褐藻色素フコキサンチンの...
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褐藻色素フコキサンチンの 機能性と有効活用
宮下和夫
北海道大学大学院水産科学研究院
第2回アグリ技術セミナー:東京(2014.12.12)
日本で積極的に利用されている海藻
緑藻:
アオサまたはアオノリ(アオサ、アオノリ、ヒトエグサ)
海ブドウ(クビレズタ)
褐藻
モズク(90%は沖縄モズク、高級品のモズクはモズク、イシモヅクなど)
ワカメ(ワカメ、ヒロメ、アオワカメ)
コンブ(マコンブ、ミツイシコンブ、リシリコンブ、ホソメコンブ、ナガコンブ、ガゴメコ ンブなど)
アラメまたはカジメ(サガラメ、アラメ、カジメ、クロメ、ツルアラメ)
ヒジキ(ヒジキ)
アカモク(アカモク)
マツモ(マツモ)
紅藻
ノリ(養殖のりの98%はナラワスサビノリです。その他、
アサクサノリ、スサビノリ、ウップルイノリなど)
テングサ(テングサ)
古代の税の品目リスト
昔から日本人は海藻の恵みを受けていた
海人:先史時代、東南アジア方面で船を家として漁撈で暮らして
いた人々。その後日本列島に。
大和朝廷は海人族の功労を謝し、海人族
のとる海産物を喜んで受け入れた。
海藻の重要性: 交易物として、 ミネラルの補給源として、 神饌として(延喜式)、
税品目として(養老令)。
藻塩:海藻に海水をそそぎ、それを焼いて水に溶かし、そのうわずみを煮詰めて製造
伊勢神宮の神饌
今、世界中で海藻の栄養機能性が注目されている ミネラル、特にナトリウムの排出作用のあるカリウムが多い ナトリウム以外の成分、特にカリウムの塩味増強作用 タンパク質:陸上植物由来のタンパク質(米、小麦など)と比較
してアミノ酸スコアー(タンパク価)に優れている(白米:65、小 麦:36に対してのり:91)
炭水化物:難消化性の食物繊維(コンブで27.1%、ワカメで
32.7%;乾燥重量あたり)を多く含む 脂質:機能性に優れたオメガ3脂肪酸(EPAなど)が多い。
特にコンブ、ワカメなどの褐藻脂質には、科学的解明の進んだ 機能性成分としてフコキサンチンを含む。
フコキサンチンはカロテノイドの仲間
ベータカロテン
リコピン
ルテイン
アスタキサンチン
フコキサンチン
海藻と野菜中の総カロテノイド量
ワカメなどの褐藻にはカロテノイド、フコキサンチンが多い
4500
4000
3500
3000
2500
2000
1500
1000
500
0
総カロテノイド
(m
g/g乾重量
)
アカモク
褐藻 紅藻 緑藻 野菜
ワカメ
コンブ
ブロッコリー トマト
ニンジン
カロテノイド組成 褐藻:フコキサンチン(Fx)のみ 紅藻:Fx, ゼアキサンチン(Zx), ルテイン(Lu)など 緑藻や野菜:β-カロテン, Lu, ビオラキサンチン,
リコペンなど
褐藻色素フコキサンチンの特徴的生理作用
フコキサンチンの構造(アレン構造)に起因する独特な分 子機構に基づく抗肥満、抗糖尿病作用を示す
消化吸収と代謝物が明確(こうした食品成分は少ない) 化学合成、遺伝子組み換えなどによるフコキサンチンの供
給が現状では不可能 食経験のある褐藻類にフコキサンチンが多い
フコキサンチンの化学構造 HO
OCOCH3
C
HO
O
O
癌細胞に対する増殖抑制、アポトーシス誘導:この効果は
その他のカロテノイド(α-カロテンやアスタキサンチン)より
も強い
[Food Sci. Technol. Res. 5:243-246, 1999; J. Nutr. 131:3303-3306,
2001; Biochim. Biophys. Acta 1675:113-119, 2004; Chem. Biol. Int.
182:165-172, 2009]
強い抗炎症作用 [Exp. Eye Res. 81:422-428, 2005; Comp. Biochem. Phys. 142:53-59,
2006; J. Marine Biosci. Biotech., 1:48-58, 2006; Food Sci.
Biotechnol. 18:1-11, 2009]
抗酸化作用 [J. Agric. Food Chem. 55:8516-8522, 2007; J. Food Sci. Tech., 47:94-
99 (2010 J. Food Sci., 76:C104-C111, 2011]
フコキサンチンのカロテノイドとしての一般的な生物活性
フコキサンチン(Fx)の抗肥満・抗糖尿病作用
コントロール Fx投与(0.2%)
マウス内臓脂肪写真
コントロール Fx コントロール Fx
KK-Ay
(肥満・糖尿病病態) C57BL/6J (正常)
600
500
400
300
200
100
0
a
グルコース
(m
g/d
L)
血中グルコース
内臓白色脂肪 (g
/10
0g 体重)
a a
通常食 高脂 肪食
高脂肪食+Fx
5 4 3 2 1 0
精巣周囲脂肪
マウス組織中のフコキサンチン代謝物含量
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0
mg
/mg タンパク
アマロウシアキサンチンA
フコキサンチンール
Cis-フコキサンチノール
代謝物は内臓脂肪に集中的に蓄積
抗肥満作用について:2種類の脂肪細胞
白色脂肪細胞 (白色脂肪組織(WAT))
脂肪蓄積 脂肪燃焼
脂肪を蓄積する組織。そのレベルは白色脂肪細胞の分化(成熟度)の増大と共に増加。その結果様々なアディポサイトカインを放出。
Fat
Fat Fat
Fat
at Fat Fat
Fat
Fat Fat
褐色脂肪細胞 (褐色脂肪組織(BAT))
UCP1
BAT中には脱共役タンパク質(UCP1)が発現し、脂肪の酸化分解により生成するエネルギーをATPではなく、熱に変換する。
熱
Fat Fat
Fat Fat
Fat
ミトコンドリア
フコキサンチン投与による白色脂肪組織中でのUCP1の発現誘導
内臓WAT中UCP1 の発現誘導
熱産生
UCP1
Fat Fat
Fat Fat Fat
内臓WAT
フコキサンチン代謝物
b-Actin
UCP1
Control 0.025% 0.1%
フコキサンチン
内臓白色脂肪の褐色脂肪細胞化の可能性を初めて発見:ベージュ脂肪細胞の概念
白色脂肪細胞と褐色脂肪細胞の遺伝子発現レベルでの相違
褐色脂肪細胞
中性脂肪
b3Ad AC
HSL
cAMP
PKA
遊離脂肪酸
CREB
PPAR RXR PPARg
PKA
核
PGC-1
UCP1遺伝子
b3Ad AC
UCP1 熱
cyt c Tfam NRF1
PRDM16 PRDM16
PGC-1 PGC-1
cAMP
Mitochondrial biogenesis
白色脂肪細胞
C/EBPα C/EBPβ
フコキサンチンの抗肥満作用の分子機構
内臓白色脂肪組織中での褐色脂肪様細胞の発現誘導
内臓WAT アマロウシアキサンチンA
Fat
分解
内臓脂肪
β3受容体
PGC-1
Fat Fat
Fat Fat
Fat
Fat Fat Fat
Fat Fat
熱産生
Fat
Fat Fat
UCP1
ミトコンドリア生成促進
[J Functional Foods 5:1507-1517, 2013; Arch Biochem Biophys 504:17-25, 2010; Biochem Biophys Res Comm 332:392-397, 2005]
ヒトでのフコキサンチンの効果 ヒト(白人女性:肥満)がフコキサンチン(Fx)を一日2.4mg摂取した場合
45
40
35
30
体脂肪
(kg
)
100
95
90
85
80
体重
(kg
)
220 180 140 100
血中中性脂肪
(m
g/d
L) 20
15
10
5
0
肝臓脂質
(%
)
b b
b a
体重 体脂肪
肝臓脂質 血液脂質
a,bプラセボ(対照)と比較して有意差あり。 (aP<0.05; bP<0.01)
プラセボ Fx摂取
0 16週 0 16週
プラセボ Fx摂取
0 16週 0 16週
プラセボ Fx摂取
0 16週 0 16週
プラセボ Fx摂取
0 16週 0 16週
[Diabet Obesity Met 12:72–81, 2010]
フコキサンチン(Fx)の抗糖尿病作用
血中グルコース
aコントロールと比較して有意差あり。(P<0.05)
コントロール Fx コントロール Fx
KK-Ay
(肥満・糖尿病病態) C57BL/6J (正常)
[Mol. Med. Rep. 2:897-902, 2009; Arch. Biochem. Biophys. 504:17-25, 2010]
600
500
400
300
200
100
0
a
グルコース
(m
g/d
L)
糖負荷試験
グルコース
(m
g/d
L)
140
120
100
80
60
40
20
0
a a
通常食 高脂肪食 高脂肪食+Fx
グルコース
(m
g/d
L)
正常マウス(C57BL/6J) に高脂肪食を投与
0 20 40 60 80 100 120
a
Fx
コントロール
時間 (分)
KK-Ay
(肥満・糖尿病病態)
600
500
400
300
200
100
0
インスリン
(n
g/L
)
a
コントロール Fx
血中インスリン 5.0
4.0
3.0
2.0
1.0
0
KK-Ay
(肥満・糖尿病病態)
筋肉細胞でのGLUT4発現の増大と膜移行の促進
膜画分
細胞質画分
無添加 FxOH (10mM)
細胞膜と細胞質中のGLUT4タンパク質の分析
GLUT4
グルコース
インシュリン
PI3-K
PKB
(筋肉細胞)
移 行
C2C12細胞を分化させた後、フコキサンチノール (FxOH) (10mM) を添加。
フコキサンチン代謝物、フコキサンチノール(FxOH)
による筋肉細胞中のGLUT4の膜移行の促進
筋肉細胞でのGLUT4発現の増大
GLUT4遺伝子 GLUT4タンパク
2.5
2.0
1.5
1.0
0.5
0 無添加 FxOH (10mM)
1.6
1.2
0.8
0.4
0
a
タンパク発現
(コントロール比)
KK-Ay
(肥満・糖尿病病態) 遺伝子発現
(コントロール比)
コントロール Fx (0.2%)
a
2.5
2.0
1.5
1.0
0.5
0
正常マウス(C57BL/6J) に高脂肪食を投与
コントロール Fx (0.2%) b 1.8
1.2
0.6
0 無添加 FxOH (10mM)
a,bコントロールまたは無添加と比較して有意差あり。 (aP<0.05; bP<0.01)
遺伝子発現
(コントロール比)
タンパク発現
(コントロール比)
細胞にFxOH
添加
動物に Fx添加
速筋
遅筋
PGC-1a発現・AMPKの活性化 AMPKの活性化・インスリン抵抗性の改善
フコキサンチンの抗糖尿病作用の分子機構
TNFaやIL-6の分泌抑制
フコキサンチノール
HO
OH
C
HO
O
O
内臓WAT:炎症抑制とサイトカインの分泌制御によるインスリン抵抗性の改善 筋肉:運動時に見られるAMPKの活性化やPGC-1aの発現を介して、GLUT4の発
現量が低い速筋でGLUT4の発現を誘導し、GLUT4が豊富な遅筋ではGLUT4の 細胞膜移行を亢進
GLUT4発現亢進 GLUT4の細胞膜移行促進
O OH
OH
C
HO
O
アマロウシアキサンチンA
内臓WAT
[J Functional Foods 5:1507-1517, 2013; Phytomedicine19:389-394, 2012; J Agric Biol Chem 55:7701-7706, 2007]
各種褐藻の脂質含量とフコキサンチン含量
平均脂質含量
(mg/g)
フコキサンチン
(m
g/g 脂質
)
60
40
20
0
アカモク
ホンダワラ科
62.6 31.8 42.9 15.7 34.9 47.4 27.1 31.1 42.6
ホンダワラ科の海藻にフコキサンチンは多い
特にアカモク
アカモク?
縁起のいい海藻:アカモクは“ホンダワラ科”に属し、その形態が「稲穂」に似ている 小さな気泡が海藻の葉先にいっぱい着いている有様は、“稲穂”を連想 古来日本では、神事・正月飾り・祝い事に用いてきた 万葉集の中では“美の代名詞”『玉藻』 歳徳神(近年広まった恵方巻の恵方におられる神様)の馬に献ずるという意味の神馬藻 各地域に伝わる「縁起のいい使用の仕方」 宮城県塩釜市:塩神事 関東地域:正月門飾り・蓬莱飾り(現在の鏡餅・おせち料理にあたる) 島根県出雲市:力祝い(杵でこねた餅)に巻き上げる 山形県鶴岡市:神社祭典に神様に奉納(お供え物、お膳等に添える) 静岡県伊豆浜近辺:正月用の〆縄に橙、ホンダワラを付け飾る。
アカモク?
アカモク 東北地方では“ぎばさ”の名前で有名 薄い赤色は色素由来
成長速度が速い:日本沿岸の海藻の中でも トップクラスのひとつ
食経験がある 褐藻色素、フコキサ
ンチンが多い ミネラルが豊富 食物繊維が多い、タンパク質のアミノ酸組成
が優れている、オメガ3脂肪酸比率が高い。
ホンダワラ科海藻の脂質成分の季節変動(函館)
月
2008 2009 2010
オメガ
-3 脂肪酸
(m
g/g
総脂肪酸
)
6
5
4
3
2
1
0
冬から春にかけて油含量、オメ ガ-3脂肪酸とフコキサンチン含 量が増大。 ただし、その他の脂肪酸は増え
ない。 成長は春(5月から6月)に最大。 5月から6月が収穫の最適期。
総脂質
(m
g/g
乾燥重量
)
O N D J F M A M J J A S O N D J F M A M J J A S O N
50
40
30
20
10
0 O N D J F M A M J J A S O N D J F M A M J J A S O N
月
2008 2009 2010
冬から春
脂質 オメガ-3 脂肪酸
フコキサンチン (Fx)
Fx (
mg
/g 乾燥重量
)
冬から春
冬から春 冬から春
冬から春
冬から春
200
150
100
50
0
コンブ ワカメ ノリ アカモク コンブ ワカメ ノリ アカモク
コンブ ワカメ ノリ アカモク コンブ ワカメ ノリ アカモク
10000
8000
6000
4000
2000
0 含量
(m
g/1
00g乾燥重量
)
1200
1000
800
600
400
200
0 含量
(m
g/1
00g乾燥重量
)
1000
800
600
400
200
0 含量
(m
g/1
00g乾燥重量
)
14
12
10
8
6
4
2
0 含量
(m
g/1
00g乾燥重量
)
カリウム
マグネシウム
カルシウム
鉄
食用海藻中のミネラル含量
乾燥食用海藻中のミネラル含量 (mg/g乾燥重量)
健康と塩分摂取
66カ国で行われた107のメタアナリシス 2010年での世界の塩分摂取の平均値:3.95g/日(日本:
11~12g)。 平均より多い塩分摂取が原因となって心疾患で亡くなった
方:165万人。 この数値は心疾患で亡くなった方全体の9.5%を占める。 また、70歳以下の場合、17.8%の心疾患での死が塩分摂
取過多による。
[New Eng J Med 371:624-634, 2014]
減塩食:まずい 美味しく減塩をしたい! 塩分を減らす一方で美味しさの確保が必須 塩分を感じさせて、なおかつ、塩分濃度が低い食材の重要性 素材のテクチャーを変えることによる塩味の増強
[Cur Op Coll Inter Sci 18:334-348, 2013] カリウム、カルシウムや旨み成分の効果:特にカリウム しかし、カリウム(塩化カリウム)単独は苦い。 塩化ナトリウム+塩化カリウムにより塩味が増し、苦味も低減する
[J Food Sci 77:S319-S322, 2012]
カリウムを多く含む海藻素材の活用
カリウムなどのミネラルに富む優れた食素材: 美味しく減塩を可能にする最適の食材
フコキサンチンやオメガ3PUFAを多く含む:代謝改善作用
多糖類に富む:食物繊維の効果や食品物性の改善による美味し さの向上、嚥下機能活用
海藻の持続的活用の意味: 陸上植物よりも格段に優れた二酸化炭素固定力
成長するために淡水を必要としない
大型海藻は沿岸の環境を維持する上で極めて重要
大型の回遊魚を含め水産資源の持続的生産に必須(魚の産卵 場や幼魚の生育場)
アカモクなどの海藻素材の活用
10%含有パスタの物理的性状は食品として未添加よりも優れている 10%までの添加では風味の変化はなく、塩味増強:美味しい 10%含有パスタの脂肪酸組成ではオメガ3脂肪酸含量が増大(オメガ3:
オメガ6比1:15.2から1:3.4に改善(1:3~4がWHOの推奨値) アミノ酸スコアーの改善:リジンは0.59から0.73に、スレオニンは0.76から
0.98に改善 製造後及び調理後の機能性成分フコキサンチンの減少がほとんどない
(95%以上が残存)
褐藻粉末の応用例
パスタの脂肪酸組成
16:0 18:1n-9 18:2n-6 18:3n-3 18:4n-3 20:4n-6
20:5n-3(EPA) オメガ3:オメガ6
脂肪酸 (%) コントロール ワカメ粉末10%
17.54 17.65 55.52
3.68 - - -
1 : 15.2
16.31 15.01 45.77
5.15 5.91 2.44 3.06
1 : 3.4
[Food Chem 115:501-508, 2009]
海藻を素材とした食品の設計 しっかりとした塩味を持ち、美味しいけれどナトリウム含量の少ない
素材
海藻に含まれる栄養成分の特徴を活かした素材
新たな海藻素材開発と新産業創出
海藻粉末の活用や伝統的な藻塩(海藻に海水をそそぎ、それを焼い
て水に溶かし、その上澄みを煮詰めて製造)の利用
高い有用物質含量
高い生産性 環境に配慮した持続的生産
高い機能性 優れた汎用性
素材開発
病者用食品・医療用食品
優れた経済性
海藻機能性成分の特徴を最大限活用
新たな地域特産品創出
製品開発