パリにおける映画館の建築計画的特徴とその歴史的 …...1.はじめに...

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1. はじめに 1-1. 研究の背景と目的 映画は 1895 年にリュミエール兄弟によって、パリ で初めて公開された後、全世界に広まった。映画館誕 生から現在までの約 120 年の間に、映画技術の発展 や産業の多様化などの社会的要因の影響を受けなが ら、映画館の姿は度々変化してきた。そして近年では、 郊外型ショッピングモールに併設する大型の映画館、 シネマコンプレックスが増加している。 パリでもその傾向は少なからず見られるものの、 2013 年 8 月時点で、それぞれの時代の様々な性格や 空間的特徴をもつ 84 館の映画館が運営している。そ れらの中にはこれまで幾度かの改装を繰り返したもの もあり、各時代の変化に対応してきた。パリにおける 映画館空間の変化は、各時代での映画館に対する人々 のニーズを表すものであり、同時に現在の空間の多様 性を生み出す要因にもなったのではないか。 そこで本研究では、パリにおける映画館の現在の空 間的特徴をダイアグラム図を基に分類した後、それら の歴史的変遷を追うことで、発祥から現在までに辿っ た経緯、現況との関係、また都市的配置に与えている 影響を明らかにすることを目的とする。 1-2. 研究方法 2012 年 9 月から 2013 年 8 月にかけて、84 館の 現地調査を行い、避難経路図による平面図の確認、お よび外観、内観、運営状況の特徴を写真やニュースレ ター等により収集した。加えて、文献や関係機関報告 書、各映画館のホームページによる追加調査を行った。 2. パリの映画館における歴史的概要 映画館は 19 世紀末にフランスで誕生した。今なお 営業を続けている大手興行会社のゴーモン社、パテ社 もその頃誕生している。1910 年には 6000 席の観客 席を持つ巨大な映画館、ゴーモンパレスが誕生した。 20 年代から 30 年代にかけては、シュルレアリスト たちの溜り場となるアヴァンギャルド映画館も出現。 1936 年には、シネ・クラブ活動 a) で有名なラングロ ワ氏が現在のシネマテーク b) の基となるフィルム・ラ イブラリーを始め、これによりナチス占領下のフィル ムの消失を免れた。戦後はフランス映画館連盟 c) 、国 立映画センター d) が設立され、戦争により荒廃した映 画産業の復興を目的に早々に活動を開始する。1955 年には商業映画館に対抗するフランス芸術・実験映画 館組合 e) が結成され、後に文化省により公式化される。 60 年代後半からはコンプレックス化が大々的に進行 し、80 年代にはテレビ業界の攻勢による映画館離れ の対策として、イベントや入場料金の自由化が行われ た。80 年代後半からは、大手興行会社による大規模 なコンプレックス館「マルチプレックス」の誕生や、 無制限パス f) の導入などが映画界に衝撃を与えたが、 上記団体の助成制度や、熱狂的な映画愛好家の存在も あり、多くの独立館が今なお運営を続けている。 3. 建築空間の歴史的変遷 3-1. 空間構成ダイアグラム図による分類 パリにある 84 館の空間構成に関して、各館の平面 図を基にダイアグラム図を作成し、同類の構成をして いるものを大きくAからE の5つに分類した(図2)。 パリにおける映画館の建築計画的特徴とその歴史的変遷に関する考察 —スクリーン数の変化とその配置計画、設立状況に着目して— 梅崎 真理子 25 - 1 図1:パリの映画における歴史的概要 (1),(2),(6),(7) ・オペラ、グランブールバール ・モンマルトル ・シャンゼリゼ ・ゴブリン ・パゴド ・カルチェラタン ・モンパルナス ・レ・アル再開発 ・ベルシー再開発 ・ラヴィレット運河再開発 再開発地区マルチプレックス時代 急激なコンプレックス化 商業映画館 VS 非商業映画館 映画館多様化へ 映画館黎明期

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Page 1: パリにおける映画館の建築計画的特徴とその歴史的 …...1.はじめに 1-1.研究の背景と目的 映画は1895年にリュミエール兄弟によって、パリ

1. はじめに1-1. 研究の背景と目的 映画は 1895 年にリュミエール兄弟によって、パリ

で初めて公開された後、全世界に広まった。映画館誕

生から現在までの約 120 年の間に、映画技術の発展

や産業の多様化などの社会的要因の影響を受けなが

ら、映画館の姿は度々変化してきた。そして近年では、

郊外型ショッピングモールに併設する大型の映画館、

シネマコンプレックスが増加している。

 パリでもその傾向は少なからず見られるものの、

2013 年 8 月時点で、それぞれの時代の様々な性格や

空間的特徴をもつ 84 館の映画館が運営している。そ

れらの中にはこれまで幾度かの改装を繰り返したもの

もあり、各時代の変化に対応してきた。パリにおける

映画館空間の変化は、各時代での映画館に対する人々

のニーズを表すものであり、同時に現在の空間の多様

性を生み出す要因にもなったのではないか。

 そこで本研究では、パリにおける映画館の現在の空

間的特徴をダイアグラム図を基に分類した後、それら

の歴史的変遷を追うことで、発祥から現在までに辿っ

た経緯、現況との関係、また都市的配置に与えている

影響を明らかにすることを目的とする。

1-2. 研究方法 2012 年 9 月から 2013 年 8 月にかけて、84 館の

現地調査を行い、避難経路図による平面図の確認、お

よび外観、内観、運営状況の特徴を写真やニュースレ

ター等により収集した。加えて、文献や関係機関報告

書、各映画館のホームページによる追加調査を行った。

2. パリの映画館における歴史的概要 映画館は 19 世紀末にフランスで誕生した。今なお

営業を続けている大手興行会社のゴーモン社、パテ社

もその頃誕生している。1910 年には 6000 席の観客

席を持つ巨大な映画館、ゴーモンパレスが誕生した。

20 年代から 30 年代にかけては、シュルレアリスト

たちの溜り場となるアヴァンギャルド映画館も出現。

1936 年には、シネ・クラブ活動 a) で有名なラングロ

ワ氏が現在のシネマテーク b) の基となるフィルム・ラ

イブラリーを始め、これによりナチス占領下のフィル

ムの消失を免れた。戦後はフランス映画館連盟 c)、国

立映画センター d) が設立され、戦争により荒廃した映

画産業の復興を目的に早々に活動を開始する。1955

年には商業映画館に対抗するフランス芸術・実験映画

館組合 e) が結成され、後に文化省により公式化される。

60 年代後半からはコンプレックス化が大々的に進行

し、80 年代にはテレビ業界の攻勢による映画館離れ

の対策として、イベントや入場料金の自由化が行われ

た。80 年代後半からは、大手興行会社による大規模

なコンプレックス館「マルチプレックス」の誕生や、

無制限パス f) の導入などが映画界に衝撃を与えたが、

上記団体の助成制度や、熱狂的な映画愛好家の存在も

あり、多くの独立館が今なお運営を続けている。

3. 建築空間の歴史的変遷3-1. 空間構成ダイアグラム図による分類 パリにある 84 館の空間構成に関して、各館の平面

図を基にダイアグラム図を作成し、同類の構成をして

いるものを大きく A から E の5つに分類した(図2)。

パリにおける映画館の建築計画的特徴とその歴史的変遷に関する考察

—スクリーン数の変化とその配置計画、設立状況に着目して—

梅崎 真理子

25 - 1

図1:パリの映画における歴史的概要 (1),(2),(6),(7)

・コンプレックス化急激に進行

・国立映画センター設立

・シネクラブ活動全盛期

・非商業主義映画館の増加

・ピクチュアパレスの登場

・シネマトグラフの発明

・映画初公開

・大手興行会社設立

・巨大スクリーン上映(パリ万博)

・トーキー発明

・アヴァンギャルド映画館流行

・シネマテークの設立

・フランス映画館連盟設立

・芸術・実験映画館組合発足

・カルチェラタンに芸術館増加

・パリ初のコンプレックス誕生

・ポルノ映画の解禁

・大手興行会社設立

・映画館併設ショッピングモール

・映画館離れ深刻化

・各種キャンペーン始動

・入場料金自由化

・アメリカ映画の制限

・マルチプレックス館の登場

・無制限パスの登場

・大手興行会社二社合併

・オペラ、グランブールバール・モンマルトル

・シャンゼリゼ ・ゴブリン・パゴド・カルチェラタン

・モンパルナス・レ・アル再開発【

地区】

・ベルシー再開発・ラヴィレット運河再開発

再開発地区マルチプレックス時代急激なコンプレックス化商業映画館 VS 非商業映画館映画館多様化へ映画館黎明期

Page 2: パリにおける映画館の建築計画的特徴とその歴史的 …...1.はじめに 1-1.研究の背景と目的 映画は1895年にリュミエール兄弟によって、パリ

映画館の部屋(以下、サル)が1

つである A、2、3サルである B、

4 サル以上かつ動線が複雑である

C、複数階に跨がる巨大なサルが

ある D、4 サル以上かつ動線が単

純である E の5つである。また

パリの 84 館における各分類型の割合を図3に示す。

3-2. 空間構成にみる映画館建築の変遷 

 分類型毎の各映画館の建築的変化の歴史的記述 g) を

現在の平面図と照会しながら整理すると、映画館が現

在の分類に至るまでの過程は、図 4 のようになると

考えられる。この過程を各分類型毎に辿っていく。

3-2.1. A:単館型

  A は、1890 年代に誕生した小規模単館の形を引き

継いでいる。過去に設備や内装の改修は行われている

ものの、サルの増設はされていない。

3-2.2. B:狭小分割型

 B は3サル以下の小規模の映画館である。B には、

小規模単館が分割や地下掘削によってサルを増設した

B-1、開館時から3サルあり、コンプレックスの発祥

とされた B-0、中規模単館が分割し、サルを増設した

B-2 の3種類が確認できた。

3-2.3. C:街区内コンプレックス型

 C は4サル以上の中規模から大規模な映画館であ

る。C には、中規模単館が分割後、隣地獲得などによ

る更なるサル増築を行った C-1、開館時から 4 サル以

上をもつ C-0、大規模単館が分割され、更にサルを増

設した C-2 の3種類が確認できた。

3-2.4. D:巨大サル中心型

 D は 1910 年に誕

生したピクチュアパ

レス形式をもつ巨大

映画館が、その巨大

サルを残したまま、

1970 年以降に地下

拡 張 に よ り コ ン プ

レックス化した。

3-2.5. E:マルチプレックス型

 E は、1986 年に登場し、以後パリで新設される映

画館のほとんどがこの型になっている。

 以上より、規模の異なる3種類の単館が 1960 年代

後半から起きた大々的なコンプレックス化において、

パリという中層密集都市の中で分割や隣地拡張をした

ことで空間構成が変化し、現在に至ることがわかった。

3-3. パリにおける映画館数の変遷

 戦後から約 10 年毎のパリにおける映画館数とサル

数の変遷を表1にまとめる。1965 年の値までは単館

経営であり、1975 年の値からはコンプレックス化の

25 - 2

-1

-2-0

-1

-2-0

~300

300~500

500~

誕生(他用途の転用)

(1896) (1920-30s)

誕生(他用途の転用)(1966)

誕生(1972)

地下拡張

隣地拡張

大手傘下

二次分割(1969~1994)(1968~)

分割

分割、地下や隣地拡張

(1973~)

モンパルナスに増加

(1972~1992)

(1980s)

一次分割

(1970s)

誕生

(1986)

改装

(1990s)

誕生(他用途の転用) 

(1900s)

誕生

(1910)

【凡例】人数

入口

ホール

カフェ

サル

出口

アヴァンギャルド映画館の隆盛

(1910-30s)

ピクチュアパレスの繁栄

(1996~)

再開発地区に新設

(1960-70s)

(1970s)シャンゼリゼに増加

(1930s)オペラに増加(1910-20s)

カルチェラタンの芸術系映画館の増殖

(1940s)

シネクラブ活動

建築の変化 その他出来事 変化形態グループ

↑ここから↑コンプレックス化↑の急激な進行

図 4. 建築空間構成の変遷

1946年

195519651975

1985199520052012

映画館数 サル数 平均サル数

342347300

342 1111.46

347300

270 396

年 映画館数 サル数 平均サル数

2059789

507 2.473.534.304.37

342383

85 372

表1:パリの映画館数の変遷 (3)

図 5:Gaumont Marignan 第一次分割 (2)

入口

出口

ホール

カフェ

サル

A B C D E

1サルの単館形式 2、3サルの小規模館 4サル以上・複雑な動線 巨大なサルが中心 4サル以上・単純な動線

図2. 建築空間構成ダイアグラム図による分類

図 3:分類型の割合

Page 3: パリにおける映画館の建築計画的特徴とその歴史的 …...1.はじめに 1-1.研究の背景と目的 映画は1895年にリュミエール兄弟によって、パリ

25 - 3

導入が窺える。映画館は 1955 年以後減少しているが、

サル数は単館期と比べやや増加している。これより映

画館が減少する中、コンプレックス化の影響から、一

館あたりのサル数は増え続けていることがわかる。

3-4. 小結 1960 年代後半より起きたコンプレックス化が映画

館の空間構成が現在に至るまでの過程における大きな

転機であり、巨大サルの分割や隣地拡張によって現在

の複雑な映画館空間が現れたことが明らかになった。

4. 映画館の現況4-1. 運営組織と分類型との関係 パリで営業する映画館の運営組織の内訳は、大手興

行会社が 38 館、中小興行館が 46 館である。これを

分類型別にみると、C,E の多くを大手興行会社が運営

し、A,B,D の多くが中小興行館の経営というその偏り

が強いことがわかる。これは、大手の傘下に入った後

に、更なるコンプレックス化のための増設が行われ、

C 化した映画館が多くあるためだと推測される。

4-2. それぞれの分類型の特徴 

 A の外観は、館名と小さなポスターのみのシンプ

ルな場合が多く、レパートリー形式 h) の上映のスケ

ジュールが配布されている。また、多くの前面道路は

一般道(rue)のため、交通量は少なく静かな印象が

ある。サルは一つだが、内部にカフェなどを併設する

場合が多く、サル自体の装飾も豊かである。

 B の外観の多くには特集のポスターが貼られてお

り、上映前に出来る列には個人客の姿が多い。ホール

空間を持たない映画館が復数例みられた。内装の装飾

は映画館毎に異なった個性を持っている。

 C の外壁には新作の巨大看板が掲げられ、屋外に出

来る入場列には若者やグループ客の姿が多くみられ

た。内部空間の動線は複雑であり、サルの中には鉄骨

フレームの屋根組がされているものが複数例みられ

た。立地場所として、街区内の建物を部分的に利用し

ているものと、全体を利用しているものの二つがみら

れたが、いずれも大通りに面している場合が多い。

 D では、外観、サル内部共にアールデコ調の装飾が

特徴的であり、複数階のバルコニー席をもつ巨大サル

がある。パリ市の歴史的モニュメントに指定されてい

る場合が多く、コンサートなどにも利用されている。

 E は独立したショッピングモール内や、再開発地区

にマルチプレックスとして新たに建設されている。自

動チケット発行機が並び、待ち合いスペースにはカ

フェやレストラン、書店が併設されている。規則的に

サルが並んでおり、広々とした印象がある。

4-3. 小結 分類型と現在の運営組織には大きな関係があり、そ

れにより特徴にも違いが見られることがわかった。

5. 映画館の配置表3:現在の映画館の特徴

・装飾的な外観 ・自動チケット発行機の列・大きな新作看板・外に並ぶ人々(若者やグループ)・外に並ぶ人々(個人客)

・特集看板・古いフォントの看板・小さなポスター:スケジュール・内部にカフェやギャラリーなど・装飾的な内装のサル

・しばしばホール空間がない・レトロな内装のホール

・動線が複雑なホール空間・しばしば鉄骨フレーム天井のサル

・凝った装飾の巨大サル・映画館以外の利用・歴史的モニュメント認定

・書店やカフェの併設・整然と並んで配置されたサル

・モダンな建物

通り

建物

中庭

映画館

【街区内】【建物の低層部分を利用】 通り

建物

中庭

映画館

【街区内】【1つの建物を利用】

通り

建物映画館

通り

モール映

【街区外】

【ショッピング モール併設】【独立した建物】

(11 館) (32 館) (28 館) (4館) (9館)

④④

⑦⑦

⑭⑮

①①

Studio des Ursulines の外観

Studio 28 のカフェ

Studio 28 のサル

Le Champo の外観

Gaumont Gobelins の外観 Grand Rex の外観

Le Louxor の外観MK2 Odéon のホール

UGC Gobelins のサル Grand Rex のサル

UGC Ciné Cité Les Halles のホール

MK2 Bibliothéque の外観

MK2 Bibliothéque の書店

Le Lincoln の外観

Escurial Panorama のホール

ヨーロッパでよく見られる街区型の形をした建物群の低層部に立地しており、上階は集合住宅である。中庭部分にサル空間を拡張しているものもある。敷地が限られているため、プランが複雑化している。

街区型の形をした建物群の中に単体の建物として立地している。箱形空間の中で、地下への拡張やサルの分割が行われた。

街区型の建物外に立地している。

表2:運営組織と分類型との関係

329

運営組織 全体館数 A

大手興行会社 3社中小興行館

38 11046

B C D E

04

26 812

Page 4: パリにおける映画館の建築計画的特徴とその歴史的 …...1.はじめに 1-1.研究の背景と目的 映画は1895年にリュミエール兄弟によって、パリ

5-1. 映画館の配置にみえる傾向 パリ市内の 84 館の映画館配置を図 6 にまとめた。

 A、B は主に 5,6 区のカルチェラタン地区に集中し

ている。これは 1960 年代からの芸術系映画館の流行

に起因していると考えられる。C は比較的中心部にあ

る程度まとまって密集していることが窺える。これは

映画館街として栄えた地区がコンプレックス化したこ

とによるものと推測できる。密集する利点として、新

設のマルチプレックスと同等の作品数を集合体として

補完し、観客の利便性を高め、集客率の安定に効果が

あると考えられる。D は各時代の城壁跡である大通り

沿いに多く建設されたことがわかった。城壁跡には

建設当時空き地が多く残されており、大規模な映画

館が建設できた可能性が考えられる。E はショッピン

グモール内および円周部に建設されている。これは

1980 年代以後円周部で活発化した大規模な再開発を

利用して計画が行われたためである。

 全体的に中心部に多くの映画館が集まり、円周部に

向かうほど、疎らになっていくことがわかる。

5-2. 地域アイデンティティとの関係 5-1. から、分類型毎に都市の中での配置の傾向がみ

られた。それは同時に地域の持つアイデンティティを

形成する一つの要因にもなっていると考えられる。

 A や B の多い 5,6 区は小さな通りに映画館が分布す

ることで下町の雰囲気を助長し、レトロなファサード

と名作ポスター、年配の方々の入場列が相まって、懐

かしい印象を与えている。C の多い地区は、新作の大

看板が大通りを挟んで面し、人々が入場列を作るこ

とで地区に賑やかな印象を与えている。D が並ぶグラ

ンブールバール大通りは、かつてのブルジョワジーが

集った地区であり、D の外観もまた、当時を忍ばせる

一つのアイコンになっている。E が建設される再開発

地区では、E 自体が新たにデザインされた建物である

ため、再開発地区に刷新された風景を生み出している。

5-3. 小結 地区毎に分類型による配置の偏りがあり、それが地

域の特徴にも繋がっていることを考察した。

6. おわりに この論文では、大きく以下の 4 点を明らかにした。

1)平面図を基にした空間構成ダイアグラム図より、

映画館の空間構成は大きく5つに分類可能である。

2)各時代の変遷を辿ることで、現在の分類型に至る

までのパリでの映画館建築の変化経緯を模式化した。

3)分類型と現在の運営組織には偏った関係性があり、

それにより現況の特徴にも違いがみられる。

4)パリ市内における映画館配置には、地域別に異なっ

た傾向が強くみられ、分類型の特徴とも連動している。

 また、郊外型マルチプレックスが増加している現在

でも、フランスでは映画館の多様性を維持するために、

小規模館の価値を認め、継続して運営できるよう支援

する制度が政府による統制のもと形成されており、映

画館の多様性は今後も続いていくものと考える。

25 - 4

【注釈】a): 作者と観客が観映後にディスカッションなどで意見交換をする勉強会。b): 映画フィルムを収集 • 保管し、公共の利用に供する施設。c): 通称 FNCF。仏国内の映画館のほぼ 98% が加入する唯一の全国組織。d): 通称 CNC。各助成制度など仏映画界の司令塔的存在の文化省の直轄機関。e): 通称 AFCAE。芸術系館のカテゴリー分けによる助成システムがある。f): 映画が月に 20.8 ユーロで見放題になる会員カード。g): 各文献や資料、各映画館のホームページの歴史的記述をまとめた。h): 日替わりでいくつかのフィルムを上映する形式。

【参考資料】(1): 中川洋吉 (2003)『生き残るフランス映画 - 映画振興と助成制度』希林館(2): 渡辺淳 (1998)『パリ・開幕 - 劇場・映画館探訪』丸善ブックス(3):CNC(2007,2008,2009,2010,2011,2012)「results」(4):CNC(2013)「classement art et essai」(5):l'officiel des spectacles(2012.9-2013.8)『l'officiel des spectacles cette semaine』(6):「SILVER SCREENS」http://www.silverscreens.com/index.php(7):「Salles-Cinema.com -Les lieux du 7éme Art」http://www.salles-cinema.com/(8): 各映画館のホームページ(資料編にアドレスを記載)

16

8

17 18

9 1019

2011

12

23

4

1

15

76

5

1314

A B C ED

【配置の特徴的な傾向】・A,B 型:5,6 区に多い・C 型:複数が密集している・D 型:元城壁跡に残っている・E 型:ショッピングモール内 or 円周部

【C 型の集合】・シャンゼリゼ地区・オペラ地区・オデオン地区・モンパルナス地区

【E 型】・再開発によるマルチプレックスベルシー地区と新国立図書館

【A,B 型が集合】・カルチェラタン芸術系館の流行 (1960’ s~)

【E 型】・ショッピングモールForum des Halles(1972~)

【D 型の存続】・グランブールバール通りブルジョワジーの象徴

2個↓

1個↑

図 6:パリ内での映画館配置とそれぞれの例

【謝辞】最後になりましたが、研究を進めるにあたり、現地調査の際に暖かく迎えて下さいました各映画館主さん、指導して下さいました末廣先生、支えて下さいましたみなさんにここで謝意を記します。