転写因子による血球分化制御とその破綻としての...

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転写因子による血球分化制御とその破綻としての白血病 浩己 Key words : Transcription factor, Lineage commitment, Lineage-restricted progenitors, Leukemogenesis はじめに 自己再生能と多分化能を有する造血幹細胞は,多様な 機能を有する血液細胞を生涯にわたり供給することがで きる。ここ四半世紀の造血に関する研究は,造血幹細胞 の維持と分化制御のメカニズムを解明することを基軸と して進められてきた。細胞表面タンパクを認識する標識 抗体の組み合わせにより特定の細胞集団を純化するフ ローサイトメトリー技術の飛躍的進歩によって,造血幹 細胞をはじめ様々な分化段階の前駆細胞をプロスペク ティブに解析することが可能となり,階層性をもった血 球分化モデルがほぼ確立された。さらに,機能的に均一 な前駆細胞の遺伝子発現をハイスループット解析する技 術の進歩によって,特定の系統分化に関与する転写因子 ネットワークが明らかになってきた。これら系統特異的 転写因子のノックアウトマウスや過剰発現系による解析 を通して,血球分化制御の基本的な骨格は解明されたと 言える。また,当然の帰結とも考えられるが,系統分化 に必須な転写因子の遺伝子変異または異常発現が多くの 白血病で認められており,増殖優位性のみならず分化障 害としての白血化機構が鮮明となってきた。本稿では, 造血幹細胞の下流に位置づけられる系統特異的前駆細胞 の純化と血球分化モデルの変遷,転写因子による骨髄系 分化のメカニズムとその破綻としての白血化機構につい て概説する。 階層的血球分化モデル 造血システムの研究は,主にマウスをもちいて進めら れてきた。フローサイトメトリーによるマウス造血幹/ 前駆細胞の純化が報告され,分化抗原(lineage)陰性, Sca-1 陽性,c-Kit 陽性のフェノタイプを有する細胞分画 に濃縮されることが明らかとなった(LSK 分画) 1, 2) LSK 分画はさらに CD34 の発現によって分けられ, CD34 陰性 LSK が造血幹細胞(hematopoietic stem cell; HSC),CD34 陽性 LSK が多分化能を有する前駆細胞 multipotent progenitor; MPP)と定義された 3) HSC 純化するマーカーとしては,他に Thy-1 弱陽性 4) CD150 陽性 CD48 陰性 5) などが報告されている。血液細 胞は大きく骨髄系とリンパ系に分けられるが,リンパ系 細胞のみへの分化能を有する前駆細胞としてリンパ系共 通前駆細胞(common lymphoid progenitor; CLP)が同 定された 6) 。その対極に位置し,骨髄系細胞のみへの分 化能を有する前駆細胞として,骨髄系共通前駆細胞 common myeloid progenitor; CMP)が続いて同定され 7) CMP の下流には,巨核球/赤芽球前駆細胞(meg- akaryocyte/erythroid progenitor; MEP) 7) および顆粒球/ マクロファージ前駆細胞(granulocyte/macrophage pro- genitor; GMP) 7) が純化され,さらにその後の研究で好酸 球前駆細胞(eosinophil progenitor; EoP) 8) ,好塩基球/ 肥 満 細 胞 前 駆 細 胞(basophil/mast cell progenitor; BMCP) 9) ,好 塩 基 球 前 駆 細 胞(basophil progenitor; BaP) 9) ,肥満細胞前駆細胞(mast cell progenitor; MCP) 9) などが同定されている。これらの前駆細胞群は HSC 頂点とする階層性の中に配置され,血球分化モデルとし て広く認識されている(Fig. 1)。 MPP 分画の不均一性 その後の研究で,CD34 陽性 LSK として定義された MPP 分画は必ずしも均一な細胞集団ではなく,多様な 前駆細胞を含む可能性が示された。Adolfsson 10) は, MPP の中の Flt3 陽性分画に注目した。彼らの解析によ れば,Flt3 陽性 MPP 分画は,リンパ系と顆粒球/マク ロファージ系への分化能を有するが,巨核球/赤芽球系 への分化能はすでに失われていた(lymphoid-primed −臨 液− 20 1566九州大学病院 遺伝子・細胞療法部 75 回日本血液学会学術集会 造血システム/造血幹細胞 EL-4 プログレス

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転写因子による血球分化制御とその破綻としての白血病

岩 﨑 浩 己

Key words : Transcription factor, Lineage commitment, Lineage-restricted progenitors, Leukemogenesis

はじめに

自己再生能と多分化能を有する造血幹細胞は,多様な

機能を有する血液細胞を生涯にわたり供給することがで

きる。ここ四半世紀の造血に関する研究は,造血幹細胞

の維持と分化制御のメカニズムを解明することを基軸と

して進められてきた。細胞表面タンパクを認識する標識

抗体の組み合わせにより特定の細胞集団を純化するフ

ローサイトメトリー技術の飛躍的進歩によって,造血幹

細胞をはじめ様々な分化段階の前駆細胞をプロスペク

ティブに解析することが可能となり,階層性をもった血

球分化モデルがほぼ確立された。さらに,機能的に均一

な前駆細胞の遺伝子発現をハイスループット解析する技

術の進歩によって,特定の系統分化に関与する転写因子

ネットワークが明らかになってきた。これら系統特異的

転写因子のノックアウトマウスや過剰発現系による解析

を通して,血球分化制御の基本的な骨格は解明されたと

言える。また,当然の帰結とも考えられるが,系統分化

に必須な転写因子の遺伝子変異または異常発現が多くの

白血病で認められており,増殖優位性のみならず分化障

害としての白血化機構が鮮明となってきた。本稿では,

造血幹細胞の下流に位置づけられる系統特異的前駆細胞

の純化と血球分化モデルの変遷,転写因子による骨髄系

分化のメカニズムとその破綻としての白血化機構につい

て概説する。

階層的血球分化モデル

造血システムの研究は,主にマウスをもちいて進めら

れてきた。フローサイトメトリーによるマウス造血幹/

前駆細胞の純化が報告され,分化抗原(lineage)陰性,Sca-1陽性,c-Kit陽性のフェノタイプを有する細胞分画

に濃縮されることが明らかとなった(LSK 分画)1, 2)。LSK 分画はさらに CD34 の発現によって分けられ,CD34陰性 LSKが造血幹細胞(hematopoietic stem cell;HSC),CD34 陽性 LSK が多分化能を有する前駆細胞(multipotent progenitor; MPP)と定義された3)。HSCを純化するマーカーとしては,他に Thy-1 弱陽性4),

CD150陽性 CD48陰性5)などが報告されている。血液細

胞は大きく骨髄系とリンパ系に分けられるが,リンパ系

細胞のみへの分化能を有する前駆細胞としてリンパ系共

通前駆細胞(common lymphoid progenitor; CLP)が同定された6)。その対極に位置し,骨髄系細胞のみへの分

化能を有する前駆細胞として,骨髄系共通前駆細胞

(common myeloid progenitor; CMP)が続いて同定された7)。CMPの下流には,巨核球/赤芽球前駆細胞(meg-akaryocyte/erythroid progenitor; MEP)7)および顆粒球/マクロファージ前駆細胞(granulocyte/macrophage pro-genitor; GMP)7)が純化され,さらにその後の研究で好酸球前駆細胞(eosinophil progenitor; EoP)8),好塩基球/肥 満 細 胞 前 駆 細 胞(basophil/mast cell progenitor;BMCP)9),好 塩基球前駆細胞(basophil progenitor;BaP)9),肥満細胞前駆細胞(mast cell progenitor; MCP)9)

などが同定されている。これらの前駆細胞群は HSCを頂点とする階層性の中に配置され,血球分化モデルとし

て広く認識されている(Fig. 1)。

MPP分画の不均一性

その後の研究で,CD34 陽性 LSK として定義されたMPP分画は必ずしも均一な細胞集団ではなく,多様な前駆細胞を含む可能性が示された。Adolfsson ら10)は,

MPPの中の Flt3陽性分画に注目した。彼らの解析によれば,Flt3 陽性 MPP 分画は,リンパ系と顆粒球/マクロファージ系への分化能を有するが,巨核球/赤芽球系

への分化能はすでに失われていた(lymphoid-primed

−臨 床 血 液−

20(1566)

九州大学病院 遺伝子・細胞療法部

第 75回日本血液学会学術集会

造血システム/造血幹細胞

EL-4 プログレス

multipotent progenitor; LMPP)(Fig. 1)。LMPPに関しては,Forsberg ら11)による反証論文も出されており,そ

れによれば LMPPも一定の巨核球/赤芽球系分化能を有しているという。いずれにしても,MPP分画が不均一な集団であることは明らかであり,Adolfssonら10)の報

告はMPP分画の細分化に研究者の注目が集まる契機となった。しかし,単に細胞表面抗原の組み合わせによる

細分化には限界があり,細胞分化に直接関わる機能分子

の発現による抽出が必要と考えられた。

HSC下流の分化方向を制御する機能分子としての転写因子

GATA-1欠損マウスでは,巨核球および赤芽球の分化

が障害される12)。一方,CLPや GMPといった巨核球/赤芽球系分化能を失った前駆細胞に GATA-1を強制発現させることで,その分化能を再獲得させることが可能で

ある13)。つまり,GATA-1 の発現は巨核球/赤芽球系分化に必要にして十分な機能を有していることになる。他

方,PU.1欠損マウスでは,リンパ球および顆粒球/マクロファージの分化が障害されるが,巨核球/赤芽球系分

化は維持される14, 15)。したがって,PU.1は血球分化制御において GATA-1 の対極に位置する転写因子と言える。実際に,GATA-1と PU.1は互いにそれぞれの発現を負に調節することが報告されている16∼18)。よって,

GATA-1と PU.1の発現バランスが HSCの下流の分化制御に重要な役割を担っている可能性が高い。C/EBPa

臨 床 血 液 54:10

21(1567)

Fig 1. Revision of hierarchical developmental pathways in murine hematopoiesisHSC; hematopoietic stem cell, Lineage(Lin), Sca-1+ c-Kit+ CD34,

MPP; multipotent progenitor, Lin, Sca-1+ c-Kit+ CD34+

LMPP; lymphoid-primed multipotent progenitor, Lin, Sca-1+ c-Kit+ CD34+ Flt3+

CMP1; common myeloid progenitor1, Lin, Sca-1+ c-Kit+ CD34+ GATA-1/GFP+

CLP; common lymphoid progenitor, Lin, Sca-1lo c-Kitlo IL-7Ra+

CMP2; common myeloid progenitor2, Lin, Sca-1, c-Kit+ IL-7Ra, FcgRlo CD34+

MEP; megakaryocyte/erythroid progenitor, Lin, Sca-1, c-Kit+ IL-7Ra, FcgRlo CD34,

GMP; granulocyte/macrophage progenitor, Lin, Sca-1, c-Kit+ IL-7Ra, FcgRhi CD34+

EoP; eosinophil progenitor, Lin, Sca-1, c-Kitlo IL-5Ra+ CD34+

BMCP; basophil/mast cell progenitor, Lin, c-Kit+ Thy-1+ b7hi FceRIa, CD34+

MCP; mast cell progenitor, Lin, c-Kitlo Thy-1, b7hi FceRIalo CD34+

BaP; basophil progenitor, Lin, c-Kit, FceRIahi CD34+

欠損マウスでは顆粒球分化が特異的に障害されることか

ら19, 20),PU.1の下層で機能する転写因子と考えられる。さらに,Bリンパ球前駆細胞に C/EBPaを強制発現させることで,マクロファージへの系統転換を誘導するこ

とが可能である21)。後述するが,急性骨髄性白血病

(acute myeloid leukemia; AML)において C/EBPaの機能喪失型変異が認められることからも22),その系統特異

性は明らかである(Fig. 2)。

転写因子レポーターマウスをもちいた前駆細胞の純化

話を系統特異的前駆細胞の純化に戻すと,上述のよう

な基本転写因子の発現をトレースすることで,機能的に

より均一な細胞集団を同定することが可能となることは

想像に難くない。我々は,GATA-1の発現を green fluo-rescence protein(GFP)で可視化できるトランスジェニックレポーターマウスをもちいて前駆細胞純化を試み

た23)。このマウスにおいて,HSC や LMPP,CLP はGFP 陰性であったが,CMP で中程度レベルの GFP 発現が認められた。興味深いことに,CMPの下流において,GMP は完全に GFP 発現を失っている一方,MEPは最も強いレベルの GFPを発現していた。このことは,GATA-1/GFP の発現レベルが巨核球/赤芽球系へのコミットメントの過程を忠実に反映することを示してい

る。そこで MPP 分画に的を絞って解析すると,MPPの一部がすでに中程度レベルの GFP を発現しており,Flt3陽性 LMPPとは完全に区別される細胞集団として存在していた。この GATA-1/GFP 陽性 MPP 分画は,リンパ系分化能を完全に失っており,既報の CMPよりも旺盛な骨髄系分化能(顆粒球/マクロファージ/巨核球

/赤芽球)を有していた。つまり,既報の CMP の上流にあたるMPP分画内で,すでに骨髄系へのコミットメントが起こっていることを示す結果であった23)(Fig. 1)。つぎに,GATA-1と機能的に相反する PU.1についても同様なアプローチを試みた23)。PU.1遺伝子座に GFPをヘテロでノックインしたレポーターマウスにおいて,

HSCレベルからすでに弱い GFP発現が認められ,CLPや CMP においても低∼中程度の GFP 発現を認めた。興味深いことに,GMPと MEPにおける PU.1/GFPの発現は GATA-1/GFPのそれと完全に逆のパターンを呈していた。このような発現パターンは,PU.1がリンパ系および顆粒球/マクロファージ分化に重要な転写因子

であるが,巨核球/赤芽球系分化には必須でないことと

よく合致する。さらに,MPP分画中の Flt3陽性 LMPPの一部に PU.1/GFPの発現が上昇する細胞集団が認められ,その分化能はリンパ系と顆粒球/マクロファージ

系に限定されており,巨核球・赤芽球系分化能は完全に

−臨 床 血 液−

22(1568)

Fig 2. Expression patterns of lineage-affiliated transcription factors in stem/progenitorpopulations

LMPP

CMP CLP

MEP GMP proT proB

GATA-1 FOG-1

PU.1 E2A

GATA-3 Notch-1

PU.1 E2A EBF Pax5

PU.1 C/EBP

GATA-1 PU.1

GATA-1

PU.1 GATA-1

PU.1

HSC

Notch-1 on Notch-1 off

PU.1 E2A

GATA-3 Notch-1

EBF Pax5

GATA-2

FOG-1 C/EBP

PU.1 C/EBP

GATA-1 Up

PU.1 Up PU.1

C/EBP E2A

GATA-3 Notch-1

EBF Pax5

失われていた23)(Fig. 1)。このように,造血の系統分化に必須の機能を有する基

本転写因子の発現を指標とすることで,最も早い段階で

のコミットメントを描出することが可能となった。さら

に,自己複製能を失っているものの多分化能は維持して

いると考えられていたMPP分画が,機能的に未だ雑多な集団であることも明らかになってきた。リンパ系のコ

ミットメントに必須の転写因子である Notchや GATA-3,EBFや Pax-5といった転写因子の発現をトレースすることによって,CLPの上流に位置するMPP亜群が今後同定される可能性もあると考えられる(Fig. 2)。

GATA-2 と C/EBPa による好酸球,好塩基球,肥満細胞の分化制御

マウスの好酸球,好塩基球,肥満細胞は,いずれも

GMPの下流で分化する。好塩基球前駆細胞(BaP)と肥満細胞前駆細胞(MCP)には共通の前駆細胞が同定されるが(BMCP),好酸球前駆細胞(EoP)はそれとは独立して分化する8, 9)。我々は,GMP以下の顆粒球系統分化における転写調節機構を明らかにした24)(Fig. 3)。大多数の GMP は C/EBPa を強く発現しており,そのデフォルトパスウェイは好中球/マクロファージである。

GMPにおいて C/EBPaの高発現に加えて GATA-2の発現上昇が誘導されると,EoP への分化が促進される。一方,C/EBPaの発現低下と GATA-2の発現上昇が誘導されると,BMCP へ分化が促進される。さらに,

BMCP において C/EBPa の再活性化が誘導されるとBaP への分化が,C/EBPa のシャットダウンが誘導されると MCP への分化が促進される。EoP と BaP はいずれも高いレベルの C/EBPaと GATA-2を発現している点で共通しているが,それぞれの分化経路は独立して

おり,両者を区別しているのは C/EBPa と GATA-2 の発現タイミングであると考えられる。つまり,C/EBPaの発現が高レベルにあるタイミングで GATA-2の発現上昇が起こると好酸球分化が誘導され,逆に GATA-2の発現が高レベルにある BMCPの段階で C/EBPaの発現上昇が起こると好塩基球分化が誘導されることを実験的に

明らかにした24)。

転写制御の破綻としての白血病

AMLにおける白血化の機序として,複数の遺伝子変異の蓄積による多段階発がんモデルが提唱されている。

これらの遺伝子変異は,チロシンキナーゼの恒常的活性

化や細胞周期調節因子の活性化によって細胞増殖に寄与

する変異(class I変異)と転写因子の機能喪失によって分化停止に寄与する変異(class II 変異)に大別される25)(Fig. 4)。前者の例としては,KIT変異,FLT3変異,JAK2変異,RAS変異,TP53変異などが挙げられるが,ここでは後者について述べる。

(1)RUNX1(AML1)RUNX1 コンディショナルノックアウトマウスでは,リンパ球の分化障害と顆粒球および巨核球の増加と成熟

臨 床 血 液 54:10

23(1569)

Fig 3. Regulation of eosinophil and basophil/mast cell commitment downstream GMP

障害が報告されている26, 27)。AMLにおいては,t(8;21)転座により生じる AML1-MTG8 キメラ28)の頻度が高い

が,転座を伴わない機能喪失型 RUNX1遺伝子変異も認められる。いずれにしても,RUNX1の標的遺伝子の転写が抑制されることで分化障害が起こっていると考えら

れる。

(2)RARat(15;17)により生じる PML-RARaキメラや t(11;17)により生じる PLZF-RARaキメラは,転写抑制因子と結合することで RARaの標的遺伝子の転写を抑制し,顆粒球系の分化停止に寄与する29)。ATRAや As2O3の投与に

よって転写抑制が解除され,細胞分化が誘導されること

はあまりにも有名である。

(3)HOX,MEIS111q23転座を有する AMLでは,MLL遺伝子の活性化による HOX遺伝子群の過剰発現が認められ,極めて予後不良である30)。HOX遺伝子群の過剰発現は,マウスモデルにおいて骨髄増殖性腫瘍(Myeloproliferative neo-plasm; MPN)や AMLを発症させることから31),これら

の転写異常が白血化に関与することは明らかである。

(4)C/EBPa前述したように,C/EBPa 欠損マウスでは顆粒球分化が特異的に障害される19, 20)。AMLの約 10%に認められる C/EBPaの機能喪失型変異は,予後良抗因子である22)。AML芽球の分化停止に寄与していると考えられる。また,t(8;21)転座を有する AML において,C/EBPaの発現が抑制されているとの報告もある32)。

(5)PU.1PU.1の発現を正常の 20%程度に減少させた hypomor-

phicマウスは AMLを発症する33)。PML-RARaキメラはPU.1の標的遺伝子プロモーターに結合し,その転写を抑制することで分化障害を惹起する34)。また,AML1-MTG8キメラは PU.1と直接結合し,その転写活性を阻害する35)。一方,PU.1の機能喪失型遺伝子変異を有す

る AML症例の報告については controversialである。(6)GATAダウン症に合併する急性巨核芽球性白血病では,

GATA-1遺伝子変異が高率に認められる。変異により生じる N末端を欠いた GATA-1は,その転写活性が減弱している36)。また,慢性骨髄性白血病の移行期および急

性転化症例において GATA-2遺伝子変異が報告されている37)。D341-346 変異と L359V 変異があるが,いずれにおいても変異型 GATA-2の転写活性は増強しており,未分化細胞の増殖に寄与すると考えられている37)。

(7)EVI13q26 に位置する EVI1 遺伝子は t(3;21)において

AML1とキメラを形成する転写因子であり38),正常造血

における機能は HSCのメインテナンスである39)。AMLにおける EVI1 過剰発現は予後不良因子であり,AML幹細胞の増殖促進に寄与すると考えられている。

急性リンパ性白血病(acute lymphoblastic leukemia;ALL)においても転写因子の異常が認められる。Tリンパ球分化に必須の Notch1は40),約半数の T-ALL症例で変異が見つかる41)。また,Philadelphia 染色体陽性 B-ALL において,IKAROS や Pax-5 など B リンパ球分化に重要な転写因子の変異が高率に認められる42)。

おわりに

転写因子による骨髄系血球分化制御とその破綻として

の白血病について概説した。本稿で紹介した基本転写因

子の機能は,それを取り巻く様々な転写因子群との協調

あるいは相反の結果として,様々なネットワークを構築

しながら発揮されていることは言うまでもない。例え

ば,Friend of GATA-1(FOG-1)や Gfi-1などがそれに当たる。転写因子ネットワークの全貌を明らかにすること

は必ずしも容易なことではないが,これまでのノックア

ウトマウスや過剰発現系をもちいた研究で,血球分化の

骨格は大筋解明された感がある。近年,iPS細胞からの血球分化に関する研究が精力的に行われているが,適切

なタイミングで系統特異的転写因子の発現調節を行うこ

とで,効率よく目的の血球への分化を誘導することが可

能になるかもしれない。また,白血病における分化停止

は,転写因子の機能不全によるところが大きいと考えら

れるが,急性前骨髄性白血病における成功体験を除け

ば,治療に結びついた例は殆どないと言わざるを得な

い。白血病細胞の分化を促進させる手法として,エピ

ジェネティクスを含めた転写調節の研究が進むことに期

待が持たれる。

著者の COI(conflicts of interest)開示:本論文発表内容に関連

して特に申告なし

−臨 床 血 液−

24(1570)

Fig 4. Multistep leukemogenesis involving dysregulation oftranscription factors

Proliferation Survival (Class I)

Differentiation block

(Class II)

Confer Self-renewal

KIT mut FLT3 mut JAK2 mut RAS mut TP53 mut

RUNX1 RARHOX C/EBPPU.1 GATA EVI1

MLL-AF6 MLL-AF9 + or

文 献

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