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複雑構造材料の特性解析グループ

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  • 複雑構造材料の特性解析グループ

  • 細胞・組織内複雑構造システムのバイオメカニクス

    工学研究科機械理工学専攻 安達 泰治 Abstract: In the dynamics of intracellular structural system, complex interactions among biochemical and mechanical factors regulate many cellular functions such as cell adhesion and cytoskeletal reorganization. Although a lot of work has been done on cell biomechanical functions such as cell motility and division, much of them are concentrated on the molecular signaling processes involved, with little work reported on the contribution by mechanical factors such as stress and strain in the cytoskeletal systems. We therefore focused on the mechanical factors in the complex intracellular structural dynamics, and investigated the role of mechanical factors in the actin cytoskeletal dynamics from experimental and theoretical viewpoints. In this study, first we carried out experimental studies to explore the capability to control cell adhesions by using a fibronectin micro-patterned substrate for the osteoblast-like cell. Second, mechanical behaviors of a single actin filament were investigated through molecular dynamics simulations. These studies will be a step to understand a basic mechanism of cellular functions controlled by intracellular structural dynamics in conjunction with biochemical signaling factors in the cellular dynamics as a complex system. Key words: Cell biomechanics, Actin filament, Cytoskeleton, Molecular dynamics simulation

    1. はじめに

    接着性細胞は,細胞外の基質に対して,細胞膜上のインテグリン等の受容体を介して細胞外基質に接

    着し,細胞内外の力学的相互作用を媒介している.また,細胞内においては,アクチンストレスファイバー

    や微小管等の細胞骨格が,力学的平衡の下,ネットワーク構造を形成し,細胞の形態や機能に大きな影

    響を与えている.このような細胞内における力学的な構造システムは,常に複雑でダイナミックな過程にあ

    り,例えば,アクチンフィラメントは,重合と脱重合を繰り返しながら,動的に平衡な過程にある[1].このため,外部からの刺激や変形等の力学的入力は,細胞内の動的な平衡状態に影響を与える[2].

    これらの動的な細胞内の力学システム構築は,主としてタンパク等の生化学的な因子の複雑な相互作

    用の結果として達成されていることが容易に理解される.さらに,数 10μm 程度の微小な空間の中で,構造を構築するためのタンパク質や,それらのシグナルを制御する様々な生化学的な因子は,空間的な場

    を形成し,それらが,力学的な因子と相互作用していることが予想される.そこで本研究では,細胞内力

    学構造システムのダイナミクスにおける力学因子と生化学因子の相互作用から生み出される動的なシス

    テム構築の過程を明らかにするため,実験的検討および分子動力学シミュレーションによる検討を行う.

    2. マイクロパターン基板上におけるアクチン細胞骨格構造の変化 アクチン骨格細胞は,細胞の運動や分裂時にダイナミックにその構造が変化する.また,細胞周囲の

    力学環境の変化に起因する再構築が行われ,骨格構造が変化する[2].筆者らはこれまで,力学環境の変化に伴うアクチン骨格の再構築機構の解明を目指し,細胞内の張力の解放により再構築が開始され,

    アクチン構造の脱重合が引き起こされることを明らかにした[3].また,アクチンネットワークが形成される過程においても,張力の影響が示唆されている[4].一方,マイクロパターニング技術が,細胞の焦点接着斑の接着する領域を制限し,細胞の形状や大きさを制御するために有効であることが報告されている[5].焦点接着斑は,アクチンフィラメントと結合していることから,焦点接着斑分布の変化は,細胞骨格の形態

    と機能に変化を引き起こすと考えられる.ここでは,焦点接着斑の空間的パターン制御がアクチンの重合

    過程に及ぼす影響を検討するため,細胞接着因子であるフィブロネクチンのマイクロパターニング技術を

    用い,パターン上の細胞内におけるアクチン重合過程の観察を行った[6].また,それらをパターン制御の有無で比較し,焦点接着斑の分布とアクチン骨格形成の関係について考察した.

    2.1 観察材料の作成方法および実験方法 実験手順の概略図を Fig.1 に示す.まず,骨芽細胞様細胞に対して,アクチン重合阻害剤である Cytochalasin D を添加し,アクチン構造を一旦脱重合させる.その後,通常培地中にて培養することで,アクチン構造の再形成過程を経時的に観察する.この形成過程に

    ついて,フィブロネクチンパターニングの有無による比較を行った. 2.1.1 細胞培養の条件 本実験では,理研 BRC より入手した骨芽細胞様細胞 MC3T3-E1 を用いた.この細胞を,α-MEM に 0.7%抗生物質(ampicillin 12.8 mg/ml,streptomycin 40 mg/ml),10%FBS を加えた培地を使用し,温度 37℃,湿度 100%,5% CO2-95%Air の環境下で培養した.実験には,直径 35 mm のガラスボトムディッシュに細胞を 2.0×104cells/dish の密度で播種し,6 時間培養したものを用いた.

  • 2.1.2 マイクロパターンの作成 本実験では,フィブロネクチンマイクロパターニングの作成のために,PDMS-stamp を使用した.スタンプ形状とマイクロパターンの作成概要を Fig.2 に示す.このスタンプは,等間隔に長方形が転写された形状を有している.ここでは,20μm×1.5μm,間隔 4.0μm の長方形が並んだスタンプを使用した.これを用いて,25μg/ml フィブロネクチンと Fibrinogen Alexa 546 conjugate の混合液(Protein Solution)をディッシュにスタンプすることで,長方形の細胞接着領域が形成されるとともに,パターンを蛍光観察することが可能となる.スタンプ後,焦点接着斑の形成阻害剤である Poly-L-Lysine- graft-Poly Ethylene Glycol (PLL-g-PEG,1mg/ml in 10mM Hepes buffer)でディッシュをコーティングすることで,スタンプした部分のみを細胞接着領域とした. 2.1.3 アクチンの再重合過程の観察 複数の細胞を対象にパターニングの有無による再重合過程の傾向を観察する.予め通常培養した細胞において,50μM Cytochalasin D により脱重合処理後,アクチン再形成開始から特定時間の経過ごとに 3%パラホルムアルデヒドを用いて細胞を固定した.その後,1%Triton-X による脱膜処理を施し,蛍光色素である Alexa488-Phalloidin でアクチンファイバーを染色して観察を行った.なお,観察には共焦点レーザー走査蛍光顕微鏡(LSM510, Zeiss)を用いた.

    Fig.1: Observation of actin re-assembling process

    2.2 実験結果 アクチン再重合時間の各経過時点におけるアクチンファイバー構造の蛍光画像の例をパターンの有無で分けて,Fig.3 にそれぞれ示す.また,脱重合前の観察画像を合わせて示す.ここで,脱重合処理後,通常培地に入れ替えた時点を t = 0 min と設定した.まず,脱重合前のパターン上の細胞において,アクチンフィラメントの先端がパターン上で観察され,多くの細胞が長方形パターンの長手

    方向に配向していることが確認された.また,細胞内の多くのアクチンファイバーも,同様に配向していた.

    パターンがない場合の細胞は,細胞形状の特定方向への配向は観察されず,内部のアクチンファイバー

    は任意の方向を向いている.これより,細胞形状およびアクチン骨格の配向性はパターンにより制御でき

    ることを確認した. 次に,時刻 t = 5 min において,パターン上の細胞内のファイバー構造は,Fig.3(b)に示すように,ほぼ

    脱重合されたままであるが,細胞輪郭部付近の線維がやや太くなっている.パターンがない場合では,ア

    クチンファイバーのネットワーク構造は細胞全体で観察されない.さらに,Fig.3(c)に示す時刻 t = 30 minにおけるパターン上の細胞では,細胞輪郭線に沿ったアクチンファイバー構造が細胞中央へ向かって形

    成され,輪郭部の線維もさらに太くなっている.これに対し,パターンがない場合は,ファイバー構造が輪

    郭部付近でわずかに形成されている. この後,再重合時間が進むにつれ,両者とも,細胞の周囲から中央へ向かい,アクチンファイバー構造

    が徐々に増加していく様子が観察された.Fig.3(d)に示す時刻 t = 60 min におけるパターン上では,中央部までファイバーの形成された細胞が多く観察された.また,Fig.3(f)に示す時刻 t = 120 min では,両者とも脱重合処理前と同様に,細胞の形状に沿ったファイバー構造が細胞中央部にまで確認できる.その

    中でもより太い線維は,パターン上ではパターンの長手方向に配向しており,パターンのない場合は任意

    の方向を向いている. そこで,細胞形状を楕円近似し,その楕円の長軸と長方形パターンの長手方向(画像の鉛直方向)との

    なす角度の分布を−90°から 90°の範囲で算出したところ,パターン上の細胞では−24.0°から 52.3°(n = 23),パターンがない場合の細胞では−84.8°から 88.8°(n = 20)の範囲で分布し,特にパターン上では,0°前後の細胞が多く確認された.これより,パターン上において,主要な線維は,再重合後もパターンの方向に配向性を有していることが示された.これらの結果から,アクチンファイバーは,パターンに依存し

    て形成されることが示された.

    Fig.2: Procedure of fibronectin micro-pattering

    PDMS-stamp

    glass

    (2) Dry stamp bynitrogen stream

    (4) Backfill with PLL-g-PEG

    PDMS-stamp

    glass(3) Put stamp on glass

    bottom dish

    PDMS-stamp

    (1) Incubate stamp withprotein solution

    Protein solutionlw

    d・・・

    ・・・

    ・・・

    ・・・

    d・・・

    l = 20 μmw = 1.5 μmd = 4.0 μm

    Schematic of PDMS stamp

    PLL-g-PEGProtein solution

    PDMS-stampPDMS-stamp

    glassglass

    (2) Dry stamp bynitrogen stream

    (4) Backfill with PLL-g-PEG

    PDMS-stampPDMS-stampPDMS-stamp

    glass(3) Put stamp on glass

    bottom dish

    PDMS-stampPDMS-stamp

    (1) Incubate stamp withprotein solution

    Protein solutionlw

    d・・・

    ・・・

    ・・・

    ・・・

    d・・・

    l = 20 μmw = 1.5 μmd = 4.0 μm

    Schematic of PDMS stamp

    PLL-g-PEGProtein solution

  • 2.3 考察 Fig.3 の四角で囲んだアクチンフィラメントの先端部分 20μm×20μm の領域 A および B を拡大して Fig.4 に示す.細胞の焦点接着斑は,アクチン骨格構造の先端付近に形成される[7]ことから,図のパターン上では,フィブロネクチンと細胞外基質接着タンパクであるインテグリンが結合し,それらが高密

    度で分布していると考えられる.したがって,パターン上の細胞においては,そこからのアクチン重合が促

    進され,パターンが無い場合よりも早い段階でファイバー構造が形成されたと考えられる.また,その結果

    としてファイバーが太くなり,かつパターンに依存した,配向性を有する主要な線維が形成されたと考えら

    れる.一方,パターンが無い場合における再重合後の細胞の形状やアクチンファイバーには,特定方向

    への配向性は確認されないことから,本来,任意の方向へ形成されるアクチン骨格構造が,パターンによ

    り制限されたと考えることができる. アクチン骨格構造の力覚機構を検討する場合,任意の方向へのアクチンファイバー形成は,任意の方

    向からの細胞への力学刺激に対する細胞骨格構造の適応を表していると考えられる.従って,パターン

    上での細胞形状,アクチンファイバーの配向性は,細胞の力学感知において異方性がある可能性を示唆

    するものである.パターニング技術は,それを検討する実験系の確立に有効であることが予想される.

    Fig.4: Actin cytoskeleton of the cell on fibronectin patterned substrate

    (a) Area A (20μm × 20μm)

    Patterning

    Actin fiber

    Patterning

    (b) Area B (20μm × 20μm)(a) Area A (20μm × 20μm)

    Patterning

    Actin fiber

    Patterning

    (b) Area B (20μm × 20μm)

    Fig.3: Fluorescence images of the re-assembling process of actin fiber structure (left: on patterned surface, right: without patterning)

    (a) Before depolymerization

    (d) t = 60 min

    (b) t = 5 min

    (c) t = 30 min

    (f) t = 120 min

    20 μmArea A Area B

    (e) t = 90 min

    (a) Before depolymerization

    (d) t = 60 min

    (b) t = 5 min(b) t = 5 min

    (c) t = 30 min

    (f) t = 120 min

    20 μmArea A Area B

    (e) t = 90 min

  • 3. 引張荷重下におけるアクチンフィラメント構造の分子動力学解析 細胞骨格の一種であるアクチン細胞骨格は,力学的強度の付与,細胞形態の維持,細胞運動な

    どの基本的な細胞機能を担っており,特に,その動的な再構築の重要性が示唆されている.この

    ようなアクチンの再構築は,生化学的因子に加えて,力学的因子によっても調整されている可能

    性が指摘されている[8].例えば,アクチン細胞骨格の動的安定性に対する張力の影響を調べるため,骨芽細胞のアクチン細胞骨格に存在する張力を選択的に解放すると,張力の解放により,同

    構造の脱重合が促されることが示された[3].しかしながら,力学的因子がアクチンの重合・脱重合を調整する機構については,切断関連タンパク質の影響が示唆されるものの未だ明らかではな

    い.そこで,本研究では,同構造に対する力学的刺激の影響を解明する第一歩として,アクチン

    モノマー14 個から構成された二重ら旋の分子構造からなるアクチンフィラメントに着目した.ここでは,分子動力学法を用いて,アクチンフィラメントに引張ひずみ 1%を与え,両端固定し平衡化させ,引張ひずみの影響による同構造二重ら旋の捩れの変化を評価した[9].

    3.1 シミュレーション手法 3.1.1 アクチンフィラメントの分子構造 シミュレーションに用いたアクチンフィラメントの分子構造は,Protein Data Bank (PDB)に登録されている 1MVW データを用いた.同構造は,X 線結晶構造解析により得られたものであり,ウサギの骨格筋のアクチンとミオシンから構成されている.同構造から, Fig.5(a)に示すアクチンフィラント(G-アクチン 14 個)を取り出した.このアクチンフィラメントの Z 軸方向長さは 414.5 Åである.Fig.5(b) に示すように,各 G-アクチンは,4 つのサブドメイン(アミノ酸残基 372 個)を有している. 本研究では,汎用分子動力学計算ソフト NAMD2.5 (Illinois 大学)を使用した.まず,細胞質中に

    おける分子構造を再現するため,アクチンフィラメント周囲の直方体領域 (X 軸方向 108 Å,Y 軸方向 109 Å,Z 軸方向 470 Å) に水分子を配置したモデルを作成した.次に,境界条件を全方向周期境界とし,環境温度を 310 K で等温制御した.時間 2 ns の系の平衡化計算を行い,引張で用いる初期構造を得た.ここで,時間刻み幅は,2 [fs/step]とした.

    D4 D3

    D2

    D1

    414.5Å414.5Å

    G-actin 1 (G1)

    G2

    G3

    G4

    G5

    G6

    G7

    G8

    G9

    G10

    G11

    G12

    G13

    G14

    + end - end

    414.5Å414.5Å

    G-actin 1 (G1)

    G2

    G3

    G4

    G5

    G6

    G7

    G8

    G9

    G10

    G11

    G12

    G13

    G14

    + end - end

    (a) A model consisting of 14 actin monomers (b) Subdomains D1-D4 of a G-actin

    Fig.5: Actin filament model for molecular dynamics simulation

    3.1.2 引張手法 引張ひずみが,アクチンフィラメントの構造変化に与える影響を検討するため,二重ら旋構造の一端(Fig.5(a)左端)のアクチン二分子(G1, G2)の Cα原子を固定し,他端のアクチン 2 分子(G13, G14)の Cα原子に引張荷重を負荷した.引張方向は,アクチンフィラメント構造の中心軸(Z 軸)に平行とし,Cα原子一個につき一定の引張荷重 f = 5 pN を与えた.時間刻み幅 = 2.0 [fs/step]とし,アクチンフィラメント長さに対して引張ひずみ 1 %を与えるまで引張荷重を負荷した.その後,左端のアクチン 2 分子(G1, G2)のサブドメイン D1, D3(Fig.5(b)),および右端のアクチン 2 分子のサブドメイン D2, D4(Fig.5(b))の Cα原子をそれぞれ固定して,平衡化計算を行った.境界条件,環境温度,および時間刻み幅は前節と同様の条件を用いた.

    3.1.3 アクチン分子間の捩れ角 引張ひずみの作用に対して,アクチンフィラメント構造の変化を考察する上で,隣り合うアクチン分子の成す捩れ角に着目した.アクチン分子 Gi (i = 1~14)内のサブドメイン Dk (k = 1~4)の重心位置を ikx として,4 本の法線ベクトル nil (l = 1~4)を 3 点 klx ( k l≠ )から作られる平面に対して直交するベクトルとする.これら法線ベクトル nilの和をアクチン分子Gi 平面に対する単位法線ベクトル ni とし,niを XY 平面に射影した単位ベクトルを ni-XYとして,隣り合うアクチン分子間の捩れ角 ijθ を と定義した. arccos( ) 1 1 13ij i-XY j-XY j = i + , i = θ = ⋅n n (, ~ )

  • -2

    0

    2

    4

    6

    8

    0 50 100 150 200 250 300

    Elon

    gatio

    n fo

    r act

    in fi

    lam

    ent (Å

    )

    Simulation time t (ps)

    3.2 シミュレーション結果と考察 3.2.1 引張シミュレーション 初期構造に対して引張荷重 f = 5×372 = 1860 pN を負荷した場合のアクチンフィラメントの伸びの時間変化を Fig.6 に示す.同図に示すように,時刻 t = 197 ps において,アクチンフィラメントの伸びが長さの 1 %(4.14 Å)となった.このときのアクチンフィラメント構造を用いて,両端固定の平

    衡化シミュレーションを行った結果,アクチンフィラ

    メント構造の RMSD 値が,1400 ps 以降にほぼ一定値となることを確認した.

    Fig.6: Elongation of actin filament under tension 3.2.2 引張ひずみ 1%におけるアクチン分子の捩れ角 引張ひずみを負荷していないアクチンフィラメント構造と引張ひずみ 1%を負荷した同構造のアクチン分子間の平均捩れ角 ijθ を比較した.ただし,前者の構造は,平衡化シミュレーションの

    1.6~2.0 ns 間,後者の構造は,同構造の両端固定のシミュレーションを開始してから 1.6 ns~2.0 ns間の 0.5 ps 毎のデータ数 800 を用いた.これらのデータから得られたアクチン分子 G5 ~ G10における平均の捩れ角 ijθ と標準偏差をTable 1に示す.ただし,変形を拘束したアクチン分子G1, G2, G13, G14,とそれらに接するアクチン分子 G3, G4, G11, G12を含む捩れ角 ijθ は除いた.これらの結果から,アクチンフィラメント構造の中央部に位置するアクチン分子 G6-G7,G7-G8,および G8-G9 において,引張ひずみを負荷することにより,平均の捩れ角 ijθ が増加していることがわかる.

    これらの結果を X-Y 平面に Z 軸を中心に極座標表示した図を Fig.7 に示す.張力が作用すると,捩れ角が増加することが予想されることから,アクチン分子 G6~G9は張力を受けていると考えられる.また,これらの張力が作用しているアクチン分子間の捩れ角θ ijに対して,区間幅 0.1 degree のヒストグラムを作成し,最小二乗法を用いて正規分布に近似した.一例として,アクチン分子

    G6-G7 の場合を Fig.8 に示す.張力の作用により,捩れ角θ 67 の標準偏差が小さくなり,正規分布のピークが鋭くなる傾向にあることがわかった.

    本計算結果より,細胞内で作用している張力を解放するとアクチン細胞骨格が脱重合して消失

    する機構を考察することができる.例えば,アクチン切断関連タンパクの一つであるコフィリン

    が,アクチンとの結合によりアクチン分子間の捩れ角を変化させることが知られており[10],分子レベルでの調節に張力が直接的に関与している可能性が示唆される.

    Table 1: Mean rotation angle ijθ between adjacent G-actins and standard deviation of normal distribution function

    Actin number i-j 5-6 6-7 7-8 8-9 9-10 Equilibrium

    angle ij - EQθ [deg] 156.35 162.58 162.16 165.90 168.14 S. D. 1.06 1.12 0.57 1.28 0.66

    Tensile strain angle ij - TEθ [deg] 157.66 166.93 167.98 168.30 166.89

    S. D. 0.57 0.57 0.49 0.68 0.75 ij - TEθ - ij - EQθ 1.31 4.35 5.82

    2.40 -1.25

    G-actin 9

    n9-XY

    G-actin 6

    Fig.7: Comparison of angle θij of actin 6-9 under tensile force with that of actin 6-9 during equilibration.

    n6-XY G-actin 7

    n7-XY

    n8-XY

    G-actin 8

  • Dat

    a N

    umbe

    r

    Angle θ67 [degree]

    Dat

    a N

    umbe

    r

    Angle θ67 [degree]

    Fig.8: Normal distribution functions of rotation angle θ67 between G-actin 6 and 7 under tensile strain and under equilibrium.

    4. おわりに 本研究では,細胞内力学構造システムのダイナミクスにおける力学因子と生化学因子の相互作用から

    生み出される動的なシステム構築の過程を明らかにするため,マイクロパターニング技術を用いたアクチ

    ン細胞骨格の実験的検討,および,タンパク分子動力学シミュレーションを用いた引張力作用下のアクチ

    ンフィラメントの捩れ挙動の理論的検討を行った.まず,タンパク質パターンニング技術を用いてアクチン

    構造の再形成過程を観察した結果,焦点接着斑の制御が,細胞形状とアクチンファイバーを配向させ,

    細胞骨格構造とその形成変化に影響を与えることが示された.次に,引張力作用下におけるアクチンフィ

    ラメントの挙動を分子動力学法を用いて解析し,アクチンフィラメントの捩れ角の揺らぎが,引張力

    の作用により,抑制されることが示された.今後は,分子レベルからフィラメントへレベルへと

    離散系としての記述から連続体としての記述まで,階層間をつなぐ数理モデリングとシミュレー

    ションを通じて,細胞骨格の複雑な構造ダイナミクスと細胞機能発現の関連をバイオメカニクス

    の視点から検討する.

    Boris Hinz 氏(スイス連邦工科大学)には,パターニング用 PDMS-stamp をご提供頂いた.田原大輔氏(JST),須長純子氏(Riken)には,実験にご協力頂いた.松田亮君(京都大学大学院),井上康博氏(Riken),曽我部正博教授(名古屋大学)には,分子動力学解析にご協力頂いた.記して謝意を表す.

    参考文献 [1] Pollard T. D., The cytoskeleton, cellular motility and the reductionist agenda, Nature, 422-6933 (2003) 741-745. [2] Sato K., Adachi T., Matsuo M., Tomita Y., Quantitative evaluation of threshold fiber strain that induces

    reorganization of cytoskeletal actin fiber structure in osteoblastic cells, Journal of Biomechanics., 38 (2005) 1895-1901.

    [3] Sato K., Adachi T., Shirai Y., Saito N., Tomita Y., Local disassembly of actin stress fibers induced by selected release of intracellular tension in osteoblastic cell, Journal of Biomechanical Science and Engineering, 1-1 (2006) 204-214.

    [4] 西島尚吾, 佐藤克也, 安達泰治, 冨田佳宏, 培養骨芽細胞におけるストレスファイバー構造再形成過程の観察, 日本機械学会 2004 年度年次大会講演論文集, (2004), 31-32.

    [5] Singhvi R., Kumar A., Lopez G.., Stephanopoulos G. N., Wang D. I. C., Whitesides G. M., Ingber D. E.. Engineering cell shape and function, Science, 264 (1994) 696-698.

    [6] 田原大輔,安達泰治,北條正樹, マイクロパターン基板上におけるアクチン細胞骨格構造の変化, 日本機械学会第 19 回バイオエンジニアリング講演会講演論文集, No. 06-65 (2007) 118-119.

    [7] Kawakami K., Tatsumi H., Sokabe M., Dynamic of integrin clustering at focal contacts of endothelial cells studied by multimode imaging microscopy, Journal of Cell science, 114 (2001) 3125-3135.

    [8] Neidlinger-Wilke C., Grood E. S. , Wang J. H. C. Brand R. A., Claes L., Cell alignment is induced by cyclic changes in cell length: studies of cells grown in cyclically stretched substrates, Journal of Orthopaedic Research, 19-2 (2001) 286-293.

    [9] 松田 亮,安達泰治,井上康博,曽我部正博,北條正樹, 引張張力下におけるアクチンフィラメント構造の分子動力学解析,日本機械学会第 19 回バイオエンジニアリング講演会講演論文集, 06-65 (2007) 368-369.

    [10] Bamburg J.R., McGough A., Ono S., Putting a new twist on actin: ADF/cofilins modulate actin dynamics, Trends in Cell Biology, 9-9 (1999) 364-370.

  • ペロブスカイト表面および界面の第一原理

    マルチフィジックス解析

    工学研究科機械理工学専攻 梅野 宜崇

    Abstract: Ab initio DFT calculations based on the local density approximation were performed to study (a) in-plane polarized ferroelectricity (FE) at PbTiO3 (001) surfaces and (b) thin Pt/PbTiO3/Pt capacitors with perpendicular FE, and their relation with the lateral lattice parameter. A significant influence of lattice parameter on ferroelectricity was found in both cases. At PbTiO3 (001) surfaces, the in-plane FE in [110] direction is stable in both TiO2 and PbO terminations, and it is enhanced by a larger lattice parameter. Antiferrodistortive (AFD) rotation emerging at the PbO-terminated surface is suppressed by a lattice expansion by the competition with FE. Perpendicular FE polarization in Pt/PbTiO3/Pt films is suppressed by a lattice expansion. The critical thickness for ferroelectricity, whose stability is different for TiO2 and PbO terminations of PbTiO3, is obtained as a function of the lateral lattice parameter. Key words: Density functional theory, Perovskite, Ferroelectricity, Strain, Thin film

    1. はじめに

    ABO3 構造を持つペロブスカイト材料は自発分極を保持し,強誘電性や圧電性を示すことから不揮発性メモ

    リデバイスや MEMS/NEMS アクチュエータとしての応用が期待されている.デバイスの超微細化に伴い,表面

    や界面における原子構造・電子状態を明らかにすることが求められている.本研究では,密度汎関数理論

    (Density Functional Theory; DFT)[1]に基づく第一原理計算によりこうした問題への計算科学的アプローチを

    行うことを目的とし,PbTiO3 表面ならびに Pt/PbTiO3/Pt 多層膜を対象として,特に外部から与えられるひずみ

    に対する強誘電特性の変化に注目し,これを明らかにする. なお,第3 章および第4 章の結果は学術雑誌に

    掲載済みである(参考文献[2,3]).

    2. 計算方法

    局所密度近似(Local Density Approximation; LDA)[4,5]を用いた密度汎関数理論に基づく第一原理計算を

    行う.表面モデルの計算は,PAW (Projector Augmented Wave)法[6]による計算が可能な VASP(Vienna

    Ab-initio Software Package)[7,8]を用いた.(001)表面を持つ9原子層からなるスラブモデルを用意し,表面の終

    端は TiO2および PbO の両ケースについて検討した.PbO 終端では表面構造は AFD (Antiferrodistortive) 回

    転構造が FE (Ferroelectric) 分極構造と共存することが知られていることから[9],TiO2終端表面は(1x1)周期モ

    デル,PbO 終端表面は c(2x2)周期モデルを用いて計算した.平面波基底法の要請から 3 方向に周期境界条

    件が適用されるが,両表面の間に十分な真空層を設け表面間の相互作用がないようにした.与えられた面内

    格子パラメータに対して,原子に働く力が 10 meV/Å となるまで原子構造を緩和するが,この際 z 軸(表面に垂

    直な方向)に対して鏡面対称な構造となるように拘束を与えた.これは,系全体の FE 分極が z 軸に垂直になる

    ように拘束するためである.なお,系のFE分極が z 軸方向の成分を持つ場合には,真空層に電場が現れるた

    めこれをキャンセルするような特別な取り扱いが必要となるが,計算が極めて複雑となるためここではこのケー

    スを除外した.

    Pt/PbTiO3/Pt多層膜は,局所関数と平面波の混合基底法 (MBPP; Mixed-basis pseudopotential)[10] を

    用いた.MBPP法とVASP-PAW法が与える計算結果に差が無いことは別途確認している.(001)方向に配向

    した PbTiO3薄膜層の両端をそれぞれ 3 原子層の Pt で挟み,その外側を真空層としたスラブモデルを用

    いた.このモデルではFE分極については膜(表面)と垂直な方向だけを許し,面内方向の分極は排除し

    た.表面モデルと同様,原子に働く力が 10 meV/Å となるまで原子構造を緩和した.さらに,FE分極の安定

  • 性を評価するためPE (Paraelectric) 構造の計算をz軸に対して鏡面対称な構造となるような拘束を与えた緩和

    計算を行い,FE と PE のエネルギー差を求めた.

    3. PbTiO3 表面の強誘電性:面内分極構造[2]

    まず,[100]および[110]方向分極の安定性を比較する.TiO2 終端(FE 構造)・PbO 終端(FE+AFD 構造)どちら

    の場合も,[110]方向への分極(図1(a)参照)がエネルギー的により安定であることが明らかとなった.TiO2 終端

    表面の[110]方向分極のエネルギー的優位性は(1x1)セルあたりわずか 5.3 meV であるが,PbO 終端のそれは

    70 meV である.面内格子パラメータを 3.5 Å~4.3 Å まで変化させたが,いずれに対しても[110]方向分極が

    [100]方向に比べて安定であることは変わらない.

    図1(b)に面内格子パラメータに対する FE 分極の変化を示す.FE 分極の大きさを

    [ ]a2

    )O()M(FE

    δδδ −= (1)

    であらわす.ここに,a は面内格子パラメータ,δ は金属原子(M)および酸素(O)の変位である.δFE は格子パラメータの増加に伴い滑らかに増加する.すなわち,面内引張りによって強誘電性が強められる.逆に圧縮に対し

    てFE分極は小さくなり,a ~3.77 Åでゼロとなる.さらに圧縮が加わると分極が再び現れるが,これはバルクでも同様に観察される現象である[11].PbO 終端表面の場合も,面内引張・圧縮に対するFE分極の変化は同様

    である(図1(c)).しかし,圧縮側での分極抑制の程度はやや小さく,FE分極が完全にゼロとなることはない.

    AFD回転角φAFDの変化を図1(d)に示す.バルクの平衡格子定数 a = 3.891 Å のときの PbO 終端の AFD 回転は,文献[]で報告されている FE+AFD[100]構造のそれよりも大きい.FE+AFD共存相では,FE とAFDは

    互いに競合して,面内格子パラメータに対する変化は逆となる.すなわち,a の増加によりFEは強められAFDは抑制される.

    図 1 (a): PbTiO3(001)表面の[110]方向分極の模式図.(b), (c): TiO2および PbO 終端表面の FE 分極の変化.(d): PbO 終端表面の AFD 回転角の変化.Layer 1 は表面原子層を意味する.

  • 4. Pt/PbTiO3/Pt 多層膜の強誘電性:面外分極構造[3]

    図2は多層膜モデルのペロブスカイト単位セルあたりの PE 相と FE 相のエネルギー差

    )PE()FE( EEE −=Δ (2)

    と面内格子パラメータaの関係を,異なるペロブスカイト層厚mについて示したものである.ここに,mはPbTiO3層の単位セルの数を表す. m = ∞ の場合についてはバルクに同様の格子パラメータを与えて求めた.ΔEは面内格子パラメータが大きくなると増加し,最終的にゼロとなる.すなわち,強誘電性の消失である.金属/

    ペロブスカイト界面におけるペロブスカイトの終端の種類(TiO2あるいはPbO)によってFE層の安定性が大きく

    異なることがわかる.PbO 終端の多層膜では,TiO2終端の場合に比べて大きな格子パラメータまで FE 特性を

    保持する.典型的な基板材料であるSrTiO3の理論格子パラメータa = 3.845 Åに対して,Pt/PbTiO3/Pt多層膜がFE特性を保持する最小の厚さについて議論する. PbO終端の場合には,m = 4すなわち16 Åが臨界厚さである.これよりペロブスカイト層が薄い場合にはFE層は安定とはならず,自発分極は生じない.TiO2終端の

    場合にはこの厚さの薄膜は a = 3.815 Å 以下にならないとFE特性が現れない.いま,ペロブスカイト層の一番外側の単位セルのみが金属層の影響を受け,それより内側のセルはバルク様の特性を保持していると仮定す

    ると,m=2 および m=∞の計算結果を用いて,

    { } 4/)(2)2(2)4( ∞=Δ+=Δ==Δ mEmEmEest (3) なる外挿式を用いて m = 4 の場合のΔE を見積ることができる.これを図2に破線で示すが,実際に m = 4 のモデルを用いて計算したΔE とよく一致しており,この外挿が妥当であることがわかる.したがって,m = 4 を超えるコストの高いDFT計算をもはや実行する必要は無く,同様の外挿により m = 6(図の長破線),m = 8(図の一点鎖線)の場合のΔE を見積ることができる.これにより,TiO2終端の多層膜では a = 3.845 Å に対してのペロブスカイト層臨界厚さは約 m = 6 すなわち 24 Å であると予測される. ここで得られた結果は,Sai ら[12]が DFT-GGA 計算(一般化勾配近似)に基づいて見積った結果と異なって

    いる.彼らは,どちらの終端においてもペロブスカイト層 1 ユニットセルで強誘電性を保持すると結論付けてい

    る.我々はこの原因を調べるため,GGAに基づく同様の計算を実行した.その結果,Saiらのものと同様の結果

    を得た.すなわち,交換相関エネルギーの評価にLDAを用いるかGGAを用いるかによって結果が大きく異な

    ってしまうことが明らかとなった.しかし,バルクについて実験結果との比較が既になされているように[13],

    PbTiO3に関しては LDA がFE層,PE層の格子構造をよい精度で再現するのに対して,GGA を用いると FE 層

    の安定性が著しく過大評価されてしまうことがわかっている.したがって,本研究で求めたLDAに基づく結果を

    支持すべきであると考えられる.

    図 2 ペロブスカイト単位セルあたりの FE 安定性(FE-PE 間のエネルギー差).PbTiO3厚さ(m)および面内格子

    パラメータ(a)に対する変化を示す.

  • 5. 結論

    密度汎関数法に基づく第一原理計算により,PbTiO3(001)表面および Pt/PbTiO3/Pt 多層膜の強誘電性とひ

    ずみの影響を検討した.どちらの場合も面内格子パラメータ(ひずみ)が強誘電特性に大きく影響することが明

    らかとなった.PbTiO3 表面のFE面内分極は,面内引張りにより増大し圧縮により減少する.PbO終端表面に

    おいてFEと共存するAFD回転は,これとは反対の挙動をする.Pt/PbTiO3/Pt 多層膜の面外分極の安定性は,

    面内引張りによって減少する.FE特性を保持するペロブスカイト層の臨界厚さを,ペロブスカイト終端層および

    面内格子パラメータの関数として求めた.すなわち,基板材料の格子パラメータに対してFE性を保持するため

    の臨界厚さを評価した.

    参考文献

    [1] K. Ohno, K. Esfarjani and Y. Kawazoe, Computational Materials Science (1999), 17, Springer-Verlag [2] Y. Umeno, T. Shimada, T. Kitamura and C. Elsässer, Ab initio density functional theory study of strain effects on

    ferroelectricity at PbTiO3 surfaces, Phys. Rev. B 74 (2006), 174111 [3] Y. Umeno, B. Meyer, C. Elsässer and P. Gumbsch, Ab initio study of the critical thickness for ferroelectricity in

    ultrathin Pt/PbTiO3/Pt films, Phys. Rev. B 74 (2006), 060101R [4] D. M. Ceperley and B. J. Alder, Ground state of the electron gas by a stochastic method, Phys. Rev. Lett. 45

    (1980), 566 [5] J. P. Perdew and A. Zunger, Self-interaction correction to density-functional approximations for many-electron

    systems, Phys. Rev. B 23 (1981), 5048 [6] P. E. Blöchl, Projector augmented-wave method, Phys. Rev. B 50 (1990), 17953 [7] G. Kresse and J. Hafner, Ab initio molecular dynamics for liquid metals, Phys. Rev. B 47 (1993), 558 [8] G. Kresse and J. Furthmüller, Efficient iterative schemes for ab initio total-energy calculations using a

    plane-wave basis set, Phys. Rev. B 54 (1996), 11169 [9] C. Bungaro and K. M. Rabe, Coexistence of antiferrodistortive and ferroelectric distortions at the PbTiO3(001)

    surface, Phys. Rev. B 71 (2005), 035420 [10] B. Meyer, F. Lechermann, C. Elsässer and M. Fähnle, Fortran90 Program for Mixed-Basis Pseudopotential

    Calculations for Crystals, Max-Plank-Institut für Metallforschung, Stuttgart. [11] I. A. Kornev, L. Bellaiche, P. Bouvier, P. –E. Janolin, B. Dkhil and J. Kreisel, Ferroelectricity of Perovskites

    under Pressure, Phys. Rev. Lett. 95 (2005), 196804 [12] N. Sai, A. M. Kolpak and A. M. Rappe, Ferroelectricity in ultrathin perovskite tilms, Phys. Rev. B 72 (2005),

    R020101 [13] Z. Wu, R. E. Cohen and D. J. Singh, Comparing the weighted density approximation with the LDA and GGA

    for ground-state properties of ferroelectric perovskites, Phys. Rev. B 70 (2004), 104112

  • 組成変調による薄膜材料の結晶構造制御

    およびその電気・機械的特性の評価

    工学研究科マイクロエンジニアリング専攻 神野伊策 鈴木孝明

    Abstract: We report on the MEMS deformable mirrors actuated by piezoelectric PZT thin films for adaptive optics. The PZT film was deposited on a Pt-coated silicon-on-insulator (SOI) substrate and the 19 segmented electrodes were prepared on it. By etching the Si substrate from the back side, the unimorph actuator array composed of a PZT film and a Si layer was fabricated on the diaphragm structure of 15mm in diameter. An Al reflective layer was coated over the backside of the membrane as a mirror surface. The displacement profiles measurements by a laser Doppler vibrometer showed that the each actuator generated large displacement of approximately 5µm at 10V. Furthermore, we could successfully reproduce the Zernike modes up to 4th order by applying the voltage calculated by control function matrix. Key words: PZT thin films, Piezoelectric, MEMS, Adaptive optics, Deformable mirrors

    1. はじめに

    アクチュエータやセンサの集積化が加速するに伴い,機能性材料のMEMSデバイス応用が注目されてい

    る.本研究では多様な機能性を有する強誘電体材料,その中でも特に圧電特性を用いたMEMSデバイス開

    発を目的として研究を行ってきた.圧電材料は結晶構造の異方性により応力による電荷の発生,ならび

    に電荷によるひずみの発生が生じる材料であり,電気機械変換素子としてこれまで数多くの実用化がな

    されてきた.従来のMEMSデバイスは半導体プロセスとの整合性から,主にSi系材料および金属薄膜等

    の単純な材料系を用いることで複雑な3次元マイクロ構造を実現し,この構造の特異性によりその機能

    を実現してきたと言える.しかしながら,MEMSデバイスに機能性デバイスを導入することにより,これ

    までのSi系材料では不可能な機能性を単純なプロセス・構造で実現することができ,新しい機能デバイ

    ス創出が期待できる.

    強誘電体材料は圧電性の他,赤外線センサに利用される焦電性等多くの機能性を有しており,これま

    で電子素子として広く応用されてきた.しかしながらその微細化・マイクロデバイスとしての利用につ

    いては,薄膜形成の困難さや信頼性の問題により実用例は限られたものになっている.特に,多元素か

    らなる複合酸化物を良好な結晶構造,一般にペロブスカイト構造を維持した状態で薄膜成長させる必要

    があるが,基板拘束や格子のミスマッチ,また高温成膜に起因する熱応力等によりその構造が大きくひ

    ずみ,特性が変化する.昨年度までに,PZT 圧電薄膜の特性制御を目的として,その結晶構造の詳細な

    評価を行った.はじめにエピタキシャル基板上に形成したc軸配向エピタキシャルPZT薄膜の結晶構造

    を4軸X線回折による基板上薄膜の結晶構造解析し,バルク材料の構造と比較した[1,2].更に基板から

    薄膜を剥離し,基板拘束をなくした状態での薄膜独自の構造を放射光 X 線による回折および Rietveld

    解析により評価し,薄膜の構造特異性は基板による影響のみではなく,プロセスに起因した要素も存在

    することを明らかにした[3].

    本年は昨年度に続き,薄膜材料の構造解析手法をベースに新しい非鉛圧電薄膜材料の開発,およびそ

    れらを用いたデバイス開発を行った.圧電薄膜材料として,非鉛材料として注目されているKNbO3-NaNbO3系材料をスパッタ法によりエピタキシャル成長させ,その結晶構造の評価および各種電気特性との関連

    について研究を進めている.一方,圧電MEMSデバイスの開発では,ミリ波帯域のスイッチングデバイス

    としてRF-MEMSスイッチ,および眼底検査の分解能向上を目的とした収差補正用ディフォーマブルミラ

    ーの研究を行った.今回は特に応用デバイスである補償光学技術を用いた収差補正用圧電MEMSディフォ

    ーマブルミラーの研究について報告する.

  • 2. 補償光学用圧電MEMS可変ミラー

    2.1 補償光学技術 補償光学とは,擾乱媒質を通過することによって生じる光波の乱れを波面セン

    サにより測定し、乱れた波面を波面制御素子を用

    いて整えることで鮮明なイメージングを可能とす

    る技術であり、これまでは主に天文学の分野で応

    用されている。現在、補償光学技術の天文学以外

    の応用として眼底観察への応用が注目されている。

    眼底検査の場合、眼球内の水晶体や角膜により眼

    底像の乱れが生じるが、補償光学技術を用いて波

    面を補正することで鮮明な眼底像が得られ、眼底

    の細胞レベルの観察も可能となる[4]。波面補償を

    行う波面制御素子は一般に表面形状が変化する可

    変ミラー(Deformable mirror : DM)が用いられて

    おり、このDMの特性がシステム全体の性能を決定

    する重要なデバイスとなっている。これまで天文

    学で用いられてきたDMは、一般にミラー背面に圧

    電素子を配置し、その伸縮によってミラー形状を

    制御する方式がとられる。しかし、この方法では

    駆動電圧も一般に100V以上と高く、またミラー単

    体の価格も高価なことから、特殊な用途に限定さ

    れていた。しかし、近年素子の小型と制御性の向

    上を目的としてMEMS (Micro-electro-mechanical

    sysutems) 技術を用いたDMの開発が行われ、比較

    的安価なデバイスとして実用化されてきた[5-7]。

    MEMS DMはこれまで静電引力および磁場を用いた

    方式が開発されているが、ストロークや駆動電圧、

    また磁気アクチュエータの場合にはアクチュエー

    タの高密度化に対しての問題点が指摘されている。 2.2 圧電 MEMS 可変ミラーの作製 本研究では、圧電薄膜を用いたDMの開発を行った[8]。圧電アクチュエータは大型の DM にも採用されており、大きな発生力により安定なミラー制御が可能であるが、

    圧電体を薄膜化することにより低電圧化、また

    MEMS 技術を用いたアクチュエータ素子の小型化が期待できる。本研究で試作した DMは圧電薄膜とSi 層からなるユニモルフアクチュエータ構造のメンブレンにより構成される。膜厚方向に電圧を加えるこ

    とにより圧電薄膜が面内方向に伸縮し、これによりメ

    ンブレンが上下方向に変形する事を利用する。今回

    検討した素子の平面および断面構造を図1に示す。ミラーを駆動する圧電薄膜として膜厚 2.5µm のPb(Zr,Ti)O3 (PZT)薄膜を用いた。

    PZT薄膜の成膜は Silicon on insulator (SOI)基板上にスパッタ法を用いて行った。SOI 基板にはあら

    図 1 圧電MEMS DMの構造:(a)平面 (b)断面

    図 2 SOI基板上に形成した PZT薄膜のXRDパターン

    (a) (b) 20 mm

    15 mm

    図 3 圧電薄膜MEMS DMの外観写真: (a)アクチュエータ (b)ミラー面

  • かじめスパッタ法で Pt/Ti 電極を形成し、引き続き約600℃に加熱した基板上にPZTを成膜する。作製した PZT薄膜の結晶性を X線回折法を用いて評価し得られた回折パターンを図 2 に示す。図より SOI 基板上にペロブスカイト構造単相の多結晶PZT薄膜が形成されていることが確認できた。 次に真空蒸着法によりAlの個別電極を PZT薄膜表面に形成し、リフトオフ法によりパターンニングした。

    引き続き SOIのハンドル基板を裏面より RIEによりエッチングし、Siデバイス層と PZT薄膜とのユニモルフアクチュエータの構造とした。今回 Si デバイス層の厚みが 20µmの SOI基板を利用し、直径15mm のダイヤフラム構造を形成した。エッチングでは厚み 1µmの Buried oxide (BOX)がストップ層として機能するため、平滑で均一な厚みのメンブ

    レンが容易に形成できる。最終的に露出したBOX層、もしくはSiデバイス層表面にAl層を蒸着で形成することでミラー面とした。図 3 に形成した DMのアクチュエータ面およびミラー面の写真を示す。

    図より、良好なミラー面および電極パターンが形

    成されていることが確認できる。

    3. 変位分布評価

    3.1 FEMによる変位分布評価 作製した圧電薄膜可変ミラーの変形挙動を有限要素解析(FEM)

    により評価した。計算はPZT薄膜とSiデバイス層

    の2層構造とし、PZTのヤング率および圧電定数

    はそれぞれE=70GPaおよびe31=-6.5 C/m2とした。

    ダイヤフラム中心部よびその外周に向かって同

    心円状に配置した各電極に電圧を1V印加した際

    に生じる状態を計算した。図4に各電極に電圧を

    印加した際の電極部とダイヤフラムの中心を通

    る軸に沿った変位分布を示す。図より各電極の

    中央部を中心とした対称な変形が生じることが

    わかる。各電極の最大値は約0.5μm/1Vの値を示

    し、この構成の素子において低電圧駆動が可能

    であることが確認できた。 3.2 動的変位分布測定 作製した MEMS DM の変形挙動をレーザドップラー振動計(LDV)を用いて評価し、シミュレーションの結果と比較した。測定の際、各アクチュエータには10Vpp、300Hzのサイン波を

    印加した。図より各電極とも最大で約5μm/10 の変位が発生することが確認でき,FEMの結果とほぼ同

    じ変位分布および変位量が得られた。メンブレン中央部の電圧に1Vの電圧を印加して、変位量の周波数

    依存性を調べたところ、1.38kHzで明瞭な共振が見られた。以上の結果より,PZT圧電薄膜を駆動源とし

    て用いることで高速,低電圧かつストロークの大きいMEMD DMが実現できることが確認できた.

    任意の波面およびミラーの表面形状はゼルニケ多項式に分解でき、各項の係数ajによって一義的に決定づけることが可能である。係数 ajが各項の重みに対応しているため、実際の波面はこの線形結合で表される。収差補正はこの波面に対応するミラー形状を再現することにより行い、各アクチュエータの変形分布よりゼルニケ

    図 4 FEMにより得られたミラー面の変位分布

    図 5 LDV を用いて評価した 4 次のゼルニケモード(Z10~Z14)に対応する動的振動分布

  • モードを再現するための各個別電極に印加する電圧を求める。ゼルニケ係数をベクトルで表し,各電極電圧

    ベクトルとの関係は影響関数行列を用いて表され,この逆行列を求めることにより各ゼルニケモードに再現す

    る電極電圧を求めることができる.本研究では 4次までのゼルニケモードまでの変形を試み,LDV により測定した4次のゼルニケモード変形分布を図5に示す.図より理想的なゼルニケモードとほぼ同じ形状の変形が再現できていることが確認でき,実際の収差補正デバイスとして機能することが確認できた.

    4. まとめ

    本研究では眼底観察応用を目的としたPZT圧電薄膜を用いた波面補償用MEMS DMの試作を行い、その

    基本性能評価を行った。SOI基板上にスパッタ法でPZT薄膜を形成した後、基板裏面のSiをRIEでエッ

    チング除去しユニモルフアクチュエータアレーを作製した。露出したBOX層上にAlを蒸着することで容

    易に平滑なミラー面が得られる。FEM による変位評価とレーザドップラー振動計を用いた変位分布は非

    常によい一致が見られ、PZT 薄膜の高い圧電特性が確認できた。各アクチュエータ素子の変形形状から

    影響関数行列を求め、4 次のゼルニケモードまでの再現を試み、低電圧の駆動で良好な変形が実現でき

    た。本研究により圧電薄膜を用いたMEMS DMの優れたアクチュエータ特性が確認でき、今後眼底観察等

    の広い応用分野において、低コストかつ制御性の高い補償光学素子としての展開が期待できる。しかし

    ながら、通常の成膜では薄いメンブレンを形成する多層構造の各応力バランスの不釣り合いにより初期たわみ

    が発生し、更にメンブレンの内部応力と圧電変位量とに相関があることも確認している。今後、メンブレン多層

    構造の内部応力最適化、および更なる素子数増加による分解能向上について検討を進めていく予定である。

    参考文献

    [1] I. Kanno, H. Kotera, K. Wasa, T. Matsunaga, T. Kamada, R. Takayama, “Anomalous Crystalline Structure of Epitaxial Pb(Zr,Ti)O3 Films Grown on (100)Pt/(100)MgO by RF-Magnetron Sputtering”, J. Kore. Phys. Soc., 42 (2003) S1317 [2] I. Kanno, H. Kotera, K. Wasa, T. Matsunaga, T. Kamada., R. Takayama, “Crystallographic characterization of epitaxial Pb(Zr,Ti)O3 films with different Zr/Ti ratio grown by radio-frequency-magnetron sputtering”, J. Appl. Phys. 93, (2003) 4091 [3] I. Kanno, H. Kotera, T. Matsunaga, K. Wasa, “Intrinsic crystalline structure of epitaxial Pb(Zr,Ti)O3 thin films”, J. Appl. Phys., J. Appl. Phys., 97, (2005) 074101 [4] J. Poeter, et al. ed, “Adaptive Optics for Vision Science” Wiley-Interscience (2006) [5] T. Bifano, P. Bierden, J. Perreault, "Micromachined Deformable Mirrors for Dynamic Wavefront Control," Proc. of SPIE, Vol. 5553, (2004) 1 [6] M. A. Helmbrecht, T. Juneau, “Piston-tip-tilt positioning of a segmented MEMS deformable mirror”, Proc. SPIE, Vol.6467, (2007) 64670M [7] E. J. Fernández, L. Vabre, B. Hermann, A. Unterhuber, B. Považay, and W. Drexler, “Adaptive optics with a magnetic deformable mirror: applications in the human eye”, Opt. Express, 14-20, (2006) 8900 [8] I. Kanno, T. Kunisawa, T. Suzuki, H. Kotera : “Development of deformable mirror composed of piezoelectric thin films for adaptive optics”, IEEE J. Select. Topics Quantum Elect, to be published.

  • 高温斜め蒸着によるAlウィスカの成長

    工学研究科マイクロエンジニアリング専攻 鈴木基史

    Abstract: We demonstrate the growth of unusual Al whiskers by glancing angle deposition on a hightemperature substrate (HT-GLAD), while the usual columnar structures completely disappear due to accel-erated surface diffusion. HT-GLAD is essential for the nucleation of the whiskers and efficient supply ofAl atoms on the side surface of the vertically growing whiskers. HT-GLAD will, for the first time, revealthe mechanisms for the vapor growth of metal whiskers.Key words: high temperature glancing angle depositio, whiskers, Al

    1. はじめに

    エピタキシャル薄膜,ナノロッド,ナノワイア,ナノ粒子等の様々なナノ結晶材料の成長動力学や結果として得られる結晶の形態は,現在でもなお 1950年代に確立したBurton, Cabrera, Frank [1]による結晶成長理論の枠組の中で理解されている.一般に高品質の結晶を得るためには,表面拡散を高め,吸着原子が安定な格子点に到達する確率を高くすることが重要とされている.したがって,ナノ結晶の研究では,新たに供給される原子が表面に取り込まれる前に進んできた方向と得られる結晶の形態との関係にはほとんど注意が払われることはなかった.一方,吸着した原子がはげしく表面を拡散しないような低温で薄膜を成長させると,供給される原子の入射方向が形成される形態に強く影響する.例えば,蒸気束が表面に対して斜めに入射すると,自己シャドウイング効果のために斜めに傾斜したコラム構造が成長することはよく知られている.1980年代の後半から,このような斜め蒸着法に基づいて,薄膜のナノ形態を制御しようとする様々な努力がなされてきた [2–6].ユニークな形態を得るためには,入射する蒸気の指向性をよく制御することが重要であり,表面拡散は形態制御の邪魔者であると考えられてきた.最近,表面拡散が無視できない温度で,すれすれ斜め蒸着 (glancing angle deposition: GLAD)すると,特異な結晶性を持ったコラム構造膜が成長し得ることが報告された [7–9].しかしながらこれらの研究でも成膜は自己シャドウイング効果が依然として強く形態に影響する条件で進められており,基本的なコラム構造は保持されている.これに対して本研究では,表面拡散がはげしく,自己シャドウイング効果に基づくコラム構造が成長しなくなるような高温ですれすれ斜め蒸着 (HT-GLAD)された Al薄膜の成長様式に注目した.その結果,通常の斜め蒸着膜に見られるコラム構造は消失し,HT-GLADの場合においてのみウィスカが成長することを発見したので,ここに報告する.

    2. 実験

    HT-GLAD用にデザインされた電子ビーム (EB)蒸着装置を用い,アルミニウム (純度 99.99%)を表面が酸化されたシリコン基板に蒸着した.成膜室を 1× 10−4 Pa以下の圧力に到達するまで排気した後,グラファイト板の上に取り付けた基板にハロゲンランプを照射し,基板を加熱した.グラファイト板の上で熱電対を用いて測定した基板温度とハロゲンランプの温度との関係をあらかじめ校正した.そして成膜中はハロゲンランプの温度をモニタすることによって,基板の温度が400 ± 10 ◦Cになるように,ハロゲンランプの出力を調整した.Alの蒸着束の分散を抑えるため,EB蒸着源は基板中心から 480 mm離れた位置に取り付けた.基板垂直方向と蒸着束の入射方向の間の角で定義される蒸着角 αは,真空中で駆動可能なステッピングモータによって,58◦と 85◦と間の角度にセットした.膜厚 d(α) = d0 cos αと蒸着速度 ḋ(α) = ḋ0 cos αを水晶振動子の膜厚モニタによってモニタし,それぞれ d(α) = 72 nm,ḋ(α) = 0.05 nm/sになるように成膜した.ここで,d0と ḋ0は,垂直方向から室温で成膜した膜で校正した堆積膜厚と成膜速度である.成膜中の圧力は 4 × 10−4 Pa以下であった.作製した試料はエネルギー分散型 x線検出器 (EDX)を備えた透過

  • 85◦

    73◦

    58◦

    5 µm5 µm5 µm

    (c)(c)(c)

    (b)(b)(b)

    (a)(a)(a)

    *

    図 1: 400 ◦Cに保持された基板に蒸着角 (a) 85◦, (b) 73◦, (c) 58◦で成膜した Al膜の断面の SEM像.矢印はAl蒸気の入射方向を示す.アスタリスクを付したナノロッドの拡大像が図 2に示してある.

    電子顕微鏡 (TEM)と走査電子顕微鏡 (SEM)で分析した.

    3. 結果と考察

    図 1は試料の断面の SEM像である.試料は,Al蒸気束の入射面に平行に破断してある.全ての試料について,通常の斜め蒸着膜に見られる斜めコラム構造は観察されない.そのかわり,図1(a)に示すように,α = 85◦で作製した試料には,まばらに分布したウィスカが存在している.そしてそのウィスカには,太さ約 500 nmのロッド状の形態のもの (ナノロッド)と太さ 100 nm以下のワイア状のもの (ナノワイア)がある.α = 73◦で作製した試料にも細いナノワイアが見つかるが,ナノロッドは見つからない [図 1(b)].α = 58◦で作製した試料にはナノロッドもナノワイアも全く見当たらない.これらのウィスカは基板温度 300 ◦C以上で成長し,ウィスカの内部から不純物は検出されなかった.ほとんどのウィスカの太さは似通っており,560± 80 nm程度である.また,長さは 3–4 µm, 1.5

    µm, 1.0 µmのいずれかであり,これらの中間のサイズのナノロッドは希少である.図 2に α = 85◦

    で作製した試料に成長したナノロッドとナノワイアの詳細な形態を示す.図 2(a)と 2(b)は,図 1(a)でアスタリスクを付したナノロッドの高倍率像である.明らかに両方のナノロッドとも成長方向に平行なファセットで囲まれている.それぞれのナノロッドを取り囲むファセットの数は異なるようである.おおくのナノロッドにおいて,入射する Al蒸気に直接さらされる側面上に図 2(a)と2(b)の右側のナノロッドに見られるような微粒子が観察される.対照的に図 2(a)と 2(b)の左側のナノロッドのように,スムーズな側面をもつナノロッドも存在する.数は少ないが,図 2(c)のように,そろばんの珠の様な形をもつナノロッドも見つけることができる.ナノロッドの形態の多様性は,ナノロッドの結晶性に変化があることを示唆している.TEM観察によれば,ナノロッドはいくつかの欠陥を含んでおり,ナノロッドの軸方向の結晶方位は完全に明らかになっていない.ナノロッドの結晶構造の詳細な解析は今後の研究課題の一つである.一方,α = 85◦ と 73◦ で作製した試料に見られるナノワイアは,ナノロッドに比べて非常に細い.例えば,図 1(a), (b)[図 3(a)も参照]および図 2(d)に見られるナノワイアの太さは 50 ± 5であり,長さはそれぞれ 7.1 µm,3.0 µm,3.0 µである.観察された全ての他のナノワイアの太さもおよそ 50 nmであったが,長さに関しては数 100 nm–10 µm近くに達するものまで様々であった.ナノロッドの場合とは対照的に,ナノワイアの側面にはファセットも微粒子も認められない.ただ

  • 1 µm1 µm1 µm(c)(c)(c)

    (d)(d)(d)(b)(b)(b)

    (a)(a)(a)

    図 2: Alナノロッド (a)-(c)とナノワイア (d)の SEM像.(a)と (b)は図 1(a)でアスタリスクを付したナノロッドの高倍率像である.(c)と (d)に示した像は,同じ試料の図 1(a)に示した部分とは異なる領域で撮影したものである.Al蒸気の入射方向は右から左である.

    しファセットについては,SEMや TEMによる観察は試料を一旦大気に取り出した後に行なうため,酸化によってファセットが消失した可能性がある.実際,TEMによる観察で,ナノワイアの中心部が 〈110〉方向に配向した単結晶 Alであり,側面の厚さ約 5 nmの部分が酸化されていることを確かめた.ナノロッドの場合とは異なり,ナノワイアには欠陥は観察されない.

    α = 85◦で作製した試料をみると,図 2(b)と (d)に示すようにナノロッドの根元の周辺に多数のファセットをもった粒がある.粒のファセット面はランダムな方位を向いているようである.このような粒の中から一軸方向に高速で成長するのに適したものが核生成されナノロッドへと成長したのではないかと考えられる.一方,図 3には,α = 73◦と 58◦で作製した試料の表面の SEM像を示してある.いずれの場合にも凹凸の激しい粒状の表面が形成されており,個々の粒にはファセットが見られる.しかしながら,これらの試料に見られる粒の形態は,α = 85◦で作製した試料の粒の形態に比べてかなり鋭さがなくなっている.このような表面形態の差異は,HT-GLADにおける自己シャドウイング効果がウィスカの核形成過程に重大な影響を及ぼしていることを示唆している.

    Alのウィスカに関する最初の報告は,純粋な Alの蒸気から,加熱したタングステン線 [10]もしくはセラミックのるつぼの壁 [11]に成長させたものであった.その後,エレクトロマイグレーション [12,13]や応力誘起のマイグレーション [14,15]によるウィスカ成長がおこるとの報告が多数なされているが,これらの研究では,加熱した基板上にAlを蒸着やスパタリングで成膜しただけではウィスカは成長しないと報告されている.先行研究の結果はお互いに矛盾しているように見えるが,タングステン線やるつぼの壁への気相の堆積では,かなりの量のAl原子が基板表面に

  • 1 µm1 µm1 µm(b)(b)(b)(a)(a)(a)

    図 3: SEM images of samples deposited at (a) α = 73◦ and (b) α = 58◦.

    斜めの方向から入射しうることに気付くべきである.本研究では,蒸気が斜めの方向から入射することが,ウィスカの成長において重要な役割を果たしていることが実証された.金属ウィスカの気相成長に対して,Sears [16]やMelmedとGomer [10]らは,以下の様な成長メカニズムを提案している.すなわち,吸着原子がウィスカの側面を高速で拡散し,ウィスカの先端に取り込まれるというモデルである.このモデルでは,表面拡散長はウィスカの長さよりも十分長くなければならない.本研究のナノロッドやナノワイアの場合,Al蒸気を一方向から入射しているにも関わらず,動径方向の形態の異方性はそれほど強くない.このことは,吸着したAl原子の表面拡散距離がナノロッドやナノワイアの半径に比べて著しく長いことを示唆している.ウィスカの表面に到達した全ての原子が吸着し,それらが全てウィスカ先端に拡散して取り込まれることでウィスカが成長するというモデル [10, 16]に基づくと,ウィスカの長さは,

    l(d) = l0 exp(γd) (1)

    の指数関数形式で表される.ここで,

    γ =2 tan α

    πr(2)

    であり,rはナノロッドやナノワイアの半径である.α = 85◦で成長したナノロッドの場合,α = 85◦,d = 72 nmであり,平均的なナノロッドのサイズは r = 250 nm, l(d) = 4 µmであるので,l0 ≈ 500nmである.従って,ナノロッドの成長のごく初期の段階で既にかなり背の高い種が存在していなければならないことになる.このことは,ウィスカの側面だけでなく,膜や基板の表面に堆積したかなりの量のAl原子がウィスカの成長に寄与していることを示唆している.表面の粒状形態に明確な異方性は認められないため,膜表面での表面拡散距離もウィスカの側面程ではなくとも そこそこ長いと思われる.さらに,我々は,基板温度 300 ◦Cで作製した d = 8 nmの試料表面に,既に長さ 1 µmに達するウィスカが形成されていることを確認した.α = 85◦で膜表面に堆積した Al原子が,ナノロッドの成長に多大な寄与をしていることは間違いない.一方,ナノワイアは小さな核からその側面に入射する原子を取り込むだけで成長させることが可能である.α = 73◦の場合でさえ,長さ 3 µmのナノワイアを得るために必要な核の高さは,式(2)を用いて l0 ≤ 2 nmと見積もられる.この単純な成長モデルに基づくと,ウィスカの成長速度 l̇と膜の堆積速度 ḋの関係は,l̇ = γlḋとかける.l̇ < ḋの時,ナノワイアは成長する粒に覆われるので,γl0 > 1という幾何学的に決まる条件がナノワイアの成長に必要である.本研究では,α = 58◦

    では全くナノワイアが見つからないのに対し,α = 73◦では長さ 3 µm以上のナノワイアが形成されている.この二つの蒸着角で tan αの値は極端には異なってないにも関わらずである.αの値に対するナノワイア成長の強い依存性は,ナノワイアの核形成過程の αに対する依存性に加え,l̇とḋの大小関係のクロスオーバーにも帰着できるであろう.

  • 単純な蒸着法による平坦な基板上での金属ウィスカのエンジニアリングについてはこれまで報告がない.その理由はウィスカの形成メカニズムに関してその起源もさることながら,成長の鍵になるパラメータすら分かっていなかったからである.我々は,HT-GLADがナノロッドやナノワイアの核形成に不可欠であり,金属ナノワイアの生成法として有望な技術になり得ると考える.

    4. まとめ

    本研究では,400 ◦Cに加熱した基板上に斜めに蒸着した Al薄膜の形態について研究した.通常の斜め蒸着膜に見られる斜めコラム構造は消失し,その代わりに凹凸の激しい粒状形態が形成された.加えて GLAD条件で作製された試料にのみ,平均の太さが 560 nmと 50 nmの太さの異なる 2種類のウィスカ (ナノロッドとナノワイア)が成長した.特にGLADは,成長初期の段階でのウィスカの形成に大変重要な役割を担っている.様々な金属について,おそらくAl同じメカニズムでのウィスカ成長が期待できるため,HT-GLADは金属ナノロッドやナノワイアの製造法として役立つであろう.

    謝辞

    本研究は木村健二 教授,中嶋薫助手,およびコベルコ科研の笹川 薫氏,岡野智規氏の協力を得て推進した.また,本学機械理工学専攻の木下技官には SEM観察で大変お世話になりました.ここに御礼申し上げます.

    研究発表実績 (関連の研究成果を含む)

    口頭発表: 国内会議: 6件,国際会議: 5件

    学術論文,会議論文:

    • M. Suzuki, K. Nagai, S. Kinoshita, K. Nakajima, K. Kimura, T. Okano, K. Sasakawa, “Vaporphase growth of Al whiskers induced by glancing angle deposition at high temperature,” Appl.Phys. Lett. 89 (2006) 133103.

    • M. Suzuki, K. Nagai, S. Kinoshita, K. Nakajima, K. Kimura, T. Okano, K. Sasakawa, “Morpho-logical Evolution of Al Whiskers Grown by High Temperature Glancing Angle Deposition,” J.Vac. Sci. & Technol. A (to be published).

    • M. Suzuki, K. Kinoshita, S. Jomori, H. Harada, K. Nakajima, K. Kimura, “Subsurface Structuresin Initial Stage of FeSi2 Growth Studied by High-Resolution Rutherford Backscattering Spec-troscopy,” Thin Solid Films (to be published).

    • H. Harada, S. Jomori, M. Suzuki, K. Kinoshita, K. Nakajima, K. Kimura, “Effect of Oblique-AngleDeposition on Early Stage of Fe-Si Growth,” Thin Solid Films (to be published).

    • M. Suzuki, K. Nakajima, K. Kimura, T. Fukuoka, Y. Mori, “Physically Self-assembled Au NanorodArrays for SERS,” 2006 MRS Fall Meeting, AbstractViewer (2006) Abstract No. E9.35.

    • M. Suzuki, K. Nakajima, K. Kimura, T. Fukuoka, Y. Mori, “Physically Self-assembled Au NanorodArrays for SERS,” Abstract book of ICORS 2006, 280.

    参考文献

    [1] W. K. Burton, N. Cabrera, F. C. Frank, The growth of crystals and the equilibrium structure of theirsurfaces, Phil. Trans. R. Soc. A 243 (1951) 299–358.

    [2] T. Motohiro, Y. Taga, Thin film retardation plate by oblique deposition, Appl. Opt. 28 (1989) 2466–2482.

    [3] K. Robbie, M. J. Brett, A. Lakhtakia, First thin film realization of a helicoidal bianisotropicmedium, J. Vac. Sci. Technol. A 13-6 (1995) 2991–2993.

    [4] K. Robbie, M. J. Brett, A. Lakhtakia, Chiral sculptured thin films, Nature 384-6610 (1996) 616.

  • [5] R. Messier, T. Gehrke, C. Frankel, V. C. Venugopal, W. Otaño, A. Lakhtakia, Engineered sculpturednematic thin films, J. Vac. Sci. Technol. A 15-4 (1997) 2148–5152.

    [6] M. Suzuki, Y. Taga, Integrated sculptured thin films, Jpn. J. Appl. Phys. Part 2 40-4A (2001) L358–L359.

    [7] T. Karabacak, A. Mallikarjunan, J. Singh, D. Ye, G. Wang, T. Lu, beta-phase tungsten nanorodformation by oblique-angle sputter deposition, Appl. Phys. Lett. 83-15 (2003) 3096–3098.

    [8] C. M. Zhou, D. Gall, Branched Ta nanocolumns grown by glancing angle deposition, Appl. Phys.Lett. 88 (2006) 203117.

    [9] J. Wang, H. Huang, S. V. Kesapragada, D. Gall, Growth of Y-shaped nanorods through physicalvapor deposition, Nano Lett. 5-12 (2005) 2505–2508.

    [10] A. J. Melmed, R. Gomer, Field emission from whiskers, J. Chem. Phys. 34-5 (1961) 1802–1812.

    [11] D. J. Barber, Growth of aluminium whiskers by vapour condensation, Nature (London) 194-4825(1962) 272–&.

    [12] I. A. Blech, E. S. Meieran, Electromigration in thin Al films, J. Appl. Phys. 40 (1969) 485–491.

    [13] M. Saka, R. Ueda, Formation of metallic nanowires by utilizing electromigration, J. Mater. Res. 20(2005) 2712–2718.

    [14] I. A. Blech, P. M. Petroff, K. L. Tai, V. Kumar, Whisker growth in Al thin films, J. Cryst. Growth32 (1976) 161–169.

    [15] K. Hinode, Y. Homma, Y. Sasaki, Whiskers grown on aluminum thin films during heat treatments,J. Vac. Sci. Technol. A 14-4 (1996) 2570–2576.

    [16] G. W. Sears, A growth mechanism for mercury whiskers, Acta Met. 3 (1955) 361–366.

  • 生体組織マトリクスの変形・損傷場と細胞ネットワークの相互作用

    工学研究科機械理工学専攻 田中 基嗣

    Abstract: The osteocyte network system embedded in bone matrix is considered as one of the important elements in the mechanosensory mechanism of the bone remodeling. This study developed the evaluation methods of the critical stimulus value for calcium response in isolated osteocytes and osteocytes embedded in the living bone tissue matrix to the direct deformation by the glass microneedles. The changes in the intracellular Ca2+ concentration were observed using a confocal laser-scanning microscope by means of the ratiometry method. As a result, it was shown that the osteocyte cell body was quantitatively less sensitive than the cell process. Secondary, we were successful to develop the strain evaluation method for osteocytes embedded in the living bone tissue matrix. Finally, we could estimate the critical strain value for calcium response in osteocytes embedded in the living bone tissue matrix qualitatively as about 2 % both for cell body and cell process. This knowledge can be applied to clarify the relation between the macroscopic mechanical stimulation to the bone matrix and the microscopic mechanosensing of osteocytes in detail. Key words: Osteocyte network, Mechanosensory mechanism, Living bone tissue matrix, Direct deformation

    1. はじめに

    骨細胞は,骨梁に対する力学負荷により生じる骨基質の変形・損傷場を感知し,骨細胞ネットワーク

    を介して刺激情報を周囲の細胞に伝達する機能を有すると考えられている[1].従来の骨細胞の生化学・力学刺激に対する細胞応答については,細胞全体に一様に与えられた刺激に対する細胞応答の検討[2]が主であり,単一の骨細胞における刺激付与部位と細胞応答を詳細に関連付けた報告例は少ない.そのた

    め,骨細胞の力学刺激感知・情報伝達機構は解明されていないのが現状である.また,生体内で骨細胞

    は周囲を硬い骨基質で覆われているため,骨のリモデリング現象における力学的階層構造を考えると,

    生骨組織のマクロな変形と骨細胞のミクロな力学刺激感知を結びつけた研究が望まれる.そこで,本研

    究では,骨細胞の複雑な力学刺激感知メカニズムの解明に向け,まず,骨組織から単離・培養した骨細

    胞(単離骨細胞)に対してマイクロニードルにより局所力学刺激を与え,細胞応答としての細胞内Ca2+

    濃度変化(カルシウム応答)をその場観察し,単離骨細胞の力学刺激付与部位とカルシウム応答との相

    関について定量的に検討した[3,4].また,生骨組織においてマイクロニードルにより変形を与えた際に骨細胞およびその周囲組織に生じるひずみ量の評価法を確立し,骨細胞のカルシウム応答を同時観察す

    ることで,カルシウム応答発生時における骨細胞の臨界ひずみ量の評価を試みた[5-7].

    2. 局所的な直接変形付与に対する単離骨細胞のカルシウム応答挙動の定量評価[3,4]

    2.1 緒言 単一の単離骨細胞の力学刺激応答挙動について,筆者らは,これまで,マイクロニードルにより直接変形を付与する実験系を用いて,細胞突起が力学刺激感知部位であることを示唆する結果を得

    た[8].次のステップとしては,骨細胞に対して付与する力学刺激量を定量的に評価・制御し,その上で力学刺激応答挙動を検討する必要がある.そこで,骨細胞単体への局所力学刺激とカルシウム応答との

    関連について詳細な検討をおこなうため,骨細胞に対する局所的な直接変形の定量的な評価・制御法の

    確立を試みた.その上で,直接変形を骨細胞の局所部位ごとに付与し,骨細胞における力学刺激付与部

    位とカルシウム応答発生刺激量の関係について検討した. 2.2 実験方法 2.2.1 骨細胞の単離および培養 Kamioka ら[9]の手法に準じ,13 日齢ニワトリ胚より採取した頭蓋冠を用いて骨細胞を単離した.単離した骨細胞を,poly-D-lysine および fibronectin でコーティングしたガラスボトムディッシュに,5.0 x 103~1.0 x 104 cells/dish の細胞密度で播種した.培地として 10% FBS 溶液

  • を加えたα-MEM を用い,15~18 h 培養(温度 37°C,湿度 100%,5%CO2-95%Air 環境下)した. 2.2.2 Ca2+蛍光指示薬の導入 カルシウム応答観察方法として,Ratiometry 法[10]を用いた.本実験では,2 種類のCa2+蛍光指示薬(Fluo 4 およびと Fura Red)を細胞内に導入し,これらの蛍光輝度比を測定した.Opti-MEM に Fluo 4-AM を 6 μM,Fura Red を 8 μM,溶解補助剤Cremophor EL を 0.1 %の濃度でそれぞれ添加した培地中にて単離骨細胞を 15 min 培養することにより,細胞内へ蛍光指示薬を導入した. 2.2.3 マイクロパーティクルの接着 骨細胞に付与する直接変形量評価のマーカーとして,φ = 1.0 μmの無色マイクロパーティクルを細胞膜に付着させた.細胞膜とマイクロパーティクルとの接着を促進す

    るため,ニワトリ由来の骨細胞膜上に存在するタンパク質に特異的に結合するマウスモノクローナル抗

    体 OB7.3[11]を用いて,マイクロパーティクルの表面にあらかじめコーティングした.マイクロパーティクルは,前述のCa2+蛍光指示薬導入の際に培地中に懸濁することにより,骨細胞膜に付着させた. 2.2.4 単離骨細胞への局所的な直接変形付与に対するカルシウム応答観察 マイクロマニピュレータに接続した先端直径 1~2 μm のマイクロニードルを,マイクロパーティクルの近傍に直接押し込むことにより変形を与えた(図 1).直接変形付与に対するカルシウム応答の同時観察には,共焦点レーザー走査型蛍光顕微鏡を用い,

    0.25 sec 間隔で画像を取得した.マイクロパーティクルが移動を開始した時間を細胞膜の変形開始時間 t = 0 sec とし,t = 0 sec からのマイクロニードル押し込み距離を骨細胞に対する力学刺激

    量と定義した.マイクロマニピュレータにリニアスライダーと

    ピエゾアクチュエータを設置した装置を用いて,マイクロニー

    ドル移動速度を制御(0.5 μm/sec)した. 図 1 単離骨細胞への直接変形付与 2.3 実験結果および考察 骨細胞の細胞突起の根元部分に局所的な力学刺激を与えた際の代表的な蛍光輝度比変化を図 2 に示す.骨細胞へのマイクロニードル押し込みにともない,蛍光輝度比が変形付与前に比べて 1.5 倍以上に増加しており,変形付与にともなうカルシウム応答の発生が確認できる.次に,骨細胞の細胞体部位および細胞突起部位にそれぞれ付着したマイクロパーティクル近傍への局所的な直

    接変形付与に対するカルシウム応答発生率を図 3 に示す.細胞突起への直接変形付与に対するカルシウム応答が,細胞体への直接変形付与に対してきわめて高い確率で発生した.また,カルシウム応答が観

    察された際の臨界刺激量を図 4 に示す.細胞突起部位においては,細胞体部位と比べて小さい刺激量によってカルシウム応答の発生に至ったことがわかる. 従来,骨基質中の骨細胞は,置かれる力学環境の違いによって,部位ごとに異なる力学刺激応答挙動

    を示すことが考えられていた[12].一方,本実験では,骨基質内における不均衡な力学環境要因がない状態で,細胞突起部位における高いカルシウム応答発生率と少ない刺激量でのカルシウム応答発生が観

    察された.このことは,骨細胞の力学刺激感知特性が,骨基質内での力学環境によるものだけではなく,

    骨細胞自身の部位における構造の違いに起因することを示唆する結果であるといえる.細胞に付与され

    る力学刺激が,細胞内へのカルシウムイオン動員を発生させる機構においては,アクチンフィラメント

    などの細胞骨格構造の存在が重要な役割を果たすと考えられている[13].本実験において観察された,単離骨細胞の細胞突起部位における鋭敏な力学刺激感知特性は,単離骨細胞における細胞突起部位に局

    図 2 単離骨細胞における蛍光輝度比変化 図 3 単離骨細胞におけるカルシウム応答発生率

    0.2

    0.4

    0.6

    0.8

    1

    1.2

    1.4

    -5 0 5 10 15 20

    Fluo

    resc

    ence

    ratio

    Time (sec)0

    10

    20

    30

    40

    50

    Cell body Cell process

    %

    Perc

    enta

    ge o

    f res

    pond

    ing

    cells

    6.7 %

    35.0 %

    n = 60 n = 20

  • 図 4 単離骨細胞におけるカルシウム応答発生刺激量 図 5 生骨組織への変形付与方法 在したアクチンフィラメント構造[9]との関連を示唆するものであり,骨細胞におけるアクチンフィラメント構造とカルシウム応答発生との関連性を初めて示した結果であるといえる. 2.4 まとめ 骨細胞の力学刺激感知メカニズムを検討するため,ニワトリ胚頭蓋冠より単離した単一の骨細胞について,局所力学刺激付与部位とカルシウム応答挙動の関連について検討した.その結果,細

    胞突起部位においては,細胞体部位と比べて高い確率でかつより小さい刺激量によってカルシウム応答

    が発生することがわかった.これより,骨細胞の力学刺激応答メカニズムにおいては,細胞内のアクチ

    ンフィラメント構造の局在による寄与が大きいことが示唆された.

    3. 生骨組織への変形付与に対する骨細胞のカルシウム応答挙動評価法の開発[5-7]

    3.1 緒言 骨リモデリングメカニズムの解明に向けて,単離骨細胞の力学刺激応答の素過程のみならず,骨組織に加えられるマクロな変形と骨細胞のミクロなカルシウム応答との関連について,力学的階層間

    を貫く実験的検討が望まれる.そこで,組織内において骨細胞が受ける力学刺激量とそのカルシウム応

    答を同時に計測・観察可能な実験系の構築を目指した.まず,マイクロニードルを用いて骨細胞周囲の

    組織に局所的な面内せん断変形を付与し,それにともなう骨細胞と周囲組織のひずみを導出した.また,

    せん断変形付与中の経時画像より,骨細胞のカルシウム応答をその場観察した.以上より,骨組織の変

    形にともなう骨細胞の力学刺激量とカルシウム応答の同時計測・観察法の構築について検討した. 3.2 実験方法 3.2.1 骨組織採取方法 13 日齢ニワトリ胚より採取した頭蓋冠を用いた.骨組織表面の骨膜中には骨細胞以外の細胞が存在するため,1 mg/ml のCollagenase Type I 溶液中で 30 min 振盪培養(37.5°C 環境下)し,骨膜を除去した.次に,0.05 % EDTA 溶液中で 15 min 振�