オイラーの等式 - 京都大学kawaguch/pdf/08openclass.pdfdavid mumford...
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オイラーの等式もしも利率が虚数の銀行があったなら
(マンフォードに倣って)
2008 年 8 月 21–22 日に大阪大学理学研究科数学教室で行われた,高校生のための公開講座の中の「オイラーの等式」(21 日 10:00–12:00,川口担当)の資料に,修正加筆をしたものです.以下のものが含まれています.
• 講義のときに使ったスライド• 配布した補足プリント
なお,公開講座の案内は以下でした.
e の iπ 乗が−1 に等しいというオイラーの等式を知っている人も多いでしょう. 公開講座では,年利が虚数単位 iの銀行 (があったなら,その銀行) に無限小時間の複利でお金を預けるとどうなるかを考えることで,オイラーの等式を説明したいと思います. 時間が許せば,e や π の無理数性にも触れたいと思います.
スライド中の「やまとなでしこ」の話は同僚のTさんから教えてもらいました.武部さん@お茶の水大学のウェブサイトにちょうど欲しい科白を見つけて,使わせて頂きました(感謝いたします).オイラーの画像は,MacTutor History of Mathematics archive(www-history.mcs.st-
andrews.ac.uk/history/)より使わせて頂きました.画像使用については同ページ内のFAQもご覧下さい.
kawaguch(())math.sci.osaka-u.ac.jpファイルは個人利用に限ります.
オイラーの等式もしも利率が虚数の銀行があったなら
(マンフォードを倣って)
川口 周
大阪大学理学部数学教室高校生のための公開講座
2008年 8月 21日
Part 1 オイラーの等式とは
eπi = −1
e = 2.71828 . . .は自然対数の底(ネピアの数)π = 3.141592 . . .は円周率iは虚数単位(i2 = −1となる数)
1/70
小川洋子『博士の愛した数式』
eπi + 1 = 0
どこにも円は登場しないのに,予期せぬ宙からπ が eの元に舞い下り,恥ずかしがり屋の iと握手をする.彼らは身を寄せ合い,じっと息をひそめているのだが,一人の人間が 1つだけ足算をした途端,何の前触れもなく世界が転換する.すべてが 0に抱き留められる.
2/70
公開講座では,後ほど,年利 1 (= 100%) の銀行に無限小時間の複利でお金を預けることで eを説明したい.
小川洋子『博士の愛した数式』では
やっかいなのは eだった.eも πと同じ循環しない無理数で,数学で最も重要な定数の一つであるらしい.
肝腎の eだが,オイラーが算出したところによれば,
e = 2.71828182845904523536028 · · · · · ·と,どこまでも果てしなく続いていく.
3/70
Benjamin Pierce
19世紀のアメリカの数学者オイラーの等式 eπi = −1を講義で証明した後に
We cannot understand it, and we don’t know
what it means, but we have proved it, and
therefore we know it must be the truth.
オイラーの等式を理解することは出来ないし,何を意味しているのかも分からない.しかし,オイラーの等式を証明した.したがって,それが正しいに違いないことは分かるのだ.
4/70
David Mumford
現代のアメリカの数学者ある会合で,オイラーの等式 eπi = −1を
年利が虚数単位 i の銀行 (があったなら,その銀行)に無限小時間の複利でお金を預けるとどうなるかを考えることで説明した
という(cf. Mumford, Calculus Reform–For the
Millions, Notices AMS, May 1997)
この公開講座でも,Mumfordの方法に沿って,オイラーの等式を説明したい
5/70
Part 2 2倍を繰り返すと
年利 1 (=100%)の銀行があったとする1万円を預ける
1年後
• 元金 1万円
• 利子 1 × 1 = 1万円
• 合計 2万円
では t年後には?
6/70
2年後
• 1年後のお金 2万円
• 利子 2 × 1 = 2万円
• 合計 4万円
3年後
• 2年後のお金 4万円
• 利子 4 × 1 = 4万円
• 合計 8万円
t年後 =⇒ 2t = 2 × 2 × · · · × 2(t回)万円
7/70
21 = 2 26 = 64
22 = 4 27 = 128
23 = 8 28 = 256
24 = 16 29 = 512
25 = 32 210 = 1024
tが大きいとき,2t は巨大な数になる
例(茶のみ話?):「280 と曽呂利新左衛門」「バイバイン」,「242 と新聞紙の折り畳み」
8/70
2-1 曽呂利新左衛門への褒美
曽呂利新左衛門
秀吉の時代に,堺に住んでいた刀の鞘師と言われる以下は,後世の作り話と考えられているもの
秀吉が褒美を与えようと言ったとき,新左衛門は
1日目は米を 1粒,2日目は米をその倍の 2粒,3日目は米をその倍の 4粒,4日目は米をその倍の 8粒,というように,81日間下さい.
と言ったという.81日目には,280 粒になる.280 はどのくらい巨大な数だろうか?
9/70
答え
280 = 1208925819614629174706176= 1じょ2089垓 2581京 9614 兆 6291億
7470万 6176≈ 1.2 × 1024 (25桁の数)
注意:「じょ」は「禾」(のぎへん)に「予」
280 の大きさが実感できるだろうか?280 粒はどのくらいの量なのだろう?
10/70
• 米 1粒の重量:約 0.022g(= 2.2 × 10−5kg)
• 米 280 粒の重量:おおよそ(1.2 × 1024) × (2.2 × 10−5) ≈ 2.4 × 1019kg
• 日本では 1人当たり年間約 60kgのお米を消費
• 日本の人口は約 1億 2000万人
• 従って,米 280 粒は,日本の人口のおおよそ
2.4 × 1019
60 × 1.2 × 108≈ 3.3 × 109 = 33億年分
のお米の消費量に等しい(計算間違いをしていなければ)
11/70
1合のお米.約 6,000粒あるらしい
曽呂利新左衛門の話では,お米の量が巨大になることが分かって,別の褒美になったという
12/70
Coffee Break 対数 logを習った人向け� �280 = 12089 · · · 6176 ≈ 1.2 × 1024
だった.ここでは,対数を用いて 280のおおよその大きさ求めてみよう.log10 2 = 0.301 . . .だから,
log10 280 = 80 log10 2
= 80 × 0.301 . . . = 24.08 . . .
よって,280 = 1024.08... はだいたい 10の 24乗� �13/70
2-2 バイバイン
藤子・F・不二雄『ドラえもん』17巻
1個の栗まんじゅうを前にして
のびたこのくりまんじゅう,食べるとうまいけどなくなるだろ食べないとなくならないけど,うまくないだろ
ドラえもん「バイバイン」なんでもふやすくすり!
14/70
ドラえもんの出してくれた薬「バイバイン」を栗まんじゅうに一滴振りかける
=⇒ 5分ごとに栗まんじゅうは倍になる!
つまり,1つの栗まんじゅうは
• 5分後 =⇒ 2つに
• 次の 5分 =⇒ 2つが 4つに
• さらに次の 5分 =⇒ 4つが 8つに
• どんどん増えていく
15/70
この栗まんじゅう,食べるとうまいけど無くなるだろ食べないと無くならないけど,うまくないだろ
5分後には?
16/70
5分後には?
17/70
18/70
嬉しい気もするが
「バイバイン」は恐ろしい薬である
わずか 5 × 80 = 400分(6時間 40分)後=⇒ 280 個の栗まんじゅう
(お米の話で見たように,280 は巨大な数)
コミックでは,増えすぎて困った栗まんじゅうを,ドラえもんがロケットで宇宙空間の彼方へ送る
19/70
2-3 新聞紙を折り畳むと
しつこいですが...242も大きい
7回折り畳んだ新聞紙
新聞紙を折り畳んでいく42回目で(実際には折るのは不可能だが)新聞紙の厚みで月まで届いてしまう計算に
20/70
TVドラマ「やまとなでしこ」(2001年)
欧介:これ[新聞紙]をさぁ,こうやって折り畳むでしょ.もう一度折って,さらに折って,そうやって,42回折り畳むとすごい厚みになって,新聞紙の厚みだけで月まで届いちゃうんです.
若葉:うそー!?
欧介:ほんと.0.1ミリかける 2の 42乗で,約40万キロメートル.
欧介(堤真一)は魚屋で,以前に数学でMITに留学主演の桜子(松嶋菜々子)と Happy Ending
21/70
Coffee Break � �新聞紙の厚みが 0.1mmで42回折り畳めるとする
このとき新聞紙の厚みは
0.1 × 242 = 439804651110.4 mm
≈ 44万 km
地球と月の距離約 38万 kmより大きい� �22/70
2-4 まとめ
• 年利 1 (=100%)の銀行1万円を預ける
◦ 1年後 =⇒ 2万円
◦ t年後 =⇒ 2t 万円
• 2t は tが大きいとき,非常に大きい
• 280 は大きい,242 も大きい
23/70
Part 3 複利計算,および eについて
年利 1 (=100%)の銀行に 1万円を預ける
さらに,1
2年ごとの複利とする
1
2年後
• 元金 1万円
• 利子 1 ×1
2=
1
2万円
• 合計(1 +
1
2
)万円
24/70
1 =2
2年後(つまり,さらに
1
2年たつと)
•1
2年後のお金
(1 +
1
2
)万円
• 利子(1 +
1
2
)×
1
2万円
• 合計(1 +
1
2
)+
(1 +
1
2
)×
1
2=
(1 +
1
2
)2
万円
25/70
まとめ:1
2年ごとの複利の場合
1年後 =⇒(1 +
1
2
)2
= 2.25万円
26/70
年利 1 (=100%)の銀行に 1万円を預ける
今度は,1
3年ごとの複利とする
1
3年後
• 元金 1万円
• 利子 1 ×1
3=
1
3万円
• 合計(1 +
1
3
)万円
27/70
2
3年後(つまり,さらに
1
3年たつと)
•1
3年後のお金
(1 +
1
3
)万円
• 利子(1 +
1
3
)×
1
3万円
• 合計(1 +
1
3
)+
(1 +
1
3
)×
1
3
=
(1 +
1
3
)2
万円
28/70
1 =3
3年後(つまり,さらに
1
3年たつと)
•2
3年後のお金
(1 +
1
3
)2
万円
• 利子(1 +
1
3
)2
×1
3万円
• 合計(1 +
1
3
)2
+
(1 +
1
3
)2
×1
3
=
(1 +
1
3
)3
万円
29/70
まとめ:1
3年ごとの複利の場合
1年後 =⇒(1 +
1
3
)3
= 2.370 . . .万円
30/70
年利 1 (=100%)の銀行に 1万円を預ける
今度は,1
n年ごとの複利とする
n = 2, 3のときと同様に考えて,
1年後=⇒(1 +
1
n
)n
万円
ここで,nを限りなく大きくする= 間隔 1/nを限りなく小さくする= 年利 1 (=100%)を無限小時間の複利で計算
では,(1 +
1
n
)n
万円は nが大きいときどんな数?
31/70
an :=
(1 +
1
n
)n
を小さい nで計算
a1 = 2 a6 = 2.521626372 . . .
a2 = 2.25 a7 = 2.546499697 . . .
a3 = 2.370370370 . . . a8 = 2.565784514 . . .
a4 = 2.441406250 . . . a9 = 2.581174792 . . .
a5 = 2.48832 a10 = 2.593742460 . . .
• a1 < a2 < a3 < a4 < a5 < · · ·
• an < 3 (n = 1, 2, . . .)
32/70
3-1 自然対数の底 e
an :=
(1 +
1
n
)n
小さい nでの実験 =⇒ 次の性質が見て取れた
(1) a1 < a2 < a3 < a4 < a5 < · · ·
(2) an < 3 (n = 1, 2, . . .)
(1), (2)は正しいと証明できる(cf 補足プリント)(1)については,短い時間間隔の複利ほど,1年後には大きな金額になることには納得がいくだろう
33/70
nが限りなく大きくなるときの
an =
(1 +
1
n
)n
の極限の値を eとおく
e = 2.71828182845904523536028747135266
24977572470936999595749669676 . . .
eはどこまでも循環せずに続いていく
eの解釈
年利 1 (=100%)の銀行に 1万円を預ける無限小時間の複利で計算
1年後=⇒ e万円34/70
3-2 t年後には
年利 1の銀行に 1万円を預ける無限小時間の複利で計算
1年後 =⇒ e = 2.71828 . . .万円t年後(tは自然数) =⇒ いくら?
1
n年ごとの複利で計算して,nを限りなく大きくする
1年後 =⇒(1 +
1
n
)n
万円 ; e万円
t年後 =⇒{(
1 +1
n
)n}t
万円 ; et 万円
35/70
3-3 まとめと一般化
• 年利 1 (=100%)の銀行に 1万円を預ける無限小時間の複利
1年後 =⇒ e = 2.71828 . . .万円t年後 =⇒ et 万円(tは自然数)
• 注意:単利のときは(cf Part 1)1年後 =⇒ 2万円,t年後 =⇒ 2t 万円
• 年利 a (aは正の数)の銀行に 1万円を預ける無限小時間の複利
t年後 =⇒ eat 万円 (tは正の数でよい)
36/70
Part 4 複素数
iは 2乗すると−1になる数(i2 = −1)虚数単位とよばれる
複素数(complex number)
z = a + b i
(a, bは実数で iは虚数単位)と表される数
複素数の例: i, 1 + i,√2
37/70
Coffee Break� �2次方程式 x2 + 2x + 2 = 0 の解を求めてみよう
x2 + 2x + 2 = 0
=⇒ (x + 1)2 + 1 = 0
=⇒ (x + 1)2 = −1
=⇒ x + 1 = ±i,
=⇒ x = −1 + i, −1 − i� �38/70
4-1 複素数の演算
複素数の演算 (足し算,引き算,かけ算,割り算)
おおざっぱに言って,普通の式のように計算を進めて i2
が出てきたら−1に置き換えればよい
複素数の足し算,引き算
(a + bi) + (c + di) = (a + c) + (b + d)i
(a + bi) − (c + di) = (a − c) + (b − d)i
例: (2 + 7i) + (−3 + 5i) = −1 + 12i
39/70
複素数のかけ算普通の式のかけ算のようにし i2 = −1を使う
(a + bi)(c + di) = ac + adi + bci + bdi2
= ac + adi + bci + bd(−1)
= (ac − bd) + (ad + bc)i
例:(1+2i)×(3+4i) = 1×3+1×4i+2×3i+2×4i2
= (3 − 8) + (4 + 6)i = −5 + 10i
複素数の割り算についての説明は省略
40/70
Coffee Break 歴史的には� �複素数を使う動機は,カルダノ (1501–1576)の解の公式を用いると,3次方程式 x3 = 15x+ 4の実数解 4が複素数を経由することから出てきたとされる.
iは虚数 (imaginary number)というので,iは想像上の数で,実数 (real number)は本当 (real)の数と連想するかもしれない.しかし,数学においては,虚数や複素数は実数と同じように正当化されている.� �
41/70
� �数学において複素数の使われ方の一端=⇒ 今回の公開講座の西谷先生の「複素数と n次方程式」宮地さんの「複素数で幾何学」にも表れると思う
工学や物理学における複素数=⇒ 例えば,電子回路や量子力学で本質的に使われている� �
42/70
� �虚数と実数の違い負の数と正の数の違いと対比させられるかも−1,−2などの負の数 (negative number)が導入されたとき,当時の人々は負の数を,「negative(否定の)」「false(偽の)」数とよび,正の数 (positive
number)とは同じように見なさなかった.
現在では,負の数は,普通に便利に使われている.例えば,1000円持っていて 1500円使ったら,1000−1500 = −500円になるが,500円の赤字と解釈.� �
43/70
4-3 複素平面
複素数 z = x + yiを下のように平面に描くと便利なときが多い.このときの平面を複素平面という.
次の図は,複素数 i, 1 + 2i, −3 − iが書かれている.
-
6
0 x
iy
sis1 + 2i
s−3 − i
44/70
複素平面において,複素数 z = x + iyを図のように,rと θを用いて表す.
���������
x
yr
θ
sz = x + iy
x = r cos θ, y = r sin θ だから,
z = r cos θ + ir sin θ
と書ける.この表示を複素数 zの極座標表示という.rを複素数 zの絶対値,θを複素数 zの偏角という.
45/70
Coffee Break z = 1 + iの極座標表示� �
���
��s1 + i
1
1
r
θ
r =√2, θ =
π
4(ラジアン)だから
z = 1 + i =√2 cos
π
4+ i
√2 sin
π
4� �46/70
4-4 複素数のかけ算の幾何学的意味
z1, z2 を複素数として,
z1 = r1 cos θ1 + ir1 sin θ1
z2 = r2 cos θ2 + ir2 sin θ2
と極座標表示する.
かけ算 z1z2 はどんな複素数?z1z2 の極座標表示は何?
47/70
計算する(最後の等式には,三角関数の加法定理を使う)
z1z2 = (r1 cos θ1 + ir1 sin θ1)(r2 cos θ2 + ir2 sin θ2)
= r1r2(cos θ1 cos θ2 − sin θ1 sin θ2)
+ ir1r2(sin θ1 cos θ2 + cos θ1 sin θ2)
= r1r2 cos(θ1 + θ2) + ir1r2 sin(θ1 + θ2)
z1z2 の絶対値は r1r2,偏角は θ1 + θ2:「z1z2 の絶対値」=「z1 の絶対値」×「z2 の絶対値」「z1z2 の偏角」=「z1 の偏角」+ 「z2 の偏角」
48/70
絶対値 1で偏角 θの複素数を 2回かけると,絶対値は 1 × 1 = 1で偏角 θ + θ = 2θの複素数になる:
(cos θ + i sin θ)2 = cos(2θ) + i sin(2θ).
より一般に,nを自然数とするとき,
(cos θ + i sin θ)n = cos(nθ) + i sin(nθ)
が成り立つ.この式は de Moivreの公式とよばれる.
49/70
4-5 まとめ
• 虚数単位 iは i2 = −1となる数
• z = x + yi(x, yは実数)を複素数という.複素数を平面(複素平面という)に描くことが多い.
• 複素数 zは,z = r cos θ + ir sin θ(極座標表示)と表せる.rを zの絶対値,θを zの偏角という.
• 複素数のかけ算を幾何的に捉えると(cos θ + i sin θ)n = cos(nθ) + i sin(nθ)
de Moivreの公式
50/70
Part 5 eiπ = −1
eiπ を考えたいのだが,eの iπ乗という虚数乗はどう考えたらよいだろうか?
Part 2 によれば,年利 a(aは正の数)の銀行に無限小時間の複利で 1万円を預ける
t年後 =⇒ eat 万円
では,年利が i(iは虚数単位)の銀行があったらどうだろう? その銀行に,無限小時間の複利で 1万円を預けると,t年後には eit 万円になると考えてもよい(定めてもよい)だろう
51/70
すると,オイラーの等式 eiπ = −1は,
年利が虚数単位 iの銀行に無限小時間の複利で 1
万円を預けると,π年後には (−1)万円になる
ということをいっている.
以下,このことを説明したい.説明の手順:年利 iの銀行に 1万円を預ける
• 複利でない場合の 1年後には?
• 無限小時間の複利の場合の 1年後には?
• 無限小時間の複利の場合の t年後には?
52/70
5-1 1年後には
年利 iの銀行に 1万円を預ける無限小時間の複利とする
1年後 =⇒ ei 万円となる(と定める)
問題:ei はどのような複素数?
結論を先に述べると,
ei = cos 1 + i sin 1
が成り立つ.
53/70
複利でない場合
年利 iの銀行に 1万円を預ける
��
����
1年後1 + i万円
1万円
1年後
• 元金 1万円
• 利子 1 × i = i万円
• 合計 1 + i万円
まとめ:複利でない場合1年後 =⇒ 1 + i万円
54/70
1
2年ごとの複利の場合
年利 iの銀行に 1万円を預ける1
2年後
• 元金 1万円
• 利子 1 ×i
2=
i
2万円
• 合計 1 +i
2万円
55/70
1 =2
2年後(つまり,さらに
1
2年たつと)
•1
2年後のお金
(1 +
i
2
)万円
• 利子(1 +
i
2
)×
i
2万円
• 合計(1 +
i
2
)+
(1 +
i
2
)×
i
2
=
(1 +
i
2
)2
万円
56/70
まとめ:1
2年ごとの複利の場合
1年後 =⇒(1 +
i
2
)2
万円
������
������
1万円
1
2年後:
(1 +
i
2
)万円
1年後:(1 +
i
2
)2
万円
1万円
57/70
Coffee Break 嬉しい?� �年利 iの銀行に 1万円を預けるそのまま(単利)だと,1年後 =⇒ 1 + i万円元金の 1万円に i万円がつき,何か嬉しい(?).1
2年ごとの複利で計算すると
1年後 =⇒(1 +
i
2
)2
=3
4+ i万円
元金の 1万円が,3/4万円(= 7500円)に減っている一方で i万円がついている.これは嬉しい?? � �
58/70
1
n年ごとの複利の場合
1年後 =⇒(1 +
i
n
)n
万円
ここで,nを限りなく大きくする(1 +
i
n
)n
; ei(と定めた)
以下で,予告したように,
ei = cos 1 + i sin 1
が成り立つことをみよう59/70
まず,1 + i1
nを複素平面に描く.nが大きいとき,
1 + i1
nは cos
1
n+ i sin
1
nに非常に近い.
�������������
1
1
n1
n
s1 + i
1
n
s
""""
""""
""""
cos1
n+ i sin
1
n
1
図は正確でない
三角形の高さはずっと小さい
青丸の点は赤丸の点
より下が正しい
60/70
複素数 cos1
n+ i sin
1
nについて
絶対値が 1, 偏角が1
n(radian)
複素数のかけ算の幾何学的な意味(de Moivre の公式)より(
cos1
n+ i sin
1
n
)n
= cos
(1
n× n
)+ i sin
(1
n× n
)= cos 1 + i sin 1
になる
61/70
nが大きいとき,
1 + i1
nは cos
1
n+ i sin
1
nに非常に近い
=⇒(1 + i
1
n
)n
は(cos
1
n+ i sin
1
n
)n
= cos 1 + i sin 1 に
近い
誤差をきちんと評価すると,nを大きくしていったと
き,(1 +
i
n
)n
は cos 1 + i sin 1にいくらでも近づく
ことが分かる(補足プリント参照).よって
ei = cos 1 + i sin 1
62/70
5-2 t年後には
年利 iの銀行に 1万円を預ける無限小時間の複利
t年後(tは自然数)=⇒ eit 万円eit はどのような複素数?
1年後のときと同じように考える1
n年ごとの複利で計算して,nを限りなく大きくする
t年後 =⇒(1 +
i
n
)nt
万円 ; eit万円(と定める)
63/70
(1 +
i
n
)nt
について nが大きいとき,
複素平面上で 1 + i1
nは cos
1
n+ i sin
1
nに非常に近い
一方,複素数のかけ算の幾何学的な意味より
(cos
1
n+ i sin
1
n
)nt
= cos
(1
n× nt
)+ i sin
(1
n× nt
)= cos t + i sin t.
64/70
nが大きいとき,
1 +i
nは cos
1
n+ i sin
1
nに非常に近い
=⇒(1 +
i
n
)nt
は(cos
1
n+ i sin
1
n
)nt
= cos t + i sin t に近い
nを限りなく大きくして
eit = cos t + i sin t
65/70
5-3 π年後には
tが自然数のとき
eit = cos t + i sin t
が成り立つことを説明した
この式は,実は,tが自然数でなくて実数でもよい(正当化できる)ことが知られている
そこで,t = πとおくと,
eiπ = cosπ + i sinπ = −1
となる.これがオイラーの等式に他ならない
66/70
5-4 まとめ
年利が iの銀行に,無限小時間の複利で 1万円を預ける
• t年後 (tは実数)
=⇒ eit = cos t + i sin t万円
• 特に,π年後(3年と 1 ∼ 2ヶ月後)
=⇒eπi = −1 万円(オイラーの等式)1万円の借金になってしまう
• しかし,慌てないで 2π年になるまで待つ=⇒ e2πi = cos(2π) + i sin(2π) = 1
元の 1万円に戻る(増えないが,損もしない!)
67/70
大学の数学では この公開講座では
• e = 2.71828...は,(1 +
1
n
)n
で nを限りなく大
きくしたときの値として定めた
• 年利 iの銀行に無限小時間の複利で 1万円を預ける
t年後 (tは自然数) =⇒ eit = cos t + i sin t万円
を説明した.しかし,tに πという実数を代入できることが正当化されることは認めた
• 「nを限りなく大きくしたときの値」や「tに実数を代入する」は,実数の連続性という実数の性質を用いている.実数の連続性は大学の数学で習う
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よく知っている向け この公開講座では
• e := limn→∞
(1 +
1
n
)n
として定義
• eit := limn→∞
(1 +
i
n
)nt
として定義(tは自然数)
• 複素平面上の複素数のかけ算の幾何学的な意味=⇒ lim
n→∞
(1 +
i
n
)nt
= cos t + i sin t
つまり eit = cos t + i sin t を示した(tは自然数)
• 上の式に t = πを代入(実数 tの代入を認める)=⇒ オイラーの等式 eiπ = −1を得た
69/70
Leonhard Euler (1707–1783)
MacTutor History of Mathematics archive より
www-history.mcs.st-andrews.ac.uk/history/
70/70
補足プリント
1. eについて
年利 1(= 100%) の銀行があって,1 万円を預けたとしよう.1n 年ごとの複利で計算できるとすると,1 年後
には(1 + 1
n
)n万円になるのだった.
an =(
1 +1n
)n
とおく.このとき次が成り立つ.
命題 1.1. (1) a1 < a2 < a3 < · · ·(2) an < 3 (n = 1, 2, . . .)
証明: 以下で,証明の概略を述べたい.興味のある人は読んでほしい.
二項展開を用いると,
an =(
1 +1n
)n
(∗)
= 1 + nC11n
+ nC21n2
+ · · · + nCn1nn
= 1 + n1n
+n(n − 1)
21n2
+ · · · + n(n − 1) · · · 1n!
1nn
= 1 + 1 +12!
(1 − 1
n
)+ · · · + 1
n!
(1 − 1
n
)(1 − 2
n
)· · ·
(1 − n − 1
n
)が成り立つ.
(∗)から, an < an+1 であることが導かれる.実際,an < an+1 を示すには,(∗)より
(†) 1 + 1 +12!
(1 − 1
n
)+ · · · + 1
n!
(1 − 1
n
)(1 − 2
n
)· · ·
(1 − n − 1
n
)< 1 + 1 +
12!
(1 − 1
n + 1
)+ · · · + 1
n!
(1 − 1
n + 1
)(1 − 2
n + 1
)· · ·
(1 − n − 1
n + 1
)+
1(n + 1)!
(1 − 1
n + 1
) (1 − 2
n + 1
)· · ·
(1 − n − 1
n + 1
)(1 − n
n + 1
)を示せばよい.
(例えば,a2 < a3 を示すには,
1 + 1 +12!
(1 − 1
2
)< 1 + 1 +
12!
(1 − 1
3
)+
13!
(1 − 1
3
)(1 − 2
3
)を示せばよい.)
ところで,k = 1, 2, · · · , n − 1のとき,
1k!
(1 − 1
n
)(1 − 2
n
)· · ·
(1 − k
n
)<
1k!
(1 − 1
n + 1
)(1 − 2
n + 1
)· · ·
(1 − k
n + 1
)が成り立つ.このことから (†)が成り立つことが分かる.従って (1)が成り立つ.
(2)を示すために,まず,k = 1, 2, · · · , n − 1のとき,
1k!
(1 − 1
n
)(1 − 2
n
)· · ·
(1 − k
n
)<
1k!
が成り立つことに注意する.
2008 年 8 月 21 日
1
2
従って,(∗)より
(‡) an =(
1 +1n
)n
5 1 + 1 +12!
+13!
+ · · · + 1n!
である.さらに n = 2のとき,
n! = n · (n − 1) · · · 2 · 1 = 2n−1
が成り立つ.よって,
(§) 1 + 1 +12!
+13!
+ · · · + 1n!
5 1 + 1 +12
+122
+ · · · + 12n−1
= 3 − 12n−1
< 3
を得る.(‡), (§)より, an < 3となって (2)が成り立つ.
補足 1.2. 実数の性質(大学で習う内容)から,上に有界な単調増加数列は収束する.(1), (2)から数列 {an}は上に有界な単調増加数列であるから, {an}は収束する. この極限を e で表わす. e = 2.71828182845904523536 . . .
である.
2. 「72の法則」
自然対数 logや log xの微分を知っている人に練習問題を出したい.
練習問題 2.1. 年利 1(= 100%) のとき,元金は 1年後に 2倍になるのだった.では年利 a%のとき,元金は何
年後に 2倍になるだろうか.ただし,1年ごとの複利で計算することにする.
年利 a%のとき,t年後には(1 +
a
100
)t
倍になる.従って,元金が 2倍になるのは,(1 +
a
100
)t
= 2を解
いて
T =log 2
log(1 + a
100
)年後である.
一方,元金が 2倍になる年数を求める簡便法に「72の法則」∗と呼ばれるものがあり,それによれば,おお
よそ
S =72a
年後に元金が 2倍になる.(例えば,年利 1%だとおおよそ 72/1 = 72年後に,年利 6%だとおおよそ 72/6 = 12年後に 2倍になるといっている.)そこで,値 T と「72の法則」で求められた値 S がどのくらい違うかを考え
よう.
(a) x = 0 のとき,
x − x2
25 log(1 + x) 5 x
を示せ.
(b)0.72log 2
(1 − a
200
)<
S
T<
0.72log 2
を示せ.これから,0 < a 5 10のとき,
0.98 <S
T< 1.04
を示せ.必要なら,0.693 < log 2 < 0.694 を用いよ.
∗人によっては「70 の法則」といって 72 のかわりに 70 を使う.どちらを使っても値はそれほど変らない.72 を使うのは割り算がしやすいからだと思われる.
3
3. ei について
以下では,
limn→∞
(1 +
i
n
)n
= cos 1 + i sin 1
が成り立つことを証明する.公開講座では,上の式の左辺を eiと定めたので,上の式は ei = cos 1 + i sin 1を意味している.
まず,次の補題を示す.
補題 3.1. (1) x = 0 のとき,1 − x2
2 5 cos x 5 1が成り立つ.(2) x = 0 のとき,x − x3
6 5 sinx 5 xが成り立つ.
証明: まず,x = 0のときに,sinx 5 xを示す.実際,(x − sinx)′ = 1 − cos x = 0だから,x − sin xは
単調増加関数である.x = 0のときに 0だから,x = 0のとき,x − sinx = 0が成り立つ.(1) cos x 5 1 はよいので,x = 0 のとき 1 − x2
2 5 cos x であることを示す.f(x) = cos x − 1 + x2
2 とおく
と,上に述べたことから,f ′(x) = − sin x + x = 0. よって f(x)は x = 0で単調増加関数となる.f(0) = 0だから,x = 0で f(x) = 0が成り立つ.
(2) sinx 5 xは示したので,x− x3
6 5 sin xを示せば十分.g(x) = sin x− x + x3
6 とおけば,(1)より x = 0において g′(x) = cos x − 1 + x2
2 = 0.よって,g(x)は x = 0において単調増加関数となる.g(0) = 0だから,x = 0で g(x) = 0が成り立つ.
記号を簡単にするために,
z = 1 +i
n, w = cos
1n
+ i sin1n
とおく.このとき,次の補題が成り立つ.
©©©©©©©©©©©©©©©©©©
1
1n
1n
sz = 1 + in
s
""
"""
""""
""""
""""
w = cos 1n + i sin 1
n
1
Figure 1. zと wの複素平面での位置関係. 1n が小さいときを考えたいので,あまり正確な
図ではない.(wの高さは zの高さより低いのが正しい.)
補題 3.2. (1) |z − w| 5√
14n4 + 1
36n6 5√
106
1n2
(2) |zn − wn| 5√
106
1n2 · n
(√1 + 1
n2
)n−1
5√
106
1n
(1 + 1
n
)n 5√
102
1n
証明: (1) 補題 3.1(1)(2)を用いると,
|z − w| =∣∣∣∣(1 − cos
1n
)+ i
(1n− sin
1n
)∣∣∣∣ =
√(1 − cos
1n
)2
+(
1n− sin
1n
)2
5√
14n4
+1
36n6=
√9 + 1
n2
61n2
5√
106
1n2
.
(2) |z| =√
1 + 1n2 , |w| = 1だから,max{|z| , |w|} =
√1 + 1
n2 である.zn −wn = (z −w)(zn−1 + zn−2w +· · · + wn−1) の絶対値をとって,
|zn − wn| = |z − w|∣∣zn−1 + zn−2w + · · · + wn−1
∣∣
4
を得る.この右辺を評価しよう.|z − w|の評価は (1)でしたので,∣∣zn−1 + zn−2w + · · · + wn−1
∣∣の評価をする.まず, ∣∣zn−1 + zn−2w + · · · + wn−1
∣∣ 5∣∣zn−1
∣∣ +∣∣zn−2w
∣∣ + · · · +∣∣wn−1
∣∣5 n max{|z| , |w|}n−1 = n
(√1 +
1n2
)n−1
である.さらに,(おおざっぱに評価をするが)(√1 +
1n2
)n−1
=(
1 +1n2
)n−12
5(
1 +1n
)n
< 3
が成り立つ.ここで最後の不等式に,命題 1.1(2)を用いた.以上の評価と (1)を用いると,
|zn − wn| = |z − w|∣∣zn−1 + zn−2w + · · · + wn−1
∣∣5
√106
1n2
· n
(√1 +
1n2
)n−1
5√
102
1n
を得る.
補足 3.3. スライドでは,nが大きいとき,z は w に非常に近く,zn は wn = cos 1 + i sin 1に近いと述べたが,その正確な意味は,nが大きいとき,zと wの距離は 1
n2 のオーダーでおさえられ(補題 3.2(1)),zn と
wn = cos 1 + i sin 1の距離は 1n のオーダーでおさえられる(補題 3.2(2))ということである.
定理 3.4.
limn→∞
(1 +
i
n
)n
= cos 1 + i sin 1.
証明: 複素数のかけ算の幾何学的な意味を考えると,
wn =(
cos1n
+ i sin1n
)n
= cos(
1n× n
)+ i sin
(1n× n
)= cos 1 + i sin 1
である(de Moivreの公式).従って,補題 3.2(2)は,
|zn − (cos 1 + i sin 1)| 5√
102
1n
と書き換えられる.n → ∞として,示したい式を得る.
4. eが無理数であること
ここでは,eが無理数であることを示す.まず,次の等式を証明する.
命題 4.1. e = 1 +∞∑
k=1
1k!
証明: まず,§1の (*)より,(1 +
1n
)n
= 1 + 1 +12!
(1 − 1
n
)+ · · · + 1
n!
(1 − 1
n
)(1 − 2
n
)· · ·
(1 − n − 1
n
)5 1 + 1 +
12!
+ · · · + 1n!
5 1 +∞∑
k=1
1k!
が成り立つ.従って,n → ∞として,
e 5 1 +∞∑
k=1
1k!
5
を得る.一方,n = mとするとき,§1の (*)より,(1 +
1n
)n
= 1 + 1 +12!
(1 − 1
n
)+ · · · + 1
m!
(1 − 1
n
)(1 − 2
n
)· · ·
(1 − m − 1
n
)+ · · · + 1
n!
(1 − 1
n
)(1 − 2
n
)· · ·
(1 − n − 1
n
)= 1 + 1 +
12!
(1 − 1
n
)+ · · · + 1
m!
(1 − 1
n
)(1 − 2
n
)· · ·
(1 − m − 1
n
)である.mを固定して,n → ∞とすると,
e = 1 + 1 +12!
+ · · · + 1m!
= 1 +m∑
k=1
1k!
を得る.上の不等式は任意の自然数mで成り立つので,m → ∞として,
e = 1 +∞∑
k=1
1k!
が成り立つ.従って,e = 1 +∞∑
k=1
1k!である.
定理 4.2. eは無理数である.
証明: 背理法で証明する.
e =a
b(a, bは自然数)
と表せたと仮定する.e = 2.7 . . .だから,b = 2である.命題 4.1より,
e − 1 −b∑
k=1
1k!
=∞∑
k=b+1
1k!
が成り立つ.両辺を b!倍すると,a(b!)
b− b! −
b∑k=1
b!k!
=∞∑
k=b+1
b!k!
となる.ここで,a(b!)b = a((b − 1)!)は自然数で,1 5 k 5 bのとき b!
k! = b(b − 1) · · · (b − k + 1)も自然数だから,上式の左辺は自然数である.よって,右辺も自然数でなくてはならない.
しかし,k = b + 1のとき,b + 1 > 2であるから,b!k!
=1
(b + 1)(b + 2) · · · k<
12k−b
である.よって,
0 <
∞∑k=b+1
b!k!
<
∞∑k=b+1
12k−b
=∞∑
i=1
12i
= 1
となって,∞∑
k=b+1
b!k!は自然数ではありえない(0より大きく 1より小さい自然数は存在しない).矛盾が起こっ
たので,背理法より eは無理数である.