報告:棒のモデルを用いた光の学習 - huscap · 2017-10-15 ·...

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- 143 - 0.はじめに 北海道大学教育学部では、毎年 8 月に行われるオープンキャンパスで、高校生が大学の講義 やゼミを体験する「高校生限定プログラム」を実施している。その中で筆者が所属する教育方 法学ゼミは、ゼミ生が作成した授業プランを使って模擬授業を行い、授業後に参加した高校生 と一緒に授業プランの検討を行っている。使用する授業プランは、前期(4 月から 8 月)に開 講されている教育学部専門科目「学校教育実習」で作成したものである。昨年度の授業プラン 「ピンホールカメラを用いた光の学習」(石川・江口 2015)を参考に、今年度も「光の学習」を テーマとした授業プランを作成した。授業プラン作成の流れは以下の通りである。4 月に昨年 度の授業プランについて検討し、 5 月は『Tutorials in Introductory Physic(McDermott 1999) や『Physics by Inquiry Volume 1(McDermott 1995)を参考文献にして「光の学習」につい ての実験やモデルについて学んだ。そして、6 月から 8 月にかけて本授業プラン「棒のモデル を用いた光の学習」と模擬授業で使用する実験教材を作成した。 授業プランのテーマを中学理科の「光の学習」に設定した理由は、昨年度の授業プランを見 直し、さらに効果的な授業を行うための内容や方法について検討したいと考えたことと、筆者 自身も「光の学習」の教育内容について理解できていなかったためである。授業プラン「ピン ホールカメラを用いた光の学習」にもあるように、中学校理科の教科書では、凸レンズを用い てスクリーンに物体の像を映す実験結果の説明に、物体上のある1点から出た3本の直線(レ ンズの上下端と中央を通る)で光の道筋を表す図が使われている。そのような図を見た中学生 は、スクリーンに物体の像が映るためには光がレンズ全体を通る必要があると勘違いし、レン ズの一部を隠したときにはスクリーン上の像が欠けると考えてしまう。筆者も同じような誤解 をしていた。筆者は、このような勘違いの原因を、教科書の図や説明をただ暗記しただけで、 レンズのはたらきについては言葉での理解にとどまっているからだと推測し、中学生が「光の 学習」で体験するいくつもの具体的現象について自分で考えて納得できるような授業プランの 作成を目指すことにした。 本稿では、まず次節で前年度の授業プランについて考察し、第2節で本授業プランの構成に ついて説明する。最後に、本授業プランをオープンキャンパスで高校生に実施した結果と、そ れに対する考察を述べる。 北海道大学大学院教育学研究院 教授学の探究,第30号 2016年1月 報告:棒のモデルを用いた光の学習 岡  村  瑞  季(3年) (北海道大学教育学部教育方法学ゼミ)

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報告:棒のモデルを用いた光の学習

0.はじめに

北海道大学教育学部では、毎年 8 月に行われるオープンキャンパスで、高校生が大学の講義

やゼミを体験する「高校生限定プログラム」を実施している。その中で筆者が所属する教育方

法学ゼミは、ゼミ生が作成した授業プランを使って模擬授業を行い、授業後に参加した高校生

と一緒に授業プランの検討を行っている。使用する授業プランは、前期(4 月から 8 月)に開

講されている教育学部専門科目「学校教育実習」で作成したものである。昨年度の授業プラン

「ピンホールカメラを用いた光の学習」(石川・江口 2015)を参考に、今年度も「光の学習」を

テーマとした授業プランを作成した。授業プラン作成の流れは以下の通りである。4 月に昨年

度の授業プランについて検討し、5 月は『Tutorials in Introductory Physic』(McDermott 1999)や『Physics by Inquiry Volume 1』(McDermott 1995)を参考文献にして「光の学習」につい

ての実験やモデルについて学んだ。そして、6 月から 8 月にかけて本授業プラン「棒のモデル

を用いた光の学習」と模擬授業で使用する実験教材を作成した。 授業プランのテーマを中学理科の「光の学習」に設定した理由は、昨年度の授業プランを見

直し、さらに効果的な授業を行うための内容や方法について検討したいと考えたことと、筆者

自身も「光の学習」の教育内容について理解できていなかったためである。授業プラン「ピン

ホールカメラを用いた光の学習」にもあるように、中学校理科の教科書では、凸レンズを用い

てスクリーンに物体の像を映す実験結果の説明に、物体上のある1点から出た3本の直線(レ

ンズの上下端と中央を通る)で光の道筋を表す図が使われている。そのような図を見た中学生

は、スクリーンに物体の像が映るためには光がレンズ全体を通る必要があると勘違いし、レン

ズの一部を隠したときにはスクリーン上の像が欠けると考えてしまう。筆者も同じような誤解

をしていた。筆者は、このような勘違いの原因を、教科書の図や説明をただ暗記しただけで、

レンズのはたらきについては言葉での理解にとどまっているからだと推測し、中学生が「光の

学習」で体験するいくつもの具体的現象について自分で考えて納得できるような授業プランの

作成を目指すことにした。 本稿では、まず次節で前年度の授業プランについて考察し、第2節で本授業プランの構成に

ついて説明する。最後に、本授業プランをオープンキャンパスで高校生に実施した結果と、そ

れに対する考察を述べる。

北海道大学大学院教育学研究院教 育 方 法 学 研 究 室教授学の探究,第30号2016年1月

報告:棒のモデルを用いた光の学習

岡  村  瑞  季(3年)(北海道大学教育学部教育方法学ゼミ)

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教授学の探究, 第30号

1.昨年度の授業プランについての考察

今年度の授業プランは、昨年度の「高校生限定プログラム」で使用した授業プラン「ピンホ

ールカメラを用いた光の学習」の結果をふまえて作成した。本節では、授業プラン「ピンホー

ルカメラを用いた光の学習」はどのようなねらいがあってテーマが設定されたのか、授業プラ

ンはどのように構成されているのか、高校生を対象にした模擬授業で明らかになった課題は何

か、について考察する。 1・1 テーマの設定 石川・江口(2015)は、一般的な学校で行われてきた「光の学習」の教育内容について述べ、

その中でも「光の直進と反射」と「凸レンズのはたらき」について自身が中学卒業後も正しく

理解ができていなかったことに触れ、なぜ誤った解釈をしていたのか、自分と同じように誤解

をする中学生がいる原因は何かを考察している。たとえば理科教科書にある凸レンズの性質の

学習では、凸レンズを通った光の道筋を凸レンズの上端、中心、下端を通る 3 本の光線で描い

た図が使われている。それら 3 本の光線は物体(たとえば、ロウソク)の 1 点から出て、スク

リーン上の一点に集まるように描かれている。そのような図が原因で、凸レンズの全体を通過

した光線が集まって像を作っているという勘違いが生まれ、「凸レンズの一部を覆い隠すと、

隠した部分の光線はスクリーン上に届かないため、スクリーン上の像は欠けてしまう」という

誤解を招いている。筆者も「学校教育実習」の講義中に、レンズの一部を覆い隠して 3 本の光

線の一本でも欠けたら像ができなくなると思い込んでいる自分に気づいた。 1・2 授業プランの構成 中学生が持っている誤解を解くために、石川と江口はピンホールカメラを用いた授業プラン

「ピンホールカメラを用いた光の学習」を作成した。中学生の誤解を解くためには「物体の表

面で乱反射した光も、光源から出た光と同様に直進性を持っている。」「凸レンズを使用しなく

ても、ピンホールを使えばスクリーンに像は映る。」「凸レンズは光を屈折させて 1 つの鮮明な

像を映す役割をしている。」の 3 つの内容を彼らに正しく理解してもらうことが必要となる。

ピンホールカメラではスクリーン上に像が逆さまに映ることを説明するには、物体の表面で乱

反射した光が直進し、ピンホールを通過していることを理解していなければならず、ピンホー

ルカメラを使えば、光の直進性や物体の表面で起きる乱反射と、スクリーンに像が映る現象を

関連付けて考えることができると石川と江口は述べている(石川・江口 2015, 165 頁)、これが

彼らの授業プランのねらいである。 昨年度の授業プラン「ピンホールカメラを用いた光の学習」では、反射の法則(入射角と反射

角は等しい)や異なる物質の境界面で光が屈折することは既習事項となっている。その上で、乱

反射と光の直進性がスクリーンに像が映るという現象とどのように関連しているのか、スクリ

ーン上に像を映す時に凸レンズがどのような役割を果たしているのかという内容に絞った授

業プランが作成された。 模擬授業では、牛乳パックで作られた生徒用のピンホールカメラと、段ボールで作られた教

師用の大きなピンホールカメラが用意された。教師役の石川が、最初の問題に入る前に牛乳パ

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報告:棒のモデルを用いた光の学習

ックで作ったピンホールカメラを生徒に使用させ、ピンホールカメラの原理、光は物体にあた

ると乱反射すること、物体の表面から乱反射した光も直進することを説明した。次に、生徒は

3 つの多肢選択問題と取り組んだ。問題 1 は、ピンホールカメラの原理についての説明が正し

く理解できていたかを確認するために、ピンホールが 1 つから 2 つに増えたときのスクリーン

上に映った像の向きと個数を答える問題である。問題 2 では、凸レンズがどのような役割をし

ているかを考える。複数のピンホールが開いているとき、凸レンズをかざすとスクリーンに映

る像はどのように変化するのかを問うている。問題 3 は、問題 2 の凸レンズを半分隠したらス

クリーンに映る像と像の明るさがどのように変化するかという問題である。これは、凸レンズ

の役割を理解し、レンズを半分隠しても暗くなるだけで像全体が映っていることが予想できる

ことを目標としている。 授業は以下の形式で進められた。多肢選択問題の書かれたプリントを配布し、解答番号を一

つ選択し、自分の考えをプリントに書いてもらう。次に班での討論を行い、その後、生徒各自

が選択した解答番号を再考し(最初に選んだものから変更してもよい)、自分の考えをプリン

トに書いた。実際に実験を行って生徒に確認させた後、その実験結果を教師役の石川が解説し

た。 1・3 模擬授業の結果から見えてきた課題 昨年度の高校生限定プログラムでは、60 分間の模擬授業に 14 名の高校生が参加した。授業

の結果は以下の通りである。問題1で正解を選んだのは 6 名であった。不正解者の分布を見て

も上下左右が反転した像ができる選択肢を多くの生徒が選んでいることからピンホールを通

った光が作る像の向きについては多くの生徒が理解していることがわかった。しかし、ピンホ

ールの数が増えたときに像の数も同じように増えることを理解している、つまり、物体の表面

から反射した光が直進していることを正しく理解し、ピンホールに入った光がどのように進む

のかを推論できた生徒は少なかった。問題 2 では、正解選択肢を選んだ生徒が一人もいなかっ

た。凸レンズの「乱反射した光を屈折させて 1 つの鮮明な像に結ぶ」という役割を理解できて

いなかった生徒が 3 名おり、残りの生徒は凸レンズが光を集めることは理解していたが、「凸

レンズが像を反転させる」のだという固定観念に縛られていた。問題 3 では 12 名の生徒が正

しい選択肢を選んでいた。凸レンズを隠すとスクリーンに届く光の量が減るだけだと考えてい

る生徒が多かった。しかし、凸レンズはいつも像を反転させるのだという思い込みの消えない

者もまだいた。 模擬授業後の感想には、ピンホールカメラを使った実験の方法について、高校生が「楽しか

った」「面白かった」「理解を深めることができた」と肯定的な意見が多かったと同時に、問題

2 で正解者がおらず、光軸に平行な光が凸レンズに入り屈折する時の光の進み方は理解してい

ても、物体で乱反射した光が凸レンズに入って屈折する時の光の進み方がわかっていない生徒

が多かったことが明らかになった。

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教授学の探究, 第30号

2.授業プラン「棒のモデルを用いた光の学習」の構成

光について学ぶ上で、「光は直進する」ことをまずは理解しておかねばならない。「光は直進

する」ことは中学校理科で教えられているが、それは言葉を暗記するだけに終わっており、目

の前の現象を説明するために使えるような知識になっていない。そこで筆者は「光は直進する」

ことを生徒が自分の目で確かめられるような授業プランが必要であると考えた。普段見えない

ものを見えるようにすることで、「光は直進する」ことの正しいイメージを生徒に持たせるの

である。その後に学ぶ「光の反射」「凸レンズのはたらき」についても、「光は直進する」こと

の正しいイメージを使ってしっかりと理解できるだろう。さらに、本授業プランの後に、昨年

度の授業プラン「ピンホールカメラを用いた光の学習」を行うことで「光の学習」の授業を効

果的に展開できるのではないだろうか。 2・1 棒のモデルの使用 光の直進性は、「光の学習」の教育内容の中で最初に教わる光の性質である。また、レーザ

ーポインターで光源から出た色のついた光がまっすぐに伸びている様子を見る実験によって

教えられていることが多い。しかし、この実験だけでは点光源から出た光の道筋は説明できる

が物体の表面で反射した光や光源の数や形を変えたときの光の道筋については正しく説明で

きない生徒が多いように思う。凸レンズの半分を隠したときに起こる現象も「光は直進する」

ということを本当に理解していれば誰にでも解くことができる。 「光は直進する」ことを生徒に見せるために、筆者らは「棒のモデル」を使用することにし

た。これは McDermott(1995, p. 231)の Experiment2.2 に掲載されたモデルである。光の道筋

に見立てた長い棒を丸型のリングの中に通し、棒の片方の端を固定した状態でリングに沿って

棒を回転させるというものである。今回は授業で扱った3題の課題に合わせて、リングの代わ

りに中心に直径7cm ほどの穴を開けた段ボールと生徒がわかりやすいように、先端に色画用

紙で作った矢印を付けた金属の約1mの長い棒を用意した[図①]。 2・2 授業プランの構成 本授業プラン「棒のモデルを用いた光の学習」では、形や色の違う光源から出た光が、丸や

正三角形の穴を通り、スクリーン上にはどのような形が明るく見えるかを棒のモデルを用いて

予想する。授業プランのねらいは、「光は直進する」ことを自分の視覚や触覚を使って体験的

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報告:棒のモデルを用いた光の学習

に理解することである。反射の法則(入射角と反射角は等しい)や異なる物質の境界線で光が屈

折することは本授業プランの後に学習させることとし、それらの学習の後、昨年度の「ピンホ

ールカメラを用いた光の学習」の授業プランにつなげていくことを想定している。 授業形式は以下の通りである。授業では 2 種類の課題を使用した。1 つは、教師が口頭で問

題を出した後、生徒が各自で予想をするだけの課題である。これを「質問」と呼ぶ。もう 1 つ

は、課題が書かれたプリントが配布され、生徒が各自で予想した後、グループで討論し、それ

を踏まえて、改めて予想し直すという課題である。これを「問題」と呼ぶ。問題では、プリン

トに各自の予想と考えを記入してもらった。 授業は 2 つの質問と 2 つの問題から構成されている。質問 1 と 2 の後に問題 1 と 2 を出題し

た。質問2と問題 1・2 はプリントで配布をし、選択した解答の記号と自分の考えを記入して

もらった。そのあとグループで討論をしてもらい、それを踏まえて各自 2 度目の予想を立て、

1 回目と同じようにプリントに記入してもらった。次に、実験を行いすべての生徒に結果を確

認させた。

質問1は、点光源とスクリーンの間に光源の光を遮る板を用意し、その板に丸い穴が開いて

いたとき、穴を通過した光がスクリーンにどのような形で映っているか確認させることを目標

としている。

ライトの明かりをつけてスクリーンを見たとき、どんな形に明るくなりますか?

〈質問1〉小さくて丸いライトと、丸い穴の開いた遮蔽物、スクリーンを用意しこのように配置します。

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教授学の探究, 第30号

質問 2 は光源を縦長のライトに変更したとき、スクリーン上はどのような形に明るくなるか

予想してもらう。この質問を正しく予想できれば、光源から出た光の道筋を理解しているだろ

うと推測できる。質問1の現象が正しく理解できている、つまり、光源の 1 点から出た光は無

数の方向へまっすぐに進んでおり、板に遮られずに穴の中を通れた光がスクリーンに映ってい

ると考えられた生徒は正しい選択肢を解答することができる。

[問題1]

 質問2のときの遮蔽物を三角形の穴があいたものに交換すると、スクリーンにはどのような形

 が見えますか?ア~オのうち1つを選んで□の中に記号を書いてください。また、[   ]の

 中にあなたの考えを書いてください。

 ア 縦長の丸になる     エ 鉛筆のような形になる

 イ 縦長の三角形になる   オ 鉛筆を逆さまにしたような形になる

 ウ 縦長の逆三角形になる

ア イ ウ エ オ

〈選択肢〉

〈質問 2〉

 小さく丸いライトを、この電気スタンドのように縦に長い光源に変えたら、どんな形に明るく

 なりますか?ア~エの中から1つを選んで□の中に記号を書いてください。

〈選択肢〉

 ア 小さくて丸いライトのときと同じ

 イ 小さくて丸いライトの時よりも大きい丸になる

 ウ 縦に長い丸になる

 エ その他

ア イ ウ エ

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報告:棒のモデルを用いた光の学習

問題 1は「棒のモデル」を生徒に提示し、モデルの意味とその使い方を理解することが目的

である。この問題は、穴の形が変わっても「光がまっすぐ進むこと」の概念が正しく理解でき

ていれば解くことができる。「棒のモデル」は 1回目の予想を考えてもらった後に紹介した。

棒を光源の一点から出たうちの 1本の光の道筋とみなし、光源の 1点から出た無数の光がスク

リーンまでどのように進むのかを棒の角度を変えながら「上に向かった光は…」「下に向かっ

た光は…」と示していった。穴を通過した光の道筋だけではなく遮蔽物によって遮られる光の

道筋など、目に見えないものを生徒が見ることができるのが、「棒のモデル」の利点である。

質問1の場合の光の道筋を「棒のモデル」を用いて示し、問題 1の場合ではどのようになる

のかモデルを実際に動かしてグループで予想してもらう予定だったが、質問 2の正解者数が予

想より少なかったため、筆者が質問 1のモデリングの後で質問 2の場合もモデルを用いて生徒

に説明した。

問題 2は問題 1の応用問題である。他の人に自分の考えを「棒のモデル」を使ってわかりや

すく説明することが問題 2の目標である。問題 1の結果から、鉛筆の形に明るくなるというこ

とは既にわかっている。縦長のライトの上半分に赤いフィルムをはったことで上半分からは赤

い光が出ることになる。その道筋を「棒のモデル」を工夫して使用することが求められる。

3.模擬授業の結果

3・1 模擬授業の流れ 授業は 2015 年 8月3日に行われ、7名の生徒が参加した。生徒には2人か3人ずつのグル

ープで、お互いが向かい合うような形で着席してもらった[図②]。筆者が教師役になり、高校

生には中学生のつもりで授業を受けてもらった。学部 3年の高木宏昭と前年度の授業

[問題2]

 問題1のときの光源の上半分に赤いセロハンをはります。そのときスクリーンにうつる形にはど

 のように色がついていると思いますか?ア~オのうち1つを選んで□の中に記号を書いてくださ

 い。また、それを選んだ理由を[   ]の中に書いてください。

 ア 上が赤くなる

 イ 下が赤くなる

 ウ 全体が赤くなる

ア イ ウ

〈選択肢〉

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教授学の探究, 第30号

プランを作成した学部4年の石川優珠には授業補助と生徒の様子の記録を担当した。授業時間

は約60分間であった。解答用紙3枚と感想用紙1枚を生徒に配布する際には、それらのプリ

ントを授業実践の検討に使用し、それ以外の目的には使用しない旨を伝えた。配布したプリン

トには通し番号が振られ、生徒に毎回同じ番号のプリントが配布されるようにした。プリント

はすべて無記名で回収し、授業後に授業プランで用いたものと同じプリントを全員に配布した。

問題では、選択肢と自分の考えをプリントの「1回目の予想」と「2回目の予想」の2か所の

欄に記入してもらうようにした。すべての生徒が選択肢と自分の考えの両方を記入してくれた。

1回目の予想を立てた後、グループで討論する時間を問題1と問題2のときに設けた。

3・2 模擬授業の結果 以下の表1は、本授業の問題に対する高校生(7名)の解答分布を示した表である。

表1.各問題における生徒の解答の分布

ア イ ウ エ オ

質問 2 7 名 0 名 0 名 0 名 —

問題 1① 0 名 3 名 1 名 3 名 0 名

問題 1② 0 名 0 名 0 名 5 名 2 名

問題 2① 1 名 5 名 1 名 — —

問題 2② 0 名 7 名 0 名 — —

※正解の選択肢に網掛けをしている ※質問1については選択肢がないため省略した

質問1については、全員が「丸い形になる」と答えた。「どんな形に明るくなりますか」と

いう質問で丸い穴の開いた遮蔽物があるので容易に予想できたようである。

質問2については、生徒全員が、「(ア)質問1のときと同じ結果になる」と間違った予想を

実 験 装 置

スクリーン

:生徒

:教師

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報告:棒のモデルを用いた光の学習

立て、光源の一点から無数の光が様々な方向に進んでいることを正しく理解できていないこと

がわかった。したがって問題1の「棒のモデル」の説明では、小さな丸い電球で丸い穴のとき

と三角系の穴のとき、縦長のライトで丸い穴のとき、と順番を追って丁寧に説明した。

問題1では、1回目の予想では(イ)が3名、(ウ)が1名、正解である(エ)が3名という結果

であったが、2回目の予想では(エ)が5名、(オ)が2名であった。穴の形が丸から三角形に変

わったとき、「イ。丸い形でやった時に縦長にスクリーンに映ったので三角形のときも穴の形

より縦長に伸びてスクリーンに映ると思うから。」といった記録から、三角形の穴だから三角

形の形が映るはずだと考える生徒が多く、縦長の丸という(ア)の解答は真っ先に除外していた。

1回目の予想で(ウ)と解答した生徒が黒板に図を書いて説明した。(※3・3 参照)それが、2回

目の予想のときに生徒を混乱させ、「棒のモデル」を素直に受け入れて考えることを難しくさ

せたように思う。 最後の問題2では、1回目の予想では(ア)と(ウ)が各1人ずつ、正解選択肢である(イ)が5人、

2回目の予想では全員が(イ)を選んだ。ほとんどの生徒が問題1を応用して考えることができ

た。棒のモデルを使用して自分の考えを記述してくれる生徒はいなかったのだが、教師役が「棒

のモデルを用いてみんなに説明してください。」と指示すると、指名された生徒はモデルを用

いて正しく説明することができた。 グループでの討論では全員が発言する機会があり、他の人の考えを共有できたことはよかった

が、別の選択肢の生徒の意見を絡めて発言するなど、議論を深めて行くことができなかった。

「考えを教えてください」とグループごとに 1 人ずつ話してもらうだけではなく、「今の意見

に対してどう思ったか」「反論することはないか」と教師側が生徒に話を振ることが出来たら

よかった。 3・3 生徒の反応に対する考察 各問題に対して、プリントに書かれていた選択肢を選んだ理由をもとに、授業プランの教育

効果について考察する。 質問1 質問1では、全員が「丸い形になる」と解答をした。本授業プランで行う実験の中で、予想

をするための基準となる現象を確認するという目的があったので、なぜそうなるのか、明るく

なる部分の大きさには触れなかった。 質問2 質問2では、質問1とは対照的に全員が正しくない選択肢を選んだ。明るさが強めのライト

を使っていたのだが「ライトの明るさが強いので、質問1と同じくらいの大きさでもっと明る

い丸になる」と考えた生徒がいた。実際に実験を行ったときに、縦に長い丸になっていること

を確認した生徒は、非常に驚いている様子であった。ここから遮蔽物とスクリーンに垂直な光

の道筋のイメージしか持てていないことが推測される。

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教授学の探究, 第30号

問題1 問題1の1回目の予想は以下の表2の通りである。 表2 イ ・質問2のとき、丸が上下に伸びたので三角形にした時も同じように上下に伸び

ると思う。(3人) ウ ・ライトの下からの光は三角形の底辺を通って上の方に進む。上からの光は三角

形の頂点を通って下の方に進む。すると逆向きの三角形ができる。ライトが縦に

長くなるほど光が穴に入るときの角度は急になるので、三角形も縦に長くなる※

図③ エ ・質問2で丸が縦に伸びていたが、丸の下の部分が下がっているように見えた。

同様に三角形の場合もした部分が縦に伸びるのではと思った。(2人) ・質問2のとき、丸は上下に伸びたというよりも縦にいくつも重ねたような形に

見えたから。 全員が質問 2 の実験の結果をもとに考えている。正解選択肢である(エ)を選んだ生徒の考え

をみると、小さい丸い電球の時の丸い形が縦に連なっているという考え方をしているのは 1 人

であった。(イ)(ウ)を選んだ生徒は、丸や三角形の上下をつかんで伸ばしたような形を想像して

おり、光源の 1 点から出た光の道筋についての正しいイメージができていないことが推測でき

る。また、問題 1 について(ウ)と回答した生徒が次のような図を用いて説明してくれた[図③]。 この生徒も、光の道筋の正しい理解ができていないが、彼の図を用いた説明を聞いて(ウ)に変

えようとした生徒もいたようだった。 光源から出た無数の光が多様な方向に進んでいることを踏まえて線をつけ足せば、彼の図も

すべて間違っているとは言えない[図④]。このように図で書いた場合、不備が見えず、結果的

に間違ってしまうことがある。 次に「棒のモデル」を実際に使用しながら 2 度目の予想をしてもらった。その結果は以下の

表3のとおりである。

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報告:棒のモデルを用いた光の学習

表 3 エ ・1 点から出る光が様々な方向に進むので、1 点から出る光だけで三角形が作れ

る。光が広範囲から出ているので、三角形を盾に連ねた形がスクリーンに映る。

(5 人) オ 先ほどの説明より、上のとんがっている部分から入った光は下に行き下にとんが

る。ライトが縦長なので上からも下からも真ん中からも逆三角形の光が移るので

上のほうは四角っぽくなる。(2 人) 棒のモデルの説明から光源の 1点から出た光が無数の方向に進んでいることを理解してくれ

た生徒が多かった。しかし、オを選んだ 2 人は「棒のモデル」が予想を立てるのになぜ役に立

つのかがわからず、1 回目の予想で(ウ)と答えた生徒の考え方と前に出て丸い穴で棒のモデル

を使ってみたときの図形が重なる感覚を融合して予想を立ててしまっている。 問題 2 次に問題 2 の 1 回目の予想をしてもらった。その結果が表 4 である。 表 4 ア ・三角形が重なって 1 つの像になるとわかったので、上の部分にだけ色がつく。

イ ・1 点から出た光を考えると、上側から出る光のうち、下方に広がっていく光が

穴を通過することができる。その光が直進すると形成された像の下の部分にあた

るのでそこに色がつくと思う。(5 名) 5 人の生徒が棒のモデルをヒントにして解答することができた。(ア)と答えた生徒は問題1

で光の道筋が棒のモデルを使って理解できなかった生徒である。考えのところも他の生徒が

「三角形が重なる」といったのをそのまま使っただけである。(ウ)と答えた生徒は本来であれ

ば 2 回目の予想に書くべきことを 1 回目の予想を消して上から書いてしまったため、どのよう

に考えたのかその生徒の言葉で聞くことが出来なかった。 最後に問題 2 の 2 回目の予想であるが、全員が正解選択肢である(イ)を選択し、考えも 1 回

目の予想で(イ)と答えてくれた生徒と同じであった。実験をする前に「棒のモデル」を用いて

一人の生徒に説明をしてもらったが、上から出た光の場合と下から出た光の場合と真ん中から

出た光の場合のそれぞれでどのような道筋をたどるかについて、棒を動かしながらうまく説明

してくれた。 3・4 感想文と課題 授業の終了後、生徒に自由記述式で感想文を書いてもらった。集計の結果、以下のようにま

とめることができる。なお、感想は授業プラン全体に対するものであり、個別の問題それぞれ

に対する感想記述欄は設けなかった。 以下に実際に生徒が記述した感想を挙げる。明らかな誤字、脱字はこちらで訂正したが、でき

る限り原文をそのまま使った。また、筆者が重要だと考えた部分に下線を引いている。

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教授学の探究, 第30号

授業プランに対する肯定的な意見は以下のとおりである。

・「今までの実験結果を活かして、次の実験の予想を立てることで、理解できたし、最初の問

題は間違えてしまったけど、その次からは予想があっていたことがうれしくて、全体として楽

しい授業でした。」 ・「光の性質を実際に見て考えられ、理解しやすい授業だったと思います。」 ・「楽しかったし、グループでの話し合いでは学年や住んでいる地域関係なしに交流できてよ

かった」 ・「考えやすい問題から段階を踏んで未知の事柄について考えるという点が生徒にとっていい

と思いました。」 ・「自分たちで話し合って考えるというのはあまりないので楽しかったです。」 ・「授業のテーマが面白く、生徒が興味を持ちやすいと思った。」 ・「まず、生徒に予想させて、答えを明かす時に予想外の現象が起きるという流れは、この世

界には不可思議な現象があるということのイメージがしやすく、生徒が興味を持ちやすく、不

可思議な現象を解き明かす道筋をたどることで、他の現象を自分で解き明かしていくための練

習になると思った。」 ・「まずは一人で考えてみて、そのあとペアになって考える方法はとてもよかった。最初から

ペアワークにしてしまうと相手に任せっきりになってしまうし、全部自分で考えるのは大変な

のでこの授業方法は考えが深まりやすい」 ・「グループごとに固まって話をすることはほかの人の意見も聞けるし、友達になるきっかけ

にもなる」 ・「自分の意見を持つ大切さがわかる、いい授業だった。」 全体的に「楽しかった」「面白かった」という意見が多かった。「棒のモデル」によって光の

道筋を自分の目で確認できたことも、理解しやすかったようである。また、直前問題が次の問

題の解答をするときに役に立つことにも高校生に気づいてもらうことができた。教師が課題を

出し、自分で予想を立て、グループで話し合い、実験で真実を確かめるという方法は参加した

高校生にとっては新鮮なところもあり、面白いと感じてもらえたようである。 また、授業プランに対する否定的な意見や要望は以下のとおりである。

・「棒を使ったのは最初はよくわからなかったけど、あとで考える時に役に立ったので、その

ような考える材料もあったのもよかった。」 ・「授業プログラムの前に、私たちが中学生の視点から…と話をされていたので、その点から

いうと『遮蔽物』の言葉が理解しづらかったかなと思いました。」 ・「光源の強さとか、どんなあかりなのかを実験する前に見せていただけたら予想しやすかっ

たかなと思います。」 ・「中学生の光の学習ではじめに行うものだとしたら、何も知らずに授業を受けるのは大変な

のではないかと思います。」

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報告:棒のモデルを用いた光の学習

・「予想を立てて検証した後、その理由が予想の段階で出ていたとしても先生・教師の方から

も説明をするとより納得がいきやすくなると思います。」 ・「ライトが横に長くなったり、縦にも横にも長かったりしたらどうなるのかという疑問を持

った」 ・「直進する、というと前だけに直進すると思って、斜め下や斜め上にも進む理由がわからな

かった。もっと詳しく説明したほうが良い。」 これらの感想から、教師側の説明の準備不足があったことがうかがえる。「何もない場所で

実験に使ったライトをつけたとき、どれくらい明るくて、照らされる範囲はどれくらいかとい

う確認があったほうが問題を考えやすい」というある生徒の考えにほぼ全員が同意した。教師

側も見せる予定であったため、言われてから説明が抜けていたことについて反省をした。「遮

蔽物」の言い回しも、「段ボールの板に穴をあけたものを用意した」などの言いかえが必要で

あったと感じた。「棒を使った意味が分からなかった」や「斜め下や斜め上にも進む理由がわ

からない」と感じた生徒がいたということは、最も問題視すべき点であり、「棒のモデル」の

紹介の仕方に原因があったと考えられる。棒を穴に沿って動かすとき、持ち手側は固定しなけ

ればならないが、固定されないまま動かしている生徒もいた。一点から無数の方向に光が進む

ことを理解するには、持ち手を固定することは最も重要である。また、前で「棒のモデル」を

動かしながらグループで考えさせるときに「触ってみて考えてください」という指示の出し方

を教師がしていた。「棒のモデルを用いてグループごとに 1 つの考えを出してください。今か

ら 1 グループずつ前で棒を動かしながら予想をしてもらいます。自分のグループの番が終わっ

た後でも、棒のモデルを使いたくなったらいつでも前に出てきてくれてかまいません。」のよ

うに指示するべきだったと考える。今回出た改善点をもとにプランを練り直し、さらに理解し

やすく面白い「光の学習」の棒のモデル」を用いた授業プランを今後も検討していきたい。 参考文献 石川優珠、江口大和(2015).「報告:ピンホールカメラを用いた光の学習」『教授学の探究』第 29 号, 163-177頁。 McDermott, L. C., Shaffer, P. S. and the Physics Education Group (1999). Tutorials in Introductory Physic. Prentice Hall, pp. 155‐158 McDermott, L. C., Shaffer, P. S. and Rosenquist, M. L. and the Physics Education Group (1995). Physics by inquiry : an introduction to physics and the physical sciences. J. Wiley, pp. 225‐246.