幼若ラットを用いる肝細胞小核試験2.使用化合物...
TRANSCRIPT
35
技術ノート
幼若ラットを用いる肝細胞小核試験
松本浩孝,豊泉友康,太田 亮
Hepatocyte micronucleus assay in juvenile rats
Hirotaka MATSUMOTO, Tomoyasu TOYOIZUMI, Ryo OHTA
緒言小核試験は,化学物質等の染色体異常誘発性を
調べる試験法であり,その物質の潜在的がん原性を短期間でスクリーニングする試験の 1 つである.遺伝毒性試験ガイドライン 1) 等でも推奨され,現在広く行われている囓歯類の骨髄や末梢血を用いる in vivo 小核試験は,小核を有する未成熟赤血球の出現頻度を主要な毒性指標とするが,投与経路を変えても吸収性が悪く,血液中に到達し難い化合物の評価には,骨髄や末梢血を標的とした小核試験では十分なリスクアセスメントを行うことができない.In vivo 小核試験の目的は,その物質が in vivo で体細胞の染色体損傷を示すか否かを評価することにあり,そのためにはできるだけ高い血液中到達率が期待でき,かつ細胞分裂の盛んな臓器を選択する必要がある.また,医薬品などの遺伝毒性試験では,あらかじめ臨床標的とする臓器を任意に選択する場合もある.肝細胞を用いる小核試験では,肝細胞の分裂過程で染色体の切断あるいは不分離が起こると,その断片あるいは少数の染色体は小さな核(小核)を形成し,細胞質中に取り残されるため,肝細胞中の小核を観察することで染色体異常を検出することができる.肝細胞小核試験には,成熟した動物の肝臓を部分切除し,人為的に細胞増殖を促す手法もあるが,肝臓を部分切除することによる動物の苦痛や負担,習熟した技術の必要性など不利な点もある.今回我々は,動物に過剰の苦痛や負担をかけず,手術などの技術を必要としない試験法として,幼
若動物の成長に伴う肝細胞の分裂増殖を利用した幼若ラットを用いる肝細胞小核試験を行った.なお,この試験は,日本環境変異原学会・哺乳動物試験(JEMS・MMS)研究会の 2008 年度共同研究の一環として行った.
材料および方法1.使用動物
試験には,日本チャールス・リバー(厚木)か ら 生 後 20 日 齢 で 購 入 し た F344/DuCrlCrlj
(Fischer)雄ラットを生後 27 日齢で使用した.動物は温度 21 ~ 25℃,相対湿度 40 ~ 75%,照明 12 時間(7 時~ 19 時点灯)に設定された飼育室で,金属性金網床ケージに 2 匹ずつ収容し,固形飼料(CE-2,日本クレア,東京)と水道水
(給水びん)を自由摂取させて飼育した.全ての動物実験は,「財団法人食品薬品安全センター秦野研究所 動物実験に関する指針」に基づいて行った(動物実験承認番号:1080127A および1080128A).2.使用化合物
使用化合物には共同研究で割り当てられた 1,2-
ジメチルヒドラジン二塩酸塩(1,2-DMH,CAS
No.306-37-6,東京化成,東京)およびマイトマイシンC(MMC,CAS No.50-07-7,和光純薬,大阪)を用いた.1,2-DMH は白色結晶性粉末で,大腸がんを高頻度に誘発する発がん性物質 2) であり,一方 MMC は暗紫色結晶の代表的な直接変異原物質である.陽性対照物質には,秦野研究所で幼若ラットの肝細胞に小核を誘発することが確認されている N- ニトロソジエチルアミン(DEN,遺伝学研究室
秦野研究所年報 Vol. 32. 2009
36
CAS No.55-18-5,東京化成,東京)を用いた.3.投与検体の調製
1,2-DMH および MMC は水に易溶であることから,媒体として日局生理食塩液を用いた.1,2-
DMH および MMC は秤量後,日局生理食塩液に溶解して最高濃度の投与検体を調製し,以下同媒体で段階希釈した.陽性対照の投与検体は,DEN を所定量採取し,日局注射用水に溶解して調製した.調製はいずれも用時に行った.4.投与方法および動物の観察
1,2-DMH および MMC の投与経路は,それぞれ十分な全身的暴露が期待できる経路として 1,2-
DMH は強制経口投与,MMC は腹腔内投与を選択し,1 日 1 回,2 日間(24 時間間隔)連続して行った.投与容量は 10 mL/kg とし,各投与の直前に測定した体重に基づいて個体別に投与液量を算出した.
小核本試験に先立ち,1,2-DMH は毒性予備試験を行い,死亡の認められなかった 25,50 および 100 mg/kg/day の 3 用量を投与した.MMC
は毒性予備試験を行わず,既知の毒性データ 3)
を参考に 0.5,1 および 2 mg/kg/day の 3 用量を投与した.陰性対照群には日局生理食塩液を 10
mL/kg/day で強制経口あるいは腹腔内投与した.陽性対照群には DEN を 50 mg/kg/day で強制経口投与し,各群とも 7 匹の動物を用いた.
動物の観察は,投与日においては投与前,投与直後および投与後 6 時間,投与日以外は 1 日 1
回行った.体重の測定は,各投与日,投与開始 3
日および 6 日後に行った.5.末梢血小核試験法
肝細胞を標的とした本試験と併せて,造血臓器での小核誘発性を評価するため,末梢血中の網赤血球(RET)を標的とした末梢血小核試験を行った.2 回目投与の 48 時間後に尾静脈より約 10
µL 採血し,1000 単位 /mL のヘパリンナトリウム(富士製薬,富山)10 µL を含む 0.5% ニューメチレンブルー溶液(武藤化学,東京)300 µL
と混合させた.30 分以上染色した後,スライドグラス上に滴下および塗抹し,乾燥させた後,メタノールで固定し血液塗抹標本を作製した.血液塗抹標本の観察は,標本観察の直前にゼーレンゼンの 1/15 mol/L 燐酸緩衝液に溶解した 40 µg/mL
のアクリジンオレンジ(AO,和光純薬,大阪)を標本に数滴滴下してカバーグラスをかけ,510
nm の吸収フィルターが装着されたブルー励起の蛍光顕微鏡下で 100 倍の対物レンズと 10 倍の接眼レンズを用いて行い,1 匹あたり 2 名の観察者により 2000 個(1 名あたり 1000 個)の RET を観察し,そのうち小核を有する細胞(MNRET)の数を記録した.なお,観察は肝細胞懸濁液を作製した個体(各群 5 匹)について行った.6.肝細胞小核試験法
肝細胞の単離は,2 回目投与の 4 日後(約 96
時間後)に行った.ソムノペンチル(共立製薬,東京)麻酔下でラットを開腹し,肝門脈から 45℃に加温した前灌流液(Hanks 液 200 mL,EGTA 0.39g,HEPES 4.78g,炭酸水素ナトリウム 0.7g を含む)を流速約 7 mL/min で 2 分間灌流した.続けてコラゲナーゼ溶液(Collagenase
type Ⅳ,Sigma-Aldrich,St.Louis,MO,0.5
mg/mL を含む)を同じ流速約 7 mL/min で 5 分間灌流した.灌流終了後速やかに肝臓を摘出し,プラスチックシャーレ内でメスを用いて肝臓を細切した.細切した肝臓は 10% 中性ホルマリン溶液を用いてナイロンメッシュで濾過し,新たに10% 中性ホルマリン溶液を加え,50 × g で 2 分間遠心した.上清を取り除き,新たに 10% 中性ホルマリン溶液を加え,再度 50 × g で 2 分間遠心を行い,上清を取り除いた後,適量の 10% 中性ホルマリン溶液を加えて肝細胞懸濁液を作製した.なお,肝細胞懸濁液の作製は,一連の灌流操作が成功した個体(各群 5 匹)について行った.
肝細胞の染色は,AO と 4',6- ジアミジノ -2- フェニルインドール二塩酸塩(DAPI,和光純薬,大阪)の二重蛍光染色(AO-DAPI 染色)により行い,核(DAPI)と細胞質(AO)を弁別した.観察直前に肝細胞懸濁液 100 µL と AO-DAPI 染色液
(0.5 mg/mL AO 溶 液 +1.6 mg/mL DAPI 溶 液 )100 µL を混合してからスライドグラス上に滴下し,カバーグラスをかけてスライド標本を作製した.標本観察は 420 nm の吸収フィルターが装着された UV 励起の蛍光顕微鏡下で,40 倍の対物レンズと 10 倍の接眼レンズを用いて行い,1 匹あたり 2 名の観察者により 2000 個(1 名あたり1000 個)の肝細胞(HEP)を観察し,そのうち
37
技術ノート
小核を有する細胞(MNHEP)の数を記録した.また,1,2-DMH および MMC 投与による肝細胞増殖への影響を調べるため,分裂期細胞数も併せて記録した.なお,分裂期細胞の判定基準は,分裂前期~後期の細胞で核膜が明瞭でないもの,また,染色体が凝集し,核の形状に凹凸のある細胞を分裂期細胞とした.7.統計処理方法
小核出現頻度については,陰性対照群と 1,2-
DMH,MMC および陽性対照群の間で,条件付二項検定 4)(Kastenbaum and Bowman test)を行った.体重および肝分裂期細胞の出現頻度については,Bartlett 検定 5) により陽性対照群を除く各群の分散の一様性の検定を行い,次いで Dunnett
検定 6) により平均値の差の検定を行った.また,陰性対照群と陽性対照群との比較については,F
検定 5) により 2 群の分散の一様性について検定を行い,次いで Student の t 検定 5) を行い,平均値の差の検定を行った.有意水準はいずれも5% 以下とした.
結果1,2-DMH の 100 mg/kg 投与群では,投与開始
3 日後から全例に自発運動の低下および排便量の減少がみられ,同時に体重も減少した.1,2-DMH
の 25 および 50 mg/kg 投与群では,一般状態に異常はみられなかったが,投与開始 3 日後以降の体重が陰性対照群と比較して有意に減少した.MMC 投与群では,一般状態に異常はみられなかったが,2 mg/kg 投与群で投与開始 6 日後に体重の減少がみられた.
肝細胞における小核(写真 1)の出現頻度は,1,2-DMH および MMC ともに全ての投与群で,陰性対照群と比較して有意な増加がみられた(図1,2)が,1,2-DMH では 100 mg/kg 投与群より50 および 25 mg/kg 投与群で小核出現頻度が高く,MMC では 2 mg/kg 投与群より 1 および 0.5
mg/kg で高頻度であった.また,DEN 投与群でも有意な増加がみられた.
1,2-DMH 投与群の末梢血における小核出現頻度は,全ての投与群において陰性対照群と比較して有意な増加がみられ,その増加には用量依存性がみられた(図 3).MMC 投与群の末梢血における小核出現頻度も,全ての投与群で陰性対照群より有意に増加したが,2 mg/kg 投与群の出現頻度は,1 mg/kg 投与群よりも低値であった(図 4).また,DEN 投与群の末梢血における小核出現頻度は,陰性対照群と比較して有意な増加は認められなかった.
肝臓における分裂期細胞の出現頻度は,小核出現頻度の低下した 1,2-DMH の 100 mg/kg および MMC の 2 mg/kg 投与群で陰性対照群と比較して有意な低下がみられた(図 5,6).
考察1,2-DMH および MMC は,肝細胞および末梢
血に対し有意に小核を誘発した.肝細胞における小核出現頻度は,両物質とも高用量群で低く,同様に肝分裂期細胞数も高用量群で低かったことから,これらの結果は 1,2-DMH および MMC の高濃度投与による細胞分裂阻害に起因した見せかけの小核減少(出現頻度の減少)と考えられる.同様に MMC の高用量群で末梢血における小核出現頻度が低値であったことも,MMC の高濃度投与に起因した減少と考えられる.また,DEN は肝細胞に対して有意に小核を誘発したが,末梢血の小核出現頻度に有意な増加は認められなかった.これはニトロソ化合物の中には,骨髄や末梢血といった造血臓器では誘発された小核を捕らえにくい変異原物質があることが報告 7) されており,DEN も発ガン物質が持つ臓器特異性により末梢血では小核を検出できなかったものと考えられる.
1,2-DMH および MMC は,いずれも単回投与写真 1 MN:Micronucleus
秦野研究所年報 Vol. 32. 2009
38
の 3,4 および 5 日後の 3 回サンプリング法で肝細胞に小核を誘発することが MMS 共同研究において報告 8) されているが,この試験法には使用動物数の削減や実験の簡素化など改善の余地が残されていた.今回の実験結果から,新たに設定した試験条件(2 回投与の 4 日後の 1 回サンプリング
法)においても,旧試験法と同様に肝細胞中の小核を検出でき,また,小核検出感度に差がなかったことから,実験の簡素化および動物数の削減に結びつく新たな試験法と考えられる.
幼 若 ラ ッ ト を 用 い る 肝 細 胞 小 核 試 験 は,JEMS・MMS 研究会を中心に国内の複数機関が
図 3 1,2-DMH の末梢血における小核出現頻度
図 5 1,2-DMH の肝分裂期細胞の出現頻度
図 4 MMC の末梢血における小核出現頻度
図 6 MMC の肝分裂期細胞の出現頻度
図 1 1,2-DMH の肝細胞における小核出現頻度 図 2 MMC の肝細胞における小核出現頻度
39
技術ノート
参加して研究が進められており,複数の化合物について肝細胞に対する小核誘発性の検討が行われてきた.その結果,肝細胞小核試験は肝がんを誘発する肝毒性物質では陽性の結果を示し,発がん性を示さない肝毒性物質では陰性の結果を示す傾向があることが報告 9) されている.今回,1,2-
DMH および MMC は肝細胞に対し有意に小核を誘発したことから,両物質とも肝発がん性を含む肝毒性を誘発する化合物であることがあらためて示唆された.
1,2-DMH および MMC は肝細胞にも末梢血にも小核を誘発した.しかし,肝細胞と末梢血の小核誘発率を比較した場合,MMC は同程度であったのに対し,1,2-DMH は肝細胞で高い出現頻度であり,肝臓での代謝活性化により変異原に代謝される DEN も肝細胞でのみ有意に小核を誘発した.これらのことから,幼若ラットを用いる肝細胞小核試験は,肝発がん性を有する物質や代謝活性化により変異原となる化合物を高感度に検出できる試験法と考えられ,今後肝臓に対する発がん性が疑われる物質の新たな評価試験やスクリーニング試験として期待される.
文献
1) 遺伝毒性ガイドライン:平成11年11月1日,医薬審発第1604号
2) Rogers AE, Nauss KM: Rodent models for
carcinoma of the colon. Dig Dis Sci, 1985; 85:
87S-102S
3) 製品安全データシート ,和光純薬工業株式会社 ,
(2007)4) Kastenbaum, M. A., Bowman, K. O.: Tables
for determining the statistical significance of
mutation frequencies. Mutat. Res. 1970; 9: 527-
549
5) Snedecor, G. W., Cochran, W. G.: In “Statistical
Methods” 7th ed., Iowa State University Press,
Iowa(1980)6) Dunnett, C. W.: A multiple comparison procedure
for comparing several treatments with a control.
J. Am. Statist. Assoc. 1955; 50: 1096-1121
7) Morita T, Asano N, Awogi T, Sasaki Y, Sato
S, Simada H, Sutou S, Suzuki T, Wakata A,
Sofuni T, Hayashi M : Evaluation of the rodent
micronucleus assay in the screening of IARC
carcinogens(Groups 1, 2A and 2B) The
summary report the 6th collaborative study by
CSGMT/JEMS, MMS. Mutat Res, 1996; 389:
3-122
8) Suzuki H, Takasawa H, Kobayashi K, Terashima
Y, Shimada Y, Ogawa I, Tanaka J, Imamura T,
Miyazaki A, Hayashi M : Evaluation of a liver
micronucleus assay with 12 chemicals using
young rats(Ⅱ). A study by the Collaborative
Study Group for the Micronucleus Test
(CSGMT)/Japanese Environmental Mutagen
Society(JEMS)-Mammalian Mutagenicity
Study Group(MMS). Mutagenesis, 2009; 24 (1): 9-16
9) Takasawa H, Suzuki H, Ogawa I, Shimada
Y, Kobayashi K, Terashima Y, Matsumoto
H, Oshida K, Ohta R, Imamura T, Miyazaki
A, Minowa S, Kawabata M, Hayashi M:
Collaborative Study of Liver Micronucleus
Assays in Young Rats -Investigation of Twice
dosing dosign by JEMS MMS Collaborative
Study Group-: 日本環境変異原学会第37回大会要旨集 pp.165