パイライト型遷移金属硫化物の光電子.逆光電子分光wyvern.phys.s.u-tokyo.ac.jp/f/research/arch/masterthesis...2...
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目 次
1 はじめに 2
2 パイライト型化合物の物性 5
2.1 結晶構造.. . . . . . . . . . . • . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .. 5
2.2 電気的磁気的性質.. . . . . • . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . • . .. 6
2.3 光学的性質 . . . . . . . • . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .. 7
2.4 バンド計算
2.5 光電子分光
10
12
3 実験方法
3.1 試料の作製
3.2 光電子分光
3.3 逆光電子分光
aunU可
4
円
t
唱
i
t
i
唱i
t
A
4 実験結果 20
4.1 紫外線光電子分光.. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . ., 20
4.2 価電子帯X線光電子分光.. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .. 21
4.3 逆光電子分光.. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . ., 21
4.4 内殻X線光電子分光 21
5 クラスター計算
5.1 配位子分子軌道の計算
30
30
5.2 遷移金属3d-配位子2p分子軌道間移動積分の計算.. . . . . . . . . . . ., 36
5.3 光電子分光・逆光電子分光のスペクトルの計算 . . . . . . . . . . . . . . .. 39
6 考察 45
7 結論 49
8 謝辞 50
1
1 はじめに
3d遷移金属化合物は様々な電気的,磁気的性質を示す.例えばV203は160Kにおいて
伝導度が7桁も変わる金属絶縁体転移をおこす.高温側では常磁性金属であり,低温側で
は反強磁性絶縁体である.Vの代わりに少量を Crで置換するとさらに複雑な物性を示す.
Cr置換を行う前の金属絶縁体転移は相変わらず起こり,転移温度は大して変化しないが,
高温側の常磁性金属相でさらに温度をあげると再び絶縁体に戻ってしまう.この第二の金
属絶縁体転移の前後では磁気秩序はあらわれない.
NiSも金属絶縁体転移をおこす.この物質は260Kで転移を起こし 伝導率が40倍ほど
変化する.V203と同様低温側が反強磁性絶縁体,高温側が常磁性金属である.このような
多様な物理的性質は3d電子が担っている.d電子軌道は空間的な広がりが小さく, S,p電
子に比べて d電子問のクーロン反発は大きくなる.従って,電子相関が系の物理的性質を
理解する上で重要になっている.
多様な性質を示す3d選移金属化合物の中で,パイライト型化合物 (TX2:T=Fe,Co,Ni;
X=S,Se)は同じ結晶構造を持ちながら遷移金属を周期表のとなりの元素と取り替えたり,
陰イオンを同じ VIB族の中で取り替えただけで,電気的性質も磁気的性質もすっかり変
わってしまうという点で興味深い物質群である.例えばFeS2は非磁性半導体, CoS2は強磁
性金属,NiS2は反強磁性半導体である.CoS2のSをSeに置換してゆけば急激にキュリー温
度(Tc)が低下しついには常磁性体になってしまう.NiS2のSをSeに置換してゆくと,電
気伝導が金属的になり,金属絶縁体相転移が見られる.特に, Sの約25%をSeで置換した
ものは温度によって,金属絶縁体転移が起こる.この転移の低温側は反強磁性金属で,高
温側は反強磁性絶縁体である.この点は, NiS,V203などの金属絶縁体転移と異なる.その
外にも,多くの3d選移金属化合物か胃スピンの電子配置をとるのにたいして FeS2,COS2は
低スピンの電子配置をとる.CoS2は遍歴的な強磁性体である.NiS2の示す反強磁性は複雑
で4体の局在スピン問の相互作用が考えられている.
このような性質を示す一連のパイライト型化合物に対して Wilson[l]は,模式的なバン
ド構造のモデルを提案した.これを図 1に示す.TM3dのバンドはスピンを含めて TM原
子一個辺り六つの抗態を持つt2gバンドとそのすぐ上で四つの状態を持つegバンドに別れて
いる.S3pから成るバンドは, 10の状態を持ちTM3dよりエネルギーの低いS3pと二つの
仇曹、を持ち TM3dより高いエネルギーの S3p取に別れる.S3p*バンドはS22量体の反結合
性σ軌道に対応する.パイライト型結晶は遷移金属原子とお分子が岩塩の NaとClのよう
に並んで、できている.
FeS2で、はS3p,t2gの各バンドが詰まり ,t2gバンドより上が空になる.egとt2gの聞にギヤツ
2
図 1:模式的バンド構造[1]
?Jヨレ」TM3d匂 Oi
同 LJ」JL」函 [..................1
TM3d t2g
S3p
S3s
Fe~ CoS2
d6 d'
sem問、d. .;f metal
NiS2
aq
%
前
ω一d同u
s
znS2 NiSe2
s d
metal
d'O 4F dS Mott in剖 lator semicond.
プができて半導体になる.スピンもすべて打ち消しあって磁気モーメントを持たない.
CoS2ではさらにegの1/4が詰まり,金属伝導を示す.この 1/4占有の電子はスピンを打
ち消しあわないので磁気モーメントを持つ.
NiS2ではegの1/2までつまる.半分占有されたegバンドはHubbardギャップで分裂し,
NiS2はMott絶縁体になる.分裂の結果スピンの揃ったeg電子か磁気モーメントを担う.
NiSe2ではegバンドの電子相関が小さく,分裂を起こさない.上下両方向のスピンの電子
が同数ずつegを占有するので,磁気モーメントはない.egバンドが半分占有されるので金
属伝導を示す.
以上のようなバンドが実現すればパイライト型化合物の電気的,磁気的性質の概略を説
明できる.
3d遷移金属化合物の物性には3d電子聞の電子相闘が深くかかわっているが,光電子分光
実験はこのように電子相関の強い系の電子構造を解明するのに威力を発揮する.一方,得
られた光電子スペクトルの解析にb語E置間相互作用を取り入れたクラスター計算(CI計算)
カ洋劫である.これまでに NiO,NiSについて藤森ら [2],[3]が, CuOについてお,watzkyら
[4]が, Mn""Niの酸化物と硫化物でBocquetら[5]が,それぞれこの方法で3d遷移金属化
合物の電子構造の研究成果をあげてきた.CI計算による解析によって, NiO,NiSなど重い
3d遷移金属化合物が電荷移動型の電子構造を持つことが明らかになった.
本論文ではパイライト型遷移金属化合物の電子構造の詳しい知見を得るために NiS2,
Ni(SO.67S句 ぉh,Co(So.ωSeo.oIh, CO(SO.86S匂.14h,FeS2について光電子・逆光電子分光実験
3
を行い, NiS2については [MS6POークラスターモデルによる CI計算をして解析を行った.
この際に,パイライト型化合物の陰イオンが S~-であるという特徴を取り入れるために
[M(S2)6]10ークラスターの分子軌道の計算を行いパラメータの決定に用いた.これは将来の
より現実的な [M(S2)6PO-クラスターの CI計算の準備でもある.さらに分子軌道計算に基
づいたクラスター計算から FeS2の低スピン電子配置の起源について議論した.
4
2 パイライト型化合物の物性
2.1 結晶構造
パイライト(FeS2)は図2のような結品構造を持つ.結晶は立方品系に属しTX(Pa3)の空
間群を持つ.結晶内ではSは二量体S2を単位としており,二量体内 S-S問距離は2.1A(最
近接).二量体問S-S問距離は3.1A(第二近接)である.Feを中心にしてみると,正八面体
の六つの頂点にらか百位する構造をとっている.Feの原子位置における点群はらである.
Feの最近接の六つのS原子は近似的な正八面体構造をとっている.
パイライトのほかにも FeをCo,Niで置き換えたCoS2,NiS2,それらのSをSeに置き換えた
FeSe2, COSe2 ,NiSe2も同じパイライト型結晶構造をとる.CuS2,ZnS2,MnTe2,FeTe2,CoTe2,NiTe2
などもパイライト型結晶構造をとるが,高圧下でないと合成できない.単位結晶格子内の
原子座標は表1のようになっている.中間組成についてはFeS2とCOS2,COS2とNiS2の問で
全範囲で固溶体を作る.また.MS2(M=Fe,Co,Ni)のSから Seへの置換についても全範囲
で固溶する.
図2:パイライト型結晶構造
¥VM @s
5
表 1:パイライト型結晶 MS2の単位格子内の原子座標
元素 座標
M O 。 O 物質 a[A] U
1 1
0.386 O 2 2
FeS2 5.407 1 。 1
2 2 CoS2 5.524 0.389
1 1 。0.395
2 2 NiS2 5.677
S 土( U U U CUS2 5.790 0.398
!-u 土( U+i U ZnS2 5.954 0.401
2
土( 1 !-u 官 u+~ 2
!-u 1 土( 官 U+言2
2.2 電気的磁気的性質
パイライト型遷移金属硫化物は同じ結晶格子を組みながら,多様な電気的,磁気的性質
を示す.FeS2はエネルギーギャップが約0.geVの半導体で[6].Feは磁気モーメントを持た
ない.CoS2は金属で,強磁性を示す [10].NiS2はエネルギーギャップが約 0.3eVの半導体
で[7].反強磁性を示す [11ト
研調とセレンの置換によっても物性が大きく変化する.Co化合物では 10%のセレン置換
によって強磁性が消失する.それ以上置換を行っても CoSe2まで磁気秩序はあらわれない
が,帯磁率はキュリー.ワイス則に従う.強磁性が消失した後も帯磁率の温度依存性がキュ
リー-ワイス則に従うのはCo(S,Sehの遍歴電子に電子相関が効いているためで,この現象
は守谷のスピンゆらぎの理論[9]によって説明された.
Ni化合物では 23%のセレン置換で反強磁性金属になり,金属絶縁体転移を示す.特に
25%前後のセレン置換をした物は温度によって金属絶縁体転移を起こす.Ni(Sl-xSexhの相
図を図4に示す.NiS2でも圧力を加えると金属絶縁体転移を起こすことが知られている [17ト
Co化合物とは違って,金属に転移した後,帯磁率はキュリー・ワイス則には従わず.NiSe2
ではパウリ常磁性になる.
NiS2の反強磁性は複雑で,二つの磁気転移温度をもっ.まず、TNl (=40""60K)以下で反強
磁性があらわれるが,この仇態では FCCに並んだNiのうち (111)面上の磁気モーメント
が平行にそろい,隣り合った (111)面問で互いに磁気モーメントが反平行にそろうという
FCC 1型の磁気秩序を示す.TN2(=30K)以下では FCCに並んだ Niのうち (100)面上の
磁気モーメントは平行にそろい,隣り合う (100)面間で磁気モーメントが反平行にそろう
6
FCC II型の磁気秩序がそれまでの FCC1型に加わって共存し,さらに弱強磁性も付随し
てあらわれる [11トTN2以下で2種類の反強磁性構造と弱い強磁性の構造が共存すること
を説明するために,吉森ら [12]と芳田ら [13]はハイゼンベルグ型交換相互作用
-JEff;・弓
に加えてリング状に結ぼれる 4スピンの相互作用として
R[(S~ . ~)(S-; ・品) + (~ . S~)(S-; .る)一(55・品)(B;・五)]
の形の項を導入した.この相互作用のもとでFCC1型と FCCII型の反強磁性構造が共存
でき, cantした弱強磁性も生ずる可能性のあることが示された.4スピンの相互作用はハ
バードハミルトニアンの移動積分tについての4次の摂動から導かれる項であり,この項
か磁性に大きくかかわっているということはNiS2において軌道の混成が強いことを示して
いる.抵抗率についても温度の2乗の寄与が金属絶縁体転移の起こる組成で大きくなって
いることが知られている [23ト(図5)
表 2:パイライト型遷移金属二硫化物の電気伝導と磁性
物質 電気伝導 ギャップ 磁性 転移温度 有効ボーア磁子
(eV) (K) (μB)
FeS2 半導体 0.9 常磁性
CoS2 金属 強磁性 110 0.84
NiS2 半導体 0.3 反強磁性 40",,60
反強磁性30 1.17
+弱強磁性」
2.3 光学的性質
FeS2' CoS2 ,NiS2の近紫外から赤外にかけての光反射スペクトルが佐藤 [18]によって,極
紫外の光反射スペクトルか官ら [19]によって測られている(図 6,7).FeS2は可視部のうち
2",,2.5eV(赤~緑)の反射率か清いので金色にみえる.CoS2,NiS2は黒色である.図6の各ス
ペクトルには共通の構造 A,Bが見られる.A,BのエネルギーはそれぞれFeS2で1.6eVと
3.8eV,CoS2で1.2eVと3.4eVNiS2で0.5eVと2.8eVである.CoS2のスペクトルで低エネル
ギー側の反射が立ち上がっているのは金属伝導を示すからである.A,Bのラベルのついた
7
図3:パイライト型化合物の相図 [8]
F: Ferromagnetism. A: Antiferromagnetism M: Metamagnetlsm. WF: Weak ferromagnetlsm
SEMICONDUCTOR T.K 200
100
METAL
Pcw
P cw: Curie-Weiss type paramagnetism.
Pp: Pauli paramagnet聞 n.
FeSe2
e~
(K)
1∞, a)
so
さω=三
CoSe2
e占NiSe2
2 eg
図4:Ni(Sl-xSexhの相図[15]
常陸位
o 0.1
8
MOTT INSUlA TOR
CuSe2 3 eg
METAL
. Pp
SUPER-cc削O.、、
図 5:Ni(Sl-zSezhの抵抗率に温度の2乗で効く寄与(p=向 +BT2)[23]
2
SEMI- I METAL
~ I Cα¥10. I ~ .:J 、E u
C αJ '0
∞
O O
NiS2
O -
9
、、、-
X
NiSe2
図 6:赤外から近紫外の反射率 [18]
60
(次)普芸区
B
{c} NiS 2 A
40
20
5 4
可視域
123
光子エネルギー {eV}
O O
構造はAがTM3dt29から TM3degへの選移に相当し,BがTM3d
t29から S3p.への遷移に対
応する.図 7の各スペクトルにも共通の構造C,D,E,E'F,Gが見られる.それぞれCがS3p
から TM3degへの遷移,DがS3pから TM4spへの遷移, EがS3s取から TM3degへの遷移,
Fが S3s事から TM4spへの遷移, E'がS3sから TM3degへの遷移を表している.
NiS2の圧力による金属絶縁体転移を毛利ら [17]は圧力下で光の反射率を測定することに
よって示した(図8).臨界圧力は43kbarで,これ以上の圧力では低エネルギーの光反射
率が立ち上がっている.
バンド計算
バンド計算は Bullett[21],浅野 [20]らによって行われている.バンド計算の結果を図 9,
10に載せた.両者は全体の構造がよく似ており,もっとも低い位置に 3sバンドと 3s事バン
ドが分離して存在する.その上には比較的幅の広い3pバンドが存在する.フェルミ準位直
下には幅の狭い3dt29バンドがある.少し離れてやや幅の広い 3degバンドが有り,そのすぐ
上に 3p事バンドがある.両者の主な違いは浅野の計算では3degと3p事がくつついていたのに
たいして Bullettの計算では分離している点.Bullettの計算では選移金属元素が重くなる
10
2.4
図 7:真空紫外の反射率[19]
E' F E
Fe52
n e -‘ i‘ .、・‘'‘ t '‘ a
f ‘' '‘・‘-'.1 ‘ .
. 6
A
2
h一ヱ〉二U@-』
「
@L
20 10 photon energy (eV)
06
(a)
C052
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il Aト‘>-、
・>¥lu ‘ ‘ 之~~~ .2
20 10 photon energy(eV)
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Ni52
A
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』
2
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11
o o
図 8:NiS2の圧力による金属絶縁体転移 [17]
• 1 bar
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50
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4
E(eV)
につれて 3dt2gバンドと 3pバンドの距離が少なくなる傾向がはっきりしているのにたいし
て,浅野の計算では余り変化していないという点である.
どちらの計算でも NiS2がギャップを持たず金属になってしまっているが,これは計算で
反強磁性磁気秩序を仮定しなかったためかバンド計算では入れることのできない電子相関
の効果による.
3 2 o o
光電子分光
パイライト型化合物にたいする光電子分光実験も数多く行われている.図 11にKrillら
[22]の実験結果を示す.すべてのスペクトルで3d遷移金属の原子番号が増えるとともに
らg{r~5) メインピークの位置が深くなっている. MS2とMSe2では対応する物質問土のスペ
クトルの形状は大差ないが, MSe2の方がTM3dとS3pjSe4pとのエネルギー差が小さい傾
向がある.特に,遷移金属元素の原子番号カ渚いほどその傾向か強くなる.
12
2.5
図 9:浅野 [20]によるバンド計算
<0> Fe52
~I S忠 p
dε d1+♂
11 S 11.
f、ω ..... C
コD
【b> 11 ↓~ L. C052 伺、
-的ω ..... π3 ...... の
崎ー
O
〉、.....
"0 Ni 52
15 10 5 0 b i n d i n 9 e n e rgy ( e V )
13
図 11:Krillらf22]による価電子帯光電子分光
Nb αXK1fS
FsZ?陶}
3.104
2.~
7654321EF
ENERGY (eV)
(a) XPS.
XPS(AlKo) r p
εL 7 6 5 4 3 2
(a) XPS. εF
Nb αlUnts
UPS(He.)
/05
6104
6104
5 4 3 2 EF ENERGY(eV)
(b) UPS lIeI
Nbc酬 訓ts
υ円{陶J
/
h
u
p』
/<>'
6.6 10"
104
E1J.v) 5 4 3 2 Et: (b) UPS (HeI)
15
3 実験方法
3.1 試料の作製
実験にはFeS2,NiS2,CO(Sl_xSexh(x=O.99,O.86),Ni(Sl_xSexh(X=O.66)の単結晶試料を用
いた.CoS2は用意できなかったので,Co(Sl-xSexh(x=O.99)で代用とした.
FeS2は天然に鉱物として存在する物質で,本実験では天然のものを阪大の背教授に提供
していただいて使用した.大きさは6,,-,8mm角である.
その他のパイライト型化合物はケミカルトランスポート法によって作製されたものを
つかった.Co(Sl-xSexh,Ni(Sl-xSexhは北大の宮台教授に作製していただ、いたものであり,
NiS2は東大物性研の毛利教授,高橋助手に作製していただいたものである.大きさは2mm
角rv6mm角である.
FeS2は高温にすると,全体が液体になるのではなく固体の Fel_xSと液体の Sに分離し
てしまう.従って,原料を混合して加熱冷却しただけではおらの単結晶を得ることはでき
ない.そこで,薄膜を作る場合を除いて多くの場合ケミカルトランスポート法で単結晶が
作られる.ケミカルトランスポート法とは反応性の高いガスとの可逆反応を利用して,多
結品試料から単結晶試料を育成する方法である.パイライトの単結晶を育成するには以下
の化学反応を用いる.
MS2(固)+ X2(気);::::MX2(気)+与(気)
M Fe,Co,Ni
X Cl,Br
x 2,4
この化学反応は高温で右側に進み低温で左側に進む.ハロゲン雰囲気中で加熱すると反
応が右に進み,固体試料が化学反応でガスになる.生成したガスは容器内を拡散していく.
容器のより低温の部分に達すると反応が逆方向に進み,結品が析出する.このような仕組
みで単結晶が育成される.
各種のパイライト型化合物の単結晶がケミカルトランスポート法で作られているが,選
移金属の異なるもの同士の混晶系の場合には
Fe+CoCh→FeCh + Co
のような反応が起きてしまうので.Chは使えず、Br2を使わなければならなかったり.Niよ
り重い遷移金属の化合物や 鉄族元素のテルル化物は高圧下で反応させなければならない
など,合成するものによっては特別な注意が必要になる.
16
3.2 光電子分光
光電子分光測定は光電効果を利用して物質内の電子状態を調べる実験方法である.一定
のエネルギーを持つ光子を入射し,物質より放出される電子のエネルギースペクトルをと
る.入射光子のエネルギーを hv,真空準位を基準とした光電子の運動エネルギーを Ekin,
物質内の電子の結合エネルギーをフエルミ準位を基準にして EB(>0),物質の仕事関数を
争とすれば
Ekin = hν-<T -EB
という関係が成り立つ.光電子放出は占有抗態から非占有仇憩への光学遷移であるので,光
電子数は始状態の状態密度と終杭轡の仇轡密度と遷移確率の二乗の積に比例する.終仇態
の状態密度はほぼ一定と考えられ,遷移確率は電子の軌道によってかなり異なるものの信
頼できる計算値があるため,光電子スペクトルから始状態の状態密度,すなわち占有準位
の仇態密度を知ることができる.
光電子分光で計測する光電子の運動エネルギーは10""1000[e V]であるが,このエネルギー
範囲の電子の固体中の平均自由行程は数λ~数十Aと,たいへん短い.従って,試料につ
いては表面を清浄にし,それを保つ必要か有り,超高真空装置内で実験をする必要がある.
入射光は真空紫外若しくは軟X線を用い,光電子も真空中しか飛べないので光源から電子
のエネルギー分析器まですべてを真空槽内に入れる.
実際の実験装置は次のような構成になっている.イオンポンプで超高真空に排気できる
真空槽の中に光源としてヘリウム放電管とターゲットにMgを用いたX線管が据え付けら
れ,紫外線光電子分光 (UPS)とX線光電子分光(XPS)どちらの実験もおこなえるように
なっている.試料は試料導入機構により真空を破らずに交換できるようになっており,清浄
表面を得るためのダイアモンドやすりが装置に取り付けられている.光電子のエネルギー
分析は真空槽内に取り付けられた二重収束円筒型アナライザー (DCMA型アナライザー)
によって行われる.このほか真空槽の外には DCMA型アナライザーからの信号を処理す
る回路をはじめとして各種電源や電圧電流計など制御機器が有り,全体をパソコンて噺l御
するようになっている.(図 12)
3.3 逆光電子分光
逆光電子分光は光電効果の逆過程を用いて物質内の電子状態を調べる実験方法である.
単一の運動エネルギーを持つ電子を物質に入射し,光電効果の逆過程を経て出てくる光子
を計数する.光電子分光ではフェルミ準位以下の占有状態の電子を叩き上げたが,逆光電
子分光で外からやってきた電子はパウリの排他律によって,フェルミ準位以下に落ち込む
17
図 12:光電子分光装置
He放電管
カウンター
真空槽
ことはできずフェルミ準位より上の非占有仇態に落ち込み,その過程で余分なエネルギー
を光子として放出する.入射電子の真空準位を基準とした運動エネルギーを Ekin.放出光
子のエネルギーを hll.電子の落ち込む準位をフエルミ準位を基準にして Ejin(>0).物質
の仕事関数をφとすれば
hll = Ekin + CT -Ejin
という関係が成り立つ.逆光電過程も光学遷移であるので,光子数は始仇態の仇憩密度と
終状態の仇態密度と遷移確率の二乗の積に比例する.逆光電子分光のスペクトルから光電
子分光の場合と同様にしてフエルミ準位の上の非占有仇替の仇響、密度を知ることができる.
逆光電子分光装置は主に電子源である電子銃,試料導入機構,放出光子を分光する X線
分光器.X線検出器から成っている.電子の平均自由行程に起因する表面敏感性は光電子
分光と同様なので,以上の構成要素はすべて超高真空槽内に入れる.実際の装置を少し詳
しく説明すると,電子銃は,フィラメント電流による電圧降下によってエネルギーが広がる
のを避けるために傍熱型のBaOカソードを用い,電子が小さなスポットに収束するように
電極の形状を工夫した Pierce型電子銃を使っている.試料の導入機構とダイヤモンドやす
りは光電子分光装置と同様である.試料より放出された光子はAIK白線(1486.6eV)相当の
光を分光できる結晶分光器によって単色化される.この分光器は結晶に Si02[1101]面を使
18
図 13:逆光電子分光装置
イオンホ.ン7'
超高真空槽
マイラ臆 結晶分光器
い多数の結晶をうまく配置することによって立体角を稼いでいる.x線の検出器はCsIの
蒸着膜のターゲットとセラトロンからなり,分対号によって単色化されたX線はCsIター
ゲットに集められ,そこで生じた光電子をセラトロンで計数している.以上のものがイオ
ンポンアで超高真空に排気された真空槽の中に設置されている.真空槽の外には各種電源,
電流電圧計,信号処理回路があり,全体的にはパソコンで制御されている.(図 13)
19
表 3:原子軌道の光イオン化断面積 [27]
光 Fe3d Co3d Ni3d
He 1 (hν=21.2eV) 4.833 4.356 3.984
He 11 (hv =40.8e V) 8.751 8.738 8.337
Mg Ka (hv =1253.6eV) 4.5x10-3 6.7x10-3 1.0x10-2
光 S3p Se4p S3s Se4s
He 1 (hv =21.2eV) 4.333 8.057
He 11 (hν=40.8eV) 0.6028 0.5578 0.4493 0.2065
Mg Ka (hv =1253.6eV) 1.7xlO-3 3.8x10-3 2.8x 10-3 3.0x10-3
断面殖の盟仰は Mh
4 実験結果
光電子分光実験の各光源にたいする原子軌道の光イオン化断面積を表3に示す.光電子分
光スペクトルにあらわれる構造はその起源となる電子の光イオン化断面積に比例した強度
であらわれる.ただし,実際の試料の電子の仇態は原子のそれとは異なっているので,必
ずしも正確に比例するわけではない.特に S3p,Se4pでは計算値より 2,,-,3倍大きくなる傾
向がある.光のエネルギーによってはエネルギー準位が近い電子同士でも,光イオン化断
面積は大きく異なることがあり,その様な光を用いて観測すれば一部の電子による構造を
強調したスペクトルが得られる.
4.1 紫外線光電子分光
He 11 (hv=40.8e V)の紫外線光電子分光スペクトルを図 14に示す.このエネルギー領域
ではS3p,Se4p電子に比べて TM3d電子の光イオン化断面積がはるかに大きく,スペクトル
はTM3d電子の寄与が大きい.メインピークの幅はFe,Co,Niの順に広くなり,結合エネル
ギーも順に深くなっている.CoS2ではメインピークの低結合エネルギー側に.FeS2にはな
かった肩構造があらわれている.NiS2では肩構造の強度がCoS2に比べて強くなっている.
He 1 (hv=21.2eV)の紫外線光電子分光スペクトルを図15に示す.このエネルギーでは計
算値は TM3dとS3pの断面積がほぼ同じで.Se4pの断面積がその2倍程度であるが,ス
ペクトルからはS3p,Se4pの断面積がTM3dの断面積より大きく.S3pとSe4pはあまり変
わらないように見える.Fe,Co系ではフエルミ準位のすぐ下に TM3dのピークが見られる.
20
CoよりはFeの方がピークがはっきり分離している.NiS2ではTM3dとS3pのエネルギー
が接近しているためTM3dの分離したピークは見られず1.5eVに肩構造としてTM3dがあ
らわれている.
4.2 価電子帯X線光電子分光
MgKa線 (hv=1253.6eV)のX線光電子分光スペクトルを図16に示す.このエネルギー領
域て'はS3p,Se4pに比べてTM3dの光イオン化断面積が比較的大きい.また, Fe3d, Co3d,Ni3d
の断面積も大きく変化し, Ni3dはFe3dの倍以上の断面積を持つ.ところが, XPSのスペ
クトルではFeS2でお3dはS3pより高いピークを示してHeIのときと強度比が逆転するの
に, Co系ではCo3dピークが辛うじて S3p,Se4pピークより上に頭を出す程度でHeIと同
じ様な形のスペクトルを与える.NiS2に至つてはNi3dとS3pのピークの区別がつかなく
なっている.これはFe,Co,Niの頗に3dピークの幅が広がっていることを意味し, He 11ス
ペクトルの傾向と符合する.XPSではS3s,Se4sの断面積が比較的大きくなるので10eV以
上のところにS3s,Se4sのピークが見えている.UPSでは断面積が小さいのでS3s,Se4sピー
クは認められない.
4.3 逆光電子分光
逆光電子分光スペクトルを図17に示す.フエJレミ準位のすぐ上のTM3dピークはFe,Co,Ni
の願に強度が小さくなっている.TM3dのすぐ上にはS3p,Se4pのピークがあるが,両ピー
クの間隔はFe,Co,Niの願に広くなっている.5rv7eVから上にはTM4s4p,S3d,Se4dからな
るバンドがあらわれている.
4.4 内殻X線光電子分光
TM2pの内殻XPSをメインピークでそろえたものを図 18に示す.NiS2,Ni(SO.67S句.33hでは6eVのところにはっきりしたサテライトが見える.Coでは5eV付近に弱いサテライ
トが見える.Feではメインピークの幅か被くなり,サテライトはますます弱くなってほと
んど同定不可能である.j=3/2のメインピークとj=I/2のサプピークの聞のスピン軌道相
互作用による分裂は遷移金属毎に異なっている.
TM3sの内殻XPSをメインピークでそろえたものを図 19に示す.Feではピークの幅が
狭いが, Co,Niではピークの幅が広くなっており, Co,NiではTM原子の持つ磁気モーメ
ントによって交換分裂がおきていると思われる.
21
S2p,Se3pの内殻XPSを図20に示す.S2p,Se3pはエネルギー準位がほぼ同じ位置にあるの
で重なってみえている.SとSeのスピン軌道相互作用て分裂した2本ずつのピークの位置は
フイツテイングの結果Sのj=3/2が162.3eV炉 1/2が163.7eV,Seのj=3/2が 161.2eV,j=1/2
が166.3eVとなった.スピン軌道分裂の大きさはSより Seが大きく, Sで1.4eV,Seで5.1eV
である.Seを含む試料のスペクトルは Seの大きなスピン軌道分裂により,低結合エネル
ギー側で裾がなだらかになり,高結合エネルギー側で低くて長い裾を引く.
22
図 14:紫外線光電子分光 (He11)
UPS(hv 40.8eV)
, '‘
FeS2 片ー - 一---ア~,. ~‘ .司圃帽-----.-.....~ --.............. ・』‘ -~ ー
‘:
J;d ,z z
, • 声、¥1--
もル嗣晦
屯
CO(SO.99SeO.01)2
Co (SO.86SeO. 14)2
(凶判明ロロ
.sきを
gz
NiS2
O 4
Binding Energy (e V)
23
8 12
図 15:紫外線光電子分光(He1)
UPS(hv =21.2eV)
,‘ ..... .
電電...
‘‘司4FeS2
、. ••••
、,ヘ
(∞判明口辺.モ〈
)b倒的ロ
S口同
J:〆、.。2 8 6 4
Biding Energy (e V)
24
10 12
(凶判明ロ己
.3H〈)
b明∞ロω吉岡
図 17:逆光電子分光
BIS
.~ J刷、r 、
• • • FeS,.,
J吋 ωヘ、、v• , .- .. , JJム~_.-‘、』J.C0叫ω(SOω9ゆ9frrヤ w、、 F ,.d伽戸柿匂d仇拘陣向吋司吋• • •• 二~、J
胃命~ CO(SO.86SeO.14)2
flyJヘ J判 、νJhwhW轟
JII' I ...・.・圃F 1 2 、
-.1f , --・ __tAA
. F NiS2 • 〆・」・ 品川匂:v-",〆〆dph均..、uグ__ ,;A.~ --.
・'、,‘t-r 句-'
• •
• -•
• • • ,
ー2 O 2 4 6 8 Energy (eV)
26
図 18:TM2pXPS
TM2pXPS
FeS2
|ニニμノミ
••••• l.竺コ:品ペ
(g-cp.S』〈)b明
gss
-5 。5
Relative Binding Energy (eV)
27
10 15 20 25 30
図 19:TM3sXPS
TM3sXPS
• • • ・.-.・・.e
•
、a・・
、
t--
h
,.,句司
-
闘γ‘4
ふ.
・ザ唱
ず内
, d‘ ... • ・.・・-
、《・~.、p'
SO.仰SeO.01)Z • _. ~守・.."....,-.1心...&1._法41W九ヤ dザ体
・~ .-•• __I~ν=
Co(SO.踊SeO.1.J2 ;.:γdf・P守I~/. ・ ・包グ?γ'.1.' ・、.~~,,_...,. ~ 、,ユス,a同ツヤ‘
-P
-J • -., . _ ... 司.・4・・._e.・__fI!Ie,. 、.-'・.、、-• , '・.
FeS 2
I
-.-・_.A..'-‘ .・ 司F・.一一 ...~ ・・.-.-・・(g百九回
.f〈)b司g吉岡
5 5
Relative Binding Energy (e V)
28
15
図20:S2p,Se3pXPS
S2p,Se3p XPS
FeS2
a 1-' "" ~ 日、
一一一ー一ーーa"--"・M・凶・・圃・-...' ーー
(g百戸
.ah〈)b冒ロSロ同
.A I j=3J2 41!..
4学 士」AJU、
Co(S 0.86 SeO•14 ) 2
lE.!g
NiS2
守的ぷ0.3主-p.ー-ーー j=!J2
172 168 164
Binding Energy (e V)
160
29
図21:[MSd10-クラスターの構造
y
5 クラスター計算
Qs 轡 Ni
d電子は S,p電子に比べて局在性が強く,電子相関の効果が比較的強く働くので電子構
造をー電子的な描像で捉えるには限界がある.固体の電子抗替、を電子相関を考慮に入れて
計算するのは大変困難なので,実際に計算するにはなんらかの近似をしなくてはならない.
ここでは,結晶から遷移金属とそれに配位する配位子を切り出して計算するクラスター計
算によって電子状態を調べた.
結晶構造のところで述べたようにパイライト型結晶構造では遷移金属原子は六つのらに
よって配位されている.(図21)
計算の手順は以下のとおりである.
1.配位子の分子軌道の計算
2.配位子分子軌道と遷移金属d軌道の間の重なり積分の計算
3.クラスターモデルによる光電子.逆光電子スペクトルの計算
5.1 配位子分子軌道の計算
[MS12POークラスターから中心の3d選移金属原子を除いた S12という"分子"の分子軌道
を計算する.占有される Sのもっともエネルギーの高い準位は3pなので, 12個のS原子
30
表 4:S12"分子"のサイト番号
番号 x座標[A] y座標[A] z座標[A]
1 2.24 0.60 -0.60
2 -0.60 0.60 -2.24
3 -0.60 2.24 0.60
4 -2.24 -0.60 0.60
5 0.60 -0.60 2.24
6 0.60 -2.24 -0.60
7 3.43 -0.60 0.60
8 0.60 -0.60 -3.43
9 0.60 3.43 -0.60
10 -3.43 0.60 -0.60
11 -0.60 0.60 3.43
12 -0.60 -3.43 0.60 」 一一
の3p軌道から作られる計36個の分子軌道を考える.このほかにお軌道からなる分子朝時
も考えられるが, 3s軌道は3p軌道に比べてエネルギーがかなり低く,遷移金属の3d軌道
との混成は比較的弱いので,ここでは3p軌道のみを考える.
分子軌道の計算にはLCAO法を使う.分子軌道は36個の原子軌道仇aに対して 1電子ハ
ミルトニアンhを対角化すれば求まる.供aはiサイトのS原子の2pcr原子軌道を表し, 1は
1から 12,αはx,y,zのいずれかをとる.それぞれのサイトの番号は表5.1,図21のように
つけた.座標軸は [111]方向が回転対称の軸となり, TMイオンの蔵丘接S原子が各座標軸
にもっとも近くなるようにとった.
原子軌道に対するハミルトニアンhの行列成分は
<九Ihlゆjβ>=< 0
1 tcrs(rj -ri)
(i = j,α= s) (i = j,α=1 s)
(i =1 j)
ここでriは第iサイトの座標である.移動積分tcrβ(r)は
t.:r;x(r) = 12(ppσ)r + (1 -12)(ppπ)r
t.:r;y(r) = lm(ppσ)r -lm(ppπ)r
t.:r;z( r) = ln(ppσ)r -ln(ppπ)r
31
(1)
(2)
(3)
で与えられる.ここで, l,m,nはrの方向余弦である.αがxでない場合は, [111]方向の
1/3回転を表す演算子Rを用いて
tyx(r) = txZ{R2r) (4)
tyy(r) txx(R2r) (5)
tyz(r) = 九百(R2r) (6)
tzx(r) = tx暫(Rr) (7)
tz官(r) = txz(Rr) (8)
tzz(r) = txx(Rr) (9)
のように変換すれば切に帰着できる.さらに,(PP7r)r,(PPσ)rはHarrison[28]によれば,
h2
(ppπ)r = 3.24 x一τ (10) mr
元2
(ppσ)r = -0.81 x一τ (11) mr
で与えられる.ここで, m は電子の質量である.式10,11は自由電子のバンドを,最近接の
み有限の移動積分があると仮定したsp軌道の LCAOでフィットして得られたものである.
フィッテイングは Si,Geについて行われておりそのままでは値が大きすぎるため,のちほ
ど計算の結果得られた分子軌道のエネルギーと光電子分光で観測された 83pバンドの幅が
合うように (ppπ),(ppσ)を同じ比率で減少させる.従って,式 10,11の3.24,-0.81という係
数はその比だけに意味がある.また,距離依存性に関しても,遠距離ではこの表式よりも
急激に減少するはずなので, r>4Aに対しては,(pp7r) = (ppu) = 0として計算した.
以上により原子軌道を基底にとった時のハミルトニアンの行列要素が計算できたわけで
あり,これを対角化すればよいのであるが,系がある対称性を持つときには,群論を用いる
と計算量を少なくすることができる.
パイライト型結晶構造は T~空間群に属するが,切り出した [MSnllO-クラスターは 86点群に属する.残念ながらおはあまり対称性の高い点群ではないが,それでも計算量を減ら
すことができる.表5にお群の指標表を示す.
原子軌道を基底にとったハミルトニアンは36x36の行列であるが,群論を用いて基底を
うまく取り直せばこれをプロック対角行列にすることができる.各ブロックは既約表現に
よって区別され,ブロックの数は既約表現の数と同じでお群の場合は六つである.指標表
にはEgで示される既約表現が二つある.これを区別するためにこれ以降,指標表で上のほ
うの既約表現を Eg1 • 下のほうの既約表現を Eg2と表記する.同じ様に Euの二つも Eut,Eu2
と区別する.六つの既約表現 Ag,Egl ,Eg2 ,Au ,Eul ,Eu2はすべて 1次元表現である.
32
表 5:S6群の指標表
S6 E C3 C~ 3 S~ 6 S6
Ag 1 1 1 1 1 1
Eg 1 w w 事 1 仏F 仏,.
1 w. 仏J 1 w. w
Au 1 1 1 -1 -1 -1
Eu 1 仇J 仏J事 -1 -w 吋 d訓"
1 w. w 一1 吋~訓"
一 」 ー
ただしω=e均等
分解された各ブロックの大きさは次の式で求まる.
dr = Xr(E)乞xr(S)x(S)S
吋 d
ここで守口はすべての対称操作Sについてとり,Xr(S)は既約表現rにおける対称操作Sの
表現行列の指標,X(S)は原子軌道36個で張る空間における対称操作Sの表現行列の指標
である.この式を用いてハミルトニアンを各既約表現毎に分解したときの各プロックの大
きさを計算すると,六つの既約表現Ag,Egt,Eg2,Au.,Eut ,Eu2のすべてについてフ。ロックの大
きさが6であることがわかる.つまり, 36x36のハミルトニアン行列は群論を用いると六
つの6x6行列にプロック対角化されることがわかる.
実際にハミルトニアンをプロック対角にするには,各既約表現に属する分子軌道で基底
を張ればよい.類Rに属する対称操作の集合を {SR}とすれば,
ゆr= L L xsS4> R Se{SR}
で既約表現rに属する分子軌道を得ることができる.ゅは任意の原子軌道でよい.各プロッ
クの大きさはわかっているので,その数だけ独立な分子軌道を探せばよい.各既約表現に
属する独立な分子軌道は容易に見つかり,例えば以下のようになる.
A g
ψAgl
ψAg2
一 云去(仇九z一→ゆ仇九2z川z
一古川一九+ゆ3zー砂川
33
(12)
(13)
1 ψAg3 ゾ6(4>1zーゆ2官+ゆ'3xーゆ4%+ゆ5yーゆ'6X) (14)
1 ψAg4 、/5(ゆ7x- 4>8% +九一ゆ10x+仇1z-4>12y) (15)
ψAg5 1 ゾ否(ゆ7官一世8x+ゆ9%ーゆ10百+ゆ11xーゆ12%) (16)
1 ψAg6 、/5(ゆ7%一九+九一ゆ10%+ 4>l1y - 4>12x) (17)
Eg1
1 ゆEg11 ゾ6(4>lxーω*ゆ2%+ω4>3yーゆ'4x+ω* 4>5%ーωゆ6y) (18)
1 ψEg12
ゾE(ゆlyーω*ゆ2x+ωゆ3%ーゆ勾 +ω可5xーωゆ6%) (19)
1 ψEg13 ゾ否(ゆ1%ーω*ゆ2首+ωゆ3x- 4>4% +ω* 4>5智一ωゆ6x) (20)
1 ψEg14 ゾ5(ゆ7xーω*4>8%+ωゆ9yーゆIOx+ω功山一ωゆ12Y) (21)
1 ψEg15 、/否(ゆ7y-w*九 +ω仇zーゆ10百+ω*4>l1xーωゆ12%) (22)
1 ψEg16 ゾ5(ゆ7%ーω*4>8y+ωゆ9xーゆ10%+ω*4>l1y - ωゆ12x) (23)
Eg2
1 ψEg21
ゾE(ゆlxーωゆ2%+ω*4>3y一世'4x+ω仇zーω*4>6Y) (24)
1 ゆEρ2
ゾ5(ゆly一ωゆ2x+ω*ゆ3%一世4百+ω仇zーω*4>6%) (25)
1 ψEρ3 =
v信(ゆ1%ーωゆ2y+ω功3xーゆ4%+ωゆ5智一ω*4>6x) (26)
1 ψEg24
ゾ5(ゆh一ωゆ8%+ω* </>9yーゆ10x+ωゆ11%ーω市12Y) (27)
1 ψEg25 ゾ否(ゆ7yーω</>8x+ω* </>9%一世1句 +ωゆ11xーω功12%) (28)
1 ψEρ6 ゾ否(ゆ7%ーωゆ8y+ω・</>9x- 4>10% +ωゆ11智一ω*</>12x) (29)
Au
1 ゅん1 克(九十九+九+九十九+九) (30)
1 ψAu2
ゾ5(61百+ゆ2x+ </>3%十世4百十 </>5x+ </>6%) (31 )
34
1 ψAu3 、/5(九十九州3x+ゆ4z+九 +<P6x) (32)
1 ψAu4 = 、/5(ゆ7x十九+向+ゆ出+砂防十世12Y) (33)
1 ψAu5 =、/5(何十九+仇z+ <Pl句+ゆllx+ゆ12z) (34)
1 ゅん6= ヌ(<P7Z+俳句+九十 <PlOz+向+ゆ12x) (35)
Eu1
九 11 ム(砂川 (36)
ψEu12 =ム附叫 い 砂 川 (37)
ψEu13 =ム(ゆlz+叫 +ω九十九+ (38)
1 • ψEu14 = 克(九+ω ゆ8z+ω九州IOx+ω*<PUz + ω<P12百) (39)
ψω=ム附仇 +wltgz+的 +ω*<P11x+ ωゆ12z) (40)
山=ム(い叫+仇+伽+内11官+ゆ12x) (41)
Eu2
ψω = ム(ゆ山 (42)
ω=ム附仙川向z +九叫山 (43)
ψEu23 ム(ゆ山 (44)
ω=ム附ωぬz+叫 +<PlOx叫 1山・<P12y) (45)
ω=方附ω伽+叫+的判ゆ1日 (46)
ω = 表(ゆ山 (47)
これらを基底とすればハミルトニアンは六つの 6x6のプロックに分解される.Eg1の分
子軌道と Eg2の分子軌道はお互いに複素共役の関係にある.これは指標表で同じ類に対す
る指標が複素共役になっていることからくる.それぞれの固有関数を求めてもやはり互い
に複素共役のままである.したがって Eg2のハミルトニアンの対角化の計算はしなくてよ
35
い.互いに複素共役な波動関数にたいしてハミルトニアンのようなエルミート演算子の期
待値をとると両者は同じ結果を与える.つまり異なる既約表現に属していても同じエネル
ギー固有値をとり,準位は2重に縮重している.以下では特に区別を必要としないときは
Eg1とEg2をまとめておと表記する.丸についても同様である.
固有関数を求めるには,六つの6x6行列の対角化をしなければならない.(実際に計算す
るのはそのうちの四つである.)これは数値的に計算した.計算の結果得られた各既約表現
に属する固有関数を Lriと表記することにする.煩雑になるのでここではLriを書き下さな
い.それぞれの軌道の固有エネルギーは表6のようになった.ただし,Epは全体を同じエネ
ルギーだ、けシフトする効果しかないので,ここではεp=Oとしている.82分子が-2価である
と考えればS12"分子"には3p軌道に電子が30あることになる.分子軌道に順番に電子をつ
めると, Lri軌道(r= Ag,Eg, Au,Euji = 1 fV 5)は占有され, Lr6軌道(r= Ag, Eg, Au, Eu)
は占有されていないことになる.
5.2 遷移金属 3d-配位子 2p分子軌道間移動積分の計算
次にクラスターの中心にある遷移金属の 3d軌道と配位子分子軌道の間の移動積分を計
算する.3d軌道も 86群の既約表現に分解すると計算が楽になるので,分子軌道のときと同
じ手順で各規約表現に属する 3d軌道を作る.
まずもとになる基底として dxy,dyz,dzx,dx2 _y2 ,d3z2 _r2をとる.この基底にたいしてお群の
各対称操作の表現行列を作り,式5.1によって各既約表現に属する 3d軌道の数を計算する
と,.Ag一つ,Eg1二つ,Eg2二つ,Au,Eut,E包2はなし,となる.式5.1を用いて既約表現に属
する 3d軌道を探すと次のものが見つかる.
Ag dAg Hdxy + dyz + dzx)
Eg1 dEg11 Hdxy +ωdyz +ω*dzx)
dEg12 Hd3z2_r2 + iι2ーが)Eg2 dEg21 k(dxy +ω*dyz +ωdzx)
dEg22 = H d3z2_r2 -idx2_y2)
Eg1とEg2の関係は分予報活のときと同様である.異なる既約表現に属する波動関数は直
交するので,前節で求めた分子軌道のうち Au,Euに属するものは混成に寄与しない.
分子軌道Lが次式のように原子軌道の線形結合で書かれ,
L=乞乞 CiOt<!>u:x
36
表 6:配位子分子軌道のエネルギー準位
軌道 εL[eV]
LAu6 6.91
LAg6 6.73
LEg6 6.44
LEu6 5.94
LEg5 3.03
LAu5 2.88
LEu5 2.77
LEg4 2.59
LAg5 2.39
LEu4 1.73
LAu4 1.05
LAg4 0.81
LEg3 0.00
LAu3 -0.37
LEu3 -0.69
LEg2 -1.61
LEu2 -2.27
LAg3 -3.41
LAu2 -4.48
LAg2 -4.97
LAu1 -6.04
LAg1 -6.58
LEu1 -7.46
LEg1 -7.93
37
3d軌道が次式のような線形結合で表されるとき
d= l: kβdβ
β=:Cy,yz ,z:c,3z2 -r2 ,:c2ーが
Lとdの間の移動積分TLdは
TLd = l: L 乞 cicxkstcxs( -ri) i=1 cx=x,y,zβ=:c暫,yz,z:c,3z2_r2 ,:c2 _y2
ただし tcxs(-ri)は原子軌道関の移動積分でα=xのときはl,m,nを-rの方向余弦として
t:c ,:c智(-r) =ゾ3/2m(pdσ)+ m(l -2/2)(pdπ) (48)
tω叫仰叩宮抑以z(←一r吋) = 、ゾdぬ/沼局5蔀Imn吻t(例p凶dお制σり)+一-21引Imn(例pμd伽制π付) (μ仰4ω9幻)
t九叩山,川zA一叶r吋) = 、ゾdぬ/々局5百[2内削2匂川n叫(例pμd伽制σり)+n叫(οl一2引f約[2内2つ)(例p凶d伽π吋) (伊50的)
t:c.3z2一ρr2(←同一
ω一智♂〆什y2(-rベ←付(←H同一寸rり) = iμゾv'3げ一 m2的2り)(抑)+ 1(1 -1
2 + m2)(附) (臼)
である.α ヂZのときも次のような変換規則を持つ [111]方向の 1/3回転の演算子Rを用
いればα=xの場合に帰着できる.
Rpx = py Rpy = pz
Rpz P:c
Rdxy = dyz
Rdyz dz:c
Rdz:c d:c智
Rd3zL r2 一ーがZ242+424
ゾ3". 1 . 四ーーー・ιι,>*2_2 --a_2 山 22
U~~.
2山拶
Rd:c2_y2
(pdπ)Tl (pdσ)rはHarrison[28]によれば,
元2T3(pdπ)T=Im-771-7
・42
h27.2 (pdσ)r =ー2.95-4
mr言
38
(53)
(54)
(55)
(56)
(57)
(58)
(59)
(60)
(61)
(62)
表 7:配位子P軌道.遷移金属d軌道関移動積分
Ag τ寸 Eg 1もぜ1
ITLdl[eV] dAg fdeV] ITLdlドV] dEgl dEg2 fL[eV]
LAg6 0.04 6.73 LEg6 0.14 0.51 6.44 I
LAg5 0.20 2.39 LEg5 0.12 0.53 3.03 I
LAg4 0.01 0.81 LEg4 0.05 0.78 2.59
LAg3 0.21 -3.41 LEg3 0.02 0.08 0.00 I
LAg2 0.45 -4.97 LEg2 0.22 0.28 -1.61 I
LAg1 0.24 -6.58 LEg1 0.58 0.01 晦 7.93
で与えられる.rdの値は遷移金属によって少しずつことなり, Niの場合にはO.71Aである.
(pdπ)ωdσ)の大きさは光電子スペクトルを再現するように同じ割合て噌減させるので,上
式の1.36,-2.95という係数はその比だけに意味がある.
以上のように移動積分を計算した結果が表7と図22である.
5.3 光電子分光.逆光電子分光のスペクトルの計算
これまでのー電子状態についての計算をもとに,電子相関を入れた多電子仇態の計算を
行うべきであるが, [MS12PO-クラスターの計算プログラムは現在作製中である.ここでは
溝川による正八面体6配位型の [MS6]-10クラスターの計算プログラムに,前節までに得ら
れた [MSd10ークラスターのパラメータを取り入れて計算し,光電子・逆光電子スペクトル
の計算を行った.
モデルとするクラスターは中心に遷移金属原子が有り,その周りに六つの S原子が正八
面体の頂点の位置に並ぶように配位した構造をとる.このクラスターはOh点群に属し, 3d
軌道はT2g,Eg既約表現に分解される.S3p軌道から成る分子軌道のうちT2g,Eg既約表現に
属するものは一つずつしかなく,分子軌道の準位と 3d軌道との移動積分は表8のように
なる.S6点群はOh点群の部分群に当たり,それぞれの3d軌道は
a
s
'
'
h
z
a
.
0
d
d
仲
村
司河、151Jqv
t
g
A
ゐ
AFM.
J
U
J
U
39
図 22:配位子p軌道遷移金属d軌道間移動積分
~ u g ω
LAgl
¥ゾ/
"T2g" 。。
E
準位を結ぶ線の太さは移動積分の大きさをあらわしている.
{L
表 8:[MS6POークラスターの配位子P軌道遷移金属d軌道問移動積分
T2g Eg
dEgl I (L
V3(pdσ) I (ppσ)-(ppπ) ー(ppσ)+(ppπ)
40
のように対応する.
光電子分光.逆光電子分光の始仇態は次のように表される.
linitial >=α|♂ > +bl<f L > +cld10 L2 >
10本のd軌道のうち八つは電子で占められているげ>,配位子から電子が一つ電荷移
動した|♂L>,二つ電荷移動をしたIdlO記>で基底を張り,実際には固有状態のうちエネ
ルギー最低の状態が実現しているとする.Lは配位子分子軌道にホールがあることを表す.
光電子分光の終状態は同様にして
IfinalfES >=αild7> +bil♂L> +CilcfL2 >
と表される.始状態と異なり終状態は複数あり,始状態から遷移しうるすべての状態をとる.
逆光電子分光の終状態は
IfinαlfES>=αilcf > +ちIdlOL>
これも始仇態から遷移しうるすべての状態をとる.
始状態と終状態が求まったら両仇態の問の選移マトリクス<finallTlinitiα1 >を計算す
る.遷移マトリクスの計算には突然近似を使い、上式の展開係数より
< fina1fESITlinitiα1>α(α向 +bbi + CCi)
<ftmlf内Tlinitiα1>α(ααj+b月)
となる.
遷移強度は遷移マトリクスの絶対値の自乗に比例するので、これをすべての終状態につ
いて計算し、線スペクトルをつくる.線スペクトルを寿命によるローレンツィアンと測定
の分解能によるガウシアンによって連続スペクトルに広げ、光電子.逆光電子スペクトルと
する.
計算に必要なパラメ}タは
・3d電子問クーロン相互作用 U
U三 E(d7)+ E(♂)-2E(d8)
-電荷移動エネルギー A
A三 E(<fL) -E(♂)
41
• p-d移動積分TT29,TEg
• 3p分子軌道エネルギー差 sfp
-ラカーノtラメータ B,C
である.
これらのパラメータのうちラカーパラメータB,Cは遷移金属元素と価数によって決まって
いる.[MS6]1O-クラスターの場合はsfpは2(ppπ)ー 2(ppσ)に等しい.移動積分のTT29,TEg
の比も決まっている.従って,フリーなパラメータはs,U,T九の三・つである.
ここでは [MS12tlOクラスターのパラメータを使わなければならない.まず、はdfpの大き
さを決めなければならない.NiS2のHeI,He II光源による UPSスペクトルから S3pバン
ドのエネルギーはフェルミエネルギーの下3",,7eVであることがわかる.一方表6によると
占有準位のエネルギーは-8",,+3eVと計算している.分子軌道の計算値から実際のエネル
ギーに換算するには
(真のエネルギー準位)= 0.36 x (計算値)-4.1[eV]
とすればよい.
次に [MS12]-10クラスターの分子軌道を [MS6]-1Oクラスターの分子軌道に対応づけなけれ
ばならない.[MS6]-10クラスターには非占有配位子分子軌道は存在しないので, [MSd-10
クラスターの非占有分子軌道は無視することにする.[MS6t10の2重縮退した dEg軌道の
には混成する p軌道がそれぞれただ一つずつあるが,[MS12t10の対応するにdEg2彰L道には
5本ずつの混成する p軌道がある.この5本のp軌道を次のような低想的な 1本のp軌道
で代表させることにする.
• d軌道との移動積分の二乗が元のp軌道の移動積分の二乗和に等しい
.エネルギー準位はd軌道との移動積分の二乗を重みづけした平均
[MS6]-10の 3重縮退した dT29軌道にも混成する p軌道がそれぞれただ一つずつあるが,
[MSd-10の対応する d軌道は縮退なしのdAgと2重縮退のdEg1軌道で,それぞれに 5本ず
つの混成する p軌道がある.こちらも 15本のp軌道を代表するような低想的な 1本のp
軌道を考える.Ag,Eg各既約表現で上と同じ条件の軌道を 1本ずつ考え,移動積分と軌道エ
ネルギーの双方を縮重度を重みとして平均し, 1本のp軌道にまとめる.
以上の手順によって出来た2本の仮想的なp軌道は表9のようになる.エネルギー準位
の値は計算値から HeIUPSスペクトルに合うように換算した後の値である.
42
表 9:低想的な配位子軌道
軌道 見deV] fdeV] I
L~ 0.615 -6.25 I
L~ 0.987 -3.23
これよりクラスターモデルのパラメータのうち
TEg/TT29 = 1.60
sfp = 3.0eV
が決まる.[MS6]-10クラスターの場合は
TEg/TT29 = 1.88
なので.Egの混成が相対的に弱くなっている.ラカーパラメータ B,Cは選移金属元素が2
価のNiであることから,
B 0.127eV
C 0.601eV
と決まる.
(63)
(64)
残るd,U,TT29の三・つのパラメータを振って.He 11 UPS,BISの各スペクトルをフィット
したのが図23である.最適なパラメータ値は
U = 3.0eV
d = 2.0eV
TT29 = 1.3eV
(65)
(66)
(67)
である.計算の結果NiS2はU>dの電荷移動型絶縁体であることがわかった.計算結果か
らスペクトルを再生する際には各準位の寿命による幅がフェルミ準位を基準とした結合エ
ネルギーに比例するものとしてローレンツィアンとコンポリューションをとり,装置の分
解能として全値半幅 (FWHM)が0.geVのガウシアンとコンポリューションをとった.寿
命の幅は
γ[eV] = 0.15 x If -fF[eV]1
と仮定した.
43
図23:NiS2のクラスター計算
PES BIS
(聞記ロロ.
NiS2
〉、+J ・p・4
~ ~ ω +J
ロト・4
. ぺdF. 42J2Fh'tsffs・rth吋附・・.曹、,
tr 弓d
AIH6 、ー-"
15 10 5 0 -5 -10
Binding Energy (eV) -15
? d
9 d
dBr. 以....L
dl~
dst2
L.&
44
6 考察
価電子帯と伝導帯の光電子分光.逆光電子分光スペクトルにあらわれた構造を同定するた
めに, FeS2について, Folkertsらのバンド計算[29]とX線光電子分光(hv=1253.6[eV])と逆
光電子分光(hν=1486.6[eV])の結果を比べた.バンド計算はFe3d,Fe4s+4p,S3s,S3p,S3dの
それぞれの部分状態密度を与えているので,光電子・逆光電子分光の結果と比べるにあたっ
て,それぞれに光イオン化断面積の重みをつけて足しあわせ,装置の分解能に対応する幅の
正規分布関数とコンボリューションをとった.その結果が図24である.フェJレミ準位直下に
ある幅の狭いピークはFe3dである.-3 rv -geVの広い構造はS3pである.-12 rvー 18eV
の幅の比較的広い構造はS3sである.S3sのピークか哩論計算から求めたスペクトルに比べ
て広いのは深い S3s準位にできたホールの寿命による幅を考えていないからである.一方,
フェルミ準位のすぐ上2eV付近のピークはFe3dにS3pが少し混ざった準位である.その
すぐ上, 3eVのピークは逆に S3pにFe3dが少し混じった準位である.6eVより上の平ら
な構造は Fe4s,Fe4p,S3dによるバンドである.他の物質のスペクトルの同定はバンド計算
図9,10をもとにして, FeS2の同定を参考にして行った.
He 11ではフェルミ準位以下0.5,,-,2.0eVの幅の狭いピークがTM3dによるピークである.
その下の2"-'8eVの幅の広くて低いゆるやかなピークはS3p,Se4pである.ただし, NiS2に
ついては3eV付近に強いサテライト構造が見える.
HeIのCo系のスペクトルでフェルミ準位以下1.5eVのピークがTM3dのピークである.
その下の2,,-,8eVの幅の広いピークはS3p,Se4pのピークである.NiS2にvついてはTM3dと
S3p,Se4pの構造が混じっているので分離して同定することはできない.
価電子帯XPSではCo系のスペクトルの 1eV付近のピークがTM3dであり,そこからな
だらかな裾のようにgeV位まで伸びている構造がS3p,Se4pである.Ni系についてはTM3d
とS3p,Se4pの構造が一体となってフェルミ準位直下から geV付近まで広がっている.Co
系, Ni系共 13eV付近のピークはS3s,Se4sである.
BISではフェルミ準位直上の 1rv2eVのピークがTM3dでそのすぐ上の2rv3eVのピーク
がS3p,Se4pである.5rv7eVより上にある平らな構造はTM4s,4p,S3d,Se4dである.
He 11 UPSでは FeS2→CoS2→NIS2と3d元素が変わるのに対応してスペクトルの形が系
統的に変化している.FeS2ではFe3d軌道に由来する主ピークがきれいな単一ピークであっ
たが, CoS2では低結合エネルギー側に肩構造があらわれ,NiS2ではその構造が成長してい
ることである.さらにFe,Co,Niと変わるにつれ,主ピークの幅が広がりながら高結合エネ
ルギー側にシフトし.NiS2では主ピークの高結合エネルギー側に裾を引くようになること
である.FeS2は低スピンの電子配置をとるので,t2gの上向きスピン軌道と下向きスピン軌
45
(33.3)
図 24:FeS2のスペクトルの各構造の同定
PES FeS2
BIS
Experiment
5lme句
畠Fe4s+Fe4p+S3d
S3s
-15 -10 自 5 o
Energy (eV)
5 10 15
46
道の六つが占有され.eg軌道はすべて非占有である.この基底状態から遷移しうる光電子
分光の終抗態は 1 種類の t~gに制限されるので主ピークは単一ピークとなる. CoS2では t2g
軌道よりエネルギーの高いeg軌道のうち一つが占有されるので,主ピークの低結合エネル
ギー側にeg電子放出に対応する肩構造があらわれる.同時に多重項の分裂も起こり,遷移
しうる終状態が複数になるので主ピークの幅も広がる.NiS2では eg軌道が二つ占有され,
肩構造が強くなり,主ピークの幅もさらに大きくなる.Fe,Co,Niの願に磁気モーメントが
大きくなり,交換分裂によってメインピークの幅か系統的に広がっている.ただし,ここで
言う t2g,eg軌道とはTM3dに同じ対称性のS3p,Se4p分子軌道が混成した彰l道であり,混成
の割合もクラスター計算からわかるとおり光電子放出の始状態と終状態で異なる.さらに,
電荷移動型(O< U)のNiS2の場合には終仇態でS3p軌道成分のほうが多くなっている.遷
移金属かヲ変わるとスペクトルが大きく変化するが,硫黄とセレンの置換に対してはスペク
トルはほとんど変化しない.これはS3pとSe4pのエネルギー位置があまり変わらないた
めである.
BISでもスペクトルに系統的な変化が見られる.まず.Fe,Co,Niの順に3dピークの高さ
が低くなっている.これはegホールの数が4ふ2と願に少なくなっていくことによる.次
に.Fe,Co,Niの願に egピークと yピークの聞きが大きくなっている.これはS3p軌道に
たいする TM3d軌道のエネルギーが順に低下していることを示している.
TM3s内殻光電子分光の結果から FeS2ではFeに磁気モーメントが無く.Co,Ni系では磁
気モーメントがあり,交換分裂が起こっていることがわかる.
クラスター計算の結果NiS2ではO=2.0eV,U=3.0eVとなり.NiSなどと同じム <Uの電
荷移動型の電子配置をとることがわかった.クラスター計算の結果再構成された光電子ス
ペクトルはNi3dピークのサテライト (3"-'4eV)について完全には再現できていないが,こ
れは [MS6POークラスターを用いて非占有3p分子軌道を無視した計算の限界によるとおも
われる.今後 [M(S2)6]10ークラスターを用いた計算が必要である.
FeS2,COS2は低スピン電子構造をとることが特徴の一つであるが.[MS6POークラスターの
基底抗態のCI計算をもとに FeS2とおSについて低スピンと高スピンの安定性について考
察した.低スピンと高スピンのそれぞれの電子配置について最低エネルギーの状態を計算
してそのエネルギー差を求めた.
FeS2のパラメータは次のように決めた.OfpはNiS2と同じ様に.[Fe(S2)6pOークラスター
の分子彰L道計算と He1 UPSの結果を比べてOfp= 3.0eVとした.TT29,TEgは.NiS2の光電
子スペクトルを再現した NiS2のパラメータを [Ni(S2)6PO-,[Fe(S2)6pO-両クラスターの分子
軌道計算より補正してTT2g=1.8eV,TEg=3.1eVとした.TT29,TEgが大きくなったのはTM-S
間の距離が短くなったのと TM3d軌道の広がりかたがNiに比べて大きく.(pdπ),(pdσ)の
47
表式 (61,62)の rdが大きくなったことの二点による.d.,UはNiS2のd.= 2.0eV,U = 3.0eV
をもとに遷移金属元素の原子番号が一つ減るごとにAはO.8eV増え,UはO.3eV減る,と
いう系統的な変化を仮定し, d. = 3.5eV,U = 2.5eVとした.
一方 FeSは次のように決めた.正八面体六配位なので'd.tp= O.OeV. d.,UはNiSのd.=
2.0eV,u=4.0eVを元にFeS2の場合と同じ系統的変化を考え,ム =3.5eV,U = 3.5eVとした.
TT29,TEgはNiSのTEg= 2.6eVに,式61,62から得られる比を乗じてTT29=1.4eV,TEg=2.8eV.
FeS2のTがNiS2より大幅に増えたのにたいして,FeSのTがNiSより大きく増えなかっ
たのは, FeS2の最近接Fe-S距離2.26AがNiS2の最近接Ni-S距離2.40Aより近いのにた
いして, FeSの蹴丘接Fe-S距離2.45AがNiSの最近接Ni-S距離2.38Aより遠くなってい
ることが原因である.
計算結果は FeSでは E1ow-Ehigh=+ l.11e Vで高スピンが安定となった.FeS2では E1ow-
Ehigh = -O.03eVで辛うじて低スピンが安定しそうだが,今後もっと信頼できる方法でパ
ラメータの見積もりをしなおさなければならない.
48
7 結論
本論文ではパイライト型遷移金属硫化物の電子構造を調べるために FeS2,COS1・98SeO.02,
Co(SO・86SeO・14h,Ni品川i(So・67S句.ぉhのX線光電子分光,紫外線光電子分光,逆光電子分光
の各実験を行った.また.NiS2についてより詳しく電子構造を調べるために.[MS6]10一型
クラスターによる CI計算を行った.さらに,パイライト型化合物で低スピン電子配置が安
定化される理由を調べるために.FeS,FeS2のクラスター計算を行った.
主なスペクトルの構造は遷移金属元素によって決まっていて.SとSeの置換はスペクト
ルをあまり変化させていない.価電子帯XPS,BISの結果から S2p準位を基準にしてみる
と.Fe,Co,Niの順に TM3dエネルギー準位が下がっていることがわかる.Niでは価電子
帯でNi3dとS3pの準位が近くなった結果混成か強くなり.He 11スペクトルで3dに強い
サテライトが付随した.
NiS2のクラスター計算により,~ = 2.0eV,U = 3.0eVの各パラメータが求まり, NiS2が
NiS などと同じ~<Uの電荷移動型の電子構造を持つことがわかった.
FeS2,FeSの基底状態のクラスター計算によって, FeSでは高スピンが安定でFeS2は高ス
ピンと低スピンの境目にあることがわかった.今後は現在作製中の [M(S2)6]1O一型のクラス
ターモデルによる CI計算のプログラムを完成させ, S3p非占有軌道の物性に与える影響を
明らかにしたい.
さらに,温度によって金属絶縁体相転移の起こる Ni(S",o・75Se"'O.2Shを用意して,光電子
・逆光電子分光実験を行いたい.特に,転移温度の上下で高分解能UPSを行い,転移に際
してフェルミ準位付近の電子抗態がどのような変化をするのかを明らかにしたい.
49
8 謝辞
藤森先生には, 2年間にわたり研究生活のあらゆる面で指導をいただいた.
生天目先生にはBIS装置の立ち上げからメンテナンスにわたる,数多くの助言,指導を
頂いた.特に, BISの性能向上に対する,豊富で有益なアイディアを示してくださった.
北大の宮台先生には Ni(St_xSexh,Co(St_xSexh,の試料と帯磁率、伝導度、比熱などの
測定結果を提供していただ、いた。
阪大の菅先生には FeS2の試料を提供していただき、パイライト型化合物の内殻共鳴光電
子分光の結果を教示していただいた。
東大物性研の毛利先生、高橋さんには NiS2の試料を提供していただ、いた。
溝川さんには,クラスター計算について多くのことを教えていただいた.また,XPS実
験についてきめ細かい指導をしていただ、いた.
森川さん,長谷さん,小西君とは, BIS装置の立ち上げ,運用の苦労を共にしてきた.森
川さんには,実験に対する注意深さ,特に超高真空装置の取り扱いに対する慎重さを学ば
せていただ、いた.長谷さんはBISの立ち上げの際に BIS装置の取り扱いについて親切に教
えていただ、いた.小西君にはBISの運用でいつも助けてもらっている.プログラムの改良
もしてもらった.
野原さんには忙しい中 BISの測定プログラムを書いていただいた.
同期の関山君には実験がつまずいたときの相談相手になってもらい,相談のたびに有益
な助言をしてくれた.また,データ処理に必要なフィッテイングのプログラムを使わせて
もらった.
その外,中村さん,島田さん,粛藤さん,藤岡君,孫さんには研究生活の様々な面でお
世話になった.皆さんに感謝します.
最後になったが,中間子科学センターには計算機システム TKYVAXを使わせていただ
いた.クラスター計算はすべて TKYVAXの計算機資源をもとに行った.
50
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