過労死・過労自殺と職務上の出来事との関係の分析human.cc.hirosaki-u.ac.jp/economics/pdf/treatise/... ·...

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〔論文弘前大学経済研究第 31 1627 2008 12 28 過労死・過労自殺と職務上の出来事との関係の分析 岩田 終身雇用慣行,年功序列賃金制度!企業別労働組合を中心とする日本的雇用管理手法が見直 され,成果主義人事制度が導入されてから久しい。過労死 ー過労自殺という労働災害はE 日本 的雇用管理手法と深い関わりがあると考えられてきたが1 成果主義人事制度が導入された今日 においてもなお,相当数存在する 。本稿は,過労死 過労自殺と職務上の出来事との関係を検 討することによって,日本的雇用管理手法と過労死 過労自殺との関係を明らかにする 。結論 として,日本的雇用管理手法と過労死 過労自殺との関係は薄く,むしろ,職務割当の問題の 方が大きいことが明らかにされる。これによって,日本的雇用管理手法が崩壊し成果主義人 事制度に移行しても ,過労死 過労自殺の問題は生じ続けることを指摘した。 1. 問題と研究目的 終身雇用慣行,年功序列賃金制度企業別労 働組合を中心とする日本的雇用管理手法の見直 しについて論じられるようになって久しいが, その最も大きな変化は,正規従業員中心の雇用 形態から,正規従業員と非正規従業員が混合し たより柔軟な雇用形態に移っている点である 。 人的資源管理論の分野では ,企業戦略により適 合性の高い人の管理を志向し,戦略的人的資源 管理論(SHRM:Strat gicHumanResource Management )という新たな研究分野が登場し ている。 この議論は,戦略的に人材を活用する 方法を検討する こと を目的とし,例えば,当該 企業の従業員について,コア業務を担う 「戦略 人材」と周辺業務を担う「非戦略人材」に分類し, 相異なる HRM(Human Resource Management) 編成を提案する「人材ポートフォリオ」を軸に 転換するケースが指摘されている(ex. 岩出. 2002) l また,旧日経連(現:経団連)は,雇 1 )岩出(2002 )は アメリカを中心とした戦略的人的 16 用の涜動化を基調とし,正規従業員の採用減と 非正規従業員の採用増で,人件費の削減を目指 す方針を立てた。この中で,長期継続雇用を ベースとする「長期蓄積能力活用型」,専門的熟 練・能力で応え,長期雇用を前提としない「高 度専門能力活用型J ,その他多様なニーズに応 える有期雇用の「雇用柔軟型j3 つに従業員 をグループ化し た雇用管理手法の重要性を提示 した(日本経営者団休連盟 , 1995 )。 現象面では,派遣社員・契約社員・嘱託等の 非正規従業員は , 1996 年の約1000 万人から, 2004 年の約1500 万人へと増加しており ,雇用者全体 に占める非正規従業員の割合も, 1996 年の約 22% から 2004 年の約31% に増加している 2 のこ とは,企業内で非正規従業員が数において も率においても増加したことを意味する 。 過労死 ・過労自殺の問題は, 1980 年代後半か 1990 年代初めに , 日本的雇用管理手法の負の 結果 としてジャーナリスティック的に論じ られ 資源管理論の涜れについて検討しているが その中で,日 本の人事労務管理への示唆として,人材ポートフォリオ論 を提示している。 2 )厚生労働省「労働統計調査年報」(2006 )より参照。

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Page 1: 過労死・過労自殺と職務上の出来事との関係の分析human.cc.hirosaki-u.ac.jp/economics/pdf/treatise/... · 編成を提案する「人 材ポートフォリオ」を軸に

〔論文〕 弘前大学経済研究第31号 16 27頁 2008年12月28日

過労死・過労自殺と職務上の出来事との関係の分析

岩田 一 哲

終身雇用慣行,年功序列賃金制度!企業別労働組合を中心とする日本的雇用管理手法が見直

され,成果主義人事制度が導入されてから久しい。過労死 ー過労自殺という労働災害は E 日本

的雇用管理手法と深い関わりがあると考えられてきたが1 成果主義人事制度が導入された今日

においてもなお,相当数存在する。本稿は,過労死 過労自殺と職務上の出来事との関係を検

討することによって,日本的雇用管理手法と過労死 過労自殺との関係を明らかにする。結論

として,日本的雇用管理手法と過労死 過労自殺との関係は薄く,むしろ,職務割当の問題の

方が大きいことが明らかにされる。これによって,日本的雇用管理手法が崩壊し成果主義人

事制度に移行しても,過労死 過労自殺の問題は生じ続けることを指摘した。

1. 問題と研究目的

終身雇用慣行,年功序列賃金制度企業別労

働組合を中心とする日本的雇用管理手法の見直

しについて論じられるようになって久しいが,

その最も大きな変化は,正規従業員中心の雇用

形態から,正規従業員と非正規従業員が混合し

たより柔軟な雇用形態に移っている点である。

人的資源管理論の分野では,企業戦略により適

合性の高い人の管理を志向し,戦略的人的資源

管 理 論(SHRM:Strat巴gicHuman Resource

Management)という新たな研究分野が登場し

ている。この議論は,戦略的に人材を活用する

方法を検討することを目的とし,例えば,当該

企業の従業員について,コア業務を担う 「戦略

人材」と周辺業務を担う 「非戦略人材」に分類し,

相異なるHRM(Human Resource Management)

編成を提案する 「人材ポートフォリオ」を軸に

転換するケースが指摘されている(ex.岩出.

2002) l)。 また,旧日経連(現 :経団連)は,雇

1)岩出(2002)は アメリカを中心とした戦略的人的

16

用の涜動化を基調とし,正規従業員の採用減と

非正規従業員の採用増で,人件費の削減を目指

す方針を立てた。この中で,長期継続雇用を

ベースとする「長期蓄積能力活用型」,専門的熟

練 ・能力で応え,長期雇用を前提としない 「高

度専門能力活用型J,その他多様なニーズに応

える有期雇用の 「雇用柔軟型jの3つに従業員

をグループ化した雇用管理手法の重要性を提示

した(日本経営者団休連盟,1995)。

現象面では,派遣社員 ・契約社員 ・嘱託等の

非正規従業員は,1996年の約1000万人から, 2004

年の約1500万人へと増加しており,雇用者全体

に占める非正規従業員の割合も, 1996年の約

22%から2004年の約31%に増加している 2)。 こ

のこ とは,企業内で非正規従業員が数において

も率においても増加したことを意味する。

過労死 ・過労自殺の問題は, 1980年代後半か

ら1990年代初めに,日本的雇用管理手法の負の

結果としてジャーナリスティック的に論じられ

資源管理論の涜れについて検討しているが その中で,日本の人事労務管理への示唆として,人材ポートフォリオ論を提示している。

2)厚生労働省 「労働統計調査年報」(2006)より参照。

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過労死 ・過労自殺と職務上の出来事との関係の分析

てきた。ただし日本的雇用管理手法の変化が

叫ばれ. 実際にその変化が進んでいる状況でも

なお,過労死の問題は今なお残存している。過

労死に関する相談件数もパブ、ル期以降減っては

いたが,1998年以降繕加傾向に転じ,現在で

も, 一定数の過労死に関する相談が寄せられて

いる 3)。 最近の特徴は,過労自殺という現象が

増加していることである(巴.g., 川人, 1998;大

原, 2001)。例えば, 2007年度に過労自殺として労

災認定された人は81名となり,乙と 2年連続で

過去最悪の状況であることが報じられている4)。

過労死 ・過労自殺の問題は,日本的雇用管理手

法が変化している現代にあっても,日本企業の

経営や管理の問題として解明すべき問題の lっとして存在し続けている。

本稿の目的は,日本的雇用管理手法が見直さ

れている,あるいは,崩壊するといった議論が

顕著となっている現代の日本の状況の中でも,

過労死 ・過労自殺の問題が今なお残存している

理由は何かを探索することである。特に検討す

べきは,日本的雇用管理手法と過労死 ・過労自

殺との関係である。本稿における検討の方法は

以下の通りである。

まず第 lに,過労死 ・過労自殺に関するこれ

までの研究の傾向と特徴を概略する。第2に

過労死・過労自殺者の関係者の手記を大量調

査手法を用いて分析する。これによって過労

死・過労自殺によって命を落としてしまった人

々の言動や,その周囲の人々の言動の特徴を把

握できる。第3に,手記の分析結果から見た過

労死 ・過労自殺へと導く要因は何か,また,そ

の要因聞の関係についても考察する。

3)「過労死110番JHP記事 (http://www.bekl王oame.neJp/i/I四 1oshi/)より参照。

4)日本経済新聞 2008年5月24日記事より参照。

- 17

2.過労死・過労自殺の諸研究とその課題5)

(1)過労死 ・過労自殺ヘ導く要因としての

日本的雇用管理手法

過労死 ・過労自殺へ導く要因を探索する研究

には,これまで数多くのものがあった。

これらの研究の中で,最も大きな位置を占め

てきた要因は, 1990年代に数多く議論されてき

た長時間労働である 6)。 とこでは,なぜ欧米の

従業員に対して過労死 ・過労自殺の問題があま

り強調されず,日本企業の従業員にだけ過労

死 ・過労自殺という現象が取り沙汰されるのか

という問題に焦点が当たり,この点が,ジャー

ナリスティック的にも受け入れられた 7)。それ

ゆえ,日本的雇用管理手法に関連する要因が長

時間労働を生み出しているという仮説のもと

に,長時間労働と日本的雇用管理手法との関係

を検討することが,過労死・過労自設の研究の

中心で、あった。以上の内容から,日本的雇用管

理手法を専門とする数多くの論者が,過労死 ・

過労自殺に関する研究を行ってきた。

①過労死・ 過労自殺の現象面からの研究

との議論は,過労死 ・過労自殺の状況その

ものに焦点を当てて,日本的雇用管理手法と

の関係を検討するものである。乙乙では,企

業の利益のために残業もいとわない人聞を高

5)過労死 ・過労自殺に関する研究は,様々な分野から

検討されているが,本稿は。経営 ・労働問題に関する文献

を中心に概略した。

6)この点については.数多くの論者から指摘がある

Ce g,牧野 1991,川人 1992;加藤 1996)。

7)欧米。特にアメリカでの類似の事例として. 「タイプA症候群」(Friedman.M & R. IL Rosenman. 1993)の議論がある。この議論は 「ワーカホリ ックJ(仕事中毒)にかかった人々の特徴を検討しているが過労死 ・過労白殺の問題を直接取り扱っている訳ではない。最近は P 「ワー

キング・プアJとの関係で長時間労働の議論が再燃している (e.g.. Toynbee. 2003: Shipler, 2004)。 ここでの議論は非正規従業員で2つ以上の仕事を行う人々が描かれている

ことが多い。 その意味で。日本企業における過労死 ・過労自殺の問題と直接比較して論じることは難しいと考えている。

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く評価するようなシステム CJ11人, 1992)や,

日本の生産システムの中での昼夜二交代制を

中心とする交代制勤務を結果として促進さ

せ,労働j時間の柔軟化を志向した三六協定の

締結(森岡, 1995)などが指摘されてきた。

また,不景気時には,減量経営に伴いパート

やアルバイ トなどが削減されることにより,

正規従業員への負担が増大する()||人, 1996)

といった点なども指摘されてきた。これらの

要因は,日本企業の正規従業員の長時間労働

を促進する要因として考えられてきた。

①日本的雇用管理手法そのものからの検討

この議論は,日本的雇用管理手法に関わる

諸制度そのものから,過労死 ・過労自殺へ導

く要因を類推するものである。具体的な内容

は以下のようになる。

第 lfC:::,終身雇用慣行に関する研究である。

終身雇用慣行は,新卒で入社した従業員は基

本的に定年まで勤続できる慣行の乙とであ

り, Abegglen(1958)がLifetimeCommitment

と紹介して脚光を浴びた。この慣行に基づけ

ば,当該企業以外に転職できる余地が少ない

ため,当該企業に対して忠誠心が生じ,当該

企業の中で長時間労働をいとわなくなる可能

性が高くなる。第2に,年功序列賃金制度に

関する研究である。例えば,加護野 ・小林

(1989)は.年功序列賃金制度によって,労働

生産性と比べて,キャ リア初期の段階では過

小な支払い,キャリア後期では過大な支払い

が生じると指摘した。この支払については.

初期の貢献に対する過少支払いの差として

「見えざる投資」が従業員側に生じると考え

た。これによって,従業員は長期雇用を志向

するように仕向けられ,当該企業で定年に近

い時期まで働き続ける必要性が増大する。し

たがって,従業員側は,企業側から長時間労

働など、の厳しい要求があった場合に,将来の

利得を念頭に置き,との要求を受け入れざる

を得ない状況が生じる可能性がある。

③日本的雇用管理手法に関わる従業員の心理

に関する研究

この議論は,日本的雇用管理手法の中に存

在する従業員の心理的側面から検討するもの

であり職場での人間関係に関わる。第 l

に平等主義と集団主義(巴エ間, 1963)の議

論がある。平等主義については,日本企業で

は従業員を家族のごとく温情的に扱うイデオ

ロギーが存在し,労使協調の路線がとられ

る。とのことが,各従業員の平等化につな

がった。集団主義については,日本人には集

団主義的行動様式があると指摘する。この行

動様式が,日本企業におけるチームワークの

重視につながり,人間関係の包括性や親密性

をもたらしていると考えた。集団主義と平等

主義が相互作用するととによって,自分の仕

事が終わっても他者の仕事が終わるまでは帰

れない状況が生じる。また, 他者の仕事を手

伝うことを暗黙の内に含んでしまっており,

結果として長時間労働へと向かつてしまうこ

とになる。第 2に 義務の無限定性(岩田,

1977)の議論がある。義務の無限定性とは,

「ある組織の成員が,将来引き受けることを

強く期待される責務ないし職務が,明確に規

定されておらず,予測困難な状況(p.195)」

を意味する。日本の従業員,特に管理職の職

務は明確に規定されていなし、。このため,個

々の従業員の職務に際限がなくなり.長時間

労働につながる可能性を持つ。

これまでの議論は,日本的雇用管理手法と過

労死 ・過労自殺との聞には,長時間労働を介し

て密接な関係があるとの仮説を検証した経緯が

あり,結果として 過労死 ・過労自殺は日本的

雇用管理手法が生み出した労働災害の lっとし

て認識されるようになった。

(2)最近の研究と本稿の問題意識

最近の研究では,検討する内容が多岐にわ

たっており,特に,従業員個人の心理的状況に

。。

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過労死 ・過労自殺と職務上の出来事との関係の分析

アプローチする研究が多く現れている。例え

ば,日本企業のサラリーマンを勤勉さへと誘う

要因について,人員削減や国際化,OA化など

の様々な要因から検討し 17の項目で指摘した

田畑 (2000)の研究,労働時聞が何時聞を越え

ると,その従業員の労働生活にどの程度の影響

をもたらすかを検討した戎野(2003)の研究,

過労死に関する手記のケース分析から,過労死

に関係する人々がどのように過労死に向き合っ

てきたかを検討した渡部(1993a.1993b)の研

究,過労死 ・過労自殺へ導く要因を心理的な側

面から手記をケースとして取り出して考察した

大野(2003)の研究などがある。

過労死 ・過労自殺に関わる研究は数多く行わ

れているが,これらの研究は以下の3つの手法

に位置づけることが出来る。第lに過労死 ・

過労自殺の現象面について数値データ等から分

析するものであり 川人 (1992)や戎野(2003)

の研究などをその例とする。第2に日本的雇

用管理手法にまつわる様々な要因に関する理論

的検討である。この手法は日本的雇用管理手法

と過労死 ・過労自殺との直接の関係を検討する

というスタンスを取り,これまで数多くの成果

がある。第3に,過労死 ・過労自殺者の関係者

の手記を解釈することを中心としたケース研究

であり渡部 (1993a,1993b)や大野(2003)の

研究に見られる。この手法は,過労死 ・過労自

殺に陥った人々やその関係者の心理的状況から

何らかの発見を得るというスタンスである。

本稿は,過労死 ・過労自殺に陥った人々の心

理的状況をより客観的に分析することをその目

的とした。この理由は,日本的雇用管理手法が

変容しつつある時期においてもなお,過労死 ・

過労自殺の問題が残存するのかどうかという問

題意識からである。したがって,日本的雇用管

理手法に直接関係する要因を探索するだけでな

く,従業員個人の職務に関わる心理的状況か

ら,日本的雇用管理手法との関係を捉える試み

を行った。具体的には.過労死 ・過労自殺者の

19

関係者が心理的状況を書き記した手記を大量調

査手法によって分析する方法を取った。この手

記を大量調査手法で検討することによって,過

労死 ・過労自殺者やその関係者の心理的状況を

より客観的に提えることができる。

3 研究方法

研究方法については,研究対象の内容と,研

究手法の内容について言及した。

(1)対象

調査対象は.雑誌 『ひろばユニオン』の中で

継続的に掲載している「過労死に倒れた人々」

である。内容は第 I回から第145固まで (1994

年~2006年)の言→1・145回の内の144回分である 8)。

性別は,男性133人,女性11人であり,死亡時平

均年齢40.82歳,平均勤続年数12.35年であった。

職種は.非常にばらつきがあり,職種による特

徴は見出せなかった。上位5位の内訳は,営業

職18人 (12.5%),運転手15人 (10%),教員 7名

(4.8%),技術開発職7名(4.8%),作業員6名

(4.1 %),設計職6名(4.1%)であった。業種も

ばらつきがあり,上位 5位は,運輸関係17人

(11.8%),建設関係13名( 9 %),保険会社11人

(7.6%),公務員 9名(6.2%),病院関係 8人

(5.5%)であった。死亡年次は, 1970~1979年:

2人, 1980~1985年 ・11人' 1986~1989年 33

人, 1990~1995年: 45人 1996~1999年 .33人

2000年以降.20人であった。また平均職位歴9)

は4.65年であった。

過労死 ・過労自殺の心理的要因を検討するに

あたって,過労死 ・過労自殺に関する手記を題

材として選定した理由,また, 「過労死に倒れ

た人々」を選定した理由は,以下の 2つの点で

ある。

8)第 58回は弁護士による投稿記事で、あったため削除

したため分析対象は l回分少ない。9)職位歴とは 現在のi織f立における滞留期間のことで

ある。

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第1に,従業員の心理的状況を調査する方法

は,従業員に直接アンケート調査等で行うとと

が中心である。ただし,過労死 ・過労自殺に

至った本人から直接アンケート調査を行うこと

は出来ない。それゆえ,過労死 ・過労自殺に

陥った人,あるいは,その関係者からの発言を

検討する乙とに主眼を置かざるを得ない。乙の

ため,過労死 ・過労自殺者の関係者の発言をま

とめた手記を分析の対象にする。

第2に,「過労死に倒れた人々」を選定した

理由についてである。これまでに公刊された手

記は数多くあるが,「過労死に倒れた人々」は

2006年までで145団連載されており,公刊され

ている手記の中で最も数が多く,また,雑誌

『ひろばユニオン』の中で連載中の記事である

ためにこの記事が継続する限り,経時的な追

試も比較的簡単に可能である。それゆえ,共時

的 ・経時的双方からの調査を可能にするという

意味で,調査対象と して選定した。過労死 ・過

労自殺へ導く要因の分析は思想的な問題をはら

んだ内容であるために「過労死に倒れた人々」

の記事が,労使の聞の公平 ・中立な思想、観の下

で選定されたかどうかは疑わしい側面もある。

また,この手記は,労災申請に関わった人々が

対象であり,サンプル自体の偏りも否定できな

い。ただし,過労死 ・過労自殺に関わる企業側

と従業員側に生じた重大な問題に対して,何ら

かの検討を行うという点では,この手記を対象

にする意味は卜分にあると考えられる。過労

死 ・過労自殺と心理的状況の関係を直接検討す

ることが目的ではなく,過労死 ・過労自殺の関

係者の手記を統計的な手法で分析して何が分

かったのかという点に立脚して検討した。

乙れらの点から, 「過労死に倒れた人 」々の

記事を援用することとしたが,具体的な検討に

入る前に,前提として次の点を注意しなければ

ならない。この研究対象資料は,あくまで過労

死 ・過労自殺によって死亡した人のみを扱って

おり過労死 ・過労自殺に陥った人と陥らな

かった人との差を検討してはいない。それゆ

え死亡した人の特徴を検討する乙とが中心と

なる。

(2)調査方法

調査方法は,年齢などの基礎データ,死因,

死亡時の職務上の出来事などの過労死 ・過労自

殺の手記の中の基礎的要因の分析と,テキス ト

マイニングによる手記の解析である。テキス ト

マイニングとは「大量の文書情報の中から質問

の趣旨に合致する文書を素早く発見するととも

に,文書間の関連性を分析して様々にグルーピ

ングし,それらの内容と数量,およびその推移

を把握する乙とで,新たな知見を得るもの(石

井, 2002,p.15)」である。との手法は,大量の文

書データを数値データと同じように自由自在に

ハンドリングして,隠れた事実や関連性を発見

するととを目的とし,生のテキス トデータを文

書全体として直接扱える点が最大の特徴であ

る。それゆえ,本稿で取り上げる過労死 ・過労

自殺の手記の分析のような,数値化されていな

い文章としての情報を直接統計処理する方法と

して有用である。本稿の対象となる記事は144

回分であり,手作業による分析も可能で、ある

が,手作業の分析は作業者の恐意性が入る余地

があるために,統計ソフ トによる分析によっ

てできるだけ分析内容に対する窓意性を排除

する試みをした。具体的には以下の方法を用い

た。

まず第 1に,前述の144回分の記事を形態素

分析JO)し,その中から, 35回以上出現した語句

を抽出した11)。 さらに 35回以上出現した語句

の仁hから,助詞などそれ自体で意味を持たない

10)形態素分析とは 与えられた文を形態素に分ける作

業のことである(林.2002)。形態素とは,単語や品詞といっ

た言語が意味を持つ最小の単位について,その語形変化や

並び方などを研究する言語学の中の形態論に端を発する。

11)語句の出現頻度については. 1つの文章例の中に数

個以上登場する場合もみられるため その文章内で少なく

とも l回以上出現した語句を l回としてカウン 卜した。例

えば,35回以上出現したというととは守 144回分の記事の中で。

35回以上の記事で i回以上出現したという意味である。

- 20ー

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過労死・過労自殺とl俄務上の出来事との関係の分析

語句を除いて,計227の語句を抽出した12)。

第2に 144回分の記事の全てについて,この

記事の中で過労死 ・過労自殺と関連する出来事

を抽出した。具体的には,各記事の見出しにあ

る職務上の出来事(昇進,出張,過重勤務など)

を中心に,その記事の中で最も大きく取り上げ

られた職務上の出来事を,それぞれの回ごとに

1項目ずつ抽出した。これらの項目群は,以下

の3つにグルーピングされた。 lつ目は,公式

的な職務変更としてグルーピングした。公式的

な職務変更とは,昇進 ・出向 ・昇格などの職位

の移動に伴う職務変更と定義し, 当該企業で既

に前任者が行っている職務への変更が行われた

職務上の出来事を指す。2つ目は,突発的な職

務としてグルーピングした。突発的な職務と

は,新たな職務.不慣れな職務などの前例があ

まりない職務と定義し,災害救助や新規プロ

ジ、ェク トの立ち上げなど,期間的に短いスパン

で終了せねばならないことも加わる。3つ目

は,劣悪な勤務状況としてグルーピングした。

劣悪な勤務状況とは,人員不足,連続勤務,深

夜勤務,持ち帰り残業などの時間的な負担の大

きな仕事に継続的に就かざるを得ないことと定

義し労働基準法上の労働時聞を事実上越えて

いたり非常に不規則な時閣の労働に強いられ

たりする状況を指す。

第 3に, 144回分の記事全ての中から,直接の

死因を各記事から l項目ずつ抽出した。具体的

には,各記事の中で直接の死因となった項目

(急性心不全,クモ膜下出血など)を抽出した。

これらの項目は,心臓疾患,脳疾患,過労自殺,

その他の4つにグルーピングされた。

12)語句の抽出に関しては.Text Mining for Clementine 2.0を利用した。Excelを用いることも可能ではあるが(林2002).形態素分析のl燥に調査者がキーワードを設定する

必要があり,慾意性が生じる可能性がある。また フリーソフ トでは茶笑があるが。TextMining for Clementineは茶笑ベースであり,その後の統計分析が行し、やすいためText Mining for Clementine2.0を利用した。

21

4. 結 果

分析対象をグルーピングした後に,それぞれ

を分析した結果,以下のようになった。

(1)基礎データと死因の関係

基礎データ(死亡時年齢・勤続年数・職位歴)

と死因との関係は以下に示した(表 1)。

表1. 死亡原因と死亡時年齢,

勤続年数,職位歴との関係

死亡原因 死亡時年齢 勤続年数 職{立歴

過労自殺 Means 37.11 12.58 1.85 n 27 26 26

S.D 10.935 11.042 1.223

心臓疾患 Means 38.35 11.49 4.52 日 51 47 46

S.D 9.284 8.951 5.163

脳疾患 Means 44.98 13.13 6.50 n 56 52 52

S.D 9.374 9.352 5.785

その他 Means 40 11.5 2.67 n 9 8 9

S.D 10.308 13.115 1.803

合 計 Means 40.82 12.35 4.65 n 143. 133・ 133.

S.D 10.195 9.720 5.067

’死亡時年齢が不明のケースがあったため.143i7Ll回分で

あった。

”勤続年数とi椴位j震が不明のものがあったため。 133回分

であった。

死亡時年齢と死因との関係では,過労自殺

(Means=37.ll. S.D.=10.935)や,心 臓疾 患

(Means=38.35, S.D.=9.284)よりも,脳疾患

(Means=44.98, S.D.=9.374)の方が,死亡時年

齢が高い傾向にあった。勤続年数と死因との関

係では,過労自殺(Means=l2.58,S.D.=11.042),

心臓疾患(Means=11.49, S.D.=8.951).脳疾患

(Means= 13.13, S.D. =9.352)のどれも大きな差

はなかった。職位歴と死因との関係では.過労

自殺(M巴ans=l.85,S.D.=1.223)が,心臓疾患

(Means=4.52, S.D.=5.163)や脳疾患

(Means=6.50, S.D.=5.785)に比べて,職位歴が

短い傾向にある。

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(2)キーワードと各項目との関係

テキストの中のキーワードと各項目との関係

については以下の手法をとった。テキストマイ

ニングについては, 144回分の文章の各回にお

いて,調査方法の項で抽出した227のキーワード

が登場したか否か,つまり,キーワードの「あ

る」,「なし」を基準とした。

乙の基準に基づいて,死亡原因と職務上の出

来事との関係を調べた。分析手法は, χ2検定を

取り, 5%有意であったキーワードを抽出した。

さらに,このキーワードの中から全数に対して

出現数が半数を超えたキーワードを抽出し,出

現数の多いものから並べた。この手法で得られ

た結果は以下の通りである。

①死亡原因とキーワードとの関係

過労死 ・過労自殺の死亡原因とキーワード

との関係を検討し,以下の関係が抽出され

た。第1に,過労自殺に関係するキーワード

では,「自ら」(27/28)「命」(26/28)「様子」

(26/28)「語る」(24/28)「心身」(23/28)

「責任J(20/28)「上司」(17/28)「死ぬ」

(17/28)「次第に」 (16128)があった。な

お,ここで提示しているキーワードは, x'検定で 5%有意だったキーワードの中から,

キーワード、の出現頻度が多かった順に列挙し

ている。なお,カッコ書きの数字は出現頻度

(出現回数/全数)であり, 過労自殺者に関

する記事の全数が28回であったため,全数の

部分はおとなっている。第2に,心臓疾患に

関係するキーワードでは,「休日」(38/51)

「死亡J(35/51)「必要」(35/51)「こなす」

(28/51)「さらに」(28/51)があ った。な

お,心臓疾患での過労死者に関する記事の全

数は51回であったため,全数の部分は51と

なっている。第3に,脳疾患に関係するキー

ワード では,「倒れる」(49/56)「病院」

(45/56)「発症J(44/56)「様子」(44/56)

「救急車」(33/56)が出現した。なお,脳疾

患での過労死者に関する記事の全数は56回で

- 22

あったため,全数の部分は56となっている。

②職務上の出来事とキーワードとの関係

職務上の出来事とキーワードとの関係を検

討し以下の関係が抽出された。第 Iに,公

式的な職務変更に関係するキーワードでは.

「人」(33/39)「責任」(23/39)「帰宅」(21/39)

「場合」(20/39)が多く出現した。なお,公

式的な職務変更に関わる記事の全数は39回で

あったため,全数の部分は39となっている。

第2に,突発的な職務に関係するキーワード

では, 「命」(28/47)「働く」(28/47)「現在」

(27/47)「自ら」(27/47)「責任」(27/47)

などが多く出現した。なお,突発的な職務に

関わる記事の全数は47回であったため, 全数

の部分は47となっている。第3に,劣悪な勤

務状況に関係するキーワー ドでは,「病院」

(60/76)「勤務する」(58/76)「場合」(57/76)

「休日」(53/76)「発症」(49/76)などが多

く出現した。なお,劣悪な勤務状況に関わる

記事の全数は76回であったため,全数の部分

は76となっている。

死亡原因と職務上の出来事との聞のキーワー

ドの関係については, 「自ら」「命」「責任」は,

死因が自殺のキーワードと突発的な職務のキー

ワードの両方に出現している。「病院J「発症」

は,過労死のキーワードと劣悪な勤務状況の両

方に,「働く」は,過労死のキーワードと突発的

な職務キーワードとともに出現している。この

点については,さらなる分析は必要であるが,

過労自殺と突発的な職務,過労死と突発的な職

務 ・劣悪な勤務状況との何らかの関係はありそ

うである。

(3)死亡原因と職務上の出来事のクロス表

死亡原因(過労死(心臓疾患、脳疾患、その

他),過労自殺)と職務上の出来事 (公式的な職

務変更,突発的な職務,劣悪な勤務状況)との

関係を検討するために死亡原因と職務上の出

来事の間のクロス表を作成した。結果は以下の

ようになった(表 2)。

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過労死 ・過労自殺と職務上の出来事との関係の分析

表2.死亡原因と死亡時の戦務上の出来事との関係

過労死 過労自殺

職務上の出来事公式的な峨務変更(n=39)

突発的な職務 (n= 47)

劣悪な勤務状況(n= 76)

%%%

。。ハU

ηj

’184・

一OノO

J0

9

9

0

J

n4ハUqJ

869 ”p<.01

第 lに公式的な職務変更と死亡原因との関

係については,過労死に多く見られたが,統計

的に有意で、はなかった。第2に,突発的な職務

と死亡原因との関係は,過労自殺 ・過労死とも

に見られ,その割合は過労自殺40%に対し過

労死60%であった。また,統計的に有意であっ

た。第3に,劣悪な勤務状況と死亡原因との関

係は,過労死との聞で多く見られ.統計的に有

意であった。なお,%で示した数値は,職務上

の出来事の全数nの中の割合を示している。

以上.死亡原因と職務上の出来事との聞に

は,突発的な職務からは,過労死 ・過労自殺と

もに結果として生じる傾向があか 劣悪な勤務

状況からは,過労死に結果として生じる傾向が

あった。

5. 考察

「過労死に倒れた人々Jに関する,基礎デー

タ.直接の死因,死因につながる職務上の出来

事を抽出したデータとの関係の分析やテキスト

マイニングによる分析を用いた検討から,過労

死 ・過労自殺へ導く要因を抽出した。結果に閲

する含意は以下の3つの点である。

第 lに 過 労 死 ・過労自殺へ導く要因とそれ

に伴う職務上の出来事との関係から過労死 ・

過労自殺の死因別に それに伴う職務上の出来

事が異なることが分かつた。それゆえ,死因と

職務上の出来事の聞には何らかの関係が存在す

る。

過労自殺者のデータからは,![龍位歴が短く,

突発的な職務に就いたという職務仁の出来事と

の関係が深いことが明らかになった。それゆ

え,過労自殺に至るプロセスには,今までの職

務と異なる突発的な職務に就くことになった時

に乙の職務に適応できないとと,あるいは,

この職務がうまく遂行できないことへの悩みが

大きく関わっていると考えられる。また,テキ

ストマイニングによって抽出されたキーワード

から見ると,(仕事の)責任に耐えながら上司

との関わりの中で職務を行い,結果として自ら

死ぬという傾向が現れている。直際にキーワー

ドをつないで傾向を論じるのは確証性に欠ける

部分もあるが,突発的な職務を遂行しなければ

ならないことに対して, (仕事の)責任や上司

との関係の中で職務を行っている様子が見える

(医11)。

図1 過労自殺と関係する要因

/ (仕事の)責任 \\、 上司との関係 __,'

なお.左側の実線の囲みは,職務上の出来事

と基礎データの特徴を破線の囲みはテキスト

マイニングから抽出したキーワードの特徴を,

右倶ljの実線の囲みは死因を表している。

過労死者のデータからは,職位歴が長く ,連

続勤務や変則勤務などの劣悪な勤務状況や突発

的な峨務との関係が深いことが明らかになっ

た。手記からのデータでは,過労死へと導かれ

た要因は,もともと同じ職務を続けていたが.

連続勤務や変則勤務が多くなることによって身

体的な問題が生じたと考えられる。職務自体が

変更された訳ではないが,入手不足などによっ

て連続勤務や変則勤務をせざるを得ない状況が

生じ,労働衛生上劣悪な環境に置かれた従業員

が.その職務を遂行する中で心臓疾患や脳疾患

になったと考えられる。テキス トマイニングの

23

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結果から見ると,心臓疾患の場合は(仕事を)

こなしている状況が見られ,脳疾患の場合は救

急車で運ばれるという状況が見られるため,仕

事中に何らかの身体的な異常があったという状

況が伺える(図 2)。

図2 過労死と関係する要因

.----(仕事を)こなす~\\ 救急車で運ばれる ノ

過労死者との関係と して現れた職務上の出来

事として公式的な職務変更もあったが,統計的

に有意で、はなかったために,過労死と直接関係

する要因として断定することは難しい。公式的

な職務変更は,職務遂行に必要な人員が著しく

減少する訳でもなく,前にこの地位に就いてい

た人と比べて職務量が劇的に増大する訳でもな

い。さらに引継ぎ等を行う中で,自分の遂行

すべき職務をある程度予測でき,また,職務遂

行の方法も,上司や他者からの情報を得ること

で予測可能である。それゆえ,公式的な職務変

更と心臓疾患や脳疾患との関係は,それほど大

きな要因にならなかったのではないかと推察さ

れる。

また,心臓疾患に比べて脳疾患の死亡時年齢

が高かったととから,脳疾患はより年配者に起

こりやすい疾患のようである。一般的には,心

臓疾患と脳疾患で年齢に差があるとは言えない

ようであるがゆ,脳疾患がより年配者に起とり

やすいことが,過労死独自の要因なのか,単な

13)例えば.厚生省の 『人口動態統計』平成11年度版に

よると,心臓疾患も脳疾患も50歳以上になると年齢が上

がるにつれて急激に増加する傾向があるという結果が出て

いる。ただし,心臓疾患、よ りも脳疾患の方が,死亡時年齢

が低いという事実は表れていない(厚生労働省航督諜 ・労

働衛生課 2002)。

24

るサンプル数の問題であるのかについては今後

の検討が必要であろう。

第2に,分析の際に,過労死 ・過労自殺に関

係する要因の lつと して, 責任感の強さや真面

白な性格のような,パーソナリティ要因に関わ

るキーワー ドも探索したが,パーソナリティ要

因に関わるキーワードは有意な数値として現れ

なかった。具体的には,「真面白」「断れない」

などのキーワー ドはあまり出現しなかった。過

労死 ・過労自殺の研究において,パーソナリ

ティ要因が関係するかどうかを検討する場合は

多いが14),本稿での分析では,過労死 ・過労自

殺に関係する要因がパーソナリティ要因である

可能性は少なく,長時間 ・変則労働や突発的な

職務といった職務遂行上の要因が関係する傾向

が強かった。それゆえ.突発的な職務に就いた

人に対して,過度の責任を課したり,上司との

関係に気をつけたりするなどの防止するケア体

制や,連続勤務や変則勤務にならない仕組みを

作ることで,過労死 ・過労自殺を未然に防ぐこ

とは可能である。

第3に,集団主義に閲する記述は発見されな

かったととがある。具体的には, 「迷惑がかか

る」「みんなで」などといったキーワー ドはあ

まり出現しなかった。過労死 ・過労自殺へ導く

要因として,集団主義やそれに関わる集団の圧

力などが論じられることは多いが(ex.大野,

2003), 今回の分析対象では,集団主義的な要因

はあまり抽出されなかった。過労死 ・過労自殺

に関するケース研究は,特定の事例を詳細に検

討するととでそのケースの生じたメカニズムを

追求する乙とはできるが,研究対象が比較的少

数であるために,集団主義的要素と過労死 ・過

14)例えばI 大野 (2003) は 過労死の原因について1

責任感の強い真而目な性格や.頼まれると嫌とは言えない

性格など1 パーソナリティ要因を挙げている。ただし乙の研究自体は,パーソナリ ティを主要因とするのではな

く そういう雰囲気を醸し出している日本企業の特牲に問

題があるとしている。

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過労死・過労自殺と職務上の出来事との関係の分析

労自殺の関係が,一般的な傾向として現れるか

どうかには疑問がある。

本稿の分析では,過労死 ・過労自殺へ導く要

因は,パーソナリティ要因や日本的雇用管理手

法に関係する要因よりむしろ,職務割当の方法

自体や,突発的職務への対応の問題の方が大き

いとの結果が出た。それゆえ,過労死・過労自

殺を防ぐには,日本企業の従業員全体に関わる

要因よりむしろ,職務の性質やその職務遂行の

方法に関する要因により注意を喚起する必要

があることが指摘できると考えられる。

6. 日本的雇用管理手法の変化から見た

含意と課題

( 1)日本的雇用管理手法の変化から見た含意

今回の分析結果は,過労死で死亡した人は。

長時間 ・変則労働という職務上の出来事との関

係が深く,過労自殺で死亡した人には,突発的

な職務という職務上の出来事との関係が深いこ

とであった。本稿の分析にあたっての大きな問

題意識は,日本的雇用管理手法が変容した後に

過労死・過労自殺という現象がどうなるのかと

いうことである。この点について.仮説的提示

を行うこととする。

まず,実際の職務について考えた場合,正規

従業員に対する負担がさらに増大する可能性が

ある。突発的な職務が発生した場合は,この職

務を遂行するのが正規従業員であり,非正規従

業員は.その職務に対して限定的にしか支援で

きない。もともと日本企業は,正規従業員の採

用・ 昇進 ・人材育成について,なるべく同質化

した形で行っていた。それゆえ.突発的な職務

が生じた場合は,同質的な正規従業員がカバー

し合うことも可能であった。ただし正規従業

員が減少し非正規従業員が噌大することによっ

て,以下の状況が生じる可能性がある。その状

況とは,突発的な職務に見られるよりI壁昧で非

定型的な職務は,非正規従業員では対応し難い

場合が生じる可能性が高いために正規従業員

がこの職務を一手に引き受けなければならない

可能性があるということである。このことは,

過労死・過労自殺を減少させるためには,正規

従業員に暖昧で非定型的な職務を一手に引き受

けさせないことが重要であることを意味する。

日本的雇用管理手法が仮に崩壊するとして

も,正規従業員の減少と非正規従業員の増大に

よって 正規従業員に対する過剰な職務割当が

恒常的に生じ正規従業員が長時間 ・変則労働

や突発的な職務に常に対峠しなければならない

状況を生み出す。それゆえ,日本的雇用管理手

法から,雇用の琉動化を基調とした雇用形態へ

と向かう乙とそれ自体が.正規従業員に過重な

職務割当を負わせる可能性を持ち,過労死 ・過

労自殺の予備軍,または,その当事者を増大さ

せてしまう可能性がある。したがって,過労

死 ・過労自殺の問題は,日本企業にとって,重

大な問題として継続される,あるいは,さらに

その重要性が増大する可能性があると考えられ

る。

(2)課題

今回の検討に関しては,なおいくつかの課題

も残されている。

第 1に,サンプル数の問題である。「過労死

に倒れた人々」のサンプル数は144であるが,よ

り客観的な結果を導くためには,さらなるデー

タ量の確保が必要であろう。ただし今回の分

析は,バブル崩壊にまたがる時期の内容であっ

たため,日本的雇用管理手法が変化する途中の

時期における手記を分析したことになる。その

意味では,日本的雇用管理手法が変化する途中

で, 実際の制度の運用においては,まだ日本的

雇用管理手法が残存している時期であったにも

かかわらず,日本的雇用管理手法の影響があま

り見られなかったことは注目すべきと考える。

もちろん,成果主義人事制度が制度上でも運用

上でも浸透した時期での分析との比較が必要で、

ある乙とは言うまでもない。実際には, サンプ

phd

q,&

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ルの年代がさらに広がった時点で検討したいと

考えている。

また,重複がなく数的にも 卜分なサンプルを

準備することが必要であり,継続的にサンプル

を集計しながら検討する必要がある。ただし,

本稿で援用した 『ひろばユニオン』では,「過労

死に倒れた人々」について,今後も回数を重ね

る方向性にあるため,そのデータがある程度

揃った時に,もう一度分析することも可能であ

る15)。また,過労死 ・過労自殺に陥った人々の

関係者にインタビューするという方法がある。

この方法は,調査者本人が直接関係者に聞くと

いう意味で一次データ的要素を持っており,イ

ンタビューと大量調査手法との併用によって,

更なる詳細な記述が可能となる。

第 2は,「過労死に倒れた人々」の手記の分

析では,死亡者本人のパーソナリティに直接触

れるような言葉が出てくるかどうかの問題があ

る。手記の分析は,遺族が記憶している死亡者

本人の言葉,あるいは,遺族が発した言葉に大

きく依存する。その意味で,死亡者本人が過労

死 ・過労自殺に追い込まれるような性格をもと

もと持っていたというような言葉を発したり,

そのような言葉を遺族が発したりするかどうか

は微妙な問題である。今回の分析は,テキス ト

マイニングを用いた過労死 ・過労自殺者の関係

15)過労死の手記に関する文献は!「過労死に倒れた人J々の他にも多くあるが。これらの手記を全て扱う場合に,

文献問で重複がある可能性があったため,この記事のみを援用した。

者の手記の分析であり,その結果として,職務

割当の問題にクローズアップしたが,過労死 ・

過労自殺に関係する要因としてパーソナリティ

要因が存在するかどうかという問題を検討する

場合は,手記の分析以外の方法が必要なのかも

しれない。

第3に,テキス トマイニング手法の有効性と

ソフ ト自身の有効性の問題である。テキス トマ

イニングの手法自体は,多くの研究分野で扱わ

れており,経営学に関係する分野では,マーケ

ティングの分野で用いられることが多い(e.g.,

上田 ・戸谷 ・黒岩 ・豊田編, 2005)。また,テキ

ストマイニングによる検討の際に用いたText

Mining for Clementineは,経営学の分野におい

ても援用されてきており(e.g.,喜田, 2007;

2008), 今後のさらなる活用が期待されている。

今後も,より詳細な因果関係の追及を行うこ と

で,テキス トマイニング手法並びに,統計ソフ

トの有効性も担保されてくるであろう。

謝辞

本論文の作成にあたり,東北大学中川多喜雄

先生, 宇部工業高等専門学校木村弘先生, 高松

大学河野良治先生から多くのご助言を頂きまし

た。心より感謝申し上げたい。

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過労死 ・過労自綴と職務上の出来事との関係の分析

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