パワーデバイス開発を支える評価技術 | 東レリサーチセンター...1...

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1 パワーデバイス開発を支える評価技術 形態科学研究部 秀樹 低消費電力化や省エネルギー化といった社会的ニーズに応えるため、より高性能なパワーデバイス 素子の開発が期待されている。ただし、素子設計に関する課題も多く残されており、分析評価によるフィー ドバックは必要不可欠である。本稿では GaN-HEMT 素子の分析評価について、 CLSCM、(STEM など を用いて多面的に解析した事例を紹介する。 1. はじめに 窒化ガリウム(GaN)や炭化珪素(SiC)はワイドギャ ップ(禁制帯幅が広い)半導体と呼ばれる化合物半導 体である。これらのワイドギャップ半導体材料は、シ リコン(Si)よりも優れた材料物性をもち、低消費電 力化や省エネルギー化といった近年の社会的ニーズに 応えられる高性能(高耐圧、高耐熱、高速動作など) パワーデバイスを実現させるための材料として注目さ れている。ただし、期待されるデバイス性能実現には、 動作中のオン抵抗の増加(電流コラプス)、MOS ゲー ト構造の閾値変動、自立基板の制限、プロセス技術の 未熟さなど、多く課題が残されている 1) 。課題解決の ためには分析評価によるフィードバックが必要不可欠 であるが、単独手法による評価では現象を正確に捉え ることが困難な場合が多い。そこで、 GaN-HEMT 素子 の解析を中心に、(走査型)透過電子顕微鏡((STEM)、 走査型キャパシタンス顕微鏡(SCM)、カソードルミ ネッセンス(CL)を用いて多面的に評価した。図 1 本稿で注目した評価事項を素子概略図とともに示す。 素子全体構造から各界面構造・状態評価については TEM 関連技術を用いて評価した事例、エピ層中のキャ リア分布や欠陥分布に関しては SCM および CL を用い て評価した事例を紹介する。 2. TEM を用いた素子構造・組成分布評価 (走査型)透過電子顕微鏡((STEM)は、薄片化し た試料に電子線を照射し、透過してきた電子を観察す る手法である。高い空間分解能で形態観察が可能であ り、電極や絶縁膜の構造や結晶欠陥分布などを評価す る上で非常に有効である。更に、エネルギー分散型 X 線分光法(EDX)や電子エネルギー損失分光法(EELSを併せると、微小領域における試料の組成や結合状態 に関する情報も得られる。 The TRC News, 201706-03 (June 2017) 素子概略図 エピ膜 基板 絶縁膜 ゲート ソース ドレイン ③、④ 1 素子概略図と評価項目 ①素子全体の構造評価 ②界面構造・状態評価 ③キャリア分布評価 ④結晶欠陥評価

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パワーデバイス開発を支える評価技術

形態科学研究部 迫 秀樹

要 旨 低消費電力化や省エネルギー化といった社会的ニーズに応えるため、より高性能なパワーデバイス

素子の開発が期待されている。ただし、素子設計に関する課題も多く残されており、分析評価によるフィー

ドバックは必要不可欠である。本稿ではGaN-HEMT 素子の分析評価について、CL、SCM、(S)TEM など

を用いて多面的に解析した事例を紹介する。

1. はじめに

窒化ガリウム(GaN)や炭化珪素(SiC)はワイドギャ

ップ(禁制帯幅が広い)半導体と呼ばれる化合物半導

体である。これらのワイドギャップ半導体材料は、シ

リコン(Si)よりも優れた材料物性をもち、低消費電

力化や省エネルギー化といった近年の社会的ニーズに

応えられる高性能(高耐圧、高耐熱、高速動作など)

パワーデバイスを実現させるための材料として注目さ

れている。ただし、期待されるデバイス性能実現には、

動作中のオン抵抗の増加(電流コラプス)、MOS ゲー

ト構造の閾値変動、自立基板の制限、プロセス技術の

未熟さなど、多く課題が残されている 1)。課題解決の

ためには分析評価によるフィードバックが必要不可欠

であるが、単独手法による評価では現象を正確に捉え

ることが困難な場合が多い。そこで、GaN-HEMT 素子

の解析を中心に、(走査型)透過電子顕微鏡((S)TEM)、

走査型キャパシタンス顕微鏡(SCM)、カソードルミ

ネッセンス(CL)を用いて多面的に評価した。図 1 に

本稿で注目した評価事項を素子概略図とともに示す。

素子全体構造から各界面構造・状態評価については

TEM 関連技術を用いて評価した事例、エピ層中のキャ

リア分布や欠陥分布に関してはSCMおよびCLを用い

て評価した事例を紹介する。

2. TEM を用いた素子構造・組成分布評価

(走査型)透過電子顕微鏡((S)TEM)は、薄片化し

た試料に電子線を照射し、透過してきた電子を観察す

る手法である。高い空間分解能で形態観察が可能であ

り、電極や絶縁膜の構造や結晶欠陥分布などを評価す

る上で非常に有効である。更に、エネルギー分散型 X

線分光法(EDX)や電子エネルギー損失分光法(EELS)

を併せると、微小領域における試料の組成や結合状態

に関する情報も得られる。

The TRC News, 201706-03 (June 2017)

素子概略図

エピ膜

基板

絶縁膜

ゲートソースドレイン

③、④

図 1 素子概略図と評価項目

①素子全体の構造評価②界面構造・状態評価③キャリア分布評価④結晶欠陥評価

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The TRC News, 201706-03 (June 2017)

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界面層

(b) HAADF-STEM Image

AlGaN

GaN

(a)BF-STEM Image

ゲート

AlGaN

GaN

実際に、TEM による GaN-HEMT 素子の断面の観察

を行った事例を図 2 に示す。GaN エピ層上にはゲート

電極とソース電極が確認できる。ゲート電極近傍には

絶縁膜を挟んで、電極層がもう 1 層確認できる。これ

はゲート電極近傍で生じる電界集中を緩和するための

構造と推察できる。

GaN エピ層に注目すると貫通転位などの結晶欠陥

が多く確認できる。特に、ソース電極直下での結晶欠

陥密度が高く、イオン注入プロセスに起因した結晶欠

陥であると考えられる。EDX 分析を用いて同領域の組

成分布を評価したところ、ごく微量の Si が検出された

ことから、Si のイオン注入によりコンタクトを形成し

ていることがわかった。

図 3(a)にゲート電極近傍の明視野(BF)-STEM

像を示す。図 3(b)はエピ層の AlGaN/GaN 界面近傍

の原子分解能での高角度環状暗視野(HAADF)-STEM

像である。近年、電子顕微鏡用の収差補正機構が開発

されたことにより、電子プローブは試料面上で 0.1 nm

程度まで収束することが可能となった。その結果、適

切な観察方位で HAADF-STEM 像を取得することで、

図 3(b)に示すような原子カラム位置を評価すること

が可能な像を取得できるようになった。白色コントラ

ストのドットで示す位置が Al/Ga の原子カラム位置に

相当する。界面近傍には転位などは存在せず、良好な

エピタキシャル界面が形成されていることが確認でき

る。また、HAADF-STEM 像は原子番号に起因したコ

ントラストを持つため、組成の異なる界面層の存在が

示唆されている。同領域でEDX分析を実施した結果、

界面層は Al 濃度の高い AlGaN 層であると推察され、

前述の HAADF-STEM 像のコントラスト変化と矛盾し

ない結果が得られた。さらに、EELS 分析も併用すれ

ば絶縁膜/エピ層界面の化学結合状態などの詳細な評

価も可能である。

3. TEMとSCMを併用したエピ層中のキャリア

分布評価

走査型キャパシタンス顕微鏡(SCM)は、コンタクト

方式の原子間力顕微鏡(AFM)の応用技術であり、半

導体のキャリア分布を高い空間分解能で観察できる手

法である。原理について簡単に説明する。半導体表面

に導電性の探針を接触させ、試料に変調電圧(AC)を

加えると、 薄い酸化膜やショットキー障壁を介して空

乏層が形成される。この局所的な MOS 構造における

空乏層の体積変化をd C /d V 信号強度として検出する。

また、d C /d V 信号の正負から、キャリアの p/n 極性

を判別することができる。

SCM による GaN-HEMT 素子のエピ層中の断面観察

結果とゲート近傍の TEM 像を重ね合わせた結果を図

4 に示す。青色で示す領域が n 極性のキャリア分布、

赤色で示す領域が p 極性のキャリア分布となる。SCM

像の上面がちょうどエピ表面に相当する。横軸は TEM

像と同じ位置である。エピ表面からおおよそ 20 nm 程

度の領域を中心として n 極性のキャリア、つまり電子

が高濃度で存在する領域が確認できる。これは GaN

-HEMT 素子で最も重要な高電子移動度を実現させる

図 2 GaN-HEMT 素子の断面 TEM 像

ソース

ゲート

SiC基板

GaNエピ膜

SiO2 or SiON膜

SiN膜

結晶欠陥密度大

1 µm

図 3 ゲート電極近傍の断面 BF-STEM 像(a)、

および AlGaN/GaN 界面の高分解能

HAADF-STEM 像(b)

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2次元電子ガス層を捉えているものと考えられる。な

お、SCM 像と TEM 像を比較すると、ちょうどゲート

電極下で電子濃度が低くなっていることが確認できる。

本評価で用いた素子はノーマリーオンであるため完全

に2次元電子ガス層が途切れているわけではなく、ゲ

ート電極に電界を印可した際に直ちにオフになるよう

に、何かしらのプロセスで電子濃度を局所的に抑えて

いると今回の結果から推察できる。

4. カソードルミネッセンス(CL)法を用いたエ

ピ層中の結晶欠陥分布評価

電子線励起を用いて発光スペクトルを観測する方法が

カソードルミネッセンス(CL)法である。光励起を用

いるフォトルミネッセンス(PL)法と同じく、発光ス

ペクトルによる結晶評価が可能である。CL 法は走査

型電子顕微鏡(SEM)を用いて電子線励起を行うため、

空間分解能の点で優れている。さらに低加速電圧で測

定することにより高空間分解能で、バンド間遷移、不

純物や欠陥が形成するエネルギー準位からの発光を観

測することができる。

図5にエピ層中のGaNバンド間遷移発光のピーク強

度分布(CL像)と素子断面のSEM像とを重ねて示す。

ソースおよびドレイン電極直下のエピ層で強度低下が

明瞭に確認できる。これは、イオン注入に起因した結

晶欠陥が多数存在していることを示唆している。前述

した断面 TEM 像においても同領域で多数の結晶欠陥

が確認されており、矛盾しない結果が得られている。

一方、ゲート電極直下のエピ層においても僅かながら

強度低下が確認できる。ただし、断面 TEM 観察結果

からは同領域で明瞭な結晶欠陥は確認されておらず、

TEM では確認が困難な点欠陥などが存在する可能性

が考えられる。これらの欠陥はゲート電極形成時のプ

ロセスダメージに起因しているとも考えられるが、

SCM の結果においてゲート直下でのみ電子濃度の低

下が認められたため、非発光中心となる点欠陥が意図

的に導入されている可能性も考えられる。

5. まとめ

高周波用 GAN-HEMT 素子について、(S)TEM、SCM

および CL を用いて、素子の全体構造評価からキャリ

ア分布や結晶欠陥分布などを多面的に評価した事例を

紹介した。(S)TEM では評価困難である項目を SCM

や CL などを用いて評価し、単独手法では判断が困難

である知見などを得ることができた。なお、上記に限

らず様々な手法で多面的に評価することでより多くの

情報が得られ、さらに高性能な素子開発に効果的にフ

ィードバックすることが可能である。

ゲート

SiC基板

n-type ← → p-type+dC/dV-dC/dV

2次元電子ガス層

TEM image

1 µm

SCM image

図4 ゲート電極近傍の断面TEM像とSCM像

図 5 GaN バンド間遷移発光のピーク強度分布(CL 像)と断面 SEM 像

ゲート

ソース

2 μm

30000 3300027000 (a. u.)

ドレイン

ゲート直下で強度低下

イオン注入起因

SEM image

CL image イオン注入起因

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また、近年 GaN 系パワーデバイスのノーマリーオフ

化の一つの形として、Al2O3やAlONなどを用いたMOS

ゲート構造が注目されている 2, 3)。そのため、絶縁膜/

エピ層界面の構造評価などが重要になってくる可能性

が考えられる。

引用文献 1) T. Hashizume Advanced Power Semiconductors 2 01

Ⅵ-1 (2015).

2) X. Qin, H. Dong, J. Kim, and R. M. Wallace, “In situ

plasma enhanced atomic layer deposition half cycle

study of Al2O3 on AlGaN/GaN high electron mobility

transistors”, Appl. Phys. Lett., 105, 141604 (2014).

3) R. Asahara, M. Nozaki, T. Yamada, J. Ito, S. Nakazawa,

M. Ishida, T. Ueda, A. Yoshigoe, T. Hosoi, T. Shimura,

and H. Watanabe, “Effect of nitrogen incorporation into

Al-based gate insulators in AlON/AlGaN/GaN

metal-oxide-semiconductor structures”, Appl. Phys.

Express, 9, 101002 (2016).

迫 秀樹(さこ ひでき)

形態科学研究部

形態科学第 1 研究室 研究員

趣味:洋菓子作り