ヘッド・アップ・ディスプレイ ( h-hud ) 光る開発力で...

11 31 調Future engineering http://www.shimadzu.co.jp/products/ 未来を 創る future engineering 航空機器事業 光る開発力で 切り開く空の未来 光る開発力で 切り開く空の未来 航空機の安全を飛躍的に高めるコックピットのもう一つの目 ホログラフィック・ ヘッド・アップ・ディスプレイ ( H-HUD ) 極めて高い信頼性が求められる航空機部品 を製造してきた島津は、いままた、新たな 装置によって航空機産業に革新をもたらそ うとしている。 航空機器事業の概要 主要製品ジェット機用空調システム (国内シェア90%以上) コックピット・ディスプレイ・システム フライト・コントロール・システム エンジン始動システム用機器 電子制御装置 磁気探知システム エア・データ・システム 降着システム用機器 電気機械式アクチュエータ 地上支援機器 (試験装置等) 宇宙飛行士訓練機器 宇宙ロケット用バルブ、 制御装置 事業部:1957年、国産ジェット 機開発計画に際して空調 装置の製造を受け持つこ ととなり、航空機器事業 部発足。1970年代後半 より宇宙関連機器も製 造。 の概要 20 12

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Page 1: ヘッド・アップ・ディスプレイ ( H-HUD ) 光る開発力で ......高い信頼性で空へ、宇宙へ 磨き上げた表面の、吸い込まれそうなほ ど深みのある光沢。島津が国産H

高い信頼性で空へ、宇宙へ

 

磨き上げた表面の、吸い込まれそうなほ

ど深みのある光沢。島津が国産Hー

2Aロケ

ット用に開発した燃料制御用のバルブだ。

 「少しでも凹凸があると、宇宙空間でどん

な有害な物質が付着するかわかりません。

宇宙ロケット用部品は、ちりひとつ入らず、

細菌すら付着しにくいように清浄に作る必

要があるんです」(航空機器事業部 

副事業

部長 

中村

裕)

 

ライト兄弟が飛行機を発明してからおよ

そ100年、航空機はもはや我々の生活に

欠くことのできない交通手段となった。か

つては情報の移動が活発になるに伴って人

の移動は減るとの声もあったが、むしろ地

方拠点などが増え、高速で移動できる交通

手段のニーズは高まる一方だ。防衛分野で

も航空機の比重は高まりつつある。夢はさ

らにその上の宇宙へ。こうした航空産業の

なかで、島津は欠くべからざる地位を確立

している。

 

島津の航空機との結びつきは古い。

 

1936(昭和11)年からプロペラ機の

部品を生産。終戦でしばらく休止していた

が、1956(昭和31)年にジェット機の

部品製造を開始した。空調装置と呼ばれる

機体内の気圧と温度を制御する装置で、現

在では国内で100%に近いシェアを確保

している。

 

そのほかにも主翼フラップを制御するフ

ライト・コントロール・システムや、各種

電子機器を開発製造。前述のように、極め

て高い精度と耐久性が求められる宇宙ロケ

ットや人工衛星用の装置にも島津の製品が

採用されている。

 

もとより航空機部品には高い信頼性が求

められる。非常に大きな推進力を制御する

上に、地上の輸送手段と異なり途中で止め

ることができない。そのため、ネジ一本に

Future engineering http://www.shimadzu.co.jp/products/

未来を創るfuture engineering

航空機器事業

光る開発力で切り開く空の未来光る開発力で切り開く空の未来航空機の安全を飛躍的に高めるコックピットのもう一つの目

ホログラフィック・ヘッド・アップ・ディスプレイ( H-HUD )

極めて高い信頼性が求められる航空機部品を製造してきた島津は、いままた、新たな装置によって航空機産業に革新をもたらそうとしている。

航空機器事業の概要主要製品:ジェット機用空調システム    (国内シェア90%以上) コックピット・ディスプレイ・システム フライト・コントロール・システム エンジン始動システム用機器 電子制御装置 磁気探知システム エア・データ・システム 降着システム用機器 電気機械式アクチュエータ 地上支援機器    (試験装置等) 宇宙飛行士訓練機器 宇宙ロケット用バルブ、 制御装置事業部:1957年、国産ジェット

機開発計画に際して空調装置の製造を受け持つこととなり、航空機器事業部発足。1970年代後半より宇宙関連機器も製造。

高い信頼性で空へ、宇宙へ

の概要

20 12

Page 2: ヘッド・アップ・ディスプレイ ( H-HUD ) 光る開発力で ......高い信頼性で空へ、宇宙へ 磨き上げた表面の、吸い込まれそうなほ ど深みのある光沢。島津が国産H

至るまで、精度も強度も、地上のものとは

比較にならないほど高い基準と信頼性を満

たしていなければならない。島津はその技

術力と開発力で、こうした航空機産業の期

待に応えてきた。

 

島津全体の売上構成における航空機器事

業部関連の割合はおよそ5分の1。島津の

今日を支える柱のひとつだ。

 

これまで主な顧客だったのは、防衛庁を

はじめとする公的機関である。自衛隊の国

産第一号の練習機Tー

2や輸送機Cー

1には

じまり、哨戒機Pー

3C、戦闘機Fー

15な

ど自衛隊機の多くの空調装置を米国とのラ

イセンス生産で製造。1984年、純国産

ジェット練習機Tー

4では、島津が独力で空

調システムを作り上げた。その開発力は世

界でも高い評価を受け、防衛庁が開発を開

始した次期哨戒機Pー

X、次期輸送機C-

においては、9品目の主要装備システムの

開発・

製造を島津が担当することに決定し

ている。

 

一方、民間航空機でも、国産第1号のY

Sー

11、ボーイング社のジェット旅客機ボ

ーイング737から最新の777までの各

機体のフライト・コントロール・システム

など60品目近い装備品を製造する。

 「我々の持っている技術を組み合わせれば、

航空機のさまざまなニーズに応えることが

できる。派生技術の商品企画化も進めてい

きたい」(中村副事業部長)

作れない鏡を作る

 

そうした技術のなかでも特に高い評価を

得ているのが、飛行情報表示装置「ホログ

ラフィック・ヘッド・アップ・ディスプレ

イ(Hー

HUD)」だ

 

ヘッド・アップ・ディスプレイ(HUD)

とは、コックピットのパイロット正面に設

置して高度や速度、方位といった飛行情報

を投影する装置。情報は半透明の鏡(=コ

ンバイナ)に線画情報として遠方表示され、

外景に重ねて視認できる。目の焦点距離調

節が不要になり、計器板に視線を移動する

時間のロスとパイロットの負荷が軽減され

る。島津はHUDの主要部品であるコンバ

イナにホログラフィー技術を用いることで、

「線画に加えて画像情報をも表示すること」

が可能な画期的なHー

HUDを平成9(19

97)年に量産開始している。

 

画像が表示できると航空機の運航に大き

な恩恵をもたらす。たとえば夜間や、悪天

候などで視界が極めて不良なとき。視界不

良の度合いは厳密にクラス分けされ、都市

圏の大空港なら着陸誘導施設の支援で着陸

できる場合でも、インフラの整わない離島

などの小空港では許されないことがある。

Hー

HUDを使えば、このような時でも外界

の赤外線画像などを飛行情報と共に眼前に

表示することができ、安全性が格段に向上

すると重要視されている。欠航の回避にも

つながる。

 

ホログラフィーとは、光の干渉と回折の

原理によって立体画像を記録する技術であ

る。物体が反射する光と、別の角度から照

射される参照光とが交差してできる干渉縞

模様を、特殊な感光材を塗布したガラス

(乾板)に焼き付けることによって、その物

体の立体写真ができる。これをホログラム

という。

航空機器事業部中村裕 副事業部長

作れない鏡を作る

 

Hー

HUDのコンバイナに形成するのは、

鏡の立体像だ。それもただの鏡ではない。

非球面非同軸の「研磨などの手段で製造す

ることのできない形状の鏡」を合成して実

現することで、HUDへの画像表示を可能

とする。そこに求められる正確さは半端な

ものではない。もともとHUDは戦闘機の

照準器から発展したもの。いわばパイロッ

トの目であり、極めて僅かな誤差が生死を

分ける環境で鍛えられてきた歴史がある。

ナノスケールの精度に挑む

 

コンバイナにハーフミラーを用いた従来

型のHUDでは文字情報と線画のみが可能

航空機に活かされている島津製品

ナノスケールの精度に挑む

空調システムジェットエンジンは、外から吸い込んだ空気を圧縮して高圧にすることで燃焼させる。その空気の一部は機体に取り込み、機内のエアコンとして活用される。島津では、エンジンから空気を取り込む「抽気システム」、機内の気圧を地上と同じに保つ「与圧システム」、取り込んだ空気を冷却し機内に循環させる「空気調和システム」、翼の氷結を防ぐ「防氷システム」などを製造。統合してコントロールする「エア・マネジメント・システム」は国内シェア90%を超える。

フライト・コントロール・システムフラップの上下動をコントロールするギアボックス、バルブ、アクチュエータなどを製造。フラップ機構を統合的にコントロールし、着陸時、低速で滑走路へ進入することを可能にした「ハイ・リフト・システム」は業界から高い評価を受けている。

コックピット・ディスプレイ・システムさまざまな飛行情報を表示することで飛行を支援し安全性を高める光学電子機器類。HUDの他に、HMDや計器板内のHDD(ヘッド・ダウン・ディスプレイ)がある。自衛隊主力戦闘機F-15J/DJをはじめ、練習機、ヘリコプターにも搭載。ホログラフィー技術を使用し画像情報も表示できるH-HUDは、民間航空機への活用も期待されている。HUDとHMDは国内シェア100%。

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Page 3: ヘッド・アップ・ディスプレイ ( H-HUD ) 光る開発力で ......高い信頼性で空へ、宇宙へ 磨き上げた表面の、吸い込まれそうなほ ど深みのある光沢。島津が国産H

ベルの性能向上研究に取りかかった。

 

コンバイナを製造する手順は通常の写真

と似ている。ホログラム乾板を作製し、レ

ーザー光を用いて露光し、現像処理をする。

しかし、紙が燃えあがるほどの高出力レー

ザーでも分単位の露光時間が必要だ。その

間に少しでも動けば干

渉縞がぶれて記録され

ず、何も映っていない

のと同じになってしま

う。干渉縞に許される

移動量は「0・044

ミクロン」。まさにナ

ノ単位の正確さが求め

られる。

 「微妙な温湿度変化で

乾板が歪んだり気流で

光路が揺らげば失敗。だから露光室内は年

間を通じて一定の温湿度を保ち、かつ無風

になる仕組みです。振動や音はもちろん大

敵で、この設備を作る前の作業は人のいな

い時間帯に限られました。露光の前には念

のため周囲の人払い。それでも、表通りを

大型車が通るなど、結果は運次第。小さな

サンプルなら簡単ですが、製品サイズだと

良品が1年に1枚なんてこともありました。

今は、同じ表通りでちょうど地下鉄工事の

最中にもかかわらず、除振構造が設計時に

織り込み済みなのでびくともしませんよ」

 

Hー

HUD開発プロジェクトでコンバイナ

を担当した神谷直浩(航空機器事業部

技術

電子・光学設計グループ係長)は、こう

述懐する。

オンリーワンの開発力

 

新設備の稼働で研究は着実に進んだが、

どうしてもクリアできない問題が残った。

 「ゴーストが出るんです。表示が二重三重

に見えてしまう。理由を求め、基礎から勉

強をし直しました」(神谷係長)

 

だが、元来この種のホログラムは原理的

にゴーストが出ないとされている。文献を

いくら調べても手掛かりがない。頭を抱え

Future engineering http://www.shimadzu.co.jp/products/

る日々が何カ月も続いたある昼下がり、突

然閃いた。確認計算に丸一日。ぴたりと数

値が合った。神谷が発見したのはホログラ

ム内部の光の挙動に関する新しいメカニズ

ムだった。原因がわかれば対策も立てられ

る。ゴーストの大幅な低減を果たし、量産

に間に合わせた。後に彼は、縮退複合回折

と名付けたこの理論を論文にまとめ、博士

の学位を手にする。「あの瞬間の感覚は生涯

忘れないでしょう。いいタイミングでいい

テーマに出会えたこと、そして、黙って見

守ってくれた上司に感謝しています。もち

ろん工場サイドの多大なる協力があったの

は言うまでもありません」

 

こうして実用化に成功したHー

HUD。表

示視野の広さは従来型の2倍で当時世界一。

高い表示輝度と相まって、海外の航空専門

誌でも取り上げられた。

 「これを小型化して頭部に置くとヘルメッ

ト・マウンテッド・ディスプレイ(HMD)

になります。飛行機用もヘリコプター用も

既に製品化されました。特にヘリコプター

の場合、現在はたとえ災害救助目的でも、

目視で外界が視認できない天候下では飛行

できないと定められています。HMDの普

及は法改正を促すことになるかもしれませ

ん」

 

航空機器と光学、双方の知識と技術を合

わせ持つ企業として、島津は世界でも数少

ない存在である。加えて技術者の執念とも

いうべき開発力を武器に、これからも航空

宇宙産業の未来を切り開いていく。

静まり返った暗室をレーザー光が迷路のように進んでいく。0.1ミクロン単位の間隔で干渉縞が正確に刻まれる。

航空機器事業部 技術部 神谷直浩 係長

で、表示輝度と表示視野角の制約から画像

の表示は不可能だ。従来型で国内市場を独

占していた島津は昭和56(1981)年に

Hー

HUDの独自開発に着手。長い基礎研究

と試作を経て平成6(1994)年から本

格的な製造設備を稼働、いよいよ実運用レ

オンリーワンの開発力

コックピット・ディスプレイ・システム

ディスプレイユニット

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