植込み型除細動器による心室不整脈治療igakukai.marianna-u.ac.jp/idaishi/www/305/01nakazawa.pdf ·...

7
Ⅰ.はじめに 近年における難治性心室不整脈の治療法の進歩はめ ざましく,10 年前と比較してみると全く異なってし まったと言っても過言ではない。以前は交感神経 β 断薬,procainamide などの Na チャネル遮断薬が心室 不整脈治療の中心であった。現在もこれらの薬剤の有 効性が否定されたわけではないが,軽度心機能低下例 の心室期外収縮を対象とした検討において,抗不整脈 薬投与群が非投与群より死亡率が高かったとする米国 の大規模研究(CAST 試験) 12結果は世界中を驚愕 させた。これに続き他の多くの Na チャネル遮断薬に ついても追試がなされ,抗不整脈薬投与群の死亡率と 非投与群のそれとを比較すると同等が一部であり,多 くは前者の死亡率が増加することが判明した。最近, amiodarone などの心筋膜 K チャネル遮断薬の使用が 増えつつあるが,有用性は議論されている段階であ る。 このような背景もあって,最近はペースメーカ治 療,不整脈の根治療法であるカテーテル・アブレー ション(心筋焼灼術),心室細動(VF)発現時に自動 的に電気的除細動を行なう植込み型除細動器(ICD; Implantable Cardioverter Defibrillator)といった非薬物 治療が注目され,医療工学の進歩と相まって著しい発 展を遂げている。 最近では心疾患患者の心室不整脈による死亡を減少 させる治療薬として,アンジオテンシン変換酵素阻害 薬,アンジオテンシン II 受容体拮抗薬,β 遮断薬の効 果が認められているが,ICD を凌ぐものがないことは 多くの大規模研究で確認されている evidence であ 3~6本稿では ICD 治療の発展,臨床的有用性および問 題点を,自験例を呈示して概説する。 Ⅱ.ICD の登場と開発 78ICD 治療は,心臓突然死の主因である VF 発症時 に,自動的に電気的除細動を行なう小型 IT 機器 ICD)を体内に植込む治療法であり,現在のシステ ムに至るまでには多くの研究者のアイデアと努力が積 重ねられている。 発明者はポーランドの Michel Mirowski1924 年~ 1990 年)である。開発には盟友 Mower MMJohns Hopkins University)と Reid PHIndiana University)も 携わった。 1966 年,Mirowski が当時勤務していたイスラエル の国立病院,Asaf Harofeh Hospital の友人が突然死し たことに端を発するという。Mirowski は,友人が倒 れたすぐそばに電気的除細動器があれば彼を助けるこ 473 1 聖マリアンナ医科大学 内科学教室(循環器内科) 総  説 聖マリアンナ医科大学雑誌 Vol. 30, pp.473–479, 2002 植込み型除細動器による心室不整脈治療 中沢 なかざわ きよし たか 明彦 あきひこ 國島 くにしま 友之 ともゆき やけ 良彦 ふみひこ (受付:平成 14 10 20 日) 索引用語 植込み型除細動器,歴史,臨床的有用性,問題点

Upload: others

Post on 30-Jun-2020

1 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 植込み型除細動器による心室不整脈治療igakukai.marianna-u.ac.jp/idaishi/www/305/01nakazawa.pdf · Ⅰ.はじめに 近年における難治性心室不整脈の治療法の進歩はめ

Ⅰ.はじめに

近年における難治性心室不整脈の治療法の進歩はめ

ざましく,10年前と比較してみると全く異なってし

まったと言っても過言ではない。以前は交感神経 β遮

断薬,procainamideなどの Naチャネル遮断薬が心室

不整脈治療の中心であった。現在もこれらの薬剤の有

効性が否定されたわけではないが,軽度心機能低下例

の心室期外収縮を対象とした検討において,抗不整脈

薬投与群が非投与群より死亡率が高かったとする米国

の大規模研究(CAST試験)1)2)結果は世界中を驚愕

させた。これに続き他の多くの Naチャネル遮断薬に

ついても追試がなされ,抗不整脈薬投与群の死亡率と

非投与群のそれとを比較すると同等が一部であり,多

くは前者の死亡率が増加することが判明した。最近,

amiodaroneなどの心筋膜 Kチャネル遮断薬の使用が

増えつつあるが,有用性は議論されている段階であ

る。

このような背景もあって,最近はペースメーカ治

療,不整脈の根治療法であるカテーテル・アブレー

ション(心筋焼灼術),心室細動(VF)発現時に自動

的に電気的除細動を行なう植込み型除細動器(ICD;

Implantable Cardioverter Defibrillator)といった非薬物

治療が注目され,医療工学の進歩と相まって著しい発

展を遂げている。

最近では心疾患患者の心室不整脈による死亡を減少

させる治療薬として,アンジオテンシン変換酵素阻害

薬,アンジオテンシン II受容体拮抗薬,β遮断薬の効

果が認められているが,ICDを凌ぐものがないことは

多くの大規模研究で確認されている evidenceであ

る 3~6)。

本稿では ICD治療の発展,臨床的有用性および問

題点を,自験例を呈示して概説する。

Ⅱ.ICDの登場と開発 7)8)

ICD治療は,心臓突然死の主因である VF発症時

に,自動的に電気的除細動を行なう小型 IT機器

(ICD)を体内に植込む治療法であり,現在のシステ

ムに至るまでには多くの研究者のアイデアと努力が積

重ねられている。

発明者はポーランドのMichel Mirowski(1924年~

1990年)である。開発には盟友 Mower MM(Johns

Hopkins University)と Reid PH(Indiana University)も

携わった。

1966年,Mirowskiが当時勤務していたイスラエル

の国立病院,Asaf Harofeh Hospitalの友人が突然死し

たことに端を発するという。Mirowskiは,友人が倒

れたすぐそばに電気的除細動器があれば彼を助けるこ

473

1

聖マリアンナ医科大学 内科学教室(循環器内科)

総  説 聖マリアンナ医科大学雑誌Vol. 30, pp.473–479, 2002

植込み型除細動器による心室不整脈治療

中沢なかざわ

潔きよし

�たか

木ぎ

明彦あきひこ

國島くにしま

友之ともゆき

三み

宅やけ

良彦ふみひこ

(受付:平成 14年 10月 20日)

索引用語植込み型除細動器,歴史,臨床的有用性,問題点

Page 2: 植込み型除細動器による心室不整脈治療igakukai.marianna-u.ac.jp/idaishi/www/305/01nakazawa.pdf · Ⅰ.はじめに 近年における難治性心室不整脈の治療法の進歩はめ

とができたと考え,常時利用可能状態にするには体内

に植込んで携帯し続け,さらに自動的に作動するシス

テムが不可欠であると考えた。1969年米国の Sinai

Hospitalに移るが,50%の時間を ICD研究に割くこと

が彼の条件であった。このアイデアは誰もが無理だと

忠告する研究であったが,Mowerが強い興味を示し

たため研究を進めることができた。政府の研究支援が

なかったにもかかわらず,3ヵ月程度で研究メンバー

も増え,動物実験用の装置が作成された。1970年中

旬には 25頭の犬に長期的な植込みが行なわれ,60ヵ

月以上の植込み期間中に失敗は 4頭のみで,それも

リード線の破損によるものであった。

当時作成された映画の写真は公表され,センセー

ショナルなものであったが,この成果は学術誌や学会

では認められなかった。しかし,このチームはさらに

研究を進め,Johns Hopkins Universityの応用物理学研

究室も加わり,装置は人に植込めるシステムとなっ

た。生命に危険を及ぼす心室不整脈例を選択するた

めに Reidも加わった。Johns Hopkins Universityが人を

対象とした ICD植込みの最初の施設となったが,研

究審査委員会の条件は,心筋梗塞発症 6週以後で,生

命に危険のある不整脈を少なくとも 2回経験してお

り,抗不整脈薬療法が無効で,寿命を 6ヵ月以内に制

限するような疾患がなく,さらにインフォームドコン

セントに関して署名できることであった。

当 時 の 器 械 は Automatic Implantable Defibrillator

(AID)と命名され,1980年 2月 4日,57歳の女性に

世界最初の植込み術が行なわれた。鎖骨下静脈から上

大静脈電極を挿入し,開胸してカップ型電極を心外膜

に装着し,リード線は皮下を這わせ,臍左側の皮下ポ

ケットに植込んだ本体に接続された。手術は順調に進

み終了し,その後のVF誘発試験では自動的に作動し

除細動に成功した。最初の 3例の成功を論文発表した

ことにより,患者紹介が急速に増加した。この紹介患

者の多くは 1回の致死的不整脈発作を有する例であっ

たが,植込み基準である 2回目の不整脈発作を待った

ために数人が死亡することになった。そのため,植込

み基準は 1回の致死的不整脈発作と変更された。

1982年には心外膜に装着する電極や不整脈自動解

析アルゴリズムが改良され,150拍/分以上の心室頻

拍(VT)を効果的に治療することが可能となった。

改良された装置は Automatic Implantable Cardioverter

Defibrillator(AICD)と命名され,1985年,FDA(米

国連邦食品医薬品局)は 404例の臨床研究の結果から

AICDの販売承認を与えることになった。

Ⅲ.ICDの日本への導入

わが国の植込み第 1例は 1984年の国立循環器病セ

ンター 9),第 2例は同年の日本医科大学 10)の患者で

ある。その前後に米国においてAICDに関する講習会

が行なわれており,1983年にはわが国の医師も参加

したが,本学の武井裕先生(当時日本医科大学)もそ

の 1人である。植込み術を施行する医師は講習会参加

が義務付けられていたため,その後の講習会にも多く

の医師が参加した。

わが国最初の臨床試験は 1990年 1月から 1992年 10

月に約 10施設で行なわれた。CPI社製VENTAK-P1600

の試験で,第 II世代と言われる機種であった。本体

は 235 gで,開胸手術が必要であった。20例に植込ま

れ,1994年に輸入が承認された。その後,開胸手術

が必要なくなり,抗頻拍・抗徐脈ペーシング機能と除

細動出力波が 2相性になった第 3世代,さらに第 4世

代を経て,現在は心房波を感知し,誤作動の減少を目

指した DDDペーシング機能を有する第 5世代も使用

できるようになっている。

1996年 4月には,本治療の保険償還が厚生省によ

り承認され,広く臨床使用されることになった。

Ⅳ.当院における ICD治療

当院の患者に対する最初の植込みは 1992年に行な

われたが,手術は当時のわが国では治験施設のみに限

定されていたために,日本医科大学(田中茂夫教授)

にお願いした。その後の管理は当院で行なっている。

1996年 4月,当院における植込み術を開始した。

1983年の米国の講習会に参加していた池下正敏先生

(当時,当院心臓血管外科)と武井裕先生が当院に在

籍しており,比較的容易に治療戦略の 1つとして導入

できた。

わが国の植込み適応は,1991年に発表された

American College of Cardiology(ACC)/American Heart

中沢潔 �木明彦 ら474

2

Page 3: 植込み型除細動器による心室不整脈治療igakukai.marianna-u.ac.jp/idaishi/www/305/01nakazawa.pdf · Ⅰ.はじめに 近年における難治性心室不整脈の治療法の進歩はめ

Association(AHA)合同委員会によるガイドライン 11)

の class I相当が推奨されていたので,当初はそれに則

して適応を決めた。1998年に発表されたガイドライ

ン 12)では,欧米の多くの大規模研究の結果を踏まえ

て,持続性VTの場合は薬剤など他の治療法が無効の

場合という条件が削除され,第一選択治療法と位置付

けられることになった。また,非持続性でも低心機能

があり,電気生理検査で持続性VTが誘発されれば適

応となったので,現在はそれに準じて適応を決めてい

る。

徐々に例数が増え,当院では 2001年までに 66例の

患者に ICD植込み術が行なわれた(Fig. 1)。

Ⅴ.ICD治療の臨床的有用性

Holter心電図記録中に偶然,心臓突然死を起こした

例の集計と検討がある。Bayes de Lunaら 13)の 157例

についての集計が最多例の研究であるが,VTから

VFへの移行が 62.4%,VFが 8.3%,QT延長に伴う多

形性 VT(torsade de pointes)が 12.0%,徐脈性不整脈

が 16.5%と頻拍性心室不整脈が全体の 82.7%を占めて

いた。わが国における集計結果 14)でも,頻拍性心室

不整脈の頻度は同様であった。現在使用されている

ICDは抗頻拍機能のみならず徐脈に対するペーシング

機能も有しているので,ICDを植込んであれば頻拍お

よび徐脈に起因するすべての心臓突然死を治療できる

ことになる。

心機能低下(左室駆出分画; 40%以下)のある心臓

突然死の蘇生 1885例を対象としたAVID試験 6)では,

III群抗不整脈薬である amiodaroneと sotalol投与群と

比較して,ICD治療群での有意な死亡率低下が示され

た。また,CIDS試験 5)でも同様の結果が得られ,

ICDの突然死 2次予防の意義が確立した。さらに,突

然死蘇生例ではなく,非持続性VTを有する心筋梗塞

既往例において電気生理検査による持続性VT誘発例

に対して,通常の薬物治療と ICD治療の比較を行

なったMADIT 3),MUSTT試験 4)でも,ICD治療に

おける死亡率低下が認められ,突然死 high risk群にお

ける 1次予防効果が示された。本年Mossら 15)によっ

て発表されたMADIT-II試験は,非持続性 VTの低心

機能例を対象とした研究で,これにおいても ICD治

療が死亡率を低下させている。これまで治療法選択に

おいて問題となっていたHolter心電図で検出された非

持続性 VT例に対しても,ICDの有用性が確認された

わけである。

低心機能が心臓突然死の独立因子であることはゆる

ぎない事実であり,このような患者にとっては ICD

治療が第一選択となっているのが現状である。

Ⅵ.ICD治療の合併症と問題点

1.合併症

開胸を要した第 2世代までの機種では,開胸・心外

膜パッチ装着手術に伴う重篤な合併症 16~18)(手術死

亡 1.2~ 3.0%,感染 2.1~ 2.9%,血胸などの出血 0.2~

1.4%,ショック 18.1~ 22.3%)が少なくなかった。現

在の ICDは進化し,ペースメーカと同じ手法でリー

ド線を右室のみあるいは右室と右房に留置する方法で

あるため,手術に起因する重篤合併症はほとんどなく

なった。当院の初期 36例では,軽度の皮下血腫と気

胸(11.1%),慢性期の皮膚圧迫壊死と血栓症(6.7%)

を認めた 19)。

2.臨床使用における問題点

現在の機種では植込み術は容易で問題は少なく,器

械の性能は飛躍的に進歩し除細動効率も極めて良好で

ある。臨床的問題点は誤作動,短い電池寿命,患者の

精神面での管理および社会的な面での管理である 20)。

植込み型除細動器による心室不整脈治療 475

3

Fig. 1 The number of implantable cardioverter defibrillatorimplantation (ICDI) in St. Marianna University Hospital.We started ICDI in 1996 and had 66 cases during 6 years(1996–2001).

Page 4: 植込み型除細動器による心室不整脈治療igakukai.marianna-u.ac.jp/idaishi/www/305/01nakazawa.pdf · Ⅰ.はじめに 近年における難治性心室不整脈の治療法の進歩はめ

1)誤作動

誤作動には 2種あり,治療の対象となる不整脈以外

の頻拍性不整脈に対しての作動および電磁障害による

不整脈発作以外での作動である。

心房細動や心房頻拍が致死的となることはまずない

ので,現在の ICD治療の対象とはならないが,この

ような頻拍に対して ICDが作動することがあり,6.7~

25.0%の例に認められる 21)22)。この誤作動を避ける

には,ICD作動の基準心拍数の設定変更も 1つの方法

であるが,それだけでは不十分であるため,心房細動

のような不規則な心拍にはその不安定性を感知認識す

るアルゴリズムが組み込まれている。また,正常の洞

性頻脈,例えば運動などによるものでは徐々に心拍数

が上昇するのに対し,頻拍発作では突然頻拍となるの

で,この急激な心拍数変化を感知判定するアルゴリズ

ムが内蔵されている。

さらに最近は心房に留置したリードからの情報を感

知し,心房不整脈を識別しようとしている。著者らの

検討 19)では,20.5%の例に心房不整脈による誤作動

が確認されたが,薬剤あるいはカテーテル・アブレー

ションによる心拍数調節と ICD設定変更で,1例を除

いて誤作動の回避が可能であった。回避できなかった

1例は,VFに対する正常作動を繰り返したための不

安や恐怖心による心拍数上昇と心房細動の発生による

ものであった。現状では ICDの誤作動を完全に回避

することはできないが,原因の多くは心房不整脈であ

ることから,β遮断薬など心拍数を調節する薬物,カ

テーテル・アブレーションによる頻拍治療,および

ICD設定の変更でほとんどは回避することができる。

本治療法における基本的な作動様式はVFに対する

ショック(Fig. 2)と抗頻拍ペーシング(burst pacing;

ショックを出さずに,VTより速い周期で一定拍数

ペーシングすることにより VTを停止させる)であ

る。心疾患患者の VTの多くはリエントリ性のため

burst pacingにより停止可能であるが,この burst pacing

によりVTが他のリエントリ回路に乗り移ることもあ

り,さらに速い頻拍になるとVFを誘発することもあ

る。この場合 burst pacingは停止のためには無効とい

うことになるが,最終的なVFに対するショックで停

止させられれば救命できる(Fig. 3)。また,VFは単

純なショックで停止したが,そのショックにより頻拍

性の心房細動が誘発され,それに対する誤作動を起こ

した例も著者らは経験している。

2)電池寿命

ICDの放電性能は 700~ 800 Vの直流,最大 30~

40 Jのエネルギー,300回以上の放電回数,5年程度

の電池寿命などとして開発されており,電池はリチウ

ム・酸化バナジウム銀が使用されている 23)。著者ら

中沢潔 �木明彦 ら476

4

Fig. 2 The therapy of implantable cardioverter defibrillator(ICD). Ventricular fibrillation (VF) was terminated by theshock from ICD.

Fig. 3 The complex therapy of implantable cardioverterdefibrillator. Ventricular tachycardia (VT) was not termi-nated by twice burst pacing. So 2-Joule shock wasdischarged, but VT changed to ventricular fibrillation (VF).Finally 30-Joule shock was discharged, resulted in VF wasterminated. These therapies are automatically performed.

Page 5: 植込み型除細動器による心室不整脈治療igakukai.marianna-u.ac.jp/idaishi/www/305/01nakazawa.pdf · Ⅰ.はじめに 近年における難治性心室不整脈の治療法の進歩はめ

は 2000年までに 5例の植替え例を経験したが,電池

寿命は 1.3~ 5.0年(平均 3.3年)であった 19)。徐脈

性不整脈合併例では ICDのペーシング機能も使用さ

れるため,電池寿命延長を目的として ICDとペース

メーカの 2つの植込みが余儀なくされた例もあった。

ICD本体は飛躍的に小さくなったとはいえペースメー

カには及ばないが,体格の良い人であれば目立たない

程度の大きさまでには改良された(Fig. 4)。容積の

50~ 60%を電池が占めているが,疾患によっては放

電回数が少ないと予想される場合もあり,さらに小容

積の機種の開発が期待される。

3.ICD植込み患者に対する最小限の医学知識

ICD植込み患者には ICDに関する最小限の医学知

識が必要である。意識のある状態で作動することが多

いので,種々の機能が作動した場合にどのような症状

が起こり得るかを十分に説明し,認識させておく。通

常の設定出力(20~ 30 J)での通電では胸を蹴られ

たような痛みを感じること,VTに対しての burst

pacingでは VTの動悸症状が悪化したような症状や意

識低下を自覚すること,通電や burst pacingは初回治

療が不成功の場合には繰り返し作動することなどであ

る。また,意識消失で作動しても意識が回復しない場

合は,ICDによる除細動不成功の可能性があるので適

切な心肺蘇生術を行なう必要があることを,家族を含

めて説明しておく。さらに,作動時に他の者が接触し

ても大きな問題は生じないことなども追加しておく必

要がある。

社会生活においては強い磁場環境への進入は禁忌で

あるが,通常の生活では問題はない。ペースメーカに

関連して携帯電話の使用についての危惧が取りざたさ

れているが,一部のペースメーカ機種を除いて極めて

近接しない限り影響がないことは実証されており 24),

ICDについても同様である。特殊な業務環境下で高磁

場発生などがあると,除細動機能に影響して適切な放

電が行なわれないこともあり得る。また,船舶無線な

どの高出力無線機のアンテナに極度に接近した場合に

も影響を及ぼすことがある 25)。

著者らはトラックの無許可無線による電磁障害を

VFと誤認識したと思われる例を報告 26)しており,

これなどは回避しがたい電磁障害である。また,ICD

機能には問題を生じないが,空港などの金属探知機に

は反応することがあるので,ICD患者手帳などはいつ

も携帯しておくよう指導する。さらに,不整脈発現に

よる一過性意識消失は起こり得る症状なので,車の運

転や高所作業などはできるだけ避けることが望まし

い。就労条件としても心疾患の重症度による労作制限

に加えて,電磁障害の防止および一過性意識消失の発

現を考慮して取り組む必要がある。公共交通機関の運

転,電気溶接作業,高所作業,発電所などは禁止すべ

き職種・職場である。著者らは ICD植込み後の就労

状況を調査 27)した結果,他の心疾患と同様に就労制

限が行なわれていることが判明した。なお,患者の意

思に反して失職した者が 2人(20%)いたことがわ

かった。

4.精神面のケア

ICDがいつ作動するかわからないという不安は,時

に抑鬱状態を生み出す。これは少なくない合併症であ

り,精神面でのサポートが重要な鍵となる 28)。2000

年までの著者らの検討では,抑鬱状態は 7例(16%)

に認められたが,いずれも軽症で精神科的な管理は必

要なく,内科医のサポートのみで病態は改善した。し

かし,今後重症例に遭遇することはあり得るので,欧

米のような患者同士の情報交換環境や患者向けの刊行

植込み型除細動器による心室不整脈治療 477

5

Fig. 4 Actual pacemaker and implantable cardioverterdefibrillator that are now available. (Left; PULSER MAX IIModel 1180, GUIDANT corporation. Right; VENTAK MINIIV Model 1790, GUIDANT corporation.)

Page 6: 植込み型除細動器による心室不整脈治療igakukai.marianna-u.ac.jp/idaishi/www/305/01nakazawa.pdf · Ⅰ.はじめに 近年における難治性心室不整脈の治療法の進歩はめ

物などが ICD患者の QOLアップに役立つことは間違

いない。

Ⅶ.結語

ICD治療は心臓突然死予防に最も有効な治療法の 1

つであり,当院においても 1992年から不整脈の治療

戦略の 1つとして導入している。機器の性能および植

込み技術は飛躍的に進歩しており,除細動効率や臨床

的有用性に問題は少ない。しかし,誤作動,電池寿命,

患者管理における諸問題については,改善と発展が望

まれる。

文  献1) The Cardiac Arrhythmia Suppression Trial (CAST)

Investigators. Preliminary report: effect of encainide

and flecainide on mortality in a randomized trial of

arrhythmia suppression after myocardial infarction.

N Engl J Med 1989; 321: 406-412.

2) The Cardiac Arrhythmia Suppression Trial II

Investigators. Effect of the antiarrhythmic agent

moricizine on survival after myocardial infarction. N

Engl J Med 1992; 327: 227-233.

3) Moss AJ, Hall WJ, Cannom DS, Daubert JP, Higgins

SL, Klein H, Levine JH, Saksena S, Waldo AL,

Wilber D, Brown MW and Heo M. Improved survival

with an implanted defibrillator in patients with coronary

disease at high risk for ventricular arrhythmia.

Multicenter Automatic Defibrillator Implantation

Trial Investigators. N Engl J Med 1996; 335: 1933-

1940.

4) Buxton AE, Lee KL, Fisher JD, Josephson ME,

Prystowsky EN and Hafley G. A randomized study

of the prevention of sudden death in patients with

coronary artery disease. Multicenter Unsustained

Tachycardia Trial Investigators. N Engl J Med 1999;

341: 1882-1890.

5) Connolly SJ, Gent M, Roberts RS, Dorian P, Roy D,

Sheldon RS, Mitchell LB, Green MS, Klein GJ and

O'Brien B. Canadian implantable defibrillator study

(CIDS): a randomized trial of the implantable cardio-

verter defibrillator against amiodarone. Circulation

2000; 101: 1297-1302.

6) Pinski SL, Yao Q, Epstein AE, Lancaster S, Greene

HL, Pacifico A, Cook JR, Jadonath R and Marinchak

RA. Determinants of outcome in patients with

sustained ventricular tachyarrhythmias: the anti-

arrhythmics versus implantable defibrillators (AVID)

study registry. Am Heart J 2000; 139: 804-813.

7) Kastor JA. Michel Mirowski and the automatic

implantable defibrillator. Am J Cardiol 1989; 63:

1121-1126.

8) Mower MM. Clinical and historical perspective. In:

Singer I (eds.), Implantable Cardioverter-Defibrillator,

Futura Publishing, New York, 1994: 3-12.

9) 磯部文隆, 藤田毅, 小坂井嘉夫. 植込み型自動除細動器(AID-B)の使用経験. 心臓ペーシング1985; 1: 278-279.

10) 池下正敏, 田中茂夫, 浅野哲雄, 家所良夫, 佐々木建志, 原田厚, 新田隆, 庄司佑. 虚血性心室頻拍に対する心内膜切除術と植込み型除細動器の一期的治療経験. 心臓ペーシング 1989; 5: 509-514.

11) Dreifus LS, Fisch C, Griffin JC, Gillette PC, Mason

JW and Parsonnet V. Guidelines for implantation of

cardiac pacemakers and antiarrhythmia devices. A

report of the American College of Cardiology/

American Heart Association Task Force on Assessment

of Diagnostic and Therapeutic Cardiovascular

Procedures (Committee on Pacemaker Implantation).

Circulation 1991; 84: 455-67.

12) Gregoratos G, Cheitlin MD, Conill A, Epstein AE,

Fellows C, Ferguson TB Jr, Freedman RA, Hlatky

MA, Naccarelli GV, Saksena S, Schlant RC and Silka

MJ. ACC/AHA Guidelines for Implantation of

Cardiac Pacemakers and Antiarrhythmia Devices:

Executive Summary –a report of the American

College of Cardiology/American Heart Association

Task Force on Practice Guidelines (Committee on

Pacemaker Implantation). Circulation 1998; 97:

1325-1335.

13) Bayes de Luna A, Coumel P and Leclercq JF.

Ambulatory sudden cardiac death: mechanisms of

production of fatal arrhythmia on the basis of data

from 157 cases. Am Heart J 1989; 117: 151-159.

14) 八木繁, 佐藤忠一, 杉本恒明. ホルター心電図記録中の急死例 (車両財団助成研究 ). Excerpta

Medica 1991.

15) Moss AJ, Zareba W, Hall WJ, Klein H, Wilber DJ,

Cannom DS, Daubert JP, Higgins SL, Brown MW

and Andrews ML. The Multicenter Automatic

Defibrillator Implantation Trial II Investigators.

中沢潔 �木明彦 ら478

6

Page 7: 植込み型除細動器による心室不整脈治療igakukai.marianna-u.ac.jp/idaishi/www/305/01nakazawa.pdf · Ⅰ.はじめに 近年における難治性心室不整脈の治療法の進歩はめ

Prophylactic implantation of a defibrillator in patients

with myocardial infarction and reduced ejection frac-

tion. N Engl J Med 2002; 346: 877-883.

16) Kelly PA, Cannom DS, Garan H, Mirabal GS,

Harthorne JW, Hurvitz RJ, Vlahakes GJ, Jacobs ML,

Ilvento JP and Buckley MJ. The automatic

implantable cardioverter-defibrillator: efficacy, com-

plications and survival in patients with malignant

ventricular arrhythmias. J Am Coll Cardiol 1988; 11:

1278-1286.

17) Tchou PJ, Kadri N, Anderson J, Caceres JA, Jazayeri

M and Akhtar M. Automatic implantable cardioverter

defibrillators and survival of patients with left

ventricular dysfunction and malignant ventricular

arrhythmias. Ann Intern Med 1988; 109: 529-534.

18) Winkle RA, Mead RH, Ruder MA, Gaudiani VA,

Smith NA, Buch WS, Schmidt P and Shipman T.

Long-term outcome with the automatic implantable

cardioverter-defibrillator. J Am Coll Cardiol 1989;

13: 1353-1361.

19) 岸良示, 中沢潔, 松本直樹, 原田智雄, 高木明彦, 戸兵雄子, 龍祥之助, 新井まり子, 榊原雅義, 土屋勝彦, 塩田邦朗, 鮫島久紀, 足立久信, 柴本昌昭, 関敦, 井上康二, 小澤泰典, 川崎健介, 金剛寺謙, 齋藤賢一, 三廼信之, 明石嘉浩, 青柳秀史, 田村政近, 鈴木健吾, 三上大志, 脇本博文, 三宅良彦, 武井裕, 池下正敏, 山手昇, 小林真一. 聖マリアンナ医科大学病院における植え込み型除細動器治療の現状.

聖マリアンナ医大誌 2001; 29: 73-81.

20) Matsumoto N, Ryu S, Nakazawa K, Kishi R, Takei H,

Ikeshita M and Miyake F. Current status report on

implantable cardioverter defibrillator therapy for

lethal arrhythmia in St. Marianna University Hospital.

St. Marianna Med J 2000; 28: 109-114.

21) Akhtar M, Avitall B, Jazayeri M, Tchou P, Troup P,

Sra J and Axtell K. Role of implantable cardioverter-

defibrillator therapy in the management of high-risk

patients. Ciculation 1992; 85 (I): 131.

22) Hook BG, Callans DJ, Kleiman RB, Flores BT and

Marchlinski FE. Implantable cardioverter-defibrillator

therapy in the absence of significant symptoms.

Rhythm diagnosis and management aided by stored

electrogram analysis. Circulation 1993; 87: 1897-

1906.

23) 片山國正. 植込み型除細動器と電池. クリニカルエンジニアリング 1999; 10: 1122-1125.

24) 豊島健, 津村雅彦, 野島俊雄, 垂澤芳明. 携帯電話等のペースメーカーに及ぼす影響. 心臓ペーシング 1996; 12: 488-497.

25) 電磁気障害 . Keeping Pace with Pacing 1976; 2: 7-

11. (メドトロニック社)

26) 松本直樹, 岸良示, 塩田邦朗, 長田圭三, 龍祥之助,

新井まり子, 戸兵雄子, 桜井庸晴, 中沢潔, 三宅良彦, 村山正博, 武井裕, 池下正敏. ペースメーカー,

ICDへの電磁障害 –電磁障害が不可避である可能性. 不整脈 2000; 16: 557-561.

27) 松本直樹, 中沢潔, 桜井庸晴, 塩田邦朗, 岸良示, 三宅良彦, 村山正博, 武井裕, 池下正敏. 除細動器植込み患者の術後就労状況. 不整脈 2000; 16: 470-

475.

28) Echt DS and Winkle RA. Management of patients with

the automatic implantable cardioverter/defibrillator.

Clin Prog Electrophysiol and Pacing 1985; 3: 4-16.

植込み型除細動器による心室不整脈治療 479

7