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1 ©2019 PLANET, Inc ブロックチェーン活用による流通業界の変化の可能性 2019年5月 イノベーション推進部 森田 一翔 志賀野 芳宏

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Page 1: ブロックチェーン活用による流通業界の変化の可能性 · 流通業界への影響があるテクノロジーのひとつとして、「ブロックチェーン」が挙げられる。

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ブロックチェーン活用による流通業界の変化の可能性

2019年5月

イノベーション推進部

森田 一翔

志賀野 芳宏

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はじめに

プラネット イノベーション推進部では、新しいテクノロジーが流通業界にどういった影響を

与えるのかについて、広い視野を持って調査・研究を行っている。

流通業界への影響があるテクノロジーのひとつとして、「ブロックチェーン」が挙げられる。

ブロックチェーンは世の中の仕組みを大きく変える可能性があり、様々な業界・視点から注目

され始めている。

もともとは仮想通貨と呼ばれる「価値を持つデータ」を管理・記録するために誕生した技術で

あったが、ここ数年でビジネス分野でも活用の可能性が検討され始めた。

今日の便利で豊かな生活は多くの技術の上に成り立っている。もし、明日からインターネット

やスマートフォンが使えなくなれば、多くの生活者が不利益をこうむり、満足な生活が続けら

れなくなってしまう生活者が現れることは容易に想像できる。

本レポートでは、先端技術のひとつであるブロックチェーンについて、その活用による流通業

界の変化の可能性を検討した。より便利でより豊かな生活を思い描くため、流通業界での活用

の一助となれば幸いである。

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第1章 ブロックチェーンとは?

1.ブロックチェーンと周辺環境

近年、AIやIoTをはじめとする先端技術が世の中の構造を大きく変えるとして世界中で注目を

浴びているが、その先端技術のひとつにブロックチェーンがある。「信用の仕組みを変える技

術」とも呼ばれるブロックチェーンは、社会経済に与えるインパクトが非常に大きいと考えら

れており、市場だけでなく産業構造へも影響を与える可能性がある。例えば、ビットコインに

代表される仮想通貨は、ブロックチェーンによる「価値の流通プラットフォーム」であり、こ

れまでの価値の交換とは全く異なる新たな仕組みとなっている。

世界では、既に様々な分野で多くの実証実験や実用化が始まっている。スタンフォード経営

大学院の2018年4月の調査レポートによると、社会課題の解決に向けたブロックチェーンの活用

は初期の段階だが、徐々に成果が出ている。調査の対象となった193のプロジェクトのうち、3

4%が2017年以降に開始したプロジェクトであり、74%はいまだに試験段階か構想段階にある。

一方で、55%のプロジェクトは2019年初期までに何らかの成果を出すことが想定されている。

また、193のプロジェクトのうち20%はブロックチェーンでなければ解決不可能であった課題に

対してアプローチしており、86%はブロックチェーンの活用により既存のソリューションに大

きな改善がもたらされるとしている。

日本でもブロックチェーン技術に関する検討や実証実験が数多く進められており、今後はグ

ローバルな取り組みの拡大と共に投資が増加していくと予想されている。IT専門調査会社IDC社

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によると、日本国内でのブロックチェーン市場の支出額は、2018年の49億円から2022年に545億

円へと急速に拡大すると予測されている。流通サービスおよび製造などの分野での有力なユー

スケースとしては、資産・商品管理、来歴管理などが挙げられる。

経済産業省はブロックチェーン技術について、世の中を変える可能性のある重要な技術とし

て調査報告を行っている。ブロックチェーン技術による社会変革の可能性として、大きく5つの

分野での可能性を示しており、その市場規模はあわせて67兆円と推定した。なかでもサプライ

チェーンの分野は最も市場規模が大きい32兆円と報告されており、ブロックチェーンの活用が

期待されている。

2.ブロックチェーン≠ビットコイン

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ブロックチェーンはもともと仮想通貨「ビットコイン」の基盤技術として生まれた技術であ

る。そのため、ブロックチェーンとビットコインは混同されやすいが、ブロックチェーンとビ

ットコインはイコールではない。「ブロックチェーン」はあくまで「分散型台帳を実現する技

術」である。「分散型台帳」とは、台帳を一元管理するのではなく、ネットワーク上に分散し

て管理する台帳のことを言う。

仮想通貨から誕生した技術のため、テクノロジーで金融の仕組みの変革を目指す「Fintech

(フィンテック)」との相性がよく、しばらくは金融業界で注目されていたが、最近では金融

業界以外の分野にもユースケースの拡がりを見せている。2017年は仮想通貨の大暴騰などがあ

り、投機対象としてネガティブなイメージを持つ場合も多い。しかし、基盤技術であるブロッ

クチェーンはビジネス分野での活用が期待されている。

スタンフォード経営大学院の調査レポートでは、業界別のプロジェクトの割合で最も多かっ

たのがヘルスケア(25%)業界で、次いでフィナンシャル・インクルージョン(13%)、エネ

ルギー・気候・環境(12%)、慈善活動(11%)、民主主義・ガバナンス(11%)と続いてい

る。すでに世界中のあらゆる分野で、社会が直面する課題解決に向けてブロックチェーン活用

プロジェクトが進んでいることが分かる。上記以外にも、農業や土地の権利、教育や人権、水

と衛生など、その活用分野は幅広い。

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3.ブロックチェーンの特徴

■技術要素

今までにない画期的な仕組みを提供するブロックチェーンは、「分散台帳」「暗号技術」

「合意形成」「スマートコントラクト」の4つの技術要素で構成されている。「分散台帳」

では、同じ取引記録がネットワーク上の参加者によって共有され、改ざんを困難にする。

「暗号技術」は、電子署名や要約技術(ハッシュ)により取引の正当性やプライバシーの確

保を可能にする。「合意形成」は、参加者間で合意を形成することで取引の信頼性を確保す

る。「スマートコントラクト」は、ブロックチェーン上で動くプログラムで取引や処理を自

動化する。

■管理者の役割による種類

ブロックチェーンは管理者の役割によって、パブリック型、コンソーシアム型、プライベ

ート型の大きく3種類に分類される。パブリック型は、管理者が不在でも運用可能な、誰で

も参加できるタイプのブロックチェーンである。コンソーシアム型は、「協会」また「組

合」を意味し、ブロックチェーンを管理する協会または組合に加入した人や組織だけが使え

るブロックチェーンである。プライベート型は、単一組織が管理するブロックチェーンであ

り、現在の中央集権的なWebサービスと非常に近い。ビジネスの分野ではチェーンへの書き込

み処理が高速化可能なコンソーシアム型もしくはプライベート型の活用を検討することが多

い。

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第2章 ブロックチェーンの活用事例

海外では、多くのブロックチェーンプロジェクトが活用段階を迎えている。そのなかのいく

つかを紹介したい。

1.サプライチェーン全体で商品の安全性を証明する

ウォルマートと複数の食品メーカーが、IBMの提供するブロックチェーンプラットフォーム

(IBM Food Trust)を活用。「食の安全性確保」と「高付加価値の証明」を実現するシステム

として消費者にアプリケーションを提供している。

【背景と課題】

・店頭での顧客への販売には、様々な規模の生産者、流通業が関連する。安全性を支え

るための証明書類の作成、管理工数が膨大となっている。

・食中毒や品質に関連した問題が発生した際、発生源の特定と影響範囲の確認を迅速に

しなければならない。

・消費期限切れ等の廃棄製品を迅速に特定し対応しなければいけない。

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【ブロックチェーンを使う意義】

・生産者、流通業者が個別に管理していた、品質に関する証明書類や検査の結果を、ブ

ロックチェーンで管理することが可能となった。これまで、消費者から照会が困難だ

った、流通の上流工程の安全性確認が可能となった。

・消費者からのクレームなどの問題が発生した際、ブロックチェーンの記録を遡ること

で、影響ロットの特定と問題の発生源の特定を迅速に実施することができるようにな

った。

2.状況により価値が変動する海運保険へのブロックチェーンの適用

海運大手MerskとIT最大手のマイクロソフトの取組み。

コンテナのIoTセンサーの情報をリアルタイムにブロックチェーンで記録、管理すること

で、海運保険のオンデマンド契約を可能にした。

積荷がリスクの高い海域を通過した時間だけ保険金額が上がるといった活用ができる。

【背景と課題】

・海運業の保険はステークホルダーが非常に多いため、書類上のミスが多い。

・運送中の事故に関する正確な情報は申告によるものしかなく、保険金の過払い等の温

床となりやすい。

・運送経路のごく一部の海域が、「特別なリスク(危険海域など)」を含むだけで、保

険の総額が高額になる。

【ブロックチェーンを使う意義】

・コンテナに搭載されたIoTセンサーのデータをブロックチェーンで管理。世界中を移動

する資産の位置状態を把握。その安全性をリアルタイムに可視化することができる。

・可視化により正確かつ、公正な保険引き受けと動的な価格設定を可能にした

・規制当局に対する報告とコンプライアス達成の合理化

・すべての関係者の間で、監査証跡などのデータを共有し、透明性を向上した

・クレジットリスクに対しての対応策の向上を可能とした

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3.ダイヤモンドの真正性証明/所有者移転の管理

イギリスのベンチャーが提供する「Everledger」は、ダイヤモンドの個体識別を実現する

システム。

ダイヤモンドの大きさ、カットは個体ごとにユニークである。このデータをブロックチェ

ーンに登録、管理することで、「現物とデータの紐づけ」を実現している。

【背景と課題】

・ダイヤモンドは、高額でありながら窃盗が容易な資産である。さらに市場価値的にも

転売が非常に容易なため、保険金詐欺等、さまざまな犯罪の温床となっている。

・正規に宝石を購入する顧客が、意図せず窃盗品を購入してしまうリスクがある。

【ブロックチェーンを使う意義】

・ブロックチェーンにより、現在の所有権を管理でき、保険金詐欺を抑止できる。

・宝石店が盗難品を仕入れるリスクがなくなり、顧客に対して商品の真正性を保証可能

となった。

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第3章 ブロックチェーン活用による流通業界の変化の可能性

様々な分野で活用されてきているブロックチェーンだが、流通業界にどのような変化をもた

らす可能性があるか?この章ではその可能性について、いくつかのモデルを検討した。

より便利で豊かな世界を実現するための技術的なアプローチとしてご覧いただきたい。

モデル1.企業間および企業内の拠点間での情報共有

ブロックチェーンの「コンテンツ管理」の事例を参考にした「特定の業務で使用される情報

を、企業間および企業内の拠点間で情報共有する」仕組み。

例として、卸売業の物流拠点では、新規取扱商品の初回入荷時に商品重量の計測が行われ

る。正確な商品の重量を把握できないと、トラックへの過積載など、さまざまな問題に発展す

る可能性がある。

多くの測定データは、計測した物流センター内でのみ利用され、情報を必要とする他の物流

拠点や卸売業には共有されてない。そこで、ブロックチェーンを使ったコンテンツ管理の仕組

みを当てはめ、情報共有のプラットフォームを構想してみた。

もし、共有する場合、次のような検討が必要となる。まず有料で提供する場合は、値付けは

難しい問題で、少額の計算や支払いは手間がかかる割にメリットが少ない。しかし、無料で提

供する場合、測定者にのみ手間がかかり不公平である。

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■設定した課題

・商品重量などの情報を企業間・拠点間で共有したい

・参加者が公平な条件のもと情報を共有したい

・上記をクリアして、業界としての重複作業を減らし、効率化をはかりたい

■可能性

ブロックチェーンを活用することで、公平な条件のもと他企業を含めた多くの参加者で

情報を共有できるようになる。

情報提供者はスマートコントラクトと呼ばれる契約の自動化により、あらかじめ決めら

れた正当な対価が得ることができる。また、ブロックチェーンの事実上改ざん不可能とい

う特徴により、不正リスクを軽減し、管理コストの削減が期待できる。さらに、ブロック

チェーンでは仲介組織が不要なため、システム全体の運用コスト低減が期待できる。ま

た、トレーサビリティが高いという特徴は、問題が発生した際にその原因を究明が容易に

可能である。ブロックチェーンによりこういった仕組みを実現できれば、業界全体の非常

に大きな効率化につながると考えられる。

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モデル2.流通在庫の可視化

モデル2として、「流通在庫の情報を一元的に可視化できる仕組み」を検討した。流通在庫

とは卸売業や小売業など、商品の流通の過程にある者が保有する在庫であり、この可視化は流

通業界において長年の課題とされている。

プラネットが運営した「流通の次世代を語る会」でも、未来の在庫管理が検討テーマになっ

ており、理想的な在庫管理について、さまざまなアイデアが出ている。その中には、「流通全

体の在庫を把握することによる、地域在庫の最適化や無駄な在庫の削減」も議論された。この

ような未来を目指して様々な方法が検討されているが、ブロックチェーンでの在庫情報の共有

について、モデルを検討した。

流通在庫の状況を一元的に把握するためには、多くの卸売業や小売業が簡単に参加できるこ

とが重要である。また、メーカーは可視化された流通在庫の情報をもとに様々な戦略を立てる

ため、もととなる情報には高い信頼性が求められる。さらに、在庫データの提供者側として

は、提供データに対する正当な対価が支払われる仕組みが望ましい。

■設定した課題

・卸売業や小売業を含めた、流通在庫を一元的に可視化したい

・信頼度の高い流通在庫を可視化したい

・上記をクリアし、無駄な生産や無駄な在庫ゼロ、返品ゼロの世の中を目指したい

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■可能性

ブロックチェーンネットワークに卸売業、小売業のデータを連携する仕組みを想定し

た。卸売業や小売業は数が多いが、ブロックチェーンを活用したプラットフォームに参加

することで標準化が進み、一元的に情報を管理することが可能になる。また、ブロックチ

ェーンに記録された情報はデータに署名が付与され、事実上改ざん不可能であるため、信

頼性を向上させることができる。

さらに、ブロックチェーンとIoTが連携することにより、この仕組みは消費者まで拡大す

ることも可能となる。IoTにより消費者側の在庫を識別し、その情報をブロックチェーンに

記録する。これにより、消費者側の在庫を企業が把握することが可能となるため、例え

ば、ある地域における消費情報を認識できる。結果として、特定地域に重点的に商品を供

給するといった戦略的な活用の可能性も拡がる。プライバシーの問題や超大容量データ通

信の問題など考えなければならない問題もあるが、実現すれば現在の延長線上ではない革

新的な未来の一助となる可能性がある。

おわりに

本レポートで考えた可能性は、ブロックチェーン活用の方法のひとつの切り口にすぎな

い。AIやIoTなど他の先端技術と組み合わせることによって、現在では想像もできない未来が

訪れる可能性は容易に想像できる。

また、ブロックチェーンに関しては、海外での事例も考慮する必要がある。世界の知的財

産権の保護を目的とする世界知的所有権機関(WIPO)に登録された情報によると、2017年に

登録されたブロックチェーン技術に関する特許の数が最も多かった国は中国とされている。W

IPOの情報によると、2017年に登録されたブロックチェーン技術に関する特許数は406件で、

そのうちの半分以上の225件が中国によるもので、二位は米国の91件という結果が出ている。

日本の流通業の情報活用の発展に寄与するため、引き続き先端技術を追い続けていきたい

と考えている。

以上