国内観光市場の見通しと雇用への影響...1...

24
国内観光市場の見通しと雇用への影響 2011 3 30 日発行

Upload: others

Post on 30-May-2020

1 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 国内観光市場の見通しと雇用への影響...1 わが国の経済は回復基調を辿ってきたが、地方圏では雇用環境の改善が遅れている。こうし

国内観光市場の見通しと雇用への影響

2011 年 3 月 30 日発行

Page 2: 国内観光市場の見通しと雇用への影響...1 わが国の経済は回復基調を辿ってきたが、地方圏では雇用環境の改善が遅れている。こうし

1

■ わが国の経済は回復基調を辿ってきたが、地方圏では雇用環境の改善が遅れている。こうし

た中で、観光振興による地方での雇用の場の確保・拡大が期待されている。

■ 政府は昨年まとめた新成長戦略で、観光立国・地域活性化への取組みを挙げ、2019 年まで

に訪日外国人を 2,500 万人まで増加させ、新規雇用を 56 万人創出する計画を掲げた。

■ 観光消費は雇用創出効果が高く、観光市場の成長余地も大きい。また、観光には大都市から

地方への所得分配効果があり、観光振興が地域の雇用拡大に繫がる可能性は高い。

■ 近年、日本を訪れる外国人旅行者が増加しており、今後も新興国の発展などにより、外国人

観光客数の拡大が予想される。ただし、政府目標(2019 年までに訪日外国人 2,500 万人)の

達成は容易ではない。

■ さらに、国内総人口が減少するなか、日本人の国内旅行者は減少し続けていく可能性がある。

訪日外国人の政府目標が達成されても、日本人旅行者数が人口に応じて減少していけば、

国内総旅行者数は減少し、国内観光市場は縮小してしまうことが見込まれる。

■ しかし、外国人旅行者数が政府目標を達成し、日本人の国内宿泊旅行回数が現在の 2.9 回

から 2020 年までに+0.5 回、さらに 2030 年までに+0.5 回増加すれば、国内観光市場規模の

維持・拡大が可能となる。また、それにより 2020 年には約 54 万人の雇用が新たに創出され

る。

■ 外国人観光客を受け入れ、日本人の国内宿泊旅行者を増やすための取組みが今後一段と

重要になる。

目次

1. はじめに........................................................................................................................................................2

2. 地域活性化の手立てとして期待される観光振興.........................................................................2

3. 日本人旅行者数の見通し .....................................................................................................................4

4. 外国人旅行者数の見通し .....................................................................................................................7

5. 国内総宿泊旅行者数と国内観光市場の見通し........................................................................ 14

6. 国内観光市場の拡大が雇用に与える影響................................................................................. 18

7. おわりに ~観光立国で地方の雇用を支えるために~ ......................................................... 22

[本誌に関するお問い合わせ先]

みずほ総合研究所株式会社 調査本部

経済調査部 エコノミスト 千野 珠衣 (03-3591-1294)

[email protected]

当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。

本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに基づき作成されておりますが、その正確性、確実性を保

証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。

要旨

Page 3: 国内観光市場の見通しと雇用への影響...1 わが国の経済は回復基調を辿ってきたが、地方圏では雇用環境の改善が遅れている。こうし

2

1. はじめに

2008 年の世界金融危機・同時不況により、わが国は深刻な不況に陥ったが、その後景気

対策が打たれ、また新興国需要の拡大等による輸出増に助けられ、経済はおおむね回復基

調を辿ってきた。しかし、失業率が高止まりするなど雇用環境は厳しく、とりわけ地方圏

の雇用は改善が遅れている。かつては公共事業や誘致した工場が地方の経済や雇用を支え

る役割を担ってきたが、近年は歳出抑制のための公共投資削減やグローバル化に伴う製造

業拠点の海外シフトなどから、地方における雇用創出力は低下してきている。 こうした中で、観光振興による雇用の場の確保・拡大に期待が寄せられるようになって

きた。政府も新成長戦略(2010 年 6 月発表)における戦略分野の一つとして、観光立国・

地域活性化への取組みを挙げた。そこでは、2019 年までに訪日外国人を 2500 万人まで増

加させ、新規雇用を 56 万人創出する目標が掲げられている。しかし、こうした目標通りに

外国人旅行者を増やすことは可能なのか。また、人口減少に転じたわが国では、外国人旅

行者数が増加しても、日本人の国内旅行者数が減少する可能性があるのではないか。この

ような問題意識の下、本稿では、「観光立国」の推進によって、外国人・日本人の国内旅行

者数や観光消費をどの程度増やすことができるのか、また逆に観光市場規模の維持・拡大

のためにはどの程度の旅客増が必要となるのか、そして観光業全体でどれだけの雇用が創

出可能であるのかを考察する1。 2. 地域活性化の手立てとして期待される観光振興 定住人口の減少、公共事業の縮小や製造拠点の海外移転など、地方の経済・雇用を巡る

環境は厳しい。こうした中で、新たな需要と雇用を生み出せる切り札として観光に対する

期待が高まっており、政府も成長のための戦略分野の一つとして観光立国・地域活性化を

盛り込んだ。ここではまず、観光に対する政府の施策と目標を概観した上で、経済活性化

と雇用の創出における観光の可能性について確認する。 (1) 成長戦略の政府目標

2010 年 6 月、政府は需要や雇用の創出に向けた 7 つの戦略分野を盛り込んだ新成長戦略

を発表した。観光立国・地域活性化戦略はその分野の一つである。具体的施策として、休

暇取得の分散化や中国人観光ビザの緩和などの取組みが明記された。 これに関して、観光庁は、「訪日外国人 3,000 万人プログラム」を打ち出した(図表 1)。

同プログラムには、訪日外国人を 2010 年に 1,000 万人、第 1 期目標として 2013 年に 1,500万人、第 2 期として 2016 年に 2,000 万人、第 3 期として 2019 年に 2,500 万人、 終的に

は 3,000 万人にまで増加させる目標が掲げられている。また政府は、これが達成できれば、

1 本リポートの分析作業を終えた後、東北・関東地方で大地震が発生した(3 月 11 日)。今回の地震により観光にも

大きな影響が表れ始めており、今後も影響が残ることが予想されるが、中長期的な観光振興の重要性は変わらず、

そのための着実な取組みが引き続き大切であると考えられる。

Page 4: 国内観光市場の見通しと雇用への影響...1 わが国の経済は回復基調を辿ってきたが、地方圏では雇用環境の改善が遅れている。こうし

3

2019 年には経済波及効果が 10 兆円、新規雇用は 56 万人に達するとの計算を示している。

なお、2010 年の訪日外国人数は 861 万人にとどまり、2010 年目標は未達に終わっている。 (2) 観光の可能性

政府が新成長戦略に「観光立国」を取り上げた背景には、①公共投資や製造業誘致など

の既存の地域雇用創出策が見直しを迫られるなかでサービス業などに視野を広げた雇用の

維持・拡大に意を配る必要性が高まっていること、②観光の経済や雇用に与える効果が他

の民間消費や民間投資と比べて相対的に高いこと、③今後わが国の観光市場が拡大する余

地が相応に大きいと考えられることなどがある。 建設業や製造業の伸びが期待しにくくなった地方圏では、サービス業での雇用創出が望

まれている。ただし、サービス業には一定の地域需要者の厚みがないと事業を成り立たせ

ることがむずかしいものがあり、サービス業の従業者数と人口密度の間にも密接な関係が

ある(図表 2)。このため、定住人口を増加させることが難しい地方圏で、サービス業の就

業者数を増やすことは容易ではない。そこで、サービス業の従業者数を地方圏で増加させ

るためには、交流人口を積極的に増やすことが必要になる。そして、交流人口を拡大させ

るためには、都市部から地方圏へと観光客を呼び寄せることが有効な手立てとなるのであ

る。 また観光は、経済や雇用に与える効果が大きい。観光消費の付加価値誘発係数2、就業者

数誘発係数3は民間消費や民間投資、輸出と比べていずれも高く、観光産業の振興に成功す

れば、地域の雇用機会の拡大が期待できる(図表 3)。

2 付加価値誘発係数とは、需要が 1 単位増えた場合に付加価値がどれだけ増えるかを示したもの。 3 就業者数誘発係数とは、需要が 1 単位増えた場合に就業者数がどれだけ増えるかを示したもの。

図表 1 訪日外国人 3,000 万人プログラム 図表 2 サービス業従業者数と人口密度

835

1500

2000

2500

1000

3000

521673

835733

614

0

500

1,000

1,500

2,000

2,500

3,000

3,500

2003 2005 2007 2009 2011 2013 2015 2017 2019

(万人)

1,000万人の確実な達成

(年)

第1期目標1,500万人(平均伸び率14.5%)

第2期目標2,000万人(平均伸び率10.5%)

第3期目標2,500万人(平均伸び率8%)

(注)2010年以降は政府の目標値。(資料)観光庁「訪日外国人,3000万人へのロードマップ」よりみずほ総合

    研究所作成

y = 2.1265x + 54.408

R2 = 0.8702

20

40

60

80

100

120

▲ 15 0 15 30

(1981年~

2006年の

 サー

ビスの従業者数変化率

、%

)    (1981年~2006年の人口密度の変化率、%)

(資料)サービス業の従業者数と人口密度の変化率について、

    47都道府県の分布をプロット。

(資料)総務省「事業所・企業統計調査」、内閣府「県民経済

計算」

Page 5: 国内観光市場の見通しと雇用への影響...1 わが国の経済は回復基調を辿ってきたが、地方圏では雇用環境の改善が遅れている。こうし

4

加えて、日本のGDPに占める観光業のシェアは 1.9%と、他の主要国に比べて低い(図

表 4)。これは国内の観光市場がいまだ「発展途上」にあることを示していると同時に、今

後「観光立国」として成熟した市場に成長していく将来性があることも意味している。

日本の観光市場の規模が他の主要国と比べて相対的に小さい主な理由は、日本人の国内

宿泊旅行回数や一回当たり宿泊日数の少なさにある。国内宿泊旅行の旅行回数の少なさや

一回当たり宿泊数の短さは、日本人の年間労働時間の長さや国内の有給休暇取得率の低さ

が一因となっている。例えば、フランス、英国、ドイツなどでの有給休暇取得率がほぼ 100%であるのに対して、日本人の有給休暇取得率は 50%にも満たない。また、日本では観光市

場の約 7 割のシェアを日本人旅行者が占めており、外国人旅行者の受け入れが進んでいな

いことも観光市場が相対的に小規模にとどまっている原因の一つと考えられる。 これらを踏まえると、わが国で日本人が有給休暇を積極的に活用するなどして国内旅行

の回数や宿泊数を増やし、一方で外国人旅行者の受け入れを拡大することができれば、日

本の観光市場はまだまだ大きく成長できる潜在性を有していることがわかる。そして、観

光市場が拡大すれば、観光に関わる雇用が創出されるはずである。そこで以下では、国内

旅行者を日本人旅行者と外国人旅行者に分けて、それぞれの国内宿泊旅行の需要の先行き

とその雇用に与える影響をみていく。 3. 日本人旅行者数の見通し

本節では、日本の観光市場の約 7 割を占める日本人旅行者数4の先行きの予測を試みる。

4 観光庁では、日本人旅行者として、国内宿泊旅行(観光市場に占める規模は約 7 割)以外に、日帰り旅行者(同約 2割)や海外旅行者(同約 0.5 割)も含めて日本人旅行者として計算しているが、本稿では国内を目的地とする宿泊を

伴う旅行者のみを日本人旅行者として扱うこととした。これは、国内における旅行者の居住地区と旅行の目的先を明

確に区別するためである。

図表 3 観光消費の付加価値・就業者数誘発係数 図表 4 主要国における観光業のシェアと 旅行 1 回当たりの消費額

0.82

0.83

0.84

0.85

0.86

0.87

0.88

0.89

0.90

民間消費

観光消費

民間投資

輸出

0

20

40

60

80

100

120

140

160

(人/10億円)(粗付加価値係数)付加価値(左目盛)

就業者数(右目盛)

(注)  観光消費の付加価値・就業者数誘発効果を、民間消費、民間投資、

     輸出の同効果と比較。

(備考)国土交通省「旅行・観光産業の経済効果に関する調査研究Ⅷ」、

     総務省「産業連関表」よりみずほ総合研究所作成

0

1

2

3

4

5

日本

韓国

フラ

ンス

英国

ドイ

米国

豪州

中国

0

1

2

3

4

5

6

7(%) (百㌦/回)

GDPに占める観光業の比率(左目盛)

旅行1回当たりの消費額

(右目盛)

(注1)旅行1回当たりの消費額は、フランスが2007年、米国が2005年。   それ以外は、2008年時点のもの。

(注2)GDPに占める観光業の比率は、フランスが2005年、英国が20 03年、ドイツが2009年、米国が2007年。それ以外は、2008年時点。

(資料)観光庁「観光白書(2010年度)」

Page 6: 国内観光市場の見通しと雇用への影響...1 わが国の経済は回復基調を辿ってきたが、地方圏では雇用環境の改善が遅れている。こうし

5

それに当たって、まず日本人旅行者数を変化させる要因について考察する。その上で、こ

れらのファクターを説明変数とする日本人旅行者数の回帰分析を行い、そこで導き出され

た推計式をもとに、将来の日本人旅行者数を予想した。さらに、ここで得られた将来見通

しを念頭に、日本人旅行者数の拡大につながる示唆を簡単に指摘する。

(1) 日本人旅行者数の推移とその変化の要因 日本人国内宿泊旅行者数(延べ数、以下、日本人旅行者数)は国内経済の成長とともに

増加してきたが、1990 年代にはほぼ頭打ちとなり、2003 年以降は減少基調に転じている。

こうした日本人旅行者数の変化には、どのようなファクターが影響を与えているのだろう

か。小沢(1994)5や小谷(1994)6を参考にすると、国内総人口、所得、国内旅行コスト、

休暇制度、代替品のコスト、国内人口の年齢構成といった要因が挙げられる。そこで、こ

れらを説明変数、日本人旅行者数を被説明変数とする回帰分析を行ったところ、説明変数

のうち、国内総人口、(一人当たり)実質所得、休暇制度、代替品のコストとしての外国パ

ック旅行価格が日本人旅行者数に有意に影響を与えていることが確認できた(図表 5 の推

計 3)。なお、国内旅行コストや人口の年齢構成などのファクターについては、有意な結果

が得られなかった。

図表 5 日本人国内宿泊旅行者数(延べ数)の推計結果

推計12.08

(1.92)0.17

(0.25)0.20

(0.21)0.20

(0.22)-0.08(0.14)

-0.01(0.04)

0.44 1.6

推計22.42***(1.01)

0.26**(0.15)

-0.15*(0.09)

-0.84***(0.30)

0.60***(0.29)

0.65 2.3

推計32.31***(0.98)

0.32***(0.15)

-0.20***(0.01)

-0.84***(0.29)

0.73***(0.29)

0.01*(0.01)

0.69 2.2

推計40.79

(4.48)0.43

(0.28)-0.21(0.19)

-0.81(0.43)

0.81***(0.37)

0.01(0.01)

19.82(47.34)

-16.00(34.59)

113.4(219.05)

-73.2(145.15)

0.7 2.3

推計50.83

(4.59)0.17

(0.27)20.65

(47.92)-10.70(34.57)

52.83(215.07)

-48.80(135.61)

0.5 2.3

(注1)国内宿泊旅行者数を被説明変数、これに影響を与えると想定される諸要因を説明変数とする推計結果を示したもの。推計期間は1980年~2009年。

(注2)外国パック旅行価格は、長期時系列で総合的に把握することができないため、ここでは外国パック旅行価格と強い相関関係のあるWTI(米国テキ

   サス州を中心に産出される原油価格)を代理変数として活用した。

(注3)***、**、*はそれぞれ有意水準5%、10%、15%、括弧内は標準誤差。

(資料)(財)日本交通公社、㈱ツーリズムマーケティング研究所、総務省、国立社会保障・人口問題研究所、内閣府などよりみずほ総合研究所作成

65~75歳

年齢構成

0~19歳20~64

歳75歳以上高速道

路料金ガソリン

休暇制度

3連休数(回数)

GW数(日数)

年末年始(日数)

代替品

外国パック旅行価格

国内宿泊旅行者数の説明変数

adj-R2

DW国内総人口

実質所得

国内旅行コスト

宿泊料移動コスト

鉄道

推計 3 の結果によれば、日本人旅行者数の増減には国内総人口が も大きく影響してお

り、足もとの同旅行者数の減少には、国内総人口の減少が強く影響を与えていることが見

て取れる。さらに、推計 3 で注目される点は、休暇制度の影響が一般的に想定されるもの

とは異なる結果となっている点である。例えば、三連休数の増加やゴールデンウィークの

5 小沢(1994)は、観光需要に影響を及ぼす経済変数として「発地の変数」、「目的地の変数」、「リンク係数」などを挙

げ、「発地の変数」として個人の可処分所得、休暇制度などを、「目的地の変数」として供給側の競争度合や観光生産

物の質などを、「リンク係数」として旅行の時間・費用、観光誘致推進努力などを挙げている。 6 小谷(1994)は、観光需要を規定する要因として、所得、余暇、観光欲求、機動性、観光施設、都市化の進行、教育

水準などを挙げている。

Page 7: 国内観光市場の見通しと雇用への影響...1 わが国の経済は回復基調を辿ってきたが、地方圏では雇用環境の改善が遅れている。こうし

6

休暇日数の長さは日本人旅行者数を減少させる要因となっている(年末年始の休日数の長

さについては同旅行者数へのプラスの影響が確認できる)。このように、三連休数の増加や

ゴールデンウィークの休暇日数の長さが日本人旅行者数にマイナスに作用する理由として

は、長い連休は国内旅行から海外旅行へのシフトを促すことになってしまうためと考えら

れる7。なお、年末年始の休日の長さが日本人旅行者数にプラスに影響するのは、年末年始

に里帰りをする文化が定着していることや、年末年始の時期には海外旅行のコストが高く

なってしまうことによるためと考えられる。

(2) 日本人旅行者数の予測 続いて、図表 5 の推計結果を基に、一定の想定を置いて、2030 年までの日本人の国内宿

泊旅行者数を予測した8。その結果、現在の日本人の国内旅行に対する姿勢に変化がなけれ

ば、人口減少や所得の伸び悩みから日本人旅行者数は 2010 年以降も前年割れが続き(図表 6)、2010 年から 2020 年にかけて約 1 億人も減少するというショッキングな予想が示され

た(図表 7)。

このように、日本人旅行者数は減少を続けるという試算結果となったが、その減少要因

は上記の分析から明らかにでき、そこから減少を抑えるためのヒントも示唆される。この

点について、簡単に触れておきたい。旅行者数を減少させるのは、国内経済全般に関する

7 財団法人社会経済生産性本部「レジャー白書」によれば、日本人旅行者の観光における潜在需要は、海外旅行の方が国

内旅行よりも大きいとされる。 8 2011 年以降の総人口については、国立社会保障・人口問題研究所の将来推計(中位推計)を活用した。また、実質所

得は 2030 年までに約 4%上昇し、外国パック旅行価格は 2009 年の水準のまま横ばいで推移すると仮定した。

図表 6 日本人旅行者数の推計値(前年比) 図表 7 日本人宿泊旅行者数の予測(延べ数)

▲ 5.0

▲ 4.0

▲ 3.0

▲ 2.0

▲ 1.0

0.0

1.0

2.0

3.0

4.0

5.0

6.0

1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010 2015 2020 2025 2030

国内宿泊旅行者数(実績値)

同推計値(2010年以降は想定を置いて延長)

(年)

(前年比、%)

(注1)推計値は、以下の式によって計算した。

   国内宿泊旅行者数の前年比= 2.31×国内人口の前年比 +0.32×一人当たり実質所

                       (0.98)***             (0.15)***

   得の前年比 +0.01×外国パック旅行価格の前年比 +0.73×年末年始の連休指数

            (0.01)*                    (0.29)***

    -0.84×ゴールデンウィークの連休指数 -0.20×三連休数

    (0.29)***                   (0.01)*** (推計期間は80年~09年、DW=2.2)

   adj-R2=0.69、()内は標準誤差

   ***は有意水準5%、**は有意水準10%、*は有意水準15%で有意。

(注2)年末年始の連休指数は、4連休⇒0、5連休⇒1、6連休⇒2とした。また、ゴールデン

    ウィークの連休指数は、3連休⇒0、4連休⇒1、5連休⇒2とした。

(注3)外国パック旅行価格は、時系列で総合的に把握できないため、ここでは外国パック旅行

   価格と強い相関関係のあるWTIを代理変数として活用した。

(資料)(財)日本交通公社、ツーリズムマーケティング研究所、総務省、国立社会保障・

    人口問題研究所、内閣府などよりみずほ総合研究所作成

0.0

0.5

1.0

1.5

2.0

2.5

3.0

3.5

1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010 2015 2020 2025 2030

(億人)

(年)

予測値

(注)2010年以降はみずほ総合研究所予測値。

(資料)(財)日本交通公社、㈱ツーリズムマーケティング研究所、総務省、

    国立社会保障・人口問題研究所、内閣府 などよりみずほ総合研究所作成

Page 8: 国内観光市場の見通しと雇用への影響...1 わが国の経済は回復基調を辿ってきたが、地方圏では雇用環境の改善が遅れている。こうし

7

問題(人口減少と所得の伸び悩み)と観光の制度や基盤に関連する問題(休暇制度など)

の大きく2つに分けられ、それがそのまま、旅行者の減少に歯止めをかけるための課題に

もつながる(図表 8)。国内経済全般に関する課題としては、少子化対策などの人口対策や

経済活性化策による所得増加などが挙げられよう。また、観光の制度基盤に関連する課題

としては、休暇制度の再設計(単純に連休数を増やしたり伸ばしたりするのではなく、国

内旅行のコストが割安な平日に短期の有給休暇取得率を向上させることや連続休暇を分散

化させることなど)や、海外旅行に対する国内旅行のコストパフォーマンスを向上させる

こと9、余暇を国内旅行に振り向かせるインセンティブの制度化(公的負担のポイントによ

る国内宿泊旅行の促進策10)などが考えられる。

図表 8 推計結果から示唆される日本人国内宿泊旅行者数拡大のための対応の方向性

(資料)みずほ総合研究所作成

・連休(除、年末年始)の長期化・増加→国内観光客は減少 ⇒海外旅行やその他娯楽需要にシフトしてしまう ⇒海外旅行やその他娯楽サービスなどと比較して、国内旅行は   コストパフォーマンスが良くない可能性

国内総人口

実質所得

日本人国内宿泊旅行者数

日本経済全般に関する課題

係数の符号

観光に関連する課題

1.国内旅行価格の引き下げ2.国内旅行の魅力の向上(観光資源の活用、受入態勢の整備など)

3.有給取得率の向上など

年末年始の連休数

++

GWの連休数

三連休の回数

・少子化対策・経済活性化策

対 策

4. 外国人旅行者数の見通し

次に、外国人旅行者に目を転じたい。わが国を訪れる外国人旅行者数は増加基調にあり、

政府も受け入れの積極化により訪日外国人数を 2019 年に 2,500 万人に、将来的には 3,000万人にまで増やすという目標を掲げている。今後も外国人旅行者数が増えていくことが期

待されるが、このような政府目標の達成は可能なのであろうか。ここでは、この点を意識

しつつ、外国人旅行者数の予測を試みる。 (1) 外国人旅行者数の現状と推移

わが国を訪れる外国人の旅行者数は、これまで多少のアップダウンはみられたものの、

9 日本人の旅行行動に関する各種の実態調査によれば、国内旅行と海外旅行を比較する際にはコストパフォーマンスを

重視するとの声が多く、海外旅行と比べた国内旅行のコストパフォーマンスの向上(国内観光資源の魅力の向上、観

光客受入態勢の充実やコストの低下に繫がる規制緩和、休日制度の見直し等)を進める必要があると考えられる。 10 具体例としては、みずほ総合研究所(2010)「10 年で 120 兆円を生み出す新たな内需振興」の 54 ページ参照。

Page 9: 国内観光市場の見通しと雇用への影響...1 わが国の経済は回復基調を辿ってきたが、地方圏では雇用環境の改善が遅れている。こうし

8

概ね趨勢的に増加してきた(図表 9)。特に、新興国の経済成長などにより 2003 年から 2007年にかけて訪日外国人数は急増した。その後、世界金融危機・同時不況の影響で 2008 年、

2009 年には訪日外国人が一時的に減少したものの、2010 年は約 861 万人と再び増加に転

じている。ただし、政府が掲げた 2010 年の目標値 1,000 万人には届かなかった。 それでは、今後の政府目標の達成の見通しはどうであろうか。外国人旅行者数について、

1964 年からの緩やかな増加トレンドが今後も続くと仮定して試算すると、2019 年の訪日外

国人数は政府目標(2,500 万人)の約 3 分の 1 にとどまってしまう(図表 9)。また、2003年から 2007 年にかけての急増トレンドで訪日外国人数が拡大すると想定しても、2019 年

には政府目標に 700 万人程度届かない計算となる。

これらから、訪日外国人数の政府目標の実現は容易ではないことが分かる。しかし、必

ずしも不可能とまでは言い切れない。新興国の経済成長・所得増による新興国からの訪日

者数の急増が期待されるからである。そこで以下では、新興国の経済成長などを勘案した

訪日外国人数の将来性を試算してみる。 ここでは、訪日外国人数を「各国の出国者数」×「出国者数に占める訪日比率」により

計算する。まず、各国の出国者数を「出国率×その国の総人口」として算出するが、これ

に当たっては、一人当たりGDPと出国率の関係に注目したい。各国のデータをチェック

すると、一人当たりGDPの増加に伴って出国率は高まる傾向がある。ここでは、主要国

(中国、米国、英国)の例を図表 10、図表 11、図表 12 に示した。日本においても、一

人当たりGDPと出国率の間には正の相関関係がみられる11(図表 13)。

11 アジア、北米、オセアニアの国々では、一人当たりGDPと出国率の関係に日本と同様の関係がみられる。

一方、ロシアを除く欧州については、図表 12 の英国に示されるように、一人当たりGDPが伸びて出国率がある一 定の水準に達すると、一人当たりGDPに対する出国率の弾性値が低下する傾向がみられた。

図表 9 訪日外国人旅行者数の推移

0

500

1000

1500

2000

2500

1964 1969 1974 1979 1984 1989 1994 1999 2004 2009 2014 2019

訪日外国人旅行者数(実績値)1964年~2009年のトレンド

2003年~2007年のトレンド政府目標値

(万人)

(年)(注)2011年以降はトレンドに基づく試算値。

(資料)国際観光振興機構よりみずほ総合研究所作成

Page 10: 国内観光市場の見通しと雇用への影響...1 わが国の経済は回復基調を辿ってきたが、地方圏では雇用環境の改善が遅れている。こうし

9

図表 10 中国の一人当たりGDPと 出国率の関係

図表 11 米国の一人当たりGDP と 出国率の関係

y = 10.863x

R2 = 0.9277

0

1

2

3

4

5

6

0 0.2 0.4 0.6

中国

(出国率、%)

(一人当たりGDP、万ドル)

(注)1994年から2009年にかけての中国の一人当たり

   GDPと出国率の関係をグラフ化したもの 。

(資料)中国国家統計局、IMF、日本政府観光局など    よりみずほ総合研究所作成

y = 2.378x

R2 = 0.7898

0

2

4

6

8

10

12

14

0 1 2 3 4 5

米国

(出国率、%)

(一人当たりGDP、万ドル)

(注)1987年から2009年にかけての米国の一人当たり

   GDPと出国率の関係をグラフ化したもの 。

(資料)International Tourism Association、IMF、

   日本政府観光局などよりみずほ総合研究所作成

図表 12 英国の一人当たりGDPと 出国率の関係

図表 13 日本の一人当たりGDPと 出国率の関係

y = 35.6x

R2 = 0.9222

y = 8.7992x + 74.248

R2 = 0.5861

0

20

40

60

80

100

120

140

0 1 2 3 4 5 6

(出国率、%)

英国

(一人当たりGDP、万ドル)

(1980年~2001年)

(2002年~2009年)

(注)1980年から2009年にかけての英国の一人当たり

   GDPと出国率の関係をグラフ化したもの 。

(資料)Office for National Statistics、IMFなど

   よりみずほ総合研究所作成

y = 3.4633x

R2 = 0.933

0

2

4

6

8

10

12

14

16

0 1 2 3 4 5

(出国率、%)

(一人当たりGDP、万ドル)

日本

(注)1970年から2009年にかけての日本の一人当たりGDPと

   出国率の関係をグラフ化したもの。

(資料)法務省、IMF、総務省などからみずほ総合研究所作成

IMFの一人当たりGDPなどを基に今後 10年間の年平均成長率を予測するとアジア諸

国やロシアで高い成長率が見込まれ、こうした国々では所得水準の高まりに伴って出国率

が大きく上昇することが予想される(図表 14)。そこで、過去のデータから出国率の一人

当たりGDPに対する弾性値を計算した上で、IMFの一人当たりGDPの見通しをベー

スに各国の出国率を算出し、これにIMFの人口見通しを乗じて各国の出国者数を試算し

てみた。その結果を示したものが図表 15 であり、中国を中心にアジア主要国の出国者数が

Page 11: 国内観光市場の見通しと雇用への影響...1 わが国の経済は回復基調を辿ってきたが、地方圏では雇用環境の改善が遅れている。こうし

10

2020 年にかけて急増する可能性があることが確認できる。欧州についてもロシアが牽引す

る格好で、緩やかに出国者数が増加し続けていく方向だ。 図表 14 主要国の一人当たりGDPの

年平均成長率(2010 年⇒2020 年の予測)

図表 15 欧州とアジアの主要国の

出国者数の予測

0

2

4

6

8

10

12

韓国

台湾

中国

香港

イシ

ンガポー

英国

フラ

ンス

ドイ

イタ

リア

ロシア

米国

カナダ

豪州

(年平均成長率、%)

(注)2015年まではIMFによる予測値を使い、2016年以降は2015年までの

  IMFの予測値をもとに3期移動平均値を用いて延長することにより、

  2020年までの年平均成長率を算出した。

(資料)IMF「World Economic Outlook Database,October 2010」より   みずほ総合研究所作成

(注)2010年以降はみずほ総合研究所の予測値。IMF「Economic Outlook」の各国の

  人口、一人当たりGDPの予測値などを活用して、出国者数=各国の出国率*各国

  の人口によって計算した。なお、各国の出国率は、2000年~2009年における各国  の一人当たりGDPとの相関関係が維持されると仮定して計算した。

(資料)日本政府観光局、IMFなどよりみずほ総合研究所作成

0.0

0.5

1.0

1.5

2.0

2.5

3.0

3.5

2008 2010 2012 2014 2016 2018 2020

シンガポールタイ

香港中国台湾韓国

欧州主要国アジア主要国

(年)

(出国者数、億人)

こうして計算された各国の出国者数のうち、行き先として日本を選ぶ人の数が訪日外国

人数となる。ここでは、過去のトレンドから算出される各国の訪日率の予測値を出国者数

の予測値に乗じることにより訪日外国人数を試算した。その結果が図表 16 であるが、こう

して計算された訪日外国人数の予測値をみても、2019 年の政府目標を約 774 万人下回るも

のとなる。また、訪日外国人数の政府目標に対する達成率を計算してみると、2015 年以降

の達成率は 70%程度の水準とどまることになる(図表 17)。

図表 16 訪日外国人数の推移と予測値

0.0

0.5

1.0

1.5

2.0

2.5

3.0

1999 2001 2003 2005 2007 2009 2011 2013 2015 2017 2019 2021 2023 2025

オセアニア等北アメリカヨーロッパその他アジア

中国台湾韓国政府目標

(年)

(千万人)

政府目標値訪日外国人数

予測値

約774万人

(注)2010年以降は予測値。韓国、台湾、中国、香港、タイ、シンガポール、英国、フランス、ドイツ

  イタリア、ロシア、米国、カナダ、豪州からの訪日外国人数については、各国の出国率と一人当

  たりGDPの関係から予測。それ以外の地域については、これらの国からの訪日外国人数と全訪

  日外国人の比率(2009年)から計算した。

(資料)日本政府観光局「日本の国際観光統計」などよりみずほ総合研究所作成

Page 12: 国内観光市場の見通しと雇用への影響...1 わが国の経済は回復基調を辿ってきたが、地方圏では雇用環境の改善が遅れている。こうし

11

図表 17 政府目標の達成率の予測

60

65

70

75

80

85

90

95

100

2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019

(年)

(目標達成率、%)

新興国の経済発展を見込ん

でも訪日率が変化しなければ、

目標達成率は、

70%程度にとどまる

(注)みずほ総合研究所の訪日外国人数の予測値を、「訪日外国人3000万人

  プログラム」における訪日外国人の政府目標と比べた目標達成率の予想。

(資料)日本政府観光局「日本の国際観光統計」などよりみずほ総合研究所作成

(2) 政府目標からみると緩慢な中国人訪日者数の増加ペース

新興国経済の高成長といった恩恵があっても、訪日外国人の予測値が「訪日外国人 3,000万人プログラム」における政府の目標値を大幅に下回ってしまうのはなぜだろうか。その

理由として考えられるのが、 も期待が大きい中国人の訪日者数の伸びの低さである。そ

して、試算におけるこの伸びの低さは、①中国の一人当たりGDPに対する出国率の弾性

値の低さと、②中国人の出国者における訪日率の低さの 2 点に起因すると考えられる。 このうち、まず①について検証する。図表 18 は、中国と、新興国として観光に係る条件

が中国と似ているアジアの主要国(ロシアを含む)について、出国率と一人当たりGDP

の関係を示したものである(1999 年から 2009 年にかけての実績をもとに近似直線をプロ

ット)。この図表から、中国人の一人当たりGDPに対する出国率の近似直線の弾性値(図

中の青色の直線の傾き、10.86)が、他のアジア諸国やロシアの同近似直線の弾性値(図中

の黒色の直線の傾き、16.05~41.59 の間に分布)と比べて小さいことが確認できる。こう

した中国人の一人当たりGDPに対する出国率の弾性値の低さが中国人の出国者数の伸び

悩み、そして訪日中国人数の伸び悩みという試算結果につながっていると考えられる。 中国人の出国率の弾性値の低さは、中国人の一人当たりGDPの低さと関係している可

能性がある。図表 18 の赤い*印は、2009 年における各国の出国率と一人当たりGDPの

水準を座標として示したものだが、これをみると、一人当たりGDPが高い国(*印が横

軸でみて右側にある国)ほどその一人当たりGDPに対する出国率の傾きが大きくなる傾

向があることが分かる。このことは、中国でも、一人当たりGDPが上昇するにつれて、

これに対する出国率の弾性値が高まってくる可能性があることを意味している。仮に、図

表 19 に示すように、現在の台湾並みに中国人の一人当たりGDPに対する出国率の弾性値

が上がるとすれば、2019 年における中国人の出国者数は図表 16 の予測値の約 2 倍まで増

Page 13: 国内観光市場の見通しと雇用への影響...1 わが国の経済は回復基調を辿ってきたが、地方圏では雇用環境の改善が遅れている。こうし

12

加する見込みだ。

なお、アジア諸国を中心に一人当たりGDPと出国率の間にこうした傾向がみられる背

景には、所得水準が高まれば海外に旅行できるようになるという資力の側面に加えて、出

入国規制の変化といった面もあることが指摘できよう。すなわち、一人当たりGDPが低

い国々に対しては世界的にインバウンド(入国)のビザ要件が厳しいが、その水準が高ま

ればビザ要件が緩和される傾向があることだ。このため、中国においても一人当たりGD

Pの上昇とともに、各国でインバウンドのビザの要件が緩和され、一人当たりGDPに対

する出国率の弾性値が上がる可能性が十分にある。 次に②に関してみると、中国人の訪日率(その出国者数に占める日本への訪日者数の割

合)は、韓国人の訪日率の 4 分の 1 程度と低く、しかも、2000 年時点の 3.5%から 2009年の 2.1%まで低下傾向にある(図表 20)。日本では、中国人の観光客の受け入れを拡大さ

せるため、2000 年以降中国人の入国規制を徐々に緩和してきており、日本を訪れる中国人

の絶対数は増えているが、出国する中国人全体の伸びに比べて訪日者の伸びは低いものと

なっている。 中国人の訪問率の低下は、日本でのみ観察されることではない。中国人の海外訪問先の

約 50%を占める香港とマカオ(中国の主権下にある特別な地域)を除いた大半の国(ロシ

ア、ベトナム、シンガポール、タイなど)で中国人の訪問率は低下している(図表 21)。これは、中国で 1999 年以降渡航制限の解除が積極的に促進されてきたことなどもあり、中

国人の海外旅行先の多様化が進展してきたことによるものだ。 もっとも、中国人の訪問率が比較的堅調に推移している国もある。韓国とマレーシアだ。

両国では、ビザの申請手続きの円滑化や特区などを活用した特定地域のビザの緩和などが

図表 18 アジアの主要国等の出国率の弾性値 図表 19 推計パターン別の中国人の出国率

0

30

60

90

120

150

0 1 2 3 4

中国

  タイ

  台湾

  ロシア

 香港

 シンガポール(出国率、%)

(一人当たりGDP、万ドル)

 シンガポール

香港

台湾ロシア

タイ

中国

(注1)中国と、新興国として中国と環境が似ているアジア主要国とロシアについて、

   1999年から2009年における一人当たりGDPと出国率の関係を示したもの。(資料)日本政府観光局「日本の国際観光統計」などからみずほ総合研究所試算

0

2

4

6

8

10

12

14

16

18

2000 2002 2004 2006 2008 2010 2012 2014

中国の既存トレンドに基づく弾性値から推計した出国率

中国の弾性値が2019年までに台湾の弾性値と同レベルにまで上昇したと仮定した場合における中国の出国率

(出国率、%)

(年)

(注)赤色の線は、中国の出国率の一人当たりGDPに対する弾性値が、  2019年までに2000年代の台湾の弾性値と同じになるまで緩やかに

  上昇していったと仮定した場合における中国人の出国率の試算値。(資料)日本政府観光局「日本の国際観光統計」などからみずほ総合

    研究所試算

Page 14: 国内観光市場の見通しと雇用への影響...1 わが国の経済は回復基調を辿ってきたが、地方圏では雇用環境の改善が遅れている。こうし

13

実施されている12。このことは、わが国でもビザ規制の見直しや観光PRの強化など積極的

な対策を打ち出すことで、中国人の訪問率を高められる可能性があることを示している。

(3) 政府目標は達成不可能な水準なのか 前項で示したように、中国人訪日客は増加しているものの、①中国人の一人当たりGD

Pに対する出国率の弾性値の低さと、②中国人の出国者数に占める日本への訪問率の低さ

から、増加ペースは必ずしも早いとはいえない。では、この①と②の状況が変化すれば、

外国人旅行者受け入れの政府目標は達成可能なのか。以下では、この点について検証する。 まず、2019 年までに中国の一人当たりGDPに対する出国率の弾性値がどこまで高まる

かによって場合分け13を行い、こうして場合分けされた各ケースにおいて中国人の訪日率が

変化14した場合、訪日外国人総数がどのように変化するか、目標を何%達成できるのかを図

表 22 に示した。中国人の出国率の弾性値がどこまで高まるかについては、わが国を含む各

国の中国人向けインバウンドのビザ緩和がどこまで進むかなど様々な要因の影響を受ける

が、中国の一人当たりGDPが現在の台湾のレベルまで増加し15、中国の一人当たりGDP

に対する出国率の弾性値が台湾の 2000 年代の弾性値の水準にまで上昇した場合、図表 22の丸囲みに示すように、中国人の訪日率が 3%程度まで高まれば 2019 年時点の政府目標を

達成することができる。現在 2%程度である中国人の訪日率を 3%まで上昇させることは必

ずしも容易ではないが、中国人の韓国への訪問率が 3%近くあることを踏まえれば(前掲図

表 21)、達成が不可能な水準ではないであろう。なお、2019 年に中国の一人当たり GDP 12 韓国の済州島では、世界 180 カ国の国民に対して 2006 年より無査証でも 30~90 日間の滞在を許可している。また、

マレーシアでは 2007 年よりインターネットでのビザ申請が可能となり、受理までにかかる期間は 2 日に短縮された。 13 ここでは、中国人の一人当たりGDPに対する出国率の弾性値が、現状のまま、2000 年代のタイ、同台湾、同香港、

同シンガポールの 4 つの水準に高まった場合を想定した。同弾性値が高まることは、出国率やこれに人口を乗じた出

国者数が増加することを意味している。 14 ここでは、現状 2%程度である中国人の訪日率が 1%から 7%まで変化した場合を想定した。 15 中国の一人当たりGDPが、2015 年まではIMF「Economic Outlook」の予測値に沿って拡大すると想定し、2016

年以降はその 2015 年までの予測値をもとに 3 期移動平均値を用いて先延ばしすると、2019 年までに 1.1 万ドルと現 在の台湾の一人当たりGDPに近づく水準にまで上昇する見込み。

図表 20 中国人と韓国人の訪日率の推移 図表 21 中国人出国者の各国への訪問率

1

2

3

4

5

6

7

8

9

10

11

12

2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009

(%)

(年)

中国人

韓国人

中国人(香港・マカオ行きを除く)

(注)訪日率=中国人・韓国人の訪日者数÷中国人・韓国人の出国者数。

(資料)国際観光振興機構,IMFなどからみずほ総合研究所作成

0.0

1.0

2.0

3.0

4.0

5.0

2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008

シンガポール

韓国

タイ

ロシア

マレーシア

フランス

ベトナム

台湾

(年)

(%)

(資料)国際観光振興機構「国際観光白書」

Page 15: 国内観光市場の見通しと雇用への影響...1 わが国の経済は回復基調を辿ってきたが、地方圏では雇用環境の改善が遅れている。こうし

14

に対する出国率の弾性値が現在のシンガポール並みに高まれば、訪日率は現在の水準でも

政府目標を達成できる。また、仮に中国の同弾性値が現在のままであっても、中国人の訪

日率が 6%まで上昇すれば政府目標を達成することが可能になる(図表 22)。

日本側の政策や取組みで中国の一人当たりGDPに対する出国率の弾性値を高めることは

難しいが、訪日率を高めることは可能である。わが国における観光地の魅力向上や外国人

受入態勢の整備、ビザ取得手続きの円滑化や特区を活用した特定地域のビザの緩和、積極

的なPR活動など、外国人観光客誘致に向けた取り組みを実施することで、政府目標は達

成可能となろう。 5. 国内総宿泊旅行者数と国内観光市場の見通し これまで、日本人旅行者と外国人旅行者についてそれぞれ分析を行い、外国人旅行者受

入の政府目標は、ハードルは高いとはいえ実現不可能ではないことを示した。それでは、「訪

日外国人 3,000 万人プログラム」が仮に実現された場合、国内総宿泊旅行者数(=日本人

旅行者数+外国人旅行者数)や国内観光市場はどのような姿となるのか。本節では、その

見通しの試算を行った。なお、ここでの分析は、対象を宿泊旅行者(日帰り旅行者は除く)

としている16。 (1) 国内総宿泊旅行者数の見通し

国内における日本人と外国人の旅行者数の総和である国内総宿泊旅行者数(延べ人数、

以下総旅行者数)は、統計データが確認可能な 80 年代以降、2000 年頃までは緩やかな増

16 4 ページの脚注 4 を参照。

図表 22 中国人の一人当たりGDPに対する訪日率の弾性値と訪日率が変化した場合の、

「訪日外国人 3,000 万人プログラム」の政府目標達成に関する早見表(2019 年時点)

弾性値の設定 弾性値 単位

外国人旅行者数(万人) 1,600 1,780 1,960 2,140 2,319 2,499 2,679

目標達成率(%) (64) (71) (78) (86) (93) (100) (107)

外国人旅行者数(万人) 1,684 1,947 2,211 2,474 2,738 3,000 3,265

目標達成率(%) (67) (78) (88) (99) (110) (120) (131)

外国人旅行者数(万人) 1,786 2,152 2,518 2,884 3,250 3,617 3,983

目標達成率(%) (71) (86) (101) (115) (130) (145) (159)

外国人旅行者数(万人) 1,895 2,369 2,844 3,318 3,793 4,267 4,742

目標達成率(%) (76) (95) (114) (133) (152) (171) (190)

外国人旅行者数(万人) 2,103 2,786 3,468 4,151 4,834 5,517 6,199

目標達成率(%) (84) (111) (139) (166) (193) (221) (248)

(注)中国の「一人当たりGDPに対する出国率の弾性値」ごとに「出国者数に対する訪日率」が変化した場合の2019年の総訪日外国人数〔上段〕を示したもの。

   また、それぞれのケースの政府目標(2019年、2,500万人)に対する達成率〔下段〕を表示した。網掛けは政府目標を達成できる弾性値と訪日率の組み合わせ。

   なお、中国人以外の海外からの訪日外国人数は、図表16で試算した結果を用いている。

(資料)日本政府観光局、IMFなどよりみずほ総合研究所試算

現状のまま 10.86

2019年の中国人の出国率

2000年代のシンガポール 41.59

2000年代のタイ 16.05

4% 5%

中国人の訪日率

1% 6% 7%2% 3%

2000年代の台湾 22.30

2000年代の香港 28.91

Page 16: 国内観光市場の見通しと雇用への影響...1 わが国の経済は回復基調を辿ってきたが、地方圏では雇用環境の改善が遅れている。こうし

15

加基調で推移してきた(図表 23)。しかし、2003 年をピークに総旅行者数は減少に転じた。

外国人旅行者数は引き続き増加傾向を維持しているものの、国内宿泊旅行の多くを占める

日本人の旅行者数が減り始めたことによるものだ。その背景には経済の停滞による所得の

伸び悩みなどがあるが、大きなファクターとして影響し始めたのは、この時期を境に人口

が頭打ちとなり、続いて減少に転じたことである。先行きについても、日本人の国内旅行

に対する姿勢が変わらなければ、2000 年代に生じた減少傾向が続き、また強まることにな

ろう。その予測を示したのが、図表 23 の 2010 年以降の部分である。これによると、外国

人旅行者数は今後とも増加する一方、人口減少に伴って日本人旅行者数の減少が続くこと

から総旅行者数は減少を続け、2020年には 1980年時点の水準を下回ってしまう見込みだ。

なお、外国人旅行者の増加と日本人旅行者の減少から、総旅行者数に占める外国人旅行者

の割合は、2010 年の約 3%から 2030 年には 18%程度にまで上昇する見込みだ。

図表 23 国内総宿泊旅行者数の過去の推移と今後の見通し

1.5

1.7

1.9

2.1

2.3

2.5

2.7

2.9

3.1

3.3

3.5

1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010 2015 2020 2025 2030

(億人)

(年)

予測値 外国人旅行者数

日本人旅行者数

国内総宿泊旅行者数

(資料)総務省、内閣府、国立社会保障・人口問題研究所、国際観光振興機構など

    よりみずほ総合研究所作成

(注1)2010年以降はみずほ総合研究所の予測値。

(注2)日本人旅行者数については、以下の推計式より計算した(推計

   については、5ページも参照)。

  (推計式:国内宿泊旅行者数の前年比=   2.31×総人口の前年比

   +0.32×一人当たり実質所得の前年比

   +0.01×外国パック旅行価格の前年比

   +0.73×年末年始の連休指数

   -0.84×ゴールデンウィークの連休指数

   -0.20×三連休数)(注3)総人口、実質所得、外国パック旅行価格の想定は、6ページ

   脚注8参照。なお、外国パック旅行価格はWTIと相関関係にある

   ことから、今回は簡易的にWTIを代理変数として活用した。

   詳細については、5ページ図表5の注2を参照。

(注4)年末年始の連休指数は4連休を0、5連休を1、6連休を2とした。

  また、ゴールデンウィークの連休指数については、3連休を0、  4連休を1、5連休を6として計算した。

(注5)外国人旅行者数については、「訪日外国人3,000万人プログラム」

   の政府目標を達成すると仮定した。

(2) 国内観光市場規模の見通し

総旅行者数の減少を受けて、国内の観光市場規模(=日本人旅行者数×日本人旅行者の

旅行一回当たりの消費額+外国人旅行者数×外国人旅行者の旅行一回当たり消費額、なお

対象は宿泊旅行)は縮小する見込みだ(図表 24)。外国人旅行者の旅行一回当たり消費額

(日本を訪れた外国人の平均で 11.7 万円)は、日本人旅行者の一回当たり消費額(平均で

5.6 万円)の約 2 倍の大きさで、総旅行者数に占める外国人旅行者数の割合が今後高まって

いくことから、国内の観光市場規模の減少スピードは、総旅行者数の減少スピードよりは

緩慢になるとみられる。とはいえ、観光市場は今後 10 年間で約 0.5 兆円、さらに次の 10年間で約 1 兆円縮小するという試算結果になった。

Page 17: 国内観光市場の見通しと雇用への影響...1 わが国の経済は回復基調を辿ってきたが、地方圏では雇用環境の改善が遅れている。こうし

16

図表 24 国内観光市場規模の過去の推移と今後の見通し

10

11

12

13

14

15

16

17

18

19

20

1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010 2015 2020 2025 2030

(兆円)

(年)

予測値

外国人旅行者の消費額

日本人旅行者の

   消費額

宿泊旅行消費額(国内観光市場の規模)

(資料)総務省、内閣府、国立社会保障・人口問題研究所、国際観光振興機構など

    よりみずほ総合研究所作成

(注1)2010年以降はみずほ総合研究所の予測値。(注2)宿泊旅行消費額は、日本人の旅行者の消費額と外国人の

   旅行者の消費額の総和。すなわち、(日本人旅行者数×   日本人の一回当たり旅行消費額)+(外国人旅行者数×外国

   人の一回当たり旅行消費額)から計算した。(注3)外国人の旅行消費額は旅行中消費額11.7万円、日本人の

   旅行消費額は旅行中消費額4.6万円+旅行前後消費額   1万円の5.6万円とした(2008年度実績に基づく)。

(注4)日本人旅行者数については、15ページ図表23の注2を参照。(注5)外国人旅行者数については、「訪日外国人3,000万人プロ

  グラム」の政府目標を達成すると仮定した。

以上から、「訪日外国人 3,000 万人プログラム」における政府目標が達成されたとしても、

日本人の国内旅行に対する姿勢が変わらなければ、日本人旅行者数の減少から旅行者総数

が減少し、観光市場も縮小してしまう可能性が高いことが確認できた。このため、外国人

旅行者誘致の積極化はもちろん重要だが、日本人旅行者についても総旅行者数が増えるよ

う、観光の振興を図っていく必要がある。以下では、国内観光市場規模を維持・拡大して

いくに当たってどの程度日本人旅行者数が増えればよいのか確認するために、一定の仮定

のもとで総旅行者数や観光市場規模がどう変化するのかを試算した。 (3) 国内観光市場を縮小させないためには日本人の旅行回数増が必要

政府は、新成長戦略において、休日の取得分散化や高速道路の無料化など国内観光振興

策を打ち出しているが、「訪日外国人 3,000 万人プログラム」とは違い、日本人旅行者数に

ついては数量的な目標を明示していない。既述の通り、日本人旅行者数の減少は将来的に

総旅行者数の減少や観光市場の規模の縮小を招くことが予想されることから、日本人旅行

者数の拡大を図ることはわが国観光市場の将来性を高める上で重要である。 自由民主党政権下の 2007 年に政府が打ち出した「観光立国推進計画」においては、日本

人の国内宿泊旅行者の一人当たり宿泊数を 2.77 泊(2006 年時点の宿泊数暫定値17)から

2010 年までに4泊に伸ばすという目標が示されていた。しかし、2009 年の一人当たり宿泊

数は 2.31 泊(暫定値)と、2006 年よりむしろ短くなってしまった。以下では、2007 年の

こうした目標も参考にしつつ、日本人の国内旅行回数が増加するという仮定を置くことで、

観光市場の規模がどのように変化するのか試算を試みる。 日本人の国内旅行者数の見通しを想定するにあたっては、①日本人の旅行の特性を踏ま

えること、②仮定が実現可能なものであることを念頭においた。 まず、①については、日本人は連休数を単純に伸ばすと海外旅行に向かう傾向があるた

17 確定値は、2.72 泊(国土交通省「旅行・観光消費動向調査」)。

Page 18: 国内観光市場の見通しと雇用への影響...1 わが国の経済は回復基調を辿ってきたが、地方圏では雇用環境の改善が遅れている。こうし

17

め(第 3 節参照)、一回の旅行の「泊数」ではなく旅行の「回数」を増加させるような仮定

を設定する方が良いと考えられる。 ②については、国内旅行が盛んな国の回数が一つの目安となろう。現在世界で も国内

旅行回数が多い国であるフランスやオーストラリアの国内旅行回数は年 3.4 回である。現在

日本の国内旅行回数は年 2.9 回となっており、これをフランス、オーストラリア並とするこ

とが一つの有効な目標となろう。仮に、2020 年までに日本人の旅行回数がフランスやオー

ストラリアと同じ 3.4 回と現在から 0.5 回増加し、2030 年には 3.9 回とさらに 0.5 回増加

(現在と比べると 1 回増加)すると仮定すると(図表 25 の想定②)、国内旅行の一回当た

り宿泊数(2.0 日18)が変わらない場合、日本人の国内宿泊延べ日数(旅行回数×一回当た

り宿泊数)は、2020 年に 6.8 日(=2.0 日×3.4 回)、2030 年に 7.8 日(=2.0 日×3.9 回)

となる。これは他の主要先進国の 2008 年時点の国内宿泊延べ日数(オーストラリア 13.3日、米国 14.0 日、フランス 19.7 日)の2分の1程度であり、これらの国々と比べて休暇取

得日数が少ない日本にとっても決して非現実的な数値ではない(図表 26)。

そこで、図表 25 の想定②の仮定のもと、国内宿泊旅行の回数が増えた場合の旅行者数、

観光市場規模を試算したところ、総旅行者数は、2010 年から 2020 年にかけてやや増加し

た後、ほぼ横ばい圏を維持するという結果になった(図表 27)。また、観光市場規模は 2020年に過去 高値を更新する水準まで拡大し、その後も増加トレンドが保たれるという計算

となった(図表 28)。よって、ここでの想定通りに日本人の国内旅行回数が増加すれば、人

18「旅行・観光消費動向調査」における、現在の日本人の国内宿泊旅行の一回当たり宿泊数。

図表 25 日本人の国内旅行回数の想定 図表 26 主要先進国の国内宿泊旅行延べ日数

(=旅行回数×一回当たり宿泊数)

2.5

2.7

2.9

3.1

3.3

3.5

3.7

3.9

4.1

2004 2007 2010 2013 2016 2019 2022 2025 2028

設定値

(回)

想定①

想定②

2009年2.9回

2020年3.4回

(フランスやオーストラ

リアと同程度)

2030年

3.9回

(年)

(注1)日本人旅行者の国内旅行回数の推移と想定値。(注2)赤い点線(想定①)は、国内旅行回数が現在から横

   ばい推移すると想定(前掲図表23、24はこの想定に基

   づいている)。一方青い直線(想定②)は、今後日本人

   の旅行回数が増加した場合の想定。(資料)観光庁「旅行・観光消費動向調査」によりみずほ総合

    研究所作成

0.0

0.5

1.0

1.5

2.0

2.5

3.0

3.5

4.0

0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0 4.5 5.0 5.5 6.0

日本2008年

(5.6日)

米国2008年

(14.0日)

フランス2008年

(19.7日)

日本(2030年目標)

(7.8日)

(旅行回数、回)

(一回当たり宿泊数、泊)

オーストラリア2008年

(13.3日)

(注)カッコ内の日数は、延べ宿泊日数(=旅行回数×一回当たり宿泊数)。

(資料)観光庁などよりみずほ総合研究所作成

Page 19: 国内観光市場の見通しと雇用への影響...1 わが国の経済は回復基調を辿ってきたが、地方圏では雇用環境の改善が遅れている。こうし

18

口が減少するなかでもわが国の観光市場は縮小を免れることができると予想される。

図表 27 国内総宿泊旅行者数の見通し (旅行回数増加の想定が達成された場合の試算)

2.0

2.2

2.4

2.6

2.8

3.0

3.2

3.4

1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010 2015 2020 2025 2030

(億人)

(年)

予測値

外国人旅行者数

日本人旅行者数

国内総宿泊旅行者数想定②のケース

想定①のケース (注1) 2010年以降はみずほ総合研究所の予測値。

   日本人の国内旅行回数が現状レベルで推移した場合の

   日本人旅行者数の推移(想定①)を赤い点線で示した。

(注2)日本人旅行者数の国内宿泊旅行の旅行回数を2011年まで

   は2009年と同じ2.9回とし、その後段階的に旅行回数が

   増加し、2020年には3.4回、2030年には3.9回となった

   場合の旅行者数の推移(想定②)を青色の実線で示した。

(注3)外国人旅行者数については、「訪日外国人3000万人プロ

   グラム」の政府目標を達成すると仮定した。

(資料)総務省、内閣府、国立社会保障・人口問題研究所、

    国際観光振興機構などよりみずほ総合研究所作成

図表 28 国内観光市場規模の見通し (旅行回数増加の想定が達成された場合の試算)

10

11

12

13

14

15

16

17

18

19

20

21

1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010 2015 2020 2025 2030

(兆円)

(年)

予測値

 想定②のケース

日本人旅行者

 の消費額

宿泊旅行消費額(国内観光市場の規模)

外国人旅行者

 の消費額

 想定①のケース

(注1) 2010年以降はみずほ総合研究所の予測値。

日本人の旅行回数が現状レベルで推移した場合の

旅行者の消費額(想定①)を赤い点線で示した。

(注2)日本人旅行者数の国内宿泊旅行の旅行回数を2011年

までは2009年と同じ2.9回とし、その後段階的に旅

行回数が増加し、2020年には3.4回、2030年には3.9回

となった場合の旅行者の消費額(想定②)を青色の実

線で示した。

(注3)外国人旅行者数については、「訪日外国人3000万人

プログラム」の政府目標を達成すると仮定した。

(資料)総務省、内閣府、国立社会保障・人口問題研究所、

国際観光振興機構などよりみずほ総合研究所作成

6. 国内観光市場の拡大が雇用に与える影響 第 5 節では、日本人の国内旅行回数が 2030 年までに 1 回程度増加すれば、国内旅行者総

数が維持され、国内観光市場規模を拡大させることも可能であることを示した。総旅行者

数が増加し、観光市場が拡大すれば、それに伴って観光に関わる雇用も増加するはずであ

る。本節では「訪日外国人 3,000 万人プログラム」が達成され訪日外国人旅行者が増加し

た場合と、これに加えて、日本人の国内旅行回数が増加した場合に国内観光市場の規模の

変化が雇用に与える影響を考察する。 (1) 観光需要増の雇用創出効果

ここでは、国内観光消費需要(日本人旅行者+外国人旅行者)から生み出される雇用の

Page 20: 国内観光市場の見通しと雇用への影響...1 わが国の経済は回復基調を辿ってきたが、地方圏では雇用環境の改善が遅れている。こうし

19

大きさを、「観光波及雇用者数」という枠組みによって分析する。観光波及雇用者数は、①

旅行者の直接的な消費によって創出される雇用のみならず、②その直接的な需要に投入さ

れる原材料などへの波及効果によって増加する需要(第一間接効果)から創出される雇用

と、③直接的な消費と第一間接効果によって創出された雇用に対して支払われる所得から

派生する消費需要(第二間接効果)によって創出される雇用の総和(①+②+③)のこと

である。なお、これらの効果は産業連関表を用いて計算し、ここでは、地域別の旅行の動

向に基づき、地域別の雇用の効果19も試算する。 初に図表 25 の想定①のケースの雇用への効果を計算すると、観光消費額の大きい外国

人旅行者数の増加が観光市場の拡大要因となり、観光波及雇用者数を押上げる方向に作用

するものの、日本人旅行者数の減少によるマイナスの影響がこれを上回ることから、2010年から 2020 年にかけて観光波及雇用者数は約 30 万人減少してしまう(図表 29)。この中

で、2020 年までは観光消費額が大きい外国人旅行者数の総旅行者数に占める割合が上昇す

ることから、過去 10 年に比べた雇用の減少スピードは緩慢になる。一方、2020 年から 2030年にかけては、日本人旅行者数の減少スピードが加速することから、雇用の減少傾向が再

び強まる見込みだ。なお、地域別の内訳をみると、2020 年までは訪日外国人訪問率が高い

北海道、関東、近畿では雇用の減少スピードが他の地域に比べて緩慢になるが、いずれの

地域でも 2030 年にかけて観光波及雇用者数は減少すると試算された。

図表 29 訪日外国人数の政府目標が達成された場合の観光波及雇用者数の試算

0

100

200

300

400

500

600

700

2000年 2010年 2020年 2030年

九州

四国

中国

近畿

中部

関東

東北

北海道

(万人)

(注1)観光波及雇用者数の試算(第一・第二間接効果まで含めたもの)。

(注2)日本人旅行者数と外国人旅行者数が15ページ図表23の通り推移

   した際の雇用者数の変化。

(注3)2030年までの外国人旅行者と日本人旅行者の各地域への訪問率は、

   2009年の各地域への訪問率のまま不変と仮定した。

(資料)経済産業省、総務省、日本政府観光局などよりみずほ総合研究所作成

19本稿における地域区分は、北海道が「北海道」、東北が「青森、岩手、宮城、秋田、山形、福島」、関東が「茨城、栃

木、群馬、埼玉、千葉、東京、神奈川、新潟、山梨、長野、静岡」、中部が「富山、石川、岐阜、愛知、三重」、近畿

が「福井、滋賀、京都、大阪、兵庫、奈良、和歌山」、中国が「鳥取、島根、岡山、広島、山口」、四国が「徳島、香

川、愛媛、高知」、九州が「福岡、佐賀、長崎、大分、熊本、宮崎、鹿児島、沖縄」となっている。

Page 21: 国内観光市場の見通しと雇用への影響...1 わが国の経済は回復基調を辿ってきたが、地方圏では雇用環境の改善が遅れている。こうし

20

次に、日本人の国内旅行回数が 2020 年に 3.4 回、2030 年に 3.9 回に増加した場合(図表 25 の想定②のケース)の観光波及雇用者数を試算した。この場合は、2020 年の日本人旅行

者数がほぼ現状の水準を維持することから、外国人旅行者数の増加分がそのまま観光波及

雇用者数の拡大に繫がり、2020 年までに観光波及雇用者数は 54 万人純増するという結果

になった(図表 30)。その後、2020 年から 2030 年にかけては、観光波及雇用者数はほぼ

横ばい圏で推移する見込みだ。これを地域別にみると、2010 年から 2030 年にかけていず

れの地域でも観光波及雇用者数は増加する結果となった。

図表 30 表 29 に加えて、日本人の国内旅行回数が今後 10 年ごとに 0.5 回ずつ増加した場合の観光波及雇用者数の試算

0

100

200

300

400

500

600

700

2000年 2010年 2020年 2030年

九州

四国

中国

近畿

中部

関東

東北

北海道

(万人)

(注1)観光波及雇用者数の試算(第一・第二間接効果まで含めたもの)。

(注2)日本人旅行者数と外国人旅行者数が18ページの図表27の通り推移した   際の雇用者数の変化。

(注3)2030年までの外国人旅行者と日本人旅行者の各地域への訪問率は、

   2009年の各地域への訪問率のまま不変と仮定した。

(資料)経済産業省、総務省、日本政府観光局などよりみずほ総合研究所作成

(2) 観光市場の拡大で雇用創出が期待される産業

上記試算のように訪日外国人旅行者数と日本人の国内旅行者数が増加した場合、どのよ

うな業種で雇用の拡大が期待されるであろうか、 後にこの点について触れておきたい。

日本人と外国人の旅行者の一人当たりの雇用創出効果をみると20、日本人は観光消費に占め

る交通費のウェイトが大きいことから運輸業の雇用の拡大効果が大きいことが確認できる

(図表 31)。一方、外国人は観光消費に占めるお土産や飲食・宿泊費の割合が高いことか

ら、対個人サービス(飲食・宿泊等)、商業(お土産の販売等)、製造業(お土産製造等)

などの雇用の拡大効果が大きい(図表 32)。 これまでの予測・試算で示してきたように、今後は外国人旅行者数の全旅行者数に占め

20ここでは先に試算した観光波及雇用者数から第二間接効果による雇用者数を差し引いた雇用への影響を計測する。そ

れは、第二間接効果は所得を通じてあらゆる業種に広がるため、業種別の内訳を見る点では意味が乏しいと考えられ

るためである。

Page 22: 国内観光市場の見通しと雇用への影響...1 わが国の経済は回復基調を辿ってきたが、地方圏では雇用環境の改善が遅れている。こうし

21

る割合が上昇することによって、観光需要の拡大によって生み出される雇用は、上記のよ

うに対個人サービス(飲食・宿泊等やお土産の製造・販売)などで伸びると期待される。

これに対応して、外国人向けサービスに重点をおいた就業者の育成などが重要となってこ

よう。

図表 31 日本人一人当たり旅行消費に対応する業種別雇用創出効果

0.000

0.001

0.002

0.003

北海道 東北 関東 中部 近畿 中国 四国 九州

対個人サービス 商業 運輸製造業 その他対事業所サービス 教育・研究医療・保健等 建設業 その他

(人)

(注1)各地域の日本人旅行者一人当たりの消費に対応する雇用創出効果を業種別に示したもの。

(注2)観光消費の増加からの直接効果と観光業に投入される原材料増加に伴う雇用効果(第一間接効果)を

   合計した観光関連雇用(直接効果+第一間接効果)を計算。なお、観光関連雇用増に伴う所得、消費

増加による効果(第二間接効果)は含んでいない。

(資料)経済産業省、総務省、観光庁、日本政府観光局などよりみずほ総合研究所試算

図表 32 外国人一人当たり旅行消費に対する業種別雇用創出効果

0.000

0.001

0.002

0.003

北海道 東北 関東 中部 近畿 中国 四国 九州

対個人サービス 商業 運輸製造業 その他対事業所サービス 教育・研究医療・保健等 建設業 その他

(人)

(注1)各地域の外国人旅行者一人当たりの消費に対応する雇用創出効果を業種別に示したもの。

(注2)観光消費の増加からの直接効果と観光業に投入される原材料増加に伴う雇用効果(第一間接効果)を

  合計した観光関連雇用(直接効果+第一間接効果)を計算。なお、観光関連雇用増に伴う所得、消費  増加による効果(第二間接効果)は含んでいない。

(資料)経済産業省、総務省、観光庁、日本政府観光局などよりみずほ総合研究所試算

Page 23: 国内観光市場の見通しと雇用への影響...1 わが国の経済は回復基調を辿ってきたが、地方圏では雇用環境の改善が遅れている。こうし

22

7. おわりに ~観光立国で地方の雇用を支えるために~ 地方圏では厳しい雇用環境が続いており、観光振興は新たな雇用対策として多くの期待

を集めている。 それは、①新興国の経済発展に伴い海外旅行者数の増加が見込まれ、また②日本人は他

の先進国と比べて旅行回数が少ないことから、旅行回数に増加余地があるためである。さ

らに、③観光消費は雇用創出力が高いことも、観光が多くの期待を集めている理由の一つ

である。加えて、④観光には都市から地方への所得移転効果も見込める。 ただし、新興国で増加する海外旅行者が日本を行き先として選んでくれるかどうかは自

明ではない。また、人口減少下にあるわが国では、日本人旅行者数にも減少圧力がかかる。

観光市場の規模を確実に維持・拡大させ、さらに雇用の創出につなげていくためには、(1)

訪日外国人旅行者を増やすための手立てを広く講じ、「訪日外国人 3,000 万人プログラム」

の政府目標を実現するとともに、(2)日本人の国内旅行の回数を多くしていくための有効

な取組みを実施していく必要がある。具体的には、ビザの申請の円滑化や、特区を活用し

た特定地域のビザ要件の緩和、休暇制度の見直し、ローコストキャリアを含む航空参入の

規制緩和、外国人受入体制の整備、観光関連の人材育成、観光地の魅力度向上と PR などが

考えられる。 わが国の観光市場規模の維持・拡大に向けて官民が協力して取り組むことで、「観光立国」

の実現とそれによる新規雇用の創出は可能となろう。こうした取り組みを着実に進めてい

くことが、わが国経済の成長にも繫がり、地域の活性化にも結びつくはずである。

Page 24: 国内観光市場の見通しと雇用への影響...1 わが国の経済は回復基調を辿ってきたが、地方圏では雇用環境の改善が遅れている。こうし

23

【参考文献】

政府〔閣議決定〕(2010)『新成長戦略~「元気な日本」復活のシナリオ~』 国土交通省 観光庁(2010)『平成 22 年版 観光白書』日経印刷 日本政府観光局(2010)『国際観光白書 2010』国際観光サービスセンター 日本政府観光局(2010)『日本の国際観光統計(2009 年版)』国際観光サービスセンター 日本観光協会(2009)『観光の実態と志向 平成 20 年度版』日本観光協会 小谷達男(1994)『観光事業論』学文社 小沢健市(1994)『観光を経済学する』文化書房博文社 みずほ総合研究所(2010)「10 年で 120 兆円を生み出す新たな内需振興策~成熟経済の強

気 ヒト・モノ・カネのストックを活かせ~」(みずほ総合研究所『みずほ

リポート』) 内藤啓介・岡田豊・千野珠衣(2009)「各地の地域活性化事例から見た今後の地域振興の課

題」(みずほ総合研究所『みずほ総研論集 2009 年Ⅳ号』) 千野珠衣(2010)「製造業誘致の地方雇用創出に対する有効性は低下したのか」(みずほ総

合研究所『みずほリポート』)