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重要古語 600(英単語付き)

読んで覚える単語 600(英単語付き)

 一般の受験生向きの300語程度の簡便な単語集は少なくないが、難易度の高い大学を目指す受験生を対象としたものはあまり多くない。本書はあえて難易度を高く設定し、理解すべき単語数を増やして600語とし、同義語・対義語・類語の紹介を含めて優に1000語を越えるものとした。

 なお、見出し語として取り上げた古語のすべてに例文と現代語訳を添えて、その意味や用法が明らかになるようにした。また、それぞれの古語を深く理解できるように、語源や本来の語意を可能な限り明らかにするとともに、関連語との微妙な差異についても補足的な説明を加えた。各々の例文は、当該の単語に加えて他の重要な単語を含むものを選んだが、その例文を異なる単語の例文として再び使用することを行わなかった。また、例文を長めに引用して、主述や前後の関係がわかりやすくなるように配慮した。そうした理由は、ある一つの単語を学ぶことを通して、例文に含まれる他の重要単語の意味や用法、あるいは、含蓄のある古文の一節をできるだけ多く学べるようにと願ったからである。ほとんどの場合、どの単語にも複数の意味があり、種々の辞書でも取り上げる順番が異なっていることが多い。したがって、最初の意味だけを暗記しても古文の読解に役立たないことが多い。暗記型の単語集の持つ必然的な欠点と言わざるを得ない。本書では、単なる暗記を推奨するものではなく、本文の理解を深めることに主眼を置いていることを強調しておきたい。

 さらには、古語の意味に対応する英単語や熟語も添えて、古語と英単語の両方の意味を同時に学べる工夫も施した。筆者としては、古語の持つ微妙なニュアンスが伝わるように英単語を対応させたつもりであるが、異なる二つの言語を一語ずつで一致させることは困難なので、一つの古語の意味を複数の語で表現するとともに、英単語も複数の語でそれらに対応させるように工夫した。名詞や副詞・連体詞・接続詞・感動詞などの非活用語および動詞などは、英単語との互換性が高いので、古文単語を学びつつ英単語も学習することができるであろう。また、助動詞や助詞などの場合、対応する英単語や熟語と結びつけて学習することによって、それぞれの語意がさらに明確になるものと考えている。だが、ものの状態や様子あるいは人の心情を表す形容詞や形容動詞などについては、その意味を的確な英単語に置き換えることが困難なものも少なくない。その点にも鑑みて、時には英和辞典を参照することもお勧めしたい。なお、敬語については、英語にも丁寧語に近い用法はあるが、尊敬語や謙譲語に当たる単語や表現がほとんど存在しないために、正しく古語に対応させることができなかったということをあらかじめお断りしておかなければならない。

 本書は、辞書として使用するには単語数が限定されているので、あ行から順に時間をかけて読み進めることをお勧めしたい。毎日10単語から20単語を目標にじっくりと読んでいただきたい。ただし、一回の通読では忘れる数の方が多いだろうから、二回三回と繰り返すことも必要であろう。筆者としては、本書が高い学習意欲と忍耐力とを持った受験生の手に取り上げられることを強く期待している。なお、古文を教える教師の方々が指導の際にこれを活用していただければ、幸いこれに過ぎることはないと思っている。

あ行

01 あいぎやう【愛敬】[名]①相手を敬うこと。敬愛すること。英 adoration; love and respect. 例「この女子に愛敬、富を得しめ給へ」(今昔・16)訳この娘に慈しみ敬う心と富をお与えください。②優しい愛らしさ。かわいらしく魅力的なこと。英 lovability; loveliness; sweetness.「かたち姿をかしげなり。愛敬めでたし」(宇治拾遺・10・6)訳顔かたちや姿が愛らしくて魅力的なことがすばらしい。③愛し合い敬い合うこと。結婚。英 loving each other; marriage.例「げに、愛敬のはじめは、日えりして聞こし召すべきことにこそ」(源氏・葵)訳ほんとうに、結婚の始めには、日を選んで(餅を)召し上がることが(よいのです)(「こそ」の後ろに「よけれ」が省略されている。*仏教語としての「大切に敬うこと」「親しみ敬うこと」が原義で、「愛敬の相(優しく情け深い仏の顔)」から転じてできた語である。

02 あいなし[形ク]①筋が通らない。いわれもない。不当だ。不都合だ。英 inconvenient; unfriendly; without any cause.例「まだきに騒ぎて、あいなきもの恨みしたまふな」(源氏・若菜・上)訳早々に騒ぎ立てて、いわれもない恨み言などなさいますな。②気にくわない。おもしろくない。英 lousy, unpleasant.例「世に語り伝ふる事、まことはあいなきにや、多くは皆虚言なり」(徒然・73)訳世の中に語り伝えられていることは、ほんとうのこと(を語るの)はおもしろくないのであろうか、たいていはみな作りごとである。③(連用形「あいなく」「あいなう」の形で)むやみに。やたらに。わけもなく。英 excessively; unreasonable; without reason.例「愛敬おくれたる人などは、あいなくかたきにして、御前にさへぞあしざまに啓する」(枕・職の御曹司の西おもて)訳かわいげに欠けた人などは、わけもなく(藤原行成を)敵視して、中宮様にまで悪いように申し上げる。*筋が通らずよくないことや、何となく好意が持てず不快な気持ちを表す。

03 あかず【飽かず】[連語]①不満足だ。物足りない。心残りだ。英 unsatisfactory; not enough, feel regret.例「帝、かぐや姫をとどめて帰りたまはむことを、飽かず口惜しくおぼしけれど、魂をとどめたる心地してなむ帰らせ給ひける」(竹取・かぐや姫の昇天)訳帝は、かぐや姫を残して(宮中に)お戻りになることを、不満足で残念だとお思いになったが、心を残したままの気持ちでお帰りになった。②飽きることなく。飽きずにずっと。かぎりなく。英 unwearied; weariless; unboundedly.例「もの心細げに里がちなるを、いよいよあかずあはれなるものに思ほして」(源氏・桐壺)訳(更衣が)何となく心細そうな様子で里に引き籠もりがちであるのを、(帝は)ますますかぎりなく愛しい者とお思いになって。*四段動詞「飽く」の未然形「飽か」に、打消の助動詞「ず」が付いたもので、「飽く」が満足していやになる・飽きるの意であるから、「飽かず」は飽きずにそのままの状態を続けていたいと思う心の状態を表す。

04 あからさまなり[形動ナリ]①ほんのちょっと。ほんのしばらく。かりそめに。英 briefly; temporarily; for a short period.例「をかしげなる児(ちご)の、あからさまに抱きて遊ばしうつくしむほどに、かい付きて寝たる、いとらうたし」(枕・うつくしき物)訳見た目に感じのよい幼児が、ほんのちょっと抱いて遊ばせてかわいがるうちに、(私に)抱きついて寝てしまったのは、とてもかわいい。②(「あからさまに~ず」の形で)ほんの少しも~しない。まったく~しない。英 far from doing something; do nothing even in the slightest degree.例「大将の君は、二条院にだにあからさまにも渡り給はず」(源氏・葵)訳(光源氏の君は、(若紫のいる)二条院にさえほんの少しもおいでにならない。* 連用形「あからさまに」の形で用いることが多く、直下の「行く・参る・渡る」など「出入りや移動の動作」を示す語を修飾する。なお、「あからさまに」が「露骨に・隠さずに」という意味になるのは近世以後で、中古・中世ではそのような意味はない。

05 あきらむ【明らむ】[他マ下二]①明らかにする。はっきり見定める。英 clear up; make clear. 例「ここもとの浅きことは、何事なりともあきらめ申さむ」(徒然・135)訳身近なつまらぬことならば、(たとえ)何事であろうとも明らかにし申し上げよう。②心を晴れやかにする。気持ちを明るくする。英 lighten oneself or someone; brighten one’s mind.例「年ごろの埋もれいたさをもあきらめ侍らぬは、いとなかなかなること多くなむ」(源氏・藤袴)訳長年のうっとうしさをも晴らしておりませんのは、ほんとにかえって(つらいことが)多く(あるからです)。*物事の是非を明らかにする意と、心の状態を明るくする意とがある。現代語の「諦める」とは意味が異なる。

06 あくがる【憧る】[自ラ下二]①さまよい歩く。浮かれ歩く。英 divagate; wander from place to place.例「いさよふ月にゆくりなくあくがれむことを、女は思ひやすらひ、とかくのたまふほど、にはかに雲隠れて、明けゆく空いとをかし」(源氏・夕顔)訳ためらう(沈みそうでなかなか沈まない)月に(誘われて)思いがけず(ふらふら)さまよい歩くようなことを、女(=夕顔)はためらう(が)、(源氏が)あれこれ(なだめすかして)おっしゃるうちに、急に(月が)雲間に隠れて、(夜が)明けていく空がたいそう趣深い。②(魂が)体から抜け出す。上の空になる。心を奪われる。英 be absent-minded; be in another world.例「夜深くうちいでたる声の、らうらうじう愛敬づきたる、いみじう心あくがれせむかたなし」(枕・郭公は)訳夜ふけに鳴き出した(ほととぎすの)声が、上品で美しく魅力があるのは、たまらなく心を奪われてどうしようもない。*「あく」は場所、「かる」は「離(か)る」の意で、「本来の場所から離れてさまよう」が原義だが、対象に心がひかれて向かっていく、の意から現代語の「憧れる」の意味に変化した。

07 あさまし[形シク]①意外だ。驚きあきれたことだ。英 unexpected; surprising.例「浅ましう、犬などもかかる心あるものなりけり」(枕・上にさぶらふ御猫は)訳驚いたことに、犬などもこのような心があるものであったのだなあ。②興ざめだ。がっかりだ。英 disappointed; uninterested.例「物うちこぼしたる心地、いとあさまし」(枕・あさましきもの)訳何かをひっくり返してこぼした時の気持ちは、とてもがっかりだ。③見苦しい。みっともない。もってのほかだ。英 disgraceful; dishonorable, shameful, outrageous, unpardonable, most improper.例「息災なる人も、目の前に大事の病者となりて、前後も知らず倒れ伏す。祝ふべき日などは、あさましかりぬべし」(徒然・175)訳(無理に酒を飲ませると)健康な人も、見る見るうちに重病人のようになって、あとさきの意識もなくなって倒れ伏してしまう。祝い事をすることになっている日などは、もってのほかのことになってしまうに違いない。④浅はかだ。なさけない。英 thoughtless; unwise; shortsighted; shameful.例「『光の源氏の夕顔、宇治の大将の浮舟の女君のやうにこそあらめ』と思ひける心、まづいとはかなくあさまし」(更級・物語)訳「光源氏が(寵愛した)夕顔、宇治の大将(=薫)が(愛した)浮舟のようになれたらよいだろう」と思っていた(私の)心は、何といってもたいそう未熟で浅はかなものだった。*善悪にかかわらず、思い掛けない、の意。現代語では、「心根が卑しい・がつがつしている」の意を表す。

08 あし【悪し】[形シク]対よし。関わろし。よろし。①悪い。不適当だ。英 bad; improper.例「唐土にも、かかることの起こりにこそ、世も乱れあしかりけれ」(源氏・桐壺)訳中国でも、こんなこと(=玄宗皇帝が楊貴妃だけを偏愛すること)が原因で、世の中も乱れて悪くなったのだ。②不都合だ。まずい。英 inappropriate; inconvenient.例「許されもないのに、三人ながら島を出でたりなんど聞こえなば、なかなかあしう候ひなん」(平家・足摺)訳許可も得ていないのに、三人とも一緒に島を出たなどと(都に)聞こえたならば、かえって不都合であろう。③下手だ。劣っている。英 out of practice; inferior.例「あしく吹けば、いづれの穴も心よからず」(徒然・219)訳(笛の)吹き方が下手だと、どの穴(の音)も快く響かない。④(身分・身なりが)卑しい。みすぼらしい。英 abject; miserable; wretched.例「いと寒き折、暑きほどなどに、下衆の女のなりあしきが子負ひたる」(枕・わびしげに見ゆるもの)訳ひどく寒い時、暑い時などに、身分の低い女で身なりのみすぼらしい者が子どもを背負っている(のは貧乏くさいものに見える)。*他と比べるまでもなく絶対的・本質的に悪・凶・邪・醜であることを表す。

09 あそび【名】①遊戯。娯楽。英 play; leisure.例「遊びをせんとや生まれけん戯れせんとや生まれけん」(梁塵秘抄)訳(子どもというものは)遊びをしようと(この世に)生まれてきたのだろうか、戯れをしようと生まれてきたのだろうか。②詩歌。管弦などの楽しみ。英 making and enjoying Japanese or Chinese poems; playing an instrument or listening to music.例「かうやうの折は、御遊びなどせさせ給ひしに、心ことなる物の音をかき鳴らし、はかなく聞こえ出づる」(源氏・桐壺)訳このような(趣深い)時、(桐壺帝は)管弦の催しなどをなされたものだが、(桐壺の更衣は)格別に趣深く琴の音をかき鳴らし、ちょっとした言葉を申し上げる。*日常生活から離れて楽しむことでさまざまなものがあるが、中古の時代では詩歌や管弦を指す場合が多い。

010 あだなり【徒なり】[形動ナリ]対まめなり。類いたづらなり。①無駄だ。無益だ。無用だ。英 futile; useless; of no use.例「蝶になりぬれば、いともそでにて、あだになりぬるをや」(堤中納言・虫めづる姫君)訳(絹を取る蚕も)蝶になってしまうと、まったくおろそかに扱って、無用なものになってしまうのよ。②不誠実だ。浮気だ。英 faithless; insincere; inconstant; capricious.例「昔、女の、あだなる男の形見とて置きたる物どもを見て(の歌)」(伊勢・119)訳昔、ある女が、浮気な男が形見だと言って残した品々を見て(詠んだ歌)。③はかない。もろい。英 momentary; fleeting; short-lived; fragile.例「すべて世の中のありにくく、我が身とすみかとの、はかなくあだなるさま、またかくのごとし」(方丈記・世上の不安)訳すべてこの世の中が暮らしにくく、自分の身と住まいとが、もろくはかない様子は、またこのような(天災や人災の例に見る)通りである。*実質的な中身や誠実さがない様子を表す。

011 あたらし【惜し・可惜し】[形シク]類をし。くちをし。①惜しい。もったいない。英 precious; wasteful.「際ことに賢くて、徒人(ただうど)にはいとあたらしけれど、親王(みこ)と成り給ひなば、世の疑ひを負ひ給ひぬべくものし給へば」(源氏・桐壺)訳(源氏は)際だって賢明なので(皇族から)臣下(とする)にはたいそうもったいないけれど、親王におなりになってしまうと、(皇位継承の野心があるのではないかという)世間の疑念をお受けになるに違いなくていらっしゃるので。②(そのままにしておくのが惜しいほど)すばらしい。りっぱだ。英 excellent; wonderful. 例「あたらしかりし御かたちなど恋しく悲しとおぼす」(源氏・若紫)訳惜しいほどすばらしかった(若紫の)ご容姿などを恋しく(また)悲しくもお思いになる。*「あたらし」は、美しいものや優れたものが失われていくことに対する愛惜の念を表す。現代語の「あたらしい」にあたる「新し」は、「あらたし」と読む別語である。

012 あぢきなし【味気無し】[形ク]類あぢきなし。①どうにもならない。思い通りに行かない。英 helpless; unable to do something by human power.例「あぢきなき事に心をしめて、生ける限りこれを思い悩むべきなめり」(源氏・若紫)訳(父の最愛の女性を愛するという)どうにもならない恋に心を奪われて、生きている間はこれを思い悩まなければならないようだ。②不快だ。つまらない。苦々しい。英 uncomfortable; unpleasant; disgusting.例「おぼしきこと言はぬは、腹ふくるるわざなれば、筆にまかせつつ、あぢきなきすさびにて、かつ破(や)り捨つべきものなれば、人の見るべきにもあらず」(徒然・19)訳(思っていることを言わないのは、腹が張る(ような気持ちがする)ものなので、(私は)筆に任せ任せして(書いていくが)、つまらない慰み書きであって、(書いていく)一方で(すぐに)破り捨てるのが当然のものなので、他人が見るはずのものでもない。③無益だ。むなしい。つまらない。英 futile; vain.例「宝を費やし、心を悩ますことは、すぐれてあじきなくぞ侍る」(方丈・2)訳財産を費やし、心を悩ませることは、きわめてつまらないことです。*道理に外れて人の力や自分の心ではどうしようもない状態や、それに対する苦々しい気持ちやあきらめの気持ちを表す。

013 あづかる【与る】[自ラ四]①関与する。関わりを持つ。英 engage; involve in; take a hand. 例「縁を離れて身をしづかにし、事にあづからずして心を安くせんこそ、しばらく楽しぶとも言ひつべけれ」(徒然・75)訳俗界の生活環境から離れて身を静かにし、俗事に関わらないで心を安らかにするようなことこそ、まさに「少時を楽しむ」と言うことができるだろう。②いただく。こうむる。受ける。英 receive; get; accept.例「民のためには、ますます撫育(ぶいく)の哀憐(あいれん)をいたさせ給はば、神明(しんめい)の加護にあづかり、仏陀(ぶつだ)の冥慮(みやうりよ)にそむくべからず」(平家・二・教訓状)訳民衆のためには、慈悲をもっていつくしみ憐れみの心で接しなさるならば、神のご加護をこうむり、仏陀の人智で計りがたい配慮に背くことには決してなりません。*関わりを持つ。また、引き受けて守るが原義で、ふつう「~にあづかる」の形で用いられる。 

014 あつし【篤し】[形ク] 病気がちである。病気が重い。英 prone to illness; sick a lot; serious ill.例「恨みを負ふつもりにやありけむ、いとあつしくなりゆき」(源氏・桐壺)訳(更衣は)恨みを積み重ねたせいであろうか、たいそう病気がちになってゆき。*病気のせいで熱があり、体が熱い様子を表す。

015 あづま【東・吾妻】[名]①東国。関東地方。英 the eastern part of Japan; Kanto region.例「京や住み憂かりけむ、あづまの方に行きて住み所もとむとて、友とする人、一人二人して行きけり」(伊勢・8)訳(ある男が)京都は住みにくかったのだろうか、東国の方に行って住む所を探そうというので、友人として付き合っている人、一人二人と一緒に出掛けていった。②鎌倉幕府。英 the Kamakura feudal government.例「お迎へに、あづまの武士どもあまたのぼる」(増鏡・内野の雪)訳お迎えに鎌倉幕府の武士たちがたくさんのぼってきた。*都を起点にして東方に位置する地方を指すが、時代によってその範囲は異っている。 

016 あてなり【貴なり】[形動ナリ] 類やむごとなし。①高貴だ。身分が高い。 英 noble; high and noble. 例「ひとりはいやしき男の貧しき、ひとりはあてなる男もたりけり」(伊勢・41)訳(姉妹のうち)一人は身分が低い男で貧しい者を、一人は高貴な男を(夫として)持っていた。②上品だ。優雅だ。英 dainty; elegant; graceful.例「四十余りばかりにて、いと白うあてに、やせたれど、つらつきふくらかに、まみのほど、髪のうつくしげにそがれたる末も、なかなか長きよりもこよなう今めかしきものかな」(源氏・若紫)訳(尼は)四十余歳ぐらいで、たいへん色が白く上品で、ほっそりしているが、頬のあたりはふくよかで、目もとの感じや、髪がいかにも美しい様子に切りそろえられいる端も、かえって長いよりもこの上なく当世風だなあ(と源氏はお感じになる)。*「あてなり」は、階級的な高貴さと内面的な美しさが調和した上品さ優雅さを示すが、類義語の「やむごとなし」は、最高の血筋や身分を表し、両者は区別して用いられている。

017 あない【案内】[名]①文書の内容。草案。英 contents of the documents; a draft.例「頭の弁して案内は奏せさせ給ふめり」(紫式部日記・管弦の御遊び)訳(右大臣は)頭の弁に命じて(加階の)草案は奏上させなさるようだ。②事情。内情。様子。英 circumstances; conditions; inside details.例「いとよく案内見取りて申す」(源氏・夕顔)訳(惟光は)たいへん詳しく(夕顔の家の)様子を見て取って(源氏に)申し上げる。③取り次ぎを頼むこと。英 a request of putting oneself to someone.例「思し出づる所ありて、案内せさせて入り給ひぬ」(徒然・32)訳(ある人が)思い出されるところがあって、取り次ぎを頼んで(その家に)お入りになった。*文書の内容や物事の事情などの意。また、それを尋ねたり知らせたりすること。

018 あながちなり【強ちなり】[形動ナリ]①強引だ。無理矢理だ。無理だ。英 aggressive; assertive; forceful.例「あながちなる所に隠し伏せたる人の、いびきしたる」(枕・憎きもの)訳無理な(隠すのが難しい)場所に隠して人がいびきをかいたのは(しゃくにさわる)。②いちずだ。ひたむきだ。熱心だ。英 eagerly; single-mindedly; with a single eye.例「便りなかりける女の、清水にあながちに参るありけり」(宇治・11)訳頼れるおてがなく貧しかった女で、清水寺に熱心にお参りする者がいた。③むやみに。やたらと。必要以上に。英 immoderately; without reason; more than being necessary.例「立ちさまよふらむ下(しも)つ方、思ひやるに、あながちにたけ高き心地ぞする。いかなる者の集へるならむと、様(やう)変はりておぼさる」(源氏・夕顔)訳立って歩いているらしい(女たちの)足もとを想像してみると、むやみに背が高いという感じがする。(源氏は)どんな人たちが集まっているのだろうと、風変わりにお思いになる。④(反語表現の中で)必ずしも。一概には。英 not always; not necessarily.例「時々入り取りせんは何かあながちひがことならん」(平家・鼓判官)訳(若い者が)時々民家に入って物を取るのは(食料を得るためで)必ずしも悪事ではなかろう。⑤(下に打消の語を伴って)決して。絶対に。英 at any cost; at any price; never ever.例「範頼・義経が申し状、あながち御許容あるべからず」(平家・首渡)訳範頼と義経の申し上げることを、決してお許しになってはいけません。*自分の意志・欲望を押し通そうとする様子や、物事の状態がはなはだしいことを表す。①②③は形容動詞で、④⑤は副詞である。

019 あなかま[連語]①ああ、やかましい! しっ、静かに! 英 Be quiet!; Shut up (your mouth)!例「あなかま、人に聞かすな。いとをかしげなる猫なり」(更級日記・をかしげなる猫)訳しっ、しずかに。(このことを)人に知らせては駄目よ。とてもかわいらしい猫ですこと。*感動詞+形容詞の語幹の形で感動的な表現となる。「かま」は、「うるさい・やかましい」の意味を持つ「かまし」の語幹だが、現代語にも「やかまし・かしがまし」などの形で残っている。軽蔑する意の動詞「あなづる」から派生した形容詞で、軽蔑したくなるさま、軽蔑するにふさわしい事柄に用いる。 

020 あなづらはし【侮らはし】[形ク]侮ってよい。軽蔑に価する。見くびりたくなる感じがする。英 contemptible; ignominious; pitiful.例「いとかくやつれたるに、あなづらはしきにや」(源氏・明石)訳(自分が)ほんとうにこんなに落ちぶれているので、(娘にとっては)見くびりたくなる感じがするのであろうか。*四段動詞「あなづる」の未然形「あなづら」に、接尾語「ふ」が付いて、「あなづらふ」となり、さらにそれが形容詞化した語で、たいした価値がなく軽蔑したくなる様子を表す。 

021 あなり[連語]①あるようだ。あるという。あるように聞こえる。英 seem to be; sound like.例「駿河の国にあなる山の頂に持て着くべきよし、仰せ給ふ」(竹取・ふじの山)訳(帝は)駿河の国にあるという山(=富士山)の頂上に持って行くようにお命じなさる。②あるそうだ。あるようだ。いるそうだ。 英 I hear; it is said; they say.例「髪、ひげを剃りたる法師だに、怪しき心は失せぬもあなり」(源氏・夢浮橋)訳髪や、ひげを剃り落とした僧侶でさえ、よくない心がなくならない人もいるそうだ。 *ラ変動詞「あり」の連体形と伝聞推定の助動詞「なり」が合わさった形で「あるなり」の「る」が撥音便「ん」に変化して「あんなり」となったもの。中古では「ん」が表記されないことが多い。

022 あはれなり[形動ナリ]類をかし。①しみじみと趣深い。英 atmospheric; artistic; zestful; have a flavor; atmosphere is wonderful.例「野分のまたの日こそ、いみじうあはれにをかしけれ」(枕・野分のまたの日こそ)訳台風の翌日の景色はたいそうしみじみと趣深く風情があるものだ。②心を動かされる。しみじみ感動する。英 touching; being moved; being touched.例「見聞く人々、目もあやにあさましくあはれにもまもりゐたり」(大鏡・訳(見聞きする人々は、目を疑いあきれる思いでしみじみ感動して(世継を)じっと見つめて座っていた)」(大鏡・時平伝)③かわいい。いとしい。すてきだ。英 cute; beautiful; pretty.例「あはれなる人を見つるかな」(源氏・若紫)訳すてきな人を見たことだなあ。④かわいそうだ。気の毒だ。ふびんだ。英 pitiable; pitiful; feel sorry. 例「我を尋ねむためにかく行ふなりけり、と思ひ、あはれに悲しきこと限りなし」(今昔)訳(僧になった)私を捜すために(妻であった女は)このように勤行するのだったなあ、と思い、ふびんで悲しいことはこの上もない。④悲しい。寂しい。英 sad; pained; tearful; feel lonesome.例「姉なる人、子産みてなくなりぬ。…まことにぞあはれなるや。訳(私の)姉に当たる人が、子どもを産んで死んでしまった。…ほんとうに悲しいことだよ。*ものの情趣や美しさに感動を覚えたり、何らかの対象に対して喜・怒・哀・楽のいずれかの感情を持った様子を表す語で、しみじみとした情感が中心となる。類義語の「をかし」も趣が深いことを意味するが、対象を客観的・知的にとらえて自分の持つ価値観や美的感覚と表す語で、両者には情的と知的という違いがある。

023 あふ 【会ふ・逢う・合う】[自ハ四]①会う。出会う。対面する。英 see; meet.例「もの心細く、すずろなる目を見ることと思ふに、修行者会ひたり」(伊勢・9)訳思い掛けない目に遭うことだと思っていると、修行者が(やってきて我々と)出会った。②契りを結ぶ。性的な関係を持つ。結婚する。英 promise each other; have relations; get married.例「この世の人は、男は女にあふことをす、女は男にあふことをす」(竹取物語・貴公子たちの求婚)訳この世の人は、男は女と結ばれることをする、女は男と結婚するということをする。*中古では②の意味で用いられることが多い。

024 あへなし【敢へ無し】[形ク]類あぢきなし。①どうしようもない。どうにもならない。お手上げだ。英 impossible; can do nothing; do not have much of a choice.例「みづから額髪をかき探りてあへなく心細ければ、うちひそみぬかし」(源氏・帚木)訳自分で(切り落とした)額髪をなで探ってもどうしようもなく心細いので、つい泣き顔になってしまうことよ。②はりあいがない。あっけない。がっかりした。英 be disappointed; be discouraged.例「御使いもいとあへなくて帰り参りぬ」(源氏・桐壺)訳(帝の)ご使者もたいそうはりあいがなくて(宮中に)帰って(帝の所に)参上した。*どうしようもないことに対する残念な気持ちや、抵抗する気力を失った様子を表す。類義語の「あぢきなし」も落胆や失望の意味を持つが、「あぢきなし」が、道理に合わずどうにもならない事柄への諦めの気持ちを表すのに対して、「あへなし」は、すでに起こってしまった取り返しのつかない事態に対する落胆の気持ちを表す。

025 あまた【数多】[副]同ここら。ここだ。そこら。そこだ。①数多く。たくさん。英 many; a lot of.例「片時の間とて、かの国よりまうで来しかども、かくこの国には、あまたの年を経ぬるになむありける」(竹取・かぐや姫の昇天)訳ほんのしばらくの間だと思って、あの(月の)国からやって参りましたが、このようにこの国では、数多くの年月を過ごしてしまったことよ。*数量・程度などが普通以上であることを表す。上代では、数量・程度ともに表したが、中古以降は、数量を表す場合にのみ用いられるようになった。 

026 あめり[連語]①あるように見える。あるようだ。英 appear; give the appearance of; seem to be.例「いまひときは心も浮きたつものは、春の気色にこそあめれ」(徒然・19)訳さらにいちだんと心も浮き浮きするものは、春の景色であるようだ。 *ラ変動詞「あり」の連体形に、推定・婉曲の助動詞「めり」が合わさった形で「あるめり」の「る」が撥音便「ん」に変化して「あんめり」となったもの。中古では「ん」が表記されないことが多い。

027 あやし【奇し・怪し・賤し】[形シク] ①不思議だ。奇妙だ。 英 mysterious; strange; miraculous.きそうもない。例「御かたちありさま、あやしきまでぞ覚えたまへる」(源氏・桐壺)訳(藤壺女御は)お顔立ちや姿が、不思議なまでに(桐壺更衣と)似ていらっしゃる。②みすぼらしい。粗末だ。英 coarse; humble; shabby.例「かねて聞きつるよりも、あやしくはかなげなる所のさまなれば、いかにして耐え忍ぶべからず」(うたたね)訳以前に聞いていたよりも、粗末で頼りない感じのする場所の様子なので、どのようにしても我慢できそうもない。③身分が低い。卑しい。英 have low status; be humble in social position.例「あやしき賤(しづ)山賤(やまがつ)も、力尽きて、薪さへともしくなりゆけば、頼むかたなき人は、自らが家をこぼちて、市に出でて売る」(方丈・飢渇)訳(大飢饉のため)身分の低い者や山に住む木こりたちも、力が尽きて薪までも乏しくなっていったので、頼むあてのない人は、自分の家を壊して、市に持って行って売る(ような状態である)。*「あやし」の意味には、「奇・怪」の漢字を当てる「不思議だ・奇妙だ」と「卑・賤」の漢字を当てる二つの方向がある。①が語源的な意味で、客観的な判断や善悪の判断が加わることによって、②の意味を持つようになった。また、王朝時代の貴族の価値観から言えば、庶民の生活が不思議で卑しいものに見えたので、③の意味も加わったと考えられている。

028 あやなし【文無し】[形ク]類わりなし。①筋が通らない。わけがわからない。道理に合わない。英 not logical; not reasonable.例「春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やは隠るる」(古今・春・上)訳春の世の闇は(梅の花を人の目から隠すという)道理に合わないことをする。梅の花は色こそはっきり見えないが、香りは隠れるだろうか、いや、隠れずにかぐわしく香っている。(「こそ~ね」は、ここでは逆接の用法。「やは」は反語の用法)②意味がない。つまらない。英 meaningless; senseless; trifling.例「かかることの心苦しきを見過ごさで、あやなき人の恨み負ふ」(源氏・藤袴)訳このようなことの気の毒さを見過ごさないで(世話をして)人からつまらない恨みを買ってしまう。*「あや」は「模様・文様・筋目」で、「あやなし」は、物事の筋道がはっきり見えなくて、わけがわからない気持ちを表す。一方、類語の「わりなし」は、「わり」が「理・道理」のことなので、理屈で判断して解決しようとしてもどうにもならない様子を表す。なお、「筋が通らない・道理に合わない」という意味において両者は共通している。

029 あやにくなり[形動ナリ][生憎なり] ①あいにくだ。都合が悪い。英 unlucky; something is wrong, in bad situation.例「時雨といふばかりにもあらず、あやにくにあるに、なほ出でむとす」(蜻蛉・上)訳時雨というほどでもないが、あいにく降ってきたのに、それでもやはり出かけようとする。②意地が悪い。無慈悲だ。英 evil-minded; wicked, unkindly; merciless.例「いみじう問ひたまひしに、さらに知らぬよしを申ししに、あやにくに強いたまひしこと」(枕・里にまかでたるに)訳(宰相の中将が)ひどくお尋ねになったので、(私が)まったく知らないということを申し上げたのに、意地悪く無理に追及なさったことです。*感動詞「あや」に形容詞「憎し」の語幹が付いたもので、予想や期待が外れて、「ああ憎らしい」という思いがその原義である。

030 あらがふ【抗ふ・争ふ・諍ふ】[自四] 類いさかふ。①言い争う。反論する。抗弁する。 英 argue; quarrel; controvert.例「わがため面目あるやうに言はれぬる虚言は、人いたくあらがはず」(徒然・73)訳自分のために名誉になるように言われた嘘には、人はたいして抗弁しない(ものだ)。②競争する。張り合う。賭けをする。英 contest; vie with; compete against one another. 例「さりともよもせじとおもひければ、かたくあらがふ」(宇治・144)訳いくら何でもまさかやるまいと思ったので、かたく賭けをした。*類義語に「いさかふ」があるが、それは、口げんかして非難し合う、の意であり、自分の意見の正しさを主張して後には引かない意を持つ「あらがふ」とは意味合いが異なる。

031 あらたし【新し】[形シク]①新しい。新鮮である。英 new; fresh.例「古きを尋ねて新たしきを知れなどいへり」(ささめごと)訳昔のことを研究して、そこから新しい知識や見解を知れなどと言っている。*形容動詞「新たなり」や、動詞「改む」などと同じ語源で、原義は「今までと違って新しくする・新しくなる」であったが、中古以降「ら」と「た」が逆転して、「あたらし」という語形になった。 

032 あらぬ[連語]①まったく別の。専門外の。英 another; different; diverse; outside one’s field.例「一道にたづさはる人、あらぬ道のむしろにのぞみて」(徒然・一六七)訳(ある)一つの道に従事している人が、自分の専門外の道の集会に参加して。②意外な。望ましくない。とんでもない。 英 unexpected; undesirable.例「あつきころなれば、いつしかあらぬさまになりたまひぬ」(平家・2)訳暑い頃だったので、(重衡の遺体は)早くもとんでもない状態におなりになった。*ラ変動詞の未然形に打消の助動詞の連体形が付いた連語で、物事の様子や状態が本来のものとは異なっている意を表す。

033 あらはなり【顕はなり】[形動ナリ]①隠れなくはっきり見える。丸見えである。 英 apparent; be fully exposed to view.例「高き所にて、ここかしこ、僧坊どもあらはに見おろさる」(源氏・若紫)訳高いところなので、あちらこちらに、僧侶の住まいがいくつも隠れなくはっきりと見下ろされる。②明らかである。明白である。英 clear; incontestable; obvious.例「そのことわりをあらはに承り給はねば、さばかり思しのたまはせしさまざまの御遺言は、いづちか消え失せにけん」(源氏・須磨)訳その是非の判断をはっきりとお聞きすることがないので、(亡き桐壺院が)あれほどお考えをめぐらしておっしゃったご遺言は、どこに消えてしまったのだろう(と源氏は思った)。③おおっぴらだ。公然としている。英 avowed; well known to the public.例「春宮の女御のいとさがなくて、桐壺の更衣の、あらはにはかなくもてなされし例もゆゆしう」(源氏・桐壺)訳東宮(=桐壺帝)の女御(=弘徽殿女御)の性格が意地悪で、桐壺更衣が、おおっぴらに軽々しく扱われた例も不吉で(と桐壺帝の母がおっしゃった)。*下二段動詞「あらはる」と語幹を同じくする語で、内にあるものがはっきりと外に見える状態を表す。人の表情や態度について用いる場合も、気持ちがはっきりと現れている様子を表す。

034 あらまほし[連語・形シク]①ありたい。そうあってほしい。英 desirable; preferable.例「少しのことにも、先達はあらまほしきことなり」(徒然・52)訳ちょっとしたことにも、(その道の)案内者はあってほしいものだ。②好ましい。理想的だ。申し分ない。 英 ideal; favorable; perfect; be made in heaven.例「墨染めの御姿あらまほしう清らなるも、うらやましく見たてまつりたまふ」(源氏・柏木)訳黒い僧衣のお姿が申し分なくきよらかで美しいのも、(源氏は)うらやましく見申し上げなさる。*語源はラ変動詞の未然形「あら」に、希望・願望の助動詞「まほし」が付いたもので、中心的な意味は「ありたい」だが、さらに一語化してして形容詞となり、「理想的だ・申し分ない」という意味も表すようになった。 

035 あり【有り・在り】[自ラ変・補助]①ある。いる。存在する。 英 be; exist; remain in existence. 例「よき友三つあり。一つには物くるる友、二つにはくすし、三つには知恵ある友」(徒然・117)訳よい友には三つある。その一には物をくれる友、その二には医者、その三には知恵のある友。②生きている。無事でいる。英 be alive; stay alive; be quite well.例「名にし負はばいざ言問はむ都鳥我が思ふ人はありやなしやと」(伊勢・9)訳都というその名を負い持っているならば、さあ尋ねてみよう、都鳥よ。私の愛する人は都で無事でいるかどうかと。③時が経つ。時間が経過する。英 time passes; go by.例「三日ばかりありて、漕ぎ帰りたまひぬ」(竹取・蓬莱の玉の枝)訳三日ほど経って(くらもちの皇子は)舟で帰っていらっしゃった。④~にある。~の状態である。英 be situated; be continuing.例「おとなになりければ、男も女も、はぢかはしてありけれど、をとこはこの女をこそ得めと思ふ」(伊勢・23)訳年ごろになったので、男も女も、互いに恥ずかしがっていたけれども、男はこの女を妻にしようと思った。*「存在する」という意味において、現代語では、「ある」と「いる」が無生物か生物かによって使い分けられるが、古語ではその使い分けがない。①②③は動詞で、④は補助動詞である。 

036 ありがたし【有り難し】[形ク] 類めづらし。①めったにない。まれである。珍しい。 英 rare; uncommon; singular; out of ordinary.例「ありがたきもの。舅にほめらるる聟、また、また姑にほめらるる思はるる嫁」(枕・ありがたきもの)訳めったにないもの。(それは)舅からほめられる聟、姑から大切に思われる嫁(である)。 ②生きることが難しい。生活しにくい。英 difficult to survive; hard to live.例「世の中は、ありがたく、むつかしげなるものかな」(源氏・東屋)訳世の中は生きることが難しく、やっかいなものであるなあ。③困難だ・難しい。英 difficult; hard. 例「千万が一つも生きて帰らんことありがたし」(平家・九)訳千万分の一も生きて帰るようなことは難しい。④(めったにないほど)優れている。りっぱだ。英 excellent; rare and superior.例「『げに好き者にこそ』と、あはれにありがたく覚えて、笛急ぎ尋ねつつ送りけり」訳(別当頼清は)「なるほど(永秀という笛の名手は)風流を理解する者であるなあ」と、(めったにないほど)優れていると思われて、笛を急いで探し求めては送った。*ラ変動詞「あり」の連用形に、接尾語「難し」が付いて形容詞化した語で、存在することが難しい、すなわち「めったにない」が原義だが、派生してさまざまな意味が生じた。現代語で感謝の意を表す「ありがたい」は、めったにないほど尊いことを神仏や他人が自分に施してくれたことに対する気持ちの表現として、近世ごろから用いられるようになった。

037 ありく【歩く】[自カ四・補助]類あゆむ。①歩き回る。動き回る。英 wander; walk about; walk around.例「五月ばかりなどに山里ありく、いとをかし」(枕・五月ばかりなどに)訳五月ぐらいの季節に、山里を歩き回るのは、たいそう趣がある。②移動する。行き来する。英 move along; come and go.例「菰(こも)積みたる舟のありくこそ、いみじうをかしかりしか」(枕・卯月のつごもりがたに)訳水辺の植物を摘んだ舟が往き来しているのが、たいそうおもしろかった。③~て回る。英 do something back and forth.例「笠うち着、足ひきつつみ、よろしき姿したる者、ひたすらに家ごとに乞ひありく」(方丈記・養和の飢饉)訳笠をかぶり、足をくるんで、よい身なりをした人が、ひたすら家ごとに(食べ物を)求めて回る。④~し続ける。英 continue to.例「この宮をだに、け近くて見奉らばやと思ひありくに、うれしき花のついでなり」(源氏・紅梅)訳この宮だけでも、ごく親しくお世話申し上げたいものだと思い続けていたので、うれしい紅梅の花が咲いた折であるよ。*あちらこちらを移動したり動き回ったりするさまを表す語で、人間があちらこちらを動き回るばかりでなく、馬や舟などが移動する場合でも用いる。類義語の「あゆむ」は、ある目標に向かって足で一歩一歩進むことを意味する。①②は動詞で、③④は補助動詞である。

038 ありし【有りし・在りし】[連語]類ありつる ①以前の。昔の。英 old; one-time.例「大人になり給ひてのちは、ありしやうに御簾のうちにも入れ給はず」(源氏・桐壺)訳(源氏が)大人におなりになってからは、(帝は)(源氏を)以前のように(藤壺の)御簾の中にもお入れにならない。②生前の。英 while alive; before someone’s death.例「忠度のありしありさま、言ひおきし言葉、今さら思ひ出でて、あはれなりければ、彼(か)の巻物のうちに、さりぬべき歌いくらでもありけれども、勅勘(ちょくかん)の人なれば、名字をばあらはされず、故郷の花といふ題にて詠まれたりける歌一首ぞ、『読人(よみひと)知らず』と入れられける」(平家・7・忠度都落)訳(藤原俊成卿は)平忠度の生前の姿、言い残した言葉を、今さらながらに思い出して、しみじみと感慨を持ったので、彼が残した巻物の中には、(『千載和歌集』に入集するのに)ふさわしい歌がいくらでもあったが、(忠度が)天皇のお咎めを受けた人間であったので、名字を表すことができず、「故郷の花」という題でお詠みになった歌一首を「読み人知らず」としてお入れになった。②例の。いつもの。英 accustomed; usual.例「かのありし猫をだに得てしがな」(源氏・若菜・下)訳あの例の猫だけでも手に入れたいものだ。*ラ変動詞「あり」の連用形に、過去の助動詞「き」の連体形が付いたもので、遠い過去を示す。

039 ありつる【有りつる・在りつる】[連語]類ありし。①先ほどの。さっきの。英 former; mentioned short time ago.例「あやしうおそきと、待つほどに、ありつる文、持て帰りたる、いとわびしくすさまじ」(枕・すさまじきもの)訳変に遅いと待っているうちに、先ほどの手紙を、(そのまま)持って帰って来たのはたいそうやりきれなく興ざめである。*ラ変動詞「あり」の連用形に、完了の助動詞「つ」の連体形が付いたもので、近い過去を示す。

040 あるじ【主】[名]類ぬし。①主人。主君。英 a host; a master.例「その主(あるじ)と栖(すみか)と無常を争ふさま、いはばあさがほの露に異ならず」(方丈・序)訳その(家の)主人と住まいとが、はかなさを競うありさまは、例えて言うならば、朝顔と(それにおりた)露(の関係)と同じである。②宴。饗。饗応。もてなし。英 treatment; wine and dine.例「方違へに行きたるに主せぬ所」(枕・すさまじきもの)訳(興ざめなものは)方違えに行った時に、食事のもてなしをしない家。*「あるじ」は、家の主人として客をもてなす人という意味から、さらに、そのもてなし自体をも表すようになった。類義語の「ぬし(主)」は、もともと、主人に対する呼びかけの敬語であったが、その後、代名詞としても使われるようになった。

041 いうなり【優なり】[形動ナリ] 類えんなり。①上品で美しい。優美だ。優雅だ。英 elegant; graceful.例「事ざまの優におぼえて、物のかくれよりしばし見ゐたるに、妻戸を今すこしおしあけて、月見るけしきなり」(徒然・32)訳(この家の女主人の)様子が優雅に思われて、物陰からしばらく見てじっとしていたところ、(女主人が)出口の開き戸をもう少し押し開けて、月を見る様子である。②優れている。理想的だ。英 perfect; ideal; idealized.例「かぐや姫のかたち、優におはすなり」(竹取・かぐや姫の昇天)訳かぐや姫の容貌は、理想的でいらっしゃるそうだ。*類義語の「えん(艶)なり」も上品で優雅な様を表すが、こちらは、艶やかで華やかな美しさをいう語で、女性が好んで用いたのに対して、「いうなり」は、優しくしっとりとした上品さや優雅さを表し、男性が好んで用いた。

042 いかが【如何】[副・感]①(疑問)どのように~か。どんな風に~か。英 how; what ways.例「そのけぢめをばいかが分くべき」(源氏・帚木)訳その区別をどのように分けるのでしょうか。②(ためらいや非難を表し)どうだろうか。どんなものか。英 what should be done?; how about it? 例「もてきたる物よりは、歌はいかがあらむ」(土佐・一月七日)訳持ってきた物(=料理)に比べると、歌(のできばえは)どんなものだろうか。③(反語)どうして~だろうか、いや、~ない。英 why can't I do it? 例「かくばかり逢ふ日のまれになる人をいかがつらしと思はざるべき」(古今・433)訳これほど逢う日がまれなあの人のことを、どうして薄情だと思わないでいられましょうか、思わずにはいられません。④どうですか。いかがですか。英 Hello!; How are you? 例「いかが、御心地はさはやかに思しなりにたりや」(源氏・柏木)訳どうですか、ご気分はすがすがしくお感じになるようになりましたか。*副詞「いかに」に、係助詞「か」の付いた「いかにか」が撥音便化して、「いかんが」となり、さらに「いかが」となった。状態や内容がわからないようすを表すが、疑問・ためらい・反語・問いかけなどの用法がある。

043 いかがせむ【如何せむ】[連語]①(疑問)どうしようか。どうしたらよいだろうか。英 not know how to do.例「御鞠ありけるに、雨降りて後、いまだ庭の乾かざりければ、いかがせむと沙汰ありけるに、佐佐木の隠岐(おき)の入道、鋸(のこぎり)の屑を車に積みて、多く奉りたりければ、一庭に敷かれて、泥土の煩ひなかりけり」(徒然・177)訳蹴鞠があった時に、雨が降った後で、まだ庭が乾かなかったので、どうしたらよいだろうかと評議があったところ、佐佐木の隠岐の入道が、おがくずを車に積んでたくさん差し上げたので、庭一面にお敷きになってぬかるみに困ることはなかった。②(反語)どうしようか~どうしようもない。どうすることができようか~いや、どうすることもできない。英 do not have much of a choice; can do nothing; will never do anything.例「思ふとも離(か)れなむ人をいかがせむあかず散りぬる花とこそ見め」(古今・799)訳いくら恋しく思っても、花が枯れるように私から離れて行くような人をどうすることができようか、いや、どうすることもできない(「離れ」は「枯れ」との掛詞)。*副詞「いかが」に、サ変動詞「す」の未然形「せ」に、推量の助動詞「む」が付いた連語で、疑問と反語の用法がある。

044 いかで【如何で】[副]①(疑問)どうして。どういうわけで。どうやって。英 why; what for; how. 例「いかで、かうおはしましつらむ」(源氏・若紫)訳どういうわけで、このように(わざわざ)おいでになられたのでしょうか。②(反語)どうして~だろうか、いや~でない。英 why can't I do it.例「いかで月を見ではあらむ」(竹取・かぐや姫の昇天)訳どうして月を見ないでいられましょうか、いや見ないではいられません。③(希望・願望)どうにかして~たい。何とかして~てほしい。英 I want someone or something to do it.例「世の中に物語といふもののあんなるを、いかで見ばやと思ひつつ」(更級・門出)訳世の中に物語というものがあるそうだが、どうにかしてそれを見たいものだと思い続けて。*副詞「いかに」に、接続助詞「て」が付いた「いかにて」が、撥音便化して「いかんで」となり、さらに「いかで」となった語である。①②疑問・反語の用法に加えて、下に意志・希望・願望などの語を伴って、どうにかしてその実現をはかろうとする意を表す③の用法がある。

045 いかに【如何に】[形動ナリ・副・感動]①どのように。どんな風に。英 how.例「いかに言ひ何にたとへて語らまし秋の夕べの住吉の浦」(更級・初瀬)訳どんな風に言い、何にたとえて語ったらよいのだろうか。(すばらしい)秋の夕暮れの住吉の浦を。②なぜ。どうして。どんなわけで。英 why; what for.例「いかにのたまはするにか、とあやしく思ひめぐらすに、この姫宮をかく思しあつかひて、さるべき人あらばあづけて、心やすく世をも思ひ離ればやと」(源氏・若菜・上)訳どうして(朱雀院がこのように)おっしゃるのだろうか、と(夕霧は)不審の思いをめぐらせるが、(朱雀院は)この姫宮(=女三の宮)をこのように思い扱いなさって、(つまり後見人として)ふさわしい人がいれば預けて、安心して出家をしたいと(思っていらっしゃる)。③何とまあ。いやはや。英 what a …!; how …!例「世はいかに興あるものぞや」(大鏡・序)訳 世の中というものは何とまあ面白いものですなあ。④やあ。ねえ。英 Hey!; Hello!例「いかに殿ばら、殊勝のことは御覧じとがめずや」(徒然・236)訳ねえ皆さん、(狛犬の置き方の)すばらしいことには目をお止めにならないのですか。*状態・性質・方法などが不明な時にする問いかけや、相手に呼び掛けたり感動を表したりする用法がある。

046 いぎたなし【寝汚し】[形ク]①寝坊だ。英 of rising late.例「夜鳴かぬもいぎたなき心地すれども、今はいかがせむ」(枕・鳥は)訳(うぐいすは)夜に鳴かないのも寝坊な感じがするが、今さらどうしようもない。②眠り込んでいる。ぐっすり寝ている。英 fast asleep; sound asleep.例「いといぎたなかりける夜かな」(源氏・帚木)訳とてもぐっすり寝ていた夜だなあ。*名詞「い(寝)」に、形容詞「きたなし」が付いてできた語で、人の眠っている状態や様子を表すが、そこに不快感がこめられている場合もある。

047 いさ[感動・副]①さあ。さてねえ。英 Well; Got me!例「とみにもいはず、『いさ』などこれかれ見合わせて」(枕・七日の日の若菜を)訳(子どもたちに若菜の名を尋ねると)すぐには答えず「さてねえ」とか言ってそれぞれ顔を見合わせて。②(「知らず」と呼応して)さあどうだか(知らない・わからない) 英 Now I don’t know.例「人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける」(古今・42)訳あなたは、さあどうだか(今の)気持ちはわからない、(昔と変わってしまったのかもわからないが)、(だが)この古里には花が昔と変わらない香りで咲いていることだ。

048 いざ[感動]①さあ。それ。英 Ha!; There now!例「いざ、かぐや姫。きたなき所にいかでか久しくおはせむ」(竹取・かぐや姫の昇天)訳さあ、かぐや姫よ。けがれたところ(人間世界)にどうしていつまでもいらっしゃる必要がありましょうか。②さあ、どれ。さあ、一緒に。英 Let’s; Shall we.例「僧たち宵のつれづれに、『いざ、かひもちひせむ』と言ひけるを、この児(ちご)心寄せに聞きけり」(宇治・1・12)訳僧たちが夜の退屈さに「さあ、ぼた餅を作ろう」と言ったのを、この少年は(しめたと思って)心待ちにして聞いた。*相手に行動を促したり、自分が行動を起こすときに発する言葉。

049 いざたまへ【いざ給へ】[連語] 類いざさせたまへ。①さあ、いらっしゃい。さあ、なさいませ。英 Let’s go; Please come here; Please do it.例「いざ給へよ。をかしき絵など多く、雛遊びなどするところに」(源氏・若紫)訳さあ一緒にいらっしゃいよ。面白い絵などがたくさんあって、人形遊びなどをする所に。*「いざ」は感動詞、「たまへ」は補助動詞「給ふ」の命令形で、上に来る動詞「き(来)」が省略された表現である。 

050 いそぎ【急ぎ】[名]①急ぐこと。急用。英 haste; hurry; urgent business.例「今日は、その事をなさんと思へど、あらぬ急ぎまづ出で来て、紛(まぎ)れ暮らし、待つ人は障(さは)りありて、頼めぬ人は来たり」(徒然・一八九)訳今日は、これこれのことをしようと思っていても、意外な急用がまず出て来て(そのことに)気を取られて一日を暮らし、待っている人は差しつかえがあって(来ず)、(来ることを)期待させていない人はやってきている。②準備・支度。英 arrangements; preparations.例「春のいそぎにとりかさねて、催しおこなはるるさまぞいみじきや」(徒然・19)訳(暮れは)正月の準備と重複して、(宮中の行事が)催し行われる様子はすばらしいものだ。*何かをするために準備をして、心を集中して熱心に取り組むことを意味する。

051 いたし【甚し・痛し】[形ク]①はなはだしい・激しい・並々でない。英 extraordinary; intense; unaverage.例「八月十五日ばかりの月に出で居て、かぐや姫いといたく泣き給ふ」(竹取・かぐや姫の昇天)訳陰暦八月十五日近くの月(の晩に)(縁側に)出て座って、かぐや姫はたいそう激しくお泣きになる。②はなはだしく優れている。とても立派である。英 excellent; magnificent; splendid.例「造れるさま、木深くいたき所まさりて、見所ある住まひなり」(源氏・明石)訳屋敷の様子は、木立が深くとても立派である所が(前の家より)一段とすばらしくて、見所のある住まいである。③痛い・苦痛である。 英 painful; sore.例「胸痛きこと、なのたまひそ」(竹取・かぐや姫の昇天)訳胸が痛むことを、おっしゃいますな。*程度が甚だしく並一通りではないことを表すことから、転じて、肉体的な苦痛や精神的な苦痛も意味するようになった。

052 いたづらなり【徒らなり】[形動ナリ]類むなし。①役に立たない。無駄だ。無益だ。英 fruitless; useless; do something in vain.例「とかく直しけれども、つひにまはらで、いたづらに立てりけり」(徒然・51)訳(水車を)あれこれと直したけれども、とうとう回らないで、役に立たずに立っていた。②むなしい。はかない。英 changeable; evanescent; vain.例「花の色は移りにけりないたづらに我が身世に経るながめせしまに」(古今・113)訳桜の花の美しさはすっかり色あせてしまったなあ、降り続く長雨のあいだに。(また)むなしく私が世の中で物思いに沈んでいるあいだに、(私の)容色もすっかり衰えてしまったことよ(「ふる」は「経る」と「降る」、「ながめ」は「眺め」と「長雨」の掛詞)。*「いたづらなり」と類義語の「むなし」は、無駄だ・無益だ・甲斐がない、という意味で共通するが、前者の原義が「無用・無駄」な状態を表すのに対して、後者の原義は「物自体が存在しない・何もない」状態を表すので、両者の意味合いは少し異なっている。 

053 いたづらになる【徒らになる】[連語]同むなしくなる・はかなくなる。①無駄になる。駄目になる。英 spoil; go to waste; not serve any purpose.例「仏に奉る物は、いたづらならず。来世、未来の功徳なり」(宇津保・藤原の君)訳仏に差し上げる物は無駄にはならない。来世、未来の世でのご利益なのである。②死ぬ。亡くなる。英 die; pass away.例「あはれとも言ふべき人は思ほえで身のいたづらになりぬべきかな」(拾遺・950)訳私のことをかわいそうだと言ってくれそうな人は誰も想い浮かべられないので、この身は思いこがれながらむなしく死んでしまうことだろう。*「いたづら」は、漢語の「徒(=むなしい・むだである)」から来た言葉で、期待に見合った結果が得られない、何かに役立たせようとしても無駄であるというのが原義であるが、人間がこの世で何かをしようとしても、それができなくなってしまうことが「いたづらになる」ということである。

054 いたはる【労る】[自・他ハ四]①骨を折る。苦労する。英 make efforts; render a service.例「津の守は、『典侍(ないしのすけ)のあきたるに』と申させたれば、『さもやいたはらまし』、と大殿も思いたるを、かの人は聞き給ひて、いとくちをしと思ふ」(源氏・少女)訳摂津守(=源氏の乳母子の惟光)は、「典侍(=内侍司の次官)が空席になっているので(私の娘をお願いしたい)」と(源氏に)申し上げなさると、「そのようにも骨を折ってやろうか」と、大臣(源氏)も思っていらっしゃるが、その人(惟光の娘に恋する夕霧)はお聞きになって、たいへん残念だと思う。②病気になる。疲れる。英 become ill; get sick; become tired.例「折節いたはることさうらひて、承らずさうらふ」(平家・千手前)訳その時(私は)病気になっておりまして、(音楽を)お聞きしておりません。③もてなす。大切にする。英 treat; offer hospitality; make someone welcome.例「伊勢の斎宮(いつきのみや)なりける人の親、『つねの使ひよりは、この人よくいたはれ』といひやれりければ、親のことなりければ、いとねんごろにいたはりけり」(伊勢・69)訳伊勢神宮の斎宮であった方の(母)親が、「ふつうの使者よりは、この人を十分にもてなしなさい」と言ってやったところ、親の言葉なので、(娘はこの使者を)とても丁寧にもてなしたのであった。*自分が骨を折ったり病気になったりするという自動詞と、相手をもてなし大切にするという他動詞の用法がある。現代語の「治療する・療養する」などの意は近世ごろから現れた。  

055 いつしか【何時しか】[副]①(推量・意志・希望・願望のなど語と合わせ用いて)(できるだけ)早く。英 as soon as (possible).例「いつしか梅咲かなむ。来むとありしを、さやあると目をかけて待ちわたるに、花もみな咲きぬれど、音もせず」(更級・梅の立ち枝)訳早く梅が咲いて欲しい。(その時期に)やって来るつもりだと(継母が)言ったが、その通りであろうかと(梅に)注目して待ち続けていたが、花がすっかり咲いてしまったのに、何の音信もない。②(過去時制と用いて)早くも。すでに。いつのまにか。英 already; at some time or other.例「殿、いつしか抱き取りたまひて、膝に据ゑたてまつりたまへる」(枕・淑景舎、東宮に)訳殿(藤原道隆)が、早くも(孫の松君を)抱き取りなさって、膝に座らせ申し上げなさっている。*①と②の用法の区別については、後ろに来る語句の時制に注目し、未来時制(推量・意志など)であれば①、過去時制(過去・完了など)であれば②と判断する。

056 いづち【何方・何処】[名]同いづこ。①どこ。どちら。どの方向。英 where; whereto.例「尼前、我をばいづちへ具して行かんとするぞ」(平家・先帝身投)訳尼君、私をどこへ連れて行こうとするのか。*疑問を表す指示代名詞で、不定の方角や場所を示す。

057 いと[副]類いたく。いたう。いみじく。いみじう。①たいそう。とても。英 very; extremely.例「武蔵国と下総国との中に、いと大きなる川あり、それを隅田川といふ」(伊勢・9)訳武蔵国(東京都)と下総国(千葉県)との間に、たいそう大きな川があり、それを隅田川という。②(打消・否定の語を伴って)それほど。たいして。英 not very; not much; not so.例「雪のいと高うはあらで、薄らかに降りたるなどは、いとこそをかしけれ」(枕・雪のいと高うはあらで)訳雪がそれほど高くはなくて、うっすらと降った様子などは、たいへん風情がある。*「いと」は、主に形容詞・形容動詞を修飾するが、類義語の「いたく・いたう」は、動詞を修飾するのが普通である。

058 いとど[副]類いとどし。①ますます。いっそう。英 all the more; more and more.例「散ればこそいとど桜はめでたけれ憂き世に何か久しかるべき」(伊勢・82)訳散るからこそいっそう桜はすばらしいのだ。つらいこの世に何か変わらないでいるものがあろうか。*程度がはなはだしい意の「いと」を重ねた「いといと」から転じた。「いと」の比較級ともいうべき語で、はなはだしさがいっそう加わる意を表す。

059 いとほし[形シク]類かなし。①かわいそうだ。ふびんだ。気の毒だ。英 pitiful; pitiable; poor.例「熊谷あまりにいとほしくて、いづくに刀を立つべしともおぼえず」(平家・9)訳熊谷(次郎直実)は(若くて美しい平敦盛が)あまりにもふびんで、どこに刀を突き刺したらよいのかわからない。②かわいい。いとしい。英 adorable; cute; dear.例「宮は、いといとほしと思す中にも、男君の御かなしさはすぐれ給ふにやあらむ」(源氏・少女)訳大宮は、たいそうかわいいとお思いになる(孫たちの)中でも、男君(=夕霧)を愛するお気持ちは(他の孫たちより)勝っているのであろうか。*小さいもの・弱いもの・気の毒なものに対する同情を表す語だが、それが強くなって愛情の気持ちも表すようになった。自分に身近な人物をかわいそうだ・気の毒だ、また、かわいい・いとしいと思う気持ちを表す点で、類義語の「かなし」と共通するが、「いとほし」は、「心を痛める」がもともとの意味で、不可能の意味を表す「かぬ」を含む「かなし」とは微妙な意味の違いがある。

060 いな【否】[感動]①いや。いいえ。英 no; never.例「大伴の大納言は、竜の頸の玉や取りてあはしたる」「いな、さもあらず」(竹取・竜の頸の玉)訳「大伴の大納言は、竜の首にある(と言われる)玉を取っていらっしゃったのか」「いや、そうではない」②いやだ。英 no; no way.例「心の色なく情けおくれ、ひとへにすくよかなる者なれば、初めより否と言ひてやみぬ」(徒然141)訳(関東の人間は)心に優しさがなく人情に乏しく、ひたすらぶっきらぼうな者であるので、(できそうもないことは)初めからいやだと言って(それだけで)終わってしまう。*相手の言動を否定したり、要望を拒絶したりする時に発する言葉である。

061 いぬ【往ぬ・去ぬ】[ナ変]①行ってしまう。立ち去る。消えてしまう。英 go; leave; depart; disappear.例「つとめてになりて、ひまなくをりつる者ども、一人二人すべり出でて去ぬ」(枕・すさまじきもの)訳翌朝になると、隙間もなくおおぜい詰めかけていた連中も、一人二人とこっそり席を外して行ってしまう。②時が経つ。過ぎ去る。英 time passes; elapse.例「契りおきしさせもが露を命にてあはれ今年の秋もいぬめり」(千載・1026)訳約束しておいた、させも草の露のようにありがたい言葉を生きる支えとしてきたが、空しく果たされぬまま、ああ、今年の秋も過ぎ去ってしまうようだ。③死ぬ。この世を去る。英 die; go hence; pass away.例「沖つ藻のなびきし妹(いも)は黄葉(もみぢば)の過ぎて去にきと玉梓(たまづさ)の使ひの言へば」(万葉・207)訳沖の海藻が波になびくように(私に)寄り添った妻は黄葉が散るようにこの世を去ったと使いの者が言うので(「玉梓」は「使ひ」にかかる枕詞)。*空間的・時間的にその場・その時から去ることを意味する。ナ変動詞は、「死ぬ」と「往ぬ(去ぬ)」の二語だけである。

062 いぬ【寝ぬ】[自ナ下二]同寝(ぬ)。①寝る。眠る。英 sleep; go to bed.例「夕べに寝ねて朝に起く」(徒然・74)訳夜に寝て朝に起きる。*語源は、睡眠の意の動詞「寝(い)」に、体を横たえる意の動詞「寝(ぬ)」が重なってできた動詞とされる。

063 いはけなし【稚けなし】同いとけなし[形ク]①あどけない。かわいらしい。無邪気だ。英 innocent; childlike; pretty.例「いはけなくかいやりたる額つき、髪ざし、いみじううつくし」(源氏・若紫)訳(若紫が)あどけなく(髪をかき上げた)額の様子や、髪の生え具合が、たいそうかわいらしい。②幼い。幼少だ。英 infant; very young.例「いはけなき人をいかにと思ひやりつつ、もろともにはぐくまぬおぼつかなさを、今はなほ、昔の形見になずらへてものしたまへ」(源氏・桐壺)訳(私は)幼い君をどうしているかと思いやりながらも、(あなた一人にまかせて)一緒に養育しない気がかりさを(感じているので)、今はやはり、(亡き更衣の母であるあなたを)昔の形見だと思って(いるので)参内してください(桐壺帝から更衣の母への手紙)。*「なし」は名詞や形容詞の語幹に付いて、その語意を強める接尾語で、「~の状態である・まことに~である」という意味を表す。「無し」の意ではない。

064 いはむかたなし【言はん方無し】[連語]①言いようもない。たとえようもない。この上ない。英 consummate; beyond description.例「秋の気配の立つままに、土御門殿のありさま、いはむかたなくをかし」(紫式部日記)訳秋の感じがし始めるにつれて、土御門殿(=藤原道長邸)の様子はたとえようもないほど風情がある。例「山の中の恐ろしげなること言はむかたなし」(更級・足柄山)訳山の中の恐ろしそうなことはこの上ない。*「む」は婉曲の助動詞、「かた」は「方法」のことで、「言葉では言い表す方法がない」が原義だが、良くても悪くても言い表せないほど程度が甚だしいことを意味するようになった。 

065 いふかひなし【言ふ甲斐無し】[形ク]①言っても仕方がない。どうしようもない。 英 have no control; waste one’s breath.例「聞きしよりまして、いふかひなくぞこぼれ破れたる」(土佐・旧宅の荒廃)訳(預けていた家は)聞いていた以上に、どうしようもなく壊れて痛んでいる。②取るに足りない。つまらない。英 trivial; of low class; no account.例「言ふかひなき法師、童部(わらはべ)も、涙を落とし合へり」(源氏・若紫)訳取るに足りない(身分の)法師や、子どもの召使いも、涙を流し合っている。③みじめだ。ふがいない。意気地がない。英 miserable; tamely; have no guts.例「女、親なくたよりなくなるままに、もろともにいふかひなくてあらむやはとて、河内(かふち)の国、高安(たかやす)の郡(こほり)に、行きかよふところ出で来にけり」(伊勢・23)訳女が、親が亡くなって頼りとする者がなくなるにつれて、(男はこの女と)ともに惨めな暮らしをしていられようか、いや、いられないと思って、河内の国の高安郡に通っていく所(=愛人)ができてしまった。④(「いふかひなくなる」の形で)死ぬ。亡くなる。この世を去る。英 die; go hence; pass away.例「さこそ強がり給へど、若き御心にて、いふかひなくなりぬるを、見給ふに、やるかたなくて、つと抱きて、『あが君、生き出でたまへ。いといみじき目なみせたまひそ』とのたまへど」(源氏・夕顔)訳(源氏は)あんなに強がっておいでだが、若いお気持ちであって、(夕顔が)死んでしまったのを、御覧になると、たまらない気持ちになって、ひしとかき抱いて「いとしい人よ。どうか生き返ってください」とおっしゃるが(どうにもならない)。*語源的には、何か言ってもどうにもならない様子を表すのだが、転じて、言う値打ちがない・情けない状態をも意味するようになった。

066 いぶせし[形ク]類いぶかし。①気が晴れない。気持ちがふさぐ。 英 feel worse; feel the blue.例「ひさかたの雨の降る日をただひとり山辺に居ればいぶせしかりけり」(万葉・769)訳雨の降る日に(あなたに逢えず)たった一人で山辺にいると気持ちがふさぐことだなあ(「ひさかたの」は「雨」にかかる枕詞)。②不快だ。うっとうしい。 英 dismal; displeasing; unpleasant.例「旅の宿りはつれづれにて、庭の草もいぶせき心地するに、いやしきあづま声したる者どもばかりのみ出で入り、慰めに見るべき前栽の花もなし」(源氏・東屋)訳旅の宿は退屈で、庭の草もうっとうしい気分がする上に、下品な東国訛りで話す者ばかりが出入りをして、気を晴らすのによい庭の植え込みの花もない。*語源的には、「いぶ」が、はっきりしない意、「せし(狭し)が、心がふさぐ意を表し、「いぶせし」で、心のままにならず気が晴れない様子を表す。類義語の「いぶかし」も気持ちが晴れない様子を表すが、不審に思う疑いの気持ちが含まれているところが「いぶせし」と異なっている。

067 いふもおろかなり【言ふも疎かなり】[連語]同いへばおろかなり。①言い尽くせないほどだ。言うまでもない。英 beyond expression; needless to say; go without saying.例「六月になりぬれば、音もせずなりぬる、すべて言ふもおろかなり」(枕・鳥は)訳陰暦六月になってしまうと(ほととぎすは)鳴き声も立てなくなってしまうが、どれも言い尽くせないほど(すばらしいの)だ。*四段動詞「いふ」の連体形に、係助詞「も」に、ナリ活用の形容動詞「おろかなり」が付いた連語で、ある物事について、その様子を言葉では言い尽くせない様子を表す。

068 いへばさらなり【言へば更なり】同いふもさらなり。[連語]①言うまでもない。英 needless to say; go without saying.例「面つき、まみの薫れるほどなど、言へばさらなり」(源氏・薄雲)訳(姫君の)顔つきや、目もとが美しく映えている所などは、言うまでもない。*四段動詞「いふ」の已然形「いへ」に、接続助詞「ば」に、ナリ活用の形容動詞「さらなり」が付いた連語で、口に出して言うと、いまさらの感じがするというのが原義である。ある事柄について、今さら言うまでもなく、誰もがそれを認めているという意を表す。

069 いまいまし【忌ま忌まし】[形シク]類ゆゆし。①慎むべきだ。はばかるべきだ。英 should restrain oneself; ought to behave modesty.例「日ごろの物語、のどかに聞こえまほしけれど、いまいましうおぼえ侍れば、しばし異方(ことかた)にやすらひて、参り来(こ)む」(源氏・葵)訳(あなたと会えなかった)数日来の話を、ゆっくりと申し上げたいけれど、(葵の上の喪中で)はばかるべきだと思われますので、しばらく別の所で気を静めて、(それから)参上しましょう。②不吉だ。縁起が悪い。英 ominous; ill-omened; inauspicious.例「聞くもいまいましうおそろしかりし事どもなり」(平家・遷都)訳聞いただけでも不吉で恐ろしいことであった。③憎らしい。しゃくだ。英 hateful; feel irritated.例「年の初めの走りものを生けて食はざらむは、いまいましき事なり」(今昔・29・27)訳(その)年の初めの初物を生かしておいて食べないというのは、しゃくなことである。*四段動詞「忌む」を重ねて形容詞化した語であり、不吉なもの、穢れたものを嫌悪する気持ちを表すのが原義であったが、さらに、単なる不快感も表すようになった。類義語の「ゆゆし」は、神聖なもの触れてはならないものを遠ざける意で、良い意味でも悪い意味でも程度がはなはだしい意を表す。

070 いますかり【坐すかり】[自ラ変・補助]同いますがり。いまそかり。いまそがり。①いらっしゃる。おいでになる。英 be; exist.例「翁のあらむ限りは、かうてもいますかりなむかし」(竹取・貴公子たちの求婚)訳私が生きている限りは、このように(独身でも)いらっしゃることができるでしょうよ。②~ていらっしゃる。例「わが宮の御ためにおろそかにいますがる殿には、なでふ所か取らすべき」(宇津保・藤原の君)訳わが宮様に対して粗略な態度でいらっしゃる殿のためには、どうして(見物の)席を取らせてやるものでしょうか。*「あり」「をり」の尊敬語で、①は動詞、②は補助動詞である。 

071 いまめかし【今めかし】[形シク]①現代風だ。当世風だ。英 contemporary; up-to-date; modern style.例「今めかしくきららかならねど、木立ものふりて、わざとならぬ庭の草もこころあるさまに、簀子(すのこ)、透垣(すいがい)のたよりをかしく、うちある調度(てうど)も昔覚えて安らかなるこそ、心にくしと見ゆれ」(徒然・10)訳当世風でもなくきらびやかでもないが、(邸内の)木立は何となく古びていて、とくに手入れをしたように見えない庭の草も趣深い様子であって、ぬれ縁や透かし張りの垣根の配置も趣があって、ちょっと置いてある道具類も古めかしく(上品に)見えて穏やかであるものこそ、奥ゆかしいと感じられる(「今めかしくきららかならねど」の「ね」は、「今めかしく」と「きららかなら」の両方を打消す用法)。②今さらわざとらしい。いまさらながらの感じだ。英 agonistic; artificial; strained.例「今めかしき申し事にて候へども、七代まではこの一門をばいかでか捨てさせたまふべき」(平家・本院問答)訳今さらわざとらしい申しようでございますが、(今後)七代まではこの(平家)一門をどうしてお見捨てになってよいものでしょうか、お見捨てになってはなりません。*四段動詞「今めく」が形容詞になったもので、中古では、現代風で華やかな状態について肯定的な意味で用いたが、中世になると、華やかさが過ぎて軽薄な感じを否定的な意味で用いるようになった。

072 いみじ[形シク]①はなはだしい。並々でない。英 exceeding; extraordinary.例「いみじううつくしき児の、苺など食ひたる」(枕・あてなるもの)訳並々でなくかわいらしい幼児がいちごなど食べている。②すばらしい。とてもよい。英 wonderful; very good.例「隆家こそいみじき骨は得てはべれ」(枕・中納言まゐりたまひて)訳(この)隆家はすばらしい(扇の)骨を手に入れております。②ひどい。おそろしい。たいへんだ。 英 awful; cruel; dreadful.例「あないみじ。犬を蔵人二人して打ちたまふ」(枕・上に候ふ御猫は)訳まあひどい。犬を蔵人が二人してお打ちになる。*忌み避けなければならない意の動詞「忌む」が形容詞化したものだが、忌むべきほどだという様子を表し、いい面でも悪い面でも程度がはなはだしいという意味で用いられる。

073 いむ【忌む・斎む】[自・他マ四]①(不吉なこととして)避ける。忌みきらう。 英 abominate; avoid something as a ill-omened thing.例「月の顔を見るは忌むことと制しけれども、ともすれば、人間(ひとま)にも月を見ては、いみじく泣き給ふ」(竹取・かぐや姫の昇天)訳月の面をみることは避けるべきこととして止めたけれども(かぐや姫は)ややもすると、人目のない時に月を見ては、ひどくお泣きになる。②心身を清める。身を慎む。英 purify oneself and abstain.例「長月(ながつき)は斎むにつけても慰めつ秋果(は)つるにぞ悲しかりける」(宇津保・吹上・下)訳九月には(結婚の申し込みはできないと)身を慎むことによって、心が慰められ(=あきらめ)ていましたが、(これで)秋も終わってしまうことが悲しいのです(一、五、九月は忌月で結婚などの行事は避けるべきだとされていた)。*触れてはならないものから遠ざかる様子を表す。

074 いやし【卑し・賤し】[形シク]対あてなり。類あやし。①身分が低い。地位が低い。 英 have low status; be humble in social position.例「昔、男ありけり。身はいやしながら、母なむ宮なりける」(伊勢・84)訳昔、ある男がいたという。身分は低いが、母は皇族であったそうだ。②下品だ。品性が劣っている。英 indecent; coarse; vulgar.例「ただ文字一に、あてにもいやしうもなるは、いかなるにかあらむ」(枕・ふと心おとりとかするものは)訳たった一つの言葉の使い方