財務諸表の監査における不正への対応 - jicpa- 1 - 《Ⅰ 本報告書の目的》...

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監査基準委員会報告書第 35 号 財務諸表の監査における不正への対応 平成18年10月24日 日本公認会計士協会 項番号 Ⅰ 本報告書の目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 Ⅱ 不正の定義及び特徴・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4 Ⅲ 経営者、取締役会及び監査役等の責任・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13 Ⅳ 不正に関する監査の固有の限界・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17 Ⅴ 不正による重要な虚偽の表示を発見する監査人の責任・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 21 Ⅵ 職業的懐疑心・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 23 Ⅶ 監査チーム内の討議・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 27 Ⅷ リスク評価手続・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 33 1.質問、並びに取締役会及び監査役等が実施した監視についての理解・・・・・・・ 34 2.不正リスク要因の検討・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 48 3.通例でない又は予期せぬ関係の検討・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 53 4.その他の情報の検討・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 55 Ⅸ 不正による重要な虚偽表示のリスクの識別と評価・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 57 1.収益認識における不正のリスク・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 60 Ⅹ 不正による重要な虚偽表示のリスクへの対応・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 61 1.全般的な対応・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 66 2.リスク対応手続・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 70 3.経営者による内部統制の無視のリスクに対応する監査手続・・・・・・・・・・・・・・・ 74 4.仕訳及び修正・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 77 5.会計上の見積り・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 80 6.重要な取引に対する事業上の合理性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 82 ⅩⅠ 監査証拠の評価・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 83 ⅩⅡ 経営者による確認書・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 90 ⅩⅢ 経営者及び監査役等とのコミュニケーション・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 93 ⅩⅣ 第三者への報告・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・102 ⅩⅤ 監査契約の継続の検討・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・103 ⅩⅥ 監査調書・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・107 ⅩⅦ 発効及び適用・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・112

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監査基準委員会報告書第 35 号

財務諸表の監査における不正への対応

平成18年10月24日

日本公認会計士協会

項番号

Ⅰ 本報告書の目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1

Ⅱ 不正の定義及び特徴・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4

Ⅲ 経営者、取締役会及び監査役等の責任・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13

Ⅳ 不正に関する監査の固有の限界・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17

Ⅴ 不正による重要な虚偽の表示を発見する監査人の責任・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 21

Ⅵ 職業的懐疑心・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 23

Ⅶ 監査チーム内の討議・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 27

Ⅷ リスク評価手続・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 33

1.質問、並びに取締役会及び監査役等が実施した監視についての理解・・・・・・・ 34

2.不正リスク要因の検討・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 48

3.通例でない又は予期せぬ関係の検討・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 53

4.その他の情報の検討・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 55

Ⅸ 不正による重要な虚偽表示のリスクの識別と評価・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 57

1.収益認識における不正のリスク・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 60

Ⅹ 不正による重要な虚偽表示のリスクへの対応・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 61

1.全般的な対応・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 66

2.リスク対応手続・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 70

3.経営者による内部統制の無視のリスクに対応する監査手続・・・・・・・・・・・・・・・ 74

4.仕訳及び修正・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 77

5.会計上の見積り・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 80

6.重要な取引に対する事業上の合理性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 82

ⅩⅠ 監査証拠の評価・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 83

ⅩⅡ 経営者による確認書・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 90

ⅩⅢ 経営者及び監査役等とのコミュニケーション・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 93

ⅩⅣ 第三者への報告・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・102

ⅩⅤ 監査契約の継続の検討・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・103

ⅩⅥ 監査調書・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・107

ⅩⅦ 発効及び適用・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・112

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付録1 不正リスク要因の例示

1.不正な財務報告による虚偽の表示に関する要因

(1) 動機・プレッシャー

(2) 機会

(3) 姿勢・正当化

2.資産の流用による虚偽の表示に関する要因

(1) 動機・プレッシャー

(2) 機会

(3) 姿勢・正当化

付録2 不正による重要な虚偽の表示に関するリスク対応手続の例示

1.財務諸表項目レベルにおける検討事項

2.不正な財務報告による重要な虚偽の表示に関するリスク対応手続

(1) 収益認識

(2) たな卸数量

(3) 経営者の見積り

3.資産の流用による重要な虚偽の表示に関するリスク対応手続

付録3 不正による重要な虚偽の表示の兆候を示す状況の例示

(1) 会計記録の矛盾

(2) 証拠の矛盾又は紛失

(3) 経営者の監査への対応

(4) その他

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《Ⅰ 本報告書の目的》

1.本報告書は、財務諸表の監査における不正への対応に関する監査人の責任につい

て実務上の指針を提供するものである。

本報告書は、監査基準委員会報告書第 29 号「企業及び企業環境の理解並びに重

要な虚偽表示のリスクの評価」及び同第 30 号「評価したリスクに対応する監査人の

手続」における指針を、不正による重要な虚偽表示のリスクに関してどのように適

用すべきかについて記載している。監査人は、本報告書における指針を監査の全過

程に組み込む必要がある。

2.本報告書の概要は、次のとおりである。

・ 不正の定義及び特徴(第4項から第 12 項)

ここでは、不正と誤謬の区別、さらに、監査に関連する二種類の不正、すなわ

ち不正な財務報告と資産の流用について説明している。

・ 経営者、取締役会及び監査役等の責任(第 13 項から第 16 項)

ここでは、経営者、取締役会及び監査役若しくは監査役会又は監査委員会(以

下、監査役若しくは監査役会又は監査委員会を「監査役等」という。)それぞれ

の不正の防止と発見に関する責任について説明している。

なお、本報告書において、経営者とは、取締役又は執行役のうち、企業におけ

る業務の執行において責任を有する者をいい、監査役設置会社においては、代表

取締役又は業務執行取締役を指し、委員会設置会社においては、代表執行役又は

執行役を指す。また、取締役又は執行役を以下「取締役等」という。

・ 不正に関する監査の固有の限界(第 17 項から第 20 項)

・ 不正による重要な虚偽の表示を発見する監査人の責任(第 21 項から第 22 項)

・ 職業的懐疑心(第 23 項から第 26 項)

ここでは、経営者、取締役等及び監査役等の信頼性及び誠実性に関する監査人

の過去の経験にかかわらず、不正による重要な虚偽の表示が行われる可能性を認

識し、監査の全過程を通じて、職業的懐疑心を保持することについて説明してい

る。

・ 監査チーム内の討議(第 27 項から第 32 項)

ここでは、監査チーム内で、財務諸表に不正による重要な虚偽の表示が行われ

る可能性があるかどうかについて討議すること、また、監査人に、その討議に参

加しない監査チームのメンバーへ伝達すべき事項を検討することについて説明

している。

・ リスク評価手続(第 33 項から第 56 項)

ここでは、不正による重要な虚偽表示のリスクを識別するための情報の入手に

ついて説明している。

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・ 不正による重要な虚偽表示のリスクの識別と評価(第 57 項から第 60 項)

ここでは、財務諸表全体レベルの不正による重要な虚偽表示のリスクと、財務

諸表項目レベルの不正による重要な虚偽表示のリスクを識別し評価すること、ま

た、リスクの評価に当たっては、内部統制(関連する統制活動を含む。)のデザ

インを評価し、それらが業務に適用されているかどうかを検討することについて

説明している。

・ 不正による重要な虚偽表示のリスクへの対応(第 61 項から第 82 項)

ここでは、財務諸表全体レベルの不正による重要な虚偽表示のリスクに応じた

全般的な対応を決定すること、財務諸表項目レベルの重要な虚偽表示のリスクに

対応する監査手続(以下「リスク対応手続」という。監査基準委員会報告書第

28 号「監査リスク」第9項参照)を実施すること、また、経営者による内部統

制の無視のリスクに対応する監査手続を実施することについて説明している。

・ 監査証拠の評価(第 83 項から第 89 項)

ここでは、入手した監査証拠を評価すること、識別した虚偽の表示が不正の兆

候であるかどうか検討することについて説明している。

・ 経営者による確認書(第 90 項から第 92 項)

ここでは、経営者から不正に関する事項について記載した確認書を入手するこ

とについて説明している。

・ 経営者及び監査役等とのコミュニケーション(第 93 項から第 101 項)

ここでは、経営者及び監査役等と実施するコミュニケーションについて説明し

ている。

・ 第三者への報告(第 102 項)

ここでは、不正に関する第三者への報告について説明している。

・ 監査契約の継続の検討(第 103 項から第 106 項)

ここでは、不正や不正の疑いにより虚偽の表示が行われた場合の、監査契約の

継続に関する検討について説明している。

・ 監査調書(第 107 項から第 111 項)

ここでは、関連する監査調書の記載事項について説明している。

3.監査人は、監査リスクを合理的に低い水準に抑えるよう監査計画を策定し監査を

実施する際に、不正による重要な虚偽表示のリスクを考慮しなければならない。

《Ⅱ 不正の定義及び特徴》

4.財務諸表の虚偽の表示は、不正又は誤謬から生ずる。不正と誤謬は、財務諸表の

虚偽の表示の原因となる行為が、意図的であるか意図的でないかで区別する。

5.誤謬とは、財務諸表の意図的でない虚偽の表示であって、金額又は開示の脱漏を

含み、次のようなものをいう。

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・ 財務諸表の基礎となるデータの収集又は処理上の誤り

・ 事実の見落としや誤解から生ずる会計上の見積りの誤り

・ 認識、測定、分類、表示又は開示に関する会計基準の適用の誤り

6.不正とは、財務諸表の意図的な虚偽の表示であって、不当又は違法な利益を得る

ために他者を欺く行為を含み、経営者、取締役等、監査役等、従業員又は第三者に

よる意図的な行為をいう。

不正は、様々な意味を含む広範囲な概念であるが、本報告書では、監査人が財務

諸表の監査において対象とする重要な虚偽の表示の原因となる不正について記載

している。なお、監査人は、不正が実際に発生したかどうかについての法的判断は

行わない。

また、経営者や取締役等が関与する不正を経営者不正、企業の従業員だけが関与

する不正を従業員不正という。いずれの場合でも、企業内部又は第三者との共謀の

可能性がある。

7.不正には、不正な財務報告(いわゆる粉飾)と資産の流用がある。

8.不正な財務報告とは、計上すべき金額を計上しないこと又は必要な開示を行わな

いことを含む、財務諸表の利用者を欺くために財務諸表に意図的な虚偽の表示を行

うことである。不正な財務報告は、次の方法により行われる場合がある。

・ 財務諸表の基礎となる会計記録や証憑書類の改ざん、偽造又は変造

・ 取引、会計事象又は重要な情報の財務諸表における不実表示や意図的な除外

・ 金額、分類、表示又は開示に関する意図的な会計基準の不適切な適用

9.不正な財務報告は、経営者による内部統制の無視を伴うことが多い。次のような

方法を用いた経営者による内部統制の無視によって、不正が行われる場合がある。

・ 経営成績の改ざん等の目的のために架空の仕訳記帳(特に期末日直前)を行う

こと

・ 会計上の見積りに使用される仮定や判断を不適切に変更すること

・ 会計期間に発生した取引や会計事象を認識しないこと、又は認識を不適切に早

めたり遅らせたりすること

・ 財務諸表に記録される金額に影響を与える可能性のある事実を隠蔽すること又

は開示しないこと

・ 企業の財政状態又は経営成績における不実表示を行うために仕組まれた複雑な

取引を行うこと

・ 重要かつ通例でない取引についての記録や条件を変造すること

10.不正な財務報告は、企業の業績や収益力について財務諸表の利用者を欺くために、

経営者が利益調整を図ることを目的として行われる可能性があり、このような利益

調整は、経営者の些細な行為又は仮定や判断の不適切な変更から始まることが多

い。

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経営者は、動機やプレッシャーにより、利益調整を行うことがある。例えば、業

績報酬を最大にしたいという欲求のために、又は市場の期待に応えるというプレッ

シャーのために、不正な財務報告を行おうとする場合がある。また、税金を最小限

にするために利益を圧縮するよう、又は銀行からの資金調達を確保するために利益

を水増しするよう動機付けられる場合がある。

11.資産の流用は、従業員により行われ比較的少額であることが多い。しかし、資産

の流用を偽装し隠蔽することを比較的容易に実施できる立場にある経営者が関与

することもある。

資産の流用は、次のような方法により行われる場合がある。

・ 受取金の着服(例えば、掛金集金を流用すること、又は償却済債権の回収金を

個人の銀行口座へ入金させること)

・ 物的資産の窃盗又は知的財産の窃用(例えば、たな卸資産を私用又は販売用に

盗むこと、スクラップを再販売用に盗むこと、企業の競争相手と共謀して報酬と

引換えに技術的情報を漏らすこと)

・ 企業が提供を受けていない財貨・サービスに対する支払(例えば、架空の売主

に対する支払、水増しされた価格と引換えに売主から企業の購買担当者に対して

支払われるキックバック、架空の従業員に対する給与支払)

・ 企業の資産を私的に利用すること(例えば、企業の資産を個人又はその関係者

の借入金の担保に供すること)

資産の流用においては、資産の紛失や正当な承認のない担保提供といった事実を

隠蔽するために記録又は証憑書類の偽造を伴うことが多い。

12.不正は、不正に関与しようとする「動機・プレッシャー」、不正を実行する「機

会」、不正行為に対する「姿勢・正当化」に関係している。

例えば、収入を超えた生活をしている者は、資産を流用する動機をもつ場合があ

る。経営者が、達成困難な利益目標について企業内外の関係者からのプレッシャー

のもとに置かれている場合、とりわけ財務的な目標を達成できないことが許されな

い場合には、不正な財務報告が行われる可能性がある。

また、部門の責任者や特定の内部統制の不備を知っている者など、内部統制を無

視できる立場にいる者は、不正な財務報告や資産の流用を実行する機会を有してい

る。

さらに、不正行為を働くことを正当化したり、不正であると認識しながら不誠実

な行動をとることを許容してしまうような姿勢、人格又は価値観を有している場合

がある。普段は誠実であっても、非常に強いプレッシャーを受けた場合には不正を

働く可能性がある。

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《Ⅲ 経営者、取締役会及び監査役等の責任》

13.不正を防止し発見する基本的な責任は経営者にあるが、取締役会及び監査役等に

もある。

経営者、取締役会及び監査役等それぞれが果たすべき責任は、企業のガバナンス

の形態により異なるため、監査人は、監査を実施するに当たって、企業のガバナン

スの形態に応じてそれぞれの責任をよく理解した上で、本報告書に基づいた対応を

することが必要である。取締役会は、会社法等の法令の規定により、取締役等の職

務の執行を監督する権限を有している。また、監査役等は、会社法等の法令の規定

により、取締役等の職務の執行を監査する権限を有している。

14.経営者は、取締役会による監督及び監査役等による監査(以下「監視」という。)

のもとで、不正発生の機会を減少させることとなる不正の防止や、不正の発見と処

罰の可能性によって各人に不正を思いとどまらせることとなる不正の抑止につい

て強調することが重要である。これには、誠実性と倫理的な行動を尊重する企業文

化が関係している。このような価値観に基づいた企業文化は、経営者や監査役等に

よって伝達・実践されるとともに、従業員が業務を遂行するに当たっての指針を与

える。誠実性と倫理的な行動を尊重する企業文化を造り出すということには、適切

な社風を醸成すること、好ましい職場環境を作り上げること、適切な従業員を雇用

し訓練し昇進させること、従業員に各自の責任について定期的な確認を求めるこ

と、そして、不正、不正の疑い又は不正の申立てに対して適切な対応をとらせるこ

とが含まれる。

15.取締役会及び監査役等は、経営者の監視を通じて、財務報告の信頼性、事業経営

の有効性と効率性及び事業経営にかかわる法令遵守について合理的な保証を提供

する内部統制が構築され維持されていることを確保する責任を有する。取締役会及

び監査役等による積極的な監視は、誠実性と倫理的な行動を尊重する企業文化を造

り出すことに対する経営者の関与を強化することができる。取締役会及び監査役等

は、監視責任を果たすに当たり、経営者が内部統制を無視する可能性、又は企業の

業績や収益力に関する投資家の判断に影響を与える利益調整のような、経営者によ

る不適切な財務報告プロセスに対する干渉を考慮する。

16.経営者は、取締役会及び監査役等による監視のもとで、可能な限り事業を整然か

つ効率的に実施することを確保するという目的を達成するために、統制環境を構築

し方針と手続を維持することについての責任を有している。この責任には、財務報

告に係る適切な内部統制の構築と維持が含まれる。

ただし、このような内部統制は、虚偽表示のリスクを低減させるが、なくすこと

はできない。経営者は、不正の防止と発見のために適用する内部統制の決定におい

て、不正による重要な虚偽表示に関するリスクを考慮する。その結果、経営者は、

不正による重要な虚偽表示のリスクを低減させるための特定の内部統制を適用し

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維持することは費用に見合わないと判断することがある。

《Ⅳ 不正に関する監査の固有の限界》

17.財務諸表の監査の目的は、経営者の作成した財務諸表が、一般に公正妥当と認め

られる企業会計の基準に準拠して、企業の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フ

ローの状況をすべての重要な点において適正に表示しているかどうかについて、監

査人が自ら入手した監査証拠に基づいて判断した結果を意見として表明すること

にある。しかしながら、監査の固有の限界のため、一般に公正妥当と認められる監

査の基準に準拠して適切に監査計画を策定し適切に監査を実施しても、重要な虚偽

の表示が発見されないという回避できないリスクがある。

18.不正は、文書を偽造すること、取引を故意に記録しないこと、又は意図的な不実

表示を行うことのように、不正を隠蔽するために巧妙かつ念入りに仕組まれたスキ

ームを伴うことがあるので、監査人にとって不正による重要な虚偽の表示を発見で

きないリスクは、誤謬による重要な虚偽の表示を発見できないリスクよりも高くな

る。そのような隠蔽が共謀を伴っている場合には、さらに発見することが困難にな

る。また、共謀は、監査証拠が実際には虚偽であるのに、説得力があると監査人が

考えてしまう要因となる場合がある。

監査人が不正を発見できるかどうかは、不正の巧妙さや改ざんの頻度と程度、改

ざんされた個々の金額の重要性、共謀の程度、関与した者の組織上の地位などに依

存している。会計上の見積りのような経営者の判断を要する領域において虚偽の表

示を発見した場合、監査人が不正の可能性を識別できたとしても、それが不正によ

るものか誤謬によるものかを判断することは困難である。

19.経営者は、直接的又は間接的に会計記録を改ざんし、不正な財務諸表を作成する

ことができる立場にある場合が多いので、経営者不正による重要な虚偽の表示を発

見できない監査人のリスクは、従業員不正による場合のリスクよりも高い。一定の

地位にある経営者は、例えば、取引を不正確に記録又は隠蔽することを部下に指示

することによって、他の従業員による不正を防止するためにデザインされた統制手

続を無視することができる。また、経営者は、その立場と権限を利用して、従業員

に不正の実行や協力を指示することができる。

20.不正による重要な虚偽の表示が事後的に発見された場合でも、そのこと自体が、

監査が適切に実施されなかったことを示すものではない。なぜならば、監査手続は、

経営者、取締役等、監査役等、従業員若しくは第三者の間での共謀による隠蔽、又

は偽造文書が関係する意図的な虚偽の表示の発見に対して有効でないことがあり

得るからである。監査が適切に実施されたかどうかは、その状況において実施され

た監査手続、その結果得られた監査証拠の十分性と適切性、及びその監査証拠の評

価に基づいた監査報告書の妥当性によって判断される。

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《Ⅴ 不正による重要な虚偽の表示を発見する監査人の責任》

21.監査人は、不正によるか誤謬によるかを問わず、全体としての財務諸表に重要な

虚偽の表示がないことについて合理的な保証を得る。監査における判断、試査、内

部統制の固有の限界等の要因、また、監査人に入手可能な監査証拠の多くは絶対的

というより相当程度の心証を得るものであるため、監査人は重要な虚偽の表示を発

見することについて絶対的な保証を得ることはできない。

22.監査人は、合理的な保証を得るために、監査の全過程を通じて、職業的懐疑心を

保持し、経営者による内部統制の無視のリスクを考慮するとともに、誤謬を発見す

るために有効な監査手続が、識別した不正による重要な虚偽表示のリスクとの関係

では適切ではない可能性があるということを認識する。本報告書は、監査における

不正のリスクを考慮すること、及び不正による重要な虚偽の表示を発見するための

手続の立案についての指針を提供している。

《Ⅵ 職業的懐疑心》

23.監査人は、職業的懐疑心を保持し、財務諸表に重要な虚偽の表示を生じさせる状

況が存在する可能性があることを認識して、監査計画を策定し監査を実施する。不

正のもつ特性から、不正による重要な虚偽表示のリスクを検討する場合には、監査

人の職業的懐疑心は特に重要である。

職業的懐疑心を保持することは、監査証拠を鵜呑みにせず批判的に評価する姿勢

を伴う。また、入手した情報と監査証拠が、不正による重要な虚偽の表示が存在す

る可能性を示唆していないかどうか継続的に疑問をもつことを求める。

24.監査人は、経営者、取締役等及び監査役等の信頼性及び誠実性に関する監査人の

過去の経験にかかわらず、不正による重要な虚偽の表示が行われる可能性を認識

し、監査の全過程を通じて、職業的懐疑心を保持しなければならない。

25.監査人の企業における過去の経験は、その企業を理解するために役立つが、状況

が変化している可能性があることから、職業的懐疑心を保持することは重要であ

る。監査人は、質問やその他の監査手続を実施する際に、職業的懐疑心を保持し、

経営者、取締役等及び監査役等が信頼でき誠実であると考えても、十分かつ適切な

監査証拠を入手しなければならない。例えば、経営者に対して職業的懐疑心を保持

する場合には、監査人から経営者への質問に対する回答及び経営者から入手したそ

の他の情報の合理性について、監査の過程で入手したすべての証拠と照らし合わせ

て注意深く検討する。

26.監査人は、情報の作成と管理に関する内部統制の検討を含めて、監査証拠として

利用する情報の信頼性を検討する。監査証拠による反証がない限り、監査人は、通

常、記録や証憑書類を真正なものとして受け入れることができる。監査では、記録

や証憑書類の鑑定を伴うことはほとんどなく、また、監査人は、そのような鑑定の

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技能を習得していないし、鑑定の専門家であることも期待されているとはいえな

い。しかし、監査の過程で把握した状況により、ある記録や証憑書類が真正ではな

い、又は後から変更されていると疑われる場合には、例えば、第三者に直接確認を

求めたり、記録や証憑書類の真正性を判断させるために専門家を利用することを検

討するなど、更に調査を実施する。

《Ⅶ 監査チーム内の討議》

27.監査チームは、財務諸表に不正による重要な虚偽の表示が行われる可能性がある

かどうかについて討議しなければならない。

28.監査人は、監査基準委員会報告書第 29 号「企業及び企業環境の理解並びに重要

な虚偽表示のリスクの評価」に記載されているとおり、監査チームにおいて、財務

諸表に重要な虚偽の表示が行われる可能性があるかどうかについて討議する必要

がある。この討議では、不正による重要な虚偽の表示が行われる可能性について、

特に重点を置くことになる。監査人は、職業的専門家としての判断や企業における

過去の経験及び現状認識に基づいて、討議に参加させる監査チームのメンバーを決

定する。通常、討議には、監査チームの主要メンバーが参加する。この討議により、

監査チームのメンバーは、財務諸表のどこにどのように不正による重要な虚偽の表

示が行われる可能性があるのかについての知識を共有することが可能となる。

29.監査人は、討議に参加しない監査チームのメンバーへ伝達すべき事項を検討しな

ければならない。監査チームのすべてのメンバーが討議されたすべての事項につい

て知ることは必ずしも必要ではない。例えば、ある子会社の監査を担当する監査チ

ームのメンバーは、他の子会社に関する事項を知る必要はない場合がある。

30.監査チームのメンバーは、経営者、取締役等及び監査役等が信頼でき誠実である

という考えをもたずに、疑問をもちながら討議を行う。討議内容には、通常、次の

事項が含まれる。

・ 財務諸表のどこにどのように不正による重要な虚偽の表示が行われる可能性が

あるのか、どのように経営者が不正な財務報告を行いこれを隠蔽できるのか、そ

して、どのように企業の資産が流用されることがあり得るのかについての意見交

・ 利益調整を示唆する状況及び利益調整のために経営者がとる手法の検討

・ 動機・プレッシャー、機会、姿勢・正当化に関する企業の外部及び内部要因の

検討

・ 現金など流用され易い資産に対する資産保全手続についての経営者の姿勢の検

・ 経営者又は従業員の不自然な又は説明のつかない行動又は生活様式の変化の検

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・ 不正による重要な虚偽の表示が行われる可能性に対し、監査の全過程を通じて、

職業的懐疑心を保持することの重要性の強調

・ 不正による重要な虚偽の表示の兆候を示す状況に遭遇した場合には、その状況

の検討

・ 実施する監査手続、その実施の時期及び範囲に、企業が想定しない要素をどの

ように組み込むかの検討

・ 不正による重要な虚偽の表示が行われる可能性に対応して実施する監査手続、

及びその監査手続が他の監査手続よりも有効であるかどうかの検討

・ 監査人が知り得た不正の申立ての検討

・ 経営者による内部統制の無視のリスクの検討

31.財務諸表に不正による重要な虚偽の表示が行われる可能性について討議すること

は、監査上重要である。監査人は、この討議により、財務諸表に不正による重要な

虚偽の表示が行われる可能性への適切な対応を検討し、監査チームのどのメンバー

がどの監査手続を実施するかについて決定する。さらに、監査手続の実施結果をど

のように監査チーム内で共有するか、また、不正の申立てにどのように対処するか

について、決定することが可能となる。

32.状況によっては、不正による重要な虚偽表示のリスクの評価又はそのリスクへの

対応に影響を与える情報を共有するために、討議を継続的に行うことが必要な場合

がある。例えば、四半期ごとに討議を行うことが適切な場合もある。

《Ⅷ リスク評価手続》

33.監査人は、監査基準委員会報告書第 29 号「企業及び企業環境の理解並びに重要

な虚偽表示のリスクの評価」に記載されているとおり、内部統制を含む、企業及び

企業環境を理解するために、リスク評価手続を実施する必要がある。なお、取締役

会及び監査役等が行う経営者の監視について理解するために実施する質問は、主に

監査役等を対象とする。

監査人は、リスク評価手続の一環として、不正による重要な虚偽表示のリスクの

識別のための情報を入手するために、次の手続を実施する。

(1) 経営者や監査役等(必要な場合、その他の企業構成員を含む。)に質問を行い、

不正のリスクの識別と対応について経営者が構築した一連の管理プロセスに対

する監視、及び不正のリスクを低減するために経営者が構築した内部統制に対す

る監視を、取締役会及び監査役等がどのように実施しているかを理解する。

(2) 不正リスク要因が存在しているかどうか検討する。

(3) 分析的手続の実施において識別した通例でない又は予期せぬ関係を検討する。

(4) 不正による重要な虚偽表示のリスクの識別に役立つその他の情報を検討する。

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《1.質問、並びに取締役会及び監査役等が実施した監視についての理解》

34.監査人は、内部統制を含む、企業及び企業環境を理解する際には、次の事項につ

いて経営者に質問しなければならない。

(1) 財務諸表に不正による重要な虚偽の表示が行われる可能性があるというリス

クに係る経営者の評価

(2) 不正のリスクの識別と対応について経営者が構築した一連の管理プロセス(経

営者が識別した特定の不正のリスク又は不正のリスクが存在する可能性がある

勘定残高、取引又は開示等を含む。)

(3) 上記(2)の管理プロセスに関して経営者と監査役等の協議が行われている場合

には、その内容

(4) 経営者の企業経営に対する考え方や倫理的な行動についての見解を従業員に

伝達している場合には、その内容

35.経営者は、内部統制の構築及び維持、並びに財務諸表の作成に関し責任を有する。

したがって、不正のリスクに関する経営者による評価、及び不正を防止し発見する

ために構築した内部統制に関する経営者による評価について、監査人が経営者に質

問することは有益である。

経営者による評価の内容、範囲及び頻度は、企業により様々である。ある企業で

は、経営者は、年次ベースで又は継続的な監視活動の一部として、詳細な評価を実

施する。また、別の企業では、経営者による評価は、制度化されているとまではい

えず、かつ頻度も多くないことがあり得る。特に比較的小規模な企業では、その評

価の焦点を、従業員不正に関するリスクや資産流用に関するリスクに置くこともあ

る。

経営者による評価の内容、範囲及び頻度は、企業の統制環境についての監査人の

理解に影響を与える。例えば、経営者が不正のリスクに関する評価を行っていない

場合は、経営者が内部統制を重視していないことを示している可能性がある。

36.オーナー経営の小規模な企業において、オーナー経営者は大企業よりも、より効

果的な監視活動を行うことにより、職務の分離に関する限界を補うことができる。

しかし、監査人は、不正による重要な虚偽表示のリスクを識別する際に、簡略化さ

れた内部統制において、オーナー経営者が内部統制を無視する可能性が高いことを

考慮する。

37.監査人は、不正のリスクの識別と対応について経営者が構築した一連の管理プロ

セスを理解するための質問を行う際に、内部又は外部からの不正の申立てに対応す

るプロセスについても質問する。また、多数の事業所がある企業の場合には、事業

所や事業セグメントに対する監視活動の内容や程度、及び不正のリスクが存在する

可能性がある事業所や事業セグメントがあるかどうかについて質問する。

38.監査人は、経営者及び内部監査部門(必要な場合、その他の企業構成員を含む。)

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にその企業に影響する不正、不正の疑い又は不正の申立てを把握しているかどうか

質問しなければならない。

39.経営者に対する質問は、従業員不正による重要な虚偽表示のリスクに関しての有

益な情報を入手することができるが、経営者不正による重要な虚偽表示のリスクに

関しての有益な情報を入手することができる可能性は低い。そのため、監査人は、

内部監査担当者やその他の企業構成員に対する質問により、経営者や財務報告プロ

セスの責任者とは異なった視点を得たり、通常、監査人と接しない企業構成員から

情報を入手できる場合がある。監査人は、職業的専門家としての判断により、質問

の対象者とする企業構成員と質問の範囲を決定する。この決定を行うに際しては、

不正による重要な虚偽表示のリスクの識別に有用な情報を入手できるかどうかを

考慮する。

40.監査人は、内部監査部門を有する企業については、内部監査担当者に質問を行う。

監査人は、次の事項について不正のリスクに関する内部監査担当者の見解につい

て検討する。

・ 監査対象期間において、内部監査担当者が不正を発見する手続を実施したかど

うか。

・ 内部監査担当者が発見した事項に対し、経営者が十分に対応したかどうか。

・ 内部監査担当者が不正、不正の疑い又は不正の申立てを把握しているかどうか。

41.監査人が、不正の存在や疑いについて質問するその他の企業構成員には、例えば、

次の者が含まれる。

・ 財務報告プロセスに直接関係しない業務担当者

・ 異なる職位の従業員

・ 複雑な又は通例でない取引の開始、記録又は処理に関係した従業員と、その管

理者又は監視者

・ 法務部門担当者

・ 倫理担当役員又はその同等者

・ 不正の申立てに対応する責任者

42.監査人は、質問に対する経営者の回答を評価する場合には、経営者が通常、最も

不正を行い易い立場にあることを認識し、職業的懐疑心を保持する。したがって、

監査人は、質問に対する回答を他の情報で裏付けることが必要かどうかを職業的専

門家としての判断により決定する。監査人は、質問に対する回答が首尾一貫してい

ない場合には、それを解明するよう努める。

43.監査人は、不正のリスクの識別と対応について経営者が構築した一連の管理プロ

セスに対する監視、及び不正のリスクを低減するために経営者が構築した内部統制

に対する監視を、取締役会及び監査役等がどのように実施しているかを理解しなけ

ればならない。

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44.取締役会及び監査役等は、リスク管理、財務報告及び法令遵守に関する体制を監

視する責任がある。取締役会及び監査役等は、不正のリスクに対する評価への監視

と、企業が識別した不正のリスクを低減するために構築した内部統制に対する監視

の役割を果たしている。

45.監査人は、不正のリスクの識別と対応について経営者が構築した一連の管理プロ

セス、及び不正のリスクを低減するために経営者が確立した内部統制に対する監視

を、取締役会及び監査役等がどのように実施しているかについて理解することによ

り、経営者不正が行われる可能性、内部統制の妥当性及び経営者の能力と誠実性に

関しての見識を得ることができる。

監査人は、取締役会及び監査役会(又は監査委員会)の議事録の閲覧、又は監査

役等への質問を実施することによって、これらを理解することができる。

46.監査人は、監査役等にその企業に影響する不正、不正の疑い又は不正の申立てを

把握しているかどうか質問しなければならない。

47.監査人は、経営者に対する質問への回答を確かめるために、監査役等に質問する

ことを検討する。これらの質問に対する回答が首尾一貫していない場合には、監査

人は、それを解明するために追加的な監査証拠を入手する。監査人は、監査役等へ

の質問により、不正による重要な虚偽表示のリスクを識別する場合がある。

《2.不正リスク要因の検討》

48.監査人は、内部統制を含む、企業及び企業環境を理解する際に、入手した情報が

不正リスク要因(次項参照)の存在を示しているかどうか検討しなければならない。

49.不正は、通常、隠蔽されるためその発見は非常に困難であるが、監査人は、内部

統制を含む、企業及び企業環境を理解する際に、不正に関与しようとする動機やプ

レッシャーの存在を示したり、又は不正を実行する機会を与えたりする事象や状況

の存在を識別する場合がある。このような事象や状況を、「不正リスク要因」とい

う。

不正リスク要因としては、例えば、次の事項が挙げられる。

・ 非現実的な利益目標の達成に対する多額のボーナスは、不正を実行する動機を

生じさせることがある。

・ エクイティ・ファイナンスのために第三者の期待に応えなければならない場合

には、不正を実行するプレッシャーを生じさせることがある。

・ 有効でない統制環境は、不正を実行する機会を生じさせることがある。

不正リスク要因の存在は、必ずしも不正が行われていることを示すわけではない

が、不正が発生した状況においては、不正リスク要因が存在していることが多い。

したがって、不正リスク要因の存在は、重要な虚偽表示のリスクに関する監査人の

評価に影響する。

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50.不正リスク要因を、重要度により序列を付けることは容易ではない。不正リスク

要因の重要度は様々である。特定の状況が重要な虚偽表示のリスクを示していない

企業にも不正リスク要因が存在することがある。したがって、監査人は、不正リス

ク要因が存在しているかどうか、及び不正による重要な虚偽表示のリスクの評価に

おいて不正リスク要因を検討すべきかどうかを、職業的専門家としての判断により

決定する。

51.付録1では、不正リスク要因を、不正な財務報告に関する不正リスク要因と資産

の流用に関する不正リスク要因とに分けて例示している。さらにこれらの要因を、

不正による重要な虚偽の表示が行われる場合に通常みられる三つの状況、すなわ

ち、不正に関与しようとする「動機・プレッシャー」、不正を実行する「機会」、及

び不正行為に対する「姿勢・正当化」に分類している。

監査人が不正行為を正当化する姿勢に関する不正リスク要因に気付くことは困

難であるものの、そのような情報の存在に気付く場合がある。

付録1で記載している不正リスク要因は、広範囲に及んでいるが例示にすぎない

ため、別の不正リスク要因が存在する場合があり、例示に含まれていないそれぞれ

の企業に特有の不正リスク要因にも留意する必要がある。また、付録1での例示が

あらゆる状況に適合しているとは限らず、企業の規模、複雑性、所有形態、業種又

は状況によって、重要度は異なるものとなる。

52.企業の規模、複雑性及び所有形態は、それに関連する不正リスク要因の検討に関

して重要な影響を与える。例えば、大規模企業の場合には、監査人は、通常、経営

者による不適切な行為を抑止する働きをもつ、取締役会、監査役等及び内部監査部

門の有効性、並びに文書化された行動規範の存在と運用について検討する。さらに、

事業部門の運営レベルで不正リスク要因を検討することにより、企業全体レベルで

の検討とは異なった見識を得ることもある。

小規模企業の場合には、これらの検討が意味をなさないか、重要度が低い場合が

ある。例えば、比較的小規模な企業では文書化された行動規範はないが、代わりに、

口頭による伝達や経営者による実践を通じて、誠実性と倫理的な行動を尊重する企

業文化を造り出していることがある。小規模企業において個人による経営支配がな

されていたとしても、それ自体が、内部統制と財務報告プロセスに関し適切な態度

を示し伝達することについて、経営者が怠っていることにはならない。例えば、経

営者の承認を求めることにより、その他の点で不備のある内部統制を補完できる

し、従業員不正に関するリスクも低減できる。しかしながら、個人による経営支配

は、経営者による内部統制の無視の機会があるので潜在的な不備となり得る。

《3.通例でない又は予期せぬ関係の検討》

53.監査人は、内部統制を含む、企業及び企業環境を理解するために分析的手続を実

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施する場合には、不正による重要な虚偽表示のリスクを示す可能性がある、通例で

ない又は予期せぬ関係を検討しなければならない。

54.分析的手続は、財務諸表及び監査において留意すべき、通例でない取引又は会計

事象、金額、比率及び傾向の存在を識別する場合に有益である。監査人は、分析的

手続を実施する際には、内部統制を含む、企業及び企業環境の理解に基づいて、デ

ータ間に存在すると推測される関係を利用して推定値を算出する。これらの推定値

と財務諸表項目の金額又は比率とを比較した結果、通例でない又は予期せぬ関係を

発見した場合には、不正による重要な虚偽表示のリスクを識別する際に、これらの

分析結果を考慮する。監査人は、架空売上や、経営者から提示されていない付帯契

約の存在を示唆するような顧客からの多額の返品といった、不正による重要な虚偽

表示のリスクを示す可能性がある通例でない又は予期せぬ関係を識別するために

収益勘定を対象として分析手続を実施することがある。

《4.その他の情報の検討》

55.監査人は、内部統制を含む、企業及び企業環境を理解する場合には、入手したそ

の他の情報が不正による重要な虚偽表示のリスクを示しているかどうか検討しな

ければならない。

56.監査人は、分析的手続の実施により入手した情報に加えて、不正による重要な虚

偽表示のリスクの識別に有用な、企業及び企業環境について入手したその他の情報

を検討する。《Ⅶ 監査チーム内での討議》に記載している監査チーム内の討議に

より、そのようなリスクの識別に役立つ情報を入手できる。さらに、監査契約の新

規の締結及び更新に関する手続並びに企業に対して実施したその他の業務、例え

ば、四半期財務情報のレビュー業務において入手した情報は、不正による重要な虚

偽表示のリスクの識別に寄与する場合がある。

《Ⅸ 不正による重要な虚偽表示のリスクの識別と評価》

57.監査人は、財務諸表全体レベル及び財務諸表項目レベルの重要な虚偽表示のリス

クを識別し評価する際に、不正による重要な虚偽表示のリスクを識別し評価しなけ

ればならない。不正による重要な虚偽表示のリスクであると評価したリスクは、特

別な検討を必要とするリスクである。したがって、監査人は、当該リスクに関連す

る内部統制(関連する統制活動を含む。)のデザインを評価し、それらが業務に適

用されているかどうかを判断しなければならない。

58.監査人は、不正による重要な虚偽表示のリスクを評価するため、次の事項を職業

的専門家としての判断に基づいて実施する。

(1) リスク評価手続の実施によって入手した情報の検討、及び取引、勘定残高、開

示等の検討により、不正のリスクを識別する。

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(2) 識別した不正のリスクが経営者の主張ごとにどのような虚偽の表示になり得

るかを検討する。

(3) 識別した不正のリスクが財務諸表に与える影響の程度(複数の虚偽の表示につ

ながる可能性等を含む。)及びその発生可能性を検討する。

59.経営者が不正を防止し発見するために構築している内部統制を、監査人が理解す

ることは重要である。経営者は、内部統制をデザインし業務に適用する場合に、適

用する内部統制の種類と範囲及び受け入れるリスクの種類と範囲に関して、詳細な

情報に基づく判断を行うからである。

例えば、監査人は、オーナー経営者が業務運営の日常的な監視活動を行っている

小規模企業の場合に、経営者が不十分な職務の分離によるリスクを意識的に受け入

れていることを把握する場合がある。このような理解から得られる情報は、不正に

よる重要な虚偽表示のリスクに対する監査人の評価に影響を与える不正リスク要

因の識別にとって有益な場合がある。

《1.収益認識における不正のリスク》

60.不正な財務報告による重要な虚偽の表示は、多くの場合、収益の過大計上(例え

ば、収益の先行認識又は架空計上)に起因するか、又は収益の過少計上(例えば、

収益の次年度以降への不適切な繰延べ)に起因する。したがって、通常、監査人は、

収益認識には不正のリスクがあると推定し、どのような種類の収益や取引形態又は

経営者の主張に関連して、不正のリスクが発生するかを考慮する。

収益認識に関係する不正による重要な虚偽表示のリスクであると評価したリス

クは、第 57 項に記載している特別な検討を必要とするリスクである。収益認識に

関係する不正による重要な虚偽の表示に関するリスク対応手続を付録2に例示し

ている。

監査人は、特定の状況下で、収益認識を不正による重要な虚偽表示のリスクとし

て識別しない場合には、その判断根拠を監査調書に記録する(第 110 項参照)。

《Ⅹ 不正による重要な虚偽表示のリスクへの対応》

61.監査人は、評価した財務諸表全体レベルの不正による重要な虚偽表示のリスクに

応じて、全般的な対応を決定しなければならない。

また、評価した財務諸表項目レベルの不正による重要な虚偽表示のリスクに応じ

て、リスク対応手続を立案し実施しなければならない。

62.監査基準委員会報告書第 30 号「評価したリスクに対応する監査人の手続」は、

特別な検討を必要とするリスクに個別に対応する実証手続の実施を監査人に求め

ている。

63.監査人は、次の方法で不正による重要な虚偽表示のリスクに対応する。

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(1) 全般的な対応 - 職業的懐疑心を高めるとともに、特定の手続以外の一般的

な検討を含む対応

(2) リスク対応手続 - 実施する監査手続、その実施の時期及び範囲の検討を含

む、識別した財務諸表項目レベルの不正による重要な虚偽表示のリスクへの対応

(3) 経営者による内部統制の無視のリスクへの対応 - 経営者による内部統制

の無視は予期せぬ手段により行われる可能性があるため、経営者による内部統制

の無視に絡んだ不正による重要な虚偽表示のリスクに対する監査手続の実施を

含む、識別したリスクへの対応

64.評価した不正による重要な虚偽表示のリスクへの対応は、次のとおり監査人の職

業的懐疑心に影響する場合がある。

(1) より注意深く、重要な取引の裏付けとなる証憑書類の種類及びその範囲を決定

すること

(2) 重要な事項に関する経営者の説明や陳述を裏付ける必要性の認識を高めるこ

65.監査人は、不正による重要な虚偽表示のリスクに十分に対応する監査手続を立案

することができないと判断した場合には、監査への影響を検討する(第 89 項及び

第 103 項参照)。

《1.全般的な対応》

66.監査人は、評価した財務諸表全体レベルの不正による重要な虚偽表示のリスクに

応じた全般的な対応の決定において、次の事項を考慮しなければならない。

(1) 監査チームのメンバーの配置と指導監督

(2) 企業が採用している会計方針

(3) 実施する監査手続、その実施の時期及び範囲への企業が想定しない要素の組込

67.評価した財務諸表全体レベルの不正による重要な虚偽表示のリスクに応じて、重

要な業務に配置する監査チームのメンバーの知識、技能及び能力を決定する。例え

ば、監査人は、情報技術(IT)専門家のような専門的な知識と技能をもったメン

バーを追加したり、より経験のあるメンバーを選任することによって対応する場合

がある。さらに、不正による重要な虚偽表示のリスクに関する監査人の評価と、監

査チームのメンバーの能力に応じて、指導監督の程度を決定する。

68.監査人は、重要な会計方針、特に主観的な測定と複雑な取引に関係する会計方針

について、経営者による選択及び適用を検討する。また、監査人は、会計方針の選

択及び適用が、経営者による利益調整に起因する不正な財務報告の可能性を示して

いるかどうかについて検討する。

69.企業構成員のうち、通常実施される監査手続を理解している者は、不正な財務報

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告の隠蔽が容易に行える場合がある。したがって、監査人は、実施する監査手続、

その実施の時期及び範囲の選択に当たって、企業が想定しない要素を組み込む。例

えば、重要性やリスクの観点からは通常選択しない勘定残高や経営者の主張につい

て実証手続を実施すること、想定される監査手続の実施時期を変更すること、異な

るサンプリング方法を使用すること、そして異なる事業所又は予告しない事業所で

監査手続を実施することなどである。

《2.リスク対応手続》

70.監査人は、評価した財務諸表項目レベルの不正による重要な虚偽表示のリスクへ

の対応として、次のとおり、実施する監査手続、その実施の時期及び範囲の変更を

検討する。

・ 監査人は、より証明力が強く適合性の高い監査証拠を入手するため、又は裏付

けとなる追加的な情報を入手するために、実施する監査手続の変更が必要となる

場合がある。このとき監査手続の種類とその組合せを勘案する。例えば、特定の

資産の実地たな卸立会や実査を実施することがより重要になる場合や、重要な勘

定や電子的な取引ファイルに含まれるデータについてより多くの証拠を集める

ためにコンピュータ利用監査技法(CAAT)の適用が必要となる場合がある。さら

に、追加的な裏付け情報を入手する手続を立案する場合もある。また、経営者に

利益目標を達成しなければならないプレッシャーがかかっている場合には、経営

者が預り売上などによって収益を過大計上するリスクがあり得るので、売上債権

残高とともに、契約日、返品に関する権利、出荷条件等の販売契約の詳細の確認

を実施し、さらに、販売契約及び出荷条件の変更について、経理部門以外の部門

に質問し、確認を補完することが有効な場合もある。

・ 監査人は、監査手続の実施の時期の変更が必要となる場合がある。例えば、期

末日又は期末日近くで監査手続を実施することが、評価した不正による重要な虚

偽表示のリスクにより適切に対応すると判断する場合や、意図的な虚偽の表示又

は利益操作が行われるリスクがあるとき、期末日前の監査上の結論を期末日まで

更新して適用するという監査手続は効果的ではないと判断する場合がある。ま

た、意図的な虚偽の表示、例えば、不適切な収益認識が関係する虚偽の表示は期

中で生じる場合があるので、監査対象期間を通じて、発生する取引に対して監査

手続を適用することがある。

・ 監査人は、実施する監査手続の範囲の変更が必要となる場合がある。例えば、

サンプルの範囲の拡大や、より詳細な分析的実証手続の実施が適切な場合もあ

る。また、CAAT を用いることにより、電子的な取引ファイルと勘定ファイルに

対するより広範囲な手続の実施が可能となる場合がある。CAAT は、重要な電子

的ファイルからのサンプルの抽出、特性に基づいた取引のソート又は母集団全体

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の検討に利用できる。

71.たな卸資産の数量に関係する不正による重要な虚偽表示のリスクを識別する場合

には、事前に在庫記録を査閲することが、実地たな卸手続において特に留意すべき

事業所や品目を識別するために役立つ。この査閲の結果、例えば、予告なしに特定

の事業所のたな卸に立ち会うことを決定したり、各事業所で一斉に実地たな卸を実

施するように企業に依頼する場合もある。

72.監査人は、資産評価、特定の取引(例えば、買収、事業再構築又は事業セグメン

トの廃止)に関する見積り、退職給付債務等のように、多くの勘定科目と経営者の

主張に影響する不正による重要な虚偽表示のリスクを識別する場合がある。また、

そのリスクは、経常的な見積りに関する仮定の重要な変更に関係することもある。

企業及び企業環境の理解を通じて入手した情報は、経営者の見積り及びその基礎と

なる仮定と判断の合理性に対する監査人の評価に役立つ。過年度における経営者の

類似の仮定と判断を遡及的に検討することにより、経営者の見積りを裏付ける仮定

と判断の合理性についての理解が得られることもある。

73.不正による重要な虚偽の表示に関するリスク対応手続を、付録2に例示している。

当該付録には、不正な財務報告と資産の流用に関係する不正による重要な虚偽表示

に関するリスク対応手続を例示している。

《3.経営者による内部統制の無視のリスクに対応する監査手続》

74.経営者は、第 19 項に記載しているように、有効に運用されている内部統制を無

視することによって、直接的又は間接的に会計記録を改ざんし、不正な財務諸表を

作成することができる特別な立場にある。経営者による内部統制の無視のリスクの

程度は企業ごとに様々であるが、すべての企業に存在する不正による重要な虚偽表

示のリスクである。したがって、不正による重要な虚偽表示のリスクに対する全般

的な対応とリスク対応手続に加えて、監査人は、経営者による内部統制の無視のリ

スクに対応する監査手続を実施する。

75.第 76 項から第 82 項は、経営者による内部統制の無視のリスクに対応するために

必要な監査手続を記載している。しかし、監査人は、これらの項に記載した以外の

対応が特に必要となる経営者による内部統制の無視のリスクがあるかどうかも検

討する。

76.監査人は、経営者による内部統制の無視のリスクに対応するため、次の監査手続

を立案して実施しなければならない。

(1) 総勘定元帳に記録された仕訳や決算プロセスにおける修正についての適切性

の検証

(2) 会計上の見積りに関し、不正による重要な虚偽の表示につながる偏った傾向が

あるかどうかの検討

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(3) 企業の通常の事業活動の範囲を超えた重要な取引、又は企業及び企業環境に関

する監査人の理解に基づけば通例でないと判断される重要な取引に係る事業上

の合理性の理解

《4.仕訳及び修正》

77.不正による重要な虚偽の表示は、不適切な又は権限外の仕訳を会計期間を通じて

又は期末に記録する操作や、決算修正又は組替えのように正規の仕訳に反映されな

い財務諸表上の金額を修正する操作のように、財務報告プロセスにおける操作を伴

うことが多い。監査人は、総勘定元帳に記録された仕訳や決算プロセスにおける修

正についての適切性を検証するために、次の手続を実施する。

(1) 財務報告プロセス並びに仕訳及び修正に関する内部統制を理解する。

(2) 仕訳及び修正に関する内部統制のデザインを評価し、それらが業務に適用され

ているかどうか判断する。

(3) 財務報告プロセスの担当者に対して、仕訳及び修正のプロセスに関連する不適

切な又は通例でない処理がないかどうか質問する。

(4) 詳細テストを実施する時期を決定する。

(5) 詳細テストを実施する仕訳及び修正を識別して抽出する。

78.監査人は、詳細テストを実施する仕訳及び修正を識別して抽出し、それらの裏付

けを適切に検証する方法を決定するために、次の事項を考慮する。

・ 不正による重要な虚偽表示のリスクの評価 - 不正による重要な虚偽表示の

リスクの評価の過程で入手した不正リスク要因とその他の情報は、詳細テストを

実施する特定の仕訳及び修正を識別するのに役立つ場合がある。

・ 仕訳及び修正に関して適用された内部統制 - 仕訳及び修正に関する内部統

制について、監査人が運用評価手続を実施し有効と判断した場合には、必要とな

る詳細テストの範囲を狭めることができる。

・ 財務報告プロセスと入手可能な証拠 - 多くの企業では、定型的な取引の処

理を人手による手順や手続と自動化された手順や手続を組み合わせて行ってい

る。同様に仕訳及び修正のプロセスにおける手続や内部統制も、人手と自動化さ

れた方法の組合せで行っている場合が多い。財務報告プロセスにおいてITを利

用している場合には、仕訳や修正の入力内容は電子的情報のみで存在する場合が

ある。

・ 不適切な仕訳や修正がもつ特性 - 不適切な仕訳や修正は、識別できる特性

をもっていることが多い。例えば、次のようなものである。

- 取引とは無関係な又はほとんど使用されない勘定を利用した仕訳

- 入力担当者以外によって入力された仕訳

- 期末又は締切後の仕訳のうち、摘要欄の説明が不十分な仕訳

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- 未登録の勘定科目を用いて行われる仕訳

- 概算値又は同じ数字が並ぶ数値(例えば、9,999)を含んでいる仕訳

・ 勘定の性質と複雑性 - 不適切な仕訳や修正は、次のような勘定に含まれる

場合がある。

- 複雑な又は通例でない取引を含む勘定

- 重要な見積りと期末修正を含む勘定

- 過去において虚偽の表示に利用された勘定

- 適時に調整されていない又は未調整の差異を含む勘定

- 内部取引を含む勘定

- その他、識別した不正による重要な虚偽表示のリスクと関係する勘定

なお、複数の事業所又は子会社等がある企業では、複数の事業所からの仕訳を

抽出する必要性を検討する。

・ 非定型的に処理された仕訳や修正 - 非定型的な仕訳については、月次の販

売、購買、支払といった経常的な取引を帳簿に記録する仕訳と同じレベルの内部

統制を適用できない場合がある。

79.監査人は、仕訳及び修正に対する詳細テスト、その実施の時期及び範囲を、職業

的専門家としての判断に基づき決定する。不正な仕訳や修正は、多くの場合、期末

に行われるため、監査人は、通常、期末時点で行われた仕訳や修正を抽出する。し

かし、財務諸表の不正による重要な虚偽の表示や様々な隠蔽行為は年度を通じて起

こり得るため、監査人は監査対象期間を通じて仕訳や修正を抽出する必要性がある

かどうかについて検討する。

《5.会計上の見積り》

80.経営者は、財務諸表の作成に際して、重要な会計上の見積りに影響する多くの仮

定又は判断を行うこと及び継続して見積りの合理性を監視する責任がある。不正な

財務報告は、会計上の見積りに関する意図的な虚偽の表示によって行われる場合が

多い。監査人は、不正による重要な虚偽の表示となり得る会計上の見積りの検討に

おいて、次の手続を実施する。

(1) 監査人は、監査証拠に裏付けられた最善の見積りと財務諸表に含まれる見積り

との間の差異が、個々に合理的である場合であっても、経営者の偏った傾向の可

能性を示しているかどうか検討し、偏った傾向の可能性を示している場合には、

これらの見積りを全体として再検討する。

(2) 過年度の財務諸表に反映された重要な会計上の見積りに関連する経営者の仮

定及び判断に対する遡及的な検討を実施する。この検討の目的は、経営者の偏っ

た傾向の可能性が示されているかどうかを判断することであり、過年度において

利用可能であった情報を基礎とした職業的専門家としての監査人の判断を問題

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とするものではない。

81.監査人は、会計上の見積りに関する経営者の偏った傾向が存在する可能性を識別

した場合には、そのような偏った傾向を引き起している状況が不正による重要な虚

偽表示のリスクを示しているかどうか評価する。監査人は、経営者が企業の業績と

収益力について財務諸表の利用者を欺く目的で、利益の平準化又は目標利益水準を

達成するために、引当金等がすべて過少又は過大表示されているかどうか検討す

る。

《6.重要な取引に対する事業上の合理性》

82.監査人は、企業の通常の事業活動の範囲を超えた重要な取引、又は企業及び企業

環境に関する監査人の理解やその他監査中に入手した情報を考慮すれば通例でな

いと判断される重要な取引について、事業上の合理性を理解する。

事業上の合理性について理解する目的は、その重要な取引が、不正な財務報告を

行うため、又は資産の流用を隠蔽するために行われたかどうかを合理性の有無の検

討により判断することにある。監査人は、事業上の合理性を理解するために、次の

事項を検討する。

・ 取引の形態が非常に複雑であるかどうか(例えば、連結グループ内における多

数の企業間の取引、又は通常は取引関係のない第三者との取引)。

・ 経営者が、取引の内容や会計処理を取締役等又は監査役等と討議し、十分に文

書化しているかどうか。

・ 経営者が、取引の経済的合理性よりも特定の会計処理を必要としているかどう

か。

・ 特別目的会社等を含む非連結の関連当事者との取引が、取締役会によって適切

に検討され承認されているかどうか。

・ 取引が、以前には識別されていなかった関連当事者や、被監査会社からの支援

なしには取引を裏付ける実体や財務的資力をもっていない取引先に関係してい

るかどうか。

《ⅩⅠ 監査証拠の評価》

83.監査人は、監査基準委員会報告書第 30 号「評価したリスクに対応する監査人の

手続」に記載されているとおり、実施した監査手続及び入手した監査証拠に基づい

て、財務諸表項目レベルの重要な虚偽表示のリスクに関する評価が適切であるかど

うかを判断する必要がある。これは、基本的に監査人の職業的専門家としての判断

による。

これにより、不正による重要な虚偽表示のリスクと、追加的な又は異なる監査手

続を実施する必要性についての深い理解が得られる。この判断に当たって監査人

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は、監査の全過程を通じて、不正による重要な虚偽表示のリスクを示す情報や状況

に関して監査チームの他のメンバーと適切な討議を行ったかどうかについても検

討する。

84.財務諸表の監査は、累積的かつ反復的なプロセスである。監査人は、監査手続を

実施する過程において、不正による重要な虚偽表示のリスクの評価に際して基礎と

した情報と著しく異なる情報、例えば、会計記録の矛盾、又は証拠の矛盾や紛失に

気付くこともある。また、監査人と経営者との信頼関係が損なわれることや対立関

係になることもあり得る。付録3では、このような不正による重要な虚偽の表示の

兆候を示す状況を例示している。

85.監査人は、財務諸表が全体として事業に関する監査人の理解と合致していること

について全般的な結論を形成するために実施した、監査の最終段階における分析的

手続の結果が、それまで認識していなかった不正による重要な虚偽表示のリスクを

示していないかどうか検討しなければならない。

どのような傾向や関係が不正による重要な虚偽表示のリスクを示しているかを

決定する際には、職業的専門家としての判断を要する。特に、収益や利益に関する

期末における通例でない関係には注意する。例えば、期末日前の数週間に計上され

た、異常に多額な利益や通例でない取引、又は営業活動によるキャッシュ・フロー

の傾向と矛盾する利益などである。

86.監査人は、虚偽の表示を発見した場合、当該虚偽の表示が不正の兆候であるかど

うか検討し、兆候であると判断したときには、他の監査局面との関係、特に経営者

の陳述の信頼性に留意して、当該虚偽の表示が与える影響を検討しなければならな

い。

87.不正が単発的に発生すると判断することは不適切である。監査人は、識別した虚

偽の表示が特定の領域において不正による重要な虚偽表示のリスクが高いことを

示すものかどうかについても検討する。例えば、特定の事業所での多数の虚偽の表

示は、その累積的影響が重要でないとしても、不正による重要な虚偽表示のリスク

である可能性がある。

88.監査人は、虚偽の表示が不正によるものである又はその可能性があるが、財務諸

表に与える影響が重要でないと考えている場合でも、その影響、特に、関与した者

の組織上の地位を考慮してその影響を評価する。例えば、小口現金からの流用に関

係する不正は、資金の取扱方法と上限額の設定によって潜在的な損失額が限定さ

れ、また、小口現金の保管は通常、従業員により行われているので、不正による重

要な虚偽表示のリスクの評価に関して、重要性がない又は影響範囲が狭い場合が多

い。また、経営者等が関係している場合には、たとえ金額自体が財務諸表に対して

重要でないとしても、例えば、経営者の誠実性に影響するような広範な問題となり

得る。そのような状況においては、不正による重要な虚偽表示のリスクに関する評

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価と、実施するリスク対応手続、その実施の時期及び範囲への影響を再評価する。

また、経営者の陳述の網羅性と信頼性及び会計記録と証憑書類の真正性が疑わしく

なるので、監査人は、それまでに入手した証拠の信頼性を再検討する。監査人は、

証拠の信頼性を再検討する場合に、従業員、経営者又は第三者による共謀の可能性

も検討する。

89.監査人は、不正が行われた結果として財務諸表に重要な虚偽の表示が行われてい

ると判断した場合、又はそうであるかどうかを判断することができない場合には、

監査及び監査報告に対する影響を検討しなければならない。

《ⅩⅡ 経営者による確認書》

90.監査人は、次の事項を記載した経営者確認書を入手しなければならない。

(1) 不正を防止し発見する内部統制を構築し維持する責任は、経営者にあることを

承知している旨

(2) 不正による財務諸表の重要な虚偽の表示の可能性に対する経営者の評価を監

査人に示した旨

(3) 次の者が関与する企業に影響を与える不正又は不正の疑いがある事項に関す

る情報が存在する場合、当該情報を監査人に示した旨

① 経営者

② 内部統制において重要な役割を担っている従業員

③ 財務諸表に重要な影響を及ぼすような不正に関与している者

(4) 従業員、元従業員、投資家、規制当局又はその他の者から入手した財務諸表に

影響する不正の申立て又は不正の疑いに関する情報を監査人に示した旨

91.監査基準委員会報告書第3号「経営者による確認書」は、経営者から適切な確認

書を入手することに関しての指針を提供している。

経営者には、適正な財務諸表を作成する責任があること、企業の規模にかかわら

ず、不正を防止し発見する内部統制を構築し維持する責任があることを経営者が承

知していることが重要である。

92.不正の特性や、不正による重要な虚偽の表示を発見することの困難さから、不正

による財務諸表の重要な虚偽の表示の可能性に対する経営者の評価に関する情報、

及び企業に影響を与える不正、不正の疑い又は不正の申立てに関する情報を監査人

に示したことを確認する書面を、監査人が経営者から入手することは重要である。

《ⅩⅢ 経営者及び監査役等とのコミュニケーション》

93.監査人は、不正を識別した場合、又は不正が存在する可能性があることを示す情

報を入手した場合、速やかに、適切なレベルの役職者に報告しなければならない。

94.監査人が不正が存在又は存在するかもしれない証拠を入手した場合は、速やかに、

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適切なレベルの役職者の注意を喚起することが重要である。これは、例え些細な事

項(例えば、従業員による少額の使込み)であっても同様である。どのレベルの役

職者が適切かの決定は、職業的専門家としての判断事項であり、共謀の可能性、不

正の内容や影響の度合等を考慮する。通常、適切な役職者のレベルは、当該不正に

関与していると思われる者の上位者である。

95.監査人は、次の者が関与する不正を識別した場合、速やかに、監査役等に報告し

なければならない。

(1) 経営者

(2) 内部統制において重要な役割を担っている従業員

(3) 重要な虚偽の表示となる不正に関与している者

96.監査役等とのコミュニケーションは、口頭又は書面により行われる。監査人は、

経営者が関与する不正又は重要な虚偽の表示となった不正の場合、その内容や影響

の度合等により、文書によっても報告する必要があるかどうか検討する。

監査人は、経営者が関与する不正が疑われる場合、監査役等に報告するとともに、

必要となる監査手続、その実施の時期及び範囲についても討議する。

97.監査人は、経営者、取締役等又は監査役等の信頼性や誠実性が疑わしい場合、適

切に対応するため、法律専門家に助言を求めることを検討する。

98.重要な虚偽の表示とはならない従業員による不正に気付いた場合のコミュニケー

ションの方法と範囲については、監査の初期段階で監査役等と協議する。

99.監査人は、不正を防止し発見するための内部統制のデザインと業務への適用に係

る重大な欠陥に気付いた場合、速やかに、適切なレベルの経営者、監査役等又は適

切なレベルの責任者に報告しなければならない。

100.監査人は、内部統制が存在しない若しくは内部統制が不十分であるために生じ

た不正による重要な虚偽表示のリスクを識別した場合、又は企業のリスク評価プロ

セスに重大な欠陥があると判断した場合、当該欠陥を企業のガバナンスに係る監査

上の問題点として取り上げる。

101.監査人は、監査役等と討議すべき不正に関連するその他の事項があるかどうか

検討しなければならない。

当該事項には、例えば、次の事項が含まれる。

・ 不正を防止し発見するために構築された内部統制、並びに財務諸表の虚偽の表

示の可能性に対する経営者の評価の手続、その範囲及び頻度についての懸念事項

・ 識別した内部統制の重大な欠陥に対する経営者の不適切な対応

・ 識別した不正に対する経営者の不適切な対応

・ 経営者の能力と誠実性に関する問題を含む、企業の統制環境に関する監査人の

評価

・ 不正な財務報告を示唆する経営者の行動(例えば、企業の業績や収益力につい

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て財務諸表の利用者を欺くための利益調整が行われたことを示唆する会計方針

の選択及び適用)

・ 企業の通常の事業活動の範囲を超えるような取引の承認に関する適切性又は網

羅性に関する懸念事項

《ⅩⅣ 第三者への報告》

102.監査人は、守秘義務があるため、被監査会社の同意がある場合や法令等の規定

に基づく場合等正当な理由がある場合を除き、発見した不正について第三者に対し

て報告又は漏らしてはならない。

不正に関して第三者に対する報告が必要な場合には、それが正当な理由に該当す

るかどうかにつき、適切な法律専門家に助言を求めることが有益である。

《ⅩⅤ 監査契約の継続の検討》

103.監査人は、不正や不正の疑いにより虚偽の表示が行われた結果として、監査契

約の継続が問題となるような例外的な状況に直面した場合、次の事項を実施しなけ

ればならない。

(1) その状況において必要となる職業倫理上及び法律上の責任を検討すること(企

業又は規制当局等への報告が必要かどうかを含む。)

(2) 監査契約の解除の当否を検討すること

(3) 監査人が監査契約を解除する場合は、

① 監査契約の解除及びその理由に関して、適切なレベルの経営者及び監査役等

と討議すること

② 企業又は規制当局等に、監査契約の解除及びその理由を報告する職業倫理上

及び法律上の必要性について検討すること

104.監査契約の継続が問題とされるような例外的状況は、例えば、次の場合に発生

することがある。

(1) 不正が財務諸表にとって重要でない場合でも、その状況において監査人が必要

と考える不正に関する適切な行動を企業がとらない。

(2) 不正による重要な虚偽表示のリスクに関する監査人の検討と監査を実施した

結果が、重要かつ広範な不正による特別な検討を必要とするリスクを示してい

る。

(3) 監査人が経営者又は監査役等の能力又は誠実性に関して重大な懸念を抱いて

いる。

105.監査契約の解除は様々な状況で起こるため、これらを限定的に列挙するのは不

可能である。監査人の判断に影響する要因には、経営者の不正への関与(経営者確

認書の信頼性に影響する。)やその企業に継続的に関与することの影響が含まれる。

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106.監査人は、監査契約の継続が問題となるような状況においては、適切な法律専

門家に助言を求めることが有益である。

《ⅩⅥ 監査調書》

107.監査基準委員会報告書第 29 号「企業及び企業環境の理解並びに重要な虚偽表示

のリスクの評価」第 116 項に記載されている、企業及び企業環境に関する監査人の

理解並びに重要な虚偽表示のリスクに関する監査人の評価についての監査調書に

は、次の事項を記載しなければならない。

(1) 不正による重要な虚偽の表示が行われる可能性に関する監査チーム内での討

議及び重要な結論

(2) 評価した財務諸表全体レベルの不正による重要な虚偽表示のリスクと、評価し

た財務諸表項目レベルの不正による重要な虚偽表示のリスク

108.監査基準委員会報告書第 30 号「評価したリスクに対応する監査人の手続」第

72 項に記載されている、評価した重要な虚偽表示のリスクに応じた対応について

の監査調書には、次の事項を記載しなければならない。

(1) 財務諸表全体レベルの不正による重要な虚偽表示のリスクに応じた全般的な

対応

(2) 実施したリスク対応手続、その実施の時期及び範囲

(3) 財務諸表項目レベルの不正による重要な虚偽表示のリスクと実施したリスク

対応手続との関連性

(4) 監査手続(経営者による内部統制の無視のリスクに対応するために実施した監

査手続を含む。)の結果

109.監査人は、経営者、監査役等、第三者その他と行った不正に関するコミュニケ

ーションについて、監査調書に記録しなければならない。

110.監査人は、収益認識に関係する不正による重要な虚偽表示のリスクがないと判

断したときは、その理由を監査調書に記録しなければならない。

111.これらの事項をどの程度監査調書に記録するかは、職業的専門家としての監査

人の判断による。

《ⅩⅦ 発効及び適用》

112.本報告書は、平成 18 年 10 月 24 日に発効し、平成 19 年4月1日以後開始する

事業年度に係る監査から適用する。ただし、同日前に開始する事業年度に係る監査

から本報告書を適用することを妨げない。

113.本報告書の発効をもって、監査基準委員会報告書第 10 号「不正及び誤謬」(平

成9年3月 25 日)は廃止する。ただし、本報告書を適用する事業年度前の事業年

度に係る監査においては、同報告書を適用する。

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《付録1 不正リスク要因の例示》

本付録では、様々な状況において監査人が直面する典型的な不正リスク要因につ

いて例示している。例示に当たっては、まず監査に関連する二種類の不正、すなわ

ち、不正な財務報告と資産の流用に分類し、さらに、それぞれについて不正による

重要な虚偽の表示が行われる場合に通常みられる次の三つの状況に分類している。

(1) 動機・プレッシャー

(2) 機会

(3) 姿勢・正当化

これらの不正リスク要因は、広範囲に及んでいるが例示にすぎないため、別の不

正リスク要因が存在する場合がある。また、本付録での例示があらゆる状況に適合

しているとは限らず、企業の規模、複雑性、所有形態、業種又は状況によって、重

要度は異なるものとなる。なお、本付録の不正リスク要因は、重要度や発生の頻度

順に例示しているわけではない。

《1.不正な財務報告による虚偽の表示に関する要因》

不正な財務報告による虚偽の表示に関する要因の例は、次のとおりである。

《(1) 動機・プレッシャー》

1.財務的安定性又は収益性が、次のような一般的経済状況、企業の属する産業又は

企業の事業環境により脅かされている。

・ 利益の減少を招くような過度の競争がある、又は市場が飽和状態にある。

・ 技術、製品陳腐化、利子率等の急激な変化・変動に十分に対応できない。

・ 顧客の需要が著しく減少していたり、企業の属する産業又は経済全体における

経営破綻が増加している。

・ 経営破綻、担保権の実行又は敵対的買収を招く原因となる営業損失が存在する。

・ 利益が計上されている又は利益が増加しているにもかかわらず営業活動による

キャッシュ・フローが経常的にマイナスとなっていたり、営業活動からキャッシ

ュ・フローを生み出すことができない。

・ 同業他社と比較した場合、急激な成長又は異常な高収益がみられる。

・ 新たな会計基準、法令又は規制の導入がある。

2.経営者が、次のような第三者からの期待又は要求に応えなければならない過大な

プレッシャーを受けている。

・ 経営者の非常に楽観的なプレス・リリースなどにより、証券アナリスト、投資

家、大口債権者又はその他外部者が企業の収益力や継続的な成長について過度の

又は非現実的な期待をもっている。

・ 主要な研究開発や資本的支出のために行う資金調達など、競争力を維持するた

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めに追加借入やエクイティ・ファイナンスを必要としている。

・ 取引所の上場基準、債務の返済又はその他借入に係る制限条項に十分対応でき

ない。

・ 業績の低迷が不利な結果をもたらすような企業結合や重要な契約などの未実行

の重要な取引がある。

3.企業の業績が、次のような関係や取引によって、経営者又は監査役等の個人財産

に悪影響を及ぼす可能性がある。

・ 経営者又は監査役等が企業と重要な経済的利害関係を有している。

・ 経営者等の報酬の大部分が、株価、経営成績、財政状態又はキャッシュ・フロ

ーに関する目標の達成に左右される賞与やストック・オプションなどで構成され

ている(なお、このようなインセンティブ・プランは、これに関係する勘定残高

や取引が財務諸表にとっては重要でなくても、特定の勘定残高や取引に関係する

目標の達成に左右されることがある。)。

・ 企業の債務を個人的に保証している。

4.経営者や営業担当者が、取締役会などが掲げた売上や収益性などの財務目標を達

成するために、過大なプレッシャーを受けている。

《(2) 機会》

1.企業が属する産業や企業の事業特性が、次のような要因により不正な財務報告に

かかわる機会をもたらしている。

・ 通常の取引過程からはずれた重要な関連当事者との取引、又は監査を受けてい

ない若しくは他の監査人が監査する重要な関連当事者との取引が存在する。

・ 仕入先や得意先等に不適切な条件を強制できるような財務上の強大な影響力を

有している。

・ 主観的な判断や立証が困難な不確実性を伴う重要な会計上の見積りがある。

・ 重要性のある異常な取引、又は極めて複雑な取引、特に困難な実質的判断を行

わなければならない期末日近くの取引が存在する。

・ 事業環境や文化の異なる国又は地域で重要な事業が実施されている。

・ 明確な事業上の合理性があるとは考えられない仲介手段を利用している。

・ 租税回避地域において、明確な事業上の合理性があるとは考えられない巨額の

銀行口座が存在する、又は子会社若しくは支店を運営している。

2.経営者の監視が、次のような状況により不十分となっている。

・ 経営が一人又は少数の者により支配され統制がない。

・ 財務報告プロセスと内部統制に対する取締役会及び監査役等による監視が効果

的ではない。

3.組織構造が、次のような状況により複雑又は不安定となっている。

・ 企業を支配している組織等の識別が困難である。

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・ 異例な法的実体又は権限系統となっているなど、極めて複雑な組織構造である。

・ 経営者又は監査役等が頻繁に交代している。

4.内部統制が、次のような要因により不備を有している。

・ 内部統制(ITにより自動化された内部統制を含む。)に対して十分な監視活

動が行われていない。

・ 従業員の転出入率が高くなっていたり、十分な能力をもたない経理、内部監査

又はITの担当者を採用している。

・ 内部統制が重大な欠陥を有しているなど、会計システムや情報システムが有効

ではない。

《(3) 姿勢・正当化》

・ 経営者が、経営理念や企業倫理の伝達・実践を効果的に行っていない、又は不

適切な経営理念や企業倫理が伝達されている。

・ 財務・経理担当以外の経営者が会計方針の選択又は重要な見積りの決定に過度

に介入している。

・ 過去において法令等に関する違反があった、又は不正や法令等に関する違反に

より企業、経営者若しくは監査役会等が損害賠償請求を受けた事実がある。

・ 経営者が株価や利益傾向を維持したり、増大させることに過剰な関心を示して

いる。

・ 経営者が投資家、債権者その他の第三者に積極的又は非現実的な業績の達成を

確約している。

・ 経営者が内部統制における重大な欠陥を発見しても適時に是正しない。

・ 経営者が不当に税金を最小限とすることに関心がある。

・ 経営者のモラルが低い。

・ オーナー経営者が個人の取引と企業の取引を混同している。

・ 非公開企業において株主間紛争が存在する。

・ 経営者が重要性がないことを根拠に不適切な会計処理を頻繁に正当化する。

・ 経営者と現任又は前任の監査人との間に次のような緊張関係がある。

- 会計、監査又は報告に関する事項について、経営者と現任又は前任の監査人

とが頻繁に論争している又は論争していた。

- 監査の終了又は監査報告書の発行に関して極端な時間的制約を課すなど、監

査人への不合理な要求を行っている。

- 監査人に対して、従業員等から情報を得ること又は監査役等とコミュニケー

ションをとることを不当に制限しようとしている。

- 経営者が、監査業務の範囲又は監査チームのメンバーの配置等に影響を与え

たり、監査人に対して高圧的な態度をとる。

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《2.資産の流用による虚偽の表示に関する要因》

資産の流用による虚偽の表示に関する要因の例は、次のとおりである。なお、資

産の流用による虚偽の表示の場合にも、不正な財務報告による虚偽の表示に関する

要因が存在する場合があることに留意する。例えば、資産の流用による虚偽の表示

が存在するときにも、経営者の監視が不十分であることや、内部統制が不備を有し

ていることがある。

《(1) 動機・プレッシャー》

1.現金等の窃盗され易い資産を取り扱う従業員が、会社と次のような対立関係にな

っている。

・ 従業員の解雇が公表されたり、又は予想される。

・ 従業員給与等の変更が行われたり、又は予想される。

・ 昇進や報酬等が従業員の期待に反している。

2.経営者や従業員に個人的な債務があり、現金等の窃盗され易い資産を流用するプ

レッシャーとなっている。

《(2) 機会》

1.資産の特性や状況が、次のような要因により資産を流用する機会をもたらしてい

る。

・ 手許現金又は現金の取扱高が多額である。

・ たな卸資産が小型、高価又は需要が多いものである。

・ 無記名債券又は貴金属のような容易に換金可能な資産である。

・ 小型で市場性が高い固定資産又は所有権の明示されていない固定資産である。

2.資産に対する内部統制が、次のような要因により不備となっている。

・ 職務の分離又は牽制が不十分である。

・ 経営者の旅費やその他の支出とその精算に対する監視が不十分である。

・ 資産を管理する従業員に対して経営者による監視活動が不十分である(特に遠

方にある事業所)。

・ 流用され易い資産を取り扱う従業員の採用手続が不適切である。

・ 資産に関する帳簿記録が不十分である。

・ 取引(例えば、購買取引)に関する権限と承認手続が不適切である。

・ 現金、有価証券、たな卸資産又は固定資産に関する資産保全手続が不適切であ

る。

・ 資産について網羅的かつ適時な調整が行われていない。

・ 取引(例えば、商品の返品取引)について適時かつ適切な記帳が行われていな

い。

・ 内部統制において重要な役割を担っている従業員に強制休暇を取得させていな

い。

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・ ITに関する経営者の理解が不十分なため、ITの不正操作による資産の流用

が可能となっている。

・ 自動化された記録に対するアクセス管理が不十分である(コンピュータ・シス

テムのログに関するアクセス管理と査閲を含む。)。

《(3) 姿勢・正当化》

・ 資産の流用に関するリスクを考慮した監視活動を行っていない、又は当該リス

クを低減する措置をとっていない。

・ 資産の流用に関する内部統制を無視したり、内部統制の不備を是正しない。

・ 従業員の処遇や企業に対する不満が存在する。

・ 行動や生活様式に資産の流用を示す変化が見られる。

・ 少額な窃盗を容認している。

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《付録2 不正による重要な虚偽の表示に関するリスク対応手続の例示》

本付録では、不正な財務報告と資産の流用に関係する不正による重要な虚偽の表

示に関するリスク対応手続について例示している。これらのリスク対応手続は、広

範囲に及んでいるが例示にすぎないため、状況によっては最も適切な又は必要とな

る手続とは限らない。また、本付録のリスク対応手続は、重要度の順に例示してい

るわけではない。

《1.財務諸表項目レベルにおける検討事項》

不正による重要な虚偽の表示に関するリスク対応手続は、不正リスク要因の種類

や組合せ、又は識別した状況、並びにそれらが影響する勘定残高、取引及び経営者

の主張によって異なる。そのリスク対応手続の例は、次のとおりである。

・ 予告なしに事業所を往査するか、又は特定の監査手続を実施する。例えば、前

もって監査人が参加することが伝えられていない事業所の実地たな卸立会を実

施したり、抜打ちで現金を実査する。

・ たな卸資産の実地たな卸完了日と期末日との間に残高の操作が行われないよう

にするため、期末日又は期末日近くにたな卸をするよう企業に依頼する。

・ 主要な得意先及び仕入先に対して確認状を送付するとともに、直接連絡をとる

ことにより多角的な情報を得る。

・ 期末の修正仕訳を詳細に検討し、取引内容や金額について異常と思われるすべ

ての仕訳を調査する。

・ 重要性のある異常な取引、特に期末日又は期末日近くに発生する取引について、

関連当事者取引の可能性や資金移動の裏付けを調査する。

・ 各種データを使用して分析的実証手続を実施する。例えば、売上高と売上原価

について地域別、事業種類別又は月別に、監査人が算出した推定値と比較する。

・ 不正による重要な虚偽表示のリスクを識別した部門の担当者に対して、不正の

リスクに関する見解と対応について質問する。

・ 他の監査人が子会社等の財務諸表を監査している場合には、関連当事者との取

引等から生じる不正による重要な虚偽表示のリスクに対応するため、実施すべき

監査業務の範囲を当該他の監査人と討議する。

・ 不正による虚偽の表示が行われる可能性が高い財務諸表項目について、専門家

が行った業務が特に重要である場合には、当該専門家による仮定、方法又は結果

に関して追加手続を実施し、その結果が非合理的ではないことを確認する。確認

できなかった場合は、他の専門家への依頼を検討する。

・ 会計上の見積りや判断を伴う項目、例えば、引当金がその後どのように取り崩

されたかを評価するために、当年度の開始残高を分析する。

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・ 期中に実施された調整の検討を含め、企業が作成した勘定残高の調整表等の調

整事項について調査する。

・ CAAT を用いて手続を実施する。例えば、データマイニングにより母集団から

異常取引を抽出する。

・ コンピュータ処理された記録や取引の信頼性を検証する。

・ 外部証拠を追加して収集する。

《2.不正な財務報告による重要な虚偽の表示に関するリスク対応手続》

不正な財務報告による重要な虚偽の表示に関するリスク対応手続の例は、次のと

おりである。

《(1) 収益認識》

・ 各種データを利用して、収益に関する分析的実証手続を実施する。例えば、月

別及び製品別又は事業種類別に、当年度の収益を前年度の収益と比較する。CAAT

は、通例でない又は予期せぬ収益間の関係や取引の識別に有用な場合がある。

・ 会計処理は特定の条件又は契約により影響を受けるが、それらの事項、例えば、

リベートに関する算定基礎や算定期間が十分に明記されていないことが多いた

め、契約条件及び付帯契約がないことを取引先に確認する。検収条件、引渡条件、

支払条件、製品の返品権、再販補償金、解約条項又は払戻条項がある場合には、

このような状況が当てはまる。

・ 販売担当者、マーケティング担当者又は法務部門担当者に、期末日近くの売上

と出荷、及びこれらの取引に関連する通例でない条件や状況について質問する。

・ 期末日に複数の事業所を往査し、出荷準備が完了した又は返品処理待ちの商品

を観察したり、売上やたな卸資産のカットオフ手続を実施する。

・ 収益に関する取引がコンピュータ処理されている場合には、計上された収益に

関する取引の発生と記録に関する内部統制の有効性を検証する。

《(2) たな卸数量》

・ 実地たな卸手続において特に留意すべき事業所や品目を識別するため、在庫記

録を査閲する。

・ 特定の事業所の実地たな卸に予告なしに立ち会う、又は各事業所で一斉に現物

のカウントを実施する。

・ 実地たな卸完了日と期末日との間に残高の操作が行われないようにするため、

期末日又は期末日近くにたな卸を実施するよう企業に依頼する。

・ 実地たな卸立会中に追加手続を実施する。例えば、箱詰された品目の内容、商

品の積み方又はラベルの添付方法、及び香料や特殊な化学物質のような液体物質

の品質(純度、等級、濃度等)について、より厳密に調査する。専門家の業務を

利用することは、このような場合に有用である場合がある。

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・ たな卸資産の種類や区分、所在場所又は他の分類基準ごとに当年度の数量を前

年度の数量と比較したり、又は実際在高を継続記録と比較する。

・ 実地たな卸の結果を検証するために、CAAT を使用する(例えば、タグ・コン

トロールを検証するために棚札番号順に並べたり、品目の脱落や重複の可能性を

検証するために項目番号順に並べる。)。

《(3) 経営者の見積り》

・ 経営者から独立した専門家に依頼し、経営者の見積りと比較する。

・ 見積りの前提となる事業計画を遂行する経営者の能力と意図を裏付けるため、

経営者や経理部門以外の者にまで質問対象を広げる。

《3.資産の流用による重要な虚偽の表示に関するリスク対応手続》

資産の流用による重要な虚偽の表示に関するリスク対応手続は、通常、特定の勘

定残高や取引に対して行われる。状況によって、上記の1又は2に記載した対応を

適用することも可能であるが、その範囲は、資産の流用に関係する不正による重要

な虚偽表示のリスクに関して得た情報を考慮し決定する必要がある。

資産の流用による重要な虚偽の表示に関するリスク対応手続の例は、次のとおり

である。

・ 期末日又は期末日近くにおいて現金や有価証券を実査する。

・ 得意先に直接、監査対象期間の取引活動(売掛金の貸方記帳、売上返品及び支

払日)について確認する。

・ 償却済み債権の回収分析を行う。

・ 保管場所別又は製品種類別に、たな卸資産の減耗について分析を行う。

・ 主要なたな卸資産比率について業界平均と比較する。

・ たな卸資産の差異に関する分析資料を検討する。

・ 仕入先リストと従業員リストを CAAT により照合し、住所や電話番号が一致し

ていないことを確かめる。

・ 給与支払記録を CAAT により調査し、住所、従業員番号又は銀行口座の重複が

ないかどうか確かめる。

・ 業績評価がないなど実在性の疑われる従業員がいないかどうか人事記録を調査

する。

・ 異常な売上値引や返品について分析する。

・ 第三者との特殊な契約条件を確認する。

・ 契約が約定どおり履行されていることを確かめる。

・ 多額で通例でない費用について妥当性を検討する。

・ 経営者とその関係者への貸付に関する承認や帳簿残高を検討する。

・ 経営者から提出された経費報告書の妥当性を検討する。

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《付録3 不正による重要な虚偽の表示の兆候を示す状況の例示》

不正による重要な虚偽の表示の兆候を示す状況の例は、次のとおりである。

《(1) 会計記録の矛盾》

- 網羅的又は適時に記録されていない取引、又は金額、会計期間、分類等が適

切に記録されていない取引が存在する。

- 裏付けのない又は未承認の取引や勘定残高が存在する。

- 期末日近くに経営成績に著しく影響する修正が行われている。

- 従業員が、業務の遂行上必要のないシステム又は記録にアクセスした証拠が

存在する。

- 監査人に、内部通報等により不正の申立てがある。

《(2) 証拠の矛盾又は紛失》

- 証拠となる文書を紛失している。

- 変造されたおそれのある文書が存在する。

- 原本が存在すると考えられるのに、写し又は電子化された文書しか入手でき

ない。

- 重要であるにもかかわらず説明のない調整事項がある。

- 勘定残高の通例でない変動や趨勢の変化、又は売上の増加を上回る売上債権

の増加といった重要な財務比率や相関関係の変動がみられる。

- 質問や分析的手続の結果、経営者や従業員から入手した回答に矛盾が生じて

いたり、疑義がある。

- 企業の記録と確認状の回答に重大な差異がある。

- 売上債権勘定に多額の貸方記帳その他の修正がある。

- 売上債権勘定の補助簿と統制勘定又は顧客向け報告書との差異に関して十

分な説明がない。

- 多数のたな卸資産又は有形資産を紛失している。

- 企業の記録保存に関する手続に従っていないため、利用不可能な又は消失し

た電子的証憑がある。

- 確認の回答件数が予想と大きく乖離している。

- 重要なシステム開発やプログラム変更テスト、又は当年度のシステム変更や

プログラムの設置に関する証拠が入手できない。

《(3) 経営者の監査への対応》

- 監査人が、記録、施設、特定の従業員、得意先、仕入先、又は監査証拠を入

手できるその他の者と接することを拒否する。

- 複雑な又は問題のある事項の解決について経営者が不当な時間的プレッシ

ャーを加える。

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- 監査の実施に関する経営者の不満が存在する、又は監査証拠に対する監査人

の批判的評価や経営者との潜在的な意見の相違などに関して、経営者が監査チ

ームのメンバーを威嚇する。

- 監査上必要な情報の提供を著しく遅延する。

- 監査人が CAAT を用いてテストを行う際に、重要な電子的ファイルへのアク

セスを妨げる。

- セキュリティ、運営及びシステム開発の担当者を含む重要なITスタッフと

接することや設備へ立ち入ることを拒否する。

・ 財務諸表をより完全で理解し易いものとするための開示の追加や修正に消極的

である。

・ 識別された内部統制の不備に対して適時に対処することに消極的である。

《(4) その他》

・ 監査人が取締役等又は監査役等と接することに経営者が消極的である。

・ 企業が属する産業における一般的な会計方針とは異なる会計方針を採用しよう

としている。

・ 経営環境の変化がないにもかかわらず、会計上の見積りを頻繁に変更する。

・ 従業員による企業の行動規範に対する違反について寛容である。

以 上