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うつ病アナログ群の特徴について 抑うつの連続性検討の観点から 1川 本 静 香 渡 邉 卓 也 小 杉 考 司 立命館大学大学院文学研究科 立命館大学研究部 山口大学教育学部 松 尾 幸 治 渡 邉 義 文 サトウタツヤ 山口大学大学院医学系研究科 山口大学大学院医学系研究科 立命館大学文学部 本研究ではうつ病患者と類似した抑うつ症状を持つ非臨床群を抽出しその特徴を検討したうつ病 患者および非臨床群の BDI-II 項目得点に対しk-means クラスター分析を行った結果抑うつ状態が軽症 の非臨床群の全員と中等症の非臨床群の一部の者が非抑うつクラスターへ分類された一方残りの中等 症の非臨床群と重症の非臨床群の全員が抑うつクラスターへ分類されたこのことから軽症の非臨床群 の抑うつ症状は重症度の高いうつ病群とは類似性がないことが明らかになったまた重症の抑うつ状 態にある非臨床群と重症度の高いうつ病群には類似性が見られたただし中等症の非臨床群についてはその一部の者に重症度の高いうつ病群との類似性が認められる一方で見られない者も確認されたキーワード:抑うつ連続性議論アナログ研究 問題と目的 うつ病 2患者の増加と多様化 うつ病患者は増加傾向にあるといわれて久し 厚生労働省による 患者調査 厚生統計協会2010によれば2008 年にはわが国のうつ病 患者数は約 70 万人を超え調査開始時の 1996 と比較するとおよそ 2.4 倍に増加しているまたうつ病を原因とする自殺者数も増加傾向にあり2009 年には 6,949 自殺者全体の 44%がうつ 病による自殺とされている警察庁2010; 厚生 労働省2010)。 その一方で重症度の高くない患者が増加傾向にあ うつ病の軽症化が指摘されている笠原1992)。 特に近年では樽味神庭2005ディスチミ ア親和型と称するような典型的なうつ病の特徴が 見られないうつ病患者の症例が多数報告されているこうした軽症のうつ病患者は慢性化する例も多く治療や支援の文脈において問題となっている 31本研究はThe 2013 Pacific Rim International Conference on Disabilities and Diversity にて発表し たものを加筆修正したものです本研究実施にあた ご協力くださいましたすべての調査協力者の皆 さまに心からの感謝を申し上げます2うつ病という語には気分障害における大うつ 病性障害単一エピソード反復性だけでなく特定不能のうつ病性障害双極性障害の大うつ病エ ピソードが含まれることがあるが本研究ではDSM-IV-TR が定める大うつ病性障害 単一エピソー 反復性のことを うつ病と呼称することと したパーソナリティ研究 2014 23 巻 第 1 号 112 原  著 © 日本パーソナリティ心理学会 2014 3樽味神庭2005が指摘する ディスチミア親和型などのいわゆる 新型うつ病についてはその病 態について未だ議論の段階にあり今後従来型のう つ病内因性うつ病との異同や適応障害などとの 関係についての実証的な研究が期待されている

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うつ病アナログ群の特徴について―抑うつの連続性検討の観点から 1)

川 本 静 香 渡 邉 卓 也 小 杉 考 司立命館大学大学院文学研究科 立命館大学研究部 山口大学教育学部

松 尾 幸 治 渡 邉 義 文 サトウタツヤ山口大学大学院医学系研究科 山口大学大学院医学系研究科 立命館大学文学部

本研究では,うつ病患者と類似した抑うつ症状を持つ非臨床群を抽出し,その特徴を検討した。うつ病患者および非臨床群のBDI-II項目得点に対し,k-meansクラスター分析を行った結果,抑うつ状態が軽症の非臨床群の全員と中等症の非臨床群の一部の者が非抑うつクラスターへ分類された。一方,残りの中等症の非臨床群と重症の非臨床群の全員が抑うつクラスターへ分類された。このことから,軽症の非臨床群の抑うつ症状は,重症度の高いうつ病群とは類似性がないことが明らかになった。また,重症の抑うつ状態にある非臨床群と重症度の高いうつ病群には類似性が見られた。ただし,中等症の非臨床群については,その一部の者に重症度の高いうつ病群との類似性が認められる一方で,見られない者も確認された。

キーワード:抑うつ,連続性議論,アナログ研究

問題と目的

うつ病 2)患者の増加と多様化

うつ病患者は増加傾向にあるといわれて久しい。厚生労働省による “患者調査(厚生統計協会,2010)” によれば,2008年には,わが国のうつ病患者数は約70万人を超え,調査開始時の1996年

と比較するとおよそ2.4倍に増加している。また,うつ病を原因とする自殺者数も増加傾向にあり,2009年には6,949件(自殺者全体の44%)がうつ病による自殺とされている(警察庁,2010; 厚生労働省,2010)。その一方で重症度の高くない患者が増加傾向にあ

り,うつ病の軽症化が指摘されている(笠原,1992)。特に近年では,樽味・神庭(2005)が “ディスチミア親和型” と称するような,典型的なうつ病の特徴が見られないうつ病患者の症例が多数報告されている。こうした軽症のうつ病患者は,慢性化する例も多く,治療や支援の文脈において問題となっている 3)。

1)本研究は, The 2013 Pacific Rim International Conference on Disabilities and Diversityにて発表したものを加筆修正したものです。本研究実施にあたり,ご協力くださいましたすべての調査協力者の皆さまに,心からの感謝を申し上げます。

2)“うつ病” という語には,気分障害における大うつ病性障害(単一エピソード・反復性)だけでなく,特定不能のうつ病性障害,双極性障害の大うつ病エピソードが含まれることがあるが,本研究では,DSM-IV-TRが定める大うつ病性障害(単一エピソード・反復性)のことを “うつ病” と呼称することとした。

パーソナリティ研究2014 第 23巻 第 1号 1–12 原  著

© 日本パーソナリティ心理学会 2014

3)樽味・神庭(2005)が指摘する “ディスチミア親和型”などの,いわゆる “新型うつ病” については,その病態について未だ議論の段階にあり,今後,従来型のうつ病(内因性うつ病)との異同や,適応障害などとの関係についての実証的な研究が期待されている。

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2 パーソナリティ研究 第 23巻 第 1号

つまり,今日の日本においては,自殺の原因になるような重症のうつ病と,非典型的で軽症のうつ病が大きな問題となっているといえる。このような背景を受け,これまでと同様のうつ病,抑うつに対する理解では現状の把握が不十分だという認識が醸成されつつある。精神医学の領域では,うつ病は,“抑うつ” としてよりも,疾病単位として扱われることが主であり,気分の落ちこみや,興味・喜びの喪失などを主症状とする精神疾患として扱われている。診断には,アメリカ精神医学会(American Psychiatric Association:APA)による “精神疾患の診断・統計マニュアル(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders:DSM)” や,世界保健機関(World Health Organization: WHO)による “国際疾病分類(International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems:ICD)”が用いられ,操作的に定義された診断基準を満たすことで,“大うつ病性障害”や,“うつ病エピソード” と診断される。そうして診断されたうつ病は健常な状態とは区別されるものとして理解されている。ただし,健常な状態との境界が明瞭ではないとする見方もある。北村(2003)は,DSMや ICDなどの操作的診断基準を用いたとしても,実質的には,抑うつ症状のまとまりとしての “抑うつ症候群” と “うつ病” の区別が明確にあるわけではないと指摘している。これには,うつ病は健常な状態とは違う異常なもの,つまり疾病として区別されるものであると定義される一方で,健常者の抑うつ状態と疾病としての抑うつ状態の関係に関する異常心理学においての基礎研究が後回しにされがちであったことが影響している。さて,心理学においては,疾病としての “うつ

病”,症状としての “抑うつ” とは異なるもう一つの抑うつ,つまり気分としての抑うつを扱うことが多い。奥村・坂本(2009)によれば,学術的に “抑うつ” という語は,(a)気分としての “抑

うつ気分”,(b)抑うつ症状のまとまりとしての“抑うつ症候群”,(c)疾病単位としての “うつ病”という三つの意味で使用されているとされる。もとより気分としての “抑うつ”,症状としての “抑うつ”,疾病としての “抑うつ(うつ病)” は,重なりあうものであり,それぞれの境界は曖昧である。このように心理学における “抑うつ” の定義が曖昧となっているのは,心理学における抑うつ研究が精神医学を追随する形で行われてきたという背景が影響していると考えられる。坂本(2005)は,精神医学における抑うつ研究は,1990年にはすでに盛んに行われていたが,心理学において抑うつ研究が一定の水準で行われるようになったのは,1990年代の半ばであると指摘している。加えて,心理学における抑うつ研究は,うつ病を想定した “抑うつ” のメカニズム解明や,効果的な心理的介入手法の開発などを目的とするものが多く,精神疾患としてのうつ病を仮定した上で研究目的が設定されていると考えられる。またそうした心理学における抑うつの測定には,精神医学における研究で作成された抑うつ尺度を用いる傾向が強い。以上を踏まえると,心理学における “抑うつ” は,暗黙のうちに精神疾患としてのうつ病概念を含みながらも,上述した3点の “抑うつ” について整理することなく,研究が行われてきたと考えられる。上述したような,診断に関わるうつ病の定義や

心理学における “抑うつ” という語の使われ方などを鑑みれば,これまで暗黙の前提とされてきたうつ病の理解について再検討を行う必要があることがわかる。特に今日のうつ病をめぐる混乱とさえ呼べる動向についても,これら三つの “抑うつ”について整理することで,新しい展望が開けるかもしれない。抑うつの連続性議論

うつ病と,疾病とまではいかない抑うつの境界設定の問題は,これまで “抑うつの連続性議論”として研究が行われてきた。Depue & Monroe

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うつ病アナログ群の特徴について 3

(1978)に端を発したこの議論には,抑うつには正常と異常を分ける明確な境界がある,つまり疾病としての抑うつ状態というものが存在し,正常な状態とは明確に区別されるという立場(非連続説派:Depue & Monroe, 1978; Golin & Hartz, 1979; Coyne & Gotlib, 1983; Coyne, 1994など)と,疾病としての抑うつ状態と正常な状態というものには明確な境界線がないという立場(連続説派:Vredenburg, Flett, & Krames, 1993; Flett, Vredenburg, & Krames, 1997など)の二つがある。例えば非連続説派のGolin & Hartz(1979)は,

抑うつ尺度を因子分析した際に,うつ病患者で見られる身体症状に関する因子が,大学生でうつ病患者に類似した特徴を持つ一群,すなわちアナログ群では見られないため,双方で抑うつの構造が異なると主張した。連続説派の立場からは Vredenburg et al.(1993)が,このGolin & Hartz(1979)の知見を批判した。Vredenburg et al.(1993)は,うつ病患者とアナログ群で抑うつ尺度の因子構造が異なることについては,因子抽出に関わる統計手法の違いに帰因するもので,一概にアナログ群とうつ病患者で抑うつの構造が異なるとはいえないとしたのである。また,一般的にアナログ群の抑うつ症状は一過性のものであり,長期にわたって安定していないということが指摘されてきたが,これも分析上の問題と考え,構造方程式モデリングを使用し測定誤差を補正することによって,アナログ群の抑うつ症状であっても1ヵ月以上持続することを見出している。こうした議論の結果,今日ではうつ病という疾病単位で見れば連続説派がやや優勢に立っている。ただし,連続説派が優勢となり,それに伴ってうつ病に類似した特徴を持つ人々の群が “非臨床” 群ではなく “アナログ” 群として認識されるようになったものの,どのような点がうつ病患者と類似しているのか,または類似していないのかなどの特徴については未だ検討段階にある。特

に,うつ病の各症状の観点からみれば,うつ病のある症状はアナログ群とうつ病患者に共通し,別のある症状は共通しないということもありうる。うつ病の症状に関しては,Kraepelin(1913 西丸・西丸訳 1986)がメランコリー性の特徴としてまとめた「悲しい,または不安な気分変調と,思考・行為の抑制」が今日のうつ病症状の元となっているといえる。Kraepelin(1913 西丸・西丸訳 1986)は,上述の症状をあくまでも躁うつ病のものとしてとらえていたが,Leonhardt(1957 福田・岩波・林・新井監訳 2002)が,クレペリンの唱えるメランコリー性のみしか表さない,単極性のうつ病の存在を指摘したことにより,上述の症状群は,その後,いわゆる内因性うつ病の特徴として広く知られるようになった。これらの症状は,DSM-III(American Psychiatric

Association, 1980)では,「興味・喜びの消失,異質な気分,早朝覚醒,朝方の症状悪化,著しい制止・焦燥,明らかな食欲不振,体重減少,過度・不適切な罪責感」として新たにまとめられ,大うつ病性障害として今日に引き継がれている。今日用いられているDSM-IV-TR(American Psychiatric Association, 2000 高橋・大 野・染 矢訳 2002)4)では,DSM-IIIの症状群に「快刺激への反応消失」という症状が新たに加えられ,今なお,うつ病症状については議論が継続されている。こうした各うつ病症状に着目することは,うつ病患者とアナログ群の異同を明らかにする上で非常に有益であると考えられる。さらに,うつ病患者とアナログ群の異同につい

て検討する上で,アナログ群の抽出方法に留意する必要がある。従来のアナログ群を対象とした研究では,その多くが大学生を対象に抑うつ尺度を

4)2013年に最新版であるDSM-5が発表された。診断における枠組み自体に大きな変更はないが,死別反応における抑うつについては,臨床判断に委ねられることとなった。なお,本研究では研究実施時に最新版であったDSM-IV-TRを用いている。

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4 パーソナリティ研究 第 23巻 第 1号

実施し,尺度で定められたカットオフ値を用いることによって,一定以上の点数のものをアナログ群として抽出してきた(それ未満のものは健常群となる)。しかしながら,抑うつ尺度のカットオフ値は,臨床群に対して設定された値であるため,カットオフ値以上の非臨床群が実際には臨床群と類似していない抑うつ状態にある可能性も指摘されている(Coyne, 1994)。Arnau, Meagher, Norris, & Bramson(2001)は,BDI-IIのカットオフ値について,重症のうつ病患者ではなく,プライマリーケアを受けた患者を対象として信頼性および妥当性を検討した結果,BDI-IIが定めているカットオフ値14点よりも,カットオフ値を18点に設定する方が,大うつ病性障害の患者をスクリーニングするのに適当であると述べている。ただし,この点については未だ検討段階であり,何点以上であれば適切にスクリーニングできるのかについては判然としない。したがって,本研究では,アナログ群の抽出において,BDI-IIのカットオフ値である14点を用いることに加えて,他の手法でうつ病患者と類似した抑うつ状態にある非臨床群を抽出し,どのような点がうつ病患者と類似しているのか,その特徴を詳細に検討する方が妥当であると考える。以上を踏まえ,本研究ではうつ病アナログ群

を,“抑うつ重症度が健常範囲にある者には類似せず,かつうつ病患者と類似した抑うつ状態にある非臨床群” と定義する。この定義に沿う非臨床群をうつ病アナログ群として抽出し,抑うつ尺度を用いてその特徴を明らかにすることを第一の目的とする。第二に,健常者とうつ病患者の連続性の中でうつ病アナログ群の位置づけについて考察する。これらの検討は,連続説派の立場から,うつ病の発症に関する心理的なメカニズムを明らかにする一助となる。その結果,うつ病の早期発見や予防,適切な治療・支援に寄与することが可能になると考えられる。

方  法

対象者

うつ病患者31名(男性12名・女性19名;平均年齢48.4歳(SD=12.4),23~74歳)。大学生108名(男性 77名・女性 31名;平均年齢 19.0歳(SD=1.8),18~25歳)。うつ病患者については,アメリカ精神医学会の “精神疾患の診断・統計マニュアル第4版テキスト改訂版(Text Revision of the Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fourth Edition:DSM-IV-TR)”(American Psychiatric Association, 2000 高橋他訳 2002)の大うつ病性障害の診断基準を満たした者で,精神科医による臨床診断面接および,精神疾患簡易構造化面接法(Mini-International Neuropsychiatric Interview:MINI)(Sheehan et al., 1998 大坪・宮岡・上島訳 2003)によって大うつ病性障害であると診断された者である。なお,対象としたうつ病患者は,他の精神疾患には罹患しておらず,大うつ病性障害によって入院している者である。使用尺度

小嶋・古川(2003)が作成したBeck Depression Inventory Second edition(BDI-II; Beck, Steer, & Brown, 1996)日本語版を使用した。BDI-IIは,“罪責感”,“喜びの消失”,“自殺念慮”,“睡眠習慣の変化” などのうつ病の諸症状について問う自記式の質問紙尺度である。全21項目,4件法(0~3点)で構成され,合計得点を算出することで回答者の抑うつ重症度を判断することができる。手続き

うつ病患者 A大学医学部附属病院の協力の下,A大学医学部附属病院精神科に入院中であり,精神科医によって大うつ病性障害と診断された患者にBDI-IIを実施した。なお,本研究実施にあたり,医学部附属病院の倫理委員会にて承認を得た。大学生 A大学の講義の担当教員の許可を得て,講義の最後に質問紙を実施した。なお,フェ

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うつ病アナログ群の特徴について 5

イスシートならびに口頭にて回答に協力するか否かは自由であること,回収したデータは統計処理の後,適正に管理すること,調査時点で精神疾患に罹患している者や,気分がすぐれない者は調査に協力する必要はないことを伝え,了承が得られた対象者に対してのみ調査を実施した。統計処理

統計処理には,IBM SPSS Statistics 19ならびにR(ver 2.15)を使用した。

結  果

対象者の抑うつ重症度

BDI-IIの合計得点について小嶋・古川(2003)を参考に,対象者を健常(0~13点),軽症(14~19点),中等症(20~28点),重症(29点以上)の4段階に分類した。その結果,大学生108名のうち,健常と判断される者は56名,軽症が25名,中等症が23名,重症が4名となった。またうつ病患者31名については,健常と判断される者は0名,軽症が 7名,中等症が 9名,重症が 15名であった。以下,大学生を非臨床群と呼称する。うつ病アナログ群の抽出

本研究では,抑うつ重症度が健常の範囲にある者には類似せず,うつ病患者に類似した抑うつ状態を持つ非臨床群(以下,うつ病アナログ群とする)を抽出するために,同様の研究を行っているCox, Enns, & Larsen(2001)の手法を参考にして 対 象 者 139名 の BDI-II項 目 得 点 に 対 し,k-meansクラスター分析を行った。k-meansクラスター分析は非階層的クラスタリングとも呼ばれ,データ間の類似性(距離)を尺度として,あらかじめ定めたクラスター数に分類するものである(平井,2012)。本研究においても,Cox et al.(2001)が対象者を “非抑うつクラスター” と“抑うつクラスター” に分類したことにならい,クラスター数を2に設定して分析を行った。その結果をTable 1に示す。クラスター1に分類されたのは計102名であり,非臨床群のうち,

抑うつ状態が健常であった者56名(100%),軽症であった者25名(100%),中等症であった者12名(52%)であった。また,うつ病患者の中で軽症の範囲にあった者7名(100%),中等症の範囲にあった者2名(22%)もクラスター1に分類された。クラスター1の構成員の多くが健常と軽症の範囲にあり,抑うつ重症度が低いと考えられることから,クラスター1を “非抑うつクラスター” とした。一方,クラスター2に分類されたのは計37名であった。構成としては,非臨床群の中で抑うつ状態が中等症であった者11名(48%),重症であった者4名(100%)であった。また,うつ病患者の中で中等症であった者7名(78%),重症であった者15名(100%)もクラスター2に分類された。クラスター2の構成員のすべてが中等症と重症の範囲にあり,抑うつ重症度が高いと考えられること,加えて本研究で対象としたうつ病患者の71%がこちらに分類されていたことから,クラスター2を “抑うつクラスター” とした。非臨床群で,抑うつ状態が軽症から重症にあった対象者52名のうち,37名(71%)が非抑うつクラスターへ分類され,残り15名(29%)が抑うつクラスターへと分類される結果となった。なお,非抑うつクラスターに分類された 37名のBDI-IIの合計得点の平均は17.84点,抑うつクラスターに分類された15名のBDI-IIの合計得点の

Table 1 各クラスターに分類された対象者の内訳

対象者属性 重症度 非抑うつクラスター 抑うつクラスター

非臨床群

健常 56 (100%) 0 (0%)軽症 25 (100%) 0 (0%)中等症 12 (52%) 11 (48%)重症 0 (0%) 4 (100%)

うつ病患者軽症 7 (100%) 0 (0%)中等症 2 (22%) 7 (78%)重症 0 (0%) 15 (100%)

注. 単位は人(カッコ内は,当該の重症度における人数の割合)。

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平均は27.87点であった。また,Table 1より,中等症の範囲にある非臨床群は,抑うつクラスターに分類される者と,非抑うつクラスターに分類される者が混在していたため,BDI-IIの合計得点ごとに,対象者の分類状況をTable 2に示した。その結果,単純に合計得点が高い者が,抑うつクラスターへ分類されているわけではなく,例えば,合計得点が23点の者は抑うつクラスターへ分類される一方で,24点の者は非抑うつクラスターへ分類されるという結果を得た。以上の結果から,本研究では,アナログ群の抽

出において,抑うつ重症度が健常の範囲にある者とは類似せず,うつ病患者に類似した抑うつ状態を持つ非臨床群という条件を満たした,抑うつクラスターへ分類された非臨床群15名を “うつ病アナログ群”,非抑うつクラスターへ分類された非臨床群93名のうち,BDI-IIにおいて健常の範

囲にあった56名を除いた37名を “非うつ病アナログ群” とした。なお,本研究の対象者におけるうつ病アナログ群と非うつ病アナログ群の位置づけをFigure 1に示す。うつ病アナログ群の特徴

上述したうつ病アナログ群の特徴を検討するために,うつ病アナログ群と非うつ病アナログ群との違いについて検討した。具体的には,BDI-IIの全21項目について t検定を行うとともに,効果量rを算出した(Table 3)。効果量の指標にはいくつかあり,中でもCohen’s dは代表的なものであるが,dの値は理論的に上限と下限が無制限であるため解釈が容易でないという問題がある。一方rの値は0~1の範囲で収まり,直感的に理解しやすいため,本研究では rについて求めることとした。なお,t検定において多重検定によるタイプ1エラーを回避するために,False Discovery Rate(FDR)による調整を行い,p値に相当するq値を求め,それに対して有意差の検討を行った。結果として両群に有意な差が見られたものは,

“9自殺念慮” t(16.85)=-3.08, “12興味喪失” t(50)=-3.74, “13決断力低下” t(50)=-3.13,“15活力喪失” t(50)=-2 .83, “16易刺激性” t(50)=-3.07,“17集中困難” t(50)=-3.59,“20睡眠習慣の変化” t(50)=-2.62,“21食欲の変化”t(50)=-2.87の 8項目であった。なお,“1悲しさ”,“2悲観”,“3過去の失敗”,“4喜びの消失”,“5罪責感”,“6被罰感”,“7自己嫌悪”,“8自己批判”,“10落涙”,“11激越”,“14無価値感 5)”,“18疲労感”,“19性欲減退” については,有意な差は見られなかった。算出した各項目の効果量はTable 3の通りであ

Table 2  中等症の範囲において非抑うつクラスターおよび抑うつクラスターに分類された大学生

BDI-II合計得点 非抑うつクラスター 抑うつクラスター

中等症

20点 2 021点 6 022点 3 023点 0 224点 1 025点 0 126点 0 327点 0 328点 0 2

注.単位は人。

Figure 1  本研究におけるアナログ群の位置づけ(杉浦,2009を参考に作成)

5)抑うつ症状のひとつである “無価値感” は,BDI-IIでは “無価値観” となっているが,DSM-IV-TRの翻訳版(American Psychiatric Association, 2000 高橋他訳 2002)では “無価値感” となっている。本研究では,診断基準であるDSM-IV-TRに従い,“無価値感”の方が適当であると判断し,以降 “無価値感”とした。

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うつ病アナログ群の特徴について 7

る。Cohen(1988)は効果量 rの目安として,.10以上 .30未満のものは “効果量(小)”,.30以上 .50未満のものは “効果量(中)”,.50以上のものは “効果量(大)” としている。本研究ではこれに従い効果量の大きさについての判断を行った。効果量が大きな項目は “9自殺念慮” のみであり,中程度の効果量のものは “4喜びの消失”,“12興味喪失”,“13決断力低下”,“14無価値感”,“15活力喪失”,“16易刺激性”,“17集中困難”,“20睡眠習慣の変化”,“21食欲の変化” の 9項目であった。また,効果量が小さな項目は “1悲しさ”,“3過去の失敗”,“5罪責感”,“6被罰感”,“7自己嫌悪”,“8自己批判”,“10落涙”,“11激越”,“18疲労感”,“19性欲減退” の10項目であった。

考  察

本研究の目的は,うつ病アナログ群を抽出し,

その特徴を検討することであった。具体的には非うつ病アナログ群とうつ病アナログ群の違いについて t検定を用いて抑うつ症状別に特徴を精査した。うつ病アナログ群と非うつ病アナログ群の抽出

k-meansクラスター分析の結果,非臨床群で抑うつ状態が軽症から重症であった対象者は,健常群との類似性が高い一群(非抑うつクラスター)と,重症度の高いうつ病患者との類似性が高い一群(抑うつクラスター)に分類された。その内訳をBDI-IIが設定する抑うつ重症度から見たところ,非臨床群の中で軽症の範囲にあったすべての者が非抑うつクラスターに分類され,また,非臨床群の中で重症の範囲にあったすべての者が抑うつクラスターに分類された。しかし,非臨床群の中で中等症の範囲にあった者については,半数の12名が非抑うつクラスターへ分類さ

Table 3 うつ病アナログ群と非うつ病アナログ群におけるBDI-II項目得点

No 項目内容非うつ病アナログ群 うつ病アナログ群

t値 q値 効果量(r)M (n=37) M (n=15)

1 悲しさ 1.05 1.40 ns 0.12 .22 2 悲観 1.24 1.20 ns 0.84 .03 3 過去の失敗 1.32 1.60 ns 0.36 .16 4 喜びの消失 0.68 1.27 ns 0.12 .32 5 罪責感 0.84 1.00 ns 0.55 .10 6 被罰感 0.49 0.87 ns 0.27 .21 7 自己嫌悪 1.19 1.60 ns 0.26 .21 8 自己批判 1.08 1.27 ns 0.46 .11 9 自殺念慮 0.41 1.33 -3.08 0.04* .6010 落涙 0.62 1.07 ns 0.12 .2911 激越 0.54 1.00 ns 0.12 .2812 興味喪失 0.67 1.47 -3.74 0.04* .4713 決断力低下 0.41 1.07 -3.13 0.04* .4114 無価値感 1.03 1.60 ns 0.05 .3015 活力喪失 0.89 1.40 -2.83 0.04* .3716 易刺激性 0.62 1.40 -3.07 0.04* .4017 集中困難 1.16 2.00 -3.59 0.04* .4518 疲労感 1.00 1.27 ns 0.36 .1719 性欲減退 0.78 1.07 ns 0.36 .1620 睡眠習慣の変化 1.11 1.73 -2.62 0.04* .3521 食欲の変化 0.70 1.27 -2.87 0.04* .38

* q<.05

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れ,残り11名が抑うつクラスターへと分類される結果となった。したがって,うつ病アナログ群は,抑うつ状態が中等症および重症の非臨床群であることが明らかになった。Cox et al.(2001)では,BDIの合計得点が21点以上の非臨床群がうつ病患者のプロフィールと非常に近いという結果を示している。BDIにおける抑うつ重症度の指標から考えると,これは中等症の範囲から一定以上の得点を示す者について,健常群とは類似せず,かつうつ病患者との類似性が認められるということであり,BDI-IIを用いた本研究における結果も,これに類似したものとなった。ただし本研究において,中等症の非臨床群については,重症度の高いうつ病群と類似性を持つ者とそうでない者とが混在している状態にあった。加えて,Table 2で示したように,中等症の範囲において,BDI-IIの合計得点が高い者が重症度の高いうつ病患者と類似するわけではないことが明らかになった。この点については,本研究では少数例のみを抽出したにすぎないため,今後さらに検討を行う必要があるといえる。また本研究の結果から,既存のBDI-IIのカットオフ値(14点)のみを用いたアナログ群の抽出には問題があることが再度確認された。アナログ群の抽出に既存のカットオフ値のみを使用すると,軽症の抑うつ状態にある非臨床群をアナログ群として抽出することになる。本研究の結果から,軽症の抑うつ状態にある非臨床群は,健常群との類似性が高いことが明らかになっているため,既存のカットオフ値を用いたアナログ群の抽出では,うつ病患者の抑うつ状態に類似しない対象者をアナログ群として抽出する危険性があることが示唆された。大学生などの非臨床群を対象としたアナログ研究は,多数の協力者を得やすいという利点もあるが,尺度に設けられているカットオフ値や平均値による抽出法だけは不十分である。抑うつの連続性を仮定する中で,アナログ群を抽出するためには.尺度に設けられているカッ

トオフ値に加え,クラスター分析などの統計手法や,DSM-IV-TRに設けられている機能の全体的評定尺度(The Global Assessment of Functioning Scale:GAF-Scale)6)の医師などの専門家による評定など,複数の指標を用いることで,抽出するアナログ群の精度を上げる必要があるだろう。なお,k-meansクラスター分析によって,うつ病患者の中で軽症の範囲にあったすべての者が非抑うつクラスターに分類されるという結果となった。この点については,本研究において対象としたうつ病患者は,調査時点で精神科にて入院治療を受けており,治療における時間の経過によって症状がある程度寛解している者もいると考えられる。加えて,BDI-IIの感度および特異度を考慮したとき,医師は疾患ありと判断したが,尺度では疾患なしと判断されるケース(偽陰性)もありうる。本研究の結果は,そうした尺度上の限界点が影響している可能性も考えられる。したがって,軽症の範囲にあったうつ病患者が非抑うつクラスターへ分類されたとはいえ,その結果だけで単純に健常者と類似していると判断することはできない。症状別から見たうつ病アナログ群と非うつ病アナ

ログ群の特徴

上述のように,非臨床群の中には,重症度の高いうつ病患者の抑うつ症状と類似性を持つ者(うつ病アナログ群)と,そうでない者(非うつ病アナログ群)とがいることが確認された。そこで,それらの間にある違いについて精査するために,各抑うつ症状の現れ方にどのような差異が見られるかを検討した。以下,症状別に得られた結果について考察していく。

t検定および効果量を算出した結果から,両群において症状の程度に明確な差が見られたものは,“自殺念慮” であった。“自殺念慮” は,うつ

6)GAF-Scaleは,DSM-IV-TRまでの多軸診断において第5軸として採用されていたが,DSM-5では採用されていない。

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うつ病アナログ群の特徴について 9

病の中でもより重症度の高い者に見られる特徴であり,自身に対する無価値感や,日常生活を送る上で障害となるレベルの抑うつ症状が長期にわたって継続するために出現しやすくなるものであると考えられる。非臨床群といえども,自殺念慮についての反応が見られる者には,重症度の高いうつ病群との類似性が見られたことから,異常なレベルの抑うつ症状を抱えている可能性が示唆されたといえる。次に有意差があった症状の中で効果量が中程度であったものは,“興味喪失”,“決断力低下”,“活力喪失”,“易刺激性”,“集中困難”,“睡眠習慣の変化”,“食欲の変化” であった。

“興味喪失” については,日々の生活において趣味活動などを以前と同様に継続できているかについて問うものであり,DSMなどの操作的診断基準では,うつ病診断の中核的な症状として扱われ て い る。Cox, Enns, Borger, & Parker(1999)では,健常群とうつ病患者において最も差が見られた項目が,快感情を得られないというアンヘドニア傾向に関するものであった。本研究の結果も,Cox et al.(1999)の結果と一致するものである。これまで,非臨床群のアンヘドニア傾向についてはあまり注目されてこなかったが,重症度の高いうつ病患者との共通性が高い群にはそうした特徴が見られたことから,今後注目していくことが必要となるであろう。

“決断力低下” や “活力喪失”,“易刺激性”,“集中困難” は日常生活,特に勉学や仕事などの作業を行う際に問題となる症状群である。これらの症状が出現することによって,仕事や学校,家庭などでミスが増加し,過度に無価値感が増加する可能性が示唆される。日常生活に支障が出る可能性があるこれらの症状が出現していれば,非臨床群においても疾病としての抑うつ状態にある可能性について考慮すべきであろう。また同時に “睡眠習慣の変化” や “食欲の変化” は体調悪化に直接的に結びつくため,これらの変化が現れた時には

精神疾患の兆しと捉えることも可能であろう。なお,この二つの症状は,自身の不調について気づく例として最もわかりやすいため,このような症状を理由として内科へ受診し,それによって初めてうつ病であると診断されるケースも少なくない(三木,2002)。以上,うつ病アナログ群と非うつ病アナログ群において差が見られた症状について述べてきたが,これら八つの症状については,その多くが症状の出現によって日常生活を営むうえで支障が出るものであったことに特徴がある。下山(1998)は,正常と異常を分ける基準の一つとして “適応的基準” を挙げている。それによれば,適応的基準とは,ある人が所属する社会や集団に適応し,参加できている状態を正常,社会的活動ができていない,不適応な状態を異常とするものであり,医療機関や臨床心理の専門家のところへ行く場合の判断のほとんどが,この基準によるものであるとされる。DSM-IV-TRにおいても,抑うつ症候群によって日常生活がどの程度阻害されているかを判断する,機能の全体的評定尺度(GAF-Scale)が設けられており,「大うつ病エピソード」の基準を満たすだけでなく,抑うつ症状によって社会的もしくは職業的に機能の障害が生じていることが,診断において重要となる。本研究で見出された八つの症状群は,そうした適応的基準やGAF-Scaleの観点から見れば,自身にとってまた周囲の人にとって異常状態の端緒と捉えられるものであり,非臨床群といえども,現れている症状を軽く見るべきではないといえるだろう。以上を踏まえ,本研究で差の見られた症状群については,疾病としての抑うつ状態の中核をしめる重要な指標になり得る可能性があるため,今後さらに精査していく必要があると考えられる。一方で両群に差の出なかった症状群は,“悲しさ”,“自己嫌悪” など,一般的には抑うつ気分と称されるものであった。抑うつ気分は,うつ病診断の中でも中核的な症状の一つであるが,あくま

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10 パーソナリティ研究 第 23巻 第 1号

でも認知的な側面にとどまるため,ネガティブな認知の強度だけでは,疾病と判断することが困難であると推察される。また,“疲労感” や “性欲減退” については,うつ病に特徴的な症状というわけではないため,有意な差が得られなかったものと考えられる。以上のように,うつ病アナログ群と非うつ病アナログ群の異同としては,“自殺念慮” や “興味喪失”,“決断力低下”,“睡眠習慣の変化”,“食欲の変化” などの八つの症状群について,その表れ方が異なることが明らかになった。また “悲しさ”や “自己嫌悪” などのいわゆる抑うつ気分や,“疲労感” や “性欲減退” については,両群において症状の現れ方に大きな違いはないことが明らかになった。うつ病アナログ群の位置づけ

最後に本研究の限界点と共に,うつ病アナログ群の位置づけについて述べる。我が国では,精神科へのスティグマなどにより,うつ病患者の受診率が他国と比較しても低いことが指摘されている(川上,2007)。しかしながら本研究で対象としたうつ病患者は,患者本人もしくは家族が精神科や心療内科へのスティグマをこえて,受診行動を起こし,精神科病棟へ入院となった患者である。これらのことを踏まえれば,本研究で対象としたうつ病患者が,多様な背景を持つうつ病患者全体を代表するような対象者であるとはいいがたい。したがって,本研究で得られた結果について,知見適応の拡大については,留意すべきである。また,対象とした大学生についても留意すべき点がある。大学生対象者には,精神疾患に罹患している者や,気分のすぐれない者については調査協力の必要がないことを伝え,その上で調査を行った。しかしながら,対象者の中には,実際には診断がついていないだけでうつ病に罹患している者がいる可能性も否定できない。本研究では,対象者が大学の講義へ出席できているという点から,うつ病診断の必須事項である機能障害は起こ

していないと考え,非臨床群として扱ったが,今後は大学生の抑うつ重症度について,非臨床群として扱う際には,抑うつ尺度以外の項目などを用いて,よりセンシティブに扱う必要があるだろう。本研究では,うつ病アナログ群の特徴を検討するうえで,これまでのように抑うつ尺度を用いて,カットオフ値により二群に分けて比較するというような手法をとらなかった。尺度を用いて,「量でとって質で分ける」という手法を取る限り,論理矛盾を避けられず曖昧な結果にしかならないためである。また本研究では,臨床群と非臨床群を仮説的に

二分可能な群と置き,両群に抑うつ尺度を施行する手法を用いた。その結果,この二群は判別することができなかった。その理由は,非臨床群に抑うつ的な人たちがいたのみならず,臨床群においてもより軽症な人たちが存在したためである。特に,本研究で対象とした大学生の中には,うつ病と診断されていないだけで,うつ病の域にある可能性がある者の存在が推察される。また一方で,うつ病患者の中にも,治療効果やBDI-IIの限界点から抑うつ重症度がより軽症にあるという結果となった者が存在する。これらを四つの群として考えることも可能だが,むしろ連続的に考えることが必要であろう。この点について情報論的に考えた時,臨床現場ではうつ病という疾患に罹患している人に治療を施さないエラーと罹患していない人に治療を施すエラーがある。これは非連続説的に考える時に必然的におきるエラーである。しかし,連続説的に考えれば,こうしたエラーの問題ではなく,その個人に適切な支援をすることが重要だという見解に行き着くだろう。なお本研究での検討は,抑うつ尺度を用いた一時点での調査であるため,時間の経過が捨象されてしまっている。時間の経過とともにうつ病の病態が変化しやすいといううつ病の特徴を考えれば,うつ病アナログ群の抽出においても,抑うつ

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うつ病アナログ群の特徴について 11

尺度を2回以上測定するなどの測定上の工夫が必要になってくるものと考えられる。したがって,今後は,うつ病アナログ群抽出の手法をさらに精緻に行い,非うつ病アナログ群からうつ病アナログ群への変遷や,うつ病アナログ群からうつ病患者への変遷について検討を行うことが求められるだろう。

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―2013.4.23受稿,2014.1.14受理―

Analogues of Depression: From the Perspective of the Continuity of Depression

Shizuka Kawamoto1, Takuya Watanabe2, Koji Kosugi3, Koji Matsuo4, Yoshifumi Watanabe4 and Tatsuya Sato5

1 Graduate School of Letters, Ritsumeikan University2 Division of Research, Ritsumeikan University

3 Faculty of Education, Yamaguchi University4 Graduate School of Medicine, Yamaguchi University

5 Faculty of Letters, Ritsumeikan University

The Japanese Journal of Personality 2014, Vol. 23 No. 1, 1–12

This study investigated aspects of analogues of depression. Cluster analysis and a symptoms approach were used to identify characteristics of analogues of depression. Patients with major depressive disorder provided the seed points for the depressed cluster, and non-distressed university students provided the seed points for the non-depressed cluster. The results showed that the non-depressed cluster included all the mild-depression subjects and part of the moderate-depression subjects of the distressed university students. On the other hand, the depressed cluster included other moderate-depression subjects and all the severe-depression subjects. These results indicate that the symptoms of mild depression among distressed university students have little in common with severe clinical depression. However there was a sequence of continuity between the symptoms of severe-depression subjects of the distressed university students and patients with severe clinical depression.

Key words: depression, continuity debate, analogue study