コンクリート構造物への...

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Vol.71 No.6 2014.6 20 特集  コンクリート構造物を長寿命化させるためには,その耐久性を知ることが重要 ですが,これまでコンクリート構造物の耐久性に大きく影響する『水』については, 一部の現場技術者の間で経験的に知られていたものの,理論体系にはほとんど組み 込まれていませんでした。この『水』の影響を取り入れた維持管理技術を発展させ ることで,構造物の実状に合った劣化の進行予測やより適した対策ができるように なると考えています。本特集記事では,その一環として進めているコンクリート構 造物への水分浸透について紹介します。 コンクリート構造物への 水分浸透の影響を調べる 上田 洋 Hiroshi Ueda 材料技術研究部 コンクリート材料研究室 室長 [専門分野]コンクリー ト工学 飯島 亨 Toru Iijima 材料技術研究部 コンクリート材料研究室 主任研究員 [専門分野]コンクリー ト工学 鈴木 浩明 Hiroaki Suzuki 材料技術研究部 コンクリート材料研究室 研究員 [専門分野]コンクリー ト工学 水や酸素が必要であり,水に着目する ことが重要です。この考え方は,コン クリート構造物の維持管理などの実務 に携わる方の間では昔からしばしば言 われてきましたが,最近になって水に 着目した情報発信も活発になってきて おり 2~4) ,コンクリートの世界が大き く変わろうとしています。 水の浸透 この鉄筋腐食と水との関係にもう少 し着目してみますと,二酸化炭素や塩 化物イオンなど腐食につながる何らか の因子があった場合に,降雨などでコ ンクリート中に浸透した水が鉄筋位置 に達すると,鉄筋腐食が進みやすくな ると考えられます。逆に言えば,水を 鉄筋位置まで浸透させないことが,コ ンクリート構造物を長期的に守るため の一つの方策になります(図2)。 そのためにはどうすれば良いでしょ うか。一つは,コンクリートの品質を 高めて水が入りにくいものにすること です。もう一つは「かぶり」と呼ばれる, 鉄筋の外側に施工するコンクリートの 厚さを増すことです。ほかに,水がか からないようにする工夫も必要ですが, はじめに コンクリートは,水を吸います。試 しに水を少しかけてみると,水がコン クリート中に徐々にしみ込んでいく様 子がわかります。ここで紹介する研究 は,コンクリートのどの位の深さまで 水がしみ込んでいくかを調べたりして いるものです。それでは,なぜこのよ うな研究が必要なのでしょうか。 鉄筋の腐食 多くのコンクリート構造物では,中 に鉄筋と呼ばれる鋼材が入っていて, コンクリートと鉄筋が役割分担をして 強さを発揮していますが,鉄筋がさび てしまうと性能をきちんと発揮するこ とができません。鉄筋は,その外側に あるコンクリートに守られることでさ びるのを防いでいますが,塩化物イオ ンや空気中の炭酸ガスがコンクリート に浸透して鉄筋周辺に達したりすると 鉄筋はさび始めると言われています 1) ところが,実際のコンクリート構造 物で鉄筋がさびている箇所を調べてみ ると,その多くは水がかかっている 箇所であることがわかってきました 図1)。実際,鉄筋がさびるためには 鉄道一般 電力 信号通信 情報 軌道 人間科学 浮上式鉄道 車両 環境 防災

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Page 1: コンクリート構造物への 水分浸透の影響を調べるbunken.rtri.or.jp/PDF/cdroms1/0004/2014/0004006069.pdf20 Vol.71 No.6 2014.6 特集 水 コンクリート構造物を長寿命化させるためには,その耐久性を知ることが重要

Vol.71 No.6 2014.6 20

特集 水

 コンクリート構造物を長寿命化させるためには,その耐久性を知ることが重要ですが,これまでコンクリート構造物の耐久性に大きく影響する『水』については,一部の現場技術者の間で経験的に知られていたものの,理論体系にはほとんど組み込まれていませんでした。この『水』の影響を取り入れた維持管理技術を発展させることで,構造物の実状に合った劣化の進行予測やより適した対策ができるようになると考えています。本特集記事では,その一環として進めているコンクリート構造物への水分浸透について紹介します。

コンクリート構造物への水分浸透の影響を調べる

上田 洋Hiroshi Ueda

材料技術研究部コンクリート材料研究室室長

[専門分野]コンクリート工学

飯島 亨Toru Iijima

材料技術研究部コンクリート材料研究室主任研究員

[専門分野]コンクリート工学

鈴木 浩明Hiroaki Suzuki

材料技術研究部コンクリート材料研究室研究員

[専門分野]コンクリート工学

水や酸素が必要であり,水に着目する

ことが重要です。この考え方は,コン

クリート構造物の維持管理などの実務

に携わる方の間では昔からしばしば言

われてきましたが,最近になって水に

着目した情報発信も活発になってきて

おり2~4),コンクリートの世界が大き

く変わろうとしています。

水の浸透 この鉄筋腐食と水との関係にもう少

し着目してみますと,二酸化炭素や塩

化物イオンなど腐食につながる何らか

の因子があった場合に,降雨などでコ

ンクリート中に浸透した水が鉄筋位置

に達すると,鉄筋腐食が進みやすくな

ると考えられます。逆に言えば,水を

鉄筋位置まで浸透させないことが,コ

ンクリート構造物を長期的に守るため

の一つの方策になります(図2)。

 そのためにはどうすれば良いでしょ

うか。一つは,コンクリートの品質を

高めて水が入りにくいものにすること

です。もう一つは「かぶり」と呼ばれる,

鉄筋の外側に施工するコンクリートの

厚さを増すことです。ほかに,水がか

からないようにする工夫も必要ですが,

はじめに コンクリートは,水を吸います。試

しに水を少しかけてみると,水がコン

クリート中に徐々にしみ込んでいく様

子がわかります。ここで紹介する研究

は,コンクリートのどの位の深さまで

水がしみ込んでいくかを調べたりして

いるものです。それでは,なぜこのよ

うな研究が必要なのでしょうか。

鉄筋の腐食 多くのコンクリート構造物では,中

に鉄筋と呼ばれる鋼材が入っていて,

コンクリートと鉄筋が役割分担をして

強さを発揮していますが,鉄筋がさび

てしまうと性能をきちんと発揮するこ

とができません。鉄筋は,その外側に

あるコンクリートに守られることでさ

びるのを防いでいますが,塩化物イオ

ンや空気中の炭酸ガスがコンクリート

に浸透して鉄筋周辺に達したりすると

鉄筋はさび始めると言われています1)。

 ところが,実際のコンクリート構造

物で鉄筋がさびている箇所を調べてみ

ると,その多くは水がかかっている

箇所であることがわかってきました

(図1)。実際,鉄筋がさびるためには

鉄道一般

電力

信号通信情報

軌道

人間科学

浮上式鉄道

車両

環境

防災

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Vol.71 No.6 2014.6 21

屋外で長期間使用するものだけに,少

しぐらい水がかかっても問題が起きな

いようにすることが重要です。

 コンクリートの品質を高めるにして

も,かぶりを増やすにしても,まず水

がどの程度の深さまで入るかがわから

ないと先に進めません。そこで,色々

な方法を用いて水の浸透を調べてみま

した。なお,水は図1のように桁の端

にある隙間から流下したりするほか,

雨が吹き込むことで高架下の柱にもか

かることがありますので(図3),水の

動きは色々なところで考えないといけ

ません。

水の浸透を調べる方法 コンクリートへの水の浸透を知るに

はいくつかの方法がありますが,測定

に時間がかかると蒸発して水の状態が

変わってしまうこともあり,必ずしも

簡単ではありません。コンクリート試

料を作製して水に浸し,吸水前後の重

さを測ることで入った水の量を知るこ

とはできますが,どの深さまで入った

のかがわかりません。

 色々と試行した結果,ここではコン

クリートを削孔して2本の測定端子を

中に入れ,端子間の電気抵抗から含水

率を推定する方法を応用し,これらの

端子をさまざまな深さに埋め込んだコ

ンクリート試験体を作製して測定す

ることとしました。また,水を吸わせ

たコンクリートを割ると,水の入った

部分が黒っぽく見えることから,この

黒っぽい部分の深さを測るといった,

ある意味で原始的な方法も合わせて行

いました。

水の浸透深さ コンクリートへの水の浸透を,色々

な品質のコンクリートを作製して測定

してみました。その一例は図4に示す

とおりで,品質が低いと7日間の浸漬

で水はコンクリート内部に70mm以

上浸透しますが,品質が高い場合には

30mm未満で浸透が止まる様子がわか

ります。また,同じ材料を同じ量用い

ても,その後の養生によって水の浸透

深さが大きく変わることもわかりまし

た。最近,現場でもコンクリートの養

生が改めて見直されており,耐久性の

高いコンクリート構造物の建設につな

がっていると考えています。

 一般的な品質のコンクリートを,測

定端子を用いて調べた結果では,図5

に示す例のように,最初に深さ10mm

の端子が水の到達を検知し,その後に

深さ30mmと深さ50mmの端子がそ

れぞれ順番に水の到達を検知している

ことがわかります。このコンクリート

では,深さ50mmの端子が水を検知

するまでに3日以上かかっており,言

い換えれば1~2日程度の水の作用で

は深さ50mmまでは水が浸透しない

ことがわかります。

 水が入る深さは意外に小さいと思わ

図4 品質による水分浸透深さの違い図3 コンクリート構造物への水がかり

図2 水の浸透と鉄筋腐食図1 水のかかる箇所での鉄筋露出

水 水 水 水

水 + 酸素の供給 ⇒ 腐食しやすい環境変化せず ⇒ 腐食しにくい鉄筋位置に水が浸透しない場合 鉄筋位置に水が浸透する場合

0

20

40

60

80

0 1 2 3 4 5 6 70

20

40

60

80

0 1 2 3 4 5 6 7浸漬日数(日)

浸透大

品質が低い場合

水セメント比60% 水セメント比40%

浸漬日数(日)

水分浸透深さ(mm)

水分浸透深さ(mm)

品質が高い場合

※試験体を割裂して黒っぽくなった部分の深さを測定

浸透小

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Vol.71 No.6 2014.6 22

れた方も多いのではないでしょうか。

雨の降る時間 1回の雨はどの位の時間降っている

のでしょうか。気象庁がまとめている

1時間ごとの降水データを1年分調べ

てみました(図6)。なお,ここでは降

水が一旦中断した場合は,その前後を

それぞれ別の降水としています。その

結果,1時間未満といった短時間の降

水が一番多く,24時間以上継続する降

水は少ないことがわかりました。そう

すると,図5のコンクリートでは1回

の降水でコンクリートに浸透する水の

深さは,数mmから30mm程度にな

ります。もちろん,実際の降水と浸漬

試験とでは水のかかり方が違いますが,

だいたいの感じはつかめます。鉄筋の

かぶりはだいたい30~100mm程度で

部材の種類や立地などにより異なりま

すが,実際に鉄筋がさびる箇所は所定

のかぶりよりも小さく施工された箇所

に多くみられ,浸透した水が鉄筋に達

している可能性がうかがえます。また,

表面付近のコンクリートが重要な役割

を果たしていることもわかります。な

お,実際には雨が降ったあともしばら

く水が回る図1のような箇所では,浸

透する水の深さはもっと大きくなりま

す。したがって,このように水が回る

箇所5)により留意することが重要です。

界面における水の浸透 これまでの説明は,コンクリートく

体そのものへの水の浸透ですが,コン

クリート同士あるいはコンクリートと

断面修復材などの補修材との施工界面

などでは状況が異なります。以前に

行った研究から,このような界面での

水分移動抵抗性は全体的に低いことが

わかっています5)。断面修復材は,コ

ンクリート構造物の補修に多く利用さ

れていることから,コンクリートとの

界面での水の浸透が抑制されると,補

修後の耐久性が大きく向上します。そ

こで,断面修復材の施工前に行われる

下地処理の違いがどの程度影響するの

かについて調べてみました。

 図7はその一例で,断面修復材をコ

ンクリートが乾燥した状態のままや水

で湿らせてから施工するよりも,事前

にプライマーと呼ばれる材料を塗布す

ることで透水係数が低下し,水分移動

に対する抵抗性が高くなることがわか

りました。なお,コンクリートを電動

ピックではつり取ると,微細なひび割

れの影響で抵抗性が下がる傾向も見ら

れますので,詳細にはさらなる検討が

必要ですが,このような補修界面での

水の移動を極力防ぐ方法を見出すこと

は,補修効果を大きく高め,コンクリー

ト構造物の長寿命化に寄与すると考え

ています。

鉄筋腐食への影響 次に,コンクリートに含まれる水が

鉄筋腐食に及ぼす影響について調べて

みました。その一例が図8で,コンクリー

ト中に多くの塩化物イオンを含む場合

には,コンクリートの含水率が高くな

るほど鉄筋の腐食速度が明らかに高く

なることがわかります。現在,塩害を

受けたコンクリートでは塩化物イオン

量を鉄筋腐食進行の指標としています

図7 補修材施工前の下地処理が水分移動抑制に及ぼす効果

図6 1回の降水での降水時間の分布図5 水分浸透試験結果の例

5.0

5.5

6.0

6.5

7.0

7.5

8.0

8.5

0 1 2 3 4 5 6 7浸漬開始からの日数(日)

水セメント比= 50%,封かん養生

コンクリートの内部含水率(%)

深さ

30mm50mm70mm

10mm

0

20

40

60

80

6010 20 40 5030降水時間(時間)

回数(回)

東京(2010年)※気象庁データをもとに作成

1

10

100

1000

10000

100000

乾燥 水湿し プライマー処理

コンクリート表面:目荒らし(※:はつり取り)

※←良い  品質  悪い→

透水係数(×10

-12 m/s)

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Vol.71 No.6 2014.6 23

文 献1) 鉄道総合技術研究所編:鉄道構造物等

維持管理標準・同解説(構造物編 コンクリート構造物編),丸善,2007

2) 土木学会:コンクリート標準示方書[維持管理編],pp.114-118,丸善,2013

3) 松田芳範:コンクリートの劣化・損傷 に 及 ぼ す 水 の 影 響 に つ い て, コンクリート工学,Vol.51,No.10,pp.814-818,2013

4) 岸利治:コンクリート中への水の浸入の理解と制御,そして活用,コンクリート工学,Vol.51,No.12,pp.989-994,2013

5) 上 田 洋: 水 の 動 き か ら み た コ ン クリート構造物のメンテナンス,RRR,Vol.68,No.4,pp.22-25,2011

が,水の状態を取り込むことでより正

確な判断につながると考えています。

酸素の影響 コンクリート中の鉄筋腐食は,はじ

めに触れたように水のほかに酸素の影

響も受けます。この時,どのような状

態の酸素が影響するのかについてはま

だ研究途上ですが,水の中に溶け込ん

でいる溶存酸素が大きく影響するので

はないかと考えています。溶存酸素は,

水の中にいる魚が呼吸をするのに使っ

ているもので,水槽で魚を飼う時には

溶存酸素がなくならないように泡を送

ることも多いと思います。

 このように,魚にとっては重要な溶

存酸素ですが,鉄筋にとっては腐食に

つながるものと考えており,溶存酸素

を含む水が鉄筋位置に達することで,

腐食を促進していると推定しています。

 鉄筋腐食に及ぼす酸素の影響を調べ

るのは,水の影響を調べるよりもさらに

難しいのですが,ここでは基礎的な試

験として,セメントを練り混ぜる時に

用いる水の溶存酸素量を変えた試験を

行いました(図9)。その結果,塩化物イ

オンを添加したものでは,溶存酸素の

多い水を使うことで鉄筋の腐食速度が

高くなることがわかります。なお,溶

存酸素は時間とともに消費されますの

で,腐食速度も少しずつ減少しますが,

一旦乾燥した後に溶存酸素を含む水が

再び供給されると鉄筋腐食も再び進み

やすくなります。コンクリートへの水

分浸透を知ることで,この溶存酸素の影

響もわかるようになると考えています。

おわりに 水の動きを考慮したコンクリート構

造物の耐久性に関する研究は,まだま

だこれからともいえますが,研究が進

むことで,実際に起きている現象を的

確に捉えることができるようになり,

より適した対策をとることもできるよ

うになると考えています。

 コンクリート構造物は,簡単に取り

替えることができません。水や酸素の

動きに着目した技術を活用し,水を毒

としてではなく薬として用いることで

(図10),膨大な量のコンクリート構

造物を長寿命化させることにつなげて

いきたいと考えています。

図10 水との付き合い

図9 練混ぜ水の溶存酸素量を変えた時の鉄筋腐食速度の違い

図8 水の存在が鉄筋腐食に及ぼす影響

0

1

2

3

4

5

6

7

0 0.2 0.4 0.6 0.8 1

1/コンクリート抵抗(1/kΩ)

塩化物イオン量5kg/m3

1.2kg/m30kg/m3 0.6kg/m3

2kg/m3

←少ない  コンクリートの含水率  多い→

鉄筋の腐食速度(mg/cm

2 /年)

0

10

20

30

40

50

0 2 4 6

材齢7日

8初期溶存酸素(mg/ℓ)

鉄筋の腐食速度(mg/cm

2 /年) 塩化物イオン量

10kg/m3

5kg/m3

1.2kg/m3 0kg/m3

毒××

水を薬とすることで長寿命化を実現

練り混ぜ時の過大な水による品質低下,鋼材腐食,凍害,化学的侵食・・・

セメントの水和,コンクリートの養生,酸素・二酸化炭素の浸透防止・・・

毒練り混ぜ品質低下化学的侵