実務レベルの金融論と実証分析 - bank of japan · ニューラルネットの階層...
TRANSCRIPT
日本銀行 仙台支店長 副島 豊
実務レベルの金融論と実証分析
金融政策反応関数、マーケットマイクロストラクチャー
東北大学経済学部 2017年金融論
2017年12月
自己紹介
• 副島 豊 (そえじま)
• 現職:日本銀行仙台支店長
• オールラウンド系アナリスト
• 専門分野– 経済分析、マーケットアナリスト、バンクアナリスト、
クオンツ(リスク計量、プライシング)、金融システムアナリスト、決済インフラ・アナリスト、マーケットデザイン、規制のデザイン、地域経済構造、空間アナリスト、マーケティング
• すべて日銀のリサーチフィールド– 金融政策は日銀の仕事のホンの一部に過ぎない
2
今日のお話
• 伝統的な金融論のなかみ
– 金融システムのしくみ: 銀行・証券会社・生損保・取引所、様々な金融市場、中央銀行、(決済インフラ)
– ミクロ経済学・情報の経済学: 市場機能、情報の生産、保険機能、効率市場仮説・市場のフリクション
– マクロ経済学: 資金循環、金融政策、為替レート
– 企業金融: MM理論、企業財務、資金調達・利益配分
– ファイナンス理論: アセットプライシング、ポートフォリオ理論、リスク計測・リスクマネジメント、デリバティブズ
– 数理・解析的基礎: 統計学、数学、計量経済学、プログラミング
• 今日の講義で扱うトピック
– 金融政策反応関数: テイラー・ルール型でなくAIを使った関数
– マーケット・マイクロストラクチャー: 取引所での注文付け合せ方法、人工証券市場を用いた検証
3
人工知能で金融政策
4
「ニューラルネットワークアプローチによる経済分析:モデルの概要と金融政策への
応用例」、金融研究第15巻第3号、1996年8月http://www.imes.boj.or.jp/research/papers/japanese/kk15‐3‐2.pdf
いま、3回目の人工知能ブーム
• 1回目 1950年代後半、推論のアルゴリズム化
• 2回目 1980年代、ニューラルネットワーク
• 3回目 2010年代以降、ディープラーニング
5
今のAIブームは3回目の波
以降の話は2回目のブームが去ったころの私の研究(1995年)
今にして思う反省点
時代に遅れた。その後、再び冬の時代に突入。
波に乗るには波の前側でテイクオフしないと。
第二世代のアイディア:ニューラルネットワーク
脳の神経単位:ニューロン
6
ニューロンのモデル化
入力ウエイト
閾値(臨界値)
出力
出力関数
縦軸:答えは二択
横軸:ニューラルネットの出力値
この考え方は、計量経済学の標準的手法:離散選択モデル(ロジットモデルやプロビットモデル)と同じ
選択肢が複数になっても対応可能
多項選択モデル
7
これをよく使う
(参考)質的選択モデル
• 計量経済学の代表的な手法の一つ
8
f(X)=w1x1+w2x2+w3x3+…+ug(f(X)) g()は0~1の値を取る
ロジットモデルではロジスティック関数を使う
0近くでは選択A、1近くでは選択B
選択肢が複数のモデルもある
e.g. 多項ロジットモデル、順序プロビットモデル
ニューラルネットの階層
第三世代の代表的技術ディープニューラルネットワークは、隠れ層が多段階層化し、「深く」なったもの
9
計量経済学的には、ニューラルネットは多層化した離散選択モデルといえなくもない逆にいうと離散選択モデルは隠れ層がないニューラルネット
線形結合
AIで金融政策
10
ここがブラックボックス ならばAIで
参考 テイラールール、代表的な政策反応関数
政策金利(名目金利)=均衡実質金利 + 目標インフレ率+α・(インフレ率-目標インフレ率)+β・マクロ需給ギャップ
右辺1行目は フィッシャー方程式名目金利=実質金利+インフレ率
政策金利の上げ下げでなく、金利水準を示すもの⇒ ずれ始めたら、そろそろ引き締め・緩和かな
論点:規範(あるべき論) or 過去の実績・行動パターン11
ここで紹介するニューラルネットの設定
• 隠れ層は1つ
– ディープニューラルネットワークではない第二世代型
• 入力変数は、名目成長率とインフレ率とこれらの変化幅の4つ
– いまのビッグデータ時代のAIではない、しかし利点も
– テイラールールとも少し違う (1993年に提唱され、分析直後にその存在を知った ⇒ 含意:先行研究のサーベイは大事
• 昔の金融政策は公定歩合の上げ下げだった
– その後の変遷は、函館支店web講演資料を参照12
成長率、インフレ率のレベル
13
金融引き締め公定歩合引き上げ
金融緩和公定歩合引き下げ
変化の方向、加速度も大事
14
水準は高いが緩和
水準は低いが引き締め
インフレ率、成長率
水準、一次微分、二次微分
数学は普通に使う、コンセプトの理解にも役立つ
入力変数: 2変数の水準と変化幅の4つ
結果は高パフォーマンス
15
公定歩合の水準
公定歩合の上げ・据え置き・下げ
ニューラルネットの弱点
• 高次の非線形関数であるため、関数形がブラックボックス
– 入力値の変化に対する反応が、理論値として計算できない
• シミュレーションすれば結果だけならわかる(例えば入力値x1をある値で計算し、それを多少増減した値で計算して、両者の結果を比較)
– 経済学的解釈ができない
• 計量経済モデルであれば、例えば価格弾性値や、離散選択項目のオッズ比、オッズ比への影響度など解釈が可能
16
関数の視覚化
17
3次元(入力2変数、出力1変数)なので何とかできる4変数のうち変化幅2変数を期中平均値に固定
出力‐0.5~+0.5に基準化
成長率0‐1に基準化
インフレ率0‐1に基準化
変化幅や立ち位置が変わると政策反応も変わる
注意 関数は変化していない
時々の変化幅が異なるので違って見えるだけ
軸目盛も違う(現在の立ち位置の違い)
18
翌期に引き上げ
翌期に引き下げ
今期
今期
非線形で表現力が高い関数
• テイラールールは線形
• わかりやすいが、本当に線形近似でよいか
• 変化方向や加速度を無視していないか
• 現在の立ち位置を無視していないか
– インフレ率が目標より高い時と低い時で、反応関数は同じ形状をしているか
• ニューラルネットの表現力、説明力の高さ
19
マーケット・マイクロストラクチャー
20
「JGB先物市場における即時執行制度とボラティリティ:戦略的注文行動の分析に
基づく人工証券市場を用いた検証」、現代ファイナンスNo.10、2001年9月(もしくは
日本銀行金融市場局ワーキングペーパーシリーズ、2001‐J‐1)http://www.boj.or.jp/research/wps_rev/wps_2001/data/kwp01j01.pdf
金融市場の作り方
• オークション(競争売買)市場かディーラー市場か
– オークション市場では、売り注文と買い注文がオーダーブック(注文板)の上で付き合わされる
– ディーラー市場ではディーラーが値付け業務を行う(買い気配値、売り気配値を出す)
• 自己ポジションで市場参加者の注文に売り買い向かうのがディーラー、注文の付け合せに専念するのがブローカー
– オークション市場は注文駆動方式、ディーラー市場は気配値駆動方式
– ディーラー市場では気配が一か所でまとめて表示される市場と分断されている市場がある
21
クイズ 下記の市場はどのタイプ?
• 国債、社債などの債券
• 東京証券取引所の株式、債券先物、株価インデックス先物・オプション市場
• 短期マネーマーケット:無担コール市場ほか
• 金利スワップ市場
• 外国為替市場
22
注文駆動型市場での注文タイプ
• 指値注文:リミット・オーダー
– 売り買いの値段を指定、すぐに約定するとは限らない
– 約定しなかった場合、注文板に残る=市場流動性を供給する注文
• 成行注文(なりゆき):マーケット・オーダー
– 値段を指定しない、売り買いの金額のみ
– 注文板の流動性を消費する
• 価格優先、時間優先の付け合せ原則
23
売り買い注文の適切な付合せルール
「JGB先物市場の注文付け合せ方法と価格変動」、副島、2001年
• 東京証券取引所が債券先物の注文付合せルールを変更(高速付合せ化)したら注文意図と異なる約定が増加し市場が予想外に荒れた。その後、再変更したら落ち着いた。
• 注文付け合せの「板」に流れ込む万件単位の注文フローのパターン性を分析、対象は再変更時の前後の2日間
• 状態依存型の注文フロー発生パターンを持つ人工証券市場を作成
• 付合せルールを変更し、結果を比較(制度の比較分析、市場デザインの重要性)
• その後、アルゴリズム取引が隆盛(注文フロー解析を先取りした研究)
24
注文板:オーダーブック
25
一気に価格が上昇するのを容認するか?
隠れた売り注文を板に(市場に)引き出せる可能性
例)その値段で大量の買い注文があるなら売り注文を出したい
↓
注文付け合せを一時的に止める合理性はありうる
注文駆動型市場での需要供給曲線
26
• 注文がマッチングした瞬間だけ市場が均衡し、その後、両曲線は離れる
• 間にあるのが、ビッド・アスク・スプレッド
朝の寄り付き後、板状況と約定注文
27
指値注文のタイプ分け
28
制度再変更の後
• ビッドアスク中値への指値比率が増加
• ベストビッド・ベストアスクへの指値注文が増加
• セカンドベスト以上以下への指値が減少
• まとめると、市場が効率化・安定化した
状態依存型の注文発生確率(1)
29
状態依存型の注文発生確率(2)
30
状態依存型の注文発生確率(3)サイズの問題
31
状態依存型の注文発生確率(4)サイズの問題
32
板情報の認知ラグのシミュレーション
33
シミュレーション結果• ボラティリティ上昇• ベストビッドアスクの更新回数は減少(注文精度の低下)
34
誤認注文を出す参加者の割合
インプリケーション
• 市場の制度設計はむずかしい
• 市場参加者の行動を知り、制度のディテイルがその行動や結果としての価格変動にどのような影響を及ぼすかよく考える必要
• 数万件の注文単位の分析は有効
• 人工証券市場での実験も有効
• アナリストの需要は大きい
35
後 に
• 市場はおもしろい、いろんなことが起こっている
• 起こっていることを理解するだけでも 「知の総合格闘技」っぽい
• 市場でプレイする、あるいは市場制度を作るとなると、なおさら総合格闘技
• 金融論は幅広い (もう一度、冒頭ページをみよう)
• 技術力が大事、プログラミングスキルは必須
• まずは、統計学と計量経済学、必要な数学も
• 本屋では理系の棚も覘いてみよう
文系理系の区分けはまったく無意味 使えるか使えないか、面白いか面白くないかが大事 (そのセンスはあなた次第)
36
その他の参考文献と内容紹介
「コール市場の資金取引ネットワーク」、金融研究第27巻別冊第2号、2008年11月、今
久保圭・副島豊、
http://www.imes.boj.or.jp/research/abstracts/japanese/kk27‐b2‐2.html
「GISでみる函館の姿:函館の人口と住宅、商圏分析への活用事例」、日本銀行函館支
店、講演資料、2017年4月http://www3.boj.or.jp/hakodate/kouen/kouen.htm
「Youはどうして函館に?ビッグデータを使った台湾人観光客の行動分析」、日本銀行
函館支店、講演資料、2017年3月http://www3.boj.or.jp/hakodate/kouen/kouen.htm
37
新たしい技術を知る参考に: ネットワーク理論、GIS、Web解析
データアナリストの需要が増加中、技術は身をたすく、それに面白い
以下は、経済学入門B(12月11日)の授業で紹介した内容の元ネタです