進化分子工学: 分子設計ツールとしての進化 · 2019. 2. 28. ·...

6
0142 KAGAKU Feb. 2019 Vol.89 No.2 40 億年前,この星に誕生した原始生命体は, 徐々にその姿を変え,様々な環境に散らばってい った。今ではおよそ生物とは無縁と思われる環境 にも何かしら潜み,彼らなりの生活を営んでいる。 何がこの多様性を生み出したか?――進化である。 生物が,自らの遺伝情報を複製する際に犯すミス 4 4 それが発端となり親とは似て非なる子孫が生まれ る。環境に適したものは残り,そうでないものは 姿を消す。原始生命体の子孫が思い思いに自分の 居場所を探し続けた結果,姿形・ライフスタイル の異なる様々な生物で地球全体が覆い尽くされる こととなった。 進化分子工学は,この生物の成功戦術「適応進 化」を分子設計に転用する技術である。酵素や抗 体をコードする遺伝子に人為的にミスを仕込む。 あまた現れる分子集団の中から実験者が好ましく 思うものを選択する。これを実験者が満足する機 能水準に達するまで繰り返す。今回ノーベル化学 賞を受賞した 3 名の科学者――米国カリフォル ニア工科大学 Frances Arnold,米国ミズーリ大学 George Smith,英 国 MRC 研究所 Greg Winter ――は,ややもすればデタラメな試行錯誤に陥り がちな進化を厳密な制御のもと方向づけ,分子設 計の成功戦術に仕立てた。以下,今回のノーベル 賞受賞対象となった,酵素進化工学ファージデ ィスプレイを例に,進化による分子設計思想を解 説する。ノーベル財団による公式解説文 1 もあわ せて参照されたい。 人類は古くから「進化」に馴染んできた。採 取・狩猟を主体とした生活から農耕・牧畜へとラ イフスタイルを変えた時,動植物の品種改良が始 まった。小麦も米もジャガイモも,人類と共に移 動し,その土地土地にあった品種に作り変えられ た。初めは手こずったであろう野生動物も,交配 を重ねるうちに今ではすっかり人類の良き伴侶と なった。ジャーマンシェパード犬のベルタは大久 保家の玄関で泰然と番を張り,今は亡き灰色猫の ハイちゃんも,飼い主の心の中で生き続けている。 ひたすら速く走ることを宿命づけられたサラブレ ッドも,人が交配し,人が選別することでその血 が引き継がれ,駿馬ディープインパクトに至った。 「進化」という自然の摂理の中に人の手をうまく 介入させることで,食から,愛玩,エンターテイ メントまで,人類は意のままに生物を改良してき た。「進化」が生物にあらかじめ備わった属性で あるとともに,その利用は人類にあらかじめ備わ った知であった。 タンパク質をコードする遺伝子は,転写・翻訳 のプロセスを経て,タンパク質へと変換される。 タンパク質を改造しようと思えば,その設計図で ある遺伝子を改造することになる。では目的の機 能をもつように改造するにはどうしたらいいか? 複雑なタンパク質を前に「分子設計」の難問が立 ちはだかるが,これを立ちどころに解決する方法 がある―― 「進化」である。「案ずるより産むが易 し」 ――あれこれ悩まずに,あれこれ作ってしま う,あとからお気に入りを取り分けるというスタ ンスである。コンセプトは品種改良そのもの,難 問解決というより回避・裏ワザといった方が正解 かもしれない。タンパク質工学の火蓋が切られ 2 ノーベル化学賞 2018 進化分子工学: 分子設計ツールとしての進化 宮崎健太郎 みやざき けんたろう 産業技術総合研究所 生物プロセス研究部門/東京大学大学院 新領域創成科学研究科

Upload: others

Post on 04-Sep-2020

1 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 進化分子工学: 分子設計ツールとしての進化 · 2019. 2. 28. · 進化分子工学:分子設計ツールとしての進化科学 0143 多くの研究者が腕試しのごとく合理的な

0142 KAGAKU Feb. 2019 Vol.89 No.2

40億年前,この星に誕生した原始生命体は,徐々にその姿を変え,様々な環境に散らばっていった。今ではおよそ生物とは無縁と思われる環境にも何かしら潜み,彼らなりの生活を営んでいる。何がこの多様性を生み出したか? ―― 進化である。生物が,自らの遺伝情報を複製する際に犯すミス

4 4

,それが発端となり親とは似て非なる子孫が生まれる。環境に適したものは残り,そうでないものは姿を消す。原始生命体の子孫が思い思いに自分の居場所を探し続けた結果,姿形・ライフスタイルの異なる様々な生物で地球全体が覆い尽くされることとなった。進化分子工学は,この生物の成功戦術「適応進化」を分子設計に転用する技術である。酵素や抗体をコードする遺伝子に人為的にミスを仕込む。あまた現れる分子集団の中から実験者が好ましく思うものを選択する。これを実験者が満足する機能水準に達するまで繰り返す。今回ノーベル化学賞を受賞した 3名の科学者 ―― 米国カリフォルニア工科大学 Frances Arnold,米国ミズーリ大学George Smith,英 国MRC研 究 所 Greg Winter ―― は,ややもすればデタラメな試行錯誤に陥りがちな進化を厳密な制御のもと方向づけ,分子設計の成功戦術に仕立てた。以下,今回のノーベル賞受賞対象となった,酵素進化工学とファージディスプレイを例に,進化による分子設計思想を解説する。ノーベル財団による公式解説文1もあわせて参照されたい。人類は古くから「進化」に馴染んできた。採取・狩猟を主体とした生活から農耕・牧畜へとラ

イフスタイルを変えた時,動植物の品種改良が始まった。小麦も米もジャガイモも,人類と共に移動し,その土地土地にあった品種に作り変えられた。初めは手こずったであろう野生動物も,交配を重ねるうちに今ではすっかり人類の良き伴侶となった。ジャーマンシェパード犬のベルタは大久保家の玄関で泰然と番を張り,今は亡き灰色猫のハイちゃんも,飼い主の心の中で生き続けている。ひたすら速く走ることを宿命づけられたサラブレッドも,人が交配し,人が選別することでその血が引き継がれ,駿馬ディープインパクトに至った。「進化」という自然の摂理の中に人の手をうまく介入させることで,食から,愛玩,エンターテイメントまで,人類は意のままに生物を改良してきた。「進化」が生物にあらかじめ備わった属性であるとともに,その利用は人類にあらかじめ備わった知であった。タンパク質をコードする遺伝子は,転写・翻訳のプロセスを経て,タンパク質へと変換される。タンパク質を改造しようと思えば,その設計図である遺伝子を改造することになる。では目的の機能をもつように改造するにはどうしたらいいか?複雑なタンパク質を前に「分子設計」の難問が立ちはだかるが,これを立ちどころに解決する方法がある ―― 「進化」である。「案ずるより産むが易し」 ―― あれこれ悩まずに,あれこれ作ってしまう,あとからお気に入りを取り分けるというスタンスである。コンセプトは品種改良そのもの,難問解決というより回避・裏ワザといった方が正解かもしれない。タンパク質工学の火蓋が切られ2,

ノーベル化学賞 2018

進化分子工学:分子設計ツールとしての進化

宮崎健太郎� みやざき けんたろう産業技術総合研究所 生物プロセス研究部門/東京大学大学院 新領域創成科学研究科

Page 2: 進化分子工学: 分子設計ツールとしての進化 · 2019. 2. 28. · 進化分子工学:分子設計ツールとしての進化科学 0143 多くの研究者が腕試しのごとく合理的な

0143科学進化分子工学:分子設計ツールとしての進化

多くの研究者が腕試しのごとく合理的な4 4 4 4

分子設計(Rational Design)に挑む中,いち早く裏ワザを選択したのが Arnold(写真 1)である。

酵素進化工学:有機溶媒耐性酵素の誕生

彼女が標的としたのはタンパク質分解酵素の一種 Subtilisin,この酵素を有機溶媒中でも働くように改造できないかと考えた。酵素は元来,生物が生きていく場,水系で働くものであり,Subtil-isinもまた然りである。Rational Designerであればいきなり白旗を上げかねない超難問にも思えるが,彼女には勝算があった。有機溶媒があるからといって,酵素は必ずしも完全失活するわけではない。手持ちの Subtilisinも 10%程度の低濃度であれば,溶媒(ジメチルホルムアミド,DMF)存在下でも 1/5程度の活性は残る。食べ物としての体をなさなかった小さく酸っぱいリンゴも,16世紀から 4世紀かけて大きく甘いリンゴになったではないか。進化ならば解決できるのではないか?

ただし,持ち時間は 4世紀はない。タンパク質の Rational Designを回避した彼女

だが,実は徹底した合理主義者である ―― Ar-noldは立ち止まった。進化は一見ランダムなプロセスであり,品種改良には経験と勘

4 4 4 4

(と努力)がものを言うそうだが,そうではなくいかに合理的に行うか。遺伝子の変異はどうする? あれこれ作ったはいいが,そのあとのスクリーニングはどうする? 現実的な問題に落とし込む必要がある。まずは遺伝子変異。Arnoldの着目したのが発

表間もない変異 PCR3であった。通常の PCRでは鋳型(親)の情報を高い忠実度(High Fidelity)でコピーすることを求められるが,変異 PCRでは意図的にミスを入れながらコピーする。Subtilisin全体は 300アミノ酸(900塩基)あるが,どこをどう変えるかの見当はついていない。だからこそ「進化」なのだが,ならば遺伝子全体にランダムに変異を入れよう。さらに彼女は考えた。変異は毒

4

である。人智を尽くして設計してもよほど当たらないのに,これから行う変異 PCRは人智さえ介入しない.毒まみれになるのではないか? ただ,多くの毒に紛れて甘く芳しい変異も少ないながら発生するだろう。それを確実に拾えばよい。ただし,毒と共存しては,その芳醇な香りもかき消されかねない。なので,Subtilisinには平均 1アミノ酸の変異が入る程度の低い変異率で遺伝子をPCR増幅しよう4

 ―― これが Arnoldが導いたタンパク質品種改良のための「合理的戦略」である。実験を託されたポスドクの Kevin Chenは,見よう見まねに変異 PCRを行い,枯草菌を用いたSubtilisinの発現系に戻す。DMFの入った活性測定液で変異ライブラリーをスクリーニングする ―― 結果は吉と出た。わずか 300個の変異体であったが,10% DMFの中で親酵素の 2倍の活性を示す変異体を見つけたのである。そしてこの「虎の子」を親として,もう 1世代進化を重ねた。「虎の子」の子は 20% DMFの中で 9倍の活性向上達成,いざ論文発表。“Enzyme engineering for nonaqueous solvents: random mutagenesis to en-hance activity of subtilisin E in polar organic me-

写真 1―Arnold教授と筆者筆者が帰国する間際(2000 年)に Arnold が National Academy of Engineering Draper prize を受賞し,キャンパス内のレストランで祝賀パーティーを開催。その日はキャンパス内で Jenni-fer Lopez の映画ロケがあり,研究室メンバーは Frances とJennifer の二択を迫られることに。撮影は当時のポスドク仲間の梅野太輔氏(現千葉大学),迷わず Jennifer を選んだ一人である……。

Page 3: 進化分子工学: 分子設計ツールとしての進化 · 2019. 2. 28. · 進化分子工学:分子設計ツールとしての進化科学 0143 多くの研究者が腕試しのごとく合理的な

0144 KAGAKU Feb. 2019 Vol.89 No.2

dia”5,キーワードはランダム変異と非天然環境である。勢いづいた Chenはさらに 3世代の進化を行い 1993年に続報を発表する。今度は,“Tuning the activity of an enzyme for unusual en-vironments: sequential random mutagenesis of subtilisin E for catalysis in dimethylformamide”6。Random mutagenesisに sequentialという冠をつけた。Evolutionという言葉こそ出なかったが,「進化」前面のタイトルである*1。4世紀はかからなかった ―― Arnoldは自信を深めた。

DNAシャフリングの誕生と進化

Arnoldの先駆的な研究により市民権を得つつあった進化分子工学であったが,それを確固たるものにしたのが DNAシャフリングである(図 1)。発明者 Pim Stemmerがその有効性を示すの用いたのは,アンピシリン耐性酵素の b-lactamase,これをコードする遺伝子に点突然変異を入れなが

4 4 4 4 4 4 4 4 4 4

ら4

ランダムに 3回掛け合わせる。さらに野生型遺伝子と 2回戻し交配

4 4 4 4

を行うことで b-lactam系抗生物質 cefotaximに対して 3万 2000倍の耐性

向上を達成した7。無性生殖から有性生殖へ ―― 

「性」が生物進化を革新したように,それは進化工学を革新した。従来の無性

4 4

進化工学では,遺伝子変異法も変異 PCR一択(sequential random mutagene-

sis),ベストな変異体を引き継ぐほかなかったが,DNAシャフリングの登場により,複数のベターな変異体を活用できるようになった。さらにここは分子の世界。「性」は雌雄に限定されず,同時に多くを掛け合わせられるのだ。これは大きなメリットではないか!…のはずである……そうなのかなぁ ―― Arnoldは再び立ち止まった。親は多ければ多いほどいいのか? ―― 博士課程の学生 Jeff Mooreは Arnoldの意を汲み試算した8。異なる点変異を一つずつもつ親二つを掛け合わせた場合,両方の変異をもつ子孫の出現確率は 1/4(いずれの変異も含まないのも 1/4,親と変わらずは

1/2),親が三つであればすべての変異をもつ子孫は 1/9……,六つでは…… ―― Mooreは立ち往生した。これは落とし穴,闇雲にたくさんの親を掛け合わせると元の木阿弥になるはずだ! 研究室の設備,突っつくコロニーの数を考えると六つはムリ(4万 6656分の 1),五つもほぼムリというかイ

(1)ランダム断片化

(2)アッセンブリ

(3)全長DNAの再増幅

新規な変異の組み合わせをもつ変異遺伝子

図 1―Stemmerが開発した DNAシャフリング技術の流れ様々な点突然変異を含む相同遺伝子を(1)DNA 分解酵素でランダムに断片化し,(2)加熱・冷却によりランダムに掛け合わせる。(3)DNA ポリメラーゼを使って(オーバーラップした領域が互いにプライマーとなる)再度全長まで組み立てる。

*1―Arnold は 1993 年の投稿論文に Directed Evolution という言葉を入れたが,「一部の人」のカンに触れるとの理由で Editor から削除を強制されたとのこと(私信)。Directed Evolution という彼女の思いを論文タイトルに込めることができたのは 1996 年である。

Page 4: 進化分子工学: 分子設計ツールとしての進化 · 2019. 2. 28. · 進化分子工学:分子設計ツールとしての進化科学 0143 多くの研究者が腕試しのごとく合理的な

0145科学進化分子工学:分子設計ツールとしての進化

ヤ(3125分の 1),四つならイケる(256分の 1)。念のため,数倍オーバーサンプリングするにしても,これくらいなら。徹底した実践的

4 4 4

理論を根底に,進化工学はその姿を整えていった。

DNAシャフリングに魅了されたからこそ,それをうまく使いこなそうと,Arnoldはことあるごとに立ち止まった。そもそも点変異のほとんどは毒

4

ではなかったか。掛け合わせの効能はわかったが,毒を盛りながら

4 4 4 4 4 4 4

はいかがなものか? ―― 博士課程の学生 Huimin Zhaoは Arnoldの主張に同調した9。毒を完全に排除した正確な PCR条件のもとで掛け合わせるべきではないか? 研究室の他のメンバーもすぐに同調し,〈変異 PCRによる優良変異探し ―― High Fidelity DNAシャフリングによる変異の組み合わせ〉という一連の実験スキームができあがった。Stemmerにより生み出されるや否や sexyな技術として多くの研究者を魅了した DNAシャフリング*2であったが,Arnoldの教育により eleganceを身につけ,進化分子工学の一時代を彩った。

Arnoldは進化分子工学を Irrational Designと言っては喜んでいた。進化分子工学が分子そのものの Rational Designより実効力のあることを確信し,さらに進化実験系の Rational Designに対して絶対の自信があったからこそ,あえて挑発的な物言いを楽しんだのだろう。ノーベル賞の授賞対象は,進化という生物のアルゴリズムに着目したことではなく,進化に合理性を与え,4 世紀を4週間に短縮したことに対する業績である.

ファージディスプレイ法

M13は大腸菌に感染する繊維状ファージの一種であり(図 2(a)),6400塩基ほどの一本鎖環状DNAからなるゲノムをもつ(図 2(b))。このコンパクトなゲノム(宿主大腸菌のゲノムは 3桁大きい)には九つのタンパク質がコードされている。M13ファ

ージに感染した大腸菌は,ファージゲノムを複製し,九つのタンパク質を合成する。すべての部品が揃ったファージは,複製されたゲノムを梱包し,細胞外に出る。当時M13は,外来遺伝子クローニングの必須アイテムとして使われていたが,当然,挿入箇所はタンパク質をコードしない領域であった(図 2(b)の IRと示された領域)。だが Smithは教科書に従わなかった。M13の外皮タンパク質のコード領域内に外来の遺伝子を組み込めないか?pIIIは大腸菌への感染に関わる外皮タンパク質であるが,挿入場所をうまく選ぶと,感染性を維持したままタンパク質やペプチドを表面に提示した人工ファージを作れるのではないか? ―― ファージディスプレイである。いざ,pIIIをコードする遺伝子 gIIIにペプチド

を挿入するのだが,Smithの真の狙いはランダムなペプチドを提示することにあった。彼は,6アミノ酸からなるペプチド配列に相当する DNAを化学合成し*3,gIII遺伝子内部に組み込んだ。大腸菌に導入して放出されたファージは 4×107通りのペプチドを提示した兄弟である。Smithは,このファージライブラリーをMyohemerythrinタンパク質に対するモノクローナル抗体(mAbA2)への結合能を基準にスクリーニングした10。mAbA2はMyohemerythrinの部分アミノ酸配列DFLEKI*4を抗原として作成された抗体であるが,特に N末端の 3アミノ酸が結合特異性に重要である。この抗体をリガンドとして,強い結合能をもつファージを選択するわけだが,実験手順は以下の通りである。まず mAbA2を固定したビーズとファージライブラリーを混合する。ほぼすべてが吸着しないか弱い吸着しかしないが,これをきれいに洗い流す。結合したファージはより強い条件で洗浄することでビーズから引き剝がす。溶出

*2―論文発表当初は Sexual PCR という呼び方もされた.名付け親は Nature 掲載号で News & Views を執筆した George Smith。

*3―ペプチドをコードする遺伝子を混合塩基としてコードする。具体的には,一つのアミノ酸コドンを NNK(N は A/G/C/T の 4 塩基縮退,K は G/T の 2 塩基縮退)とし,それを 6 個連ねたオリゴヌクレオチドを合成する。理論上数は (4×4×2)6

で 1×109 通りとなる。抗体の認識する抗原認識部位は 5〜6 アミノ酸からなることも 6 を選んだ背景にある.*4―アミノ酸の一文字表記。

Page 5: 進化分子工学: 分子設計ツールとしての進化 · 2019. 2. 28. · 進化分子工学:分子設計ツールとしての進化科学 0143 多くの研究者が腕試しのごとく合理的な

0146 KAGAKU Feb. 2019 Vol.89 No.2

されたファージは量的にはわずかなため,大腸菌に再感染させて大量に増やす。増やしたファージを再度ビーズに吸着させる……このサイクルを繰り返す。この洗浄/溶出/増幅の一連の工程をバイオパニングと呼ぶ。洗いが不十分だと吸着力の弱いファージが混じり込むかもしれない。Smithらは徐々に洗浄強度を高めながら 3ラウンドのパニングを行い,最終的に溶出されてきたファージを解析した。ランダム化されたペプチド領域の解析結果は DFL

4 4 4

EWL, DFL4 4 4

EML, DFL4 4 4

AWLの 3通り,特異的結合に重要とされる N末端の 3アミノ酸は完全一致した。まさに一等宝くじに当たるような確率であるが,これも Smithの合理性 ―― 初めに作成した変異ライブラリーに確かに当たりが含まれていたこと,段階的なパニング操作で競合するファージをふるい落としたこと ―― が成し得た技である。ファージディスプレイは,何をディスプレイするか,何をリガンドとするかで様々な方向に発展しうる方法であったが,Winterは抗体の抗原結

合断片(single-chain variable fragment, scFv)を提示した。Smith同様,抗原―抗体の組み合わせであるが,リガンドに固定する側と選択する側がちょうど真逆である。Winterは,ファージ表面に提示したscFvライブラリーの中からニワトリリゾチームに強く吸着する抗体を選抜した11。類縁のヒトやシチメンチョウ由来のリゾチームとは交叉せず,ニワトリリゾチームに対する高い特異性が確認された。これに要した操作は,たった 2ラウンドのパニングである。100万倍の濃縮率,確率だけ見ればこれも一等宝くじであるが,それを確実に引き当てたのは運

4

でも勘4

でもなく,実験設計の合理性と正確な実験であった。その後システムの改良も進み,ピコレベルの解離定数をもつ高親和性抗体も取得されるようになった12。ファージと抗体,リンゴとペンさながらの出会うはずのない組み合わせが世界を席巻した。動物の自己防御システムとは無縁にモノクローナル抗体の産生を可能とする画期的な技術である。

図 2―M13ファージ(a)M13 ファージの模式図。繊維状の形体をもち,外側を外皮タンパク質が覆っている。Smith らは「短軸」に 5 コピー存在する局在する pIII にペプチドを提示させた。長軸を覆う pVIIIは 2300 超コピーと圧倒的に多い。(b)M13 ファージのゲノム構造。約 6400 塩基のゲノムに九つの遺伝子がコードされている。そのうちの五つ(pIII, pVI, pVII, pVIII, pIX)が外皮タンパク質である。IR(Intergenic Region)は遺伝子と遺伝子の間にある非コード領域。

pVI(5コピー)

pIII(5コピー)

pVIII(2300超コピー)

pVIIと pIX(各 5コピー)

(a)

II

VVII IX

VIII

III

VIIXI

IV

IR

IRX

ori

バクテリオファージ M136.4 kb

プラス

マイナス

Hpa I6407/0

(b)

Page 6: 進化分子工学: 分子設計ツールとしての進化 · 2019. 2. 28. · 進化分子工学:分子設計ツールとしての進化科学 0143 多くの研究者が腕試しのごとく合理的な

0147科学進化分子工学:分子設計ツールとしての進化

EXPLORING�THE�NON-NATURAL�WORLD

What I cannot create, I do not understand. ―― 

あまりにも有名な Richard Feynman Caltech教授の言葉であるが,これをもじれば,生物は,I do not understand any, but I can create anything.進化

工学者は,I DO understand evolution, so I can create anything.であろうか。筆者は,ノーベル賞受賞を記念して「名言刻んだ Tシャツ作りましょうよ」と Francesに持ちかけたが ,「それは言い過ぎ。第一,私そんなこと言ったこともないし,思ってもいないし!」と即レスで完全否定。その返信とともに送られてきたのが写真 2「Ex-ploring the Non-natural World」Frances公認 Tシャツである。「Caltechの生協で店頭販売されているのよ,ツイッターでもちゃんと宣伝しといたはずだけど」……Frances無双。

文献1―https://www.nobelprize.org/uploads/2018/10/advanced-chem

istryprize-2018.pdf

2―K. N. Ulmer: Science, 219, 666(1983)3―D. W. Leung et al.: Technique, 1, 11(1989)4―O. Kuchner & F. H. Arnold: Trends Biotechnol., 15:523(1997)5―K. Q. Chen & F. H. Arnold: Bio/Technology, 9, 1073(1991)6―K. Chen & F. H. Arnold: Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 90, 5618

(1993)7―W. P. Stemmer: Nature, 370, 389(1994)8―J. C. Moore et al.: J. Mol. Biol., 272, 336(1997)9―H. Zhao & F. H. Arnold.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 94, 7997

(1997)10―J. K. Scott & G. P. Smith: Science, 249, 386(1990)11―J. McCafferty et al.: Nature, 348, 552(1990)12―J. D. Marks et. al.: Bio/Technology, 10, 779(1992)

写真 2―Arnold自慢の Tシャツキ ャ ッ チ コ ピ ー は EXPLORING THE NON-NATURAL WORLD。イラストは上半身はオオカミで下半身はトリのキメラ,マスコットキャラクター Wolfird。