酸化物半導体材料の格子欠陥に関する研究 -...

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1 .2014年度の研究計画 本研究の目的は,酸化物半導体デバイスの格子欠陥による劣化メカニズムを解明することにある.これまで,Si や化合物半導体内の格子欠陥は研究が進められているが,新材料として注目を集めている InGaZnO 4 (IGZO)のよう な酸化物半導体ではデバイスの劣化との関連は未解明であるため,その因果関係を突き止めることが重要である. これまでに半導体材料中の格子欠陥は ESR 法により詳細に調査されてきた.しかし IGZO については ESR 信号が 報告された例がなく,ESR 信号が確認できないとされていた.そこで本プロジェクトでは IGZO 中の常磁性格子欠 陥を,結晶性粉末材料に意図的に格子欠陥を導入するためにプラズマ処理を行うことによって ESR 法で評価を行う. IGZO は代表的な酸化物半導体であり非晶質であっても良好な TFT 特性が実現できる 1, 2 .しかし,非晶質である ことにより,多量の格子欠陥を含んでいると考えられている.そして,材料中の格子欠陥はデバイスの特性に大きく 影響すると考えられる.したがって,酸化物半導体材料中の格子欠陥を調査する事は今後のデバイス技術の進展に対 して非常に重要な役割を示すと考えられる. 本プロジェクト全体の研究計画としては,酸化物半導体材料にプラズマを用いて意図的に格子欠陥を導入し,ESR 信号を検出する.この方法を基礎として次の順に研究を推進していくこととしている. 1 ) IGZO 中に生成される格子欠陥に起因する ESR 信号の詳細な評価 2 ) IGZO 中への格子欠陥導入条件依存性の評価 3 ) IGZO 中に生成された格子欠陥の熱処理による回復過程の解明 4 ) 格子欠陥に起因すると考えられる物性を他の評価手法と比較 5 ) 酸化物半導体の格子欠陥による電気的特性に対する影響の評価及び関連付け 2014年度の研究計画としては,上記の 1 ~ 3 )を行った. 2 .研究実績の概要(研究経過と成果) IGZO 中の常磁性格子欠陥を結晶性粉末材料に意図的に格子欠陥を 導入するためにプラズマ処理を行うことによって ESR 法で評価する ことに成功した.同時に,比較のために IGZO の構成材料である Ga 2 O 3 , In 2 O 3 , ZnO についても実験を行った 3, 4 実験は,真空チャンバ中に設置された電極にIGZO, Ga 2 O 3 , In 2 O 3 , ZnO の粉末を乗せ,表 1 に示すような条件で Ar, O 2 などによるプラ ズマを生成し,所定の時間処理を行った.その後図 1 に示すように, プラズマ処理された試料を取り出し,直径 4mm の石英ガラス製の ESR 試料管に導入した.ESR 測定は表 2 に示すような測定条件で行 った. 21 酸化物半導体材料の格子欠陥に関する研究 研究組織 松田 時宜 (理工学部・助教) 研究代表者 木村 睦 (理工学部・教授) 山本 伸一 (理工学部・教授) 古田 守 (高知工科大学環境理工学群・教授) 篤史 (大阪大学大学院理学研究科・助教) 川原村敏幸 (高知工科大学環境理工学群・准教授) 研究期間 2 年研究の 1 年目 表 1 .酸化物半導体の RF プラズマ処理条件 Plasma treatment condition Value Working gas Flow rate [sccm] Working pressure [Pa] RF power [W] Working time [min.] Temperature Base pressure [Pa] Ar, O 2 20 0.6 75 60, 120 Without heating ~ 5.0×10 -5

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Page 1: 酸化物半導体材料の格子欠陥に関する研究 - …...O3,In2O3,ZnOについても実験を行った3,4. 実験は,真空チャンバ中に設置された電極にIGZO,Ga2O3,In2O3,

1 .2014年度の研究計画本研究の目的は,酸化物半導体デバイスの格子欠陥による劣化メカニズムを解明することにある.これまで,Siや化合物半導体内の格子欠陥は研究が進められているが,新材料として注目を集めている InGaZnO4(IGZO)のような酸化物半導体ではデバイスの劣化との関連は未解明であるため,その因果関係を突き止めることが重要である.これまでに半導体材料中の格子欠陥はESR法により詳細に調査されてきた.しかし IGZOについてはESR信号が報告された例がなく,ESR信号が確認できないとされていた.そこで本プロジェクトでは IGZO中の常磁性格子欠陥を,結晶性粉末材料に意図的に格子欠陥を導入するためにプラズマ処理を行うことによってESR法で評価を行う.IGZOは代表的な酸化物半導体であり非晶質であっても良好なTFT特性が実現できる1, 2.しかし,非晶質であることにより,多量の格子欠陥を含んでいると考えられている.そして,材料中の格子欠陥はデバイスの特性に大きく影響すると考えられる.したがって,酸化物半導体材料中の格子欠陥を調査する事は今後のデバイス技術の進展に対して非常に重要な役割を示すと考えられる.本プロジェクト全体の研究計画としては,酸化物半導体材料にプラズマを用いて意図的に格子欠陥を導入し,ESR信号を検出する.この方法を基礎として次の順に研究を推進していくこととしている.1 ) IGZO中に生成される格子欠陥に起因するESR信号の詳細な評価2 ) IGZO中への格子欠陥導入条件依存性の評価3 ) IGZO中に生成された格子欠陥の熱処理による回復過程の解明4 ) 格子欠陥に起因すると考えられる物性を他の評価手法と比較5 ) 酸化物半導体の格子欠陥による電気的特性に対する影響の評価及び関連付け2014年度の研究計画としては,上記の 1~ 3 )を行った.

2 .研究実績の概要(研究経過と成果)IGZO中の常磁性格子欠陥を結晶性粉末材料に意図的に格子欠陥を導入するためにプラズマ処理を行うことによってESR法で評価することに成功した.同時に,比較のために IGZOの構成材料であるGa2O3, In2O3, ZnO についても実験を行った3, 4.実験は,真空チャンバ中に設置された電極にIGZO, Ga2O3, In2O3,ZnO の粉末を乗せ,表 1 に示すような条件でAr, O2 などによるプラズマを生成し,所定の時間処理を行った.その後図 1に示すように,プラズマ処理された試料を取り出し,直径 4mmの石英ガラス製のESR試料管に導入した.ESR測定は表 2 に示すような測定条件で行った.

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課 題 酸化物半導体材料の格子欠陥に関する研究

研究組織

松田 時宜 (理工学部・助教) 研究代表者木村 睦 (理工学部・教授)山本 伸一 (理工学部・教授)古田 守 (高知工科大学環境理工学群・教授)谷 篤史 (大阪大学大学院理学研究科・助教)川原村敏幸 (高知工科大学環境理工学群・准教授)

研究期間 2 年研究の 1年目

表 1.酸化物半導体のRFプラズマ処理条件

Plasma treatment condition ValueWorking gasFlow rate [sccm]Working pressure [Pa]RF power [W]Working time [min.]TemperatureBase pressure [Pa]

Ar, O2200.675

60, 120Without heating~ 5.0×10-5

Page 2: 酸化物半導体材料の格子欠陥に関する研究 - …...O3,In2O3,ZnOについても実験を行った3,4. 実験は,真空チャンバ中に設置された電極にIGZO,Ga2O3,In2O3,

図 1 実験概略図

表 2.ESR測定条件

ESR measurement condition ValueESR spectrometerMicrowave power [mW]Magnetic field modulation [mT]Frequency of field modulation [kHz]Time constant [s]Measurement temperature

JEOL RE-1X10.11000.1RT

その結果,図 2 に示されるようなESR信号を検出する事に成功した.IGZO中に検出された 2 種類の ESR信号(A: g = 1.939, B: g =2.003)は,その構成材料であるGa2O3, In2O3, ZnO とは違う位置に検出された.一般的にESR信号の位置はESR共鳴中心の周囲の状況を反映している.ゆえに IGZO中の金属イオンはそれぞれ図 3 (a)の IGZOの格子構造の中で図 3 (b)及び(c)のような配位をしているため,Ga2O3, In2O3, ZnO とは違う位置にESR信号が検出されたと考えられる.また,各酸化物半導体のESR信号に対して熱処理を行うことにより,図 4に示すように各ESR信号の熱安定性を評価した.ZnO中の ESR信号は二次反応で減衰するという結果が得られた.これにより,ZnO中の ESR信号は単純な熱反応ではなく,電子の動きと格子の動きの相互作用により減衰していると考えられる.

図 2 酸化物半導体のESR信号

IGZO中のバンド構造はバンドギャップ内に大きなトラップ準位を持っていると考えられている.今回の結果により,IGZO中の 2 種類の ESR信号が,それぞれ Signal A は深いトラップ準位に,Signal B は浅いトラップ準位に影響していると考えられるとするモデルを提案した3, 4.以上の結果を表 3にまとめた.

図 3 (a)IGZOの格子中の(b)(Ga, Zn)O の配位状態,(c)In-O の配位状態,及び(c)ZnO中の Zn-O の配位状態

表 3.IGZO, In2O3, Ga2O3,及び ZnO薄膜の ESR信号の g値とその熱処理による変化

Material g factor inliterature

g factor inthis study After annealing at 300°C

Signal A in IGZO 1.939 Increased in the first hour; decreased after 2 hSignal B in IGZO 2.003 Decreased

Ga2O325

ZnO37In2O326

1.9621.9581.9601.962.002

1.969

1.957No signal

Decreased or stable

Obeying second-order decay modelA new weak signal appeared

図 4 (a)Ga2O3, ZnO, IGZOの酸化物半導体材料中で検出されたESR信号の熱安定性及び(b)IGZO中に検出された各ESR信号(A, B)のバンド構造中のモデル4

また,IGZO薄膜を石英ガラス基板に作製してESR信号を測定することに成功した.これにより今後 IGZO薄膜の格子欠陥とそのTFTデバイス特性との対応を付けることが可能となる.以上のように,酸化物半導体薄膜の格子欠陥の評価を結晶性粉末材料において行い,結晶構造などより対応をつける事ができた.また今後酸化物半導体薄膜の格子欠陥とその薄膜デバイス特性との相関をとることができると考えられる.

〈参考文献〉( 1 ) K. Nomura, H. Ohta, A. Takagi, T. Kamiya, M. Hirano, and H. Hosono, Nature 432, 488 (2004).( 2 ) T. Kamiya, K. Nomura, and H. Hosono, Phys. Status Solidi A, 207, No. 7, 1698 (2010)( 3 ) Tokiyoshi Matsuda, and Mutsumi Kimura, Journal of Vacuum Science and Technology A Letters, 33, (2015),

020601-1-5.( 4 ) Tokiyoshi Matsuda, Daiki Nishimoto, Kota Takahashi, and Mutsumi Kimura, Japanese Journal of Applied

Physics, Vol. 53, 03CB03-1-4 (2014).

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図 1 実験概略図

表 2.ESR測定条件

ESR measurement condition ValueESR spectrometerMicrowave power [mW]Magnetic field modulation [mT]Frequency of field modulation [kHz]Time constant [s]Measurement temperature

JEOL RE-1X10.11000.1RT

その結果,図 2 に示されるようなESR信号を検出する事に成功した.IGZO中に検出された 2 種類の ESR信号(A: g = 1.939, B: g =2.003)は,その構成材料であるGa2O3, In2O3, ZnO とは違う位置に検出された.一般的にESR信号の位置はESR共鳴中心の周囲の状況を反映している.ゆえに IGZO中の金属イオンはそれぞれ図 3 (a)の IGZOの格子構造の中で図 3 (b)及び(c)のような配位をしているため,Ga2O3, In2O3, ZnO とは違う位置にESR信号が検出されたと考えられる.また,各酸化物半導体のESR信号に対して熱処理を行うことにより,図 4に示すように各ESR信号の熱安定性を評価した.ZnO中の ESR信号は二次反応で減衰するという結果が得られた.これにより,ZnO中の ESR信号は単純な熱反応ではなく,電子の動きと格子の動きの相互作用により減衰していると考えられる.

図 2 酸化物半導体のESR信号

IGZO中のバンド構造はバンドギャップ内に大きなトラップ準位を持っていると考えられている.今回の結果により,IGZO中の 2 種類の ESR信号が,それぞれ Signal A は深いトラップ準位に,Signal B は浅いトラップ準位に影響していると考えられるとするモデルを提案した3, 4.以上の結果を表 3にまとめた.

図 3 (a)IGZOの格子中の(b)(Ga, Zn)O の配位状態,(c)In-O の配位状態,及び(c)ZnO中の Zn-O の配位状態

表 3.IGZO, In2O3, Ga2O3,及び ZnO薄膜の ESR信号の g値とその熱処理による変化

Material g factor inliterature

g factor inthis study After annealing at 300°C

Signal A in IGZO 1.939 Increased in the first hour; decreased after 2 hSignal B in IGZO 2.003 Decreased

Ga2O325

ZnO37In2O326

1.9621.9581.9601.962.002

1.969

1.957No signal

Decreased or stable

Obeying second-order decay modelA new weak signal appeared

図 4 (a)Ga2O3, ZnO, IGZOの酸化物半導体材料中で検出されたESR信号の熱安定性及び(b)IGZO中に検出された各ESR信号(A, B)のバンド構造中のモデル4

また,IGZO薄膜を石英ガラス基板に作製してESR信号を測定することに成功した.これにより今後 IGZO薄膜の格子欠陥とそのTFTデバイス特性との対応を付けることが可能となる.以上のように,酸化物半導体薄膜の格子欠陥の評価を結晶性粉末材料において行い,結晶構造などより対応をつける事ができた.また今後酸化物半導体薄膜の格子欠陥とその薄膜デバイス特性との相関をとることができると考えられる.

〈参考文献〉( 1 ) K. Nomura, H. Ohta, A. Takagi, T. Kamiya, M. Hirano, and H. Hosono, Nature 432, 488 (2004).( 2 ) T. Kamiya, K. Nomura, and H. Hosono, Phys. Status Solidi A, 207, No. 7, 1698 (2010)( 3 ) Tokiyoshi Matsuda, and Mutsumi Kimura, Journal of Vacuum Science and Technology A Letters, 33, (2015),

020601-1-5.( 4 ) Tokiyoshi Matsuda, Daiki Nishimoto, Kota Takahashi, and Mutsumi Kimura, Japanese Journal of Applied

Physics, Vol. 53, 03CB03-1-4 (2014).

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3 .研究発表(通し番号を記載)査読論文( 1 ) Tokiyoshi Matsuda, and Mutsumi Kimura, Comparison of defects in crystalline oxide semiconductor materials

by electron spin resonance, Journal of Vacuum Science and Technology A Letters, 33, (2015), 020601-1-5.( 2 ) Takashi Kojiri, Tokiyoshi Matsuda, and Mutsumi Kimura, Thermally enhanced threshold voltage shifts in

amorphous In-Ga-Zn-O thin film transistor, Japanese Journal of Applied Physics, 53, (2014), 125802-1-5.招待講演(予定含む)( 3 ) Invited talk, Tokiyoshi Matsuda and Mutsumi Kimura, Relationships between the Defects and Electrical

Properties of Oxide Semiconductor, 2016 CMOS Emerging Technologies Research Conference, 2016年 5 月, Tobe presented.

( 4 ) 招待講演,松田時宜,(12) SID’15 Display week 2015 報告(AMDセッション),SID 報告会,東京,2015年 7月28日(火) 16:30-17:00, To be presented.

( 5 ) Invited talk, Tokiyoshi Matsuda and Mutsumi Kimura, Comparison of Defects in Oxide SemiconductorEvaluated by ESR, Energy Materials and Nanotechnology, Qingdao, (2015), To be presented.

( 6 ) 招待講演,松田時宜,新規酸化物半導体TFTの形成及び評価,酸化物半導体討論会,東京工業大学,2015年5 月18日(月) 11:50-12:15.

( 7 ) 招待講演,松田時宜,酸化物半導体を用いた電子デバイスとその応用,京都産学公連携フォーラム 2015,京都,京都パルスプラザ,2015年 2 月19日(金) 14:15~15:05

一般発表(国際会議・国内での会議)( 8 ) Tokiyoshi Matsuda, Mamoru Furuta, Takahiro Hiramatsu, Hiroshi Furuta, Mutsumi Kmura, and Takashi Hirao,

Low Temperature ZnO TFT Fabricated on SiOx Insulator Deposited by Facing Electrodes Chemical VaporDeposition, Proceedings of the INTERNATIONAL WORKSHOP ON ACTIVE-MATRIX FLATPANELDISPLAYS AND DEVICES - TFT Technologies and FPD Materials - ’14, (2014), 267-268.

( 9 ) Tokiyoshi Matsuda, Mutsumi Kimura, Comparison of Defects in Crystalline Oxide Semiconductor Materials byElectron Spin Resonance, Proceedings of the INTERNATIONAL WORKSHOP ON ACTIVE-MATRIXFLATPANEL DISPLAYS AND DEVICES - TFT Technologies and FPD Materials - ’14, (2014), 269-270.

(10) Tokiyoshi Matsuda, Mutsumi Kimura, Taketoshi Matsumoto and Hikaru Kobayashi, Multiple-Input NANDCirucit using Poly-Si TFTs and SR-FF Circuit using the NAND Circuits, Yosuke Nagase, Proceedings of theInternational Meeting for Future of Electron Devices, Kansai, (2014), 82-83.

(11) 口頭発表加藤雄太,西本大樹,松田時宜,木村 睦,GaSnO薄膜の特性評価,電子情報通信学会シリコン材料・デバイス研究会(SDM)電子ディスプレイ研究会(EID)2014年12月12日 14:45-15:00,京都大学桂キャンパスA1,京都,日本,pp. 79-82.

(12) 口頭発表西野克弥,高橋宏太,松田時宜,木村 睦(龍谷大)IGZO薄膜に対する成膜条件による影響,電子情報通信学会シリコン材料・デバイス研究会(SDM)電子ディスプレイ研究会(EID)2014年12月12日 15:00-15:15,京都大学桂キャンパスA1,京都,日本,pp. 83-88.

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