足を滑らせタラップから墜落 · り、建設工事では鉄骨建て方時や高い地...
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建設労務安全 23・230
タラップを辞書で引くと、「船舶、航
空機の乗り降りに用いるはしご」とあり
ます。
タラップという言葉は、本来は船を乗
り降りする際に使う階段やはしごを意味
するオランダ語(trap)が由来で、英語
ではAccommdation ladder、日本語では
舷梯(げんてい)です。
安衛則第547条では、「事業者は、前条
の作業場を有する建築物の避難階以外の
階については、その階から避難階又は地
上に通ずる二以上の直通階段又は傾斜路
を設けなければならない。この場合にお
いて、それらのうちの一については、す
べり台、避難用はしご、避難用タラップ
等の避難用器具をもって代えることがで
きる」と規定しています。
避難用タラップ等の「等」には、避難
橋、救助袋等が含まれます(通達:昭
46・4・15 基発第309号)。
安衛法令で用いられるタラップは避難
用具ですが、建設現場で使われるタラッ
プという言葉は、一般に垂直な壁面等に
設ける金属製のはしごを指します。
高さまたは深さが1.5mを超える個所
での作業には昇降設備を設ける必要があ
り、建設工事では鉄骨建て方時や高い地
中梁の施工時等に使います。
タラップは足場ではありませんが、足
場や作業床への通路として使われ、昇降
時に墜落被災することが多いため、今回
取り上げました。
災害事例に学ぶ安衛法令災害事例に学ぶ安衛法令
労働安全コンサルタント
笠原 秀樹労働安全コンサルタント
笠原 秀樹
本コーナーでは、現場でよく見られる災害事例を事業者と被災者の両視点から検討していくとともに、関連する安衛法令を考える。まずは建設業の死亡災害で最も多い墜落災害を取り上げ、これまで「足場からの墜落災害」について紹介してきた。今回は、足場や作業床への通路に使用されるタラップからの墜落災害を紹介する。� (編集部)
災害事例に学ぶ安衛法令災害事例に学ぶ安衛法令
労働安全コンサルタント
笠原 秀樹労働安全コンサルタント
笠原 秀樹
タラップからの墜落災害
足を滑らせタラップから墜落
31 建設労務安全 23・2
鉄骨建て方工事で柱の昇降タラップから墜落鉄骨建て方工事で柱の昇降タラップから墜落1
災害事例に学ぶ安衛法令
●発生状況被災者(とび工、32歳・経験16年)は、梁の取付け作業で仮設タラップを昇る途中、
クレーンでつり上げた梁が上方のタラップに当たり落下。被災者はタラップに引きずられ、29m墜落した。
●要因……元請の安全帯取付け設備の不備落下したタラップに安全ブロックが取り付けられ、被災者の安全帯フックは安全ブロッ
クにつながれていました。イラストを見ると、タラップは上下のL字状の金物で柱に取り
付けた管に上から差し込む状態で取り付けられています。
事例シートでは、①タラップ固定ピンが全個所に取り付けられていなかった、②安全ブ
ロックをタラップに取り付けた、③合図の不統一――を挙げています。
●対策……�元請は鉄骨昇降計画を見直す�事業者は建て方計画作成時に参画し、意見を述べる
鉄骨の建て方中の昇降設備は、パイプ(丸棒)製の仮設タラップを工場で取り付けるこ
とがあり、事例の方法は、仮設タラップを転用する計画と思われます。丸棒の仮設タラッ
プは、工場溶接の不備から墜落災害が続発したことがありました。事例でも仮設タラップ
は一時的なもだから・・・との感覚があったのかもしれません。
被災者が安全ブロックをタラップに取り付けたことは、事例の場合はほかに取り付ける
場所がなく、やむを得ない措置で、元請の安全帯取付け設備の不備があります(※1)。
安全ブロックのほかに、ロリップを取り付けた垂直親綱もあります。
イラストから、クレーンフックから梁を上下に2本“よろい吊り”にしていますが、被
災者は上下2本の梁の位置を同時に見ることは難しく、クレーン運転者への合図に間違い
が生じたことも考えられます。鉄骨の組立て者(被災者)とは別に、合図者を指名します
建設労務安全 23・232
【関連条文】 ※1(安衛則第521条)、※2(クレーン則第25条)、※3(安衛則第639条)、※4(同643条の3)、※5(安衛法第14条)、※6(安衛則第16条)、※7(同517条の4)
●発生状況被災者(防水工、49歳・経験10年)は、水槽内の塗膜防水工事が終了したため、安全
ブロックに安全帯フックを掛けてタラップを昇り、完全に上がりきる手前(上半身がマンホールから出る)でフックを外し、手に持っていた鏝を床に置こうとしたとき足を滑らせ、水槽に4.5m転落した。
●要因……被災者の不注意、事業者の安全指導不足被災者は、安全ブロック(リトラクター式墜落阻止器具)の使用は適切だったのですが
(安衛則第521条)、2つの点で間違えました。1つは安全帯フックを外すタイミング、2
つ目は手に物を持って昇降したことです。
●対策……作業者への安全指導方法の確立、災害事例の周知を安全帯フックを外すタイミングミスは、鉄骨建て方時のとび工にもあり、それを防ぐための
(※2、3、4)。
“よろい吊り”の場合、フックからそれぞれの梁に玉掛けワイヤーロープを掛けます(事
例のように上の梁やワイヤーロープからつることは不可)。
また、介しゃくロープを各梁ごとに方向を合わせて固定します。イラストでは介しゃく
ロープは見当たりません。介しゃくロープ使用の法令規定はありませんが、つり荷の安定
確保に有効なため一般的に使用されています。
建築物等の鉄骨の組立て等作業主任者の選任が必要です(事例では不明)(※5、6、7)。
水槽内のタラップから足を滑らせ墜落2 水槽内のタラップから足を滑らせ墜落
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2本掛けの安全帯でも発生しています。職長等は、作業者の安全帯を早めに外す等の“癖”
を発見し、正しい手順を指導することも必要です。
手に物を持ってはしごやタラップを昇降中の墜落災害発生は多いのです。はしごやタラッ
プは「3点支持」を確実に励行します。両手と両足の4点支持で昇降しますが、一瞬、片手と
両足だけで支えることがあります。人は猿のように足で物をつかめませんから、落ちないよう
につかんでいるのは手だけです。その手に物を持って昇降すればどうなるかは自明の理です。
道具等は足場や鉄骨の組立て時に使用するつり綱、つり袋を使います(※1、2)。
事例の墜落災害に直接関係はありませんが、イラストでは水槽開口部(マンホール)の付
近に蓋が置いてあります。しかし、マンホール周囲に囲い等がありません。
高さ(深さ)2m以上の作業床端部、開口部等で労働者に危険を及ぼすおそれのある個所
は、囲い、手すり、覆い等が必要です(※3、4)。
災害事例に学ぶ安衛法令
【関連条文】 ※1(安衛則第564条第1項第5号)、※2(同517条の3第3号)、※3(同519条)、※4(同653条)
ピット清掃作業でゴミ袋を持ってタラップを上る途中に転落ピット清掃作業でゴミ袋を持ってタラップを上る途中に転落3
●発生状況被災者(普通作業員、51歳・経験1年)は、エレベーターピット清掃作業でゴミ袋を
床上に上げるため、袋を持ってタラップを上る途中で足を滑らせ約1m転落、左手首骨折を負った。
●要因……�事業者の作業手順及び昇降設備の不備イラストから、ビルの新築工事で、エレベーター業者にピットを引き渡す前の清掃を行
っていたと思われます。通常、工事中のピット内は薄暗く水溜まりもあり、ゴミが溜まっ
ています。被災者は1人で清掃作業を指示され被災しました。
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改修工事で屋上タラップを上る途中に墜落改修工事で屋上タラップを上る途中に墜落4
【関連条文】 ※1(安衛則第526条)、 ※2(安衛法第62条)、※3(安衛則第537条)
深さ2m以上あると思われるピットに1人作業で、清掃作業の方法、ゴミの搬出の指示
もない状態でした。
事例シートには原因として、①荷を持ったままタラップを昇降した、②ゴミ袋を上げる
方法が決まっていなかった――とあります。
●対策……�事業者は経験不足の作業者に適切な指示(1人作業禁止)、昇降設備の設置事業者は、ピットの清掃作業を甘く見たようです。
昇降設備はパイプ(丸棒)製のリース品のタラップを使用しています。被災者はピット
内の濡れた床の泥水の付いた靴でタラップを昇降し、足を滑らせました。
深さが1.5mを超える個所には、事業者は労働者が安全に昇降できる階段またははしご
等を設ける必要があります(※1)。
作業は2人作業で行い、荷揚げ時はつり袋等を使用し上下で作業します。タラップ昇降
は「3点支持の励行」です。
被災者は経験1年で51歳を考慮すると、心身の状況に応じた作業の適正配置が必要と思
われます(※2)。
なお、エレベーターピットの清掃作業を行うときは、シャフト上部から物が落ちないよ
う開口部の閉鎖と、「下部作業中!注意」の標識、及び打ち合わせ等で作業を周知してく
ださい(※3)。
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災害事例に学ぶ安衛法令
●発生状況被災者(普通作業員、50歳・経験2.4 ヶ月)は、外壁クリーニング作業の補助作業者で、
当日の作業場所の塔屋上に上がるため既設タラップを昇っていたところ、3段目で足を踏み外し約1.8m墜落。下に置いてあった電工ドラムに左脇腹を打ち、左大腿骨骨折を負った。
●要因……�事業者の新規入場者に対する高所作業等の教育不足及び設備の不備事例シートには要因として、①教育不足と不慣れ、②タラップ昇降時の安全対策の不十
分――を挙げています。
イラストでは、被災者は安全帯は着用しています。壁面の垂直なタラップを昇降するこ
とは、慣れないと予想外に恐怖を感じます。経験2ヶ月の被災者は恐怖感から墜落したか
もしれません。
●対策……�事業者は未熟な作業者を高所作業に配置しない、昇降設備の設置塔屋は3m以上の高さがあったと思われますから、作業に先行して、わく組足場等を組
み立て、昇降階段を設置します(※1)。
被災した高さ1.8mでは、通常の安全帯ランヤード長さは約1.7mありますから、たとえ
安全ブロック等を使用していても、被災者は床面に激突します(床面からの高さがランヤ
ード長さの2倍以上=3.4m以上必要)。
床面に衝撃を吸収できるマットを敷くという方法もありますが、究極の対策に、作業者
の墜落対策用ライフジャケット(墜落をセンサーが感知しエアバッグが瞬時に膨らむ、1
セット約10万円弱)の着用があります。
事業者は、経験の浅い新規入場者に対しては高所作業を避けた適正配置を行う必要があ
ります(※2)。
また、被災者の話(手袋が滑ったか、足が滑ったか、恐怖で体がこわばったか、持病や
服用中の薬の副作用があったかなど)を聞き、真の原因に対応した対策が望まれます。安
衛法の目的が、職場での労働者の安全と健康の確保にあることを、元請と事業者は再確認
すべきと思います。
事例の災害には関係ありませんが、塔屋上での作業では墜落防止措置が必要です(※3、
4)。
【関連条文】 ※1(安衛則第526条)、※2(安衛法第62条)、※3(安衛則第519条)、※4(同520条)