダー平等)を目指して、現場の教員が積み上げてきた、男女混合名

簿の推進に象徴される、いわゆる「ジェンダーフリー」教育、その主旨に則った家

庭科教科書、「過激な(とされる)性教育」などが次々と槍玉に上げられていく。さ

らに 2002 年ごろより公立図書館等のジェンダー関連図書を廃棄せよといったバック

ラッシュが各地で巻き起こり、後に、福井県生活学習館や松山市男女共同参画推進セ

ンター図書コーナーでの同書籍の撤去が実際に確認された(それぞれ 2006 年、2008

年)。2004 年8月に東京都教育委員会は「ジェンダーフリー不使用」の見解を通知し、

Page 3: 女性活躍推進政策の背景としての「家族」言説の意味opac.tenri-u.ac.jp/opac/repository/metadata/4197/OYS002303.pdf · る(とされる)選択的夫婦別姓や、男女の「特性」を否定する(とされる)男女共

─ 49 ─

金子珠理  女性活躍推進政策の背景としての「家族」言説の意味

男女混合名簿も禁止した。2005 年4月に自民党は「過激な性教育・ジェンダーフリー

教育実態調査 PT」(座長・安倍晋三)を立ち上げている。そうして 2005 年4月に全

中学校教科書から「ジェンダー(フリー)」の語が消え、2006 年3月には全高校教科

書から「ジェンダーフリー」の語が消えていった。(2)

 この動きは学校教育や社会教育の領域にとどまらない。2004 年6月には、自民党

憲法調査会憲法改正プロジェクトチームが「男女平等」と「個人の尊厳」を定めた憲

法 24 条の見直しなどを含む論点整理を発表し、同党の憲法改正案が男女共同参画の

基盤ともいうべき 24 条の改正をも視野にいれたものであることが判明する。実際に、

その後の自民党憲法改正草案 24 条(2012 年)を見れば、新設条項として「家族は、

社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければ

ならない」という「家族条項」が新たに付け加わり、個人ではなく「家族」が基礎的

な単位とされる。また「婚姻は、両性の合意のみに基いて」の「のみ」や、「配偶者

の選択」や「住居の選定」などが削除されるなど、「家族主義的」要素が濃厚なもの

となっている。(3)

 一方、2000 年より男女共同参画社会基本法に基づいて、各自治体において男女共

同参画条例が策定されていくが、そこにもバックラッシュの動きがみられた(山口

2012、石 2016 などを参照)。2002 年6月、山口県宇部市の男女共同参画条例は「男

女が男らしさ女らしさを一方的に否定することなく」「専業主婦を否定することなく」

という文言が挿入された形で制定された。2003 年、秋田県が公文書で「ジェンダー

フリー」の語を使わないことを決定、鹿児島県、香川県、徳島県など地方議会で「ジェ

ンダーフリー教育」への反対陳述採択や意見書提出の動きが広がった。2005 年 11 月

にはバックラッシュの中心的役割を果たした一人である、山谷えり子議員が内閣府大

臣政務官(男女共同参画担当)に就任するなど、男女共同参画はいよいよ理念と実態

が捻じれたものとなり、その骨抜き化が進行していく。2005年 12月、政府によって「第

2次男女共同参画基本計画」が策定されたが、ここにおいてジェンダー・バックラッ

シュは一定の「成果」を遂げることになる。同計画においてバックラッシュ派の主張

に沿った、「ジェンダー」や「ジェンダーフリー」の解説文が盛り込まれ、翌 2006 年

には内閣府から「ジェンダーフリー使用は不適切」との見解と通知が出されるに至っ

たのである。

 男女共同参画の核心は、性別役割分業の否定にあり、「男性らしさ(役割)」や「女

性らしさ(役割)」といったジェンダー役割にとらわれずに(=ジェンダーフリー)、

「個」に重きを置くものであったが、次第に「家族」や「家庭」を称揚する言説に置

き換えられ、その核心的理念が薄らいでいく。もっともこの間の経済的背景として、

1985 年の均等法後、特に 1990 年代に女性の「経済的自立モデル」が一般化していくが、

Page 4: 女性活躍推進政策の背景としての「家族」言説の意味opac.tenri-u.ac.jp/opac/repository/metadata/4197/OYS002303.pdf · る(とされる)選択的夫婦別姓や、男女の「特性」を否定する(とされる)男女共

─ 50 ─

まさにそのタイミングで、ニューエコノミーの下、非正規化の波が起き、労働状況が

悪化し、従来の父親や夫に包摂される「家族依存モデル」を残さざるを得なくなった

という事情はある(山田 2015)。1995 年に日経連(当時)によって『新時代の日本的

経営』が出された後も、男性稼ぎ主モデル自体は基本的には維持され、多くの女性と

若者が犠牲となっていく。しかし切り捨てられた彼らを包摂するはずの「家族」自体

も実は弱体化していったのである。

 やがて 2006 年 12 月にはバックラッシュ派の悲願とも言うべき、教育基本法改正が

実現する。教育基本法改正が悲願である理由は、同法改正を 1990 年代以降の少子化

対策と家庭教育振興施策の流れに位置づけることによって明らかとなる。

2.少子化対策と家庭教育振興施策の展開

 1.57 ショックで幕を開けた 1990 年代以降、少子化対策が遅まきながら進められて

いく。1992 年の育児休業法に続き、1995 年の育児・介護休業法成立をもって ILO156

号条約(家族的責任平等条約)を批准するに至る。しかし少子化対策を全体的に特徴

づけているのは、一方で育児の社会化(あるいは支援)を唱えつつも、育児の家族化

(原則自己責任)の強化を伴う、「自助あっての共助」と言われる(対談竹信 × 堅田

2016)。そうした「支援」の一環として「家庭教育」振興政策が登場するのだが、そ

の経緯を確認しておこう(村田 2006、金子 2007)。

 1998 年に文科省に家庭教育支援室が設置され、多額の予算を費やし、子どもの成

長段階に応じた「家庭教育手帳」が作成、配布されていく。2001 年には「社会教育法」

改正において戦後はじめて「家庭教育」の文言が盛り込まれる。戦前の社会教育に取

り込まれた家庭教育は、まさに国家による家庭への介入であったが、それを思わせる

ような状況となったのである。2003 年の「次世代育成支援対策推進法」(2015 年3月

までだったがさらに延長された)の第3条には「父母その他の保護者が子育てについ

ての第一義的責任を有する」という基本的認識が示されており、2003 年の「少子化

社会対策基本法」第2条でも同様の趣旨が述べられている。そして第 1次安倍政権下

の 2006 年、「教育基本法」改正において、第 10 条「家庭教育」が新設されるに至った。

 これらにみられる「家庭教育」の重要視は、新自由主義経済の矛盾を補完するかの

ように、ナショナリズムが台頭し、愛国心や道徳心が高揚されていく一連の潮流(1999

年国旗国歌法成立など)とも親和的であり、「家庭」を媒介とした道徳心等の涵養と

いう側面もあった。またジェンダー・バックラッシュの主体となった日本会議との関

係が取り沙汰されている高橋史朗氏の「親学」が、PTA を含む社会教育の領域などで「家

庭教育」の推進活動を積極的に開始するのが同時期であったのは偶然ではない。

 さらに 2008 年に策定された「教育振興基本計画」においては、特に重点的に取り

Page 5: 女性活躍推進政策の背景としての「家族」言説の意味opac.tenri-u.ac.jp/opac/repository/metadata/4197/OYS002303.pdf · る(とされる)選択的夫婦別姓や、男女の「特性」を否定する(とされる)男女共

─ 51 ─

金子珠理  女性活躍推進政策の背景としての「家族」言説の意味

組むべき事項として、「家庭教育支援」が位置づけられ、「子育てに関する学習機会や

情報の提供、相談などの家庭教育に関する総合的な取り組みを関係機関が連携して行

えるよう促す。こうした取り組みの成果をすべての市町村に周知し、共有すること等

を通じ、広く全国の市町村で……きめ細やかな家庭教育支援の取組が実施されるよう

促す」と明記された。(4)

 先に言及した、2003 年の少子化社会対策基本法には、生殖補助技術(ART)を用

いた不妊治療に対する助成金も盛り込まれたが、これは少子化対策への量的な若干

の対処療法にはなっても根本的な対策とはいえず、こうして少子化対策は、「家庭教

育」推進や不妊治療への助成金といった非本質的なものを抱え込みながら展開してい

く。結果として、少子化対策の成果はあがらず、第一子出産で退職する女性の割合は、

1985 年の均等法と 30 年後の現在とで6割と変化はない。

 とはいえ上述の問題点は抱えつつも、少なくともこの時点までの少子化対策は、基

本的には 1994 年カイロで行われた国際人口開発会議の基本路線である、「リプロダク

ティブ・ヘルス/ライツ」(性と生殖に関する健康と権利)の尊重を踏み越えること

はなかった。それが大きく転換していくのは、2013年の第2次安倍政権以降であるが、

まずその前後の「男女共同参画基本計画」の流れを確認しながら、「家族」言説が多

用されることで何が隠蔽されるのか、またジェンダー平等にとって何が本質的に問題

となるのかについて予測しておきたい。

3.男女共同参画基本計画から見えること―リプロ概念とアンペイドワークの行方

 2009 年の民主党政権移行、2010 年の「子ども手当」実施や、高校授業料無償化など、

少子化対策は実質的なものとなり、ジェンダー・バックラッシュも沈静化したかに見

えたが、2013 年の第2次安倍政権以降、クリンチ(抱きつき)作戦へと手法を変えて、

バックラッシュはまたもや顕在化しているといえる。それは、以前のようなあからさ

まなジェンダー・バックラッシュではなく、表面的には「ジェンダー平等」を目指す

ものと思わせる「女性活躍」や「輝く女性応援」などといった言葉を標榜しながら、

巧妙に男女共同参画を空洞化させようとするものである。

 その中で、2015 年末に「第4次男女共同参画基本計画」が閣議決定された。先に

も言及した、「親学」推進の高橋史朗氏が策定メンバーであることから、「第4次基本

計画」の内容は懸念されたが、民主党政権下の「第3次男女共同参画基本計画」(2010

年)で初めて盛り込まれた「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」(以下、リプロ概念)

はどうにか存続し得たといえる。かろうじてリブロ概念は入ったものの、一方で「女

性活躍」言説オンパレードの陰で、第3次基本計画にあった重要な概念である無償労

働(アンペイドワーク)への言及が消えることとなった。その結果、すでに無償や低

Page 6: 女性活躍推進政策の背景としての「家族」言説の意味opac.tenri-u.ac.jp/opac/repository/metadata/4197/OYS002303.pdf · る(とされる)選択的夫婦別姓や、男女の「特性」を否定する(とされる)男女共

─ 52 ─

賃金で活用・利用されている女性の状況が見えづらくなってしまったと言えるのでは

なかろうか。また第3次基本計画にあった「男性向け施策」が分散化することで希薄

化し、女性だけが活躍(活用=利用)させられるのか、という疑問を生じさせる。「女

性」活躍の過度の強調は、男性を免責し、女性たちのアンペイドワークを不可視化す

るという危険性を孕んでいる。先のリプロ概念と並んで、「アンペイドワーク」がジェ

ンダー平等にとって最も重要な概念であることを今一度、確認しておきたい。

 さて「第4次基本計画」で持ちこたえたリプロ概念だったが、次章では、2013 年以降、

日本では本格的な人口政策へと舵が切られ、リプロ領域への介入が加速されていく過

程を整理する。それは少子化対策という名目の下で行われる、「家族」形成を促進す

る内容となっている。一方で、年金や介護保険をはじめとする様々な社会保障が削ら

れていくのを補うかのように「家族」や「地域」において「アンペイド」に近い助け

合いが推進・強調されている。さらに最高裁の夫婦同姓合憲判決(2015 年 12 月)や、

2017 年度税制改正における「夫婦控除案」(5)

、自民党憲法 24 条改正草案(家族条項新設)、

「親子断絶防止法案」などに見られる「家族(の絆)」の強調を考慮するとき、これら

一連の「家族」言説は、実質的には社会保障(介護・医療・年金・生活保護など)の

削減を家族が補い、その負担増を正当化する効果をもたらしていることがわかる。そ

れを覆い隠すかのように、「女性活躍推進」や「輝く女性応援」「一億総活躍」といっ

た政策が矢継ぎ早に出され、目くらまし効果を生じさせている感さえある。つまり、

この状況下でなされる「家族」を強調する言説は、少子化対策における「リプロ概念」

の後退と、主に女性によってなされている家庭や地域における「アンペイドワーク」

の不可視化につながりかねないのである。

4.本格的な人口政策への転換と「女性の健康の包括的支援法案」

 見方によっては、そもそも 1999 年に成立した男女共同参画社会基本法が、その前

文にもあるように「少子化対策」を意識したものであるといえなくもない。諸外国を

見れば、女性の社会進出が進んだ国は出生率を向上させている点から、そして少子化

に伴う将来の労働力不足を補うためにも、女性を活用する方向性は不可避であった。

しかし 2013 年の第2次安倍内閣発足以降、少子化対策は、本格的な人口政策へと舵

が切られることとなる。

 まず 2013 年4月、「3歳まで抱っこし放題」(育休3年)案が浮上したが、「3歳児

神話」を思わせる同案はまもなく頓挫する。2014 年5月には、女性を対象に 10 代か

ら身体のメカニズムや将来設計について啓発する内容をもつ「生命(いのち)と女

性の手帳」(女性手帳)が構想されたものの、これも批判を受け、見送られる(大橋

2013)。2014 年6月には、「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)にて「50

Page 7: 女性活躍推進政策の背景としての「家族」言説の意味opac.tenri-u.ac.jp/opac/repository/metadata/4197/OYS002303.pdf · る(とされる)選択的夫婦別姓や、男女の「特性」を否定する(とされる)男女共

─ 53 ─

金子珠理  女性活躍推進政策の背景としての「家族」言説の意味

年後も人口1億人を維持」という戦後初めての人口数値目標が掲げられるに至った。

これは戦前の「人口政策確立要綱」(1941 年)を彷彿とさせる内容であるといえる。(6)

 2015 年3月に閣議決定された「少子化社会対策大綱」にこのことは如実に表れて

いる。その特徴として、晩婚・晩産を食い止め、早期結婚、早期出産を促すことを強

く打ち出している点が挙げられる。また大綱では、「3世代同居」や近居が推進され、

それを目的とする住宅リフォームへの補助金制度もできる。(7)

しかし実際のところは、

日本人の初婚年齢や第1子出産時の母親の年齢が他の先進国と比べてそれほど遅いわ

けでもなく、むしろ少子化の原因としては長時間労働と、家族関係社会支出の対 GDP

比の低さが考えられる。

 さて大綱において成人式などを利用しての早期結婚・早期出産を促す啓蒙活動が推

進されているのを受けて、この後、実際に多くの「啓蒙」が政治家等から発せられて

いく。芸能人福山雅治の結婚に対する菅官房長官のコメント(ママさんたちが生んで

国家に貢献してくれれば)や、浦安市市長の成人式(2016 年1月)での以下の確信

的な発言は、この大綱にその根拠を置いているのである。

 日本産科婦人科学会は、出産適齢期という言葉をできるだけ若いみなさんがた

に伝えようと努力し始めました。出産適齢期、18 から 26 歳までを指すそうです。

人口減少のままで、今の日本の社会、地域社会はなりたちません。若いみなさん

がたに、大いに期待を申し上げたいと思います。

 さらに東京都文京区では、新成人に妊活読本『Life & Career Design Workbook』を郵

送(2016 年1月)、大阪の中学校長の発言(2016 年2月)「女性にとって大切なのは

子供を2人以上産むこと」は反響を呼んだ。

 上述の浦安市市長の発言の根拠とされるデータは、2015 年8月に作成された高校

「保健」副教材『健康な生活を送るために』(文科省作成、9月改訂)に使われ、「卵

子の老化」知識の啓蒙に使用されたものとほぼ共通している。同教材は、内閣府少子

化担当部署との共同作業で作成されたものだが、「女性の妊娠のしやすさの年齢によ

る変化」の改ざんグラフを掲載しているとの批判が起こり問題化された。元日本産科

婦人科学会理事長、吉村泰典氏(内閣官房参与)の提供するデータが「22 歳をピー

クに妊娠しにくくなる」と読める改ざんグラフとされ、研究倫理問題ともなったので

ある。(8)

22 歳と言えばまだ大学生も多く就職さえしていないのに、煽り立てても効果

のほどは知れず、むしろ「卵子の老化」知識の啓蒙より先にやるべき少子化対策があ

るはずである。(9)

 話を少し戻すが、これら一連の少子化対策の名の下で行われる人口政策の中で、最

も要注意の法案でありながら周知されていないのが、2014 年9月に提出された「女

性の健康の包括的支援法案」(同年 11 月廃案)であるといわれる(『報告集 2014・9・

Page 8: 女性活躍推進政策の背景としての「家族」言説の意味opac.tenri-u.ac.jp/opac/repository/metadata/4197/OYS002303.pdf · る(とされる)選択的夫婦別姓や、男女の「特性」を否定する(とされる)男女共

─ 54 ─

6』参照)。「女性のための」と銘打ちながら、男女共同参画へのバックラッシュで知

られる高市早苗議員が積極的に推進したことからも、その主旨が今一つ不明である。

女性団体からは、リプロ概念が乏しく、「産め産め法」になっているとの批判がある。

また夫婦と子どもという「標準家族」が念頭におかれ、それ以外の女性の生き方が排

除されている点、女性の健康管理の「自己責任」と「支援」という構図をとる点、そ

して女性の心身の「特性」やホルモンの影響を強調し、「産み育て」を前提とした女

性の健康管理が前面に出ている点などに対して、疑問が呈されている。さらに女性の

健康のための法案と言いながら、北京女性会議(1995 年)の行動綱領を逸脱しかね

ない内容となっていることは、当の女性たちにはほとんど知られていないという。(10)

「出

産に必要な医療を提供する施設が減少し、不足している状況」(法案第7条)を改善

しようという側面は評価できるものの、もしそれが女性たちを「産む」方向性へと一

方的に導くことを目的とするならば、女性の人権としてのリプロ尊重の見地からすれ

ば、本末転倒ということになろう。第1章でみたように、ジェンダー・バックラッシュ

によって性教育が委縮し、避妊や性暴力についての啓発・教育が疎かになる中で行わ

れる、産む方向性への誘導はリプロ概念にとって深刻な状況といえる。

5.「女性活躍推進」および「一億総活躍」の名の下で

(1)女性活躍推進政策

 前章で確認した少子化対策におけるリプロ領域への本格的な介入過程と同時進行で

推進されているのが、「女性活躍」推進政策である。両者は一見すると無関連の領域

のように見えるが、特に「女性の健康の包括的支援法案」については明らかに「女性

活躍推進法」と初めからとセットで考えられたものであると、山口智美は注意を促し

ている。(11)

「女性活躍」と「リプロ」領域とがセットとなることで、何が目指されてい

るのか、まずは「女性活躍」推進が登場する経過を辿っておこう。 

 2014 年6月、『日本再興戦略』において、アベノミクスの中の人材活用政策として

「女性の活躍推進」が明確に位置づけられる。「男女共同参画」や「ジェンダー」とい

う言葉が避けられていることからも、これが経済政策の一環であることが窺われる。

2014 年6月、議員立法で「女性活躍推進法案」が提出されるが、たとえば以下の第

2条第1項が示すように、議員立法版の女性の活躍推進法案は、濃厚な「家族主義」

的表現が際立つものであった(下線筆者)。 

 男女が、家族や地域社会の絆を大切にし、人生の各段階における生活の変化に

応じて、それぞれその有する能力を最大限に発揮して充実した職業生活その他の

社会生活を営むとともに、子の養育、家族の介護その他の家庭生活における活動

について協働することができるよう、職業生活その他の社会生活と家庭生活との

Page 9: 女性活躍推進政策の背景としての「家族」言説の意味opac.tenri-u.ac.jp/opac/repository/metadata/4197/OYS002303.pdf · る(とされる)選択的夫婦別姓や、男女の「特性」を否定する(とされる)男女共

─ 55 ─

金子珠理  女性活躍推進政策の背景としての「家族」言説の意味

両立が図られる社会を実現すること。(第2条1項)

 均等法や育児・介護休業法が不十分ながらも取り組んでいるものと大差がない内容

と思われるが、あえて「家族」や「地域社会」の絆を強調した新法を作る意図は、ど

こにあるのだろうか。法案にある「男女」という表現からは、異性愛カップルによる

家族形成を標準(理想像)として想定しているように受け取れるが、家族の形が多様

化している現在、ここから排除される女性たちの活躍はどうなるのか、疑問が生じる。

さて、2014 年6月には、政府公認「輝く女性応援会議」オフィシャルブログが開始

される。(12)

2014 年9月、女性活躍大臣(新ポスト)に有村治子氏(日本会議系)就任

する。2014 年9月、「第1回女性が輝く社会に向けた国際シンポジウム」が開催され

る(以降、毎年開催)。2014 年 10 月、「すべての女性が輝く社会づくり本部」が内閣

府に設置され、その事務局「すべての女性が輝く社会づくり推進室」が内閣官房に開

設される。これは男女共同参画室とは別組織で、首相がトップ(本部長)を兼ねるが、

従来の男女共同参画施策との関連性が不明である。策定された「すべての女性が輝く

政策パッケージ」では、やはり夫婦と子どもからなる「標準家庭」が念頭に置かれ、

最も支援が必要なシングルマザーについては「就労による自立」が促されているのみ

である。しかしすでに 2011 年時点でシングルマザーの就業率は高いものの(80.6%)

平均年収が 181 万円と、就労しても自立できない境遇に置かれている(一方で 2014

年7月の「生活保護法」改正、2015 年4月の「生活困窮者自立支援法」施行によっ

て保護費は削減されていく)。したがって、清末愛砂も指摘するように、シングルマザー

を含めた「すべての女性が輝く」ための新機軸を打ち出すには至っていないように思

える(清末 2015b)。

 やがて 2015 年8月に女性活躍推進法が成立する。同法の基本原則を以下の第2条

2項で確認してみよう(下線筆者)。

 女性の職業生活における活躍の推進は、職業生活を営む女性が結婚、妊娠、出

産、育児、介護その他の家庭生活に関する事由によりやむを得ず退職することが

多いことその他の家庭生活に関する事由が職業生活に与える影響を踏まえ、家族

を構成する男女が、男女の別を問わず、相互の協力と社会の支援の下に、育児、

介護その他の家庭生活における活動について家族の一員としての役割を円滑に

果たしつつ職業生活における活動を行うために必要な環境の整備等により、男女

の職業生活と家庭生活との円滑かつ継続的な両立が可能となることを旨として、

行われなければならない。(第2条2項)

 ここでもまた、この法律の対象が「標準家庭」であることが分かる。「男女」とし

ているのは、家族的責任が「男女の別を問わず」とも読み取れるが、それ以上に異性

愛カップルの家族が想定され、独身や、ひとり親世帯を含む多様な家族形態への視点

Page 10: 女性活躍推進政策の背景としての「家族」言説の意味opac.tenri-u.ac.jp/opac/repository/metadata/4197/OYS002303.pdf · る(とされる)選択的夫婦別姓や、男女の「特性」を否定する(とされる)男女共

─ 56 ─

が欠けたものとなっている。「すべての女性が輝く政策パッケージ」でも、困窮する

ひとり親世帯(特にシングルマザー)への配慮は不十分であったが、そうなると「す

べての女性が輝く」社会とは言えなくなる。また条文からは、女性にとって職業生活

のみならず、「結婚・妊娠・出産・育児・介護」が大前提となっていることが窺える。

つまり女性に対して、「働く」方向性だけではなく、「産み」や「介護」の方向性を伴っ

た「活躍」の形が一方的に推奨されており、女性の人権に立脚した、女性自らが選択

する「活躍」の形とはなっていないことが分かる。特にリプロ領域への介入とも取れ

る点は、先に見た「女性の健康の包括的支援法案」と同じ構造を示している。法律で

示された「活躍」の形をとることがまがりなりにも可能な女性とは、スーパーウーマ

ンか、運よく祖父母などの親族サポートが得られるケースなどに限られ、おそらく多

くの女性は非正規労働に行き着くであろう。その意味で、「女性活躍」を掲げながら、

他方で労働者派遣法改正(2015 年)といった正反対のことが同時に行われているの

は矛盾に他ならず、大きな齟齬があると言える。育児・介護などのケアと両立できず

に、いったん退職を余儀なくされた女性たちの再就職先は、現状ではほとんどが非正

規職であるが、そのことについてはどう扱われているのだろうか。

 2015 年9月には女性活躍に関する基本的な方針が閣議決定されるが(「女性の職業

生活における活躍の推進に関する基本方針」)、そこには以下のような女性たちの再就

職支援策も盛り込まれている(下線筆者)。

 出産・育児等を理由に離職する女性が多いことを踏まえ、ライフステージに応

じた公的職業訓練の実施や能力アップのための訓練を実施する一般事業主に対

する支援等を実施することとする。またすべての女性が、個性と能力を最大限に

発揮して希望する形での活躍が実現できるよう、職業生活と家庭生活との両立が

可能となる再就職や専門資格等を生かした再就職への支援、これまでの育児や介

護等の経験を生かして地域等において活躍できるための支援を拡充する。(基本

方針、16 ~ 17 頁)

 これについては、正規雇用の再就職を望む女性への施策として不十分であり、「こ

れまでの育児や介護等の経験を生かして」というくだりは、待遇の低いケア(ワーカー、

ボランティア)要員としての女性という位置づけが読み取れるとの指摘もある(清末

2016)。要するに福祉分野における、いわば「地域の嫁」の再生産が予想されるので

はなかろうか。

(2)「一億総活躍」―結婚・出産奨励策へ

 さて、女性活躍推進法成立のわずか2カ月後(2015 年 10 月)、新ポストの一億総

活躍担当大臣に加藤勝信氏が就任し、女性活躍の他、内閣府特命担当(少子化対策、

Page 11: 女性活躍推進政策の背景としての「家族」言説の意味opac.tenri-u.ac.jp/opac/repository/metadata/4197/OYS002303.pdf · る(とされる)選択的夫婦別姓や、男女の「特性」を否定する(とされる)男女共

─ 57 ─

金子珠理  女性活躍推進政策の背景としての「家族」言説の意味

男女共同参画)も兼任する。この新ポストは、肝心の男女共同参画はもとより、成立

したばかりの女性活躍までをも後退させてしまう印象を与え、各地の自治体において

すでにみられる、男女共同参画担当部署から「男女共同参画」の文字が消され名称が

変わる傾向に拍車がかかることが予想される(東京都北区「男女いきいき推進課」、

岡山市「女性が輝くまちづくり推進課」など)。また「一億」という言葉からは人口

政策や国民総動員的な意図が垣間見えさえする。(13)

 同じく 2015 年 10 月に「一億総活躍国民会議」が設置される。緊急対策として、三

世代同居・近居の推進、介護離職数ゼロ(介護休業 93 日を3回に分割)が掲げられ

るが、介護保険の拡充なしのままで(単に介護休業に手を加えるのみ)、三世代同居・

近居といった家族の支えあいを強化することは、特に女性負担の増大になりかねない

との指摘もある(山口 2015)。

 一億総活躍担当ポストができる前からすでに、2013 年度に「地域少子化対策強化

交付金」が創設され、30.1 億円、翌 2014 年度も同額、併せておよそ 60 億が計上され、

「結婚・妊娠・出産・育児の切れ目ない支援」のキーワードの下、婚活・結婚支援に

大きな金額が使われてきた。2015 年度には、全国の 47 都道府県すべてがこの事業に

取り組んでおり、その事業総数は、353 件に及び、加藤大臣は、「結婚応援フォーラム」

に参加するなど、その遂行に邁進しているといわれる(斉藤 2016)。

 こうしてみると、男女共同参画政策は、女性活躍や一億総活躍を経て、その理念が

空洞化し、次第に人口政策としてのあからさまな結婚・出産奨励策へと変貌しつつ

あることが分かる。リプロ概念が女性の人権に立脚していることを考えれば(柘植

2000)、このようなリプロ領域への侵害は、男女共同参画の理念を大きく踏み外すこ

とにつながりかねない。

 直近の例として、「ニッポン一億総活躍プラン」(2016 年 6 月に閣議決定)を受け

た具体的な取り組みの 1 つ、「結婚の希望を叶える環境整備に向けた企業・団体等の

取組に関する検討会」(加藤勝信大臣が主宰)による提言の骨子案(2016 年 12 月7

日公開)では、従来の両立支援などのほかに、企業・団体・大学などが取り組むべき

事業の例として「婚活メンター(サポーター)」(既婚の従業員が社内の独身の従業員

の結婚に向けた活動を支援する担当者)の設置が提言された。(14)

すでに 2016 年度第2

次補正予算によって自治体に対しては、提言に沿った婚活事業などを実施することで、

全国で計 40 億円の交付金が内閣府から支給されることが決定されている。それゆえ

自治体での今後の一層の婚活推進が予想される。

 ここまで来ると、女性活躍はおろか男女共同参画の理念は遠のき、単なる結婚・出

産奨励策に過ぎなくなる。一億総活躍政策の名の下で行われている、政策や立法の動

きは、とりわけリプロ領域における女性の自己決定権や家族のあり方に対する公の介

Page 12: 女性活躍推進政策の背景としての「家族」言説の意味opac.tenri-u.ac.jp/opac/repository/metadata/4197/OYS002303.pdf · る(とされる)選択的夫婦別姓や、男女の「特性」を否定する(とされる)男女共

─ 58 ─

入の正当化を意味する。男女共同参画の変質化プロセスにおける「家族」強調の言説

はまた、これまで男女共同参画施策やジェンダー研究が取り組んできた、公的な社会

福祉の充実や閉鎖的な親密圏における暴力の可視化までもを反故にしかねないのであ

る。「家族」は、1994 年の国際家族年に「社会の最も小さなデモクラシーの単位」で

あるべきものと確認された。憲法 24 条が家族主義の強化によって揺らいでいる今日、

「家族とは排他的なものではなく、包摂するもので、一人でも家族である」という基

本的理念に鑑み、一人ひとりの人権が尊重される、開かれた「家族」の在り方が問わ

れている。

おわりに

 近年の「女性活躍」政策や「輝く女性応援」政策は、1933 年創刊の雑誌『輝ク』

を思わせるという指摘もなされている(加納2014)。これらの政策で提示される「産み・

働き・ケアする」理想の女性像(あるいは家族像)と、戦前のごとき結婚・出産奨励

策とを思い合わせば、「国防婦人」として社会参加していった女性たちを想起せずに

はいられない。現在、新自由主義の下に進行しつつある、女性たちの「承認(自己実

現)欲求」と「再分配」との間でなされる取り引きという陥穽に留意しながら、かつ

ての女性たちの轍を踏まぬ道を探っていきたい。

  注

(1)2010 年3月には日本会議系の「家族の絆を守る会」が夫婦別姓に反対し、国民大会を開

催している。現行の夫婦同姓については、国連の女性差別撤廃委員会から再三にわたって改

善を勧告されているにもかかわらず、2015 年 12 月の最高裁判決にて合憲との判断が示され

た(15 人の裁判官の内、女性3人は全員、違憲判断であった)。

(2)2003 年7月、東京都教育委員会が都立七生養護学校で「不適切な性教育」を調査し、教

員を大量処分したが、教員らは精神的苦痛を受けたとして損害賠償を求める訴訟を起こした。

2013 年 11 月、都議らと都に対して原告へ計 210 万円の支払いを命じた判決が確定している。

(3)右派の攻撃対象は男女共同参画や性教育にとどまらず、歴史教科書における「従軍慰安

婦」の記述を契機に、1990 年代半ば頃より「慰安婦」問題にも向けられるようになる。現

在、このいわゆる「歴史戦」は海外(アメリカ、国連など)に主要舞台を移している(山口

他 2016)。

(4)その後、2012 年には「親学推進議員連盟」が発足し、家庭教育支援のための法律制定を

目指していく。地方でも、2012 年に大阪維新の会の大阪市議団が家庭教育支援条例案をま

とめる動きがみられたが、「乳幼児期の愛着形成の不足が軽度発達障害を誘発する」との記

述には科学的根拠がない、との批判を受け撤回するに至った。しかし 2017 年通常国会では、

議員立法での家庭教育支援法案の提出が準備されている(「一般社団法人親学推進協会メー

ルマガジン」第 86 号、2016 年 12 月 15 日参照)。

Page 13: 女性活躍推進政策の背景としての「家族」言説の意味opac.tenri-u.ac.jp/opac/repository/metadata/4197/OYS002303.pdf · る(とされる)選択的夫婦別姓や、男女の「特性」を否定する(とされる)男女共

─ 59 ─

金子珠理  女性活躍推進政策の背景としての「家族」言説の意味

(5)2017 年度税制改正で、女性の働く意欲をそぐと言われてきた「配偶者控除」見直しの議

論の中で浮上してきた「夫婦控除案」は、配偶者(主として妻)の年収に関係なく控除を適

用するというものだが、あくまで結婚している人が優遇される点で、家族主義的とみなすこ

とができる。結局、同案は見送られ、配偶者控除は撤廃どころか、103 万円の壁を 150 万円

に引きあげる形で決着した。

(6)1960(昭和 35)年に人口1億人突破を目標とするものであった。「出生の増加は今後の十

年間に婚姻年齡を現在に比し概ね三年早むると共に一夫婦の出生數平均五兒に達すること」

が目標とされた。「団體又は公營の機關等をして積極的に結婚の紹介、斡旋、指導をなさし

むる」とあるように、結婚斡旋の奨励も行われた。

(7)この後の、一億総活躍社会に関する意見交換会において(2015年11月18日)、加藤彰彦氏(明

治大学、家族人口学)は「希望出生率 1.8 をいかにして実現するのか」と題して発表し、(三

世代同居のような伝統的拡大家族の形態をとる)地方在住の非エリート層の若者をターゲッ

トに出生率を上げるべきだと述べた。これに対しては、山口一男氏(シカゴ大学)による反

論「伝統的拡大家族の復活は少子化対策として望ましいのか?」が寄せられた(経済産業研

究所のウェブサイト 2015 年 12 月 21 日)。

(8)シンポジウム「「卵子の老化」が問題になる社会を考える」においては、妊娠出産の早期

化を目的に高校生に「卵子の老化」について啓蒙することは、高校生だからといって許され

るのか、「卵子の老化」についての無知を少子化の原因と思わせる効果は、少子化に歯止め

がかからない(実効的な少子化対策を怠ってきた)政府による責任転嫁ではないかとの指摘

もあった(日本学術会議、2016 年6月 18 日)。また「国・地方公共団体が少子化社会対策と

して、子どもたちの家族形成意識に働きかけ教育・啓発すること」は、すでに 2003 年の「少

子化社会対策基本法」第 17 条にも示されているが、河合務によれば、それが「〈出産への強迫〉

へと転化することにならないのかどうか」の検討が必要であるという(河合 2009)。

(9)少子化社会対策大綱の後、2015 年4月には「子ども・子育て支援新制度」が登場するも

のの、これは育児の社会化というよりは市場化の方向性を持つものである。3歳未満の待機

児に、小規模な安上りの地域型保育、専門資格のない保育者で対応することから、保育者の

賃金・労働条件の悪化とさらなる非正規化が予想される。

(10)2014 年 8 月 29 日の「法律案の条文を読む勉強会」では、法案を通すために避けるべき「地

雷」として、性教育、望まない出産の防止、ジェンダー、リプロダクティブ・ヘルス/ライ

ツ、低用量ピル、緊急避妊、HPV ワクチン、女性に対する暴力の根絶、女性に不利な法律の

改正が挙げられたが、これらは「避けるべき」どころか、むしろ 1995 年の北京女性会議の「行

動綱領」が掲げる目標課題そのものである(『報告集 2014・9・6』参照)。

(11)山口智美は、ほぼ同時期に出てきた両法(案)の関連性を示すものとして、「女性の活躍

の推進のためには、女性の特性に応じた女性の健康の包括的支援が必要である」(『日本再興

戦略改訂 2014』p.44)、「対をなすもの」(『公明新聞』2014 年 6 月 19 日)を挙げている(『報

告集 2014・9・6』参照)。

(12)同ブログは、「輝く shine」がローマ字読みで「死ね」とも読めるため、国内外から揶揄

される。2015 年2月の「キャラクター弁当」記事で炎上するなど、「輝く女性」の固定的イメー

ジは不評を買った。現在は「shine」の文字は消え、「kagayaku」となったが、使用されるイメー

Page 14: 女性活躍推進政策の背景としての「家族」言説の意味opac.tenri-u.ac.jp/opac/repository/metadata/4197/OYS002303.pdf · る(とされる)選択的夫婦別姓や、男女の「特性」を否定する(とされる)男女共

─ 60 ─

ジ画像は「家族」を象徴するものに変更されている。

(13)加藤氏は就任にあたり、内閣府男女共同参画局の広報誌に、次のような抱負を語っている。

「『すべての女性が輝く社会』の実現は、安倍内閣の最重要課題の一つです。少子高齢化に歯

止めをかけ活力ある社会を実現するためには、一人ひとりの日本人誰もが、家庭で職場で地

域で、今よりももう一歩前に踏み出していけるようにしなければなりません。そのための最

も重要な柱が女性の活躍推進です。」(『共同参画』2015 年 11 月号)。これについては「女性

の活躍推進が、少子高齢化対策としてのみ語られ、女性の人権、性差別の撤廃といった視点

は見えない。さらに「家庭」が職場や地域より先に女性が輝く場として言及されて」いると

の指摘もある(山口 2015)。

(14)ネット上では「企業が結婚を強要するセクハラだ」、「個人情報保護はどこへいったのか」

「LGBT への配慮がない」として撤回を求める署名運動が行われる(女性と人権 全国ネット

ワーク)など、反対意見が広がった。検討会では「企業子宝率」などの指標によって企業を

認定する制度の創設のような、個人情報侵害やハラスメントにつながりかねない施策も議論

され、その射程は大学にまで及ぶ。すでに一部の大学では男女共同参画の趣旨とは相容れな

いような「婚学」が人気講座となり(九州大学等)、キャリアデザイン教育の一環として結婚・

出産を含むライフデザインに取り組む大学も出てきている(別府大学等)。中には自治体の

施策と連携している事例もあり、ジェンダーの視点からの批判的検討が必要である。その後、

検討会では、骨子案の中で反対意見が特に強かった「婚活メンター」の設置や「婚活支援企

業を国や自治体が認定・表彰する制度」などの例示を削除したが(『朝日新聞』2016 年 12 月

21 日)、根本的な姿勢の撤回は見られない。

参考文献

・青木理『日本会議の正体』平凡社、2016 年。

・上杉聰『日本会議とは何か』合同出版、2016 年。

・大橋由香子「リプロダクティブ・ライツから考える少子化対策と「女性手帳」」アジア女性資

料センター編『女たちの 21 世紀』75 号、2013 年。

・河合務「戦時下日本の「結婚報国」思想と出産奨励運動」鳥取大学地域学部『地域学論集』

2009 年。

・金子珠理「「男女共同参画社会」における家庭教育振興政策」『天理大学おやさと研究所年報』

第 13 号、2007 年。

・加納実紀代「『輝く女性』今昔ものがたり―帰路に立つ日本のフェミニズム」『インパクショ

ン』197 号、インパクト出版会、2014 年。

・清末愛砂「日本の新安全保障政策・女性の活躍推進政策における女性の役割―女性に対す

る期待・要求」『亜細亜女性法学』(亜細亜女性法学研究所、韓国)18 号、2015 年。【2015a】

・清末愛砂「女性間の分断を乗り越えるために―女性の活躍推進政策と改憲による家族主義

の復活がもたらすもの」日本平和学会編『平和研究』45 号、2015 年。【2015b】

・清末愛砂「女性学・ジェンダー研究は変容を求められるのか―女性の活躍推進法時代を迎

えて―」(2016 年6月 18 日日本女性学会 2016 年度大会シンポジウム配布資料)。

・斉藤正美「国家プロジェクトと化した「婚活」 莫大な税金投入は誰のため?」『messy』2016

Page 15: 女性活躍推進政策の背景としての「家族」言説の意味opac.tenri-u.ac.jp/opac/repository/metadata/4197/OYS002303.pdf · る(とされる)選択的夫婦別姓や、男女の「特性」を否定する(とされる)男女共

─ 61 ─

金子珠理  女性活躍推進政策の背景としての「家族」言説の意味

年 12 月 6 日、http://mess-y.com/archives/38590、2017 年 1 月 10 日最終閲覧。

・石楿『ジェンダー・バックラッシュとは何だったのか』インパクト出版会、2016 年。

・斉藤正美「『官製婚活』で結婚・出産を強要?」『週刊金曜日』2017 年1月 27 日号。

・柘植あづみ「女性の人権としてのリプロダクティブ・ヘルス/ライツ」『国立婦人教育会館研

究紀要』第 4号、2000 年。

・成澤宗男編『日本会議と神社本庁』週刊金曜日、2016 年。

・三浦まり「女性『活躍』推進の罠―女性が『輝かされる』社会に抗して」『世界』862 号、

岩波書店、2014 年。

・村田晶子『女性問題学習の研究』未来社、2006 年。

・柳本祐加子「「女性活躍」推進―日本型ジェンダー平等社会の形成へ」アジア女性資料セン

ター編『女たちの 21 世紀』81 号、2015 年。

・山口智美、斉藤正美、荻上チキ『社会運動の戸惑い』勁草書房、2012 年。

・山口智美「『一億総活躍』と憲法 24 条の改悪への動き」アジア女性資料センター編『女たち

の 21 世紀』84 号、2015 年。

・山口智美、能川元一、テッサ・モーリス―スズキ、小山エミ『海を渡る「慰安婦」問題』岩波書店、

2016 年。

・山田昌弘「女性労働の家族依存モデルの限界」小杉礼子、宮本みち子編著『下層化する女性たち』

勁草書房、2015 年。

・『報告集 2014・9・6 リブロの視点から「女性の健康の包括的支援法案」について考える集会』

(同実行委員会発行)、2014 年 11 月。【報告集 2014・9・6 と略す】

・「図解 ジェンダーバッシングと日本会議」『週刊金曜日』2016 年8月5日号。

・「対談 竹信三恵子×堅田香緒里 女性に押し寄せる新しい貧困」アジア女性資料センター

編『女たちの 21 世紀』87 号、2016 年。【対談竹信×堅田 2016 と略す】

・「別府大学 ライフデザイン講座の取組について」http://www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/

meeting/kigyo/k_3/pdf/s6.pdf、2017 年 1 月 10 日最終閲覧。

・「結婚の希望を叶える環境整備に向けた企業・団体等の取組に関する検討会提言」http://

www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/meeting/kigyo/pdf/teigen.pdf、2017 年 1 月 10 日最終閲覧。

Page 16: 女性活躍推進政策の背景としての「家族」言説の意味opac.tenri-u.ac.jp/opac/repository/metadata/4197/OYS002303.pdf · る(とされる)選択的夫婦別姓や、男女の「特性」を否定する(とされる)男女共

─ 62 ─

The Significance of the Discourse of "Family" as a Backdrop to the Policy of Promoting Women's Active Participation:

Transformation Process of Gender Equality

KANEKO Juri 

The aim of this essay is to discuss the related policies including the Act on Promotion of

Women's Participation and Advancement in the Workplace (effective April 2016) from the

context of the policy to promote education in the home and countermeasures to the falling

birthrate after the 1990s, and to understand, with attention to the discourse of "family," how

the gender equality policy changed in nature. The first section gives an overview of how the

idea of gender equality suffered backlashes due to the language of "familism" that gradually

mounted after the latter half of the 1990s. The second section looks at how the policy to

promote education in the home distorted the countermeasures to the falling birthrate initiated

during the same period. The third section traces the transition of the "Basic Plan for Gender

Equality" after the enactment of the Basic Act for Gender Equal Society (1999) and touches on

the consequence for the concepts of reproductive health/rights and of unpaid work. The fourth

and fifth sections review the process whereby the countermeasures to the falling birthrate turned

into the population policy and, with the discourse of "family" as reference, shed light on the

issues of the policy to promote women's active participation and the transformation process of

the gender equality policy that were concurrently in progress.

Key words: Promoting women's active participation, education in the home, family,

gender equality, countermeasures to the falling birthrate, population policy,

reproductive health/rights, article 24 of the Constitution