(1)当社の有機エレクトロニクス 分析の取組み -...

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東レリサーチセンター The TRC News No.122(Mar.2016) 11 本号は有機ELや有機薄膜太陽電池に代表される有機 エレクトロニクスデバイスの分析技術について特集し た。有機エレクトロニクスデバイスは、有機半導体やディ スプレイ・照明、あるいは太陽電池など、多方面で次世 代のデバイスの中核として材料開発やプロセス開発が盛 んに行われている。有機ELディスプレイなど、一部は すでに商品化されて久しく、今後ますます精力的に展開 されるものと考えられる。 一方、分析の立場から考えると、複雑な多層膜やドメ イン構造を有する有機エレクトロニクスデバイスはなか なか厄介なデバイスである。有機エレクトロニクスを分 析する観点からの課題を挙げてみると次のようなものが ある。 nmオーダーの薄膜・ドメイン構造を有し、電子顕微 鏡やイオンスパッタが必要なスケールであるが、電子 線やイオンビームに対して脆弱である。 微量添加されるドーパント成分を含めて構成材料が多 岐にわたる。 金属など無機材料も用いられ、化学的・物理的にヘテ ロジニアスな材料であり、前処理が難しい。 一次構造以外に結晶・配向性といった特性上有意な影 響を与える可能性がある高次構造も含めて解析する必 要がある。 デバイス自体が酸素や水を嫌うため、不活性での取り 扱いが必要になるケースがある。 特性にとって重要な有機-無機、有機-有機などの界 面に対する解析が求められる。 これらの課題に対して、弊社では様々な分析手法の導 入、前処理や分析手法の開発を進めてきた。過去の弊社 の“The TRC News”においても、86号(2004年)と98 号(2007年)でディスプレイ特集を組み、有機エレクト ロニクスの代表格である有機ELデバイスに関する分析 技術の紹介を行った。これまでの弊社の有機エレクトロ ニクス材料に対する取組みとして表1に主な技術導入や 技術開発を時系列で示した。弊社が取り組んだ分析手法 の中には、斜め切削加工のように、今となっては各機関 で当たり前のように用いられている手法もあり、当社の 取組みがこの分野の分析技術の進歩に多少なりとも貢献 させていただけているのではないかと感じている。しか しながら、デバイスの特性改善や劣化メカニズムに迫る ためには、まだまだ現状の測定技術や前処理技術では不 十分であり、さらなる技術開発の必要性を感じている。 分析技術の開発は分析技術者だけでなしえるものではな く、デバイスを研究・開発されている研究者・技術者の 方々のご指導を得ながら、今後も継続的に少しでも有用 な分析技術の開発に取り組んでいきたい。 2001年頃 不活性雰囲気下での解体、分析技術が揃う 2002ハイコントラストTEM観察法確立 2003有機薄膜の深さ方向分析技術 (精密斜め切削 1) TOFSIMS 2) )確立 2004有機EL分析セミナー開催 2006有機薄膜のBackside SIMS分析手法確立 2009同位体マーカー法による封止性能評価法確立 2009偏光ラマンによる有機膜配向性評価法確立 2009有機EL材料への表面増強ラマンの適用 2012GCIB 3) TOFSIMS導入 2013超高精度斜め切削法確立およびPFT 4) AFM応用法確立 2014XAFS 5) 法の有機膜分子配向解析への適用 1)特許公開2002-365183 2) TOFSIMS: Time of FlightSecondary Ion Mass Spectroscopy 3) GCIB: Gas Cluster Ion Beam 4) PFT: PeakForce Tapping TM 5) XAFS: Xray absorpOon fine structure 表1  弊社の有機エレクトロニクスデバイス分析に対す る主な取組み 今回の特集号では、これまで弊社が開発・培ってきた 分析技術の中から、現在の有機多層膜の分析では不可欠 GCIB-TOF-SIMS、フレキシブルデバイスの進展によ り最近ますます注目されている封止技術、キャリア移動 度に影響を与えるとして注目されている分子配向性、新 しい分光手法として弊社で近年導入したAFM-IRを用い た分析事例、有機エレクトロニクス材料と同時に用いら れるケースの多い透明導電膜の解析事例、についてご紹 介した。有機エレクトロニクスの多様性に対応し、着眼 点が多岐にわたる特集となってしまったことはご容赦い ただきたい。今後も有機エレクトロニクスを研究、開発 されていらっしゃる方々に少しでもお役に立てるよう、 分析担当者一同、研鑽を重ねていく所存である。有機エ レクトロニクスに関してご要望やお知りになりたいこと があれば、是非当社までお聞かせいただきたい。本号で ご紹介する分析事例が有機エレクトロニクスの研究・技 術開発に多少なりとも参考になれば幸いである。 ■村木 直樹 (むらき なおき) 研究部門 主幹 趣味:音楽鑑賞、史跡・旧跡散歩、けん玉 [特集]有機エレクトロニクス (1)当社の有機エレクトロニクス 分析の取組み 研究部門 村木 直樹 ●[特集]有機エレクトロニクス (1)当社の有機エレクトロニクス分析の取組み

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Page 1: (1)当社の有機エレクトロニクス 分析の取組み - TORAY...な分析技術の開発に取り組んでいきたい。 2001年頃 不活性雰囲気下での解体、分析技術が揃う

東レリサーチセンター The TRC News No.122(Mar.2016)・11

 本号は有機ELや有機薄膜太陽電池に代表される有機エレクトロニクスデバイスの分析技術について特集した。有機エレクトロニクスデバイスは、有機半導体やディスプレイ・照明、あるいは太陽電池など、多方面で次世代のデバイスの中核として材料開発やプロセス開発が盛んに行われている。有機ELディスプレイなど、一部はすでに商品化されて久しく、今後ますます精力的に展開されるものと考えられる。 一方、分析の立場から考えると、複雑な多層膜やドメイン構造を有する有機エレクトロニクスデバイスはなかなか厄介なデバイスである。有機エレクトロニクスを分析する観点からの課題を挙げてみると次のようなものがある。

① nmオーダーの薄膜・ドメイン構造を有し、電子顕微鏡やイオンスパッタが必要なスケールであるが、電子線やイオンビームに対して脆弱である。

② 微量添加されるドーパント成分を含めて構成材料が多岐にわたる。

③ 金属など無機材料も用いられ、化学的・物理的にヘテロジニアスな材料であり、前処理が難しい。

④ 一次構造以外に結晶・配向性といった特性上有意な影響を与える可能性がある高次構造も含めて解析する必要がある。

⑤ デバイス自体が酸素や水を嫌うため、不活性での取り扱いが必要になるケースがある。

⑥ 特性にとって重要な有機-無機、有機-有機などの界面に対する解析が求められる。

 これらの課題に対して、弊社では様々な分析手法の導入、前処理や分析手法の開発を進めてきた。過去の弊社の“The TRC News”においても、86号(2004年)と98号(2007年)でディスプレイ特集を組み、有機エレクトロニクスの代表格である有機ELデバイスに関する分析技術の紹介を行った。これまでの弊社の有機エレクトロニクス材料に対する取組みとして表1に主な技術導入や技術開発を時系列で示した。弊社が取り組んだ分析手法の中には、斜め切削加工のように、今となっては各機関で当たり前のように用いられている手法もあり、当社の取組みがこの分野の分析技術の進歩に多少なりとも貢献させていただけているのではないかと感じている。しかしながら、デバイスの特性改善や劣化メカニズムに迫るためには、まだまだ現状の測定技術や前処理技術では不十分であり、さらなる技術開発の必要性を感じている。

分析技術の開発は分析技術者だけでなしえるものではなく、デバイスを研究・開発されている研究者・技術者の方々のご指導を得ながら、今後も継続的に少しでも有用な分析技術の開発に取り組んでいきたい。

 

2001年頃 不活性雰囲気下での解体、分析技術が揃う 2002年 ハイコントラストTEM観察法確立 2003年 有機薄膜の深さ方向分析技術  

(精密斜め切削1)+TOF-­‐SIMS2))確立 2004年 有機EL分析セミナー開催 2006年 有機薄膜のBackside  SIMS分析手法確立 2009年 同位体マーカー法による封止性能評価法確立 2009年 偏光ラマンによる有機膜配向性評価法確立 2009年 有機EL材料への表面増強ラマンの適用 2012年 GCIB3)-­‐TOF-­‐SIMS導入 2013年 超高精度斜め切削法確立およびPFT4)-­‐AFMの

応用法確立  2014年  XAFS5)法の有機膜分子配向解析への適用  

1)特許公開2002-365183 2)  TOF-­‐SIMS:  Time  of  Flight-­‐Secondary  Ion  Mass  Spectroscopy  3)  GCIB:  Gas  Cluster  Ion  Beam  4)  PFT:  PeakForce  TappingTM    5)  XAFS:    X-­‐ray  absorpOon  fine  structure  

表1 �弊社の有機エレクトロニクスデバイス分析に対する主な取組み

 今回の特集号では、これまで弊社が開発・培ってきた分析技術の中から、現在の有機多層膜の分析では不可欠なGCIB-TOF-SIMS、フレキシブルデバイスの進展により最近ますます注目されている封止技術、キャリア移動度に影響を与えるとして注目されている分子配向性、新しい分光手法として弊社で近年導入したAFM-IRを用いた分析事例、有機エレクトロニクス材料と同時に用いられるケースの多い透明導電膜の解析事例、についてご紹介した。有機エレクトロニクスの多様性に対応し、着眼点が多岐にわたる特集となってしまったことはご容赦いただきたい。今後も有機エレクトロニクスを研究、開発されていらっしゃる方々に少しでもお役に立てるよう、分析担当者一同、研鑽を重ねていく所存である。有機エレクトロニクスに関してご要望やお知りになりたいことがあれば、是非当社までお聞かせいただきたい。本号でご紹介する分析事例が有機エレクトロニクスの研究・技術開発に多少なりとも参考になれば幸いである。

■村木 直樹 (むらき なおき) 研究部門 主幹 趣味:音楽鑑賞、史跡・旧跡散歩、けん玉

[特集]有機エレクトロニクス

(1)当社の有機エレクトロニクス分析の取組み

研究部門 村木 直樹

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