キャピラリーを用いたマイクロクラスタービームの生成キャピラリーを用いたマイクロクラスタービームの生成...

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キャピラリーを用いたマイクロクラスタービームの生成 ~癌細胞をそのまま分析~ 工学研究科 機械系工学専攻 教授 持地 もちじ 広造 こうぞう 二次イオン質量分析,ガラスキャピラリー,クラスター 二次イオン質量分析 ( SIMS:Secondary Ion Mass Spectrometry ) は、試料に一次イ オンを照射したときに放出される二次イオン の質量を計測することで試料表面に存在する 物質を分析する方法である(図1).これまで, 高感度な表面分析として広く利用されてきた.しかし,有機材料に 応用する際,一次イオンの照射により有機分子が分解し,質量分析 が困難になるという問題があった.我々は,アルゴン原子が数千個 凝集してできたクラスターイオンを一次イオンに利用する SIMS 装 置を開発し,試料分子の分解を大幅に抑制することに成功した.こ のクラスターSIMS 装置を試料の微小部局所分析に応用するために は,クラスターイオンビームをマイクロメートル以下に集束する必 要がある.本研究では,ガラスキャピラリーを用いたクラスターイ オンの集束方法を開発した.キャピラリーはガラス管の入口から出 口に近づくに従って細くなっている(図2,3).キャピラリーに入 射したイオンが内壁に衝突して帯電し,後続イオンがクーロン散乱 によって出口から出射されれば,出口近傍に試料を置くことで,ほ ぼ出口サイズのビームが利用可能となる.キャピラリーを用いた単 原子イオンの集束効果は報告されているが,クラスターイオンにつ いては本研究が初めてである.これまでに,1500 個のアルゴン原子 から成るクラスターイオンをガラスキャピラリー(出口径:48~ 140μm)に通過させ,集束率(入射イオンと出射イオンの密度比) 7 倍で集束させることに成功した.キャピラリー通過によるクラス ターイオンの質量減少は 20~30%に抑えられることが判明した.さ らに,ガラスキャピラリーからはイオン成分の他に電荷を持たない 粒子の出射が確認され、これらは電荷を消滅した中性のクラスター であることが判った. 現在、生体分析には MALDI 法が専ら利用さ れている.しかしこの方法は,レーザー照射 による分子の分解を抑えるために試料をマ トリックス材に混合しなければならない.一 方,我々が開発したアルゴンクラスターSIMS 装置を利用すれば,生体分子をマトリックス材なしでそのまま分析できるので,生体分析へ普及が十分期 待される.さらに今回開発したキャピラリーによるクラスターイオンビームの集束法を適用すれば,生体 材料を含むさまざまな試料の局所分析や特定の原子・分子の分布を計測することができる.この集束方法 は電磁レンズを利用しないので装置が大幅に簡素化され,また装置コストの点でも有利である.今後,癌 などに罹患した生体細胞をそのまま分析し,劣化したタンパク質分子の所在を確定したり,また,複合ポ リマーの表面や界面における特定分子の分布を計測することも可能である.一般に,有機材料の SIMS 分析 では一次イオン照射による試料の帯電が問題になることがある.今回の研究で,ガラスキャピラリーから 電荷を消失した中性のクラスターが出射することが判明しており,これらの中性クラスタービームを一次 粒子に用いることができれば,帯電問題の解決にも貢献できるものと期待される. 図 2.キャピラリーを用いた イオンビームの集束原理 図 1.二次イオン質量分析 図3.製作したガラスキャピラリー の一例

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Page 1: キャピラリーを用いたマイクロクラスタービームの生成キャピラリーを用いたマイクロクラスタービームの生成 ~癌細胞をそのまま分析~

キャピラリーを用いたマイクロクラスタービームの生成 ~癌細胞をそのまま分析~

工学研究科 機械系工学専攻

教授 持地も ち じ

広造こうぞう

二次イオン質量分析,ガラスキャピラリー,クラスター

二次イオン質量分析 ( SIMS:Secondary

Ion Mass Spectrometry ) は、試料に一次イ

オンを照射したときに放出される二次イオン

の質量を計測することで試料表面に存在する

物質を分析する方法である(図 1).これまで,

高感度な表面分析として広く利用されてきた.しかし,有機材料に

応用する際,一次イオンの照射により有機分子が分解し,質量分析

が困難になるという問題があった.我々は,アルゴン原子が数千個

凝集してできたクラスターイオンを一次イオンに利用する SIMS 装

置を開発し,試料分子の分解を大幅に抑制することに成功した.こ

のクラスターSIMS 装置を試料の微小部局所分析に応用するために

は,クラスターイオンビームをマイクロメートル以下に集束する必

要がある.本研究では,ガラスキャピラリーを用いたクラスターイ

オンの集束方法を開発した.キャピラリーはガラス管の入口から出

口に近づくに従って細くなっている(図 2,3).キャピラリーに入

射したイオンが内壁に衝突して帯電し,後続イオンがクーロン散乱

によって出口から出射されれば,出口近傍に試料を置くことで,ほ

ぼ出口サイズのビームが利用可能となる.キャピラリーを用いた単

原子イオンの集束効果は報告されているが,クラスターイオンにつ

いては本研究が初めてである.これまでに,1500 個のアルゴン原子

から成るクラスターイオンをガラスキャピラリー(出口径:48~

140μm)に通過させ,集束率(入射イオンと出射イオンの密度比)

7 倍で集束させることに成功した.キャピラリー通過によるクラス

ターイオンの質量減少は 20~30%に抑えられることが判明した.さ

らに,ガラスキャピラリーからはイオン成分の他に電荷を持たない

粒子の出射が確認され、これらは電荷を消滅した中性のクラスター

であることが判った.

現在、生体分析には MALDI 法が専ら利用さ

れている.しかしこの方法は,レーザー照射

による分子の分解を抑えるために試料をマ

トリックス材に混合しなければならない.一

方,我々が開発したアルゴンクラスターSIMS

装置を利用すれば,生体分子をマトリックス材なしでそのまま分析できるので,生体分析へ普及が十分期

待される.さらに今回開発したキャピラリーによるクラスターイオンビームの集束法を適用すれば,生体

材料を含むさまざまな試料の局所分析や特定の原子・分子の分布を計測することができる.この集束方法

は電磁レンズを利用しないので装置が大幅に簡素化され,また装置コストの点でも有利である.今後,癌

などに罹患した生体細胞をそのまま分析し,劣化したタンパク質分子の所在を確定したり,また,複合ポ

リマーの表面や界面における特定分子の分布を計測することも可能である.一般に,有機材料の SIMS 分析

では一次イオン照射による試料の帯電が問題になることがある.今回の研究で,ガラスキャピラリーから

電荷を消失した中性のクラスターが出射することが判明しており,これらの中性クラスタービームを一次

粒子に用いることができれば,帯電問題の解決にも貢献できるものと期待される.

図 2.キャピラリーを用いた

イオンビームの集束原理

図 1.二次イオン質量分析

図 3.製作したガラスキャピラリー

の一例

Page 2: キャピラリーを用いたマイクロクラスタービームの生成キャピラリーを用いたマイクロクラスタービームの生成 ~癌細胞をそのまま分析~

スパッタリングプロセスを用いた非鉛強誘電体 BiFeO3薄膜

の高品質化 〜量産に適したプロセスによる単結晶薄膜の作製〜

工学研究科 電気系工学専攻

助教 中嶋誠二なかしませいじ

非鉛強誘電体、BiFeO3、スパッタリング、高品質薄膜形成、

単結晶薄膜

【研究背景と課題】 強誘電体は不揮発性メモリ、アクチュエータ、各種センサ等

幅広いデバイスに応用されている。近年、欧州 RoHS 指令や WEEE 指令に代表される

環境保護に関する法規制により強誘電体材料の非鉛化が急務である。BiFeO3(以下

BFO)は薄膜において良好な強誘電性を示すことが 2003 年に Science 誌で報告され、

以来盛んに研究されている。しかし、BFO は高品質薄膜の作製が難しいことが知られ

ており、室温において良好な強誘電性を報告しているのは世界でも数研究グループのみである。我々は量

産に適したスパッタリングプロセスを用いた単結晶薄膜の作製を目指し、そのためには、①組成の詳細な

制御、②結晶成長方向の制御が必要であると考えた。

【課題を解決するための具体的アイデア】

①組成の詳細な制御 BiFeO3の構成元素のうち Bi は揮発性

が高く、成膜温度(600℃程度)においては一旦基板上に付

着した Bi 原子が著しく再蒸発する。そこで、基板上に供給

される Bi/Fe 比を詳細に制御し、作製された BFO 薄膜の組

成が Bi/Fe=1 に近くなるよう最適条件を見出した。

②結晶成長方向の制御 基板に用いる SrTiO3は立方晶(単位

胞は各面が正方形の六面体)であり、この上への菱面体晶

(単位胞は各面が菱形の六面体)である BFO の配置(面内

配向)は図 1に示すように4種類存在する。そこで、<110>

方向に 4°傾いた微傾斜基板を用いることで SrTiO3基板の

原子ステップの方向をそろえることを考えた。BFO はステ

ップ端から成長することから、図2のように 1 種類の面内

配向に限定することを試みた。

【実験結果】 基板温度 612℃、スパッタ圧力 0.86 Pa、酸

素分圧 0.44 Pa にて、傾斜なし、および微傾斜基板上に作製

した BFO 薄膜の表面形状像を図 3に示す。微傾斜基板を用い

ることで結晶の成長方向が<110>方向に揃っていることがわ

かる。また X線逆格子空間マッピング測定からは面内配向の

種類に相当する BFO の回折スポット数が、微傾斜基板を用い

ることで 4個から 1個へ減っていることを確認しており、面

内配向を制御に成功した。これらの BFO 薄膜における Bi/Fe

組成比は 1.08 および 1.06 であり、1に近いことも確認して

いる。さらに、強誘電性ヒステリシスループを確認したとこ

ろ、微傾斜基板上に作製した BFO 薄膜において室温で完全に

飽和した特性が確認できた。(図 4)

本研究の優位性は、高品質薄膜の作製が難しいことで知られる BFO 薄膜において、

単結晶に近い薄膜の作製に成功した点にある。さらに、量産に適したプロセスであ

るスパッタリングによりそれを実現した点にある。

図1 (a)傾斜なし、(b)微傾斜 SrTiO3 基板上

への BFO の結晶成長

図3 (a) 傾斜なし、(b)微傾斜基板上に

作製した BFO 薄膜の表面形状像

図4 (a) 傾斜なし、(b)微傾斜基板上に作製し

た BFO 薄膜の強誘電性ヒステリシスループ

発表論文 1) S. Nakashima et al., Jpn. J. Appl. Phys., (2012).(accepted) 2) S. Nakashima et al., Current Applied Physics, 11, S244 (2011). 3) S. Nakashima et al , Jpn. J. Appl. Phys., 50 09NB01 (2011). 学会発表 国内学会 4件、国際会議 4件

100

001

010

STOBFO r1r2

r3 r4100

001

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ステップ端

STO

BFO

r1

(b)(a)

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STOBFO r1r2

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ステップ端

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–1000 –500 0 500 1000–100

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Electric Field [kV/cm]

Pola

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ion

[C

/cm

2 ]

20kHzR.T

電界 (kV/cm)-1000 -500 0 1000500

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0

-100

-50

(a)室温

–1000 –500 0 500 1000–100

–50

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Electric Field [kV/cm]

Pola

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分極量

(C

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(b)室温

分極量

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(a)室温

–1000 –500 0 500 1000–100

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Electric Field [kV/cm]

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分極量

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(b)室温

分極量

(C

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光反応性高分子液晶への熱ナノインプリント 〜新機能デバイス作製に向けて〜

高度産業科学技術研究所 おかだ まこと

助教 岡田 真

ナノインプリント、電子ビームリソグラフィー、

走査型プローブ顕微鏡、光学デバイス

ナノインプリント技術とは電子ビームリソグラフィーなどで作製した金型(モー

ルド)を樹脂(レジスト)に押し付け、モールド上のパターンをレジストへ転写す

る技術である。主に熱ナノインプリントと紫外光(UV)照射プロセスを有する UV ナ

ノインプリントに大別される。前者の場合はレジストとして熱可塑性樹脂や熱硬化

性樹脂を用い、後者は UV 硬化性樹脂を用いる。図 1に熱可塑性樹脂を用いた場合の

熱ナノインプリントプロセス図を示す。このように、モールドを押し付けるだけでナノメートルからマイ

クロメートルサイズのパターンを作製することが可能であり、様々な分野へ応用・展開が図られている。

液晶はソフトマターの代表例であり、主に光学ディスプレイとして用いられている。液晶分子は自然状

態では分子の長軸方向に緩やかな規則性で並んでいる。近年、偏光紫外光(LPUV)と熱処理によって配向

制御可能な光反応性高分子液晶に関する研究が盛んであり、当大学工学研究科物質系工学専攻の川月教授

が P6CAM という光反応性高分子液晶を合成されている。ただ、LPUV による配向制御法ではナノメートルス

ケールで液晶を配向制御する事が難しい。また、従来のリソグラフィー技術で液晶を直接加工しようとし

た場合、レジスト塗布やエッチングプロセスなどが液晶に与える影響が大きく、加工は困難であった。し

かし、プレスプロセスであるナノインプリント技術を用いれば、液晶を直接微細加工することができ、さ

らに配向制御も可能である。本研究では従来の技術では難しかった液晶へのナノパターニングと配向制御

を組み合わせることで新機能デバイスの作製を目指している。

これまでの川月教授との共同研究により、P6CAM に熱ナノインプリントを行うことで P6CAM 上にナノパ

ターンを作製でき、かつ P6CAM 分子が配向する事を見出している。そこで本実験では、熱ナノインプリン

トにおける P6CAM 配向現象に関する研究の一環として P6CAM に対し複雑な三次元パターンを作製し、配向

観察を行った。 図 2 に熱ナノインプリントで作製された三次元パターンの原子間力顕微鏡(AFM)像と偏光

顕微鏡(POM)写真を示す。AFM 像から 2 m ラインアンドスペース(L&S)パターンのスペース部分に 1 m-L&S

パターンが存在している事が確認できる。また、POM 写真を見るとライン幅によって明暗が異なっている

事が確認できた。

ナノインプリント技術をは簡便なプロセスで微細構造を作製できるプロセスであ

る。液晶のような従来のリソグラフィー技術では加工が難しい物に対しても容易に加

工ができるため、これまでとは異なる現象・特性の発現が期待される。

投稿論文 M. Okada, et al., Jpn. J. Appl. Phys. 49, 128004 (2010).

特許 松井真二、川月喜弘、岡田真、岡本利樹 高分子液晶の配向制御方法

特願 2010-49943

図 1 熱ナノインプリントプロセス図 図 2 インプリントされた P6CAM パターンの

AFM 像(左)と POM 像(右)

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軽元素機能材料の放射光軟X線分析 〜ニュースバル BL-10 を利用した B,C,N,O 等の精密分析はお任せください〜

工学研究科 物質系工学専攻

教授 村松康司むらまつ やすじ

放射光,軟X線分析,材料分析,軽元素材料,ホウ素,炭

素,窒素,酸素,化学状態,電子状態,局所構造

高輝度なX線であるシンクロトロン放射光(図 1)を利用した放射光軟X線分光法

は,材料を構成する原子や分子の姿を電子・化学状態の観点から詳細に描ける最先端

の分析手法である。特にホウ素(B),炭素(C),窒素(N),酸素(O)など軽元素の

精密分析ができるため,最近ではナノ材料,電池材料,ソフトマターなどのエネルギ

ー・環境材料の分析評価技術として注目されている。 兵庫県立大学は国内の大学では最大規模の放射光施設ニュースバル(NS)を保有し,これは放射光軟X

線分析に適する。そこで,我々は NS で放射光軟X線分析研究を行うため,高度産業科学技術研究所(高度

研)の木下研究室の協力を得て多目的ビームライン BL-10 の分析環境構築に取組んでいる。これまでに,高

エネルギー対応の回折格子(G2: 1800 mm-1)をビームライン分光器に組込み,X線強度を低下させるビーム

ラインミラー(M0, M1)の炭素汚染を除去した(図 2)。これにより,70〜700 eV 領域の軟X線吸収分析が

可能となった。現在,分析可能な元素は,K 吸収端を測定する B, C, N, O の他,L 吸収端の Al, Si, P, S, Cl, Ar, K, Ca, Sc, Ti, V, Cr, Mn である。実試料の分析として,姫路城いぶし瓦の分析を試みた(図 3)。いぶし瓦は焼

結粘土素地の上に炭素のいぶし膜を被覆した瓦であり,昭和の大修理時(昭和 33 年)に製造された姫路城

いぶし瓦はこれまで約 50 年間の風雨日照に曝されてきた。この風化によって瓦表面のいぶし膜は酸化され,

カルシウムが多く付着することがわかった。このようなX線吸収スペクトルの形状と強度を詳細に解析する

ことにより,材料の化学状態や局所構造さらには各元素の存在量を明らかにすることができる。

我々は 1990 年代初頭より放射光軟X線発光・吸収分光法を駆使した軽元素材料の分

析研究を先駆的に展開してきた [Y. Muramatsu et al., Chemical state analysis of light elements by undulator-radiation-excited X-ray fluorescence, Nucl. Instr. and Meth., B 75, 559-562 (1993)]。この約 20 年にわたる軟X線分光計測技術の開発,膨大なスペクトル

データベースの蓄積,量子化学計算(DV-X , CASTEP)による理論解析技術の確立な

ど,放射光軟X線分析の要素技術を全て保有しており,当研究室は放射光軟X線分析をワンストップで完結

できる強みをもつ。放射光測定には,世界最高輝度の軟X線放射光が得られる米国の施設 Advanced Light Source(ALS)をパワーユーザーとして常用し,カナダの最新施設 Canadian Light Source(CLS)の利用も計

画している。国内では本学 NS の他に筑波のフォトンファクトリー(PF)など,測定試料の特性に合わせて

施設を選択利用する。最近は,全国・地域の企業から炭素材料を中心とした材料分析の依頼や共同研究を数

多く受け入れている。具体的には,カーボンブラック,ダイヤモンド半導体,黒鉛系材料,ナノカーボン,

炭素繊維,工業ゴム,塗料,電池電極材料,B/C/N 合金など,様々な工業材料の分析を実施した。食品の劣

化は主に有機物の酸化反応であり,食品企業から依頼された食品分析も手がけた。また,金属材料中の炭素,

窒素,酸素の分析も可能であり,現在この分析に向けて基礎研究を進めている。このように放射光軟X線分

析が対応できる材料は無限であり,これからも企業からの様々な材料分析ニーズに応えてゆきたい。

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コヒーレントEUVによるパタン検査装置の開発 〜次世代半導体回路パタンの検査〜

高度産業科学技術研究所

助教 原田は ら だ

哲男て つ を

EUV, 軟X線, 多層膜, コヒーレントスキャトロメトリ

ー, 表面界面の分析, 結像光学理論

DRAM やフラッシュメモリ,CPU などの半導体製品の微細化は,微細な回路パタンを

描画するリソグラフィー技術の進歩とともにある.これまでの技術では波長 193 nm

の紫外線を用いてパタン転写していたが,次世代リソグラフィーでは波長 13.5 nm

の EUV(極端紫外線)へ短波長化する.EUV はX線領域の光であるため,従来技術の

延長ではなく,新たな技術開発が多く必要とされている.例えば,レンズが使えな

いこと,ランプやレーザー光源がないことなどである.我々は EUV を安定的に供給可能なニュースバル放

射光施設を用いて,マスク関連やレジスト関連,露光機メーカーなど,様々な企業との共同研究を通して,

基盤技術の開発を進めている.特に,半導体回路の原板であるマスクは EUV 特有の開発課題が多くあるた

め,我々は実露光波長,EUV でのマスク検査顕微鏡の開発を続けている.

本研究では,実際の露光機で使用される条件での半導体パタンそのものの情報を観察することを目的と

して,図1に示すコヒーレントスキャトロメトリー顕微鏡を開発している.図中左から入射されるコヒー

レントな(位相の揃ったレーザーに近い)EUV をマスクに照射し,マスクパタンでの回折光を CCD カメラ

で2次元的に記録する.一般的な顕微鏡と違い,サンプルからの回折光を直接記録するレンズレス方式で

ある.そのためレンズの性能に左右されず,パタンそのものの情報を記録できる.記録した回折画像を計

算処理することにより,パタン像として再生し,EUV でのマスク情報として解析する.実際の観察例を図

2に示す.サンプルは 88 nm のラインパタンのコーナー部分である.ライン構造がはっきりと観察され,

コーナー部分もシャープに観察できている.明度が反射強度,色相が反射位相に対応しており,強度情報

だけでなく位相情報も含めて観察できることが他にない特徴である.

ニュースバル放射光施設を利用して,実用フェーズに入った EUV リソグラフィー

の研究を進めています.共同研究や,委託研究など,実際に EUV リソグラフィー

に携わる企業からの要望に答えながら,最先端の研究を続けています.私はマス

ク評価を担当しており,多層膜反射率評価,顕微観察,散乱測定など,EUV での

光学特性を多角的に評価する技術の開発を進めています.

図1.コヒーレントスキャトロメトリー顕微

鏡の構成図.

図2.本顕微鏡で観察した 88 nm ラインパタンの

再生像,明度が反射強度,色相は反射位相に対応.

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放射光による機能性材料の分析 〜水素含有ダイヤモンドライクカーボン薄膜の電子構造解析〜

高度産業科学技術研究所 はるやま ゆういち

准教授 春山 雄一

ニュースバル放射光、機能性材料、光電子分光、水素含有

DLC、温度依存性

水素含有 DLC 薄膜は、柔軟性に富み、ゴムの変形に追従しながら、テフロン並み

の摩擦係数を有している。低摩擦のほか、耐摩耗性、固着防止に効果があるので、

自動車、エレクトロニクスをはじめとするさまざまな分野で、Oリング、シールバル

ブ、吸着パッド等の特性改善に効果を発揮している。また、この DLC 薄膜は、高濃

度の水素を含有しているため、水素吸蔵材料としても注目されているが、水素の含

有量により、DLC 薄膜の熱的な安定性が変化することが報告されている。我々は、DLC 薄膜における水素の

影響を調べるために、高濃度水素含有 DLC 薄膜の電子状態を光電子分光により調べた。

図 1 は、高濃度水素含有 DLC 薄膜の価電子帯スペクトルの加熱温度依存性である。加熱温度 400℃以下

では光電子スペクトルの変化はほとんど見られなかった。加熱温度を 600℃に上昇させると結合エネルギ

ー約 3, 6, 8, 10, 13, 19 eV に構造が出現した。このスペクトルは、グラファイトのスペクトルと似てい

ることから、加熱温度 600℃では水素脱離が起こり、グラファイト化が進行していると考えられる。図 2

は、高濃度水素含有 DLC 薄膜の C 1s 内殻スペクトルの加熱温度依存性である。加熱温度 400℃以下では光

電子スペクトルの変化は、ほとんど見られなかった。加熱温度を 600℃に上昇させるとピークの幅が狭く

なり、低結合エネルギー側に 0.2-0.3 eV のピークシフトを観測し、ピーク位置はグラファイト(284.4 eV)

とほぼ一致した。C 1s 内殻スペクトル

に対し、カーブフィッティングによる

成分分離を行った。この結果、結合エ

ネルギー284.4 と 285.2eV の 2 成分で

分離することができた。結合エネルギ

ー284.4eV の成分は sp2 結合と割り当

てられた。結合エネルギー285.2eV の

成分は、sp3結合と C-H 結合が重なって

いる可能性が高く、sp3+C-H 結合に割り

当てられた。この成分の強度は、水素

の含有量をある程度反映していると考

えられる。加熱温度が上昇するにつれ

て 285.2eV の成分の割合が小さくなっ

ていることから水素含有量が減少し

た。加熱温度 400 ℃以上では水素脱離

が起こっていると考えられる。この結

果は、価電子帯スペクトルの加熱温度

依存性の結果と一致している。

ニュースバル BL-7B では、様々な材料の光電子分光や吸収分光測定を行うことがで

きる。光源は、永久磁石を周期的に並べたアンジュレータで発生する高輝度光を利

用しているため、励起エネルギー70 eV において 27meV の高エネルギー分解能での光

電子分光測定が可能である。計測可能な励起エネルギーは 40-800eV 程度である。測

定温度は 18K から室温であり、温度に依存した材料の物性変化を明らかにすること

ができる。さらに、試料加熱や Ar スパッタリング等の表面処理を in-situ で行うことができるため、加熱

効果や表面処理の影響を光電子分光により明らかにすることができる。

図1 水素含有 DLC 薄膜の価電

子帯スペクトルの加熱温度依存性 図 2 水素含有 DLC 薄膜の C 1s内殻スペクトルの加熱温度依存性

Page 7: キャピラリーを用いたマイクロクラスタービームの生成キャピラリーを用いたマイクロクラスタービームの生成 ~癌細胞をそのまま分析~

1Xnm 級 EUV レジストの開発 〜精密な光反応制御への挑戦〜

高度産業科学技術研究所

准教授 渡邊わたなべ

健夫た け お

半導体微細加工技術、レジスト材料プロセス技術、

極端紫外線(EUV)リソグラフィー、反応解析技術

新しいコンピュータは十分使用に耐えるが、古くなるとソフトウェア機能向上によ

り動作速度が極端に落ちる。そこに、半導体微細加工技術のニーズがある。即ち、

半導体微細加工技術の効用は1)大容量データの記録が可能、2)データ処理速度

の向上、並びに3)低消費電力の実現である。近年、スマートフォンの出荷台数が

パソコンのそれを上回ったことがマスコミで報じられている。ま

た、スマートフォン用の中央演算素子やメモリ素子等の電子デバ

イスに微細加工技術を適応することで、高速化と低消費電力化が

なされている。これは半導体微細加工であるリソグラフィ技術の

進展のお陰である。

リソグラフィ技術とは、写真の焼き付け技術を用いた半導体微

細加工技術である。この技術は電子回路の原版を投影光学系を通

して、シリコンウェハ上に塗布した感光性材料(レジスト)面上

に写真焼き付けする技術である。人の髪の毛一本の直径の大きさを 60 mm とすると、現在量産されている

回路の線幅は約 1200 分の 1 程度であり、2016 年には 22 nm の線幅(髪の毛の約 3000 分の 1 程度)、さら

に 2020 年には 8nm の線幅が要求されている。22 nm 以降の微細加工技術の量産技術では、極端紫外線リソ

グラフィ技術は用いられる。露光波長は 13.5 nm である。この波長領域では、物質の屈折率は殆ど1であ

るので、露光光学系に投影レンズの代わり

に Mo/S 多層膜ミラーで構成される反射光

学系を用いる。しかしながら、現在、露光

光学系を用いた方式では1X nm級のレジス

トを写真焼き付けできる装置は存在しな

い。また、1X nm 級のレジストの開発では、

線幅バラツキを 1nm 以下かつ露光感度を

10 mJ/cm2 以下を同時に満足させる必要が

ある。これは分子数個分の線幅制御する必

要があり従来の材料では実現が困難であ

る。このためにレジスト材料のパラダイム

シフトが要求されている。そこで、図1に

示す光の2光束干渉露光により 1X nm 級のレジストパタン形成が可能な露光装置を開発した。この干渉露

光の方式はマスクレスかつレンズレスであるので、マスク原版の寸法誤差や光学系の収差等の影響を受け

ない。このためレジスト自身の性能の評価が可能である。図2に示す 15 nm のライン・アンド・スペース

のレジストパタン形成を可能にした。さらに、4光束干渉露光により図3に示す 28nm のホールパタンを形

成した。

以上のようにこの装置により 1X nm 級のレジスト開発が飛躍的に促進できるものと期待されている。今

後はこの装置を用いて 8 nm 級のレジストの開発を進める。

図1.干渉露光系の原理

図2.15 nmL/S パタン 図3.28nm のホールパタン

1Xnm 級の EUV レジストの開発では、1nm 以下の寸法制御が要求されており、人類

始まって以来の光反応の精密制御が求められている。そのためには、吸収分光等

の分析技術を用いて、EUV 光露光での反応解析を進め、要求仕様を満足するレジ

スト材料の開発を目指している。上記したように4光束干渉露光では、超微細な

ホールパタンも形成できるので、半導体のみでなく、放射線除去等の環境触媒、

高変換率を有する太陽電池、超微細なピクセルを有するイメージングセンサー等への発展が期待され

ている。このように、環境、医療等への応用展開を図ることができる。

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6.7nm レーザープラズマ EUV 光源の研究 〜高出力レーザーを用いた新しい極端紫外光源〜

高度産業科学技術研究所 あまの しょう

助教 天野 壮

高出力レーザー、高出力 X 線源、プラズマ物理、レーザー

加工、微細加工

レーザーをターゲット物質に集光すると、そのターゲットがプラズマ化して X線を放

射する。これを利用したのがレーザープラズマ X 線源であり、放射光施設の X 線源に

比べ小型で安価な X線源となる。即ち、高度研所有の放射光施設「ニュースバル」で

研究された加工・分析・検査等の新技術を、自社の工場で実際に産業応用できるよう

なスタンドアロン光源として我々はレーザープラズマ X 線源の開発を行なって来た。

プラズマを発生するターゲット材として、我々は固体 Xe を選び、これを連続供給できる回転ドラムターゲ

ット装置を開発した。励起用レーザーも独自に開発して、平均出力 100W の高出力レーザーである。これら

を用いたレーザープラズマ X 線源は、5-17nm の X 線領域で 20W の高平均出力を達成している。この広帯域 X

線を用いて PMMA の直接微細加工に成功しており、マイクロパーツ製造等に応用できる。また、多層膜ミラ

ーを用いれば、分光した X線の利用も可能である。即ち、次世代高集積半導体パターン焼き付け技術(Extreme

Ultraviolet Lithography ;EUVL)用光源である。EUVL に必要とされる波長は、使用する Mo/Si ミラーの反

射率により 13.5 nm@2%バンド幅であり、我々もこの波長帯での EUV 光の研究を行なってきた。ところで、

13.5nmでピーク反射率を持つMo/Siミラーを使ったEUVLの次世代として、6.7nmピーク反射率を持つLa/B4C

ミラーを用いた投影リソグラフィーが提案された。即ち、次次世代の半導体製造リソグラフィーでは 6nm

帯光源が必要になる。

そこで我々は、開発したレーザープラズマ X 線

源で 6.7nm 発光が強くなる条件を探り、6.7nm 光源

として評価する事にした。13.5nm で変換効率 CE

(Conversion Efficiency)を何とか上げようと、

いろいろレーザー条件を変化させた時、レーザー

強度が高い時には 6nm 付近の短波長側の発光が強

くなる事に気づいていたからである。図に示す様

に、ドラム回転時、レーザーエネルギー0.8J(レ

ーザー強度 4×1012W/cm2)の時、6nm 付近が比較的

大きくなった。このスペクトルから、全空間積分

し た 6.7nm @ 0.6 % バ ン ド 幅 で の 変 換 効 率

(Conversion Efficiency ;CE)は 0.15%と見積も

られた。この CE 0.15%は動作条件をまだ十分最適

化した値ではないので、今後さらなる向上の余地

はある。レーザーエネルギーが 0.3J の時は CE

0.08%であったから、レーザー入力 100 W(0.3 J

@320Hz)励起時には、平均出力 80mW という 6.7nm

@0.6%バンド幅光パルスの連続発生を達成した。

現段階で、6.7nm 光を連続パルス発生できるレーザ

ープラズマ EUV 光源は本機以外ない。

独自に開発した高出力レーザー(平均出力 100W、繰り返し 320Hz)を用いた応用研究

の一つであり、5〜17nm での小型 X 線源が実現されている。6.7nm で連続発生できる

レーザープラズマ X線源は他にはなく、半導体業界や材料業界への応用展開が期待で

きる。また、この光源を使った直接微細加工の研究もしておりマイクロパーツ製造や

難加工材料加工への応用、さらには分析検査用光源としての応用も考えられる。

図 Xe レーザープラズマ X線源の発光スペクトル。

ターゲットドラム回転時に静止時より強度が

増した。

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イオンビームを利用した材料強度評価技術の開発

〜クラスターイオンを衝突させてヤング率を測る〜

工学研究科 機械系工学専攻

教授 持地も ち じ

広造こうぞう

クラスターイオン,衝突,解離,ヤング率,硬度

数千個のアルゴン原子から成るクラ

スターイオンを金属表面に衝突させ

ると、その衝撃で Arクラスターイオ

ンは、より小さいクラスターイオンに

解離する(図 1)。例として、銀(Ag)に衝突させた際の解離

イオンの質量スペクトルを図 2に示す。3個の Ar原子から

成るクラスターイオン(Ar3+)に対する Ar2

+の強度比

(Ar2+/Ar3

+)を衝撃の指標とすると、各種金属のヤング率と

イオン強度比との間に相関関係が見られた(図 3)。この結果は、クラスターイオンの衝突による解離

イオン強度の測定によって材料の機械強度を評価できる可能性を示唆するものである。

本測定法では、イオンビームを集束させることで、マイクロ~ナノ領域の機械強

度(ヤング率、硬度等)、及びその2次元~3次元分布を評価できる。また、イオ

ンを低速で衝突させるため、非破壊での測定が可能になり、薄膜材料や MEMS、

NEMS などの部材をそのままの状態で測定できる。特許出願中。

図 1.解離イオンの検出方法

図 2.Ag に照射した際の解離イオンの

質量スペクトル

図 3.解離イオン強度比とヤング率の関係

W

Mo

Pt Au

Ag

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放射光を用いた超微細加工・計測技術の開発

高度産業科学技術研究所

極端紫外線リソグラフィー研究開発センター

教授 木下きのした

博ひろ

雄お

EUVリソグラフィー、多層膜、反射光学系、マスク、レジスト、レンズレス顕微鏡

放射光光源は0.1 nmから100nmほどの広い波長帯での光を放つ装置である。われわれは

この装置から、様々な物質との相関の強い波長帯を切り出し、加工や計測・分析に用

いている。とくに、波長1nm~20nmの領域では多層膜を用いた光学素子が使え、10nm以

下の微細パタン形成や1pm領域に達する波長分解能での計測を進めてきた。ニュースバ

ルのみならず、Spring-8やSACLAを用いればさらに、微細な物質の解明が可能となる。

放射光を使えば、見えないものが見えてくる、理解できない現象が分かり、新しい製品開発に繋がる。こう

いった装置の開発を進めている。

世界初の EUV 大面積露光装置 レンズレス顕微鏡による 20nm 以下の欠陥評価*

EUV 干渉露光装置 15nm L&S パタン

*特許 5279280 号(25.5.31)形状測定装置。本装置は放射光で培った技術を商品化

するため、新たにスタンドアロン光源の開発も進めた。このレンズレスの技術は今後

のピコ領域の計測技術としても有望である。半導体検査装置業界、レーザー応用機関

との連携に期待。 兵庫県立大は Spring-8 と NewSUBARU の硬・軟 X 線発生装置を有しており、これを利

用した物質創成を進めていく。

B a s e P l a t

e

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巨大フレアにより発生する軟X線の 産業素材・生物に対する影響

〜太陽活動の現代文明社会に対する影響の解明〜

高度産業科学技術研究所

教授 神田か ん だ

一浩かずひろ

宇宙天気現象,巨大太陽フレア,軟 X線照射反応

宇宙天気現象とは、フレアを代表とする地球環境に様々な影響や被害を及

ぼす太陽の活動現象である。宇宙時代である現代では太陽フレアから放射

される放射線(高エネルギー陽子・X線・紫外線)などの影響により、人

工衛星の故障や通信障害、宇宙飛行士が被曝の危険に曝されるという問題

が起きている。このような問題に対処するために、ニュースバル BL06 を用いて軟X線による生物

素材(遊離アミノ酸ほか)・産業素材(水素化 DLC 膜)に対する影響・反応過程の解明を行った。

1)遊離アミノ酸からは CO2分子が多く脱離し、C=C 二重結合が生成するなど、アミノ酸前駆体

に比べると構造変成速度が大きいことが明らかになった。2)宇宙空間で油脂に代わる潤滑剤とし

て期待される水素化ダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜では、軟X線照射により水素が脱離して、

膜密度・硬度・膜中の炭素原子の sp2/sp3比が上昇し、体積変化を起こすことが明らかになった。

本研究によりX線による生物素材・産業素材に対する影響・反応過程を解明した。

本研究は国内の太陽物理学、宇宙線物理学などと共同で実施しており、宇宙天気

現象に対する総括的な安全策策定の礎となる。宇宙天気現象に対する安全基準の

策定により、人工天体などで生体・機器保護のために必要となる遮蔽の厚さなど

が決定される。また、このような環境において安全に利用できる産業素材の評価方法を確立し、新規宇

宙工学素材の開発に寄与できる。(国際国内学術会議発表多数,Dia.Rel.Mat.誌投稿中)

人工衛星

地球

アミノ酸

BL06 で照射される光のエネルギー

分布は太陽フレアに類似している

太陽フレア 放射光施設

X 線

粒子 X 線

DLC 膜

巨大太陽フレアが、地球・人工

衛星に降り注ぎ、深刻な生体・

機器の障害を起こす。

生物素材としてアミノ酸,産業

素材としてDLC膜に放射光を照

射し、変化を観測。

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3D ナノ構造体を用いた Lab-on-a-chip への応用

高度産業科学技術研究所

准教授 山口やまぐち

明啓あきのぶ

Lab-on-a-chip、表面増強ラマン分光、3Dナノ構造体、化学分析

近年、持ち運び可能でその場検出ができるデバイスとして、実験室をデバイス

の上で実現することを目指したLab-on-a-chipが注目されている。超高感度化学

分析を実現するために、表面増強ラマン散乱(SERS:Surface enhanced Raman

Scattering)分光法が注目されている。本研究では、SERS特性を飛躍的に向上さ

せるための貴金属3次元ナノ構造体を形成し、その分析感度の向上を進めている。

R. Takahashi, T. Fukuoka, Y. Utsumi and A. Yamaguchi, Japanese Journal of Applied

Physics 印刷中。銀ではないが金コロイドを用いた3次元ナノ構造体をマイクロ

流路に組み込んだ Lab-on-a-chip を実現し、超高感度でその場化学分析を実証し

た。

図 1. 貴金属コロイド3次元ナノ構造体

の走査型電子顕微鏡像と表面増強ラマン

散乱分光の概念図.

0

1000

2000

3000

4000

5000

6000

7000

8000

800 1200 1600 2000 2400

blank100uM100uM_Cl

Inte

nsi

ty

Raman Shift / cm-1

0

500

1000

1500

2000

2500

3000

800 1200 1600 2000 2400

100 nM1 nMblank

Inte

nsi

ty

Raman Shift / cm-1

図 2.銀コロイド3次元ナノ構造体による

4,4’-Bipyridine(4bpy)の SERSスペクトル検出.

矢印が 4bpyの SERSピーク.

図 3. 銀コロイド3次元ナノ構造体に、少量の

NaCl 溶液を加えた直後の 4bpy の SERS スペク

トル(赤線:100uM_Cl).銀表面の酸化膜層が消

失することで、大きく検出感度を向上させること

が可能である.

500 nm

分子

SERS

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イオン照射によるアモルファスカーボンナノロッドの室温作製

~多層カーボンナノチューブからつくる新規ナノカーボン材料~

工学研究科 電気系工学専攻

教授 本多ほ ん だ

信一しんいち

材料改質、カーボンナノチューブ、カーボンナノロッド、イオン照射、放射光分析

カーボンナノチューブ(CNT)は炭素原子のみで構成された中空構造の物質で

ある。その特異構造のため、柔軟でありながら物理・化学、電気特性に優れて

おり、ガスセンサや電子エミッターなどへの応用が期待されている。CNTの中

でも多層 CNTでは、大量合成技術の著しい進展により価格が大幅に低下している。しかしながら、

単層 CNTが金属と半導体の両方の電気特性を示すのに対して、多層 CNTが金属特性のみを示すた

め、応用範囲が制限されているのが現状である。このような背景を踏まえて、イオン照射による多

層 CNTの改質に関する研究を進めている。本研究では、多層 CNT に Arイオンを照射し、アモル

ファスカーボンナノロッドを室温で合成することに成功した結果を報告する。照射後の多層 CNT

に対して、SEM、ラマン分光法、軟 X 線分光法等を用いて、多角的な評価を行った結果について

も合わせて報告する。イオン照射には、SPring-8 BL17SU に設置された多価イオン発生装置を使用

した。軟 X線分光では、SPring-8 BL17SU 及びニュースバル(兵庫県立大学高度産業科学技術研究

所)BL09 にて測定を行った。電子顕微鏡観察では、大阪大学超高圧電子顕微鏡センターにて行っ

た。Arイオンを照射することにより、多層 CNTの中空構造が消滅し、アモルファスナノロッドに

変化することが分かった(図 1)。また、照射量に依存して、直径が変化することも明らかになった。

化学気相成長法などの従来技術では、カーボンナノロッドを合成するために、

比較的高い温度が必要であった。しかし、イオン照射によりナノロッドの室温

作製と直径の制御に成功した。低温合成技術は応用を図る上で重要である。ま

た、軟X線分光により炭素原子の化学結合状態を制御できる可能性が示唆され、

半導体特性の出現に期待がもたれる。

図 1. イオン照射前後の多層 CNT

の電子顕微鏡写真

(挿入図:制限視野電子線回折像)

(a) 照射前、(b) 照射後 照射前 照射後(Ar+,5keV,10

16ions/cm

2)

20 nm

(002) (004)

20 nm

(a) (b)

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強磁性リードを接続した多軌道量子ドットにおける

近藤効果とトンネル磁気抵抗に関する理論研究

工学研究科 物質系工学専攻

教授 菅すが

誠せい

一郎いちろう

ナノテクノロジー、カーボンナノチューブ、

GaAs/AlGaAsへテロ界面、量子力学的運動方程式

近年、カーボンナノチューブやGaAs/AlGaAsへテロ界面において、電子を数10

ナノメートル以下の領域に閉じ込めた系:量子ドットが作成され、注目を集め

ている。量子ドットは操作性に優れており、そこでの電子相関効果を制御する

ことで、典型的量子多体効果である近藤効果が観測された。そして、近藤効果

を利用して新規デバイスを開発するための研究が活発に行われている。

本研究では、強磁性リードに接続した多軌道量子ドットでの近藤効果に起因するトンネル磁気抵

抗を理論的に調べた。量子ドットでのトンネル磁気抵抗を調べた先行研究はあるが、強磁性リード

に接続した量子ドットでの多軌道の効果は殆ど調べられていない。我々は、量子力学的運動方程式

の方法とPoor man’s scalingの方法を用いて、この問題にアタックした。その主な結果は以下の

通りである。

1.コンダクタンスの磁場変化(トンネル磁気抵抗に対応)は2軌道の場合に最も大きくなり、軌道

数が増えると減少する。

2.強磁性リードとしてNiを考え、量子ドットの具体的な物質パラメータを代入してコンダクタンス

の磁場変化を計算した結果、磁場3.5Tにおける2軌道量子ドットの磁気抵抗効果は、1軌道量子ド

ットの場合の約2倍である事を示した。

3. 2.で得られたコンダクタンスの磁場変化を通常の常磁性金属リードで得ようとすると、数10T以

上の強磁場が必要である。

Ni強磁性リードを接続した 2軌道量子ドットは、比較的小さな磁場で大きなトン

ネル磁気抵抗効果を示す事を理論的に明らかにした。この系は現在のナノテクノ

ロジー技術で作成可能なことから、将来スイッチング素子として利用することが期待される。

図 2. 左図:反平行配置での 1粒子励起スペクトル。磁場(Δorb/Γ0)増加により、フェルミエ

ネルギー(ω=0)付近のピーク強度は著しく減少する。右図:コンダクタンスの磁場変化の計

算結果。横軸(Δorb/Γ0)は磁場に対応。反平行配置の場合に大きな磁場変化が現れる。

図 1. 強磁性リードを接続した量子ドットの模式

図。左右の強磁性リードの磁化の向きを平行:Pに

配置した場合と反平行:APに配置した場合。

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高付加価値製品を創出するナノインプリント技術

高度産業科学技術研究所

ナノインプリント技術研究開発センター

教授 松井ま つ い

真二し ん じ

ナノインプリント、プレス技術、光学部品・部材、エネルギー部材

ナノインプリント技術(凹凸パターンを形成したモールド(金型)を機械的プ

レスにより樹脂に押し付けて、パターン転写を行う)の産業化が現実のものと

なり,ナノインプリント装置,転写材料・モールド・離型材等のナノインプリ

ント部材への企業の進出が相次ぎ,ナノインプリント研究開発・ビジネスが展

開されつつある。ナノインプリントの応用分野として,(1) マイクロレンズアレイ,LED等の光

学部品, (2) 液晶ディスプレイにおける反射防止膜,金属ワイヤー偏光板等の光学部材, (3) 太

陽電池等のエネルギー部材,(5)バイオデバイス等への製品応用展開が進んでいる。本講演では、

ナノインプリント技術が生み出す高付加価値製品について紹介する。

高解像度、高スループット、低コストを特徴とするナノンプリント技術は,Chou

教授の発明からこれまでの 18 年間,装置開発,プロセス開発,モールド・材

料開発等が精力的に進められ、量産応用展開が進んでいる。ナノインプリント

技術を有し,創意工夫により高付加価値新製品を生み出すことにより,企業の

製品差別化,優位性を計ることができる。

図2 熱ナノインプリントによる10nmパター

ン転写 (S. Y. Chou, P. R. Krauss, and P. J.

Renstrom: J. Vac. Sci. Technol., B15

(1997)2897)

図1ナノインプリントプロセス

図3地域別特許および論文数の推移

(S. Lundahl and L. Montelius: Abstract (P80) of NNT2012)