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英国ミドルブラウ文化とビートルズ 武藤浩史、法学部教授 *英国ミドルブラウ文学研究の隆盛:モダニズム研究を中核としてきた20世紀英文学研究に 英米両国で新しい動きが興っている。これまで新興下層中流階級相手の中途半端な芸術とさげす まれてきた英国ミドルブラウ文学を再評価しようという動きである。英国では、Sheffield Hallam Universityを拠点にMiddlebrow Networkが立ち上げられ、ウェブサイト(http://www.middlebrow- network.com/Home.aspx)での交流と成果発信、学会開催、DatabaseLibrary構築など多彩な活 動が展開され、2012年には論集Middlebrow Literary Cultures, edited by Erica Brown and Mary GroverPalgrave社より出版された。米国でも同様の動きがKristin Bluemel編のIntermodernism: Literary Culture in Mid-Twentieth-Century Britain, Edinburgh Univ. Press (2009)に結実した。 *英国ミドルブラウ文化研究会設立:われわれもこの動きに呼応して、本年夏に英国ミドル ブラウ文化研究会を立ち上げ、1020日に第一回目の成果発表会を行った。研究会の目的は、 海外の研究新潮の単なる輸入ではなくて、これを日本の外国文学研究・教育の文脈にふさわしい ように日本化して展開することで、日本発の独創的な研究貢献をすることである。英米の文学研究 者が所属大学での職務上文学研究に専念せざるを得ないのに対し、われわれは外国文学研究を めぐる状況の流動化ゆえに、視野を拡大して文学のみならず文化まで研究対象を広げることが出 来る。これは19世紀以前の近代を特徴づける文字・活字メディアの圧倒的な優勢が崩れ名作小説 の映画化などメディア間交流が盛んになった20世紀の外国文学・文化を研究するために必要な姿 勢でもあるし、さらに、ミドルブラウという語そのものが1920年代のラジオ放送開始をきっかけとし て生まれているので、必然的な軌道修正と言うことができる。

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Page 1: 英国ミドルブラウ文化とビートルズ - Keio University英国ミドルブラウ文化とビートルズ 武藤浩史、法学部教授 • *英国ミドルブラウ文学研究の隆盛:モダニズム研究を中核としてきた20世紀英文学研究に

英国ミドルブラウ文化とビートルズ

武藤浩史、法学部教授

• *英国ミドルブラウ文学研究の隆盛:モダニズム研究を中核としてきた20世紀英文学研究に

英米両国で新しい動きが興っている。これまで新興下層中流階級相手の中途半端な芸術とさげす

まれてきた英国ミドルブラウ文学を再評価しようという動きである。英国では、Sheffield Hallam

Universityを拠点にMiddlebrow Networkが立ち上げられ、ウェブサイト(http://www.middlebrow-

network.com/Home.aspx)での交流と成果発信、学会開催、DatabaseやLibrary構築など多彩な活

動が展開され、2012年には論集Middlebrow Literary Cultures, edited by Erica Brown and Mary

GroverがPalgrave社より出版された。米国でも同様の動きがKristin Bluemel編のIntermodernism:

Literary Culture in Mid-Twentieth-Century Britain, Edinburgh Univ. Press (2009)に結実した。

• *英国ミドルブラウ文化研究会設立:われわれもこの動きに呼応して、本年夏に英国ミドル

ブラウ文化研究会を立ち上げ、10月20日に第一回目の成果発表会を行った。研究会の目的は、

海外の研究新潮の単なる輸入ではなくて、これを日本の外国文学研究・教育の文脈にふさわしい

ように日本化して展開することで、日本発の独創的な研究貢献をすることである。英米の文学研究

者が所属大学での職務上文学研究に専念せざるを得ないのに対し、われわれは外国文学研究を

めぐる状況の流動化ゆえに、視野を拡大して文学のみならず文化まで研究対象を広げることが出

来る。これは19世紀以前の近代を特徴づける文字・活字メディアの圧倒的な優勢が崩れ名作小説

の映画化などメディア間交流が盛んになった20世紀の外国文学・文化を研究するために必要な姿

勢でもあるし、さらに、ミドルブラウという語そのものが1920年代のラジオ放送開始をきっかけとし

て生まれているので、必然的な軌道修正と言うことができる。

Page 2: 英国ミドルブラウ文化とビートルズ - Keio University英国ミドルブラウ文化とビートルズ 武藤浩史、法学部教授 • *英国ミドルブラウ文学研究の隆盛:モダニズム研究を中核としてきた20世紀英文学研究に

• *ビートルズと英国ミドルブラウ文化:そして、 英国ミドルブラウ文化の文脈でビートルズ研 究を新たに展開することで、ビートルズに新 しい光を当てると同時に過小評価されてきた 英国ミドルブラウ文化研究の意義を証するこ とが本プロジェクトの目的となる。ビートルズ の創立者であるジョン・レノンともう一人の中 核メンバーであるポール・マッカートニーは、 ロックンロールをはじめとするアメリカ文化や ロンドンに花咲く前衛文化の影響を受ける前に、 英国ミドルブラウ文化の強い影響下に育ち、彼らの文化的ルーツとしてその部分の精査が非常 に重要な作業となる。音楽のみならず画家、物語作家として活躍したジョン・レノンはおのれの 活動の影響源として1950年代を代表するBBCラジオのコメディ番組The Goon Show と1948年から 1959年にかけてSt. Trinian’sやMolesworthなどの暴力学園ものの風刺画で圧倒的な人気を博す るようになったRonald Searleを挙げた。それらがジョン・レノンを通してビートルズに与えた影響を 分析すると、形式においては放送と絵物語という英国ミドルブラウ文化的なエネルギーが、笑 いと社会批判と若者の生命力の表出という点において、下層中流階級というミドルブラ ウ的出自を持つビートルズを通して、世界を席捲したことが分かる。(写真上はThe Goon Showの主要メンバーの S p i k e M i l l i g a n , P e t e r S e l l e r s , H a r r y S e c o m b e。写真下は Ronald SearleのSt. Trinian’s 。)

• 尚、本研究の成果は、『ビートルズと英国ミドルブラウ文化(仮題)』として2013年半ばに 平凡社より上梓予定である。