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大阪市立大学看護学雑誌 第12巻(2016. 3)
精神科治療とリカバリー概念~近年の潮流から見えてくるもの~
内野 俊郎Toshiro Uchino
米国を中心とした当事者から発信されるようになったリカバリー概念が近年の精神科臨床のトピックスとなり、その潮流は本邦でも着実に広がりを見せている。しかし、長く入院治療が大きな柱であった本邦ではリカバリー概念を具体的にイメージすることが当事者のみならず支援する専門職にとっても容易ではない。リカバリーという言葉だけが独り歩きすることも危惧されるが、実際にはリカバリーしていく当事者のモデルを専門職も当事者も持つことは可能であり、その経験を踏まえた支援を提供していくことが望まれる。 看護師や医師といった医学的な教育を受けた専門職は患者の障がい部分に視点が向きやすく、健康な部分への気づきが不充分になりやすい。これには、急性期治療が優先されてきた経緯や、治療抵抗性の患者に密接に接する役割があることなども関連していると思われるが、リカバリーとは病を完全になくしてから目指すものではなく、再燃や残遺症状のコントロールを試みることと同時に自身の希望や目標を目指していくことが重視されていることを強調しておきたい。 IMR(Illness Management and Recovery) は 米 国の厚労省にあたるSAMHSAが科学的根拠のある心理社会的プログラムの1つに挙げている統合失調症や気分障がいの当事者を対象としたプログラムである。心理教育、SST、認知行動的な技法などが組み合わされたもので、その最大の特徴は、まず最初に参加者個々のリカバリー、さらにリカバリーの目標を立てた上で疾患や治療法、ストレスへの対処や周囲とのかかわりなどを学ぶ点である。そもそも従来から実施されている心理教育も本
来は当事者の自律性や自身での選択を重視するものであり、その意味ではこのIMRもなんら違いはない。しかし、単に疾患や治療について情報提供を行うことを心理教育とする誤解がある点は今後警鐘を鳴らしていく必要があり、その意味でもIMRが持つリカバリー志向的な構成は臨床上に大きな意味を持つと思われる。 本邦の精神科臨床や精神科リハビリテーションを考える上では当事者に失敗体験をおわせることを恐れるあまり、過保護ともいえるような支援を行ってしまうことがある。しかし、当たり前の生活者として避けることのできない苦労や自身で選択していくといった苦労はリカバリーの重要な構成要素であり、それに伴って必要になる学びや権利擁護という視点でもIMRのようなリカバリー志向の心理教育的アプローチは必要である。その際に設定されるリカバリーの目標は、高すぎるよりも低すぎることが多いことが現実であるが、そこにはそれまでの歴史の中でさまざまなことを「諦め」なければならなかった体験が影響している可能性を是非考える必要があろう。 本邦の精神科臨床を質の上でも数の上でも最も大きな役割を果たしているのは看護専門職である。看護師がリカバリー志向の支援を現実のものとしてに身に着けたとき、当事者にもたらされる変化はどれほど大きいかを考えると楽しみでならない。当事者の変化を求めるとき、まず最初に変化しなければならないのは我々専門職であり、その変化をもたらすキーワードとしての「リカバリー」に注目してほしい。