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国際関係論 情報の問題,シグナリング,コミットメント問題 伊藤 岳 富山大学 経済学部 2018 年度前期 Email: [email protected] June 28, 2018 伊藤 岳 (Univ Toyama) 国際関係論 June 28, 2018 1 / 55

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国際関係論情報の問題,シグナリング,コミットメント問題

伊藤 岳

富山大学 経済学部2018 年度前期

Email: [email protected]

June 28, 2018

伊藤 岳 (Univ Toyama) 国際関係論 June 28, 2018 1 / 55

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Agenda

1 私的情報の信憑性のある伝達行動の「不自由」という処方箋処方箋と副作用

2 戦争の交渉モデル:コミットメント問題コミットメント問題:論理コミットメント問題:類型コミットメント問題:交渉ゲーム

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復習:情報の不確実性 (不完備性) と誤認させる誘因

誤認させる誘因 (incentives to misrepresent)

Q S1が S2のタイプを誤認することが,戦争という「共通の不利益」に繋がり得る.この構図が明らかなら,S2 が私的情報を開示すれば,交渉による解決という「共通の利益」を実現できるのでは?

▶ 実際,危機外交は「武力の威嚇を背景とした交渉あるいはコミュニケーション」

▶ 武力の威嚇や軍事力の動員は,「武力紛争の準備」(軍事) と同時に「危機外交の言語 (language of coercive diplomacy)」(政治)

▶ 武力を背景としたコミュニケーションが成功すれば,戦争も回避できるはずA 信憑性 (credibility) のある私的情報の伝達は困難

1 威嚇を実行に移すことには,コストを伴うから2 うまく相手に誤認させれば,S2 はより大きな譲歩を引き出せるから

(incentives to misrepresent)3 S1 もこの構図を理解しているから

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復習:情報の不確実性 (不完備性) と誤認させる誘因

現実の S2 S1 が認識する S2 S1 が提案する配分案 x 交渉の帰結

SL2 (狼) SH

2 (羊) xH 戦争 (誤認 1)SL

2 (狼) SL2 (狼) xL 交渉妥結

SH2 (羊) SH

2 (羊) xH 交渉妥結SH

2 (羊) SL2 (狼) xL 交渉妥結 (誤認 2)

▶ 仮定より cH2 > cL

2 なので,S2 の利得について 1 − xL > 1 − xH

=⇒ SH2 は「自分は SL

2 だ」と S1に誤認させれば,より大きな譲歩を S1から引き出せる (誤認させる誘因がある)

▶ ただし,誤認させる誘因が生じるのは,1 − q < 1 − p1 − cL2 ⇐⇒ q > p1 + cL

2の場合 (少なくとも,SL

2 は現状 q に不満を抱いている)▶ 均衡クラスの図でいうと,q > p1 + cL

2 の q2 や q3 となっている状況 2と 3

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疑問:私的情報の信憑性のある伝達は可能か?

問題の所在

▶ SH2 (羊) は,(騙すと「得」なので)「誤認させる誘因」をもつ

▶ SL2 (狼) も,(戦争は「損」なので)「本当のことを言う誘因」をもつ▶ 上の均衡では,「lが高いほど S1は (狼にあわせて) 大きく譲歩する」ことに注意

▶ S1 もこれを理解しているので,「同じことを言う」誘因をもつ S2 が ck2 を

「言葉で」伝えたところで,信憑性 (credibility) はない▶ SH

2 も SL2 も「同じことを言う」ことで,より大きな利得を実現できる可能性

があるから▶ 狼にも羊にもできるチープ・トーク (cheap talk) は信用できない

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疑問:私的情報の信憑性のある伝達は可能か?

意図の伝達The Secretary [of State Dean Acheson] pointed out that the Chinese Communistwere themselves taking no risk in as much as their private talks to the IndianAmbassador could be disavowed. . . . [I]f they wanted to take part in the “pokergame” they would have to put more on the table than they had up to the present(FLS, 99)

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疑問:私的情報の信憑性のある伝達は可能か?

3つの「処方箋」発想:SL

2 (狼) しか払えないコストをかけて伝達すればいい! (costly signaling)前提:コスト ∈ { 事前 (ex ante) コスト, 事後 (ex post) コスト }

▶ 瀬戸際外交 (brinkmanship diplomacy):「今にも落ちそうな吊り橋」に「相手を一緒に連れて行って」,橋を揺らす ̸= 「死ぬ死ぬ詐欺」

▶ 「手を縛る」(tying-hands):「背水の陣を敷く」▶ 埋没費用 (sunk cost):「お金を燃やす」

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意図の伝達としてのコミュニケーション

意図の伝達It is possible that the Chinese government is resolved to intervene if we attackNorth Korea, and it is possible that it is not so resolved. How can we know if weare facing a “resolute” China or an “irresolute” China? What would we look for todistinguish these two “types” of adversary. The answer is: we would want to lookfor actions that a resolute China would be willing to take but an irresolute Chinawould be unwilling (or, at least, less likely) to take. (FLS, 100)

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意図の伝達としてのコミュニケーション

意図の伝達コミュニケーションとは,メッセージの伝達以上のものである.なぜなら,脅しを相手に伝えるためには,それに付随するコミットメントや約束と一緒に伝えなければならないからである.そして,コミットメントを相手に伝えるためには,言葉の伝達以上のものが必要となる.つまり,コミットメントが存在することの証̇拠̇を伝えなければならないのである.それゆえ,相手が直接何かを見るように仕向けたり,主張を裏付ける仕掛けを相手に見つけ出させたりしない限り,脅しを相手に伝達することはできない・・・・・・拳銃に弾丸が装填されたことをただ口でいっただけでは証明することはできない (シェリング 2008[1960]: 152)

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行動の「不自由」と交渉力

行動の不自由という逆説自発的かつ不可逆的に行動の自由を捨て去ること,それがこの [交渉の] 戦術の本質である.つまり,自らを拘束する力が敵を拘束する力となるというパラドックスがそれである.弱さは強さとなり,自由であることは敗北となり,退路の橋を打ち燃やすことが敵の破滅を導く.それが交渉というものである (シェリング 2008[1960]: 22)

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私的情報の信憑性のある伝達:瀬戸際外交

瀬戸際外交 (brinkmanship diplomacy)

▶ 瀬戸際外交 ≡「認識できるものの完全にコントロールできない戦争のリスクを意図的に作り上げ」,「自分の手から状況のコントロールを意図的に切り離す戦術」のこと (シェリング 2008[1960]: 208)

ポイント

▶ 国際危機において,軍事的挑発行為によって自国と相手国を戦争の「瀬戸際(brink)」に立たせることで,武力行使の決意を伝達する

▶ 獲得が期待できる「パイ」の価値が小さいほど (あるいは戦争コストが大きいほど),ある主体は瀬戸際に立つことをためらうはず

▶ 戦争のリスクを受け入れてみせることで,自らの決意を伝達する▶ ただし,「戦争という奈落の底」飛び降りるか否かを,自分で決められる状況では意味がない

=⇒ 「自分ではコントロールできない状況にする」ことが肝要

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私的情報の信憑性のある伝達:瀬戸際外交

「瀬戸際」瀬戸際とは,足を踏ん張りながら眼下に視線をおろし,そこから飛び込むかどうかを決定するような崖の先端のようなものではない.そうではなくそれは,滑り落ちるリスクのある湾曲した板のようなものであり,前に進むほど傾斜が深くなり,滑っていくリスクは高くなる・・・・・・リスクがどれほどなのか,また坂を少し下るとリスクがどれだけ増えるのかについてよくわからないのである.誰かが制止する前に身投げできるほど崖の先端にたたずむ人がおり,その人がジャンプすると意̇を̇決̇す̇れ̇ば̇,ロープで結ばれている相手を怖がらせることができるといったような状況は,瀬戸際ではない.どんなに努力したとしても落ちてしまう坂の上に,相手とともに立つことこそが,瀬戸際外交なのである (シェリング 2008[1960]: 208).

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私的情報の信憑性のある伝達:瀬戸際外交

DoesNot

Threaten

Status Quo

Con

cedes

Appeasement

Backs

Dow

n

Not Engage

S1 S2Threatens

S1Resists Engage

Follows Through

DoesNot

Threaten

Status Quo

Con

cedes

Concession

Backs

Dow

n

Not Engage

S1 S2Threatens

NResists Engage

Follows Through

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事例:キューバ危機 (1962)

事態の経過

日付 事項(いずれも 1962 年)

10 月 14 日 アメリカの U-2 偵察機がキューバへのミサイル配備を確認.

10 月 22 日 アメリカのケネディ (John. F. Kennedy) 大統領は,TV 演説においてキューバ海上封鎖を命令,ミサイル撤去をソ連に要求.

10 月 24 日 アメリカ,キューバの海上封鎖開始

10 月 26 日 ソ連のフルシチョフ (Nikita Khrushchev) 首相は,ミサイル撤去は,アメリカによるキューバ不侵攻の約束次第であることを通告.

10 月 27 日 フルシチョフはソ連によるキューバからのミサイルの撤去と引き換えに,アメリカによるトルコからのミサイルの撤去を要求.

10 月 28 日 フルシチョフはキューバからのミサイル撤去を公表.

中西・石田・田所 (2013: 126) に追記.

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瀬戸際外交の事例としてのキューバ危機 (1962)

FLS/ https://www.jfklibrary.org

▶ 米国の動き▶ 陸軍部隊を本土南東部に移動,空軍の警戒レベル引き上げ.さらに,180隻の海軍艦艇をカリブ海に展開させ海上封鎖準備

▶ 10/22の大統領演説中に DEFenseCONdition (DEFCON) 3 へ警戒態勢を引き上げ

▶ 10/24にはキューバに対する海上封鎖開始▶ ソ連による奇襲にも即座に対応でき,反撃のための核戦力 (第二撃能力) も確実に生存するように

▶ ソ連は米国側の動きに強く反発,キューバも臨戦態勢へ

▶ いずれも偶発戦争のリスクを伴う対応だが,それによって強い決意を公然と表明

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行動の「不自由」と交渉力:Tying-hands

Send signal m

Don’t challenge

v1, 0 (現状維持)

Challenge

Don’t fight

−m1, v2 (撤回・宥和)

Fightp1v1 − c1, p2v2 − c2 (戦争)S1S1 S2

最後の最後で「戦争回避を選びそう」だから信用されない!「片方はコストが高過ぎて選べない」状況にしてしまえばいい!

James D. Fearon. 1997. “Signaling Foreign Policy Interests: Tying Hands versus Sinking Costs.” Journal ofConflict Resolution 41(1): 68–90.Note:Payoffs are normalized to zero.

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私的情報の信憑性のある伝達: Tying hands/audience cost

Tying hands

▶ 「手を縛ることによる意図の伝達 (tying-hands signals)」≡ コミットメントを撤回した際に (事後) コストが生じる状況を作り出すことで,コミットメントの信憑性を確保すること

▶ 主要な手段は,国内外の観衆費用 (audience cost)▶ 観衆費用 ≡ コミットメントの撤回によって被る政治的コスト▶ 国内観衆費用 (domestic audience cost): 有権者の支持,選挙結果,野党の批判,軍部の信任

▶ 国際観衆費用 (international audience cost): 国家・政府の国際的威信・評判,政治家個人の威信,将来における信憑性の喪失

ポイント

▶ 事前のコスト (ex ante) はかからないが,コミットメントを撤回すれば事後(ex post) コストが生じる

▶ コミットメントを撤回すれば事後 (ex post) コストが生じる状況に自らを追いやり,撤回という選択肢を封じてしまう

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私的情報の信憑性のある伝達:Tying hands/audience cost

Send signal m

Don’t challenge

v1, 0 (現状維持)

Challenge

Don’t fight

−m1, v2 (撤回・宥和)

Fightp1v1 − c1, p2v2 − c2 (戦争)S1S1 S2

観衆費用の論理

▶ S1 は,(威嚇の) コミットメントを撤回すれば −m1 の利得を得る▶ S1 は,(威嚇の) コミットメントを実行すれば p1v1 − c1 の利得を得る▶ p1v1 − c1 > −m1になるよう観衆費用 (m1) を掻き立てれば,信憑性のある意図の伝達 (ここでは威嚇) ができる

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Tying-hands signals の事例としてのキューバ危機 (1962)

FLS/ https://www.jfklibrary.org

▶ テレビ演説,国連での問題化▶ 同盟国・友好国への特使・親書送達▶ 瀬戸際外交と同時に,事態を公然下させることで,国内的・国際的観衆費用を伴う状況を作り出す

▶ 類似の事例:“This will not stand. Thiswill not stand, this aggression againstKuwait” (G. Bush, 1990)

▶ 好対照の事例:朝鮮戦争時における中国による米国への威嚇と抑止の失敗 (前回講義,FLS)

▶ 同盟と駐留軍 (Schelling の「仕掛け線」論)

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「抑止」力,「防衛」力,威嚇の信憑性

Schellingの「仕掛け線 (trip-wire)」論:「抑止」力と「防衛」力[トルーマン] 政権が,議会に対して米軍の欧州における平時駐留の承認を要請した際,以下のような議論が明示的になされた.すなわち,米軍兵力は優位に立つソ連軍に対して [西欧を] 防衛するために配備されるのではなく,西欧に対するいかなる攻撃に対してもアメリカが自動的に関与することを,ソ連に確信させるために配備される (Schelling 1966: 47, 訳文は中西・石田・田所: 150 修正)

[戦略的な脅しの] 目的は,事̇前̇に̇抑止することであって,事̇後̇的̇に̇復讐することではない.脅しに信憑性を付与するためには,脅しを実行しなければならないこと,またはそうするインセンティヴが自分にあること [,]もしくは実行しなければ懲罰が自分に科せられるので,そうせざるをえないことを証明しなければならない.ヨーロッパにアメリカが軍隊を「トリップ・ワイヤー (trip wire)」として駐留させているのは,(中略) ヨーロッパで戦争が起こればアメリカが必ず参戦すること,つまり,コミットメントからの逃亡が物理的に不可能であることをソ連に確信させるためである (シェリング2008[1960]: 195)

▶ 駐留米軍は,軍事的な力 (防衛力) ではなく政治的な力 (抑止力)▶ 駐留米軍という「仕掛け線」の存在が,威嚇と約束に信憑性をもたせる

▶ 敵対国に対しては,共同防衛の威嚇に信憑性をもたせる▶ 同盟国に対しては,共同防衛の約束に信憑性をもたせる▶ 後々扱う「同盟のジレンマ」と関連

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行動の「不自由」と交渉力:埋没費用

Send signal m

Don’t challenge

v1 −m1, 0 (現状維持)

Challenge

Don’t fight

−m1, v2 (撤回・宥和)

Fightp1v1 − c1 −m1, p2v2 − c2 (戦争)S1S1 S2

最後の最後で「戦争回避を選びそう」だから信用されない!実際にコストを払ってみせればいい (狼だからこそ,羊には負担できないこれだ

けのコストを既に負担すればいい)!

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私的情報の信憑性のある伝達:埋没費用

埋没費用 (sunk cost)

▶ 「埋没費用による意図の伝達 (sunk-cost signals)」≡ 武力行使に至る/至らないを問わず発生する費用 (事前コスト ex ante cost) を支払ってみせることで,コミットメントの信憑性を確保すること

▶ 典型例:軍の動員・部隊の展開

ポイント

▶ 「事前コストは発生しないが,事後コストが発生する状況を作り出す」ことで意図を伝達する tying-hands signals とは対照的

▶ 埋没費用によるシグナルでは,決意が高くなければ負担しないであろう「武力行使をするか否かを問わず発生するコストを支払う」ことで,他者に意図を伝達する

▶ 「事前コストの支払い」によって,▶ 実際に武力を行使する際に追加的に払うコストを下げてしまう▶ 武力行使への決意の強さ,当該係争の重要性を伝達する

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私的情報の信憑性のある伝達:埋没費用

Send signal m

Don’t challenge

v1 −m1, 0 (現状維持)

Challenge

Don’t fight

−m1, v2 (撤回・宥和)

Fightp1v1 − c1 −m1, p2v2 − c2 (戦争)S1S1 S2

埋没費用の論理

▶ S1 は,(威嚇の) コミットメントを撤回しても実行しても,m1 を負担しなければならない

▶ S2 が譲歩しても (挑戦してこなくても),S1 はm1 を負担しなければならない

▶ 危機の推移を問わず発生する埋没費用 (m1) を事前に支払ってみせることで,信憑性のある意図の伝達 (ここでは威嚇) ができる

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埋没費用の事例としてのキューバ危機 (1962)

FLS/ https://www.jfklibrary.org

▶ 米国は,陸海空軍の部隊を展開し,国内の警戒体制も引き上げ

▶ さらに海軍による海上封鎖も展開▶ 類似の事例:

▶ 湾岸戦争に際するペルシャ湾への米艦隊派遣 (1991)

▶ 第三次台湾海峡危機における米艦隊派遣(1995–1996)

▶ シリア内戦に際する地中海への米艦隊派遣(2013)

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私的情報の信憑性のある伝達:「処方箋」と「副作用」

3つの「処方箋」

▶ 瀬戸際外交・「手を縛る」・埋没費用▶ 実際の政策は異なるが,背後にある論理は同一

=⇒ 「他のタイプと峻別可能なコスト」を,「相手が観察可能な形で」負担してみせる (あるいは,負担せざるお得ない状況に自分自身を追い込む)

▶ モデルの「ありがたみ」▶ 3つの「処方箋」はいずれも「理念型」▶ 現実の国際政治では,3つの手法が混合されて用いられる (あるいは,1つの動きにいくつかの側面/働きがある)

▶ 例:ここまで触れたキューバ危機の側面・解釈

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私的情報の信憑性のある伝達:「処方箋」と「副作用」「副作用」

▶ いずれの意図の伝達方法も,なんらかの「コスト」を用いて意図を伝達 (情報の不確実性を払拭) する試み

▶ 同時に,「処方箋」自体が,緊張を高め戦争を誘発する恐れもある▶ (コミットメントの信憑性を高める手段はすべて,) 交渉の行き詰まりや破綻の可能性を生み出してしまう危険性をもっている.なぜなら,相手が譲歩できる限界以上のものを絶対に譲れない要求として出してしまうかもしれないからである (シェリング 2008[1960]: 29)

▶ 例:瀬戸際外交による偶発的戦争,「相手が譲歩できない点」への tying-handsによるロックイン

情報の不確実性の直接効果と間接効果

1 直接的には,交渉可能領域の範囲やリスクとリターンのトレードオフ,誤認させる誘因を通して,戦争を惹起し得る

2 間接的には,不確実性を払拭しようとする主体の試み自体が,戦争を惹起し得る

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戦争の交渉モデル:コミットメント問題

交渉論における戦争原因は,3つに分類できる

1 情報の問題 (information/informational problem)2 コミットメント問題 (commitment problem)3 争点の分割不可能性 (issue individuality)

問題

▶ 情報の問題と不確実性:情報の不確実性が戦争につながり得る.いくつかの方法によって,私的情報を伝達できる可能性もある

▶ 問い:では,情報の不確実性を払拭できれば (完全完備情報 perfect andcomplete information ならば),戦争は「必ず」回避されるのか? たとえば,「将来の有利不利」を考えた場合は?

▶ 回答:交渉可能領域の範囲・位置について情報の不確実性が存在しなくても,交渉は失敗し得る

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戦争の交渉モデル:コミットメント問題

コミットメントとコミットメント問題

▶ 広義のコミットメント ≡ 自らの将来行動の事前予告▶ 狭義のコミットメント ≡ その内,信憑性 (credibility) のあるもの

▶ コミットメント = {威嚇型, 約束型 }▶ コミットメント問題 ≡ 何らかの要因で将来生じる自らの優位を背景に,「相手に譲歩を迫らないという約束の信憑性」を確保することが困難なために,戦争 (交渉の失敗) が生じる

▶ (多くの場合) 情報の問題では威嚇の信憑性,コミットメント問題では約束の信憑性が問題になる

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意図の伝達と同意の確保:強制と安心供与 (再掲)

強制外交 (coercive diplomacy)

▶ 相手にとって好ましくない事態をもたらす行動 (e.g., 武力行使) をとるという威嚇 (threats) によって,自らに好ましい帰結をもたらす行動 (e.g., 武力行使の自制) の選択を相手に迫ること

▶ 抑止 (deterrence):上記の意味での威嚇によって,他国に特定の行動をとることを思いとどまらせること (現状の維持)

▶ 強要 (compellence):上記の意味での威嚇によって,他国に特定の行動を強いること (現状の変更)

▶ 成功した強制は,武力の「行使」を伴なわない!▶ しばしば,強要は抑止よりも困難 (R. Jervis, T.C. Schelling)

安心供与外交 (reassurance diplomacy)

▶ 相手にとって好ましくない事態をもたらす行動 (e.g., 防衛義務の反故) を自制するという約束 (promises) によって,自らに好ましくない行動 (e.g., 寝返り) の選択の再考・自制を,相手に求めること

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戦争の交渉モデル:コミットメント問題

2つの「合意」の必要性

1 係争対象の財を,どのような水準で配分するかという合意 (e.g., (0.5, 0.5)なのか (1, 0)なのか)

2 一旦合意した財の配分水準を,将来において覆さないという合意 (約束型のコミットメント)

根本的な問題

▶ 国際システムのアナーキー性故に,自動的な/強制的なコミットメントの履行は期待できない (合意は,それが近郊になる場合にのみ維持・執行される)

▶ 2つの「合意」と誘因:(1) ある主体がある時点 t1においてある財の配分水準に合意し,それを遵守する誘因をもっていたとしても,(2) 次の時点 t2では配分水準の合意・約束を反故にする誘因 (incentives to renege on prioragreements) をもつかも知れない

▶ 関係主体がこの構図を理解していれば,「分かり切っている将来の不安」のために,今日の交渉が失敗する可能性が生じる (完全完備情報の交渉ゲーム)

伊藤 岳 (Univ Toyama) 国際関係論 June 28, 2018 30 / 55

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戦争の交渉モデル:コミットメント問題

コミットメント問題の類型

1 力の源泉を巡る交渉 (bargaining over a source of future power)例 軍事的要衝,大量破壊兵器

2 勢力バランスの急激な変動と予防戦争 (preventive war)▶ パワー・シフト

3 先制攻撃/攻撃の優位 (first-strike advantage/preemptive war)例 奇襲攻撃の優位性

伊藤 岳 (Univ Toyama) 国際関係論 June 28, 2018 31 / 55

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コミットメント問題:力の源泉を巡る交渉

問題の構図

▶ 現在における係争解決の合意が,将来における S1 と S2 の間の勢力バランスに影響を与える

▶ 「今日」交渉による係争解決に合意 (x, 1 − x) が可能でも,勢力バランスが変われば,将来その合意が反故にされるかも知れない

=⇒ 「今日の合意」が「明日の (自らの) 不利」につながる可能性▶ 数式で表現すれば,t − 1期の配分 (xt−1, 1 − xt−1)が,w1t = p(xt−1) − c1のように,t期の戦争の期待利得を規定する状態

伊藤 岳 (Univ Toyama) 国際関係論 June 28, 2018 32 / 55

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コミットメント問題:力の源泉を巡る交渉

問題の構図 (承前・補足)

▶ 数式で表現すれば,t − 1期の配分 (xt−1, 1 − xt−1)が,w1t = p(xt−1) − c1のように,t期の戦争の期待利得を左右する状態

▶ つまり,「パイ」の配分が xのとき,S1 は p(x)の確率で勝利する▶ 他方,S2 の勝利確率は p2 ≡ 1 − p(x)

▶ ただし,今日の交渉によるパイの配分が,明日の勢力バランスを「急激に」変動させる場合のみ戦争が生じ得る (Fearon, 1996; Powell, 2006)

▶ 「徐々に」変動させるにとどまるなら,「サラミ戦術 (salami tactics)」による勢力バランスの変動・「パイ」の逐次的な再配分が生じるのみ (Fearon, 1996)

▶ 厳密に言えば,xの変動について “continuous” (「徐々に」) と“discontinuous” (「急激に」) いずれを仮定するかということ

▶ 教科書の FLSでは,この点がやや不明瞭なので注意

伊藤 岳 (Univ Toyama) 国際関係論 June 28, 2018 33 / 55

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コミットメント問題:力の源泉を巡る交渉

t+ 1 期における交渉可能領域

t 期における交渉可能領域

0S2 の理想点

1S1 の理想点

p(xt−1)− c1 p(xt−1) + c2

p(xt)− c1 p(xt) + c2

典型例

▶ 軍事的な要衝地を巡る領土紛争 (e.g., 第三次中東戦争におけるゴラン高原)▶ 地下資源・経済発展の基礎となる領土を巡る領土紛争 (e.g., ラインラント)▶ 大量破壊兵器 (weapons of mass destruction, WMD) 開発計画の継続・破棄

(e.g., 北朝鮮,イラン,リビア)=⇒ いずれも交渉の帰趨が「明日」の勢力バランスを「劇的に」変える可能性

伊藤 岳 (Univ Toyama) 国際関係論 June 28, 2018 34 / 55

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力の源泉を巡る交渉:軍事的要衝を巡る紛争

http://www.globalsecurity.org

▶ 第三次中東戦争 (六日戦争, 1967年) におけるゴラン高原の攻防

▶ 軍事的な要衝としてのゴラン高原▶ 1967年 5月エジプトがシナイ半島に地上部隊を展開,さらにエジプトの要求もあり第一次国際連合緊急軍撤退

▶ 1967年 6月,イスラエル軍の攻撃により開戦.6日間の戦闘でほぼ勝敗が決する

▶ ゴラン高原はイスラエルが占領.他方,アラブ側との戦闘継続

▶ 国連 PKO (国連兵力引き離し監視軍UNDOF) の展開と「安定」

伊藤 岳 (Univ Toyama) 国際関係論 June 28, 2018 35 / 55

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力の源泉を巡る交渉:大量破壊兵器開発を巡る交渉

https://www.cagle.com/

▶ 朝鮮半島核危機▶ イランの核兵器開発問題▶ リビアの大量破壊兵器開発問題▶ 米国・西側との交渉:一部の国家についての交渉の失敗・戦争の生起と,一部の国家についての交渉の継続

▶ 争点としての「体制の保証」の約束

伊藤 岳 (Univ Toyama) 国際関係論 June 28, 2018 36 / 55

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力の源泉を巡る交渉:大量破壊兵器開発を巡る交渉

 制裁措置を受けることを半ば織り込んで核実験やミサイル発射で危機を演出.時期を捉えて米国との協議に応じ,従順ともいえる態度を示して見せ,ある時から一転,再び挑発に出る——.瀬戸際戦術を繰り返す北朝鮮の狙いは一貫している. 朝鮮半島で 1950年に始まった朝鮮戦争はなお国際法上は「終戦」に至っておらず,米朝は今も 53年に署名した休戦協定に基づく「敵国」の関係にある.北朝鮮が切望するのは,朝鮮戦争を終息させ,米国に不可侵を約束させて独裁体制への「保証」を得ることだ. だが,折から世界では,独裁体制への「保証」獲得が容易でないことを裏付ける動きが続く.中東民主化の波「アラブの春」の後,エジプトやリビアの独裁政権は崩壊.シリアのアサド政権も今,米欧の圧力の前に瓦解寸前の状態になった. こうした国々と北朝鮮との決定的な差が核・ミサイル技術だ.米本土にも影を伸ばす北朝鮮の脅威は,米国を直接交渉に誘う装置として機能しているのだ.

「北朝鮮、『核保有』で次は体制保証へ米と対話も」『日本経済新聞』2013 年 2 月 13 日

伊藤 岳 (Univ Toyama) 国際関係論 June 28, 2018 37 / 55

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力の源泉を巡る交渉:大量破壊兵器開発を巡る交渉

 米国のマイク・ポンペオ(Mike Pompeo)国務長官は 11日、北朝鮮が「完全で検証可能かつ不可逆的な非核化」に着手するならば、同国に「他に類を見ない」安全を保証する用意があると言明した。 歴史的な米朝首脳会談を翌日に控え、ポンペオ国務長官は事前交渉が予想以上に速やかに進展したと明かした。 その上でポンペオ氏は、「非核化は、北朝鮮にとって悪い結末をもたらすものではないどころか、その正反対で、北朝鮮の人々のため明るくより良い未来に導くものであると北側が安心感を得られるよう、十分な確実性を提示するための行動を起こすつもりだ」と述べた。「米国務長官、北が非核化すれば安全保証の用意ありと言明」『AFP』2018 年 6 月 11 日

伊藤 岳 (Univ Toyama) 国際関係論 June 28, 2018 38 / 55

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コミットメント問題:勢力バランスの急激な変動と戦争

問題の構図

▶ 現在における係争解決の合意が,将来における S1 と S2 の間の勢力バランスに影響を与える

▶ 「今日」交渉による係争解決に合意 (x, 1 − x) が可能でも,勢力バランスが変われば,将来その合意が反故にされるかも知れない=⇒「今日の合意」が「明日の (自らの) 不利」につながる可能性 (ここまでは先ほどと同じ)

▶ 「今日の交渉結果」だけでなく,外生的要因によっても,勢力バランスの急激な変動 (パワー・シフト power shift) が生じ得る

予防戦争の類型

▶ 「強者の予防戦争」:現在優位に立つが,他主体の台頭・勢力バランス逆転を予見する主体による予防戦争 (e.g., 普仏戦争,WWI)

▶ 「弱者の予防戦争」:現在劣位に立ち,かつ将来においてより大きな譲歩を求められることを予見する主体による予防戦争

伊藤 岳 (Univ Toyama) 国際関係論 June 28, 2018 39 / 55

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コミットメント問題:勢力バランスの急激な変動と戦争

t+ 1 期における交渉可能領域

t 期における交渉可能領域

0S2 の理想点

1S1 の理想点

p1 − c1 p1 + c2

p1 −∆p− c1 p1 −∆p+ c2

パワー・シフトに伴う選好の変容とその効果

▶ シフト前 (t期):S1, S2 いずれにとっても「交渉による解決」⪰「戦争による解決」

▶ シフト後 (t + 1期):優位になった S2 にとって「戦争による解決」≻「t期の合意の遵守」

▶ 劣位になることを予見する S1は,(1)「t期の交渉による解決の利得×1」+「t + 1期の戦争の期待利得 ×1」と,(2)「t期の戦争の期待利得」×2を比べ,(2) の方が大きければ,t期での予防戦争に訴える誘因をもつ

伊藤 岳 (Univ Toyama) 国際関係論 June 28, 2018 40 / 55

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コミットメント問題:ゲームの構造

Wait

2(p1 − c1),2(p2 − c2)

Attack 1

0

Propose x

Reject

2q,2(1− q)

Accept

q + x,1− q + 1− x

Attack q + p1 −∆p− c1,1−q+p2+∆p−c2

S1 S1 S2

パラメータ

▶ 外生的要因によるパワー・シフトを想定 (S2 に有利な変動)▶ ∆p ∈ (0, p1]は「パワー・シフトの大きさ/急激さ」▶ p1は S1の t期の勝利確率,p2 ≡ 1 − p1は S2の t期の勝利確率, ciは Siの戦争コスト, (q, q − 1)は現状の利得配分

▶ q ∈ [p1 − c1, p1 + c2]と仮定 (「今日の合意」はできている)▶ 上の例に照らすと,S1 の最初の手番が t期,それ以降が t + 1期

伊藤 岳 (Univ Toyama) 国際関係論 June 28, 2018 41 / 55

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信憑性の「ない」威嚇 (再掲,これにパワー・シフトを入れる)

交渉可能領域

0

S2 の理想点

1

S1 の理想点

qp1p1 − c1 p1 + c2

S1 の戦争の期待利得

S2 にとって交渉 ≻ 戦争の範囲

S2 の戦争の期待利得

S1 にとって交渉 ≻ 戦争の範囲

Case 1

▶ 状況:1 − q ≥ p2 − c2 ⇐⇒ q ≤ p1 + c2: S2 にとって,現状 ⪰ 戦争▶ 均衡:S1 は最適提案 x∗ ≡ q (あるいは x ∈ [q, 1]) を提案し,S2 は x ≤ qならば受諾 (“Accept”), x > qならば拒否 (“Reject”)

▶ 解釈:現状維持.S2 の利得が現状よりも悪化する結果につながる武力による威嚇 (“Attack”の選択肢) には信憑性がなく,S1から譲歩を引き出せない

伊藤 岳 (Univ Toyama) 国際関係論 June 28, 2018 42 / 55

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コミットメント問題:均衡

生じ得る結果と利得の解釈

1 予防戦争:t期に S1 が戦争に訴えた場合,そこで確定した利得が 2回獲得できるので,(2(p1 − c1), 2(p2 − c2))の利得ベクトル

2 現状維持:t期に S1 が戦争に訴えず,かつ t + 1期に S2 が提案 xを拒否した場合,現状の利得が 2回獲得できるので,(2q, 2(1 − q))の利得ベクトル

3 パワー・シフト後の平和的現状変更 (交渉による解決):t期に S1 が戦争に訴えず,かつ t + 1期に S2 が提案 xを受諾した場合,現状の利得と変更後の利得を 1回ずつ獲得できるので,(q + x, 1 − q + 1 − x)の利得ベクトル

4 パワー・シフト後の戦争:t期に S1 が戦争に訴えず,かつ t + 1期に S2 が戦争に訴えた場合,現状の利得とパワー・シフト後の戦争の利得を 1回ずつ獲得できるので,(q + p1 − ∆p − c1, 1 − q + p2 + ∆p − c2)の利得ベクトル

伊藤 岳 (Univ Toyama) 国際関係論 June 28, 2018 43 / 55

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コミットメント問題:均衡

1

∆p

0

No revision

Preventive war

Peaceful revision

∆p = −q + p1 + c2

∆p = q − p1 + 2c1 + c2

p1 p1 + c2p1 − c1Status Quo, q

c1 + c2

Sizeof

pow

ershift,∆p

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コミットメント問題:均衡

均衡クラス

1 現状維持均衡:∆p ≤ −q + p1 + c2 のとき2 平和的現状変更均衡:∆p > −q + p1 + c2 かつ ∆p ≤ q − p1 + 2c1 + c2 のとき3 予防戦争均衡:∆p > −q + p1 + c2 かつ ∆p > q − p1 + 2c1 + c2 のとき

補足 ∆p はパワーシフトの上限値 (∆p ≡ p1)Kydd. International Relations Theory, Chap. 5

伊藤 岳 (Univ Toyama) 国際関係論 June 28, 2018 45 / 55

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コミットメント問題:均衡現状維持均衡の考え方

▶ 発想:パワー・シフト後,S2 は (1) 現状を受け入れ (“reject”を選択) て 2(1 − q)の利得を得るか,(2) 戦争に訴えて 1 − q + p2 + ∆p − c2 の利得を得ることのいずれが「得」かを考える

▶ S1 は,S2 が (1) と (2) いずれを選好するかを踏まえ,自分 (S1) の利得を最大化できる xを提案する (S2 の選好に合わせ xを設定する)

▶ 計算:S2 にとって戦争 ≻現状維持の条件を求める (図の青線の関数)1 − q + p2 + ∆p − c2 = 1 − q + 1 − p1 + ∆p − c2 > 2(1 − q) (1)2 − q − p1 + ∆p − c2 > 2 − 2q

∆p > p1 + c2 − q (2)

▶ (2) 式が成り立たないとき,つまり ∆p ≤ −q + p1 + c2 ならば S2 はパワー・シフト後にも現状維持を選好する (青線の下の領域)

▶ S2 の最適戦略:x ≤ q ならば “accept,” それ以外ならば “reject”▶ S1 の最適戦略:第 1の手番では “wait,” 第 2の手番では x∗ ≡ q▶ 仮定 q ∈ [p1 − c1, p1 + c2]より 2q ≥ 2(p1 − c1)なので,予防戦争より現状維持の方が S1 にも「得」.また,2(p1 − c1) > q + p1 − ∆p − c1

伊藤 岳 (Univ Toyama) 国際関係論 June 28, 2018 46 / 55

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コミットメント問題:均衡

(2) 式が成り立つときの S1 の最適行動の求め方 (1)

▶ 発想 (1):S1 は,前スライドで考えた S2 の最適行動を踏まえ,自分の利得を最大化できる xの水準を考える

▶ 計算:(2) 式が成り立つとき,S2 はパワー・シフト後には現状変更を選好する (青線の上の領域)

▶ このとき,S2 は 1 − xを受諾することによって戦争の期待利得以上の利得が得られれば xを受諾するが,そうでなければ “attack”を選択し戦争に訴える

▶ そこで,S2 の行動が分かれる水準を計算する1 − q + 1 − x ≥ 1 − q + p2 + ∆p − c2 = 1 − q + 1 − p1 + ∆p − c2 (3)

1 − x ≥ 1 − p1 + ∆p − c2

x ≤ p1 + c2 − ∆p (4)

▶ (4)式が成り立つとき,S2 は “attack”を選択する誘因をもたない

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コミットメント問題:均衡

(2) 式が成り立つときの S1 の最適行動の求め方 (1) 承前

▶ したがって,S1 は 2つ目の手番 (xを提案する手番) において x∗ ≡ p1 + c2 − ∆pを提案することが最適行動

▶ 「S2 の取り分は,S2 の戦争の期待利得と同じ (1 − x∗)」とすれば,S1 は自分の利得を最大化できるから

▶ 1 − x∗ = 1 − (p1 + c2 − ∆p) = 1 − p1 + ∆p − c2 = p2 + ∆p − c2▶ つまり,S2 も x∗ を受諾すれば「パワー・シフト後の戦争の期待利得」を得られるため,わざわざ戦争に打って出る誘因をもたない

▶ S2 の最適戦略:x ≤ p1 + c2 − ∆p ならば accept, それ以外ならば attack▶ 後出の表の通り,S2 の最適戦略は平和的現状変更均衡でも予防戦争均衡でも同一

伊藤 岳 (Univ Toyama) 国際関係論 June 28, 2018 48 / 55

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コミットメント問題:均衡

(2) 式が成り立つときの S1 の最適行動の求め方 (2)

▶ 発想 (2):続いて,前スライドまでの発想 (1) を踏まえ,パワー・シフト前の予防戦争とパワー・シフト後の平和的現状変更のいずれが「得」か考える

▶ 計算:S1 が予防戦争に訴えるのは,パワー・シフト前の予防戦争 ≻パワー・シフト後の x∗ による平和的現状変更のとき (図の赤線の関数)

2(p1 − c1) > q + x∗ = q + p1 + c2 − ∆p (5)∆p > q − p1 + 2c1 + c2 (6)

▶ (6)式が成り立つとき,S1 は最初の手番で “attack”を選択する (予防戦争に打って出る) 誘因をもつ

▶ つまり,パワー・シフトが「大き過ぎる」ときには (赤線の上の領域),予防戦争の方が「得」なので,S1 は最初の手番で “attack”を選択する

▶ 他方,パワー・シフトが「(小さくはないが) 大き過ぎない」のとき (青線と赤線の間の領域),S1 は平和的現状変更の方が「得」なので,最初の手番で S1 が予防戦争を起こすことはない

▶ S1 の最適戦略:次 2スライドの表を参照

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コミットメント問題:部分ゲーム完全均衡と条件 (1)

均衡クラス 現状維持均衡

S1 の戦略 1 つ目の手番では “wait” を選択2 つ目の手番では x∗ = q を提案

S2 の戦略 x ≤ q ならば accept, それ以外ならば reject条件 ∆p ≤ −q + p1 + c2

結果 (交渉による) 現状維持(S2 は x = q を受諾するので,利得配分はそのまま)

直感的な解釈 パワー・シフトが小さく,「何も起こらない」

均衡クラス 平和的現状変更均衡

S1 の戦略 1 つ目の手番では “wait” を選択2 つ目の手番では x∗ = p1 + c2 − ∆p を提案

S2 の戦略 x ≤ p1 + c2 − ∆p ならば accept, それ以外ならば attack条件 ∆p > −q + p1 + c2 かつ

∆p ≤ q − p1 + 2c1 + c2

結果 平和的現状変更直感的な解釈 パワー・シフトはそれなりに大きいが,「まだ交渉で解決できる」

S1 はこの程度のパワー・シフトなら,それに合わせて S2 に譲歩する.S2 はパワー・シフト分の現状変更を x∗ を受諾することで得られるので,パワー・シフト後にも戦争に訴える誘引はない.

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コミットメント問題:部分ゲーム完全均衡と条件 (2)

均衡クラス 予防戦争均衡

S1 の戦略 1 つ目の手番では “attack” を選択2 つ目の手番では x∗ = p1 + c2 − ∆p を提案

S2 の戦略 x ≤ p1 + c2 − ∆p ならば accept, それ以外ならば attack条件 ∆p > −q + p1 + c2 かつ

∆p > q − p1 + 2c1 + c2

結果 予防戦争直感的な解釈 パワー・シフトが大き過ぎるので,S1 による予防戦争が生じる.

S2 はパワー・シフト分の現状変更を x∗ を受諾することで得られるので,パワー・シフト後にも戦争に訴える誘引はない.しかし,S1 はこれ程のパワー・シフトが生じるなら,それに合わせて S2 に譲歩するよりも,予防戦争の方がマシ.

▶ なお,S1 の戦略について,「(予防戦争均衡では) 回ってこないはずの 2つ目の提案する手番」のことまで考えている

▶ これは,部分ゲーム完全均衡の定義による (これを書かないと均衡を特定したことにならない)

▶ 講義スライドで置いた仮定の下では,「パワー・シフト後の戦争」という結果は,均衡では起こらない (均衡経路上にない) ことに注意

伊藤 岳 (Univ Toyama) 国際関係論 June 28, 2018 51 / 55

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コミットメント問題:先制攻撃の優位 (first-strikeadvantage)

S2 が先制攻撃の場合の交渉可能領域

S1 が先制攻撃の場合の交渉可能領域

0S2 の理想点

1S1 の理想点

ppreempts(1)

− c1 ppreempts(1)

+ c2

ppreempts(2)

− c1 ppreempts(2)

+ c2

問題の構図

▶ 軍事・兵器システムの特性・技術の特性上,先制攻撃 (first-strike,preemption) が優位になる場合

▶ 先制攻撃の優位性が十分大きければ,実質的に急激なパワー・シフトと同じ効果をもつ

▶ 特定の軍事・兵器システムの運用による先制攻撃が,相手側の軍事力を無効化するなど,圧倒的な効果をもつ場合

▶ 「先制攻撃をしない」という約束型のコミットメントの信憑性?▶ 解法 (?):「良い」核兵器論

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コミットメント問題:先制攻撃の優位 (first-strikeadvantage)

相手国の不安を掻き立てることなく,当該国の不安を払拭することはできないのか......リアリストは,潜水艦発射弾道ミサイルのように,当時の軍事技術をもってすれば必ずしも命中精度は高くないために,「報復のための兵器を確実に破壊することはできないものの,非戦闘員には十分な損傷を与えることのできる兵器」こそがそれに該当する,という議論を展開した.というのは,そのような性格を具備した兵器は,先制攻撃を自制するという約束の信頼性を損なうことなく,攻撃に対しては反撃するという威嚇に信頼性をもたらすと考えたからである.相手国の兵器 (先制攻撃に対する反撃に使用される「第二撃」兵器) を破壊することなく,人間 (都市の住民) だけを殺傷する兵器こそが,安全保障のディレンマを深刻化させないという意味において「良い兵器 (good weapon)」だ,とする倒錯に論理があるとすればこれである (Tucker 1960: 140).

副教本 中西・石田・田所本 159頁

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コミットメント問題:整理

約束型のコミットメントと交渉の失敗

▶ 3つの類型:力の源泉を巡る交渉,外生的要因によるパワー・シフト,先制攻撃の優位

▶ 具体的な状況は異なるが,背後にある論理は同一=⇒「将来,優位な立場を背景に現在以上の譲歩を迫らない」という約束の信憑性が,パワー・シフト (とアナーキー性) のため欠如

▶ 前提条件としての国際システムのアナーキー性と強制力の不在▶ 緩和条件としての第三国による介入 (third-party intervention) や国際制度,また兵器システムの「改善」

▶ しかしながら,介入それ自体も,新たなコミットメント問題や情報の問題を伴う可能性もある

▶ 当事者間の合意・約束が反故にされたとき,「本当に」第三国による介入が実行されるのか?

▶ 自国の兵士を犠牲にしてまで介入するのか?▶ 国内・国際政治状況が変わっても,コミットメントは変わらない?

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次回の内容と課題文献▶ 争点の分割不可能性,国内政治の役割▶ 課題文献 (必須):FLS (教科書) の第 3–4章▶ 副読本・論文 (推奨)

▶ 砂原・稗田・多湖,第 10 章▶ James D. Fearon. 1995. “Rationalist Explanations for War.” International

Organization 49(3): 379–414.▶ James D. Fearon. 1997. “Signaling Foreign Policy Interests: Tying Hands versus

Sinking Costs.” Journal of Conflict Resolution 41(1): 68–90.▶ 河野 勝.2001.「『逆第二イメージ論』から『第二イメージ論』への再逆転? 国際関係と国内政治との間をめぐる研究の新展開」『国際政治』第 128 号: 12–29.

▶ Kydd. Chaps.4–6▶ Robert Powell. 2002. “Bargaining Theory and International Conflict.” Annual Review

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伊藤 岳 (Univ Toyama) 国際関係論 June 28, 2018 55 / 55