ドルフィン・プロジェクトの現状と将来...2008/10/01  · 図3...

4
ドルフィン・プロジェクトの現状と将来 京都大学教授 日本医療ネットワーク協会理事長 吉原博幸 1.ドルフィン・プロジェクトの歴史 1995年から、日本版医療情報の交換規約MML(Medical Markup Language)の検討が 開始され、MMLは2000年にXMLを用いた規格として発表された [1]。その後、発展 を続け、2003年にMML2.3 [2]、2004年にHL7 CDA rel.1に準拠したMML3.0を発 表した[3]。この規格を使った地域連携医療アプリケーションとして、1998年、ドル フィン・プロジェクトの原案が吉原らによって提唱された[4]。 それは以下のような構想であった(図1)。 1)地域単位で医療情報を格納するデータセンターを設置する。 2)このセンターに、患者ごとのアカウントを作成する。 3)インターネット等を使って、病院で発生したデータをこのアカウントに送る。その 際、MML、HL7等の標準化データを送る。 4)このデータを、患者自身が閲覧(B2C: business to customer)、また、患者の許 諾を得て病院間でのデータ共有を可能とする (B2B: business to business)。 Data Center ASP Hospital Clinic Patients ASP: Application service Provider Sharing Clinical Data Browse Clinical Records 図1 ドルフィン・プロジェクトのモデル 地域ごとにデータセンターを置き、医療情報を蓄積する。米国におけるRHIO (Regional Health Information Organization) を中心としたモデルに相当。 2008.10.1 Dolphin Project -1-

Upload: others

Post on 07-Aug-2020

0 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: ドルフィン・プロジェクトの現状と将来...2008/10/01  · 図3 Dolphinシステムを構成する機能とその関係(Dolphin 4.0) 以上述べたように、ドルフィン・プロジェクトでは、生涯診療記録

ドルフィン・プロジェクトの現状と将来

京都大学教授日本医療ネットワーク協会理事長

吉原博幸

1.ドルフィン・プロジェクトの歴史1995年から、日本版医療情報の交換規約MML(Medical Markup Language)の検討が開始され、MMLは2000年にXMLを用いた規格として発表された [1]。その後、発展を続け、2003年にMML2.3 [2]、2004年にHL7 CDA rel.1に準拠したMML3.0を発表した[3]。この規格を使った地域連携医療アプリケーションとして、1998年、ドルフィン・プロジェクトの原案が吉原らによって提唱された[4]。それは以下のような構想であった(図1)。1)地域単位で医療情報を格納するデータセンターを設置する。2)このセンターに、患者ごとのアカウントを作成する。3)インターネット等を使って、病院で発生したデータをこのアカウントに送る。その際、MML、HL7等の標準化データを送る。4)このデータを、患者自身が閲覧(B2C: business to customer)、また、患者の許諾を得て病院間でのデータ共有を可能とする (B2B: business to business)。

Data Center

ASP

Hospital Clinic

Patients

ASP: Application service Provider

Sharing Clinical Data Browse Clinical Records

図1 ドルフィン・プロジェクトのモデル地域ごとにデータセンターを置き、医療情報を蓄積する。米国におけるRHIO (Regional Health Information Organization) を中心としたモデルに相当。

2008.10.1 Dolphin Project

-1-

Page 2: ドルフィン・プロジェクトの現状と将来...2008/10/01  · 図3 Dolphinシステムを構成する機能とその関係(Dolphin 4.0) 以上述べたように、ドルフィン・プロジェクトでは、生涯診療記録

2.ドルフィン・システムの開発と運用の経緯2001年、経済産業省の研究開発プロジェクトの一つとして、宮崎、熊本両県の協力のもとに開発された[5]。データセンターは、宮崎市(はにわネット)、熊本市(肥後メド)にそれぞれ設置され、宮崎大学病院、熊本大学病院の主導のもとに、患者へのデータ開示、医療機関間のデータ共有による連携医療を目指して運用が継続されている。2003年には東京都医師会により、東京都にデータセンターを設置(HOTプロジェクト)。2006年には京都府にデータセンターを設置(まいこネット)。京都のまいこネットには、2007年に京大病院が接続され、2007年10月からデータ開示とデータ連携サービスがスタートしている。2008年9月における、まいこネットのユーザー・アカウントは約3000となっている。利用者(患者および医師、看護師等)は、インターネットを使い、パソコン、携帯電話でアカウントにアクセスしデータを閲覧可能(図2)。

図2 携帯電話とパソコンによるカルテの閲覧

3.ドルフィン・システムの機能構成と将来計画2008年現在ドルフィン・プロジェクトを構成する機能(計画)を図3に示した。図に示すように、国際レベル(グローバル)、国レベル、地域レベルに分けて考えられている。地域レベルにユーザーが存在し、医療機関からのデータの相互提供によって、患者は自身のデータを医療機関を超えて統合して閲覧が出来る。■ 地域レベルの”iDol: iDolphin”は医療データの実体を蓄積する。■”uDol: Ubiquitous Dolphin”は、携帯電話のアクセスを受けるが、データは持たず、ディレクトリサービスのみを行う。■ 国レベルの”sDol: Super Dolphin”はすでに2006年に実装され、複数の地域データセンターにまたがって複数のアカウントを持つユーザーアカウントを論理的に統合し、シングル・サイン・オンを可能としている。すなわち、東京と京都に同一人物がそれぞれ異なるアカウントを持っている場合、どちらかのセンターにアクセスするだけで、自動的に両方のセンターのデータを統合して検索可能となる。これは米国で構想中のNational Health Information Network(NHIN)に相当する。

2008.10.1 Dolphin Project

-2-

Page 3: ドルフィン・プロジェクトの現状と将来...2008/10/01  · 図3 Dolphinシステムを構成する機能とその関係(Dolphin 4.0) 以上述べたように、ドルフィン・プロジェクトでは、生涯診療記録

■ “gDol: Global Dolphin”(未実装)は、国際間のディレクトリサービスを担当する。すでに2007年に中国(浙江省、浙江大学)で中国ローカライズの終了したiDolphinが試験稼働しており、今後sDolを設置し、gDolによって国際間の連結が可能となる。■ “Trans”(未実装)は、gDol稼働時に、言語翻訳を受け持つ機能である。■ ”xMappin’: Cross Mapping”(現在、sDolに内包)は、配下の地域データセンター(iDol)から送られてくるXMLの規格の違いをdata mappingによって相互変換する機能である。Dolphin Projectにおいても、データセンター設置の時期によって、採用している規格(MML 2.3/3.0)が異なる場合がある。これらの違いを吸収するため本機能を実装している。将来はsDolから独立させて複数のiDolからの利用を可能にし、利用効率とメンテナンス性の向上を図る。

図3 Dolphinシステムを構成する機能とその関係(Dolphin 4.0)

以上述べたように、ドルフィン・プロジェクトでは、生涯診療記録 (EHR)を実現することによって、医療の透明性、安全性、説明責任を担保し、さらに医療の質の向上と限りある医療資源の有効利用を目指している。今後の電子カルテの普及に伴い、本プロジェクトが社会基盤の一つとなって有効に機能するよう努力を続けるつもりである。

2008.10.1 Dolphin Project

-3-

Page 4: ドルフィン・プロジェクトの現状と将来...2008/10/01  · 図3 Dolphinシステムを構成する機能とその関係(Dolphin 4.0) 以上述べたように、ドルフィン・プロジェクトでは、生涯診療記録

【参考情報】1) Araki K, Ohashi K, Yamazaki S, Hirose Y, Yamashita Y, Yamamoto R, Minagawa K, Sakamoto N

and Yoshihara H: Medical markup language (MML) for XML-based hospital information

interchange., Journal of Medical Systems; 24(3): 195-211, 2000, http://lob.kuhp.kyoto-u.ac.jp/

paper/MML10.pdf

2) Jinqiu Guo, Kenji Araki, Koji Tanaka, Junzo Sato, Muneou Suzuki, Akira Takada, Toshiaki Suzuki,

Yusei Nakashima and Hiroyuki Yoshihara: The Latest MML (Medical Markup Language) Version

2.3̶XML-Based Standard for Medical Data Exchange/Storage, Journal of Medical Systems;

27(4): 357-366, 2003, http://lob.kuhp.kyoto-u.ac.jp/paper/200308mml23JMS/mml23JMS.pdf

3) Jinqiu Guo, Akira Takada, Koji Tanaka, Junzo Sato, Muneou Suzuki, Toshiaki Suzuki, Yusei

Nakashima, Kenji Araki, Hiroyuki Yoshihara: The development of MML (Medical Markup Language)

version 3.0 as a medical document exchange format for HL7 messages, Journal of Medical

Systems; 28(6): 523-533, 2004, http://lob.kuhp.kyoto-u.ac.jp/document/2004papers/mml30-

fulltext.pdf

4) Hiroyuki Yoshihara, Kazushi Minagawa and Hisaatsu Tanaka: The concept of Global Medical

History Database (GMHD) and Its prototype, TEPER Europe'97 - Toward An Electronic Health

Record Europe '97 Conference on the Creation of a Electronic Health Record; 290-293,

1997London, UK, http://lob.kuhp.kyoto-u.ac.jp/miyazaki/medinfo/SGmeeting/document/

GMHD_Sympo97/GMHD.html

5) Akira Takada, Jinqiu Guo, Koji Tanaka, Junzo Sato, Muneou Suzuki, Takatoshi Suenaga, Ken

Kikuchi, Kenji Araki and Hiroyuki Yoshihara: Dolphin Project - Cooperative Regional Clinical

System Centered on Clinical Information Center, Journal of Medical Systems; 29(4): 391-400,

2005, http://lob.kuhp.kyoto-u.ac.jp/document/2005papers/dolphin-JMS.pdf

2008.10.1 Dolphin Project

-4-