非スターター乳酸菌を活用した おいしいチーズ製造...

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非スターター乳酸菌を活用した おいしいチーズ製造技術の開発 八十川 大輔[(地独)北海道立総合研究機構食品加工 研究センター/食品開発部食品開発グ ループ主査] 山田 加一朗[(地独)北海道立総合研究機構食品加工 研究センター/食品開発部食品開発グ ループ研究主任] 梅田 智里[(地独)北海道立総合研究機構食品加工 研究センター/食品開発部食品開発グ ループ研究職員] 橋本 [新札幌乳業株式会社/製造 3 課課長] 引地 あけみ[新札幌乳業株式会社/商品開発本部] 幸希[新札幌乳業株式会社/製造 3 課] 背景・目的 北海道には100を超える中小チーズ工房が存在し、チー ズは北海道の代表的な食品の一つとなっているが、うま みの不足など品質面の問題が指摘されているものもあ る。また、北海道独自の乳酸菌を使用したチーズを製造 したいという要望も寄せられている。最近、海外の研究 においてチーズの味、風味の形成には、熟成中に働く 「非スターター乳酸菌」が大きく関与している事が報告 されつつある。本研究課題では、道産チーズから分離し た非スターター乳酸菌をチーズ製造時に用いるスター ター乳酸菌(輸入品)と同時添加することによる、うま味 成分が豊富なおいしいチーズ製造技術の開発を目的と している。 内容・方法 1 .非スターター乳酸菌の接種菌濃度最適化試験:20 L の小仕込み試験を行い、非スターター乳酸菌添加 の効果が認められる最適菌濃度を明らかにする。試 作したチーズを熟成して、菌叢解析、遊離アミノ酸 量分析等を経時的に行う。 2 .非スターター乳酸菌接種菌株選定試験:食品加工 研究センターにて分離・保存している非スターター 乳酸菌から5菌種を選択し、それぞれを添加したゴー ダチーズの 200 L 規模の仕込み試験を新札幌乳業 (株)が行う。チーズを熟成し、添加した非スター ター乳酸菌の消長、遊離アミノ酸の増加、チーズの 性状の変化を分析し、非スターター乳酸菌種の違い、 及び熟成温度の影響を検討する。 3 .乾燥粉末化非スターター乳酸菌を用いた試作試験: 平成 24 年度フードイノベーション創造支援事業な どで開発中の流動層造粒技術で乾燥粉末化した非 スターター乳酸菌を用いたチーズの試作を行い、添 加非スターター乳酸菌の消長、遊離アミノ酸を分析 し、乾燥粉末化非スターター乳酸菌添加効果の評価 を行う。 結果・成果 研究項目 1 接種菌濃度最適化試験 既往の研究で遊離アミノ酸量の増加に効果のあった 非スターター乳酸菌(L. delbrueckii)を 10 2 10 4 10 6 cfu /ml となるように添加したゴーダチーズを 20L スケー ルで試作し、非スターター乳酸菌無添加(対照)チーズと 共に 12℃で熟成して菌数、菌叢、遊離アミノ酸量、 pH を分析した。さらに熟成 4 ヶ月目のチーズを用いて官能 評価を行った。菌叢解析の結果、添加菌濃度は 10 4 cfu/ ml 以上の添加により添加乳酸菌が検出された。非スター ター乳酸菌添加チーズと対照チーズでは、乳酸菌数、遊 離アミノ酸量、官能評価結果および pH の経時変化に、 菌濃度に応じた差は認められなかった。 研究項目 2 非スターター乳酸菌接種菌株選定試験 既往の研究で分離した非スターター乳酸菌5 菌種を添 加(10 5 cfu/ml)したゴーダチーズを新札幌乳業(株)の実 生産ライン(200L)にて試作し(型詰後の表面乾燥まで)、 食加研にて真空包装後 10℃ および12℃ において熟成し た。その結果、いずれの温度帯においても L. casei およ L. buchneri を添加したチーズでは熟成期間中を通じ 乳酸菌数が高く維持され(図 1)、他のチーズより遊離ア ミノ酸量が多い傾向が認められた(図 2)。また、これら チーズ中ではスターター乳酸菌菌種の比率が減少し、概 ね添加した非スターター乳酸菌種が優占していた(図3 )。 官能評価の結果、 L. casei を添加したチーズでは、甘味お よびうま味の項目で対照チーズや他の非スターター乳 酸菌添加チーズより高い評価が得られた。しかし、 12 ℃で熟成した L. casei 添加チーズでは一部のパネルから 苦味の指摘や過熟傾向ではないかとの指摘があった。 研究項目 3 乾燥粉末非スターター乳酸菌を用いた試作 試験 流動層造粒装置を用いて乾燥粉末化した L. delbrueckii 10 5 cfu/ml となるように添加したゴーダチーズを200 L スケールで試作した。熟成 30 日目において、添加した 乳酸菌が増殖し、優占菌種となっていることから、当該 乾燥スターターの有効性が確認できた。 今後の展望 今回の研究では 2 菌種において遊離アミノ酸量増加に 効果が認められたが、これら菌種は既往の研究において 効果があった菌種とは異なっており、使用する原料乳質 に適した非スターター乳酸菌の選定や熟成中の乳酸菌 数と遊離アミノ酸量との関係性についても、検討するこ とが必要となった。これらのことから、食品加工研究セ ンターでは今後とも新札幌乳業(株)に加え他のチーズ 工房と連携し、非スターター乳酸菌を活用したおいしい チーズ製造技術の確立を目指した研究に取り組んでい くこととしている。 35

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非スターター乳酸菌を活用したおいしいチーズ製造技術の開発八十川大輔[(地独)北海道立総合研究機構食品加工

研究センター/食品開発部食品開発グループ主査]

山田加一朗[(地独)北海道立総合研究機構食品加工研究センター/食品開発部食品開発グループ研究主任]

梅田 智里[(地独)北海道立総合研究機構食品加工研究センター/食品開発部食品開発グループ研究職員]

橋本 厚[新札幌乳業株式会社/製造3課課長]引地あけみ[新札幌乳業株式会社/商品開発本部]坪 幸希[新札幌乳業株式会社/製造3課]

背景・目的

北海道には100を超える中小チーズ工房が存在し、チーズは北海道の代表的な食品の一つとなっているが、うまみの不足など品質面の問題が指摘されているものもある。また、北海道独自の乳酸菌を使用したチーズを製造したいという要望も寄せられている。最近、海外の研究においてチーズの味、風味の形成には、熟成中に働く「非スターター乳酸菌」が大きく関与している事が報告されつつある。本研究課題では、道産チーズから分離した非スターター乳酸菌をチーズ製造時に用いるスターター乳酸菌(輸入品)と同時添加することによる、うま味成分が豊富なおいしいチーズ製造技術の開発を目的としている。

内容・方法

1.非スターター乳酸菌の接種菌濃度最適化試験:20Lの小仕込み試験を行い、非スターター乳酸菌添加の効果が認められる最適菌濃度を明らかにする。試作したチーズを熟成して、菌叢解析、遊離アミノ酸量分析等を経時的に行う。

2.非スターター乳酸菌接種菌株選定試験:食品加工研究センターにて分離・保存している非スターター乳酸菌から5菌種を選択し、それぞれを添加したゴーダチーズの200 L 規模の仕込み試験を新札幌乳業(株)が行う。チーズを熟成し、添加した非スターター乳酸菌の消長、遊離アミノ酸の増加、チーズの性状の変化を分析し、非スターター乳酸菌種の違い、及び熟成温度の影響を検討する。

3.乾燥粉末化非スターター乳酸菌を用いた試作試験:平成24年度フードイノベーション創造支援事業などで開発中の流動層造粒技術で乾燥粉末化した非スターター乳酸菌を用いたチーズの試作を行い、添加非スターター乳酸菌の消長、遊離アミノ酸を分析し、乾燥粉末化非スターター乳酸菌添加効果の評価を行う。

結果・成果

研究項目1 接種菌濃度最適化試験既往の研究で遊離アミノ酸量の増加に効果のあった

非スターター乳酸菌(L. delbrueckii)を102、104、106 cfu/mlとなるように添加したゴーダチーズを20 L スケールで試作し、非スターター乳酸菌無添加(対照)チーズと共に12℃で熟成して菌数、菌叢、遊離アミノ酸量、pHを分析した。さらに熟成4ヶ月目のチーズを用いて官能評価を行った。菌叢解析の結果、添加菌濃度は104 cfu/ml以上の添加により添加乳酸菌が検出された。非スターター乳酸菌添加チーズと対照チーズでは、乳酸菌数、遊離アミノ酸量、官能評価結果および pHの経時変化に、菌濃度に応じた差は認められなかった。研究項目2 非スターター乳酸菌接種菌株選定試験既往の研究で分離した非スターター乳酸菌5菌種を添

加(105 cfu/ml)したゴーダチーズを新札幌乳業(株)の実生産ライン(200L)にて試作し(型詰後の表面乾燥まで)、食加研にて真空包装後10℃および12℃において熟成した。その結果、いずれの温度帯においても L. caseiおよび L. buchneriを添加したチーズでは熟成期間中を通じ乳酸菌数が高く維持され(図1)、他のチーズより遊離アミノ酸量が多い傾向が認められた(図2)。また、これらチーズ中ではスターター乳酸菌菌種の比率が減少し、概ね添加した非スターター乳酸菌種が優占していた(図3)。官能評価の結果、L. caseiを添加したチーズでは、甘味およびうま味の項目で対照チーズや他の非スターター乳酸菌添加チーズより高い評価が得られた。しかし、12℃で熟成した L. casei添加チーズでは一部のパネルから苦味の指摘や過熟傾向ではないかとの指摘があった。研究項目3 乾燥粉末非スターター乳酸菌を用いた試作試験流動層造粒装置を用いて乾燥粉末化した L. delbrueckii

を105 cfu/mlとなるように添加したゴーダチーズを200Lスケールで試作した。熟成30日目において、添加した乳酸菌が増殖し、優占菌種となっていることから、当該乾燥スターターの有効性が確認できた。

今後の展望

今回の研究では2菌種において遊離アミノ酸量増加に効果が認められたが、これら菌種は既往の研究において効果があった菌種とは異なっており、使用する原料乳質に適した非スターター乳酸菌の選定や熟成中の乳酸菌数と遊離アミノ酸量との関係性についても、検討することが必要となった。これらのことから、食品加工研究センターでは今後とも新札幌乳業(株)に加え他のチーズ工房と連携し、非スターター乳酸菌を活用したおいしいチーズ製造技術の確立を目指した研究に取り組んでいくこととしている。

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図1 各種非スターター乳酸菌添加チーズ10℃熟成における経時的乳酸菌数の変化

図2 各種非スターター乳酸菌添加チーズ10℃熟成における経時的遊離アミノ酸量変化

図3 10℃で熟成した各非スターター乳酸菌添加チーズの経時的乳酸菌叢変化

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