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1-海保大研究報告 第40巻 第2号 1 海上衝突事 交通安全学講座 機船第一〇二天王丸機船かいりゆ AStudyOnMaritimeCO≡siOコCase ↓hecO≡siOコCaSebetweeコM.く.-ONT HirOyukiMA↓SUMO↓○

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1-海保大研究報告 第40巻 第2号

1

海上衝突事件研究(海難審判) 【第四回】

交通安全学講座 松 本 宏 之

機船第一〇二天王丸機船かいりゆう丸衝突事件

AStudyOnMaritimeCO≡siOコCasesA

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HirOyukiMA↓SUMO↓○

海上衝突事件研究(海難審判)【第四回】-2

2

《受審人》

受審人Ⅹ (第一〇二天王丸船長)

受審人Y (第一〇二天王丸副漁携長)

受審人Z (かいりゆう丸船長)

《主文》

◎第一審(門審昭二九・五・六)

本件衝突は、受審人ⅩおよびYが漁業取締船の行動を妨害しようとした不法な運航によって発生したものである。

Xの丙種船長の業務を三箇年停止する。

Yの丙種航海士の業務を二箇年停止する。

◎第二審(高審昭三〇・三・二四)

本件衝突は、受審人ⅩおよびYの職務上の各重大なる過失に因って発生した。

Xの丙種船長の業務を三箇年停止する。

Yの丙種航海士の業務を三箇年停止する。

《理由》

◎第一審

<事実概要>

3-海保大研究報告 第40巻 第2号

3

第一〇二天王丸 (総トン数七十五トン) は、僚船第一〇一天王丸と共に昭和二十八年七月進水した木造船で、同年九月

十一日以西機船底引網の許可を受けてから、しばしば九州沿岸の漁業禁止区域において密かに操業していたが、操業準備

を整え、船首一二ハメートル船尾二・八メートルばかりの喫水で、同十一月二十四日午後四時三十分ころ、僚船に約二十

分先きだって長崎港第二区戸町岸壁を発し、離岸するや受審人Xは機関を一時間九海里ばかりの速力にかけ、伊王島燈台

及び三ツ瀬の西方を経て、同七時十四、五分ころ樺島燈台のほぼ南東二分の一束 (以下、方位はすべて磁針方位である。)

四・七海里ばかりの漁業禁止区域にいたり、ほぼ北西に向けて停船し、間もなく左舷側近距離に来着した僚船と共に作業

燈を点じ密漁打ち合わせ中、同時二十分少し過ぎ受審人Xは船首方から来航するかいりゆう丸 (総トン数五十二トン) を

認め、直ちに燈火を消し、その動静をうかがっているうち、同二十六分ころ同船から探照燈の照射を受け、折から操舵室

左舷側に居合わせた受審人Yと話合って逃亡を決意し、僚船が左転して西方にとん走するや、受審人Xは右舵一杯にとり、

機関を一時間九海里ばかりの速力にかけ、漁網をもって船名等を隠ぺいしつつ反転し、ほぼ南東二分の一東の針路にとっ

たところ、かいりゆう丸を右舷船尾約二点二百メートルばかりに見る態勢となった。その後、両受審人は船尾部を照射さ

れ、漸次追いつかれつつあることを認識したが、最大速力約十一ノットを有するにかかわらず増速して逃げようとせず、

前示針路速力のまま進航中、同二十九分ころ相手船の前路を妨害しっつ逃走しようとして、突如右舵をとって二二二点右

転し、かいりゆう丸が同様に右転して平行状態となるや再び妨害行為を繰り返そうとして、同二十九分半ころ右舵を取り、

舵が重いので両人力を合せて打輪を右にまわしているうち、右舷方至近にかいりゆう丸を認め、あわよくばその船尾を替

りうるだろうと思い、そのまま右舵一杯に取り、機関全速力後退を命じ、船首がほぼ西南西に向いた同三十分ころ、樺島

燈台から約南東四分の一束五海里ばかりの地点において、第一〇二天王丸の船首は、かいりゆう丸の左舷側中央部よりや

や後方にほぼ直角に衝突した。当時天候は曇で風はほとんどなく、蔵潮の中央期であった。

また、かいりゆう丸は、長崎県の漁業取締に従事する木造船で、密漁取締の命を受け、船首一二メートル船尾二二二

海上衝突事件研究(海難審判)【第四回】-4

4

メートルばかりの喫水で同日午後四時ころ長崎港第一区出島岸壁を発し、香焼瀬戸を経て野母半島西方沖合を哨戒後、同

六時二十分ころ、樺島燈台の約西四分の三南六・五海里ばかりのところから、受審人Zは約束四分の三南の針路に定め、

一時間九海里ばかりの全速力で進航した。同七時二十分ころ同燈台から約南東二分の一束三・七海里ばかりの地点に達し

たとき、右舷船首三点一海里ばかりに紅燈一個とその左右に光力微弱な白燈各一個を認め、密漁船らしいと思い、総員を

各部署につかせ、同紅燈に向首して約南東二分の一東の針路にとったところ、間もなく白燈二個は見えなくなった。同二

十三、四分ころ受審人Zは航海燈を消し、機関を一時間二海里ばかりの微速力に減じて続航し、同紅燈に四百メートルば

かりに近づいた同二十六分ころ、甲板長に命じ航海燈をつけさせると共に探照燈で船首方を照射させたところ、船首を東

方に向け操舵室屋上の柱端に紅燈を点じた運搬船らしい小型船をほぼ正船首に、また、その五、六十メートル手前に、ほ

ぼ本船に向首して停止中の第一〇二及び第一〇一天王丸を各左舷船首及び右舷船首に認めた。間もなく紅燈の小型船は反

転し、第一〇一天王丸は左転して共に西方へ、第一〇一天王丸は右舵をとり反転していずれも無燈のまま逃走を始めた。

受審人Zは停船信号を行わないで、直ちに機関を一時間十海里ばかりの最大速力となし、第一〇二天王丸の船尾部を照射

させながら少し左転し、同二七分ころ相手船を左舷船首約二点二百メートルばかりに見るころ、ほぼ同船と平行する南東

二分の一東の針路をとって追跡中、同二十九分ころ左舷船首三、四点、百二、三十メートルに近づいたとき、相手船は突

然二、三点右転したので、受審人Zは急ぎ右舵をとってほぼ南南東に転針し、間もなくその右舷後方四、五点七、八十メー

トルに接近した直後、第一〇二天王丸が急激に右転し、アッと言う間に左舷船首至近にせまったのを見て急ぎ「ハードポー

ト」 と叫んだが、ほとんど転舵のいとまのないうち、前示のように衝突した。

その結果、第一〇二天王丸は船首材に長さ約八十七センチメートル、最深約十三センチメートルの損傷を生じたが浸水

はなく、かいりゆう丸は衝突箇所の舷嗜及び外板にくさび型の破口を生じ、急激に浸水して同三十五分ころ衝突附近に沈

没し、乗組員は伝馬船に移乗して樺島燈台に向け櫓走中、同午後十時ころ附近航行中の住吉丸に救助された。第一〇二天

5一海保大研究報告 第40巻 第2号

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王丸は船員法第十三条の規定に違反して、なんら相手船の人命及び船舶の救助をなさず、且つ、船名等を告げないで衝突

後間もなく全速力を以て現場を離れ、翌二十五日午前零時ころ長崎港戸町に入港し、すでに入港中の僚船と共に同一時こ

ろ同地を発し、愛媛県八幡浜附近の大島及び下泊に回避して、ひそかに船首材の損傷箇所を修理し、船籍港を書き換え、

ラジオ、新聞等により加害船として指名手配されていることを知りながら両船共謀して衝突事実の隠匿につとめ、更にそ

の後出漁準備を整え僚船と鹿児島南方海面に逃避中、翌十二月五日午後八時半ころ長崎に入港し、同地海上保安部におい

て、なお事実を否認しようとしたが、同日八日前示事実を認めるに至ったものである。

<原因>1--不法運航

本件衝突は、海難審判法第二条第一号に該当し、受審人Ⅹおよび同Yが共謀し、密漁の目的を以て長崎県野母埼南東方

沖合の漁業禁止区域にいたり、僚船と密漁しょうとしているとき、同県漁業取締船の追跡を受け逃亡中、両船の距離が接

近した際、相手船の行動を妨害しようとしてその前面に向け右転した両受審人の不法な運航によって発生したものである。

受審人Zの所為については、当時の情況および漁業取締船本来の使命に鑑み、しいてとがめるには及ばない。

受審人Ⅹおよび同Yが衝突後船員法第十三条の規定に違反して逃亡したことは極めて遺憾である。

◎第二審

<事実概要>

かいりゆう丸は、長崎県漁業取締船で、野母埼沖合の巡視に従事する目的をもって、船首一・二〇メートル船尾二・三

〇メートルの喫水で、昭和二十八年十一月二十四日午後四時長崎を発し、香焼瀬戸を経て野母半島西方沖合にいたり同六

時二十分樺島燈台から西四分の三南六海里半ばかりのところにおいて針路を東四分の三南に定め、一時間九海里ばかりの

海上衝突事件研究(海難審判)【第四回】-6

6

速力で進航中、同七時二十分受審人Zは右舷船首三点一海里ばかりに紅燈一個を認め、違反船ではないかと思い、総員を

部署につかせ、航海燈を消し、同紅燈に向首する南東二分の一東の針路とし、同時二十三分機関を微速力に減じ、同時二

十六分同紅燈までの距離が四百メートルばかりになったとき、再び航海燈を点ずるとともに探照燈をもって紅燈の方を照

射したところ、一小型船がその船首を北東方に向けているのを発見し、その手前に、光ぼうの両側にほぼ反航の体勢のま

ま停止中の第一〇二天王丸を船首少しく左舷、その僚船を同じく少しく右舷寄り二百メートルばかりのところに認めた。

照射されると同時にその僚船および前示小型船はそれぞれ南西方に逃走したが、第一〇二天王丸は激右転して反転し逃走

する模様なので、受審人Zは、直ちに機関を一時間十海里ばかりの全速力にかけて進航したが、同時二十七分同船は左舷

船首約四点七、八十メートルのところからほぼ並行の針路で逃走する体勢となったのでその船尾を照射しっつ追跡した。

同時二十九分相手船が一二一点右転したので自船もこれにならい一、二点右転して続航中、同時三十分少しく前、左舷船

首約四点近距離のところにおいて同船は突然急速に右転し来り、衝突する危険を感じたので急ぎ左舵一杯を令したが、ほ

ぼ原針路を向いたまま同時三十分同燈台から南東二分の一束五海里ばかりのおいて第一〇二天王丸の船首は、かいりゆう

丸の左舷船尾にほぼ直角に衝突した。当時天候は曇で風はほとんどなく潮候は痕潮の中央期であった。

また第一〇二天王丸は、船舶法第五条の規定による船籍港を八幡浜に定めた船であるが・受審人Ⅹは、同地においてぎ

装中船尾に船籍港が下関市と書かれているのを知っており、検査官からも注意を受けたが、これを書き直すことなく放置

していた。同船は、従業制限第二種で東は東経百八十度西は東経九十五度南は南緯十三度北は北緯六十三度の線に依り限

られたる区域内において従業する機船底引網漁業に限って許可を受けた漁船であるが、僚船とともに操業の目的で船首一

六〇メートル船尾二・八〇メートルの喫水をもって同日午後四時三十分長崎を発し、伊王島燈台通過後、三ツ瀬の西方を

経て野母埼附近の漁業禁止区域に向い同七時十五分ころ同燈台から南東二分の一束四海里四分の三ばかりのところにいた

り、船首を北西に向けたまま機関を停め航海燈を消し、作業燈を点じて間もなく来着した僚船とともに操業準鳳にとりか

7-海保大研究報告 第40巻 第2号

7

かった。同時二十六分かいりゆう丸に探照燈をもって照射を受けたので、受審人Xは、相手船が漁業取締船であると思い、

受審人Yと話合って逃走を決意し、直ちに右舵一杯にとり、機関を一時間九海里ばかりの全速力にかけ、漁網をもって船

尾の船名等を隠ぺいしつつ反転逃走した。その後、X、Y両受審人は、右舷船尾よりほぼ並行の針路で相手船が追跡し来

り次第に接近しっつあることを知っていたが、同時二十八分半ころ右舵をとり、一、二点右転し相手船がこれにならい右

転してなおも並行して追跡してくるので同船をほぼ右舷船尾近距離に認め、その船尾に向けて急激に反転離脱しょうと思

い、同時二十九分半ころ両人力を合わせ急速に右舵一杯にとったところ、替わり切れず、船首が同船の左舷側に衝突する

ことが避けられないので機関を全速力後退に令したが、未だ機関が後退にかからないうち、船首がほぼ南西に向いたとき、

前示のとおり衝突した。

衝突の結果、第一〇二天王丸は、船首材に小凹傷を生じたのみで浸水はなく、かいりゆう丸は衝突箇所の外板に甲板上

より水面下に達するくさび型破口を生じ浸水著しく危険となったので、乗組員は口々に大声で第一〇二天王丸に救助を求

めたが、これをかえりみず、船名さえも告知しないまま同時三十一分ころ機関を全速力をかけて逃走した。かくてかいりゆ

う丸は、同時三十五分遂に附近に沈没し、乗組全員は辛じて伝馬船に移乗して難を避け同燈台に向かう途中、附近航行中

の他船に救助された。第一〇二天王丸は、翌二十五日正午長崎にいたり、海難報告をなさないまますでに入港していた僚

船とともに急ぎ同地を発し、八幡浜に向かう途中、Ⅹ、Y両受審人は、ラジオによりかいりゆう丸乗組員が救助され、目

下加害船捜索中である旨を知り、八幡浜に入港することを避け、僚船は愛媛県西宇和郡真穴村真網代に、第一〇二天王丸

は・同村大島にそれぞれ入港して、船籍港を八幡浜市と書き換え、後から到着した僚船から船主が不在である旨を聞き、

人目を避けるため急ぎ同群三島村下泊にいたり、ひそかに損傷箇所の修理を完了し、向洋漁業協同組合と連絡の上、超え

て二十九日午前三時八幡浜に入港し、夜陰に乗じて出漁準備を整え、同五時同地を発し、種子島沖合に向かい昼間は同島

北方で漂泊し、夜間は同島西之表沖合で錨泊し、行方をくらましていたが、鹿児島県傭船郡志布志町にいたり、船主と連

海上衝突事件研究(海難審判)【第四回】-8

8

給をとろうとしたところ、自船に対する司直の手が廻っているのに気付き、乗組全員と謀り、一同が口をかんして事実を

語らなければ、発覚することはないとし、翌月五日夕刻長崎に入港し、翌六日同地海上保安官から任意出頭を命じられ、

取調を受けるところとなったが、なおも事実を否認しようとしたが、後前示の事実を認めるに至った。

<原因>-1-不当運航(漁業取締船より逃走中)

本件衝突は、海難審判法第二条第二号に該当し、受審人Ⅹ、同Yが野母埼沖合の漁業禁止区域に立ち入り操業準備中、

長崎県漁業取締船かいりゆう丸に発見され、同船の追尾を受け逃走中、同船を右舷船尾近距離に認めほぼ並行する状態と

なり、激右転すれば衝突の危険があることを気付かなければならないのに、強いて同船の船尾をかわそうとして激右転し

た両受審人の職務上の各重大なる過失に因って発生した。然して、X、Y両受審人が、漁業禁止区域の操業の目的で立ち

入ったことは中型機船底曳網漁業取締規則第八条の規定に違反しようとしたものである。また、自船に急迫した危険もな

いのに人命および船舶に対する救助および船名その他必要事項の告知の両義務を尽くさなかったこと、および海難報告書

を提出しなかったことは、船員法第十三条および同法第十九条第一項の規定に違反したものであり、船籍港を書き換えた

ことも本件の事実から隠避しようとした意図によるものと認められる。

受審人Zが当時とった措置は、本件発生の原因にならない。

《研究》本衝突事件は、漁業取締船が違反船を追跡中に発生したもので、操船方法において一方の船舶が故意に妨害行動をとる

他船に接近し、船舶の衝突を回避しっつ他の法令の目的を達成しようとする極めて例外的な運航形態を前提としている。

したがって、このような両船の行動においては、現実的な警察権の行使や社会的期待の問題と、通常の船舶の基本的な運

9-海保大研究報告 第40巻 第2号

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航形態を前提とする海上衝突予防法の各規定の遵守義務の問題あるいは形式的に異なる法的地平でとらえられるべき所為

の法適用上の問題がかかわってくる。

海上衝突予防法は、海上における船舶交通の安全を確保するために、国際的に統一された海上交通ルールに基づき船舶

の衝突を防止するという観点から、あらゆる船舶の運航形態についての一般的な交通規範を定めたものである。しかし多

種多様な目的を有する実際の船舶の運航形態を見ていくと、特定の業種については基本的に本法を遵守することが期待で

きないもの、換言すれば、その固有の目的を達成するためには必然的に海上衝突予防法違反の状態の発生を余儀なくされ

るような職種もあり得る。もちろんその目的が客観的正当性を有していない私的な要素を包含しているような場合は、法

的にも社会的にも容認されるものではないが、公的な目的を有している場合は、海上衝突予防法の保護法益と当該公的な

目的が達成されることにより得られる利益との競合が生じる。その一例として、本衝突事件のような密漁船等に対する取

締業務が挙げられる。

海上衝突予防法に取締業務に対する明文の適用除外規定がない以上、第一義的には何らかの法益侵害が発生しており、

形式的に海上交通法体系の秩序が害される場合もある。海上保安庁の巡視船艇も、日常的にこの種の取締業務に従事して

おり、逃走する違反船を追跡し、強行に接舷する過程で、両船が衝突することもある。過去に巡視船艇の取締業務に関連

して発生した衝突事件に対する裁決は、昭和二四年から三一年の間に集中しており、近年においては審判不要処分 (海難

審判法施行規則第二五条) となるケースが多い。そこで以下においては、本衝突事件の妥当な法的推論プロセスを解明す

るために、過去に海難審判の対象となった巡視船艇の衝突事件 (追跡中に逃走船と衝突した事例) について、航法の適用

の観点から論究する。

まず機船きじ機附帆船藤丸衝突事件の第一審(神戸海難審判庁裁決) では、主文において、本件衝突は巡視船船長と被

臨検船船頭の運航上の過失に基因して発生したものであるとして、海上衝突預防法 (明治二五年法律第五号) 第二七条お

海上衝突事件研究(海難審判)【第四回】-10

10

よび二九条(現行の海上衝突予防法第三八条および第三九条)を適用した(3)。また理由において、当該衝突事件は、主と

して被臨検船船長が相手船は巡視船であって自船を臨検するために進航してくることを知りながら速やかに停船せず、か

っその後自船に著しく接近して追越しきたる同船を認めながらも操舵に注意せず船首を偏転した運航上の過失に基因する

が、巡視船船長が他船を追跡するにあたり、これに接近して追い越さんとしたのは職務上やむを得ないとはいえ、かかる

場合普通よりより以上他船の行動に注意すべきであるのにその船首偏転に気づくことが遅く、臨機避譲の措置の時期を失

した運航に関する職務上の過失もまた一因をなすものであると認定した。すなわち主因は被臨検船側の運航上の過失にあ

るとし.つつも、巡視船側の職務上の過失も一因としている。

一方、機船きじ機附帆船藤丸衝突事件の二審(高等海難審判庁裁決) では、本件衝突は、被臨検船船頭が、相手船は巡

視艇であって本船を臨検するために接近して来ることを知りながら相手船の停船信号に応ぜず、そのまま進航しいよいよ

接近するに及びあわてて左転し、相手船の前面を横切らんとした不当運航によって発生したものであると認定し、巡視艇

船長が当時とった措置は、巡視艇本来の使命に鑑み正当であって、その所為はこの事件発生の原因とは認められないとし

た(」)。したがって同一事件において、海難の原因および過失のとらえ方が異なっているが、上級審では取締船側の運航形

態の特殊性を加味した裁決が示されている。

そのほかに取締船側の過失を認定した裁決には、機船たつぐも機船第六栄寿丸衝突事件享がある。当該事件の裁決では、

海難の原因を被臨検船の不当運航(巡視船より逃走中)としつつも、主文において、密漁船船長の不当運航に基因して発

生したものであるが、巡視船船長の運航に関する職務上の過失もその一因であるとして、機船きじ機附帆船藤丸衝突事件

の第一審の立場を継承している。すなわち、当該事件は主として密漁船船長が、野母埼沖合の漁業禁止区域に立ち入り操

業中、巡視船に発見され、その停船命令に服せず、船名等を隠ぺいしたまま異常な航法をとり、しいて逃走しようとした

不当運航に基因して発生したものであるが、巡視船船長が違反船を追跡中、その船名等の確認に専念のあまり、相手船に

11-海保大研究報告 第40巻 第2号

11

著しく近接した運航に関する職務上の過失もその一因をなすものであるとしている。そして巡視船船長に対しては、当時

の諸情状に鑑み、答めないが、巡視船が任務を遂行する場合、常に不測の事態発生を予想し、その行船には特に慎重を期

することが望ましいとして注意喚起している。

しかし他の裁決では、以下に示すとおり、被臨検船側の過失のみを認定し、取締船側の過失を認定したものはない。

◇機船やまどり漁船軍二心丸衝突事件〈6)

原因 不法運航

主文 密漁船船長の不法運航に基因して発生した。

理由 本件衝突は、密漁船船長が機船底引網漁業取締規則第八条の規定に違反し操業しているとき、巡視船を発見するや

網を捨てて逃走中、巡視船が停船信号を行いつつ接近した場合、その命令に従わないで突然巡視船の前面に向け大

角度の転針をした不法行為に基因して発生したものである。巡視船船長が当時とった措置は本件発生の原因となら

ない。

◇機船きたかみ機船第二天神丸衝突事件(7〉

原因 不法運航

主文 密漁船船長の不法運航に基因して発生した。

理由 本件衝突は、第二天神丸が昭和二二年農林省告示第七六号の規定に違反し、機船底引網漁業禁止区域内において引

網中、密漁船船長が巡視船の臨検をいとい停船信号に応ぜず逃走しようとした不法運航に基因して発生したもので

ある。巡視船船長が危険を冒して違反船を追跡したことは、職務遂行上止むを得ざるものであって当時施した運航

海上衝突事件研究(海難審判)【第四回】-12

上の措置については答むべきでない。

◇機船あきづき漁船軍一八幡丸衝突事件(8)

原因 不当運航 (巡視船より逃走中)

主文 密漁船船頭の不当運航に基因して発生した。

理由 本件衝突は、密漁船船頭が、漁業法に基づく青森県海面漁業調整規則第三五条及び青森県小型機船底びき網漁業調

整規則第三〇条の各規定に違反してあかがいの採揃に従事し、巡視船に追跡されて逃走中同船が後方至近距離に接

近したとき、その前路に向けて回頭した同人の不当運航に基因して発生したものである。巡視船船長の当時とった

処置は、巡視船本来の使命に鑑み正当であって、その所為は本件発生の原因とはならない。

◇機船むらちどり機船第七住吉丸衝突事件(。)

原因 不当運航 (密漁臨検より逃走中)

主文 密漁船船長の不当運航によって発生した。

理由 本件衝突は、密漁船船長が、巡視船の臨検をいとい停船することなく逃走を継続し、且つ追いつかれて両船近距離

にほぼ並航し、むらちどりの速力減ずると見るや、右舵をとってその前面に進出した不当運航によって発生したも

のである。巡視船船長の当時とった所為は、本件発生の原因をなさない。

◇機船むらちどり機船第七住吉丸衝突事件(川〉

原因 不当運航 (巡視船の停止命令に反し逃走中)

13-海保大研究報告 第40巻 第2号

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主文 密漁船船長の運航に関する職務上の過失に因って発生した。

理由 本件衝突は、その原因を探究するに、密漁船が巡視船から密漁容疑で停船を命じられたにもかかわらず、これに応

じないで全速力のまま執ように逃走しっづける場合、巡視船としては、あくまでも密漁容疑船を追跡して停船を求

め、臨検して職務を完遂しょうとするのは当然であり、かかる逃走、追跡の事態が風浪のある海上で長時間持続す

れば、両船接近して衝突の危険が起こるのは必定で、ひっきょう、密漁船船長が巡視船から停船を求められた場合、

速やかにこれに応じなかった同人の運航に関する職務1の過失に因って発生したものである。巡視船船長の所為に

ついては、職務の性質と当時の成行とに鑑み過失と認めない。

◇棟船しらたか漁船元栄丸衝突事件(=)

原因 不当運航 (密漁逃走中)

主文 密漁船船長の運航に関する職務上の過失に基因して発生した。

理由 本件衝突は、密漁船船長が、漁業法第六六条の二の規定に違反し、許可なく、宇和海において、ひそかに二そう引

小型機船底引網漁業に従事中、密漁船取締に当たっていた巡視船に発見され停船信号を受けたが、これに従わず逃

遷し、且つ追跡する巡視船が左舷船尾近距離に接近するや、その前路において旋回せんとして激左転した運航に関

する職務上の過失に基因して発生したものである。巡視船船長の所為は、本件発生の原因をなしたものとは認めな

ヽ1  0

-∨

◇機船かばしま機船第一〇恵美須丸衝突事件(誓

原因 不当運航(巡視船の追跡より逃走中)

海上衝突事件研究(海難審判)【第四回】-14

14

主文 密漁船船長等の運航に関する職務上の過失に因って発生した。

理由 本件衝突は、密漁船船長が、機船底引網漁業禁止区域に立ち入り操業中、巡視船に発見され、停船を命ぜられた場

合、これに応ぜず、船名等を隠蔽したまま逃走し、船尾両舷から鋼索を流し、急旋回または相手船の前路に進出す

る等長時間にわたりしばしば不当運航を繰返し、その追跡から逃れようと専念した後、相手船を左舷後方に認め、

その船尾を替わそうとして左舵一杯にとったところ、舵効が悪く、まわり切れないことに気付きながら、速やかに

避譲の措置を講ぜず、その前路に進出した密漁船船長及びこれに協力した者の各運航に関する職務上の過失に因っ

て発生したものである。巡視船船長が当時とった措置は、本件発生の原因とならない。

このように被臨検船が巡視船艇の行う停船命令に従わないで逃走したという「不法運航」若しくは「不当運航」が海難

の主因となっており、巡視船艇側のとった行動は、その職務遂行の上で要求されている〓正の注意の内容を遵守している

限り、・基本的には、取締法規の法目的を達成するための不可欠あるいは付随的な措置として評価され、海難の原因とはな

らないとしている。

この種の事象に対して、海上衝突予防法の具体的な航法規定を適用している事例は少ないが、巡視船艇側の過失を一部

認めた機船きじ機附帆船藤丸衝突事件の第一審においては、前述のとおり海1衝突禄防法(明治二五年法律第五号)第二

七条および第二九条(慨怠ノ責)を適用している。この法律にいう第二七条は、「本法ヲ履行スル千首り運航及衝突二関シ

百航ノ危険二注意スルハ勿論若危険切迫シテ本法ヲ履行シ能ハサル特殊ノ場合二於テハ其ノ危険ヲ避クル為臨機ノ処置ヲ

為スコトニ注意スへシ」という規定になっており、現行の海上衝突予防法第三八条(切迫した危険のある特殊な状況)に

該当している。現行の海上衝突予防法第三八条第二項では、「船舶は、この法律の規定を履行するに当たっては、運航上の

危険及び他の船舶との衝突の危険に十分に注意し、かつ、切迫した危険のある特殊な状況(船舶の性能に基づくものを含

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15

む。)に十分に注意しなければならない。」と規定され、第二項では、「船舶は、前項の切迫した危険のある特殊な状況にあ

る場合においては、切迫した危険を避けるためにこの法律の規定によらないことができる。」と定められている。したがっ

て、海上衝突橡防法 (明治二五年法律第五号) 第二七条は、切迫した危険を避けるため、この法律の規定によることがで

きない特殊な場合があることをも十分に注意しなければならないといった趣旨を有している(崇

また海上衝突橡防法(明治二五年法律第五号)第二九条は、「本法ハ点燈、信号又ハ見張ノ怠り其ノ他海員ノ常務又ハ臨

機ノ処置二必要ナル注意ノ怠リニヨリ生ジタル結果二付船、船主、船長、海員ヲシテ其ノ責ヲ免レシメサルモノトス」と

なっており、現行の海上衝突予防法第三九条(注意等を怠ることについての責任) に該当している。現行の海上衝突予防

法第三九条では、「この法律の規定は、適切な航法で運航し、燈火若しくは形象物を表示し、若しくは信号を行うこと又は

船員の常務として若しくはその時の特殊な状況により必要とされる注意をすることを怠ることによって生じた結果につい

て、船舶、船舶所有者、船長又は海員の責任を免除するものではない。」と規定されている。したがって本条は、直接的に

具体的な航法を定めたわけではないが、明らかに危険を増大するような特別の事情がある場合にはこの法律の規定に拘泥

することなく、またこの法律の他の条文の直接の適用を受けない場合にも、なお船員の通常の経験と運用術の原則に基づ

いた技術、ならびに船員の慣行とから要求される注意によって、衝突の危険を避けなければならない旨を定めて、この法

律の全般にわたる不備を補充することを主たる目的としている(1.日㌻

同株な考え方に基づき、本衝突事件(機船第一〇二天王丸機船かいりゆう丸衝突事件) に対しても、その特殊な状況を

考慮して、現行の海上衝突予防法第三八条および第三九条の適用を主張する学説もある(ほ)。

「本件は通常の船舶の運航状態に於て二つの船舶が相平行して航行する場合と異なり、密漁現行船が取締船の追跡を

ふりきり逃げられるだけ逃げようとし、予防法を無視して危険を冒してまで右往左往して、遮二無二逃げ廻っている

ときこれを逮捕せんとする緊急事態なのである。(中略)臨機応変の処置として隠密に行動したり、相手に気付かれな

海上衝突事件研究(海難審判)【第四回】-16

16

いように出来るだけ接近したり、衝突を避けながら、危険を冒しても違反船の逃走を遮断し、断念させる方策を講じ

なければ逃げられ逮捕の目的を達成することは困難である。か1る場合、平常の運航に関する船灯、航路信号、航法

がそのまま適用ありとなすべきであるかは一考を要するであろう。か~る衝突の危険の切迫したるときは、航法に関

する補充規定と解されている第二七条「本法ヲ履行スルニ当り運航及衝突二関シ百航ノ危険二注意スルハ勿論若危険

切迫シテ本法ヲ履行シ能ハサル特殊ノ場合二於テハ其ノ危険ヲ避クル為臨機ノ処置ヲ為スコトニ注意スヘシ」、さらに

本法規全体の補充規定である第二九条「本法ハ点燈、信号又ハ見張ノ怠り其ノ他海員ノ常務又ハ臨機ノ処置二必要ナ

ル注意ノ怠リニヨリ生ジタル結果二付船、船主、船長、海員ヲシテ其ノ責ヲ免レシメサルモノトス」を適用すべきで

ある。」、

現行の海上衝突予防法第五章(補則)の第三八条および第三九条は、第一条から第三六条までの規定を補完する性格を

有しており、その関係は第三八条が注意義務規定(切迫した危険のある特殊な状況に対する注意義務)で、第三九条は責

任規定でもあり注意義務規定(船員の常務による注意義務)でもあるとする説が有力である(誓したがって本衝突事件(機

船第-〇二天王丸機船かいりゆう丸衝突事件)は、そもそも海上衝突予防法に具体的に明示された定型的な行為規範たる

航法、あるいは狭義の航法へけ〉のように避航関係が定型的かつ明確な航法によって律することが困難な事象であり、海難の

原因となる過失の内容を特殊な状況における非定型的な航法に求めることについては・第一義的な法適用という点で基本

的に異論のないところである。すなわち海上衝突予防法が立法時に想定している基本的な態様と異なる見合い関係が生じ

た際に、明文規定の不備を補う目的で定められたのが第三八条および第三九条ということができるので、その意味でこれ

らの注意義務規定により船舶がアプリオリ(apriOri)に衝突を回避することは法の趣旨にかなっているといえる。

しかし、第三八条および第三九条の適用に基づく衝突回避のための具体的操船方法、あるいは衝突原因たる行為の特定

(過失認定)の問題については、基本的には長年の伝統により培われてきた一種の経験則を前提とした個々の船員の行為

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に頼らざるを得ない状況にあり、場合によっては操船者の行動規範としての機能性や法的安定性を阻害するおそれもある。

そもそも海上衝突予防法は伝統的に確立されてきた海事従事者の良き慣行の基本的な部分を成文化したものであり、実際

の運用にあたっては相当部分を船員の常務に委ねているといわれている。これは海上交通における船員の判断がきわめて

複雑で、原則的な義務の履行だけでは衝突が避けられない場合があることに起因している。第三九条でいう船員の常務と

は、本来海事関係者の常識、すなわち通常の船員ならば当然知っているはずの知識、経験、慣行というようなものを意味

し(18)、当為性を有する一種の経験則であり、条理法的性格を有していると思われる(19}。しかし海上衝突予防法は船舶運航

者にとって長い間「航海術の運用マニュアル」垂として機能しており・海上における基本的な交通規範を定めた一種の技

術法規たる性格も有している。さらに第三九条の法的性格については、「わが国法曹界の意見では道徳任意規定であって、

海上衝突予防法に規定する必要がない、とされる意見が多い」〈封)といわれており、法規範性あるいは法的拘束力の観点か

らの問題がある。また現行の海上衝突予防法のもとになっている一九七二年の海上における衝突の予防のための国際規則

に関する条約に添付されている一九七二年の海上における衝突の予防のための国際規則(一九七二年COLREG) につ

いては、「一種の道徳的規定であり、船舶運用術的テキストでもある」(”=とか、「長い間操船マニュアル若しくは運用マニュ

アルとしての性格を有する」(蔓といわれている。

一軍第三八条第二項の規定は、海上の特殊性に起因するもので、予期されない不測の事態をはじめ、船舶の性能に基

づく特殊な状況を勘案した場合に配慮すべき事態や、地形、気象、海象等の自然環境に基づくやむを得ない事態等を想定

したものである。この場合に段階的過失論に基づき客観的注意義務を追究していくと、基本的には操船者の裁量的な行為

を衝突時に遡って一定の行為規範に基づいて判断し、当該規定は第二次的に考慮されることになる。しかし、一般に切迫

した危険のある特殊な状況においては、必然的に操船者が経験則上最善と思われる行動をとることが期待されるので、本

条文は極端な概念法学的思考の弊害を未然に防止する意味で再確認したということもできる。典型的な事例としては、保

海上衝突事件研究(海難審判)【第四回】-18

18

持船の船首方向に障害物があり、針路・速力が保持できないような場合が挙げられるが、その他に保持船の不当運航や敵

艦の襲撃等もこれに該当するという説もある(211)。しかし客観的にみて正当な事由に基づく行為が、その時になし得た最善

の注意のもとで実行され、条理的均衡を失わない最小限の範囲にとどまっておく必要がある。いづれにせよ注意義務とい

う観点からは、第三八条と第三九条は同様の性格を有しており、基本的には船員として当然とるべき補完的行為規範を再

確認する意味で宣言的に記述していると思われる。

ところで、これらの規定を適用した法的推論において得られる結論では、多くの衝突事件の場合は双方の船舶に対して

過失が認定されるが、本衝突事件 (機船第一〇二天王丸機船かいりゆう丸衝突事件) の場合は衝突船舶の一方のみに責任

が課せられている。密漁船側に一方的な過失を認定した法的推論プロセスは必ずしも明らかになっていないが、このよう

な事例については既存の定型的な航法では律することができないため、追跡という正当かつ妥当な行為に対する社会的容

認と逃走という不法かつ卑劣な行為に対する社会的非難に関連する一種の条理のようなものが存在しているようにも思わ

れる。一般に、容疑船の無謀な逃走は、安全に航行している周囲の船舶に対して、直接的あるいは間接的に危険を及ぼす

おそれがあるので、衝突事故防止の観点からは当然のごとく迅速かつ安全な捕捉を理想としている。もし捕捉中における

巡視船艇の行動をとりまく環境を、「切迫した危険のある特殊な状況」に密接に関連する状況として第三八条の適用の対象

とするのであれば、第一義的には停船命令をうけた船舶は遵法精神に則り危険な状況を回避するために速やかに停船する

義務が発生するであろうし、また定められた法目的を達成しようとしている巡視船艇のとる一連の追跡行為については、

一定の範囲内で許容されることになる。

すなわち、法理論として確立されたものとはいえないが、このような裁決がなされた背景には、海上衝突予防法は原則

として危険より遠ざかる用心深い行為を期待しており、その趣旨において正当な交通目的を有する船舶の衝突事故を未然

に防止する意図をもって定められた行為規範であるという前提がある。したがって、海上衝突予防法は動機において保護

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に値する船舶、換言すれば、少なくとも衝突に関する未必の故意が存在しない船舶を前提としているために、そうでない

船舶に一方的な責任を負わせることになるという考え方が一般的であると思われる。

一方、適用船舶自体の解釈については、「規則がすべての船舶を対象とする必要性があるか否か、換言すれば、特定の船

舶を適用除外することのほうが、規則の目的からは好ましい、若しくは実際的である場合もある。(中略)規則にはすべて

の船舶交通の態様を規定することは不可能であり、且つ、細部迄規定することは規則を繁雑にするのみならず、却って、

規則の運用の障害になる場合も生ずるからである。」(空とする意見もある。これは海上の特殊性や立法政策上、網羅的な規

定の仕方が不可能であるという事情を考慮した結果、ある特定の船舶については適用除外とした方が法の運用上好ましい

としたものである。ただ単に適用除外とするならば既存の海上交通秩序との関係で問題が生じるため、国内事情も考慮し

た新たな立法もしくは法律の改正等、何らかの法の手当が必要となってくる。

この点について、わが国では過去に海上衝突予防法 (昭和二八年法律第一五一号) に関する運輸委員会で、特別の地位

を有する船舶の適用除外事由を審議した経緯がある。

「例えば、簡単に消防の場合に交通法規を無視するように、赤い消防自動車がぶっ飛んで行くように、私は少なくと

も海上保安隊の関係の船舶が、或る程度特別な規定の下に保護されなければやりようがないじやないかと、こう思う

わけであります。(中略)救済的な規定が、独自のもめですから、戦争を廃棄した国における一つの形ですから、そこ

でその場合において、特にそういう点が考えられなければならん、こう思いますので、その点について用意がなかっ

たのか、こういうような点です。」垂

「私どものほうに所属しております船について、その運航等につきましても、現在この規定の適用を受けまして、格

別不自由も感じないで済むようでありますので、現在のところ特例は設けるつもりはないわけでございます。」(27)

ところで海上交通に関する国際ルールの統一という観点からは、日本船舶・外国船舶を問わず、その実効性を高めるた

海上衝突事件研究(海難審判)【第四回】-20

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めに単なる国内法化だけの問題ととらえずに、各国同意のもとでの国際規則の改正が望ましい。この点について、航法上

の特権(priくニege)を付与することを意味するものではないが、例えば国際海事機関(thelnternatiOnaHMaritiヨeOrganizatiOn‥

IMO) の第27回航行安全小委員会では、オランダが特別な目的をもって他船に接近するパトロール船のような船舶に特

殊な信号を掲げるという提案垂をしている。法制度に基づいた行為規範と現実の船舶の行動との間にインコンシステンシー

(不一致あるいは矛盾 (iコCOnSistency)) が生じた場合、一般的には規則の改正ということになるが、各国の利害の対立

とかコンセンサスの問題、多種多様な船舶や価値観の異なる人種が混在する海上での統一性の問題、改正が及ぼす影響の

評価等を勘案すると、IMOの会議の場においても消極的にならざるを得ないであろう。このような背景から考察すると、

一九七二年COLREG自体は、各国の国内事情を背景とした海上交通の法秩序の中核を形成する必要最小限度の法規範

を一般的抽象的に明文化しており、その解釈や運用に際しては各国政府の政策や船員の常務として必要とされる海事従事

者の行動に期待するところが大きいと思われる。また、そのような性格を有するCOLREGを国内法化した海上衝突予

防法は、国際的な基本ルールとして認識すべき法規範を明記した伝統的な法律であるといえるが、その適用に際しては、

専門的知識を必要とし、きわめて特殊な法的性格を有している垂。

一方、海難の原因を明らかにし、もってその発生の防止に寄与することを目的としている海難審判とは性格が異なるが、

本衝突事件(機船第一〇二天王丸機船かいりゆう丸衝突事件)の刑事裁判垂では次のように判示している。

○判決要旨

「司法警察員が海上における漁業に関する現行犯を検挙するために船舶を運航する場合、海上衝突予防法規を遵守す

べき義務がある。」

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○理由 (抜粋)

「海上においては陸上におけると異り明確不動の通路がなく交通整理も行われないから、航行の安全確保、殊に船舶

衝突防止の方法は、専ら各船舶の船灯、信号、運航方法の如何にかかっているのみならず、万一衝突事故を惹起せん

か直ちに多数の人命と莫大なる財産を危殆に瀕せしめるものであるから、船灯、航方、信号等に関する法規が極めて

重要不可欠のものであることは論を侯たないところである。(中略)海上衝突予防法の立法趣旨、沿革並びに立言形式

に鑑みれば、迅速かつ穏密裡に行動することの要請せられる海上における漁業に関する現行犯の検挙のため船舶を運

航する場合、海上衝突予防法所定の法規を遵守するにおいてはたとえその機能を阻害される虞れがあっても、なお同

法規を遵守すべき義務があり、もしこれを無視して船舶を運行すれば違法の責を免れることはできない。」

刑事裁判における事実認定の概要は、次のとおりである。長崎県漁業取締船海竜丸(木、総トン数五二二二五トン)は、

長崎県樺島燈台沖四海里位をほぼ東南に向けて航行中、昭和二八年一一月二四日午後七時二〇分ころ、船首右舷四五度位

にあたる約一海里の地点に紅灯一個を認め、同所二帯は以西機船底曳網漁業禁止区域である関係上、密漁船ではないかと

の嫌疑のもとに、航海灯を消灯し接近し、紅灯との距離約四〇〇メートルに接近したとき航海灯全部を点灯させるととも

に電力一〇〇〇Wの強力な探照灯をもって照射したところ、底曳漁船第一〇二天王丸 (木、総トン数七五・三三トン) ほ

か僚船一隻が船灯全部を消して船尾に魚素を引いてゆっくり移動しており、照射と同時に両船とも逃走した。海竜丸は第

一〇二天王丸の右舷側約五〇メートルの間隔を保ち平行状態で追跡を始め、約三分間追跡したとき、第一〇二天王丸が相

手船の進路を妨害しようと約二〇度右転したので、これに応じ同角度右転した。さらに約一分間追跡して海竜丸の船首が

第一〇二天王丸の船尾に追いついたころ、第一〇二天王丸がほぼ直角に右転して海竜丸の左舷側に迫ったため、海竜丸は

急きょ左舵をとったが及ばず、ついに第一〇二天王丸の船首は海竜丸の左舷機関部付近にほぼ直角に衝突し、海竜丸は浸

海上衝突事件研究(海難審判)【第四回】-22

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水沈没し、第一〇二天王丸は救助することなく、そのまま逃走したものである。そして、これらの法的推論プロセスの中

で、取締船が密漁船に接近する際に無灯火だったこと、右転する際に航路信号をしなかったこと等の違法行為が指摘され

たのである。

海上衝突予防法に規定された作為・不作為義務は、過失認定上の客観的注意義務を類型的に明示したものということも

でき(製・個々具体的な事象に対する操船者の裁量的判断を広く認めたために相互関係が曖昧ではあるが、これらの義務に

違反して何らかの法益侵害が生じた場合は、原則として過失認定上の客観的注意義務違反があったとの推定を受けること

になる。刑事責任と海難審判の行政処分においては、制度上の目的や性格が異なるために基本的には相互に無関係に責任

が追及され、刑事上の過失と海難審判上の過失の認定は必ずしも同一ではないが、追跡中の衝突に対する巡視船艇の船長

の責任について問われることは少ない。かりに責任を問われた場合でも、刑事罰に関しては刑法第三五条(正当行為)に

ょり違法性が阻却され、行政処分についても前述のとおり職務上の特殊性を加味されている。しかし衝突の有無にかかわ

らず、依然として検挙するために巡視船艇を運航する場合においても、なお海上衝突予防法を遵守すべき義務があること

は判示のとおりである。

すなわち巡視船艇が違反船等を捕捉中に発生した衝突事故に関連する違反(主として刑法犯)については、刑法第三五

条が適用される余地があるが、罰則規定のない行政法規である海上衝突予防法の違反については、判例の趣旨によれば衝

突の発生如何にかかわらず容認されず、行政法上の違法状態が継続していることになる。確かに罰則がないために、単に

本法の規定に違反したというだけでは、その責任を問われることはないがへぎそれを根拠に巡視船艇が海上衝突予防法に

違反する行動をとることができるということにはならない。したがって巡視船艇が法的に問題なく効果的な取締業務を遂

行するためには、現行の海上衝突予防法第三八条・第三九条の解釈や利益衡量論を中心とした理論についても論究すべき

である(㌘

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【注】(1) 海難審判庁裁決録昭和二九年第五二ハ合併号七五二頁

(2) 海難審判庁裁決録昭和三〇年第三・四合併号二二七頁

(3) 神審昭二四・一 二一、海難審判庁裁決録昭和二四年第言亨一八頁

(4) 高審昭二四・九二三、海難審判庁裁決録昭和二四年第一〇二一合併号五七 六頁

(5) 門審昭三一・五・八、海難審判庁裁決録昭和三一年第五二ハ合併号七九三頁

(6) 門審昭二九・五・一八、海難審判庁裁決録昭和二九年第五二ハ合併号七七六頁

(7) 門審昭二八・三・二七、海難審判庁裁決録昭和二八年第三・四合併号四五九頁

(8) 函審昭二八二二 二二、海難審判庁裁決録昭和二八年第〓 二三日併号一六八五頁

(9) 神審昭三〇・一 二二、海難審判庁裁決録昭和三〇年第一二三口併号七三頁

(10)高審昭三一・九二〇、海難審判庁裁決録昭和三一年第九・一〇合併号二一四七頁

(11) 広審昭三一・九二一九、海難審判庁裁決録昭和三一年第九二〇合併号一四一五頁

(12) 門審昭三一 二㌻二〇、海難審判庁裁決録昭和三一年第二 二一合併号一七五五頁

(13) 横田利雄、詳説海上衝突予防法、海文堂、昭和40年、二二九頁

(14) 横田利雄前掲書、二四四頁

(15) 阪村幸男、密漁現行犯逮捕と海上衝突予防法、呉葉論叢第三号、二一頁

(16) 海事法研究会、概説海上交通法、昭和六〇年、九五頁

(17) 海事法研究会前掲書、七頁

(18)海上保安庁監修、海上衝突予防法の解説、海文堂、昭和五九年、一四三頁

海上衝突事件研究(海難審判)【第四回】-24

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(19)拙稿、海上衝突予防法の性格に関する一考察・海上保安大学校研究報告法文学系第三五巻第〓号、三七頁

(20) 海上保安庁監修前掲書、九頁

(聖中島保司、国際海上交通規則改正の動向について、船長実務叢書ⅩⅩⅩⅧ、日本船長協会、昭和四七年、六頁

(22) 中島保司前掲論文、五-六頁

(空佐藤修臣、海上交通規則の現状と将来、航海八四号、昭和六〇年、四二頁

(m讐藤崎道好、新海上衝突予防法、昭和二九年、白泉社、二六五頁

(25) 佐藤修臣前掲論文、四二頁

(空第十六回国会参議院運輸委員会会議録第五号(昭和二十八年)、東隆委員発言

(27)第十六回国会参議院運輸委員会会議録第五号(昭和二十八年)、上村健太郎政府委員発言

(讐IMONAくNごミN竜rOP。SedAヨendヨentStOthe-当NCO≡siOnRegu-atiOnS工芸N

(29) 拙稿前掲論文、三七頁

(讐福岡高判昭三三・七・三高裁刑集〓巻六号三一七頁

(31) 石丸俊彦、過失の認定、海難と審判四一、二頁

(警海上保安庁監修、海上衝突予防法一〇〇間一〇〇答、成山堂、昭和五七年、二六頁

(聖拙稿、取締中の巡視船艇に対する海上衝突予防法適用の問題点、海1保安の諸問題(国司彰男教授退官記念論集)、中央法規・平成二年・

九三頁