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報　文

ロシア・アルタイ山脈ソフィスキー永河における吉永観測

藤非理行1)，西尾文彦几亀田貴雄ふ

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　要　　旨

　2000年７月15日から24日にかけて，ロシア連邦アルタイ山脈のソフィスキー氷河の涵養域（標高

3450 m 地点）にて掘削を主とする氷河調査を実施した．本調査の目的は，ｎヽソフィスキー氷河での

雪氷コアによる過去の気候・環境変動研究の可能性の評価，2）ヘリコプター利用を含めた輸送や物

資調達等設営的課題の解決，3）ロシア人研究者との共同研究に関する検討で，2001年度に実施予定

の本調査の予備調査として位置づけられる．本報告では，目的の1）に関連して実施した12.3mコア

と，３ｍピットの現場観測結果および気象観測結果，さらに目的の2）に関連した事項について報告

する．ソフィスキー氷河涵養域は，表面から８ｍ深までは0.0･Cであり，それ以深はマイナスになり，

10m深で最低雪温ド0.H･C）を示した．また，表面から12.3m深で14層の薄茶色の層（汚れ層）

が観察された．氷河上の気温は－4～＋5.5°C，風速は０～５ ｍ／ｓで推移した．風向は西から南西が

卓越した．

キーワード：雪氷コア掘削，雪氷観測，気象観測，ソフィスキー氷河，アルタイ，ロシア連邦

Key words: ke coring, 91aciologica】observalion,meteorologica】observation,Sonyskiy Glacier, Altai，

　　　　　　Russian Federation

1.はじめに

　北半球の冬季の気候を支配しているシベリア高

気圧圈は，過去数十年の地球規模の温暖化が最も

進行している地域である．特に，1966年から

1995年の30年間では2°C以上の温暖化が起きて

いるが，この温暖化は特に冬季から春季にかけて

顕著であることが知られている（例えば，ChaP-

man and Walsh, 1993; Weller, 1998）.また，arctic

hazeで代表される北極域の大気環境汚染は，主

として化石燃料の消費による硫酸エアロゾルによ

るものであるが，一般に人間活動がそれほど活発

でないシペリア地域でも進行している．大気環境

汚染の実態については，シベリアは調査の空白域

とも言えるが，一部の鉱山都市からは多量の汚染

１）国立極地研究所北極圏環境研究センター

　　干173-8515東京都板橋区加賀1-9-10

2）千葉大学環境リモートセンシング研究センター

　　〒262-8522千葉市稲毛区弥生町１丁目33番

３）北見工業大学土木開発工学科

　　〒090-8507北海道北見市公園町165番地

物質が大気中に放出されている（AMAP,1997八

例えば，タイミル半島基部に位置する鉱業都市ノ

リリスク（北緯69°，東経89･）からは，年間200

万トンを越えるS02が放出されているが，これは

日本全体の年間の放出量（88万トン）を大きく

上回っている（太田，1998）.

　しかし，シベリアにおける過去数百年間の気

候・環境変動については，ほとんど知られていな

い．また，過去数十年の大気汚染と気候温暖化は，

人為起源の大気汚染物質（エアロゾル）の間接効

果による放射強制力の変化，特に冬季の夜間にお

ける逆転層内での氷霧の発生による放射冷却の減

少といったプロセスで進行している可能性もある

が，まだ実証的な研究はなされていない．

　アジアとシペリアの境界に位置するアルタイ山

脈の氷河は，こうしたシベリアでの温暖化や大気

環境汚染のバックグランドを探るのに最適な場所

に位置すると思われる．このような観点から，ロ

シア・アルタイ山脈の南チュイスキー山群

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雪氷62巻６号(2000)

図1

Fig.1

ロシア・アルタイ山脈ソフィスキー氷河における雪氷観測

ソフィスキー氷河十.の調査地点(“Camp")およびアルタイ共和国の位置.

Location of observation site(“(lamp")on Sonyskiy G】ader and Altai Repubk, Russian Federation.

(49°47'41″N,87°43'43″E;3454 m a.s.1.)であった．

ただし，1996年にロシア連邦で出版された

1/200,000地形図ではこれらの地点はおおよそ

(49°47'10″N,87°43'43"E ； 3450 m a.s.1.)に該当

した．氷河上での観測項目を表２にまとめた.

1)12.3mコア掘削

　図３にコア掘削風景，図４に12.3mコアの観

察結果および掘削孔内の温度分布を示す．この地

点はフィルンと氷板が互層であり，所々に

10mm以上の厚い氷板が観察された．粒径は

2.5m深までは２ｍｍ程度であったが，それ以深

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図2

Fig.2

CAMP SITE MAP

(SOFIYSKIY GLACIER)

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July2000

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ソフィスキー氷河上のキャンプサイト概要.

Camp sitemap on SonyskiyGlacier.

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吉永62巻６リバ2000）

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ロシア・アルタイ山脈ソフィスキー氷河における雲水観測

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　　　　　　図６　３ｍビットの観察結果.

　　　　　　Fig.6 Snow stratigraphyof a 3m pit.

0.3m深〔レベル3〕，0.6ヽ一〇.8m深（レベル2），

1.4ヽ一1.6m深（レベル1），1.7～1.8m深（レベ

ル1）となっていた．また，0.7～1.0m深の氷板

および3m深の厚い氷板は他の層よりも急な角度

をなしていた．これは冬季の比較的規模の大きな

ドリフトの堆積表面を示していると思われる.

3）気象および雪尺観測

　図７に気象観測結果を示す．観測期間中はおお

むね好天に恵まれた．気温は一４ヽ一十5.5°Cで推

移し，風速はｏ～５ ｍ／ｓ程度であった．風向は西

から南西が卓越した．

553

　図８に雪庇レベルの変化を示す．これは，方面

に折り尺（プラスチック製）を立てて，その周り

の雪庇の高さ変化を設置時（7/15目午後８時）

を基準として示したものである．７月15～17日

は降雪のために雪庇が上昇したが，それ以降は融

雪と昇華のために雪面レペルが低下した．７月15

日から24日（10日間）で110 mm 雪庇が低下し

た．また，７月21日には積雪表面に薄いクラス

ト層が積雪から数cm浮き上がるように形成され

た（図9）.

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吉永62巻６号(2000) ロシア・アルタイ山脈ソフィスキー氷河における雪氷観測

簡単な操作で開閉可能であり，窓を開けて氷河や

山などの写真撮影ができた.

2）バルナウルでの滞在費

　バルナウルでは氷河調査の準備および打ち合わ

せのために５日間滞在したが，その間の滞在費

（宿泊費および食費）は，平均すると１人１日当

たり2500円であった．宿泊費は日本の1/5程度，

食費（ホテルのレストランでの食事）は1/3程度

であった．ロシア人共同研究者によると，「レス

トランでの食事は非常に高いのでめったにしな

い」とのことであったが，この事情のために宿泊

費に比べて食費が相対的に高くなっているようで

あるが，日本での値段と比べるとずっと安い．バ

ルナウルでは食料品（肉，野菜，魚，パンなど）

は，問題なく購入することができた．なお，2000

年７月10日の時点では，１ドルが108円であった

ので，１ルーブルは3.8円に相当した.

3）アルタイの王妃

　「アルタイの王妃」の存在を知ったのは，バル

ナウル市のアルタイ州立大学地理学教室，ニコラ

イ教授との会談の席であった．その後，ソフィス

キー氷河からの帰途，ノボシビルスク市のアカデ

ミゴロドク科学都市に立ち寄り，人類学研究所を

訪問した時，初めて「アルタイの王妃」を見た．

凍土の中で凍結した状態で発掘され，ガラスケー

スに入ったミイラの顔には水滴がしたたり，まる

で寝息をたて眠っている様子であった．発掘後，

保存状態は悪く，傷みが激しいとはいうが，身体

には張りがあるし肌色も鮮やかである．私が今ま

で見た，エジプトなどの乾燥地域で発掘されたミ

イラとはイメージが全く違った．肩や手首には入

れ墨があり，お下げ髪は三つ編みである．凍結保

存されたミイラはこれほどまで生前の姿に近い状

態を生々しく残しているのか．オーストリア・ア

ルプスの氷河上流で発見された「5000年前の男」

も生前の姿を生々しく再現していたと言う．

　「アルタイの王妃」が発掘されたのは1993年の

夏である．発掘場所は，今回，我々が，掘削調査

に入ったソフィスキー氷河から南へ約70 km， 高

度2250 m のウコク高原で，小氷期から残ってい

る永久凍土地帯である．地図や衛星写真からウコ

ク高原を眺めると，永久凍土地帯に特徴的なツン

ドラ湖が点在する．ウコク（Ukok）とは現地語

555

で「地上の楽園」という意味で，天国にもっとも

近い土地という意味だそうである．ウコク高原の

南には,台地状の山塊にパターニナ氷河が懸かり，

高さ4374 m のナイラムダル山が位置し，ロシア，

モンゴル，中国の三国の国境の交交点となってい

る．今から約2500年前と云われる［アルタイの

王妃］が，なぜ寒冷な凍土地帯のウコク高原で発

見されたのだろうか．紀元前６世紀から２世紀こ

ろ，アルタイ地方に住んでいたと云われるパズル

ーク族はスキト人の一部族で，草原や山岳地帯の

より良い牧草地を求めて移動する遊牧民であっ

た．この時代，ユーラシア大陸の肥沃なステップ

地帯では多くの遊牧民の部族が住んでいたといわ

れる．アルタイ地方はシペリアの南部に位置し，

冬は平地で深さ１ｍ近い積雪に覆われる．ところ

がウコク高原は冬になっても，風が強いために積

雪がほとんどなく，牧草地が露出しているので，

羊や馬の放牧が可能であった．気温は寒くなって

も零下20度程度．平地の温度とさほど変わりは

ない.

　「アルタイの王妃」が発見されるには，もう一

つの理由があった．アルタイとは，金を産出する

する土地という意味があり,上地の豪族が死ねば，

その墳墓には当然のごとく多くの金銀の装飾品が

埋葬される．そして，平地に存在する古墳群はこ

とごとく盗掘され，かつミイラも破壊されるてい

るものが多く，人骨だけになっていると云う．と

ころがウコク高原で埋葬された「アルタイの王妃」

は永久凍上で凍結保存され，古墳が地上で判明し

ても盗掘者には，永久凍土は固くてとても盗む気

にはなれなかったのであろう.

　「アルタイの王妃」の発見（Polosmak,1994）以

来，多くの考古学的な新しい事が判明しているで

あろう．ソフィスキー氷河の雲水コアでの古気候

復元では，約2500年前の「アルタイの王妃」の

時代の環境復元には，現在のところ困難と思われ

るが，チンギス汗がアルタイ地方で活動した頃に

は戻りたいものである．そして大陸域での吉永コ

アによる吉永考古学をさらに発展させたいもので

ある．

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吉永62巻６号（2000）

雪氷写真館⑩　ロシア・アルタイ山脈での雲水観測

写真１

写真２

写真４

写真３

写真1.南チュイスキー山群のソフィスキ

　　　　ー氷河

　　　　(Sofiyskiy Glacier,SOLJth Chuyskiy

　　　　　Range,RUssian Federation)

写真２．氷河上のキャンプ風景

　　　　　(Campin9on Sofiyskiy Gjacier)

写真３．３ｍピヽソトの様子。

　　　　　(3m pit at Sofiyskiy Glacier)

写真4.北チュイスキー山群のマリイ・ア

　　　　クトゥル水月

　　　　(Maliy　Aktru　Glacier，North

　　　　　Chuyskiy Range)

--

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