腹水濾過濃縮再静注法(cart)の up to date...2018/05/12 · up to date はじめに...
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この内容は、第70回日本産科婦人科学会学術講演会(2018年5月開催)ランチョンセミナー26の講演内容に基づき作成しました。
がん性腹水管理のベストプラクティスを考える~CART市販後調査の結果を踏まえて~
梶山 広明�先生 名古屋大学大学院医学系研究科 産婦人科
講演 1
杉山 徹�先生 医療法人社団高邦会 高木病院 女性腫瘍センター国際医療福祉大学前: 岩手医科大学 産婦人科学講座
座 長
婦人科がん手術の最前線~手技の実践とCARTの活用~
加藤 一喜�先生 がん研有明病院 婦人科
講演 2
婦人科腫瘍における腹水濾過濃縮再静注法(CART)の
UP TO DATE
はじめに婦人科腫瘍症例ではがんに伴う腹水を診ることがあります。悪性腹水は患者のQOL低下を招き、治療に難渋します。「卵巣がん治療ガイドライン2015年版(日本婦人科腫瘍学会編)」では、「腹水貯留にどのように対応するか?」のクリニカルクエスチョンが設けられています。
本日は本ガイドライン掲載の腹水貯留対応のひとつとしてあげられている腹水濾過濃縮再静注法(CART:Cell-free and concentrated ascites reinfusion therapy)が患者のQOLにどのように寄与しているのか、新しい知見を含めお二人の先生にご講演いただきます。
杉山 徹 先生
体液をリンパ管から循環系に戻す構造この経路を通って、腹腔内のがん細胞がリンパ節転移を起すこともあります。
近年、がん患者の増加に伴い、がん性腹膜炎による悪性腹水管理に腹水濾過濃縮再静注法(CART:cell-free and concentrated ascites reinfusion therapy)が用いられる機会が増えてきました。このような状況のなかで、難治性がん性腹水(胸水)に対するCARTの市販後調査結果が報告されました。今回は、腹水産生メカニズム、腹水貯留の臨床的管理、当科におけるCART市販後調査結果、および婦人科腫瘍に対する緩和的化学療法とCART併用の実際についてご報告いたします。
●��腹膜には、①腹腔や内臓の表面を覆う保護機能②腹腔内漿液による腹部臓器間の摩擦緩衝③生理活性物質の分泌・代謝④腹水中に含まれるマクロファージや殺菌性補体による免疫反応の場⑤感染時の防御的機能などがあります。
●��腹膜は、体表面積に匹敵する総面積(1.7~2.0m2)を持つ、体内で最大表面積を誇る臓器です。
●��腹膜は1層の中皮細胞層と腹膜下結合組織層から構成されており、中皮細胞と腹膜下結合組織層は基底膜により分かれています。腹膜下結合組織層には多数の毛細血管やリンパ管が分布しています。
●��中皮細胞間の間隙付近に腹膜下リンパ管が開口している部分があり、体液をリンパ管から循環系に戻す構造になっています。
●��基底膜から腹膜下毛細血管までの箇所は腹膜血液関門と呼ばれ、腹膜下毛細血管の透過性が亢進すると腹水貯留が生じます。
はじめに
がん性腹膜炎による悪性腹水は、腹膜の環境変化に起因しています。各臓器と腹膜の位置関係(水平断)
腹膜大腸小腸
大腸胆嚢
肝臓脾臓腎臓 腎臓
膵臓
胃
●��がん性腹膜炎では、腹膜下毛細血管の透過性亢進、広範な腹膜癒着による吸収能低下、がん性リンパ管炎やがん細胞浸潤によるリンパ系の閉塞、悪液質による低蛋白血症、臓器およびリンパ節転移による門脈・静脈系の還流障害などさまざまな要因で悪性腹水が腹腔内に貯留します。
●��悪性の卵巣がん等では、腹水中のVEGF量が増加しています。がん細胞から産生される様々なサイトカイン等によって中皮細胞がCAMに変化し、CAMが過剰なVEGFを産生することによって毛細血管の透過性亢進を介し、腹水貯留をきたします。
CAM(cancer-associated mesothelial cell)とは、がん細胞から産生される様々なサイトカインの作用により、腹膜中皮細胞が間葉系形質を獲得した細胞
腹膜の中皮細胞層と結合組織層の模式図
腹膜下リンパ管
腹膜下毛細血管
腹膜下毛細血管
腹膜下結合組織層
基底膜
腹腔内
がん性腹膜炎状態の腹膜環境
腹膜下リンパ管
腹腔内VEGF
中皮細胞
③�CAMはがん細胞の接着が増し、細胞間の間隙が大きくなるためがん細胞の転移を促進
④�毛細血管の透過性が上昇し腹水貯留の増悪を誘因
①�がん細胞からサイトカイン等が産生され中皮細胞がCAMへ変化サイトカイン
がん細胞
②CAMから過剰なVEGF産生CAM
がん性腹水管理のベストプラクティスを考える~CART市販後調査の結果を踏まえて~梶山 広明�先生 名古屋大学大学院医学系研究科 産婦人科
講演 1
目的と概要
患者背景
目的:�使用実態下における胸水・腹水濾過濃縮再静注用システムAHF®-MOW®/UPを使用したCARTの実施状況、安全性および有効性に関する情報、その他の適正使用を把握する。
調査実施期間:2014年1月~2015年1月
対象:�全国22施設で、難治性腹水に対しCARTを実施した患者「147例・356回」、うちがん症例「128例・300回」。この中に、名古屋大学医学部附属病院�産婦人科で、難治性腹水のためCARTを実施した患者「11例・25回」が含まれる。
全国及び当科における製造販売業者自主的な市販後調査結果です。
悪性腹水の管理法[CARTは、悪性腹水管理法のひとつとしてガイドラインで推奨されています]
分類年齢(歳)平均±SD
(min-max)性別
男/女 種類 症例数ステージ
Ⅰ期 Ⅱ期 Ⅲ期 Ⅳ期 不明
肝臓系21.8%(28例)
71.1±10.3(55-89) 19/9
肝臓がん 19 2 2 4 11胆のう・胆管がん 9 1 8
消化器系36.0%(46例)
65.7±12.2(23-87) 26/20
膵臓がん 22 21 1胃がん 13 13大腸がん
(結腸・直腸含) 9 9
食道がん 2 2婦人科系
33.6%(43例)62.8±13.3(24-84) -/43
卵巣・卵管がん 38 3 2 24 9子宮体・頸がん 5 1 4
その他8.6%(11例)
63.5±8.8(52-79) 3/8
腹膜がん 6 4 2肺がん 1 1メラノーマ 1 1原発不明がん 3 3
全国 がん症例128例・300回 名古屋大学医学部附属病院 産婦人科11例・25回
ステージ
総症例数Ⅰ期 Ⅱ期 Ⅲ期 Ⅳ期
卵巣・卵管がん 9 1 0 5 3子宮体・頸がん 2 0 1 0 1
悪性腹水の管理法には、以下のような方法があります。
●�輸液量の制限(500~1,000mL/日)●�抗炎症剤(ステロイド)や制吐剤(オクトレオチド)を併用●�利尿薬としては、スピロノラクトンの使用頻度が高く、フロセミドなどのループ利尿薬を併用●�腹水ドレナージは、腹腔内の体液貯留を経皮的に穿刺し腹水の排除を行う方法。効果は一過性●�腹腔静脈シャントは、腹腔から皮下を経由して鎖骨下静脈に腹水を還流する方法。合併症としてシャント閉塞あり●��CARTは、腹水(または胸水)を採取し、細菌やがん細胞を取り除きアルブミンなどの有効成分が濃縮された腹水を点滴でもどす方法。全身状態を良好に保ちながら、化学療法を開始・継続できる有効な治療法
腹水による苦痛の緩和を目的に、腹水貯留に対して利尿薬投与、腹水ドレナージ、腹腔静脈シャント、およびCARTが、日本婦人科腫瘍学会「卵巣がん治療ガイドライン2015年版」で推奨されています。
年齢 平均±SD(min-max):57.1±10.8(41-76)歳
前
Paired t-test
全体(183回)
後
10.0
8.0
6.0
4.0
2.0
0
血清総蛋白濃度(g/dL)
前肝臓系(40回)
後 前消化器系(86回)
後 前婦人科系(40回)(24回)
後 前その他(17回)
後
p<0.001
5.76.5
p<0.001
6.36.8
p<0.001
5.56.6
p=0.018
5.66.2
p<0.001
5.96.4
5.9 6.6
前:CART前 後:再静注終了1日後
●�血清総蛋白・アルブミン値当院産婦人科症例において、再静注後の血清総蛋白・アルブミン値は、CART前に比べ、いずれも有意に増加しました(血清総蛋白�前:5.9±0.5g/dL、後:6.6±0.9g/dL、p<0.001、血清アルブミン値�前:2.9±0.6g/dL、後:3.2±0.7g/dL、p<0.001)。
有効性
血清総蛋白 血清アルブミン値
緑:名古屋大学医学部附属病院 産婦人科(24回)黒:全国前
全体(203回)
後
5.0
4.0
3.0
2.0
1.0
0
血清アルブミン濃度(g/dL)
前肝臓系(48回)
後 前消化器系(90回)
後 前婦人科系(46回)(24回)
後 前その他(19回)
後
p<0.001
2.53.0
p=0.017
2.2 2.3
p<0.001
2.5
3.3
p=0.003
2.7 2.9
2.9 3.2
p=0.010
2.63.1
前:CART前 後:再静注終了1日後Paired t-test
●�PS・食事摂取量当院産婦人科症例において、PSは維持され、食事摂取量は改善傾向がみられたものの、有意な変化ではありませんでした(PS�前:1.8±0.9、後:1.8±0.9、p=1.000、食事摂取量�前:45.8±33.6%、後:56.9±31.0%、p=0.301)。食事摂取量�:��夕食の摂取量とし0、25、50、75、100(%)の
5段階で評価EOCG�PS�:��Eastern�Cooperative�Oncology�Group�
Performance�Status
●�24時間尿量当産婦人科症例において、再静注終了1日後の24時間尿量は、CART前と比べ有意に増加しました(前:835±563mL、後:1,606±753mL、p<0.001)。
PS
24時間尿量
食事摂取量
緑:名古屋大学医学部附属病院 産婦人科(24回/18回)黒:全国
緑:名古屋大学医学部附属病院 産婦人科(9回)黒:全国
前全体
(271回)
後
4
0
PS
3
2
1
前肝臓系(62回)
後 前消化器系(109回)
後 前婦人科系(76回)(24回)
後 前その他(24回)
後
p<0.001
2.2 2.0
p=0.012
2.4 2.2
p<0.001
2.3 2.1
p=0.126
1.9
1.8 1.81.8
p=0.068
2.2 2.0
前:CART前 後:再静注終了1日後Wilcoxon signed rank test
前全体
(252回)
後
100
0
食事摂取量(%) 75
50
25
前肝臓系(59回)
後 前消化器系(101回)
後 前婦人科系(69回)(18回)
後 前その他(23回)
後
p<0.001
44.251.1
p=0.084
59.3 63.6
p<0.001
36.143.3
p=0.138
42.851.1
45.8 56.9
p=0.124
45.753.3
前:CART前 後:再静注終了1日後Wilcoxon signed rank test
前全体平均(n=88)
後
2,500
0
24時間尿量(mL)
2,000
1,500
1,000
500
前肝臓系(n=18)
後 前消化器系(n=38)
後 前婦人科系(n=32)(n=9)
後 前その他(n=8)
後
p<0.001
812
1,158
p<0.001
986
1,281
p=0.046
7681,047
p<0.001
847
1,348835
1,606
p=0.315
558 653
前:CART前 後:再静注終了1日後Paired t-test
再静注前
38.0
36.0
体温(℃)
37.5
37.0
36.5
再静注終了後 再静注終了1時間後
再静注終了1日後
p<0.001 p<0.001 p<0.001
36.8
37.137.0
36.6
37.0
37.8
37.5
36.9
Paired t-test
●�体温当院産婦人科症例において、再静注終了後の体温は、再静注前と比べ有意な上昇が認められました(p<0.001)が、終了1日後には再静注前の体温に下がりました(p=0.533)。
●�副作用全国の副作用発現率は22.8%、婦人科がんでは30.2%、主な副作用は悪寒・発熱などで、すべて非重篤、軽快の転帰でした。当院産婦人科症例において、副作用発現率は45.5%(5例/11例)、主な副作用は発熱、悪寒で、すべて非重篤・回復または軽快の転帰でした。*当院産婦人科では発熱予防のためのステロイドの前投与は行わず、発熱時にNSAIDsを投与しています。
安全性
体温の推移
緑:名古屋大学医学部附属病院 産婦人科(22回)黒:全国(186回)
「血清総蛋白」、「血清アルブミン値」、「PS」、「食事摂取量」、「24時間尿量」、「体温の推移」グラフ中のp値はいずれも全国データのものです。
Tukey-kramer test
50
40
30
20
10
0肝臓系(64回)
9.4%(6回)
14.4%(19回)
41.3%(33回)
16.7%(4回)
消化器系(132回)
婦人科系(80回)
その他(24回)
p<0.001p<0.001 p=0.034
抗がん剤併用率(%)
●�抗がん剤の併用婦人科がんは、他の臓器がんと比べ高い併用率でした。併用された抗がん剤の種類から、終末期に近い段階までの長期に渡り併用されていたことが推察されます。
抗がん剤の併用
全国
全国の婦人科系�抗がん剤と併用したCART回数� 33回/80回
単剤 イリノテカン� 9回
ネダプラチン� 8回
ドキソルビシン塩酸塩� 4回
ゲムシタビン塩酸塩� 3回
2剤 カルボプラチン+パクリタキセル� 4回
ドキソルビシン+ベバシズマブ� 3回
カルボプラチン+ドセタキセル� 2回
名古屋大学医学部附属病院�産婦人科抗がん剤と併用したCART回数� 14回/25回
単剤 ネダプラチン� 8回
ゲムシタビン塩酸塩� 2回
2剤 ドキソルビシン+ベバシズマブ� 2回
カルボプラチン+ドセタキセル� 2回
症例:再発卵巣がん、60歳代女性病歴:婦人科検診にて骨盤内腫瘍を指摘され当院へ紹介受診となり、両側付属器摘出術、腹膜播種巣切除術を施行した。漿液性がんⅢC2期と診断され、術後化学療法を追加して一時寛解となった。しかしその後再発し、下記レジメンをサルベージ化学療法として行った。既往化学療法:パクリタキセル(180mg/m2)+カルボプラチン(AUC�5.0) 7サイクル(初回化学療法)↓リポソーム化ドキソルビシン(50mg/m2) 4サイクル↓ドセタキセル(70mg/m2) 6サイクル↓ゲムシタビン(1,000mg/m2) 5サイクル↓ネダプラチン(100mg/m2) 5サイクル↓イリノテカン(150mg/m2) 6サイクル↓パクリタキセル(180mg/m2)+カルボプラチン(AUC�5.0) 5サイクル
臨床経過:治療開始後2年7ヵ月で腹水貯留に伴う腹部膨満感および食思不振が出現したため、腹水コントロールを目的として緩和的化学療法とCARTの併用を開始した。
緩和的化学療法とCARTの併用が患者QOLに寄与した再発卵巣がんの1例 <講演終了後、参考資料として提示いただいた症例>
●��進行または再発卵巣がんに起因する腹水貯留は、頻回の腹水穿刺などの処置を要し、患者のQOLを著しく低下させる症状です。腹水コントロールを目的とした緩和的化学療法は、終末期における患者のQOL改善に貢献する可能性があります。
●��化学療法を行った終末期患者の50%以上が気分が良くなり、60%以上で寿命が延長すると考えていることが報告されています。� Doyle C, J Clin Oncol 2001
●��プラチナ製剤抵抗性の進行または再発卵巣がんにより死亡した患者55例のうち、緩和的化学療法を実施した22例(Chemo�group)では緩和ケアのみを実施した18例(BSC�group)と比較して、再発以降の予後の延長が認められています。
Tsubamoto H et al. J Obstet Gynaecol Res 2014; 40: 1399-1406.
緩和的化学療法が適応となる婦人科領域の例
婦人科がんにおいて緩和的化学療法の有用性が示されています。
子宮頸がん・ 体がん
外陰部進展、腟断端再発による疼痛
子宮非摘出例における性器出血
卵巣がん がん性腹膜炎に伴う多量の腹水貯留
腹腔あるいは骨盤内腫瘍進展に伴う疼痛や通過障害
その他 リンパ節転移・遠隔転移に伴う圧迫症状
Ex.�縦隔リンパ節転移による気道狭窄や食道閉鎖、�Horner’s症候群など
緩和的化学療法・CARTの併用施行開始後の臨床経過
3.0
血清アルブミン濃度(g/dL)
白血球数(×10
3 /μL)
-20 -10 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100
入院日 転院
日
白血球数
誤嚥性肺炎
2.0
1.0
0
12.0
8.0
4.0
0血清アルブミン値
① ② ③ ④ ⑤
治療方針・CARTはPTX+BEV( )の2日前に施行・CART( )採取腹水量は3,000mL・穿刺排液( )排液量は2,000mL
PTX:パクリタキセルBEV:ベバシズマブ
●��パクリタキセル・ベバシズマブ併用による緩和的化学療法とCARTの併用により、卵巣がん末期患者の腹水貯留は改善傾向を示しました。緩和的化学療法3サイクル終了1ヵ月経過後に発症した誤嚥性肺炎に伴い日常生活動作の急激な低下を認め、ホスピスへの入所を希望されましたが、転院調整中もCARTを実施したことにより、腹部膨満に伴う食欲不振はなく精神的QOLは保たれていました。
● 難治性腹水はがん患者のQOLを低下させる重大な合併症であり、個々の患者における最善の治療を的確な評価の下に選択していくことが重要です。
● CARTは腹水中の細菌・がん細胞・血球成分などを除去し、アルブミンや免疫グロブリンなどの有用な物質を濃縮した自己腹水を再静注投与する治療法です。
● CARTは、血清総蛋白、アルブミン値を有意に上昇させ、血漿浸透圧の上昇により尿量増加に寄与しました。副作用として発熱があげられます。
● 緩和的化学療法とCARTのコンビネーション治療がQOL改善に一役を担う可能性があります。
まとめ
卵巣がんでは、術後の残存腫瘍が予後と相関することから、最大限の腫瘍減量術を行います。また、転移の頻度が高い骨盤リンパ節や傍大動脈リンパ節ではリンパ節郭清を行います。骨盤・傍大動脈リンパ節への転移率はそれぞれ7.3%、8.1%と高く、卵巣がんにおける骨盤リンパ節郭清および傍大動脈リンパ節郭清の重要性が認識されています。リンパ節郭清後の難治性リンパ漏はしばしば合併症として問題になります。今回は、当科における難治性リンパ漏に対するCARTの施行例とその臨床的活用についてご報告いたします。
はじめに
●��CART前後の血清アルブミン値に有意差はありませんでした。(前:2.16±0.51g/dL、後:2.30±0.69g/dL、p=0.203)。
●��CART後の主要栄養成分のなかで、分子量の大きな蛋白質や脂質は濃縮して体内に戻せますが、分子量の小さなグルコースは回収率が低くなることが報告されています。
●��CARTの施行によりリンパ液を2~3L抜いても、蛋白質や脂質の回収率は高いので栄養状態は保持されると考えます。
CART前後の血清アルブミン値 CART後の主要栄養成分の回収率(平均値)
CART前 CART後
4.0
3.0
2.0
1.0
0血清アルブミン濃度(g/dL) グルコース
総蛋白
アルブミン
トリグリセリド
0 20 40 60 80 100(%)新しい医療機器研究 1994;2:17/臨牀消化器内科 1993;8:609 より作図
総コレステロール
●��CART導入の目的は、約半数の患者が再発後の腹水貯留に対する緩和的療法、4分の1が抗がん剤の初回治療を目的としたCARTの併用、4分の1が術後難治性リンパ漏の治療でした。
●��術後難治性リンパ漏では、リンパ管から乳糜が漏れることによる乳糜胸水や乳糜腹水の管理にCARTを使用します。●��副作用としては、発熱が10件、貧血が1件、SpO2低下が1件に認められました。
2016年5月~2017年11月�がん研有明病院�婦人科症例数:30例、CART実施延べ回数:59回� 中央値(範囲)
子宮頸がん704例;子宮体がん938例;卵巣がん419例;その他27例
年齢(歳) 61(36~83)
患者一人当たりの腹水穿刺排液実施回数(回) 1(0~29)
患者一人当たりのCART実施回数(回) 1(1~4)
CART時腹水排液量(mL) 2,420(870~5,100)
婦人科がん症例に対するCARTの施行例です。CART導入目的
●��婦人科がん手術において、傍大動脈リンパ節と骨盤リンパ節の両方を同時に郭清した場合に難治性リンパ漏発症頻度が最も高く、4.1%でした。傍大動脈リンパ節または鼠径リンパ節のみのリンパ節郭清後では、難治性リンパ漏は認められませんでした。
難治性リンパ漏の発生頻度(2005年3月~2013年12月�がん研有明病院�婦人科)
当科における婦人科がん術後 難治性リンパ漏発生頻度
リンパ節郭清部位 例数 難治性リンパ漏 発症例数
PAN+PLN 775(37.1%) 32(4.1%)
PANのみ 36(1.7%) 0(0%)
PLNのみ 1,263(60.5%) 11(0.9%)
鼠径リンパ節のみ 14(0.7%) 0(0%)
計 2,088 43(2.1%)
PAN:傍大動脈リンパ節 PLN:骨盤リンパ節
緩和的療法 16例
術後リンパ漏の治療 7例
初回治療 7例
婦人科がん手術の最前線~手技の実践とCARTの活用~加藤 一喜�先生 がん研有明病院 婦人科
講演 2
婦人科がん手術後の難治性リンパ漏症例に対するCARTの有用性が示されました。
症例1
症例2
症例3
症例4
症例5
症例6
卵巣がん1C期
子宮体がん4B期
子宮体がん1A期
卵巣がん1C期
卵巣がん1A期
卵巣がん3A1期
200 術後日数150100500
術後リンパ漏7例中経過観察が終了している6例
手術
●��CARTの施行により、手術後に発症するすべての難治性リンパ漏を完治することはできませんが、リンパ液穿刺排液の回数を減らせる可能性があります。
難治性リンパ漏に対するCARTの実施例�(がん研有明病院�婦人科)
手術 退
院
3.0
血清アルブミン濃度(g/dL)
胸水(リンパ液)(L)
0 10 20 30 日
1
2.8 0.8
2.6 0.6
2.4 0.4
2.2 0.2
2.0 0
胸腔ドレーン抜去
胸水ドレナージ量減少
胸腔ドレーン留置
疾患名:卵巣がん�1C期年齢:58歳、身長:155cm、体重:45kg手術:�子宮全摘+両側付属器切除+大網部分切除+傍大動脈・
骨盤リンパ節郭清術
●��術後8日目に腹水(リンパ液)穿刺排液および腹水ドレナージを施行しましたが、その後、創部からのリンパ液漏出、腹部膨満感、血清アルブミン値の低下がみられました。
●��術後29日目にCARTを施行したところ、有害事象は認められず、腹部膨満感軽減、腟からのリンパ漏は止まり、血清アルブミン値の上昇がみられ、61日目に退院されました。
疾患名:卵巣がん�1A期年齢:70歳、身長:155cm、体重:43kg手術:�子宮全摘+両側付属器切除+大網部分切除+傍大動脈・
骨盤リンパ節郭清術
●��術後乳糜胸水(右>左)が出現●��術後12日目に胸水(リンパ液)穿刺排液、14日目に胸腔ドレーンを留置し連日胸水(リンパ液)排出、18日目に胸水(リンパ液)排出に伴い、血清アルブミン値が低下しました。
●��術後21日目にCARTを施行したところ、有害事象は認められず、血清アルブミン値が改善しました。その後、胸水ドレナージ量が減少したため胸腔ドレーンを抜去し、34日目に退院されました。
疾患名:子宮体がん�4B期年齢:70歳、身長:157cm、体重:64kg手術:�子宮全摘+両側付属器切除+大網部分切除+低位前方切除
+傍大動脈・骨盤リンパ節郭清術
●��術後19日目に退院されました。27日目から再入院・退院を繰り返しながら、腹水(リンパ液)穿刺排液を約3ヵ月間に14回施行し、血清アルブミン値は徐々に低下しました。
●��術後132日目、145日目、および163日目にCARTを施行しました。1回目のCART施行後に悪寒・発熱(38.4℃)がみられましたが、その後のCART施行後に有害事象は認められませんでした。血清アルブミン値の改善はみられませんでしたが、180日目に退院されました。
3.0
血清アルブミン濃度(g/dL)
腹水(リンパ液)(L)
0 10 20 30 40 50 60 日
6
2.8 5
2.6 4
2.4 3
2.2 2
2.0 1
1.8 0
腹部膨満感 軽減
膣からのリンパ漏止まる
創部からリンパ液漏出
手術 退
院
手術 退
院
3.0
血清アルブミン濃度(g/dL)
腹水(リンパ液)(L)
0 20 40 60 80 100 120 140 160 180日
5
2.6 4
2.2 3
1.8 2
1.4 1
1.0 0退院
再入院
退院
再入院
症例1
症例2
症例5
血清アルブミン値難治性リンパ漏で難渋している期間 持続ドレナージ 穿刺排液、排液量
持続ドレナージ排液量CART、排液量
リンパ管塞栓
東京都千代田区有楽町1-1-2 日比谷三井タワー 〒100-0006TEL: 03-6699-3771 www.asahikasei-medical.co.jp No.2018.11-2632
CARTでは、まず、腹水を採取して腹水濾過器(最大孔径0.2μm)により、腹水中の細菌、がん細胞、血球成分などを除去します。次に、腹水濃縮器で除水し、アルブミンや免疫グロブリンなどの有用な物質を濃縮します。この濾過濃縮した自己腹水を再静注投与します。婦人科領域では、大量腹水貯留をきたしやすい卵巣がん症例等においてCARTの施行回数が増えています。
●腹水濾過濃縮再静注法(Cell-free and Concentrated Ascites Reinfusion Therapy)
【診療報酬算定方法に伴う実施上の留意事項について】K635 胸水・腹水濾過濃縮再静注法一連の治療過程中、第1回目の実施日に、1回に限り算定する。なお、一連の治療期間は2週間を目安とし、治療上の必要があって初回実施後2週間を経過して実施した場合は改めて所定点数を算定する。� (平成30年3月5日 保医発0305第1号)
【包括評価制度(DPC)における診療報酬算定】「K635 胸水・腹水濾過濃縮再静注法」は、手術の部で算定されます。手術の部で算定する特定保険医療材料及び手術料は出来高による算定が可能ですので、CARTにかかる材料価格、手術料は、出来高で算定が可能です。
K635 胸水・腹水濾過濃縮再静注法(平成30年4月)
●CARTの保険適用
特定保険医療材料名称 材料価格 手術料
腹水濾過器、濃縮再静注用濃縮器
64,100円(回路含む)
胸水・腹水濾過濃縮再静注法4,990点
● 婦人科がん手術におけるリンパ節郭清後の難治性リンパ漏は、しばしば合併症として難渋します。
● CARTは腹水や胸水貯留だけでなく、リンパ液貯留に対してもリンパ液穿刺・排液の頻度を軽減させる 有用な治療法のひとつと考えられます。
● 術後リンパ漏患者の蛋白質などの栄養状態の保持にCARTは有用です。
まとめ