抗菌薬の key drug の選定について ·...

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令和元年 8 30 厚生労働大臣 根本 殿 抗菌薬の Key Drug の選定について 公益社団法人 日本化学療法学会 理事長 清田 一般社団法人 日本感染症学会 理事長 舘田一博 一般社団法人 日本臨床微生物学会 理事長 舘田一博 一般社団法人 日本環境感染学会 理事長 吉田正樹 セファゾリンの供給停止に関連して、他の抗菌薬の供給不足も重なり、感染症治療や周 術期感染の予防などにおいて問題が生じています。このような状況において、臨床的に 重要な抗菌薬を Key Drug として選定し、大きな支障が生じないような抗菌薬の供給体 制を構築する必要があると思われます。今回、国内で使用されている各種抗菌薬の中で、 下記にて Key Drug の案を提案させていただきます。 選定の基準 抗菌薬の Key Drug は感染症の治療などに使用される代表的な薬剤として位置付け、他 の抗菌薬と比較して安定供給が特に欠かせない薬剤として選定しました。薬剤の選定に おいては、後述する抗菌薬の使用頻度、用途、およびカバーする菌のスペクトラムなど を考慮しました。また、供給の状況や現場のニーズを考慮して、一部の薬剤に偏りが生 じない配慮も行っています。なお、今回、対象薬は注射薬のみに限定し、経口抗菌薬は 対象外としています。 選定した薬剤名 今回選定させていただいた薬剤は以下の 10 薬剤です(詳細は表 12 を参照)ペニシリンG アンピシリンナトリウム/スルバクタム タゾバクタム/ピペラシリン セファゾリン セフメタゾール セフトリアキソン セフェピム メロペネム レボフロキサシン バンコマイシン

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Page 1: 抗菌薬の Key Drug の選定について · 抗菌薬の用途については、大まかに感染症の治療と周術期感染の予防を目的とした用途 に分けることができ、それぞれ目的とする臓器や病原体によって選択すべき抗菌薬が異

令和元年 8 月 30 日 厚生労働大臣 根本 匠 殿

抗菌薬の Key Drug の選定について

公益社団法人 日本化学療法学会 理事長 清田 浩

一般社団法人 日本感染症学会 理事長 舘田一博

一般社団法人 日本臨床微生物学会 理事長 舘田一博

一般社団法人 日本環境感染学会 理事長 吉田正樹

セファゾリンの供給停止に関連して、他の抗菌薬の供給不足も重なり、感染症治療や周術期感染の予防などにおいて問題が生じています。このような状況において、臨床的に重要な抗菌薬を Key Drug として選定し、大きな支障が生じないような抗菌薬の供給体制を構築する必要があると思われます。今回、国内で使用されている各種抗菌薬の中で、下記にて Key Drug の案を提案させていただきます。 選定の基準 抗菌薬の Key Drug は感染症の治療などに使用される代表的な薬剤として位置付け、他の抗菌薬と比較して安定供給が特に欠かせない薬剤として選定しました。薬剤の選定においては、後述する抗菌薬の使用頻度、用途、およびカバーする菌のスペクトラムなどを考慮しました。また、供給の状況や現場のニーズを考慮して、一部の薬剤に偏りが生じない配慮も行っています。なお、今回、対象薬は注射薬のみに限定し、経口抗菌薬は対象外としています。 選定した薬剤名 今回選定させていただいた薬剤は以下の 10 薬剤です(詳細は表 1,2 を参照)。

① ペニシリンG ② アンピシリンナトリウム/スルバクタム ③ タゾバクタム/ピペラシリン ④ セファゾリン ⑤ セフメタゾール ⑥ セフトリアキソン ⑦ セフェピム ⑧ メロペネム ⑨ レボフロキサシン ⑩ バンコマイシン

Page 2: 抗菌薬の Key Drug の選定について · 抗菌薬の用途については、大まかに感染症の治療と周術期感染の予防を目的とした用途 に分けることができ、それぞれ目的とする臓器や病原体によって選択すべき抗菌薬が異

選定の根拠 1)抗菌薬の使用頻度について 日常の診療に支障を与えないようにするためには、使用頻度の高い抗菌薬を優先して選定する必要があります。抗菌薬の使用頻度については、AMR 臨床リファレンスセンターが公表している情報を基に考察すると、大まかにマクロライド系、キノロン系、β-ラクタム系(ペニシリンを含む)の抗菌薬が多くを占めています(図 1)。ただし、図 2に示すように、その多くは経口抗菌薬が占めており、注射薬の選択にこのデータを適用するのは問題があると考えられます。そこで、国公立大学附属病院感染対策協議会が公表している注射用抗菌薬の使用量のデータ(図 3)を基に評価すると、第一世代セフェム、カルバペネム、ペニシリン(TAZ/PIPC を除く)の順に使用頻度が高くなっています。続いて、TAZ/PIPC、第三世代セフェム、第四世代セフェム、第二世代セフェムがほぼ同様の使用量となっており、さらに、グリコペプチドやキノロン系抗菌薬と続きます。それ以外の系統の抗菌薬の使用量はかなり低くなっているため、第一世代セフェムからキノロン系抗菌薬までの 9系統の薬剤を主な選定対象としました。なお各薬剤の選択は、基本的に各系統の中での最も使用量が多いと思われる抗菌薬を選択しました。 2) 抗菌薬の用途について 抗菌薬の用途については、大まかに感染症の治療と周術期感染の予防を目的とした用途に分けることができ、それぞれ目的とする臓器や病原体によって選択すべき抗菌薬が異なります。そこで、限定された薬剤であっても、ある程度、代表的な感染症に対応できることを目的として薬剤を選択しております。 3)カバーする菌のスペクトラムについて 治療対象となる菌は①グラム陽性菌と陰性菌、②好気性菌と嫌気性菌、③一般細菌と異型病原体、④感性菌と耐性菌など、各視点において分類が異なるため、特殊な菌を除いてどのタイプの菌もカバーできる抗菌薬を選択しました(図 4)。

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表1.Key Drugとして選定した薬剤の主な特徴

薬剤名 略号 系統 主な用途 主な対象菌 備考

ペニシリンG PCG ペニシリン系梅毒、髄膜炎、

感染性心内膜炎などグラム陽性菌、梅毒 梅毒の効能・効果を有するのは本剤のみ

アンピシリンナトリウム/スルバクタム

ABPC/SBT

ペニシリン系 肺炎、周術期感染予防 肺炎球菌、嫌気性菌など誤嚥性肺炎など嫌気性菌をカバーした治療に有用

タゾバクタム/ピペラシリンTAZ

/PIPCペニシリン系

各種感染症、発熱性好中球減少症(FN)

グラム陽性菌、グラム陰性菌、緑膿菌など

メロペネムと同様に広くカバーできるが、耐性機序は異なる

セファゾリン CEZ第一世代セファロ

スポリン各種感染症、周術期感染予防

黄色ブドウ球菌、大腸菌など

MSSAには第一選択で、術後感染予防に使用頻度が高い

セフメタゾール CMZ セファマイシン系尿路感染、腹腔内感染、

周術期感染予防腸内細菌科細菌、

嫌気性菌などESBL産生菌にも活性があり、術後感染予防にも用いられる

セフトリアキソン CTRX第三世代セファロ

スポリン肺炎,尿路感染,髄膜炎

腸内細菌科細菌、肺炎球菌など

半減期が長く、外来を含めて使用頻度が高い

セフェピム CFPM第四世代セファロ

スポリン各種感染症、

発熱性好中球減少症(FN)グラム陽性菌、

グラム陰性菌、緑膿菌などFNに適応を有し、血液内科で使用頻度が高い

メロペネム MEPM カルバペネム系各種感染症、

発熱性好中球減少症(FN)グラム陽性菌、

グラム陰性菌、緑膿菌など最も広域である。カルバペネム系で最も使用頻度が高い

レボフロキサシン LVFX ニューキノロン系 肺炎,尿路感染マイコプラズマ、

肺炎球菌、緑膿菌など異型肺炎にも有効で、呼吸器疾患で使用頻度が高い

バンコマイシン VCM グリコペプチド系 MRSA感染症 MRSA、MRCNS MRSA感染症の標準的治療薬

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表2.Key Drugとして選定した薬剤の製品名と価格

系統 薬剤名 略号 先発名 単位 先発薬価(円)ジェネリック

薬価①ジェネリック

薬価②

20万単位230

(Meiji Seika)なし なし

100万単位317

(Meiji Seika)なし なし

256 なしスルバシリン(Meiji Seika)ピスルシン(大原)スルバクシン(シオノ)ピシリバクタ(日医工=ケミファ)ユーシオン-S(沢井)ユナスピン(ケミックス)

なし

294 なしスルバシリン(Meiji Seika)ピスルシン(大原)スルバクシン(シオノ)ピシリバクタ(日医工=ケミファ)ユーシオン-S(沢井)ユナスピン(ケミックス)

なし

345 なしスルバシリン(Meiji Seika)ピスルシン(大原)スルバクシン(シオノ)ピシリバクタ(日医工=ケミファ)ユーシオン-S(沢井)ユナスピン(ケミックス)

なし

685 566

タゾピペ(MeijiSeika)タゾピペ(日医工)タゾピペ(シオノ=光)

タゾピペ(ニプロ)タゾピペ(マイラン=ファイザー)タゾピペ(第一三共エスファ)タゾピペ(サンド=共和クロティケア)タゾピペ(武田テバファーマ=武田)タゾピペ(ケミックス)タゾピペ(大興=江州)

1,015 831

タゾピペ(MeijiSeika)タゾピペ(日医工)タゾピペ(シオノ=光)

タゾピペ(ニプロ)タゾピペ(マイラン=ファイザー)タゾピペ(第一三共エスファ)タゾピペ(サンド=共和クロティケア)タゾピペ(武田テバファーマ=武田)タゾピペ(ケミックス)タゾピペ(大興=江州)

92 なしセファゾリンナトリウム(日医工)セファゾリンNa(武田テバファーマ=武田)セファゾリンNa(ニプロ)トキオ(コーアイセイ)

なし

97 なしセファゾリンナトリウム(日医工)セファゾリンNa(武田テバファーマ=武田)セファゾリンNa(ニプロ)トキオ(コーアイセイ)

なし

202 109

トキオ(コーアイセイ)セファゾリンナトリウム(日医工)セファゾリンNa(武田テバファーマ=武田)セファゾリンNa(ニプロ)

243 なしセファゾリンナトリウム(日医工)セファゾリンNa(武田テバファーマ=武田)セファゾリンNa(ニプロ)トキオ(コーアイセイ)

なし

95 なしセフメタゾールナトリウム(日医工ファーマ=日医工)セフメタゾールNa(武田テバファーマ=武田)セフメタゾールNa(ニプロ)

なし

143 なしセフメタゾールナトリウム(日医工ファーマ=日医工)セフメタゾールNa(武田テバファーマ=武田)セフメタゾールNa(ニプロ)

なし

246 なしセフメタゾールナトリウム(日医工ファーマ=日医工)セフメタゾールNa(武田テバファーマ=武田)セフメタゾールNa(ニプロ)

なし

530 なしセフメタゾールナトリウム(日医工ファーマ=日医工)セフメタゾールNa(武田テバファーマ=武田)セフメタゾールNa(ニプロ)

なし

276 176セフキソン(シオノ)セフトリアキソンNa(サワイ)セフトリアキソンNa(武田テバファーマ=武田)セフトリアキソンNa(ファイザー)

セフトリアキソンナトリウム(日医工)セフトリアキソンナトリウム(ニプロ)セフトリアキソンNa(ケミックス)

369 274

セフキソン(シオノ=江州)

セフトリアキソンナトリウム(日医工)セフトリアキソンナトリウム(ニプロ)セフトリアキソンNa(サワイ)セフトリアキソンNa(武田テバファーマ=武田)セフトリアキソンNa(ファイザー)セフトリアキソンNa(ケミックス)

701(ファイザー)

ゾシン

ベンジルペニシリンカリウム注射用ペニシリンG

カリウムPCG

アンピシリンナトリウム/スルバクタム

ABPC/SBT ユナシンS

TAZ/PIPCタゾバクタム/ピペラシリン

ペニシリン系

187(LTLファーマ)

250mg

セファメジンαCEZセファゾリン第一世代

セファロスポリン

1313(大鵬薬品)

1933(大鵬薬品)

2.25g

4.5g

3g863

(ファイザー)

0.75g469

(ファイザー)

1.5g

500mg358

(アルフレッサファーマ)

1g456

(アルフレッサファーマ)

500mg243

(LTLファーマ)

1g273

(LTLファーマ)

2g608

(LTLファーマ)

セファマイシン系

470(太陽ファルマ)

500mg

1g688

(太陽ファルマ)

ロセフィンCTRXセフトリアキソン第三世代

セファロスポリン

2g852

(アルフレッサファーマ)

セフメタゾンCMZセフメタゾール

250mg208

(アルフレッサファーマ)

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系統 薬剤名 略号 先発名 単位 先発薬価(円)ジェネリック

薬価①ジェネリック

薬価②394 なし

セフェピム塩酸塩(サンド)セフェピム塩酸塩(ケミックス)

なし

484 なしセフェピム塩酸塩(サンド=ニプロ)セフェピム塩酸塩(ケミックス)

なし

425 なしメロペネム(Meiji Seika)メロペネム(ニプロ)メロペネム(ケミファ)メロペネム(沢井)メロペネム(武田テバファーマ=武田)メロペネム(ニプロES)メロペネム(東和薬品)メロペネム(日医工ファーマ=日医工)メロペネム(ファイザー)

なし

581 なしメロペネム(Meiji Seika)メロペネム(ニプロ)メロペネム(ケミファ)メロペネム(沢井)メロペネム(武田テバファーマ=武田)メロペネム(ニプロES)メロペネム(東和薬品)メロペネム(日医工ファーマ=日医工)メロペネム(ファイザー)

なし

904 なしメロペネム(Meiji Seika)メロペネム(ニプロ)

なし

2,111 なし

レボフロキサシン(第一三共エスファ) なし

2,237 なしレボフロキサシン(第一三共エスファ)レボフロキサシン(高田)レボフロキサシン(武田テバファーマ=武田)レボフロキサシン(ヤクハン=日医工)レボフロキサシン(ニプロ)レボフロキサシン(マイラン=ファイザー)レボフロキサシン(光)レボフロキサシン(共和クリティケア)

なし

1224 823

バンコマイシン塩酸塩(日医工)

バンコマイシン塩酸塩(小林化工=MeijiSeika)塩酸バンコマイシン(光)バンコマイシン(東和薬品)バンコマイシン塩酸塩(沢井)バンコマイシン塩酸塩(サンド)バンコマイシン塩酸塩(武田テバファーマ=武田)バンコマイシン塩酸塩(マイラン=ファイザー)

1096 なしバンコマイシン塩酸塩(小林化工=MeijiSeika)バンコマイシン塩酸塩(マイラン=ファイザー)

なし

VCMバンコマイシングリコペプチド系

4961(第一三共)

500mg20mL

5052(第一三共)

500mg100mL

(キット)

クラビット

1g

2065(塩野義)

0.5g

なし

バンコマイシン

1g

メロペン

LVFXレボフロキサシンニューキノロン系

CFPMセフェピム第四世代

セファロスポリン

744(大日本住友)

929(大日本住友)

MEPMメロペネムカルバペネム系

557(ブリストル・マイヤーズ スクイブ)

676(ブリストル・マイヤーズ スクイブ)

500mg

1g

マキシピーム

なし

250mg

500mg

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図1. 抗菌薬販売量の変化2013-2018 (抗菌薬種類別)

インフォグラフィックで知る!薬剤耐性(AMR臨床リファレンスセンター)より引用

Page 7: 抗菌薬の Key Drug の選定について · 抗菌薬の用途については、大まかに感染症の治療と周術期感染の予防を目的とした用途 に分けることができ、それぞれ目的とする臓器や病原体によって選択すべき抗菌薬が異

AMR臨床リファレンスセンターホームページより引用

図2.抗菌薬販売量変化2013-2017 (投与経路別)

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3.71

2.96

2.28

1.72 1.67 1.55 1.52

1.15

0.54 0.27 0.22 0.14

図3.主な注射用抗菌薬の使用量(AUD)の比較 (国公立大学附属病院55施設)

国公立大学附属病院感染対策協議会2017年サーベイランスデータより作成

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佐藤昭裕、症例から考える感染症診療、東京医科大学病院ホームページより引用

図4.抗菌薬のスペクトル一覧